第7章 放射能対策
§2 放射能調査と対策の実施

2.核実験区域周辺の調査

 放射能対策本部は,37年4月に再開された米国の核実験に対処するため,実験区域周辺の汚染状況を調査するとともに,核種分析用の試料を採取するため,水産庁調査船照洋丸をクリスマス島およびジョンストン島周辺に派遣した,同船は7月27日に東京港し,
① 雨水,塵,海水,プランクトンおよびマグロについて,全ベータまたはガンマ放射能の測定。
② 船内および海上における空間線量率の測定。
③ 船内における被曝線量の測定。
④ 気象,海況の観測。
⑤ 核種分析用試料として,雨水,塵,海水,マグロおよびプランクトンの採集
を実施し,9月17日帰港した。
 この調査結果の概要は,つぎのとおりであった。
(i) 雨水,塵の放射能
 浮遊塵の全ベータ放射能は,0.1~0.5μμc/m3であり,クリスマス島南方西径157度20分の赤道下で最高値を示した。これらの値は,当時の日本全国平均値に比較してやや低めであった。一方,雨水の全ベータ放射能は,0.18~7.01μμc/mlであり,クリスマス島近海の北緯2度西径157度付近で最高値を示した。これらの値は,当時の日本全国平均値と比較して,ほとんど同程度であった。なお,定時雨水と定量雨水とで顕著な差が認められなかったのは海上の降雨が一般に雨量が少なく,降雨時間も短かかったことによるものと思われる。
(ii) 海水の放射能
 海水の全ベータ放射能は,各海流域間にかなりの差が認められ,南赤道流域では,大体1μμc/l以下であり,反流および北赤道流域では,増加して1~3μμc/lを示している,このことは,核種分析の結果においても同様であって,南赤道流域では,137Cs-0.1μμc/l,90Sr-0.1μμc/l,144ce-0.5μμc/lであり,北赤道流域では,137Cs-0.4μμc/l,90Sr-0.2μμc/l,144Ce-1,5μμc/lであった。
 日本近海の値と比べると,南赤道流域ではいくぶん低く,北赤道流域では大体同様な値であるが,144Ceのみは,日本近海の2~3倍の値を示している。しかし,調査海域全体としての放射能レベルは,比較的低いものと考えられる。また,北赤道流域では躍層の上下間に,明らかな放射性物質の濃度差が認められた。
 一方,東京-ホノルル間における値は,調査海域よりも多少高く,全放射能の測定結果は,3~4μμc/lでこれは日本近海の値(2~5μμc/l)と大体等しい。
 また,29年および31年に行なった第1次および第2次の俊鶻丸による調査結果と比較すると,今回の調査結果ははるかに低い値を示している。
(iii) 魚類の放射能
 魚類の放射能を外部から測定した結果によると,ガンマ線シンチレーションサーベイメーターでは,この放射能をほとんど検出できなかった。
 29~31年には,G.M.サーベイメーターを用いて,バックグラウンド放射能の数倍から数十倍の放射能を検出しえたが,今回の捕獲魚には当時認められたような放射能は検出できなかった。
 魚類に含まれる放射性核種の分析は,現在実施中であってまだ全部の結果は,えられていない。現在までにえられた分析結果によると,65Znがガンマ線スペクトロメトリーによって認められているが,その含有量は29~31年の値に比べはるかに低い値を示している。また,90Srについて肉で,1.1~2.2 S.U.*〔0.l~0.2μμc/kg(生試料)〕,骨で0.08~0.27S.U.であり,29~31年の値に比べはるかに低い値を示している。


*S.U.(Strontiumunit)  90Srの濃度をあらわす単位で,ある物質中のカルシウム(Ca)1グラムに対する90Srのマイクロ・マイクロ・キュリーの比率であらわす。S.U.=90SrμμcCaグラム

(iv) プランクトンの放射能
 プランクトンの放射能は,日本近海のプランクトンと同程度であるが,第1次および第2次俊鶻丸による調査結果と比較すると,はるかに低い値を示した。
 このことは,今回の核実験が主として空中で行なわれ,爆発の規模が,29年および31年のものに比べて小さかったためと考えられる。95Zrの存在がプランクトンでは,顕著に認められ,魚類ではえらと消化管にのみ認められたことは,95Zrの生物間転移に関して留意すべきことである。
 その他の核種についての検討およびさらにすすんだ考察は,今後の分析結果にまたねばならない。


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