第II部 各論
第8章 基礎・基盤研究等

2.基盤技術開発

 1987年6月に策定された「原子力開発利用長期計画」においては,創造的科学技術の育成が基本目標の一つに掲げられ,この中で基礎研究の充実,先導的プロジェクト等の効率的推進とともに,基盤技術開発の重点的推進を図ることとしている。これを受け,1987年9月に原子力委員会に設置された基盤技術推進専門部会は1988年7月に報告書をとりまとめ,原子力開発利用長期計画に提示された「原子力用材料技術」,「原子力用人工知能技術」,「原子力用レーザー技術」,「放射線リスク評価・低減化技術」の4技術領域のそれぞれについて,推進すべき研究開発テーマを具体的に示した。

 1993年度現在,これら4技術領域において,17の研究機関により,56課題の研究開発が行われており,予算総額は,2,993百万円となっている。

 この基盤技術開発のうち,複数の研究機関のポテンシャルを結集して行う必要があるものについて,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団などの各研究機関の積極的な研究交流により研究開発を推進する「原子力基盤技術総合的研究(原子力基盤クロスオーバー研究)」を1989年度から開始している。クロスオーバー研究の1993年度予算額は,911百万円となっており,13の研究機関によって5課題の研究開発が実施されている。
 クロスオーバー研究の推進に当たっては,産・学・官の有識者及び参加研究機関の代表者からなる研究推進委員会及びその下にそれぞれの技術領域に対応した研究交流委員会が設けられ,研究交流の促進が図られている。これらの委員会は年に2回程度開催されてきており,研究推進委員会においては,研究の基本方針の策定,研究成果の評価等,クロスオーバー研究の推進に関する基本的事項について審議が行われている。また,各研究交流委員会では,研究実施状況の把握,研究成果の取りまとめ等,具体的な推進のために必要な事項について審議が行われている。このほかにも研究担当者レベルの研究会等が各研究課題毎に開催され,研究情報の交換等が活発に行われている。

 クロスオーバー以外の「原子力基盤技術先端的研究」の分野でも産・学・官の交流環境が整備されつつあり,いくつかの技術領域について,大学及び産業界等への試料作成・測定依頼が行われている。また,原子力用材料データフリーウェイ研究においては,システムの構築を円滑に進めるため,金属材料技術研究所,日本原子力研究所,動力炉・核燃料開発事業団の3機関による基盤原子力用材料データフリーウェイ共同研究協議会が設置され,システムの運営方法や他機関をも含めた利用方法について検討がなされている。
 さらに,1993年4月の基盤技術推進専門部会報告書においては,産・学のより広範な参加が可能となる体制整備の必要性及び従来の4技術領域に加えて,新たに「放射線ビーム利用先端計測・分析技術」,「原子力用計算科学技術」,「原子力分野における人間の知的活動支援技術」の3技術領域を取り上げ,研究開発の積極的な推進を図ることとすると述べられている。

(1)原子力用材料技術
 従来,原子力分野における材料技術開発は,炉型別の開発戦略の中で目標の早期達成のための要素技術の開発といったいわゆる「縦割型」中心で進められてきた。しかし,材料技術は,あらゆる技術開発分野において本来的に「基盤技術」としての性格を有するものであり,より中長期的視点に立って,21世紀の原子力技術体系にインパクトを与え,ひいては原子力分野に限らず他の分野の材料技術開発への波及効果も期待できるような技術を積極的に取り入れることが重要である。
 このため,耐放射線性材料の創製,放射線を低減するための材料開発,原子力用材料の化学反応・制御に関する研究開発,原子力用材料の解析・評価及び設計のための技術開発,原子力用材料に関するデータベースの構築・整備に係る研究開発が続けられている。
 耐放射線性材料の創製では,MoSi2,WSi2,Ni3Al等の耐放射線性耐熱材料,炭化ケイ素単結晶を用いた耐放射線性半導体材料及び放射線検出用として新しい応用が期待される耐放射線性超電導接合素子等が開発された。また,放射線を低減するための材料開発では,核融合炉用材料として期待される高性能低放射化鋼を始め,セラミック複合材料等の新しい低放射化材料が開発された。さらに,原子力用材料の化学反応・制御に関する研究面発並びに解析・評価及び設計のための技術開発では,照射腐食割れ試験技術や微小試験片試験技術等,中性子照射条件下における損傷機構及び腐食機構を解明するための各種の装置,試験法及び解析・評価手法が開発された。
 また,原子力用材料に関するデータベースの構築・整備では,金属材料技術研究所,日本原子力研究所及び動力炉・核燃料開発事業団の各機関に蓄積されてきたデータの体系化と有効利用を図るため,3機関が連携して,原子力用材料に関する分散型データベース(「データフリーウェイ」)を構築している。
 さらに,クロスオーバー研究として,原子力極限環境材料の開発に関する研究が実施され,優れた耐硝酸腐食性を持つ高クロム添加ニッケル基合金,耐放射線腐食性に富むクロム―ニッケル鋼等,新しい高性能材料の開発並びにラマン分光法を用いた照射損傷過程の実時間・その場解析等の材料特性評価に係る技術が開発された。

(2)原子力用人工知能技術
 原子力プラントのような巨大システムにおいては,機器・設備面がらの安全性の向上に加えて,機器・設備を扱う人間や機器・設備のヒューマン・インタフェース面などを含めた原子力施設全体としての安全性の向上が重要である。このような認識の下に,人間が近寄ることのできない放射線場においても複雑な判断・動作能力を発揮できる点検・補修用ロボット,マン・マシン・インタフェースの優れた運転監視システムの研究開発を通じて,運転・保守等の人間の作業を支援するシステムを備えたプラントを中間的な目標とし,自己判断・制御を行う自律型プラントの実現を究極的な目標として,ロボット技術やシミュレーション技術等,各種の要素技術の研究開発が進められている。
 ロボット技術の開発では,自律分散型ロボット,重量物組立作業の自動化を目的としたマニピュレーター・クレーン,自己組織型エンドエフェクタ等,各種のロボット及びロボットに係る要素技術の開発が行われた。また,シミュレーション技術の開発では,超高速モンテカルロ装置の製作並びに環境認識及び歩行動作シミュレーション・ソフトの開発等,シミュレーション技術に必要なハードウェア及びソフトウェア技術の開発を行った。
 この技術領域では,クロスオーバー以外の研究においても,産・学との共同研究による交流が活発に行われ,この分野の発展に貢献する積極的な活動が高く評価されている。
 さらに,クロスオーバー研究として,原子力用人工知能を具備した原子力施設のシステム評価研究が行われ,同システムの構築に必要な個々の要素技術を開発するとともに,システム概念の構築を行った。
 その結果,自律型プラントのための能動的環境認識技術の開発等の成果が得られている

(3)原子力用レーザー技術
 レーザーは,原子力工学分野においては,ウラン濃縮,核融合のプラズマ加熱等への利用のための研究開発が既に行われているが,①原子・分子を特定のエネルギー準位に励起できる,②良好な指向性を利用した遠隔操作ができる,③大きなエネルギーを1か所に集中できる等,優れた特性を有するため,高密度エネルギー源,効率的・経済的な分離等への更なる応用が期待されている。これに伴って,レーザーの出力,効率,寿命及び信頼性を向上させる技術,各種の同位体・元素を励起させるための波長可変技術が必要であり,そのためのレーザー技術の開発,並びに,原子力用レーザー利用技術の開発が行われている。
 原子力用レーザー技術開発においては,非線形過程応用波長可変レーザー及び再結合プラズマ法によるテーブル・トップ型軟X線レーザー装置等,原子・分子を任意の特定のエネルギー準位に励起させるための波長可変制御技術やX線レーザーの実用化に道を開く先端的なレーザー技術が開発された。また,原子力用レーザー利用技術としては,ステンレス鋼表面にレーザーによるシリコンのドーピング処理を施して,耐腐食性,耐放射線性を向上させる材料加工技術の開発,ランタノイド,アクチノイド及び有機化合物の光化学に関する研究,硝酸溶液中におけるプルトニウム,ネプツニウムの光酸化還元反応の解析等に係る成果が挙がっている。
 さらに,クロスオーバー研究として,波長可変かつ大出力が得られる自由電子レーザー(FEL)の開発研究が行われ,FEL光発振のための各種要素技術の開発によって,可視領域での発振に成功するなど,世界的に見ても成功例の少ない画期的な成果が得られている。

(4)放射線リスク評価・低減化技術
 原子力開発利用において常に細心の注意が払われている放射線の人体への影響を評価する放射線リスク評価については,従来の疫学的研究による知見に加えて,最新のライフサイエンス分野の研究成果を積極的に取り入れることにより,より一層充実した知見を得るとともに,放射線リスク評価に係る新しい技術を創出することが期待されている。放射線リスク評価・低減化技術開発においては,放射能等の測定技術開発による被ばく線量評価技術の開発,外部及び内部被ばくによる人体への影響評価技術の開発等による放射線リスク評価技術の開発を行うとともに,これらの知見を基にして,放射線リスク低減化技術の開発を行ってきた。
 被ばく線量評価技術においては,広域高層範囲における放射性物質の大気拡散挙動を高精度に評価する計算コードの開発,公衆被ばく線量評価及び居住環境におけるラドン濃度の形成機構の解明等,放射性物質の動的挙動を考慮した放射線リスク評価の基盤となる被ばく線量を精度良く評価する技術の開発が行われた。また,放射線リスク評価技術では,放射線によるがん誘発効果が幼若期において高いこと等,放射線発がんとその機構の解明に関する知見が得られた。さらに,放射線リスク低減化技術では,放射線に対する生物学的防護機構の解明,放射性核種の体内動態解明と体外排泄除去技術等に関する基礎データ及び知見が得られ,それらの成果に基づいた被ばく制御法の開発等が行われた。

 クロスオーバー研究としては,放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する研究が進められており,標本の作製法,画像解析装置及び解析アルゴリズム等,染色体異常検出に必要なハードウェア及びソフトウェアの開発が順調に進行し,多数の成果が得られている。
 また,1991年度からは,放射性核種の環境中移行に関する局地規模総合モデルの開発に係るクロスオーバー研究が加えられ,発生源から各種環境媒体を経て生体へ至る放射性核種の挙動を詳細かつ高精度に解析し,局地的な環境条件に対応した精密な被ばく線量評価を可能とするモデルの開発に資する研究開発を行っている。


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