各省関係 農林省の原子力関係業務の実施状況 〔1〕 概 要 農林省における原子力平和利用の諸問題については、昭和30年から農林省官房企画室ならびに農業改良局(現振興局)が中心となり、省内各局庁と連絡をとりつつ下記のような事項について検討されてきた。 1.原子力平和利用国際会議(30.8.8から2週間、ジュネーブにおいて開催)の資料作成 しかるに昭和31年6月、農林水産技術会議があらたに設置され、農林省における原子力平和利用関係の事務連絡および調整は本会議においてひきつづき行うこととなった。 農林省関係における原子力の平和利用としては、大別して下記のようなものがある。 1.試験研究関係 しかし、現在の段階では主として農林省関係の試験研究機関における試験研究が重点的に取り上げられるべき状況であり、都道府県試験研究機関における利用、あるいは事業における利用は近き将来に属するものが多い。 さて農林省関係試験研究機関における原子力関係試験研究としては、大別して次のようになる。 1.R.I.のエネルギーの利用の研究 これらのうち特に1.2.は新研究方法として従来の試験研究面に適宜導入することによりいくたの解決不可能とされていた問題点の解明と対策の発見に寄与し、今後ますますその重要性を増大するものと期待されている。以上のような観点から農林水産技術会議としては、現在までに下記のような事項を行っている。 1.昭和31年度原子力平和利用関係の実行予算の審議 次にこれらの概要を略記すれば下記のとおりである。 昭和31年度ならびに昭和32年度原子力平和利用関係予算について 本予算は昭和31年度から本格化されたといえるが、昭和31年度予算配分ならびに昭和32年度の予算作成については、農林水産技術会議が中心となり、数回にわたり関係試験研究機関の第一線研究者の参集を求め、相互の隔意ない意見の交換を行い、下記事項について十分協議して決定した。 1.研究課題の緊急度および重要性 なお、その基本方針は次のとおりである。 1.ガンマ線照射室関係施設について 現在まで農林省研究機関にはその施設が皆無であるため各機関とも最も希望したものでありかつ最も経費を要するものであるので、その設置箇所、規模については第一に審議し、その結果さしあたり昭和31年度は3ヵ所(実行決行)昭和32年度は2ヵ所(予算要求中)設置することとし、また、これに用いる線量(Co60)は研究の性格および研究の発展性を検討し、将来上の表の線源を用いるよう整備することとした。 なおガンマ線照射関係施設は、32年度以降においては食糧研究所にも設置を予定しているが、放射線利用による育種研究を中心として、将来育種放射線研究所を設立し、ガンマ線照射圃場(いわゆるガンマフィールドCo60および中性子使用)による大規模の試験研究を必要とするものと考えている。 ガンマ線照射室施設設置一策表 2.R.I.実験室関係およびその他の施設について R.I.実験室は蚕糸試験場は昭和27年、農業技術研究所(西ヶ原)は昭和29年完成しているので、昭和31年度では下記の場所に設置することを決め、32年度分は目下予算要求中である。 R.I.実験室施設設置一策表 なお、昭和33年以後これ以外の地域農業試験場ならびに各区水産研究所にR.I.実験室を設置すること、ならびに上記研究機関のR.I.実験室を増設することも計画する必要があると考えている。 さらに昭和32年度においては、上記のほか、これに関係するホット試験室、ガラス室、小動物飼育室、動物舎等を若干関係機関に設置したいと考えている。 3.原子力平和利用長期研究計画の検討 現在種々の角度から慎重協議の段階であるが、試験研究の緊要度と研究機関の受入態勢を十分考慮してできるだけ重点的に逐次施設その他の整備を図りたい考えで検討を進めている。 4.連林水産技術会議R.I.利用専門委鼻会の設定 原子力関係の特殊事情にかんがみ、各専門分野の権威者から有効な助言を得るため下記の方々に委員を依頼し、すでに10月24日全委員の出席の下に第1回の専門委員会を開催し、昭和31年度実行予算(特に施設等について)および昭和32年度予算等につき協議を行った。 専門委員氏名 他方省内の円滑なる運営を行うため各局庁には適当な次表の部課に連絡者を置き、関係研究機関との連絡を行うとともに、農林水産技術会議において毎月1回原子力関係定例連絡会を実施している。この他必要に応じて随時関係研究機関の第一線研究者の参集を求め技術会議が中心となって会議を開催している。
5.放射能調査測定関係の討議 放射能調査関係は農林省関係研究機関において昭和29年ビキニ問題以来、農畜産物、魚類について放射能汚染障害関係の調査を進めているが、今後調査方法、調査時期などについて一段と組織的に実施されるべきものと考えられ、検討を行っている。 〔2〕従来の研究について 同位元素ならびに放射性物質を用いる研究は農林省ならびに農林省研究機関においては相当早くから注目され、非放射性同位元素については、昭和19年度から科学研究所に補助金を交付し、重窒素の製造に関する研究を実施せしめていたので、昭和24年から重室素を用いる研究が開始された。また放射性物質については、一般に昭和27,28年ころまで輸入が困難であったが、農業技術研究所等ではN.R.S.および科学研究所の好意により昭和24年度から研究に着手した。 けれども一般的にいえば放射性物質の入手困難、施設不備による危険防止の立場からこの種の研究はなかなか行うことができない状態であった。しかし、昭和26,27年度に蚕糸試験場に、27,28年度には農業技術研究所(西ヶ原)にアイソトープ専門の実験室が建てられ、28,29年ころから若干の研究が進められるとともに、放射性物質の入手も容易となり、また一方、ビキニ原水爆の影響調査も行われるようになり、各研究機関が本格的研究体制の整備を重点的に推進する方向となった。 なお、現在までに実施した研究項目は初期においての予備的研究も含むが、研究項目を大別すればおよそ次の約50項目となる。
〔3〕従来の研究内容ならびに成果について 前述のごとく放射性物質の入手の困難なことおよび専用の研究施設の整備が行われていない研究機関が多いことなどのため、最近になって実施した予備的研究も少なくないが、現在までに相当の成績を得た研究を列記すれば、下記のとおりである。 A.放射線のエネルギーを用いる研究 1.P32による水稲の突然変異に関する研究 農業技術研究所 生理遺伝部(平塚) 種子をNa2HP32O4の水溶液中に14日間浸漬発芽せしめ、突然変異を誘発せしめた。 処理の方法によって各種の形態的ならびに生理的変異が見出され、濃度の増加とともにかなり高い頻度で突然変異が誘発された。すなわち26,27年に処理した第4代および第5代目の1289系統につき調査した結果、283種の稔性の固定変異系統が得られた。一形質のみの変化していることは少なく、多くは数形質が同時に変化し、しかも増加と減少の両方向に変化する場合が多い。たとえば収量構成要素である穂数、粒数、粒重のうち2形質の同時増加はしばしば認められたが、3形質の同時増加はほとんど認められなかった。 しかし、2形質の同時増加は収量の増加を期待しうるもので、穂数×粒数×粒重が対照以上のものは48系統で全体の3.7%を示している。 なお最近はS35を用いても実験を進めており、東海近畿農業試験場茶業部においても蔬菜、茶等について予備的試験を行っている。 将来、前述した育種研究所の設立などにより稲のみならず、普通作物(麦、その他畑作物)、園芸作物(果樹、蔬菜)等について、多収性、耐病性または早熟性の優良品種を育成する方向を持ちたいと考えている。 2.P32による蚕の突然変異に関する研究 蚕糸試験場 育種部 従来X線を用いて蚕の突然変異を研究した成績が多かったが、これと同様にP32を用いて実施し現在30系統について育成中であり、昭和31年度ガンマ線照射室が設置されるので、桑の突然変異の研究も含めて、CO60によるガンマ線照射が本格的に実施されることになった。 3.Co60による材木の接着剤に関する研究 林業試験場 木材化学部 現在林業試験場にはCo60照射施設がないため、東芝の研究施設を借用し、ガンマ線照射により接着剤の凝集力を高め合板などの品質向上に関して予備的研究を実施中である。 4.Co60による貯穀害虫コクヌストモドキの殺虫効果に関する研究 食糧研究所 食品栄養部 現在食糧研究所にはCo60照射施設がないため癌研究所の施設を借用し、10,000repのガンマ照射により100%の殺虫効果を得るとともに、小麦粒の発芽に及ぼす影響は26,500repの照射により初期の発芽率には大差がないがその後の生育には著しい遅れが認められ、ビタミン強化小麦粉中のビタミンB1は20,000〜25,000repの照射によりきわめてわずかながらの損失を認めた。 B.放射性および非放射性同位元素をトレーサーとして利用する研究 1.P32、S35、Ca45、N15等を用いて肥料成分の土壤中の行動ならびに作物栄養生理に関する研究 農業技術研究所 化学部 農業生産に占める肥料の役割は非常に大きいものであるが、施肥肥料の1作における利用率は、窒素肥料で30〜60%、燐酸肥料では10〜15%ていどであり、改善すべき点も少なくない。また土壤的にも老朽化水田、酸性土壤をの他不良土壤が相当あり、これらの施肥改善、土壤改良が強く叫ばれている。特に燐酸肥料は原鉱を全部輸入にまたねばならず、その利用度の向上はとくに重要な研究課題である。 ゆえに農業技術研究所は水田および畑土壤を、蚕糸試験場は桑園土壤を対象として研究を進め、土壤中における各種成分の形態変化、施肥肥料と地力との関連について、P32、S35、Ca45、N15などの標識化合物を用いて追跡研究するとともに、これら肥料が作物による吸収、移動、分布、形態等についても研究を進め、生理機作の解明が行われている。 なお、土壤肥料関係研究については、最終的には圃場試験を行う必要があるためR.I.含有肥料の相当量を要することとなると考えられるので、今後R.I.含有肥料製造を行う施設を設置しなければならないと考え、計画について検討を加えている。 2.P32、Hg203による農薬に関する研究 農業技術研究所 化学部 最近有機燐剤その他各種の新殺虫殺菌剤が多く利用されるようになったが、これらの農薬の作物体内での行動、殺虫殺菌の機作、病菌、害虫の生態についての研究を行っている。 3.Ca45、P32、N15による家畜の栄養生理ならびに病理に関する研究 農業技術研究所 {家畜部、畜産化学部} Ca45、P32、N15の成分が鶏、馬、兎などの家畜類に及ぼす栄養生理的面については、飼料ならびに飼育上から農業技術研究所家畜部および畜産化学部が実施し、病理的面からは家畜衛生試験場で実施し、おもな研究項目は下記のとおりである。 (農業技術研究所家畜部および畜産化学部) 1.鶏のCa、PおよびNの吸収利用に関する研究 (家畜衛生試験場) 1.P32、I131の短期および長期間投与飼育による鶏の病理学的研究 4.C14による絹糸蛋白質合成過程の研究 蚕糸試験場 化学部 蚕の絹糸生産能率を増進せしめるためには、蚕体内における絹構成アミノ酸の生成過程を明らかにし、をの結果から蚕をして多量の絹を生産せしめるに必要な飼料すなわち桑葉の葉質のあり方、および桑葉が絹生産にもっとも良く利用される時期を規定することが必要であるので、C14フェニールアラニン、C14グリシン等を用いて研究を進めている。 C.放射能による農林水産関係の障害の研究 1.家畜の放射能障害に関する研究 農業技術研究所 畜産化学部 主としてビキニの灰およびビキニその他の原水爆によるR.I.物質の体内蓄積状況および障害について研究し、R.I.物質は筋肉でなく主として臓器に検出され、現在までは生化学的、血液学的には障害程度はあまり著しい傾向を認めていない。 2.汚染魚類に関する研究 水産研究所(東海区および南海区) 昭和29年ならびに31年の2回にわたるビキニの原水爆実験の際行われ、1次的フィッションプロダクトでなく、内臓中には、Fe55、Fe59、Zn65等をも検出するとともに、昭和31年度においては、α線が多く検出され、アニオンも相当検出された。これらがいかに魚類に影響するかは今後の問題として研究を進めている。 3.農作物の汚染に関する調査 昭和30年度から各省分担により放射能調査が実施され、農林省関係としては下記の機関で実施している。
なお最近の測定でば相当量の放射能を後出しているが、まだ核種分析を実施していないので、今後核種決定を行う必要があると考えている。 以上が従来の研究調査の例示であるが、事業としては、農地局の老朽溜池漏水調査にR.I.物質を用いて漏水の状況を追跡調査する方法が行われ、昭和29年度から予備的調査を行い、昭和32年度から本格的使用の段階に入るためこれに要する予算を要求中である。 〔4〕今後の問題点 現段階における一応の方針は、昭和31,32年度の予算審議の際行われ、なお現在においても今後の種々の計画を立案中であるが、特に下記の諸点について、討議または業務を進めて行く予定である。 1.研究調査関係 a 研究課題の調整(重要度、緊急度) 2.事業関係 現在老朽溜他の調査事業を実施しているのみであるが、研究調査が進むにつれ、各方面に事業化しうるものが相当考えられるので、事業関係にも今後発展すべきものと考えられる。 また、補助事業として、将来各県等における試験研究体制整備のため、補助金を交付するようになると考えている。 3.その他、渉外関係など 原子力関係の国際会議における問題、ならびに農畜林水産物の放射能汚染に対する一般知識の普及等につき努力する考えであるが、研究者の養成と補充の一つとして第一線研究者の海外留学などの必要性も痛感される。他面関係文献の整備を行い有効な利用法を確立するとともに、計画的に研究成果のとりまとめ、印刷、配布等を実施したいと考えている。 |