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第6章 廃止措置及び放射性廃棄物への対応

6-1 東電福島第一原発の廃止措置

 東電福島第一原発の廃炉及び汚染水対策は、「東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップ」(以下「中長期ロードマップ」という。)に基づいて進められています [1]
 また、中長期にわたる廃止措置を実施するには、国内外の幅広い分野の英知を結集し、研究開発を進めていくとともに、廃炉作業や研究活動を維持、継続していくため、研究者やエンジニア等の人材育成・確保の取組を進めることも重要です。国は、廃炉に関する技術的難易度の高い課題に対する研究開発や人材育成を推進するとともに、研究施設等の整備も進めています。さらに、国及び原子力関連機関は、廃炉・汚染水対策に関する進捗状況、研究活動及び人材育成・確保に関する取組について、国民に対する適切な情報提供を行うことが求められます。


(1)東電福島第一原発の廃止措置等の実施に向けた基本方針等

 中長期ロードマップでは、具体的な廃止措置の工程・作業内容、作業の着実な実施に向けた、研究開発から実際の廃炉作業までの実施体制の強化や、人材育成・国際協力の方針等が示されています。この中長期ロードマップは、東電福島第一原発の現場状況や廃炉に関する研究開発成果等を踏まえ、継続的に見直していくことが原則とされており、2019年12月に5回目の改訂が行われました。現在、この中長期ロードマップに基づき、国も前面に立って、安全かつ着実に取組が進められています(図6-1)。


図6-1 中長期ロードマップ(2019年12月27日改訂)の概要
図6-1 中長期ロードマップ(2019年12月27日改訂)の概要

図6-1 中長期ロードマップ(2019年12月27日改訂)の概要

(出典)第21回廃炉・汚染水対策福島評議会資料3-1内閣府廃炉・汚染水対策チーム事務局「福島第一原子力発電所の廃炉に向けた 中長期ロードマップの改訂について」 (2019年) [2]


 原子力損害賠償・廃炉等支援機構は、中長期ロードマップに技術的根拠を与え、その円滑・着実な実行や改訂の検討に資することを目的として、2015年以降毎年「東京電力ホールディングス株式会社福島第一原子力発電所の廃炉のための技術戦略プラン」(以下「戦略プラン」という。)を策定しています。2019年9月に公表された戦略プラン2019では、初号機の燃料デブリ(溶融した核燃料と原子炉構造物等が混合した残骸・堆積物)取り出し方法の確定に向けた提言とともに、廃棄物対策、汚染水対策、使用済燃料プールからの燃料取り出し等も含めた構成とされており、東電福島第一原発廃炉の取組全体を俯瞰した中長期的視点での方向性が提示されています [3]
 原子力規制委員会は、2012年11月から特定原子力施設監視・評価検討会1を開催し、東電福島第一原発の監視・評価や同原発における放射性物質の安定的な管理に係る課題について検討を行っています。また、東電福島第一原発の廃止措置に関する目標を示すため、「東京電力福島第一原子力発電所の中期的リスクの低減目標マップ」(2015年2月策定、2020年3月改訂。以下「リスク低減目標マップ」という。) [4]を策定し、リスク低減目標マップに従って廃炉・汚染水対策が計画的に実施されていることを確認しています。
 なお、東電福島第一原発の廃炉・汚染水対策に関する体制及び役割分担は、図6-2のとおりです。国から重要課題の提示を受けた原子力損害賠償・廃炉等支援機構は、中長期戦略の策定等を行い、東京電力に助言、指導及び勧告等を行います。また、技術研究組合国際廃炉研究開発機構(IRID2)や原子力機構等の研究開発機関は、原子力損害賠償・廃炉等支援機構と進捗状況や課題を共有し、研究を進めています。


図6-2 東電福島第一原発廃炉・汚染水対策の役割分担

図6-2 東電福島第一原発廃炉・汚染水対策の役割分担

(出典)原子力損害賠償・廃炉等支援機構「福島第一原子力発電所廃炉・汚染水対策の役割分担図」 [5]

(2) 東電福島第一原発の状況と廃炉に向けた取組

① 汚染水対策
 東電福島第一原発では、燃料デブリの冷却のため、事故を起こした原子炉内に注水を行っています。この冷却用の水が原子炉建屋内に流入した地下水と混ざり合うことで、汚染水が発生しています。現在、「汚染水問題に関する基本方針」 [6]における「汚染源を取り除く」、「汚染源に水を近づけない」、「汚染水を漏らさない」という3つの基本方針に沿って対策が進められています。
 「汚染源を取り除く」対策として、多核種除去設備(ALPS)等をはじめ、ストロンチウム除去装置等の複数の浄化設備により汚染水の浄化を行い、ストロンチウムを多く含む高濃度汚染水の処理は2015年5月に一旦完了しました。更なるリスク低減の観点から、ストロンチウム除去装置で処理した汚染水の多核種除去設備による再浄化や、継続的に日々発生する汚染水の浄化等に取り組んでいます。なお、水素の同位体であるトリチウムは、多核種除去設備等で除去できないため、多核種除去設備等処理水の取扱いが課題として挙げられています。多核種除去設備等処理水の長期的取扱いの決定に向けて、政府は2016年9月から、汚染水処理対策委員会の下で「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」を開催し、風評被害等の社会的な観点も含めた総合的な検討を丁寧に進めてきました。2020年2月に公表された同小委員会の報告書も踏まえ、政府として多核種除去設備等処理水の取扱い方針を決定するため、地元自治体や農林水産業者をはじめとした幅広い関係者との意見交換を行うこととしています。
 「汚染源に水を近づけない」対策は、汚染水発生量の低減を目的として、建屋への地下水等の流入を抑制するものです。建屋山側の高台で地下水をくみ上げ海洋に排水する地下水バイパス、建屋周辺で地下水をくみ上げ浄化して港湾へ排水するサブドレン、凍土方式の陸側遮水壁が運用されています。こうした予防的・重層的な対策を進めたことにより、汚染水の発生量は、対策前の約540㎥/日(2014年5月)に対し、2020年3月末実績では180㎥/日まで低減されています [3]。また、千島海溝津波を想定して、建屋流入に伴う建屋滞留水の増加と流出を防止し、東電福島第一原発全体の廃炉作業が遅延するリスクを緩和することを目的に、防潮堤が設置されます。2020年度上期の防潮堤の設置完了を目標に、検討・工事が進められています [7] [8]
 「汚染水を漏らさない」対策としては、建屋内に溜まっている水の水位を周囲の地下水位より低く保つよう、サブドレンから地下水をくみ上げることによる地下水位管理や、建屋内に溜まっている水の排水等により、建屋内外の水位差管理が実施されています。その中で、建屋滞留水の漏えいリスクを低減するため1~4号機建屋水位を順次引き下げており、2017年12月に3、4号機間の連通部の切り離しを、2018年9月に1、2号機間の連通部切り離しを完了しました。これにより、中長期ロードマップにおける目標工程(マイルストーン)の一つである「1、2号機間及び3、4号機間の連通部の切り離し(2018年内)」を達成し、滞留水を号機ごとに管理することができるようになりました。引き続き、2020年内の建屋滞留水処理完了に向けて、順次水位低下が進められています [9]。貯水タンクについては、信頼性の高い溶接型タンクの設置や、フランジ型タンクから溶接型タンクへのリプレース等が進められています。フランジ型タンク内に貯留したストロンチウム処理水の浄化処理を2018年11月に完了し、処理後の多核種除去設備等処理水を溶接型タンクで保管しています。これによりストロンチウム処理水の漏えいリスクを大幅に低減することができます [10]。更なる漏えいリスクを低減する観点で、フランジ型タンク内の多核種除去設備等処理水についても溶接型タンクへ移送を行ってきており、2019年3月に完了しました [11]。また、処理水の移送が完了したフランジ型タンクに関して、タンク内面を被覆してからタンクを解体する従来の方法に加え、新技術であるレーザー除染によるダスト飛散対策も実施されています [12]
  5、6号機放水口北側付近における海水中の放射性物質濃度の推移を図6-3に示します。2011年3月以降、放射性物質濃度が下がっていることが分かります。

図6-3 5、6号機放水口北側付近における放射性物質濃度の推移

図6-3 5、6号機放水口北側付近における放射性物質濃度の推移

(出典)原子力規制庁「福島近傍・沿岸の海水の放射性物質濃度の推移」 [13]

② 使用済燃料プールからの燃料取り出し
 事故当時1~4号機の使用済燃料プール内に保管されていた燃料は、リスク低減のため、各号機の使用済燃料プールから取り出しを行い、敷地内の共用プール等において適切に保管することとしています。4号機使用済燃料プールからの燃料取り出しは、2014年12月に完了しました。1号機は、燃料取り出しプランについて工法の見直しも含め検討が進められた結果、オペレーティングフロア作業中のダスト対策の更なる信頼性向上や雨水の建屋流入抑制の観点から、「原子炉建屋を覆う大型カバーを設置し、カバー内でガレキ撤去を行う」案が選択されました。今後、詳細設計や燃料取り出し工程の精査が進められます [14]。2号機では、2018年度下期にオペレーティングフロア内調査を実施し、空間線量が一定程度低減していることが判明しています。こうした状況や燃料取扱設備の小型化検討を踏まえ、ダスト飛散をより抑制するため、建屋を解体せず建屋南側からアクセスする工法が採用されました [3]。燃料の取り出し工程については、2号機において、2024年度から2026年度に燃料取り出しを開始し、2年程度をかけて取り出し完了を目指すこと、その後、1号機において2027年度から2028年度に燃料取り出しを開始し、2年程度をかけて取り出し完了を目指すことが中長期ロードマップに示されています [1]。また、1、2号機共用の排気筒について、震災の影響により支持構造物の一部破断等がみられることから、耐震上の裕度を確保するとともにプール内燃料の取り出し作業に影響を与えないようにするため、上部の解体が進められています [3]。3号機使用済燃料プールからの燃料取り出しは2019年4月より開始され、2020年度内の完了に向けて、安全を最優先に作業が進められています [15]

③ 燃料デブリ取り出し
 1~3号機では、事故により溶融した燃料や原子炉内構造物等が冷えて固まった「燃料デブリ」が、原子炉格納容器内の広範囲に存在していると推測されています。燃料デブリ取り出しに向け、燃料デブリの分布等の格納容器内の状況把握を進めるため、遠隔操作機器・装置等による内部状況調査が進められています。遠隔操作ロボット等を用いた原子炉格納容器内部の調査が1~3号機において行われ、内部の映像や線量等の情報が取得されました。2019年2月には、2号機原子炉格納容器内の堆積物への接触調査が行われ、小石状等の堆積物を把持して動かせること、把持できない硬い岩状の堆積物が存在する可能性があることが確認されるとともに、堆積物の輪郭や大きさの推定に資する映像や、線量・温度データが取得されました [16]。さらに、2020年度下期には1号機の格納容器底部の堆積物の分布等を把握するための更なる原子炉格納容器内部の調査を開始し、2021年内に着手する試験的取り出しに合わせて2号機で更なる原子炉格納容器内部の調査を実施する計画です。
 2019年12月に改訂された中長期ロードマップでは、原子力損害賠償・廃炉等支援機構が戦略プランにおいて提案した内容及びこれを踏まえた東京電力による検討結果を踏まえ、初号機の燃料デブリの取り出し方法を確定し、2021年内に2号機で試験的取り出しに着手し、その後、段階的に取り出し規模を拡大していくことを示しました。

④ 廃棄物対策
 東電福島第一原発事故により、ガレキや水処理二次廃棄物等の固体廃棄物が発生しています。また、今後の燃料デブリ取り出しに伴い、燃料デブリ周辺の撤去物、機器等が高線量率の廃棄物として発生します。これらは、破損した燃料に由来する放射性物質を含んでいること、海水成分を含む場合があること、対象となる物量が多く汚染レベルや性状の情報が十分でないこと等、既往の原子力発電所の廃炉作業で発生する放射性廃棄物と異なる特徴があります。そのため、性状把握が進められています。
 戦略プラン2019において、廃棄物対策における当面の目標は、「①保管・管理の取組として、当面10年間程度に発生する固体廃棄物の物量予測を定期的に見直しながら、固体廃棄物の発生抑制と減容、モニタリングを始め、適正な廃棄物保管管理計画の策定・更新とその遂行を進める」、「②処理・処分に向けた取組として、性状把握から処理・処分に至るまで一体となった対策の専門的検討を進め、2021年度頃までをめどに、固体廃棄物の処理・処分方策とその安全性に関する技術的な見通しを示す」こととしています [3]。目標①に関し、東京電力は、2016年3月に策定した「固体廃棄物の保管管理計画」について2019年6月に3回目の改訂を行い、最新の保管実績や工事計画を踏まえた発生量予測等を反映しました。この改訂では、ガレキや水処理二次廃棄物の発生量実績や発生量予測値の更新、施設設計進捗の反映、記載の適正化が行われました。現状、固体廃棄物貯蔵庫外の一時保管エリアは敷地内に点在した状態です。当面10年程度の発生量予測値を踏まえ、今後、遮へい・飛散抑制機能を備えた施設を導入し、継続的なモニタリングにより適正に保管していくこととしています。これにより、ガレキは可能な限り減容した上で建屋内保管へ集約され、水処理二次廃棄物及び再利用・再使用対象を除く固体廃棄物貯蔵庫外の一時保管エリアは解消される方針であることが示されました [17]

⑤ 作業等環境改善
 長期に及ぶ廃炉作業を達成するためには、高度な技術、豊富な経験を持つ人材を中長期的に確保していくことが必要です。そのためには、モチベーションを維持しながら安心して働ける作業環境を整備することが重要であり、作業環境の改善に向けて、法定被ばく線量限度の遵守に加え、可能な限りの被ばく線量の低減、労働安全衛生水準の不断の向上等に取り組む必要があります。1~4号機建屋の周辺道路等において、空気中のダスト濃度がマスクの着用基準を下回っている状態が継続していることから、2018年5月より、防護服・全面マスクの着用が不要な「一般作業服エリア」が構内面積の96%に拡大されました。これにより、作業時の負荷が軽減され、安全性と作業性が向上します [18]。さらに、2018年11月から、1~4号機を俯瞰する高台について、マスクなしで視察が可能となる運用を開始しています。これにより、視察等における装備の負担感がなくなるとともに、構内に入域する際の準備時間の短縮につながっています [19]
 また、原発事故後の対応拠点であったナショナルトレーニングセンターJヴィレッジは、2017年3月に拠点としての役割が終了し、2018年夏に一部営業が再開され、2019年4月に全面再開されました [20]


(3) 廃炉に向けた研究開発、人材育成及び国際協力

① 研究開発
 現在、国、民間企業、原子力機構、大学等が実施主体となり、基礎・基盤研究から実用化研究の広範囲にわたる取組が行われています(図6-4)。
 経済産業省は、東電福島第一原発の廃炉・汚染水対策に係る技術的難度の高い研究開発のうち、国が支援するものについて研究開発を補助する「廃炉・汚染水対策事業」を実施しており、原子炉格納容器内の内部調査技術や、燃料デブリ取り出しに関する基盤技術、取り出した燃料デブリの収納・移送・保管に関する技術等の開発を進めています [21]
 文部科学省は、基礎的・基盤的研究の推進及び人材育成のため、2015年度より「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」(以下「英知事業」という。)を実施しています [22]。英知事業については、2018年度からは、新規課題分の運用体制を文部科学省の委託事業から原子力機構を対象とした補助金事業へ移行し、共通基盤型原子力研究プログラム、課題解決型廃炉研究プログラム、研究人材育成型廃炉研究プログラム、国際協力型廃炉研究プログラムが進められています。
 原子力機構は、廃炉国際共同研究センターを中心として、国内外の研究機関等と共同で、廃炉に向けた基礎的・基盤的研究を進めています。また、原子力機構は廃炉に関する技術基盤を確立するための拠点整備も進めており、2016年4月から、遠隔操作機器・装置の開発・実証施設(モックアップ施設)として、原子力機構の「楢葉遠隔技術開発センター」(福島県双葉郡楢葉町)が本格運用を開始しました。また、2018年3月には、燃料デブリや放射性廃棄物等の分析手法、性状把握、処理・処分技術の開発等を行う「大熊分析・研究センター」(福島県双葉郡大熊町)の一部施設が運用を開始しました。


図6-4 東電福島第一原発廃炉に関する研究開発の全体像

図6-4 東電福島第一原発廃炉に関する研究開発の全体像

(出典)原子力損害賠償・廃炉等支援機構「東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の廃炉のための技術戦略プラン2019」(2019年) [3]


② 人材育成
 東電福島第一原発の廃炉は、30年から40年を要すると見込まれており、その廃炉を実施するためには、中長期的な視点での計画的な人材育成が必要です。
 東京電力は、地元企業社員が基礎知識・技能を学ぶことができる研修施設として、「福島廃炉技術者研修センター」を設置し、段階的な研修・訓練内容の拡充に向けた検討を進めつつ、地元人材の育成に取り組んでいます。
 文部科学省は、現場ニーズを踏まえたより実効的な基礎的・基盤的研究と人材育成の取組を推進するため、「廃止措置研究・人材育成等強化プログラム3」を実施し、大学等における産学官の連携強化や、研究・人材育成の拠点の基盤強化を進めています。
 原子力機構は、学生の受入れ制度の活用等を通じた人材育成を実施しています。また、廃炉国際共同研究センターを中心に、国内外の大学、研究機関、産業界等の人材交流ネットワークを形成しつつ、研究開発と人材育成を一体的に進める体制を構築しています。
 技術研究組合国際廃炉研究開発機構は、2014年度以来、同機構の研究開発成果を報告するとともに、若手研究者、技術者の育成も目的としてシンポジウムを開催しています。
 原子力委員会は、2018年2月に公表した見解において、仕事や研究開発を通じた人材育成が必要であることを述べています。廃止措置分野においても、上司による部下の能力開発や、組織内外との連携や協力・共同作業を通じて能力向上を図ることが期待されています [23]。また、我が国全体(産官学)で一体となった原子力人材育成体制の構築を目指して、2010年11月に原子力人材育成ネットワークが発足しました。2019年5月時点では79機関4が参加し、各分科会や戦略ワーキンググループにおいて取組が進められています [24]

③ 国際社会との協力
 東電福島第一原発事故を起こした我が国としては、事故の経験と教訓を世界と共有するとともに、国際機関や海外研究機関等と連携し国内外の知見・経験を結集し、国際社会に開かれた形で廃炉等を進め、国際社会に対する責任を果たしていかなければなりません。
 政府は、東電福島第一原発事故発生以降、国際社会に対して透明性を確保する形で情報発信を行ってきました。毎年秋に開催されるIAEA総会において、世界各国の関係者・専門家との間での相互理解を得ることを目的に、東電福島第一原発事故後の我が国の取組が紹介されています。2019年9月のIAEA第63回総会では、同発電所の廃炉・汚染水対策が進展するとともに、オフサイトでは帰還困難地域を除いた地域における面的除染が終了するなど環境再生事業が大きく前進し、避難指示が解除され帰還が進んでいる旨が説明されました。その上で、汚染水の浄化処理の結果発生する多核種除去設備等処理水は、トリチウム以外の放射性物質についてほとんど取り除かれたものであり、その最終的な取扱いについて検討を行っている旨が説明されました [25]
 日本政府の要請に応じてIAEAは、2020年2月に取りまとめられた「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会」報告書の内容及び2018年11月に実施された第4回IAEAレビューミッション以降の汚染水対策に関するフォローアップレビューミッションを行いました。2020年4月にレビューミッション報告書が公表されています。IAEAは本報告書において、日本政府が処理水の処分方法を決定した際の支援のフレームワークを日本政府と協力して構築する用意があるとしています [26]
 国際共同研究として、英知事業の国際協力型廃炉研究プログラムの枠組みで、2019年度は英国、ロシアと二国間共同研究を実施しています。また、東電福島第一原発廃炉に関するOECD/NEAとの共同研究の強化に向けて、2013年より実施しているTAF-IDプロジェクト5と連携し、さらに燃料デブリに関する豊富な知見を有するロシアの研究機関との研究協力を推進する形で、2017年6月から新たな国際協力プロジェクトである「福島第一原子力発電所の事故進展シナリオ評価に基づく燃料デブリと核分裂生成物(FP)の熱力学特性の解明に係る協力プロジェクト」(TCOFFプロジェクト6)が開始されました [27]。TCOFFプロジェクトの一環で、2019年7月には福島県において、「シビアアクシデント解析と1F廃炉のための材料科学ワークショップ」が開催されています [28]。また、廃炉国際共同研究センターでは、海外からの研究者招へい、海外研究機関との共同研究を実施しており、国際的な研究開発拠点の構築を目指しています。OECD/NEAのプロジェクトとして、「燃料デブリの分析に関する予備的研究プロジェクト」(PreADESプロジェクト7)を2018年より開始し、2019年7月に第4回会合が東京にて、2020年2月に第5回会合がパリ(フランス)にて開催され、原子力機構が燃料デブリ分析に係る将来の国際共同研究の枠組み等について提案しました [29]。一方、経済産業省による補助事業である廃炉・汚染水対策事業では、海外の研究機関や企業とも協力して、廃炉・汚染水対策に係る技術開発が進められています。
 さらに、東電福島第一原発の廃炉・汚染水対策の進捗や、これに伴い得られたデータ等を積極的に発信していくことは、福島の状況に関する国際社会の正確な理解の形成に不可欠です。そのため、我が国は、IAEAに対して定期的に東電福島第一原発に関する包括的な情報を提供するとともに、原子力発電施設を有する国の政府や産業界等の各層との協力関係を構築しており、継続的に情報交換を行っています。加えて、各国の在京大使館向けに、廃炉・汚染水対策の現状について累次にわたってブリーフィングを行っており、2019年度は9月、11月、2月にブリーフィングを実施しました。さらに、2016年より、東電福島第一原発の廃炉・汚染水対策等に関する英語版動画やパンフレット等の説明資料を作成し、IAEA総会サイドイベントや要人往訪の機会等、様々なルートで海外に向けて情報を発信するとともに、経済産業省のウェブサイト8にも掲載しています。

コラム  ~多核種除去設備等処理水の取扱いに関する検討~

 東電福島第一原発では、多核種除去設備等により汚染水に含まれる大部分の放射性物質を取り除く浄化処理が行われていますが、処理後の水には放射性物質のトリチウムが含まれています。トリチウムとは、「三重水素」と呼ばれる水素の放射性同位体で、一般的な水素と同じように酸素と化合して水分子を構成します。身の回りでは水分子に含まれる形で存在するものが多く、大気中の水蒸気、雨水、海水、水道水にも含まれています。放射線の一種であるβ線を出しますが、トリチウムの出すβ線はエネルギーが小さく、紙一枚で遮ることができます [30]
 トリチウムは、宇宙から地球へ降り注いでいる放射線(宇宙線)と地球の大気の水蒸気が原子核反応して自然に発生するほか、原子力発電所の運転や使用済燃料の再処理でも発生します。海外では、原子力発電所や再処理施設で発生したトリチウムは、各国の規制に基づいて管理され、基準値以下であることを確認し海洋や大気等に排出されています。

国内外の原子力施設からのトリチウムの年間放出量について

国内外の原子力施設からのトリチウムの年間放出量について

(出典)「多核種除去設備等処理水の取扱いに関する小委員会 報告書」(2020年) [31]

 東電福島第一原発では、海外の原子力施設と同様に、トリチウム水放出に際して年間当たりの放出量総量を管理するとともに、濃度基準を設けることとしています。そのため、仮に東電福島第一原発のタンクに貯蔵されている多核種除去設備等処理水全ての処分を毎年継続したとしても、放射線の影響は、海洋放出では年間約0.000071ミリシーベルトから0.00081ミリシーベルト、水蒸気放出では年間0.0012ミリシーベルトと推計(原子力放射線の影響に関する国連科学委員会の評価モデル)されています。いずれの処分方法であっても、自然被ばく年間2.1ミリシーベルト(年間2,100マイクロシーベルト)と比較しても1/1000以下であり、十分に小さくなっています [25]


  1. 2015年10月から特定原子力施設放射性廃棄物規制検討会を開催し東電福島第一原発における廃棄物の管理に係る検討を行っていましたが、廃止措置の進捗状況等を踏まえ、より包括的・合理的な監視・評価の実施を図るため2019年2月27日の第63回原子力規制委員会において廃止が決定され、以後東電福島第一原発における廃棄物の管理に係る検討についても、特定原子力施設監視・評価検討会にて行っています。
  2. International Research Institute for Nuclear Decommissioning
  3. 「英知を結集した原子力科学技術・人材育成推進事業」の一部。東北大学、東京大学、東京工業大学、福島大学、福井大学、福島工業高等専門学校、地盤工学会の7機関が採択されました。
  4. 26 大学等、14 電力会社等、7 メーカー、 研究機関、行政機関(国、地方)等。
  5. Thermodynamics of Advanced Fuels - International Database Project: 高速炉等の次世代燃料及び軽水炉破損燃料の挙動評価に役立てるため、各国の所有する様々な化合物等に関する熱力学データベースを相互レビュー・統合し、国際標準データベースとして整備するプロジェクト。
  6. 東電福島第一原発事故のシナリオ解析を参考に燃料デブリと核分裂生成物の熱力学的特性を評価し、既存の熱力学データベースの高度化やデブリ取り出しに向けた材料科学的課題の検討を行うプロジェクト。2017年から2019年までの予定で、10か国及びEUから18の研究機関が参加。
  7. 第1章コラム「~OECD/NEAによる過酷事故研究の取組~」参照。
  8. http://www.meti.go.jp/english/earthquake/nuclear/decommissioning/index.html


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