第1章 国際石油情勢等最近のエネルギーを巡る情勢と原子力発電の役割

1,世界のエネルギー情勢と原子力発電

(世界のエネルギー情勢)
 世界全体のエネルギー需要は,第2次石油危機以降の先進国における石油代替エネルギーの開発・導入及び省エネルギーの推進により,比較的低い伸びで推移したが,1986年の原油価格の下落,これに伴うエネルギー需給の緩和及びこれらを背景とした世界規模の経済発展等により,近年年率3%を超える伸び率で増大している。
 将来のエネルギー需要見通しについて,国際エネルギー機関(IEA),米国エネルギー省/エネルギー情報局(DOE/EIA),ヨーロッパ共同体委員会(CEC)及び第14回世界エネルギー会議(WEC)の予測を総合すると,年率2%程度の伸びで着実に増大し,2000年には現在の1.3〜1.4倍程度に,2010年には1.5〜1.7倍程度に達するとされている。
 先進国のエネルギー需要は過去2回の石油危機の後,省エネルギーの推進,石油代替エネルギーの開発等が推進された結果,エネルギーの伸びは抑えられたものの,近年は再び増加している。しかし,経済成長,人口等の伸びが安定的に推移しているため,将来は穏やかな伸びが予測されている。一方,開発途上国のエネルギー需要は,近年年率5%台で増加し,アジアNIES*及びASEAN**では年率10%台と急増している。将来的には,開発途上国の人口増と経済活動の活発化,工業化等により,エネルギー需要は急増し,全世界のエネルギー需要に占めるシェアも拡大すると予想されている。即ち,先進国のエネルギー需要は,2020年に現在(1988年)の約1.2倍と低い伸びと見込まれているのに対し,開発途上国は,2020年で約2.9倍と大幅な増大の見込みとなっている。また,共産圏諸国も,東欧の政治改革に伴う経済改革及びエネルギー政策の今後の動向が現時点においては不透明であるため,短中期的なエネルギー需要増減の予測は容易ではないが,長期的には,開発途上国に次ぐ高いエネルギー需要の伸び(IEAの予測で年率3%等)が予想されている。


*  新興工業経済地域(NIES)のうち,香港,シンガポール,台湾,韓国のアジア地域の国・地域
**  東南アジア諸国連合(ASEAN)

 次に,エネルギー源別構成を見ると,石油危機以来,世界全体では石油のシェアが小さくなる一方,石炭,天然ガスが徐々に増大し,特に原子力は急激に増大している。開発途上国においては,石油等の化石燃料の使用量が急増し,最近約20年間で先進国の1.1倍に対して2.3倍になっている。
 将来の予測について見ると,世界全体では,石油のシェアが減少し,天然ガスあるいは原子力が増大する見通しである。なお,開発途上国では石油シェアは減少するものの,全石油需要に占める開発途上国の割合は,先進国の石油消費が減少することもあり,増加するとされている。

(国際石油情勢)
 ここで,エネルギー情勢に大きな影響力を持つ石油に着目すると,原油価格は1986年の急落後,乱高下しているものの,低水準で推移してきたこともあって,石油需要は増大している。一方,1990年8月にイラクがクウェートに侵攻したことから,先進国を中心にイラク,クウェートからの石油の禁輸措置を含む経済制裁が実施されたため,石油需給の先行きに対する不安感が高まり,原油価格が上昇している。
 世界的に相当量の石油備蓄があること等から当分の間,石油危機並みの石油需給の逼迫の可能性は小さいものの,紛争が長期化及び拡大し,イラク及びクウェートからの石油輸入停止の措置が長期化する事態となれば,石油需給及び価格への影響も懸念され,予断を許さない状況にある。中長期的には,開発途上国を中心とした需要の増大及び非OPEC諸国の石油生産量の低下による中東産油国への依存度の高まりが予測されている。中東諸国への石油依存度は,2005年に33%に上昇し,第1次及び第2次の石油危機の依存度36%,34%に近接するというIEAの展望もあり,中東産油国といった一部の特定地域への依存度の上昇により,供給の不安定性が増すとともに,石油需要は今後とも増加すると予想されることから,仮に資源開発が拡大せず,先進国における石油代替エネルギーの開発・導入,需要抑制が不十分な場合には,需給は逼迫化し,石油価格は上昇に転じ,エネルギー情勢が悪化すると懸念されている。
 石油は,化学工業の原料等の用途も多く,また,液体燃料であることから利便性も高いため,今後開発途上国を中心として石油の需要が増大すると予想されることから,高い技術力を持つた先進国は進んで石油の使用を抑制し,原子力等の石油代替エネルギーの開発・利用を進めていくことが重要である。

(地球環境)
 近年,地球温暖化,酸性雨等いわゆる地球環境問題が大きくクローズアップされている。これらは,人類の生存基盤に深刻な影響を及ぼすおそれがあることから,その解決が国際的にも強く望まれており,積極的な取り組みがなされつつある。1990年4月には米国ブッシュ大統領の提唱により地球環境問題に関するホワイトハウス会議が開催されたが,ここでは,科学的・経済的調査研究の必要性及びその国際的パートナーシップの構築についてはほぼ合意が得られたものの,温室効果ガスの排出抑制等の温暖化対策行動を起こす時期や対策の実行による経済成長への影響については各国で意見が分かれた。また,気候変動に関する政府間パネル(IPCC)においては,1988年11月より議論を重ね,1990年8月には,温室効果ガスの排出抑制対策を何ら講じない場合,不確実性が伴うものの,全地球平均温度は10年当たり約0.3°C上昇すると予測され,これに対応するためには,温室効果ガスの排出の少ない安全でクリーンなエネルギーの利用対策技術の開発等が有効だとする報告がまとめられた。同時に,同報告では,温暖化対策を国際協力によりスムーズに実現するために,気候変動に関する枠組み条約(温暖化防止のための国際協力の枠組み等を定める条約)に関する検討を早急に開始すべきであるとされている。また,1990年7月のヒューストン・サミット経済宣言においては,IPCCの作業を支持し,気候変動に関する枠組み条約交渉への支持を改めて表明するとともに,エネルギー関連の環境破壊に対処するために,エネルギー効率の改善と代替エネルギー源の開発を重視する旨合意している。
 本問題は,地球温暖化の約5割がCO2によるもので,しかもCO2の約8割が,石炭,石油,天然ガスという化石エネルギーの燃焼によるとされていることから,エネルギー問題と密接に関係する。地球温暖化のメカニズム及び影響が未解明であり,不確実性が伴っているものの,いったん生じるとその回復が著しく困難であることが想定されるだけに,手遅れにならないよう対応することが必要である。このため,エネルギー利用効率の向上,省エネルギー,非化石エネルギーへの転換等エネルギー政策の面から積極的に対応していくべきである。中でも,原子力は,地球温暖化,酸性雨の原因と考えられるCO2,窒素酸化物等を排出しないことから,その解決に当たって重要な役割を果たすものと考えられる。国際的にも,前述のヒューストン・サミット経済宣言において,原子力については,「我々のエネルギー供給の上で引き続き重要な貢献を行うものであり,温室効果ガス排出の伸びを減少する上で重要な役割を果たすことができる」旨述べられ,原子力が地球環境問題解決のための重要な手段の一つであることが確認されている。
 さらに,原子力発電のエネルギー収支が高く (通商産業省の試算によれば1の投入エネルギーにより約20のエネルギーが得られる),原子力はその発電過程においてCO2,窒素酸化物等の排出を伴わないことからも,地球環境問題の解決に貢献するエネルギー源であると考えられる。
 また,ヒューストン・サミット経済宣言において,「各国は,健康と環境を守るために原子力及びその他のエネルギーについて,最高の世界的運用規準を確保する努力を続けるとともに最大限の安全性を確保すべきである」旨述べられるなど,環境への影響の観点から,原子力の安全確保対策や放射性廃棄物の処理処分対策について指摘があるが,もとより原子力は安全確保が大前提であり,常に最新の技術・知見を取り入れ,安全の確保に万全の措置を講じているところである。
 原子力発電所等の原子力施設から発生する放射性廃棄物についても,その処理処分方策は主要先進国及び我が国において着実に技術開発が推進されており,実用化の技術的目途は得られつつあり,しかも,量的には非常に少ないことから,それぞれの性質に応じた最適な処理処分技術の確立により管理は十分可能と考えられる。
 以上のように,原子力は,供給安定性,経済性等に優れるのみならず,地球温暖化,酸性雨等の地球環境問題への対策においても,安全の確保を前提として重要な役割を担うものと期待されており,限られたエネルギー源の選択肢の中で,主要なものの一つとして,現在,そして将来にわたり重要な地位を占めていくものと考えられる。


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