第2章 国内外の原子力開発利用の現状
8.原子力科学技術の多様な展開と基礎的な研究の強化

(1)基礎研究・基盤技術開発

①基礎研究の動向
 原子力技術はなお多くの可能性を秘めており,原理・現象の解明のための基礎に立ち返った研究は,現在の技術の改良をもたらすだけでなく,未知の新技術を生み出し,現在の原子力技術を大きく変えていくものと期待されることから,基礎研究の充実に努めている。
 原子力を支える基礎研究は,物理・化学分野,医学・ライフサイエンス分野,環境科学分野,燃料・材料その他の工学的分野等広範にわたり,日本原子力研究所,理化学研究所,大学及び国立試験研究機関等において推進されている。
(ア)日本原子力研究所における基礎研究
 日本原子力研究所における基礎研究は研究用原子炉,各種加速器等を用いて行われているが,原子力分野における基礎研究の推進を図るとともに原子力分野に限らず他分野の発展を先導する研究を展開することを目的に,1993年に新たに先端基礎研究センターを設立した。同センターでは,放射場科学,重元素科学及び基礎原子科学の3領域を中心とする研究を実施しており,これまで超臨界二酸化炭素を用いたウラン分離の有効性等に関して成果が得られている。
(イ)放射線医学総合研究所における基礎研究
 放射線医学総合研究所の基礎研究は,環境科学部門,生物医学部門及び臨床医学部門に分けられる。

 環境科学部門では,環境中に放出された放射性物質の被ばく線量評価の体系化を行うとともに,環境放射線による国民線量を算定しリスク評価を行う安全解析等の調査研究を行っている。また,生物医学部門においては,放射線による急性障害及び晩発障害についての研究や放射線の生物影響に関連するゲノム解析,宇宙環境における放射線影響といった医学・生物学的研究を推進している。さらに,臨床医学部門においては,放射線を利用したがん治療・診断研究や急性障害治療の基礎研究等を進めている。

(ウ)理化学研究所における基礎研究
 理化学研究所においては,原子力関係の基礎研究として重イオン科学分野の研究を総合的に実施している。
 特に,主加速器として世界最高レベルの加速性能を持つリングサイクロトロンは,従来の加速器では困難であった原子核反応機構の解明,新しい超重元素の生成等の研究を始め,物理,化学,工学,生物,医学等の幅広い分野の研究に有効に利用されている。

 1995年5月には,リングサイクロトロンから得られる大強度アルゴンビームと世界最高の収集効率を持つ同位体分離装置を用いて,陽子過剰核である新しい放射性同位元素2種(197Rnと200Fr)を世界に先駆けて発見した。
(エ)国立試験研究機関等における原子力試験研究
 各省庁所管の国立試験研究機関において,核融合,放射線利用,安全研究等の分野について原子力試験研究が行われており,その成果は原子力分野の研究開発水準の向上とともに,各省庁の行政施策に反映されている。

②基盤技術開発
 原子力技術に対するニーズの一層の多様化や高度化に弾力的に対応するとともに,技術シーズの探索,体系的な研究開発の積み重ねなどにより,将来の新しい原子力技術体系を意識的に構築していくことが必要であることから,既存の原子力技術にブレークスルーを引き起こし,基礎研究とプロジェクト研究とを結びつける基盤技術開発を推進している。
 1993年4月に原子力委員会基盤技術推進専門部会が取りまとめた基盤技術開発の新たな推進方策及び原子力長期計画に基づき,放射線生物影響分野,ビーム利用分野(原子力用レーザー技術,放射線ビーム利用先端計測・分析技術),原子力用材料技術分野,ソフト系科学技術分野(原子力用人工知能技術,原子力分野における人間の知的活動支援技術)及び計算科学技術分野の5技術分野7領域が,当面推進を図るべき基盤技術開発の対象とされている。

 我が国においては,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団,理化学研究所及び国立試験研究機関を中心に,原子力基盤技術の研究開発が行われており,1995年度現在,17研究機関において56課題の研究開発が実施されている。そのうち10課題は,個々の研究機関単独では,速やかに成果を得ることが困難な多岐にわたる技術的要素から構成される研究であり,「原子力基盤技術総合的研究」(原子力基盤クロスオーバー研究)として各研究機関が連携をとって効率的・効果的に取組んでいる。
(ア)放射線生物影響分野
 放射線の人体への影響を評価する放射線リスク評価については,従来の疫学的研究による知見に加えて,最新のライフサイエンス分野の研究成果を積極的に取り入れることにより,放射線リスク評価に係る新しい技術を創出することが期待されている。
(イ)ビーム利用分野
(a)放射線ビーム利用先端計測・分析技術
 放射線利用の分野においては,大型放射光施設(日本原子力研究所及び理化学研究所)等,放射線ビームを高度に利用するための加速器等の整備が着実に進められている。このような加速器等から発生する優れた特性を有するビームは,極微小領域における原子構造及び電子構造に関する計測,超短時間で起こる物理現象又は化学反応等の動的過程等の解明,あるいは生体物質の構造及び生体機能の解明手段として様々な分野から期待を集めている。

(b)原子力用レーザー技術
 レーザーは,原子力工学分野においては,ウラン濃縮,核融合のプラズマ加熱等への利用のための研究開発が既に行われているが,①原子・分子を特定のエネルギー準位に励起できる,②良好な指向性を利用した遠隔操作ができる,③大きなエネルギーを1か所に集中できる等,優れた特性を有するため,高密度エネルギー源,効率的・経済的な同位体分離等への更なる応用が期待されている。
(ウ)原子力用材料技術分野
 従来,原子力分野における材料技術開発は,炉型別の開発戦略の中で目標の早期達成のための要素技術の開発という形で進められてきた。
 しかしながら,材料技術は,21世紀の新しい原子力技術の発展の鍵となる基幹的技術要素であり,また他の分野の波及効果も大きいものと期待されることから,横断的かつ中長期的視点に立った取組が求められている。
(エ)ソフト系科学技術分野
(a)原子力用人工知能技術
 人間が近寄ることのできない放射線場においても複雑な判断・動作能力を発揮できる点検・補修用ロボット,マン・マシン・インタフェースに優れた運転監視システム等,運転・保守等の人間の作業を支援するシステムを備えたプラント,更には,自己判断・制御を行う自律型プラントを可能にする技術体系の確立が期待されている。
(b)原子力分野における人間の知的活動支援
 原子力施設の運転・保守には,人間の判断・判定に依存する操作がまだ数多く残されている。また,原子力施設等の大規模システムの運転監視で通常行われている複数の人間によるグループ活動においては,複数の人間の判断が,相互に作用しながら,グループとしての意志決定がなされる。このような場合に直面する複雑な問題を解明し,解決するためには,人文・社会科学的アプローチも適用したいわゆるソフト系科学技術の手法を取り入れた,人間の知的行動に関する研究が求められている。
(オ)計算科学技術分野
 複雑な現象や観察困難な現象については,高度に発達した計算機を用いたシミュレーションやコンピューターグラフィックス,可視化等によって,現象又はその機構の解明に役立てることが可能となる。また,計算機の活用により,効率的・経済的・合理的な実験計画や材料の設計・開発を行うことが可能となる。このため,研究開発の飛躍的な高度化のために,計算科学技術の推進が期待されている。


目次へ          第2章 第8節(2)へ