第1章 国際石油情勢等最近のエネルギーを巡る情勢と原子力発電の役割

2.我が国の原子力発電を巡る動向

(1)我が国のエネルギー情勢と原子力発電
 我が国の最終エネルギー消費の対前年度伸び率は,1979年の第2次石油危機以降,省エネルギーの進展,産業構造の変化等を反映して,穏やかであったが,1987年度に入り,増勢に転じ,5%前後の高いものとなり,1989年度は3.4%であった。
 電力需給についても,同様の傾向で,1989年度の電灯・電力需要(10電力会社)の対前年度伸び率は6.O%と,3年連続で5~6%前後の堅調な伸びとなった。これは,堅調な個人消費,内需主導型の景気拡大が進行した結果であり,産業用需要の対前年度伸び率は5.6%であったものの,オフィスなどの業務用電力,電灯に代表される民生用需要については同6.9%と高い伸びとなった。
 1990年6月に,総合エネルギー調査会総合部会,同需給部会,同原子力部会及び電気事業審議会需給部会から報告書が各々出されたが,これらによると,エネルギー需要は,国民生活におけるゆとりと豊かさの追求により,モノやサービスに対するニーズが増大し,民生部門を中心に大幅な需要の増大が見込まれる。これは,家庭においては快適性,利便性指向による冷暖房等のエネルギー需要が増大し,企業においては多様なニーズに応じた製品,サービスの提供等によりエネルギー需要が増大する一方,産業部門において既に省エネルギーの余地が少なくなってきていること等から,今後,政府・民間における省エネルギー対策への取組が強化され,確実に実施されない限り,我が国のエネルギー消費は相当程度増大していくものと見込まれている。
 長期エネルギー需給見通しでは,GNP当たりのエネルギー消費原単位について第1次石油危機以降の省エネルギーに匹敵する36%の改善を実施した場合でも,最終エネルギー消費は2000年度までは年平均伸び率1.6%,2010年度までは同1.2%で増加する見通しである。
 電力需要については,内需主導型の景気拡大により極めて高い伸びを維持しており,近年3年間の電力需要の年平均伸び率はそれ以前10年間を大きく上回っており,電力需要の伸びの地域間格差も拡大している方向にある。また冷房機器の普及拡大による夏期需要の伸び等により,最大電力量の伸びは需要電力量を上回る伸びを示している。
 今後2000年,2010年を見通した場合,総需要電力量の着実な伸びが想定されており,2000年度までは年平均伸び率2.7%,2010年度までは同1.5%で,最大需要電力はこれを上回り2000年度までは同3.O%,2010年度までは同1.6%で増大すると見込まれている。

 一方,エネルギー供給については,世界的なエネルギー需要が増大傾向にあり,今後開発途上国を中心に石油需要が増大し,エネルギー市場が不安定となることが予測されるとともに,地球環境問題に関しては,持続的な経済発展を確保しつつ,人間活動と地球環境保全の両立を図るため,石油代替エネルギーとりわけ原子力,新・再生可能エネルギーの依存度を高めた供給構造を実現することが重要である。
 このうち,原子力は,技術集約型のエネルギーであること,ウラン資源は先進国を中心に広く世界に賦存すること等エネルギー情勢に影響を受けにくく,供給安定性が高いことに加え,価格安定性にも富む等,石油代替エネルギーの中でも中核的なものである。また,前述のように原子力発電はその発電において,二酸化炭素等を排出することはなく,地球環境問題の面でも,重要な役割を果たすことが期待される。

 従って,技術先進国である我が国として最大限の導入が必要であるが,これには国民,住民の理解を得つつ進めることが大前提である。
 このため,近年の反原発運動の高まりもあることから,原子力発電に対する国民の不安を解消し,理解と協力を得るため,
① 安全確保対策:安全規制体制・安全確保体制の充実,安全確保に係る技術開発の推進等,
② バックエンド対策:再処理,放射性廃棄物処理処分等の核燃料サイクルの確立及びそのための国民の理解の増進,
③ 立地促進対策:多層的かつ多角的な広報の推進,地域振興策の充実,
④ 広報対策:情報提供の強化等による国民の原子力関係者に対する信頼感の醸成,より効果的な新たな広報,
 を課題として取り組むことが重要である。
 このような活動強化の努力を実施した上で,原子力発電は,2000年に5,050万キロワット(一次エネルギーのシェアは13.2%),2010年に7,250万キロワット(同16.7%)の設備規模に拡大され,電力供給の各々約35%,約43%を占めると予想されている。
 以上が総合エネルギー調査会各部会及び電気事業審議会需給部会の報告概要である。
 一方,最近のゆとりと豊かさの追及を反映して,エネルギー,特に,電力需要が堅調に増加し,本年夏の電力需要は,7月以降,最大電力需要が過去最高を記録し,供給予備率が適正水準を下回る地域がでる事態となっている。また,エネルギー供給上の石油への依存度は1986年度以降上昇し,1989年度には57.9%に至っており,しかも,中東の原油が約71%を占めているという状況の中で,先のイラクのクウェート侵攻を契機として原油価格が上昇するとともに,両国からの石油輸入禁止措置がとられたことは,我が国エネルギー供給構造の脆弱性を改めてクローズアップする結果となった。これを受けて8月13日には,第2次石油危機以来11年振りに政府の省エネルギー対策が出されたところである。さらに,前述のとおり,世界的に関心が高まっている地球温暖化について,我が国としても手遅れにならないよう的確な対応を図るため,1990年6月の地球環境保全に関する関係閣僚会議において,「地球温暖化防止行動計画」の策定が合意され,低CO2排出及びCO2を排出しないエネルギー源の導入・普及を含め,当面の温暖化防止対策について現在検討されている。(1990年10月23日決定)

 総合エネルギー調査会報告における原子力開発目標では,開発ペースが10年間当りで2,000万キロワットとなり,最近の開発ペース(1979~88年度は1,602万キロワット)を上回るものであり,かつこの想定には新規の立地地点も含まれることから,全国的な根強い反原発運動,原子力発電及び放射線の影響に対する国民の不安等,現在の原子力開発利用・を巡る環境,特に社会的受容性の面での厳しさを考えると,その実現には格段の努力を要するものと考えられる。
 しかしながら,上記のような最近のエネルギー需給を巡る状況に鑑みると,省エネルギーと並んで,今後の我が国のエネルギーの安定供給確保のため,原子力を中核とする石油代替エネルギーの開発の重要性は一層高まっており,原子力関係者は,同開発目標を踏まえ,最大限の努力を傾注して,安全の確保と国民の理解の増進を図りつつ,一歩一歩着実に原子力開発利用を進めていくことが必要である。

(2)安全確保と国民の理解と協力の増進

(反原発運動の動向)
1979年の米国スリーマイル島原子力発電所事故及び1986年のソ連チェルノブイル原子力発電所事故は,我が国の原子力に対する国民世論に大きな影響を与え,特にチェルノイブイル事故は,大規模な事故が実際に発生したこと,食品が放射能により汚染されたこと等から,原子力発電の潜在的危険性が目に見える形,身近な話題として国民に受け止められるようになった。このため,原子力についてそれまでは「無関心」であった都市部若年層や主婦層などを始めとする国民の一般層が,原子力に対して「疑念・不安」を感じるようになっている。
1989年1月からは,運転中,建設中,計画中の原子力発電施設及び核燃料サイクル施設すべてを廃止すること等を内容とする脱原発法制定を請願するための署名運動が開始され,本年4月には,約250万人の署名を集やて国会へ提出されるなどの動きが見られる。また,東京都において,「核と戦争のない世界をめざす」ことを目的とした非核自治体宣言運動とも結び付いた形で,核兵器の持込み禁止,核兵器関連設備の設置禁止に加え,原子力発電所及び核燃料サイクルに関連する設備の設置を許さないことを内容とする「非核東京都宣言」を条例として定めることを請願する署名運動が行われている。

(世論の動向)
1989年には,原子力について,(社)日本原子力産業会議や(社)エネルギー・情報工学研究会議が世論調査を行っており,これらによると,今後の主流を占めるエネルギーとして原子力と答えた人が約4割から5割と最も多く,原子力に対する期待は大きいものの,反面,原子力の安全性について不安を有する人も過半数を占めており,「原子力発電は有用であるが不安も大きい」どの傾向が現れている。しかし,今後の生活水準の向上のためにはエネルギー需要の増大もやむを得ないと考える人が多いの対し,再び石油ショックが起こると考えている人は少ないなど,エネルギーに対する危機意識は薄れつつあり,現在,我が国のエネルギー供給において原子力に期待される役割に対する理解よりも,原子力に対する不安感の方が先に立つているものと考えられる。また,原子力に関する情報源については,新聞やテレビから得る人が大部分であり,そこに登場する学者,専門家の意見に信頼感を抱く人が多い。一方,国や事業者からの情報に接することはほとんどなく,しかも「都合の悪いことは公表しない」などの理由によりその情報は信頼できないと考えている人が多い。さらに,原子力に関する情報の中で特に知りたいと考えていることは,放射性廃棄物処理処分の方策,放射線(能)の人体への影響,原子力発電所など原子力施設の安全対策,原子力発電所の事故・故障の情報などである。

(今後の課題)
 国民意識の中に一旦醸成された原子力発電に対する疑念・不安を払拭することは容易ではないが,我が国の原子力開発利用を取り巻く厳しい現状の中で原子力に対する国民の理解を得ていくためには,まずは安全の確保が大前提である。このため,今後とも,厳重な安全規制と管理の実施,安全研究の充実・強化に積極的に取り組むとともに,原子力関係者は,施設の建設・運転等に当たって万一にも国民の健康に影響を及ぼすようなことがあってはならないということを常に心に銘記し,安全確保に対する自覚を明確に持つて,細心の注意を払い安全確保の実績を着実に積み重ねていくことが必要である。
 特に,東京電力(株)福島第二原子力発電所3号機のトラブルは,それ自体が地元住民を始め国民の原子力に対する信頼感に影を落とすことになったことから,これを教訓として,いかなるささいな故障・トラブル等をもないがしろにせず,徹底的にその原因を究明し,その結果を適切に公表することが,国民の原子力発電に対する信頼感の醸成にとって不可欠である。そして,このような努力がひいては安定かつ安全な運転実績に資するものとの認識に立つて,施設の建設,運転等に努めるべきである。
 さらに,長期的観点に立って,固有の安全性を有するシステムの検討を含め,より一層の安全性,信頼性の向上を目指した研究開発を着実に進めるべきである。
 チェルノブイル原発事故の例にも明らかなように,原子力発電の安全性の確保は,我が国一国のみの問題ではなく,世界の共通の課題である。我が国における安全研究や安全性実証試験の成果,施設の長年にわたる建設・運転で得られた知識・経験を進んで,近隣アジア諸国を始め世界に提供し,世界レベルでの安全性の向上に貢献することも,広く国民の原子力発電に対する理解を得る上で極めて重要である。
 また,これまでの我が国における原子力の開発利用の過程において,国民一般への原子力広報活動は必ずしも十分なものではなく,このことが国民の間に疑念・不安を醸成した原因の一つと言わざるを得ない。原子力開発利用を着実に進めるためには,立地地域の住民のみならず,国民の各層の幅広い理解を得ていくことが不可欠であり,このため,昨今の原子力に対する議論の高まりを踏まえ,国,地方自治体,事業者等の原子力広報活動が近時積極的に展開されてきている。具体的には,全国各地で開催される勉強会への講師の派遣,電話により質問に答えるテレフォン質問箱,パソコン通信相談室などの双方向型・対話型広報や,さらには施設見学会,自然放射線を実際に測定するセミナーの開催などの体験型広報等を推進している。
 今後さらに原子力広報の効果的な展開を図っていくためには,まず,国民のエネルギー全般に対する理解の増進,そして漠然とした不安を持つサイレントマジョリティーの原子力に対する理解の増進,原子力関連情報への不信感,不足感の克服に重点を置いて進めるべきである。
 このため,まずは,最近のイラクのクウェート侵攻を契機とした原油価格の上昇や夏の電力需要の急増などを背景としてクローズアップされた我が国のエネルギー供給上の脆弱性等,エネルギーをとりまく問題について広く国民に知らせ,国民一人一人にエネルギーの貴重さ,省エネルギーの必要性,エネルギー安定供給確保の重要性等についての認識を新たにしてもらうことが極めて重要である。そして,国民との幅広い対話の中において原子力に対する理解を増進することが必要であり,その際,原子力関係者への信頼性を一層高めるためにも,より誠実・オープンな態度で対応しつつ,国民に,原子力に関する必要な情報を科学的事実に基づいた正確で分かりやすい形で広く公表・提供し,透明性を確保するよう今後とも不断の努力を払うべきである。
 また,国民,すなわち受け手の立場に立つた広報を実施することが重要であり,対象に応じて周知すべき内容,方法等を工夫し,きめ細かい対応をすることが必要である。このため,関心,問題意識等に合つた広報を行うよう努力し,特に未来を担う青少年に対して科学教育等の場において正確な知識の普及を行うことをはじめ,生涯教育の一環としてエネルギーや原子力に対する学習の機会を広く提供するなどの息の長い地道な努力が必要である。
 中でも,放射線についての不安が原子力発電等に対する不安の主要な要因であると考えられることから,自然放射線に関する知識や人工放射線と自然放射線の比較など放射線について正確な知識を提供し,正しく理解してもらうとともに,放射線が医療,農業,工業などの分野で幅広く利用され,国民の生活や福祉の向上などに貢献していることも合わせて理解してもらうことが重要である。


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