原子炉工業と冶金学

原子力委員会参与 三島 徳七

 原子力開発利用長期基本計画が9月6日に内定し、各種の海外視察団も相ついで出発し、日米原子力産業会議が明年4月東京で開かれるとの報道が入ってくるなど、わが国の原子力開発利用の問題もようやく本格的な動きを見せ、科学技術の上からも産業上からも最大の課題となってきた。

 さて原子力開発というと、それがもっぱら物理学あるいはその応用の問題に見えるけれども、実は化学や冶金学およびそれらの工業がきわめて重要な役割をしており、むしろ主役をつとめているとさえいう見方もある。このことはすこし原子力に首をつっこんだ人々にはただちに気付くことであって、イギリスの有名な原子力関係の著書や最近来朝された同国原子力公社産業部長ヒントン卿の講演でも同様な事が述べられた。そこで私はわが国の冶金学者および冶金技術者がこの際挺身努力してわが国の原子力開発に大いに貢献されるよう切望するものである。

 さきごろCP−5型原子炉の中性子束密度を1014/cm2secに固執するか、あるいは1013/cm2secくらいでよいとするかについて、甲論乙駁で非常にやかましい問題となった。

 それは今から約半年前の技術では、CP−5において1014ていどの密度を出すためには設計上に非常な無理をしなければならないことになり、あるていどの危険をさえ感じたからである。それゆえ米国の原子炉メーカーたちも、1014のCP−5の製作を引き受けることを躊躇した。

 ところが最近にいたり事態ほ全く一変した。今日の新しい技術によれば、なんらの困難なく1014を出すことができるようになった。そして1014のCP−5を米国AMF社に発註するはこびとなったことはすでに周知のことである。

 さてここでCP−5の中性子束密度をひとけたあげることができた新しい技術とはいったい何であるかということを考えて見たい。それは一言にしていえば、主として冶金学的な技術である。すなわちU−Al合金燃料の製造過程において、チルキャスト法を利用することによって、合金中のウランの含有量を増加することができたためにほかならないのである。

 このCP−5型炉の燃料問題は、原子炉工業において冶金学が果す役割の重要性を示す好例であって、しかもわれわれが最近身近に感受した一例に過ぎない。

 このように身近な問題になってくると、誰しもその重要性を理解することができるのであるが、冶金学的な問題はとかく縁の下の力持ち的な地味な問題であるために、一般の理解が必ずしも十分でない場合が多い。

 欧米の原子力先進国においては、冶金学的な基礎研究や技術が非常に重んぜられている。これは決して抽象的な議論ではなくて、たしかな事実である。われわれの知り得た情報からすれば、設備、人員などにおいて冶金部門に非常な重点が置かれていることがわかる。

 また昨夏のジュネーブ会議においては全プログラムがA、B、Cの三部門に分けられた。C部門は医学、生物、アイソトープ利用の部門であるから、原子炉そのものの開発に最も直接的に関係した部門はAとBである。Aは原子炉の物理、Bは化学と冶金である。このような分類がただちに問題の軽重をそのまま示しているとはいわれないが、問題の重要性とあるていどは比例していると見ても差支えなかろう。そう考えるとジュネーヴ会議の構成は化学と冶金学とに半分の重責を負わせていることになり、したがって冶金学は原子炉の開発に重要な責任を持つことになる。

 あらゆる工業において材料の優劣が機械や装置の死命を制するほど重要であることはよく知られた事実であるにもかかわらず、従来の諸工業においては材料の研究が常に軽んぜられてきた。これがわが国工業の後進性の一大原因である。しかし原子力工業においては、材料に関する認識の少ないわが国においても、かなり重点が材料に対して置かれようとしているように見受けられるが、まだまだ十分だとは到底言えない。

 いま呱呱の声をあげようとしている日本の原子力工業が正しく成長するためには、はなやかな目先のもののみに捉われずに、基礎をしっかり育成することが大切である。

 その意味ですべての基礎となる材料の問題特に核燃料および非分裂性物質の両方を含む冶金学的問題の重要性を各分野の諸賢に理解していただきたいと思うのである。