昭和32年度原子力利用関係予算

 原子力委員会においてば7月26日開催の第36回定例委員会において昭和32年度予算の処理方針について審議して以来、各省の説明をききなどして予算案作成の準備を進め、8月9日開催の第38回定例委員会で昭和32年度原子力利用に関する経費の見積方針を決定し、その後もひきつづいて審議をかさね、8月21日開催の第41回臨時委員会において昭和32年度原子力利用関係経費の見積および配分計画を委員会として内定し、8月24日開催の第8回参与会に諮った上同日正式決定に至った。以下にそのうちの昭和32年度原子力利用関係予算見積方針と原子力予算比較対表とをかかげる。

昭和32年度原子力利用関係予算見積方針

 われわれ原子力委員会委員は、原子力の開発利用が将来におけるエネルギー資源の確保、学術の進歩、産業の振興および人類の福祉と国民の生活水準の向上に果す役割の大なることを信じ、その職務についたのであるが、爾来世界の趨勢は各国共原子力の開発利用に精魂を傾けつつあり、その成果は日を追って明らかとなりわれわれの信念はいよいよ固きを加えるに至った。即ち今後世界の外交経済は、原子力を中心として進行するであろうし、原子力の利用は社会機構の改変をも招来するであろう。

 昭和32年度における予算の見積に当っては各国における原子力の予算の検討をも行ったが、原子力の開発利用には莫大なる国家的支出が必要である。しかしいたずらに予算の多きを求めることの不適当なことはいうまでもない。原子力の開発利用はただ予算の額によって得られるものではなく、研究の基盤の生長に応じた予算こそ必要であると考える。

 われわれは、わが国の財政の現状を考えるだけでなく、わが国の研究段階という点について、慎重な考慮を払ってこの予算の見積を行った。それにもかかわらず、われわれが必要と認めるに至った額は前年度に比べ相当の増加を見たが、将来共この様な割合をもって増加を続ける性質のものではなく、立ちおくれた日本における原子力開発を急速に進めるために現段階として己むを得ない額であると信ずる。日本の原子力開発の現状と将来について正しく認識せられ、充分な協力を期待する次第である。

1.基本的な考え方

(1)この予算の見積は現在原子力委員会において準備されつつある原子力開発に関する長期基本計画の線に沿って作成されたものである

(2)昭和32年度初頭には前年末の懸案であったわが国初めての原子炉(W・B型)が日本原子力研究所に据付けられ、わが国の原子力研究開発はここに画期的な段階に入ることになる。即ちこの年度においてはこれに引き続き輸入されるCP−5型原子炉と関連せしめつつ天然ウラン重水型国産炉を昭和34年度末迄に完成せしめるために、先ずこのW・B型原子炉によって可能な限りの技術者の養成訓練および必要な研究実験を行う態勢を強化して行かねばならない。

 その他動力炉の早期導入に備えてそのための研究調査も必要であり、また本年度からは船舶への利用についての研究も具体化への歩を進める必要がある。

(3)この場合日本原子力研究所の態勢を強化するのは勿論であるが、広く学界、国立試験研究機関および民間との間に緊密な連繋をとり、研究がそれぞれの分野において無駄なくかつ整然として進められ総合的効果を発揮するよう配慮すべきはいうまでもない。従ってその趣旨に沿って国立試験研究機関の経費および民間助成について、充分な調整を図った上で必要な予算的措置を講ずべきである。

(4)一方燃料対策は、わが国の原子力開発の将来にとって基本的な問題である。国内資源の探査については漸く昭和29年度に地質調査所が担当することとなり、31年度には新たに原子燃料公社が発足して精査に着手したが、各国に比べるとき著しい立ちおくれを痛感せざるを得ない。よって国産炉に対する燃料供給ともテンポを合わせ本年度においては公社において自ら採掘を行う外、民間からの買上も

実行し、更に従来国立試験研究機関および助成金による民間企業の研究の成果をとりあげて、選鉱、精錬にも一歩を進めることが必要である。燃料の加工および廃棄物処理についてはとりあえず必要な範囲で日本原子力研究所において研究を進めることが適当である。

(5)アイソトープの利用は、わが国の実情に照らし最も手近かなまた急を要する問題であるので、極力その研究を推進することとするが、その方途としては、共通的問題および比較的高価な施設を要する研究は日本原子力研究所にその施設を設け共同利用の場とする一方、各分野における応用の研究ば国立の試験研究機関の活躍に期待することとした。国立試験研究機関の活動のためにはまずそれらの機関の施設の整備を計ることが必要であるが、これを一斉に行うことは無理と考えられるので、本年度から遂次これを実施することがのぞましい。また工業的利用を主とする民間企業の利用研究および成果の活用についてはそれぞれの企業の自主的な活動に期待するが、特に必要とする面に対しては国の助成も併せ考慮することが認められねばならない。

(6)原子力利用の具体化にともない、これに随伴する障害の防止について万全を期す必要があることはいうをまたない。本年度においては前年度において進められた準備的措置を受けつぎ国立の放射線医学総合研究所を向う三ヵ年計画により設置してこの方面の研究に万全を期する一方、放射線障害防止法(仮称)の施行に遺憾のないよう予算的に配慮すべきである。

(7)上述の諸措置を実施するに当っては、わが国の立ちおくれている実情からしても、極力国際協力の緊密化を計り特に昭和32年度においては先進国からの知識の吸収に意を用うべきであると考える。

2.本年度予算の重点

(1)上記の基本的考え方に基き昭和32年度予算の見積に当って重点的に考慮した点は次の通りである。

 (イ)昭和31年度より継続の事業費特に
  1)日本原子力研究所の研究態勢の拡充
  2)核原料物質の開発および核燃料物質の生産等原子燃料公社の専業の充実

 (ロ)科学技術者の養成訓練

 (ハ)海外との連けいの強化

 (ニ)国立試験研究機関および民間企業における関連技術の育成

 (ホ)アイソトープ利用のための諸施策

 (ヘ)障害防止のための措置
  1)国立放射線医学総合研究所の設立
  2)放射線障害防止法(仮称)の施行

(2)国立試験研究機関、日本原子力研究所、原子燃料公社および助成対象機関のそれぞれについて研究テーマはこれを総合的に検討し、努めて重複を避け、重点的な支出を図るとともにその成果の効率的活用を図るものとする。

3.予算見積の対象

(1)この予算見積の対象は下の通りである。

 (イ)原子力委員会に必要な経費

 (ロ)原子力局の一般行政に必要な経費

 (ハ)日本原子力研究所に必要な経費

 (ニ)原子燃料公社に必要な経費

 (ホ)原子力平和利用研究推進に必要な経費
  1)国立試験研究機関経費
  2)民間企業に対する助成費

 (ヘ)放射線医学総合研究所に必要な経費

 (ト)関係各省庁における行政費

(2)上記の中「(ホ)原子力平和利用研究推進に必要な経費」については文部省が大学における研究に関して計上するものは含まない。

4.本年度予算の内容

(1)原子力委員会および原子力局

 (イ)原子力利用の世界的進展に即応し、国際協力を強化し、先進国からの知識の吸収を図るため
  1)各国事情の調査および情報の交換
  2)外人専門家の招へい
  3)留学生の海外先進国への派遣を積極的に行う。

 (ロ)放射線障害防止法(仮称)の施行にともない障害防止の共通的問題の処理にあたるとともに障害防止に関する国際的な問題の対処に万全を期する。

 (ハ)益々繁忙を予想される原子力委員会の活動に支障を来たさぬ様配意すると同時に、内外の原子力問題の調査機能の拡充、新法律「原子炉及び原子燃料管理法(仮称)」および「放射線障害防止法(仮称)」の施行等原子力行政の事務量の増大に備え定員を増加する。

(2)日本原子力研究所

 (イ)本年度は年度初頭より研究者の過半数を東海村に移し、本格的な研究を開始するが、特に基礎研究に重点をおく。

 (ロ)東海村の施設については、各研究施設の拡充をはかり、取水工事等諸施設および住宅宿舎等研究環境の整備をはかる。

 (ハ)W・B型原子炉は4月末据付完了、6月末より本運転を開始し、これによる実験および訓練を行う。

 (ニ)昭和33年度上期にCP−5型原子炉の運転開始を目標とし、所要の準備を進める。

 (ホ)昭和34年度末据付完了を目標とする国産炉の完成に必要な物理、化学、冶金等の基礎研究を行い、指数実験、制御系試験等に基く設計を進める。

 (ヘ)燃料再処理、燃料加工技術の基礎を確立すると共に濃縮ウランの基礎的研究を行う

 (ト)研究活動の開始にともなう廃棄物を処理するため、臨時廃棄物処理施設を設けるとともに、将来の本格的廃棄物処理施設のための研究を行う。

 (チ)プルトニウム等を受入れ、その分離処理の研究を行う。

 (リ)放射線防護に必要な諸施設を完備し、所在の管理を充分に行う。

 (ヌ)3ヵ年計画に基き、本年度より放射線利用研究施設の整備をはかる。

 (ル)外国技術を早急に習得するため、海外に留学生を派遣する。

 (ヲ)当研究所に所要の設備を逐次整備し、国内各方面の研究者に研究の便を供するとともにその養成訓練をはかる。

 (ワ)船舶用原子炉の研究については、若干の要員を置き基礎的調査を進める。

 (カ)動力炉の導入について所要の準備を進める。

 (ヨ)核結合の問題については、各方面と接携し基礎的調査を進める。

(3)原子燃料公社

 (イ)本年度は、前年度に引き続き有望鉱床地帯の試錐、坑道による企業化調査を拡大推進するとともに新規出願、買収等による鉱区の獲得に努めて自己鉱区における採鉱に積極的に努力を傾注する。このため、探鉱対象地域を前年度3地域から本年度6地域に増加する一方、出願手数料、鉱区および土地の買収費等を増加計上することとする。

 (ロ)前年度中機械課僚等を購入し、建設に着手した分析、選鉱、製錬設備の整備に努めるとともに、国産精鉱の買上げ、不足分の精鉱輸入等により本年度中に選鉱製錬設備の運転を可能ならしめるように努力する。

 (ハ)前2号の事業を円滑に実施するための所要人員については必要最小限度の増加を行う。

(4)国立試験研究機開

 関係各省庁それぞれの分野における試験研究は、日本原子力研究所等との研究テーマの調整を図りつつも、努めてその所属国立試験研究機関の活動に期待し、その機関の特色に応じ重点的にその受持ちの割振りを行った。ただその前提として放射線による障害防止の見地から施設の整備が前提となる場合が多いが、この点については本格的には本年度から逐次その整備に着手することとし、一般的には曲りなりにも最小限の研究に耐える程度のものにとどめることとした。なお経費の査定に当っては備品、消耗器具等については試験研究に必要な最小限のものに限りその数量、価格につき適正化を図ったほか原則として次の経費は一般経常費によることとし、原子力関係予算としては除外した。

 (イ)現地調査等試験研究に直接必要欠くべからざるもの以外の旅費(例えば本省等との連絡旅費)

 (ロ)賃金、ただし賃金がなくては実行不可能なもの(例えば地質調査所の人夫賃)は例外とする。

 (ハ)光熱水料

 (ニ)役務費

 (ホ)図書費ただし必要なものは原子力関係行政費の中で調整する。

 (ヘ)通信、運搬費

 (ト)会議費

(5)民間に対する助成費

 原子力に関する試験研究はその進展の過程に応じ当然企業化されるべきものが多いと考えられるが、当面その研究の必要性にかかわらず需要の時期量等において不安定な分野等に対しては前年度に引続き助成を要すると考えられる。特に本年度からは動力炉に対する関連技術の培養等その対象を拡大する必要と同時に従来の研究が中間試験的規模に発展するため所要経費の増加を避けられない。なおアイソトープの工業への応用研究については原則として民間の自主的活動に期待するとはいえ、なかには国家的助成を必要とするものもあると考える。

(6)国立放射線医学総合研究所

 昭和31年度厚生省所管の各試験研究機関において行っている放射線による障害の予防および診断治療等に関する調査研究を受け継ぎ、さらに放射能の人体に対する影響の基礎的研究、放射能利用による疾病の診断、治療の研究等放射能医学についての総合的な研究調査を行うため本年度から3ヵ年計画によって放射線医学総合研究所を設置する。

(7)関係行政機関における行政費

 (イ)国際協力を緊密化するため予想される国際管理機構への参加、アジア原子力センターへの協力を始め国際会議等への出席、原子力アタッシェの活動等に関する経費は確保を要する。

 (ロ)放射線障害予防法(仮称)の施行にともなう関係各省庁の行政費は、法案の決定をまたねばならないが、何れにせよその施行に充分な予算的な措置を準備する必要がある。なお、自然放射能の調査は、いち早く完了しておく必要がある。

 (ハ)その他関係各省庁における法律施行の経費及び一般調査のための経費はそれぞれの実情に応じ認められねばならない。ただしこの関係の経費については、各省庁の要求内容が未だ必ずしも正確に判明しないのでなお検討の機会を得たい。

原子力予算比較対表