第1章 国際的視野から見た原子力発電と我が国の状況
2.我が国における原子力発電を巡る最近の状況

(2)国民の一層の理解と協力に向けて

 我が国は,1963年に初めて原子力発電に成功して以来,これまで25年以上もの間,一般市民の健康に影響を与えるような事故は一度も起こしていない。また,法律によって報告が義務付けられている原子力発電所における故障・トラブル等の発生件数も,1988年度においては1基当たり1年間平均0.6件と,他の海外諸国に比べて優秀な実績を挙げている。
 しかしながら,1986年4月に起こったソ連チェルノブイル原子力発電所における事故を契機として,原子力発電等の安全性,放射線等に対する国民の不安が高まり,原子力発電に対する反対運動が従来のような原子力施設周辺住民だけでなく,都市部の若年層,主婦層をも含めて全国的に広がってきている。1989年1月からは,運転中,建設中,計画中の原子力発電施設及び核燃料サイクル施設すべてを廃止すること等を内容とする脱原発法制定を請願するための署名運動が開始されるなどの動きが見られた。また,青森県六ヶ所村に建設計画が進められている核燃料サイクル施設に関しても,青森県の農業者を中心として反対運動が起こっている。さらに,1989年1月に発生した東京電力(株)福島第二原子力発電所3号機におけるトラブル等により,地元住民をも含め,国民の原子力発電に対する信頼感に影を落とすものとなったことは否めない。我が国の原子力発電所は,何重もの安全上の防護措置が施されており,福島第二原子力発電所3号機のトラブルも,大事 故に結びつくようなものではなかったが,過去の同種のトラブルの経験の反映が十分でなかったこと,結果的に,原子炉内部に異物を流入させることとなったことなどから,一般国民に不安を抱かせることとなったことは遺憾である。
 原子力関係者は,このような現状を厳粛に受け止め,安全性の一層の向上を図り,安全確保の実績を積み重ねることにより,国民の理解と協力を得るよう努力することが重要である。

 エネルギー問題は,国民生活や経済活動に深く係わるものであるため,その政策遂行に当たっては,国民の理解と協力を得ることが不可欠であり,また,長期的視点に立ってエネルギー源を選択するためには,各エネルギー源の長所,短所について国民レベルでの正確な理解を深めることが重要である。
 原子力発電所や核燃料サイクル施設は,放射性物質を扱うことから潜在的な危険性を内包していることは否定できず,その安全性の確保が大前提であることは言うまでもないが,感覚的な不安に基づくことなく,国民の正しい理解に立った,合意形成を図っていくことも重要である。
 政府及び原子力関係者は,従来から,原子力発電及び核燃料サイクルの必要性,安全対策等について説明し,国民の理解と協力を得るよう努めてきたが,わかり易さ,対話性等について不満足な面もあり,なお一層の努力が求められる。特に,原子力発電及び核燃料サイクルについて,必要性,安全性のみならず,故障・トラブル等をも含めた正確な情報をわかり易い形で国民に広く公表,提供するとともに,一方的な情報提供にとどまらず,国民の疑問を十分聞き,これに答える等,双方向の対話を懇切丁寧に行いながら,国民の理解と協力を得ていくことが重要である。このような観点から,政府は,原子力施設の故障・トラブル等の事象の内容や影響の度合について,国民一般にわかり易く示すための尺度(影響度階)を導入したほか,市民レベルで各地において開催される原子力に関する勉強会に専門家を講師として派遣したり,電話サービスにより一般国民の原子力に関する質問に答えるなどの施策を講じているところであり,今後もこれらの施策の積極的な展開を図るべきである。
 さらに,原子力施設の見学の機会を提供するなどして原子力発電等の安全性につき,少しでも多く人々に体験的に知ってもらうなど,地道かつ息の長い努力を積み重ねることも必要である。また,エネルギー問題は長期的な将来への課題でもあるため,次世代を担う青少年にも,エネルギーや原子力等への関心を高め,正しい知識を身につけてもらうことが重要である。


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