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資料

原子力基盤技術開発の新たな展開について

平成5年4月
原子力委員会
基盤技術推進専門部会

はじめに

 昭和62年6月に策定された原子力開発利用長期計画においては、創造的科学技術の育成が基本目標の一つとして掲げられ、その中で基礎研究の充実、先導的プロジェクト等の効率的推進とともに、基盤技術開発の重点的推進を図ることとされている。これを受け、昭和62年9月に原子力委員会に設置された基盤技術推進専門部会は、昭和63年7月に報告書を取りまとめ、原子力開発利用長期計画に示された原子力用材料技術、原子力用人工知能技術、原子力用レーザー技術及び放射線リスク評価・低減化技術の4技術領域において、推進すべき研究開発課題と技術開発の効率的な推進方策を具体的に示した。
 この専門部会報告に沿って、昭和63年度から日本原子力研究所、動力炉・核燃料開発事業団、理化学研究所及び国立試験研究機関等において、研究開発が開始され、着実に成果を収めてきている。また、原子力基盤技術のうち、複数の研究機関のポテンシャルを結集して行う必要があるものについて、積極的な研究交流により研究開発を推進する「原子力基盤技術総合的研究(クロスオーバー研究)」が平成元年度から開始されるなど、研究機関間の壁を越える活発な研究交流が行われるようになってきている。
 以上のように、原子力基盤技術開発は、着実に進展しつつあるが、安全性・信頼性・経済性の向上という、原子力技術に課せられた今日的課題のブレークスルーを図り、21世紀初頭の原子力技術体系の構築を目指していくには、原子力基盤技術開発の一層の推進を図っていく必要がある。このため、今日までの原子力基盤技術開発の推進状況や科学技術の新たな進展等を踏まえ、原子力基盤技術開発の新たな展開方策について取りまとめたので報告する。

第1章 原子力基盤技術開発のねらい

1.原子力基盤技術開発の意義

 我が国の原子力開発利用は、原子力発電等を早期に実用化することを目指しながら、初期段階では欧米の進んだ技術を導入することにより、これに追いつき、さらに、高速増殖炉等の新型炉の開発や核燃料サイクル技術の確立のために、欧米の技術水準に到達することを目指して、技術開発を進めてきた。この結果が今日の原子力発電の定着、核燃料サイクルの事業化等に展開してきたものであり、この間の技術開発は、いわば“キャッチアップ型”の技術開発であったと言える。
 このようにして確立された原子力技術は、広範な学問領域に立脚する技術であるとともに、巨大なシステム技術、先端技術、極限技術及び高信頼性技術としての特質を持っており、幅広くかつ高度な知識及び技術が集大成されたものと考えられる。しかしながら、これまでの技術開発は、プロジェクト型が中心であり、原子力分野における新たな技術革新や創造的な技術を積極的に生み出していくための技術的基盤を幅広く強化するという視点を重視したものではなかった。
 一方、近年の我が国においては、原子力発電も昭和40年代、50年代の発電規模のいわば量的拡大の時代から、発電の安全性、信頼性、経済性等の質的な向上を目指す時代へ移行しつつあり、さらに、核燃料サイクルの事業化、放射線利用の高度化等、原子力分野におけるニーズは一層多様化・高度化してきている。これに弾力的に対応すると同時に、原子力開発利用におけるリーディング・カントリーの一国として積極的な国際貢献を果たしていくためには、来たるべき21世紀に必要とされる原子力技術体系を意識的に構築していく必要がある。
 このため、昭和62年6月に策定された原子力開発利用長期計画において、今後は、原子力の持つ新たな可能性の開拓を目指していくことの重要性に鑑み、技術の芽の探索、体系的な研究開発の積み重ね等により大きな技術革新を引き起こし、ひいては科学技術全般への波及効果が期待される原子力のフロンティア領域と言われる創造的・革新的領域を重視して基盤技術開発を推進するとの方針が打ち出された。すなわち、これまで培ってきた原子力分野における技術ポテンシャルを活用しながら、原子力用材料技術、原子力用人工知能技術、原子力用レーザー技術、放射線リスク評価・低減化技術を当面の開発すべき原子力基盤技術領域として位置づけ、従来の原子力技術体系にインパクトを与えるようないわば“創造型”の技術開発を目指して、積極的に推進することとされた。

2.『原子力基盤技術の推進について』(昭和63年7月原子力委員会基盤技術推進専門部会)における方向性

 昭和62年6月に策定された原子力開発利用長期計画を受け、昭和63年7月に基盤技術推進専門部会において次のような具体的な推進方策がまとめられた。

(1)技術開発課題
 当面、原子力基盤技術として開発する技術領域は以下に示す4領域とされているが、技術開発の発展等に伴い新たな技術領域における技術開発の必要性が考えられる場合には、これに加えて推進することとされている。

①原子力用材料
 原子力用材料技術開発においては、耐放射線性材料の創製、放射線を低減するための材料開発、原子力用材料の化学反応・制御に関する研究開発、原子力用材料の解析・評価及び設計のための技術開発、原子力用材料に関するデータベースの構築・整備が基本的な要素技術として示されている。

②原子力用人工知能
 原子力用人工知能技術開発においては、その中核となる自律型システム技術に必要なハードウェア及びソフトウェアを開発する必要があり、このため、知識べース・システム、情報収集・処理技術、ロボット技術、シミュレーション技術、マン・マシン・インターフェース技術が基本的な要素技術として示されている。

③原子力用レーザー
 同位体・元素等の分離、計測・分析、材料加工等のための原子力用レーザー技術開発としては、原子力用レーザーの応用技術、原子力に必要とされるレーザー技術、原子力に新たな利用の可能性を与えるレーザー技術が掲げられている。

④放射線リスク評価・低減化
 国民の安全確保に関する知見のより一層の充実を図るため、放射線リスク評価・低減化の技術開発課題としては、被ばく線量評価技術、放射線リスク評価技術、放射線リスク低減化技術が示されている。

(2)技術開発の効率的推進方策
 原子力基盤技術開発は、プロジェクト中心に進められてきた我が国の原子力開発利用の足腰を強化することを狙って、原子力フロンティアと言われる先導的・創造的・革新的な技術開発を進めることとしており、項目(1)に示した課題の技術開発を効率的・効果的かつ体系的に推進していくことが求められている。なお、技術開発の推進方策についても、技術開発の進展、諸般の情勢変化に伴う見直しを適宜行うこととされている。

①能動的な研究交流の推進
 原子力基盤技術を効率的に推進するに当たっては、原子力分野のみならず非原子力分野を含めた幅広い分野の研究者、研究機関間相互の研究交流が不可欠であり、産・学・官の研究ポテンシャルの結集に不可欠な協調的かつ競合的で活力ある研究開発環境を作っていく必要があるとされている。

②創造的な人材の意識的な育成
 研究者交流を積極的に行うことにより、研究機関間における研究者の相互触発を図ることはもちろんのこと、創造性のある研究者を意識的に育成していくことが不可欠であるとされている。

③積極的な国際交流の展開
 諸外国の関係研究機関のポテンシャル及び共同研究等のニーズの把握に努めるとともに、我が国の共同研究等のニーズを諸外国に広く知らせる枠組を整備すること等によって、国際共同研究、研究者国際交流等の国際交流をリーダーシップを執りながら積極的に進めていく必要があるとされている。

④新しい研究評価の導入
 原子力基盤技術開発は、研究開発の方向性を持ちつつ創造的な研究開発を行うという基礎研究と開発研究の中間に位置するものであり、両者の研究評価の持つ利点を融合させる等、原子力分野における新たな研究評価を確立していくことが必要であるとされている。

⑤研究成果の普及促進
 研究開発によって得られた成果を、原子力・非原子力を問わず多くの分野の研究者や研究機関に周知せしめることを目的として、成果報告会・シンポジウムを開催し、成果の普及促進を図ることとされている。更に、蓄積された研究成果を各研究機関においてデータベース化するとともに、これらをネットワーク化する必要性についても言及されている。

第2章 原子力基盤技術開発の実施状況

 昭和63年度に原子力基盤技術開発が開始されてから、約5年を経過し、日本原子力研究所、動力炉・核燃料開発事業団、理化学研究所及び国立試験研究機関において、①原子力用材料、②原子力用人工知能、③原子力用レーザー及び④放射線リスク評価・低減化の4技術領域に関する研究開発が進められており、平成4年度現在、17の研究機関により、56課題の研究開発が行われている。平成4年度の予算総額は、3,363百万円となっている。
 このうち、平成元年度から開発されたクロスオーバー研究については、平成4年度現在、13の研究機関によって5課題の研究開発が実施されている。なお、平成4年度のクロスオーバー研究の予算額は、1,116百万円である。
 4技術領域における研究開発の進捗状況とこれを踏まえた今後の推進方向は、以下の通りである。

1.各技術領域における研究進捗状況

(1)原子力用材料技術開発
 従来、原子力分野における材料技術開発は、炉型別の開発戦略の中で目標の早期達成のための限定的な要素技術の開発といったいわゆる「縦割型」中心で進められてきた。しかし、材料技術は、あらゆる技術開発分野において本来的に「基盤技術」としての性格を有するものであり、より中長期的視点に立って、21世紀の原子力技術体系にインパクトを与え、ひいては原子力分野に限らず他の分野の材料技術開発への波及効果も期待できるような技術を積極的に取り入れることが重要である。このため、耐放射線性材料の創製、放射線を低減するための材料開発、原子力用材料の化学反応・制御に関する研究開発、原子力用材料の解析・評価及び設計のための技術開発、原子力用材料に関するデータベースの構築・整備に係る研究開発を行ってきた。
 平成4年度現在、9研究機関において、26課題の研究開発を実施しており、以下のような主な成果が現在までに得られている。
 すなわち、耐放射線性材料の創製では、MoSi2、WSi2、Ni3Al等の耐放射線性耐熱材料、SiC単結晶を用いた耐放射線性半導体材料及び放射線検出用として新しい応用が期待される耐放射線性超電導接合素子等が開発された。また、放射線を低減するための材料開発では、核融合炉用材料として期待される高性能低放射化鋼を始め、セラミック複合材料等の新しい低放射化材料が開発された。さらに、原子力用材料の化学反応・制御に関する研究開発並びに解析・評価及び設計のための技術開発では、照射腐食割れ試験技術や微小試験片試験技術等、中性子照射条件下における損傷機構及び腐食機構を解明するための各種の装置、試験法及び解析・評価手法が開発された。
 また、原子力用材料に関するデータベースの構築・整備では、金属材料技術研究所、日本原子力研究所及び動力炉・核燃料開発事業団の各機関に蓄積されてきたデータの体系化と有効利用を図るため、3機関が連携して、原子力用材料に関する分散型データベース(「データフリーウェイ)」を構築している。
 さらに、クロスオーバー研究として、原子力極限環境材料の開発に関する研究が実施され、優れた耐硝酸腐食性を持つ高いクロム添加ニッケル基合金、耐放射線腐食性に富むクロム―ニッケル鋼等、新しい高性能材料の開発並びにラマン分光法を用いた照射損傷過程の実時間・その場解析等の材料特性評価に係る技術が開発された。
 以上で述べたように、この技術領域においては、これまでの研究によって各種の新しい材料の開発、試験装置、試験法及び解析・評価手法の開発が行われてきた。しかし、核融合炉第一壁材料等、放射線環境と超高温環境・腐食環境等が重畳した複合極限環境において要求される性能を発揮する材料や軽水炉の長寿命化を目指した経年劣化の少ない材料等、将来の原子力分野で要求される材料を創製するには、依然として多くの技術的ブレークスルーが必要とされている。従って、今後は、微視的な観点を考慮した材料科学的研究を重点的に推進するとともに、新たに設ける原子力用計算科学技術との有機的連携の下に、新機能を付与した高性能材料の開発のために、金属材料からセラミックス、高分子材料に至る幅広い領域にわたるポテンシャルの結集を図っていくことが重要である。また、新しい材料の開発研究に当たっては、高い製造技術を有する産業界のポテンシャルの積極的活用を図っていくことも重要である。

(2)原子力用人工知能技術開発
 原子力プラントのような巨大システムにおいては、機器・設備面からの安全性の向上に加えて、機器・設備を扱う人間や機器・設備のヒューマン・インタフェース面などを含めた原子力施設全体としての安全性の向上が重要である。このような認識の下に、人間が近寄ることのできない放射線場においても複雑な判断・動作能力を発揮できる点検・補修用ロボット、マン・マシン・インタフェースの優れた運転監視システムの研究開発を通じて、運転・保守等の人間の作業を支援するシステムを備えたプラントを中間的な目標とし、自己判断・制御を行う自律型プラントの実現を究極的な目標として、ロボット技術やシミュレーション技術等、各種の要素技術の研究開発を進めてきた。
 平成4年度現在、5研究機関において、7課題の研究開発を実施しており、以下のような主な成果が現在までに得られている。
 すなわち、ロボット技術の開発では、自律分散型ロボット、重量物組立作業の自動化を目的としたマニピュレーター・クレーン、自己組織型エンドエフェクタ等、各種のロボット及びロボットに係る要素技術の開発が行われた。また、シミュレーション技術の開発では、超高速モンテカルロ装置の製作並びに環境認識及び歩行動作シミュレーション・ソフトの開発等、シミュレーション技術に必要なハードウェア及びソフトウェア技術の開発を行った。
 この技術領域では、クロスオーバー以外の研究においても、産・学との共同研究による交流が活発に行われ、学会でのセッションを積極的に組織する等、この分野の発展に貢献する積極的な活動が高く評価されている。
 さらに、クロスオーバー研究として、原子力用人工知能を具備した原子力施設のシステム評価研究が行われ、同システムの構築に必要な個々の要素技術を開発するとともに、システム概念の構築を行った。その結果、自律型プラントのための能動的環境認識技術の開発等の成果が得られており、関連学会からも高い評価を受けている。
 この領域の技術開発は、原子力以外の分野においても新しい技術開発領域に属し、そのため、萌芽的な要素が強く、現在の段階では、今後の研究の発展に期待されるところが多い。一方、近年のコンピューターのハードウェアやソフトウェアに係る技術やロボット技術の進歩は著しく、それらの技術は、人工知能技術の開発に応用可能なものも多い。このため、今後は、産・学の先端的な研究者との交流を深めるとともに、産業界における豊富なシステム化技術に関する経験を活用しつつ、実プラントへの適用性を考慮したシステム開発を重点的に進めていくことが重要である。

(3)原子力用レーザー技術開発
 レーザーは、原子力工学分野においては、ウラン濃縮、核融合のプラズマ加熱等への利用のための研究開発が既に行われているが、①原子・分子を特定のエネルギー準位に励起できる、②良好な指向性を利用した遠隔操作ができる、③大きなエネルギーを1ケ所に集中できる等、優れた特性を有するため、高密度エネルギー源、効率的・経済的な分離等へのさらなる応用が期待されている。これに伴って、レーザーの出力、効率、寿命及び信頼性を向上させる技術、各種の同位体・元素を励起させるための波長可変技術が必要であり、そのためのレーザー技術の開発、並びに、原子力用レーザー利用技術の開発を行ってきた。
 平成4年度現在、4研究機関において、8課題の研究開発を実施しており、以下のような主な成果が現在までに得られている。
 すなわち、原子力に必要とされるレーザー技術においては、非線形過程応用波長可変レーザー及び再結合プラズマ法によるテーブル・トップ型軟X線レーザー装置等、原子・分子を任意の特定のエネルギー準位に励起させるための波長可変制御技術やX線レーザーの実用化に道を開く先端的なレーザー技術が開発された。また、原子力用レーザー利用技術としては、ステンレス鋼表面にレーザーによるSiのドーピング処理を施して、耐腐食性、耐放射線性を向上させる材料加工技術の開発、ランタノイド、アクチノイド及び有機化合物の光化学に関する研究、硝酸溶液中におけるプルトニウム、ネプツニウムの光酸化還元反応の解析等に係る成果が挙がっている。
 さらに、クロスオーバー研究として、波長可変かつ大出力が得られる自由電子レーザー(FEL)の開発研究が行われ、FEL光発振のための各種要素技術の開発によって、可視領域での発振に成功するなど、世界的に見ても成功例の少ない画期的な成果が得られている。
 以上のように、この技術領域における研究開発のレベルは高く、各研究機関においてユニークで先端的な成果が得られており、関連学会からも高い評価を受けている。しかし、この分野における技術開発のテンポは著しく速いため、優秀な人材の育成・確保を通じて研究ポテンシャルの一層の向上を図りつつ、従来の基盤技術開発によって成果が得られてきたレーザーの高出力化・短波長化を重点的に進めるとともに、高レベル放射性廃棄物の群分離、有用元素回収等のためのレーザー光化学に関する基礎的な技術開発を推進していくことが肝要である。

(4)放射線リスク評価・低減化技術開発
 原子力開発利用において常に細心の注意が払われている放射線の人体への影響を評価する放射線リスク評価については、従来は、主に疫学的な研究により得られた知見を中心に進められてきたが、これに最新のライフサイエンス分野の研究成果を積極的に取り入れることにより、より一層充実した知見を得ると同時に、放射線リスク評価に係る新しい技術を創出することが期待されている。以上の事情を踏まえ、放射線リスク評価・低減化技術開発においては、放射能等の測定技術開発による被ばく線量評価技術の開発、外部及び内部被ばくによる人体への影響評価技術の開発等による放射線リスク評価技術の開発を行うとともに、これらの知見を基にして、放射線リスク低減化技術の開発を行ってきた。
 平成4年度現在、12研究機関において、15課題の研究開発を実施しており、以下のような主な成果が現在までに得られている。
 すなわち、被ばく線量評価技術においては、広域高層範囲における放射性物質の大気拡散挙動を高精度に評価する計算コードの開発、公衆被ばく線量評価及び居住環境におけるラドン濃度の形成機構の解明等、放射性物質の動的挙動を考慮した放射線リスク評価の基盤となる被ばく線量を精度良く評価する技術の開発が行われた。また、放射線リスク評価技術では、放射線によるがん誘発効果が幼若期において高いこと等、放射線発がんとその機構の解明に関する知見が得られた。さらに、放射線リスク低減化技術では、放射線に対する生物学的防護機構の解明、放射性核種の体内動態解明と体外排泄除去技術等に関する基礎データ及び知見が得られ、それらの成果に基づいた被ばく制御法の開発等が行われた。
 さらに、クロスオーバー研究として、放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する研究が進められており、標本の作製法、画像解析装置及び解析アルゴリズム等、染色体異常検出に必要なハードウェア及びソフトウェアの開発が順調に進行し、多数の成果が得られている。
 また、平成3年度からは、放射性核種の環境中移行に関する局地規模総合モデルの開発に係るクロスオーバー研究が加えられ、発生源から各種環境媒体を経て生体へ至る放射性核種の挙動を詳細かつ高精度に解析し、局地的な環境条件に対応した精密な被ばく線量評価を可能とするモデルの開発に資する研究開発を行っている。
 この領域には、長年の研究で得られてきた膨大なデータと知見に基づいた成果が蓄積されている。今後は、これらの成果を整理し、データベース化するとともに、遺伝子解析技術等、最近のライフサイエンス分野の新技術や新知見を積極的に活用した高精度な放射線リスク評価技術の開発を重点的に行うとともに、それらの成果も活用しつつ、放射線被ばくによるリスク低減化技術の開発を促進し、国民の安全確保により一層の貢献を図っていく必要がある。

2.研究推進体制等の現状

(1)研究交流促進のための体制整備
 クロスオーバー研究の推進に当たっては、産・学・官の有識者及び参加研究機関の代表者からなる研究推進委員会及びその下に4技術領域それぞれに対応した4つの研究交流委員会が設けられ、研究交流の促進が図られている。これらの委員会は年に2回程度開催されてきており、研究推進委員会においては、研究の基本方針の策定、研究成果の評価等、クロスオーバー研究の推進に関する基本的事項について審議が行われている。また、各研究交流委員会においては、研究実施状況の把握、研究成果の取りまとめ等、具体的な推進のために必要な事項について審議が行われている。
 このほかにも、クロスオーバー研究においては、研究担当者レベルの研究会等が各研究課題毎に開催されている。開催回数の多い課題では、過去3年間に12回開催されるなど、研究情報の交換等が活発に行われている。
 また、表1に示すように、それぞれのクロスオーバー研究課題において、各種受入れ制度を利用して、産・学から参加研究機関への研究者の受け入れが進みつつある。他方、人工知能、自由電子レーザー及び染色体自動解析システムに関するクロスオーバー研究においては、外国への研究者派遣が積極的に行われている。
 一方、共同研究に関しても、表2のように、大学との共同研究が14件実施されるなど、産・学・官との交流環境が整備されつつある。委託研究については、「原子力用人工知能を具備した原子力施設のシステム評価研究」を中心に産業界のポテンシャルが活用されている。さらには、「原子力極限環境材料の開発に関する研究」等において、大学及び産業界等への試料作製・測定依頼が行われている。

表1 クロスオーバー研究の各技術開発課題における研究者受け入れ状況(平成4年3月までの累計)
表1 クロスオーバー研究の各技術開発課題における研究者受け入れ状況(平成4年3月までの累計)

表2 クロスオーバー研究の各技術開発課題における共同研究実施状況(平成4年3月までの累計)
表2 クロスオーバー研究の各技術開発課題における共同研究実施状況(平成4年3月までの累計)

 先に述べた原子力用材料データフリーウェイ研究においては、システムの構築を円滑に進めるため、金属材料技術研究所、日本原子力研究所、動力炉・核燃料開発事業団の3機関による基盤原子力用材料データフリーウェイ共同研究協議会が設置され、今後、本システムの運営方法や他機関をも含めた利用方法について検討することとされている。
 このような研究交流活動を通じて、研究機関間の交流はかなり進みつつあるが、大学や産業界からの研究への参画は必ずしも十分と言える状況ではない。今後は、国研及び国の研究開発法人とは異なった研究ポテンシャルを持つ大学や産業界との連携を促進し、原子力基盤技術開発の新たな展開を図ることが必要である。

(2)研究交流における施設整備と利用の促進
 国の研究開発法人、国研及び大学等は、他機関の特色ある施設を相互に利用して、自らの施設では実施できない試験研究を行っている。このような外部機関による利用が可能な研究施設としては、金属材料技術研究所、日本原子力研究所等の放射線照射施設や動力炉・核燃料開発事業団の高速実験炉「常陽」等がある。
 また、基盤技術開発に必要となる主な施設として、現在、材料照射損傷その場分析・評価装置―サブナノトロン―(金属材料技術研究所)、超高速モンテカルロ計算装置(日本原子力研究所)、自由電子レーザー(日本原子力研究所)、染色体異常高速自動解析装置(放射線医学総合研究所)等の施設・装置が整備されつつあり、今後、外部の研究機関も含めた利用により、他分野への波及効果も含め、原子力基盤技術開発の一層の広がりが期待される。

(3)研究成果の普及促進
 クロスオーバー研究において、平成2年1月に「自由電子レーザー東京国際シンポジウム」が、平成3年7月に「放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する国際シンポジウム」が、平成4年3月に「原子力極限環境下の材料化学に関する国際シンポジウム」が、さらに平成4年5月には「原子力プラントヘの人工知能及びロボティクスの応用に関する国際専門家会議」が盛況裏に開催され、それぞれ約100~200名の国内外の研究者等が出席し、意見交換等が行われた。
 このほか、平成2年2月には「放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する研究」、同年9月には「原子力極限環境材料の開発に関する研究」に関する国内成果報告会が開催され、約100名の研究者が出席し、意見交換等が行われた。
 その結果、これらクロスオーバー研究課題の成果が海外にも伝えられるとともに、当該研究課題に係る国内外の最新情報が得られたところである。

(4)原子力基盤技術における研究評価
 平成2年3月に基盤技術推進専門部会に設置された研究評価小委員会において、原子力基盤技術開発における研究評価のあり方について審議が行われ、平成3年10月に次のとおり取りまとめられた。すなわち、評価の主な目的は、研究者に対する勇気づけ、研究の効率的・効果的な推進及び国としての基盤技術開発の推進施策検討の際の参考の3点とし、各課題毎に事前、中間及び事後の3時点で、外部の専門家からなる技術領域毎の研究評価ワーキンググループを開き、ワーキンググループ委員と研究者とのディスカッションに重点を置いて評価を行うこととされた。この研究評価は、長期的観点に立って、先端性、独創性、革新性、将来性等に重点を置いて評価を行うこととされている。なお、クロスオーバー研究にあっては、研究推進委員会等において研究評価を実施することとされ、主として交流の成果に視点を置いて評価し、今後の展開に関する提言・助言等をまとめることとしている。
 このような方針に従い、平成4年3月に専門部会の下に各技術領域毎に研究評価ワーキンググループが設置され、個別研究課題に係る研究評価が実施され始めるとともに、クロスオーバー研究についても中間評価が実施されたところである。この研究評価を通じて、個々の研究課題の進め方に適切な助言が与えられ、ひいては原子力基盤技術開発全体が当初の狙い通り展開されることが期待される。

第3章 原子力基盤技術開発の新たな展開方策

 原子力基盤技術開発が開始されてから約5年が経過し、既に述べてきたように、当初設定した4技術領域において着実に成果が挙がってきている。また、従来なかった新しい取り組みとして、研究参加者ばかりではなく、原子力基盤技術開発における研究活動を通じて交流を深めてきた産・学の研究者等から大きな関心を集め、関連学会においても、参加研究者による新しいセッションの企画・運営等、着実な成果を挙げつつある。
 今日、先端的な科学技術研究開発活動は、多数の研究分野間で学際的な交流を重ねながら、短時日に長足の進歩を遂げている。このような状況の中で、原子力基盤技術開発が独創的・創造的な活動を通じて先端的な役割を担っていくためには、既存の4技術領域において、研究開発の重点化を図りつつ、なお一層の研究の深化を図るとともに、新しい技術開発の局面に対応した新しい技術領域の研究開発に積極的に取り組んでいく必要がある。また、これらの研究開発を推進するため、従来のクロスオーバー研究等の一層の推進を図るほか、これまでの研究開発の経験を踏まえた新たな推進方策を積極的に展開していく必要がある。

1.新しい技術領域への取り組み

 原子力基盤技術開発において取り組むべき新しい技術領域としては、これまでの各研究機関における研究開発の実施状況、原子力分野におけるニーズ、先端的な科学技術研究開発活動の状況、他の研究分野への波及効果、若い有能な研究者を引き付ける魅力の有無等の観点から、以下の3領域を取り上げ、研究開発の積極的な推進を図ることとする。

(1)放射線ビーム利用先端計測・分析技術
 近年、放射線利用の分野においては、リングサイクロトロン(理化学研究所)、イオン照射研究施設(日本原子力研究所)、重粒子線がん治療装置(放射線医学総合研究所)、大型放射光施設(日本原子力研究所及び理化学研究所)等、放射線ビームを高度に利用するための加速器等の整備が着実に進められており、重イオンビーム、放射光、陽電子線等、各種のビームが利用できるようになりつつある。このような中で、加速器等から発生する優れた特性を有するビームは、極微小領域における原子構造の及び電子構造に関する計測、超短時間で起こる物理現象又は化学反応等の動的過程等の解明、あるいは生体物質の構造及び生体機能の解明手段として様々な分野の研究者の期待を集めている。このような各種のビームを利用した先端的な計測・分析技術の開発を図ることによって、従来法では計測・分析が不可能又は困難であった微小領域及び短時間領域等での計測・分析を可能とし、未知の現象や機構の発見・解明に新たな解決の手段を提供することは、科学技術の広範な分野に大きな波及効果をもたらすものと期待される。このため、これまでに培ってきた技術ポテンシャルを最大限に活用して、各種ビームの発生・形成及びその計測・分析データの高度な処理に係る技術開発を積極的に推進する。

①ビーム発生法及び形成法の開発
 従来から利用されている各種のビームに比べ、優れた特性を有するが、その発生や形成には、従来法にない知見や技術開発が必要となる新たなビームの発生法や形成法に関する技術開発を行う。また、従来から知られているビームの新しい発生法又はそれらを複合化あるいは他の何らかの操作を施すことによって付与することが可能なビームの特性に係る基礎的な研究及び技術開発を行う。
 例えば、陽電子消滅分光法は、被測定物質に照射した陽電子と物質中の電子との対消滅によってγ線を発生させ、このγ線によって物質の表層領域のミクロ構造解析、超高感度分析等を行う方法であるが、従来は、放射性同位元素(RI)から放出される陽電子を利用していた。この方法については、加速器等を用いて、ビームの大強度化、エネルギー可変化、高品質化又は他のビームとの複合化により、最新の物性分析技術における新しい利用分野を開拓する。
 重イオンビームを利用した手法で基盤技術開発が必要なものの例としては、荷電粒子励起X線分析(PIXE)法、ラザフォード後方散乱(RBS)法等があげられる。PIXE法は、化学結合状態の分析法として有望である。RBS法は、固体中の不純物の拡散挙動の計測、多層膜の分析等への応用分野の開拓が期待されている。そのため、これらの方法で従来基底状態でのみ用いられてきたイオンビームを励起させて、ある指定した量子状態を有するよう制御された高品質のビームを形成する方法を開発する。
 不安定核ビームは、高エネルギー重イオンビームから二次粒子として形成することができる。このビームは、元素、寿命、崩壊の種類等の選択の自由度が大きく、原子核物理、医学等の分野での応用が期待されているが、その不安定性により、崩壊寿命が短いため、従来にない新しいビーム制御法を開発する。
 このほか、イオンビームについては、低速多価イオンビームの発生、イオンビームの大電流化、マイクロビーム化、超短パルス化、ビームの複合化等、高効率・高分解能・高輝度の面で優れた特性を有する高品質なビームを発生させ、先端的な計測・分析技術の開発に資するビームの発生法及び形成法の研究開発を行う。

②計測・分析データの高度処理技術の開発
 高精度な計測・分析技術を開発するためには、データの品質を高めるとともに、画像処理等の高度なデータ処理技術が必要である。例えば、測定データに対して、その特性に適したフィルタリングや平滑化処理等の信号処理を施して、雑音の少ない、より高品質のデータを得るための手法の開発を行うことが重要である。
 さらに、近年、計算断層撮影法(CT)や陽電子放出断層撮影法(PET)等が進歩し、高精度な2次元断層像が得られるようになってきたが、物性解析、生体解析等の様々な分野では、より高精度な3次元画像情報が求められている。このため、3次元データを効率よく処理し、被測定部の精細な3次元内部構造を再現する画像再構成法の研究開発を行うことが必要である。

(2)原子力用計算科学技術
 近年、スーパーコンピューターが積極的に導入される一方で、ダウンサイジングによる並列処理化が進展するなど、コンピューターによる高速かつ高度な情報処理技術の発展には目ざましいものがあり、大規模な科学技術計算を行うことのできるコンピューターの利用環境が整いつつある。
 一方、原子力技術分野においては、極低温、超高温、放射線重照射、過酷な腐食環境、超高真空等、極限環境を取扱う必要性がしばしば生ずる。この場合、従来の知見のデータからの予測は困難であることが多く、また、実験装置を用いた実証的研究も経済的、原理的に困難である場合が多い。
 このような場合、高度に発達した計算機を用いたシミュレーションやコンピューター・グラフィックス、可視化等によって、複雑な現象や実際上観察困難な現象を計算機上で再現し、現象又はその機構の解明に役立てることが必要となる。また、計算機実験や計算機を活用した材料設計等により、計算機上で膨大な実験や試行錯誤を行い、目標領域を極力絞り込むことによって、実際に行う試行錯誤の回数や量を大幅に軽減し、効率的・経済的・合理的な実験計画や材料の設計・開発を行うことも必要になってくる。さらに、高い安全性を要求される原子力技術分野においては、過酷な環境において複雑な境界条件の下に置かれる構造物の精確な評価・解析を行う必要があるが、かかる構造計算にはコンピューターを用いた計算科学技術が不可欠である。
 今日、有限要素法(FEM)、境界要素法(BEM)、差分法、モンテカルロ法等、コンピューターの登場によって始めて実現可能となった計算技術は、複数の技術領域間に共通な方法論として定着しつつある。さらに、将来開発されるであろう複数のスーパー・コンピューターを用いた並列計算技術、ニューラルネットワーク等では、コンピューターは単なる計算の道具として用いられるだけではなく、新たな研究手法や思考法を構成する重要な要素となり、これの活用を通じて新しい技術領域の開拓に資することも期待されている。これにより、コンピューターを高度に活用した計算科学技術は、将来の原子力技術開発に必要・不可欠な分野になるものと予想される。
 下記の原子力用計算科学技術は、方法論の開発をも目指すものであるため、当該技術開発分野ばかりではなく、上述の将来型計算科学技術の開発への基盤を構築することになり、これを通じて他の科学技術分野へも大きな波及効果を与えるものと考えられる。

①計算物理・化学的手法による原子力工学現象の解明
 原子力工学分野では、プラズマ物理、統計力学、流体力学、熱輸送理論等、広範な物理・化学分野にまたがる各種の非線形問題、多体問題、確率統計問題等を解析対象とする場合が多い。通常、このような問題に対しては、大容量・高速の電子計算機を用いた各種の高精度数値解析やシミュレーション解析によるアプローチが必要不可欠となる。従って、スーパー・コンピューター等を駆使して、大規模な数値解析やシミュレーション解析法を開発し、原子力工学分野におけるサブナノ領域からマクロスコピック領域に至る現象の解明を行うことが重要である。

②計算材料科学的手法による物性の解明及び材料設計の高度化
 原子力工学分野に特有な超高温、極低温等の過酷な環境の下で材料が所要の高度な性能を発揮するために必要となる非均質性・異方性等の微視組織的特性及び照射環境下において材料中に導入される原子空孔、格子間原子等の微視的な欠陥を考慮した損傷・劣化過程の解析、並びに、各種材料物性の発現機構の解明、照射や高温クリープ、高熱流束負荷による損傷・破壊機構の解明等、材料の物性や力学的挙動に係る解析を可能とする先端的な計算材料科学的手法を開発する。
 また、ウラン及びプルトニウム、ネプツニウム、アメリシウム等の超ウラン元素に代表される5f電子系化合物の物性をより詳細に解明するために必要な分子論的・電子論的解析のための計算科学的手法の開発を行う。
 さらに、開発した手法を積極的に活用し、与えられた各種条件に最適な微視的構造を有する材料の設計及び最適力学的構造を有する機械・構造物の設計を実現する計算機支援設計システムの開発・構築を図ることも重要である。

③計算力学的手法による原子力プラントの構造解析・安全解析の高度化
 工学システムとして特に高い安全性を要求される原子力プラント等の施設においては、過酷な環境において、複雑な境界条件下に置かれる構造物の精確な評価・解析を行う必要がある。そこで、地震力、熱応力、電磁力、衝撃力等、多様な形態の負荷を受ける複雑な機械・構造物の高い安全性を保証するために必要な精確な力学的評価・解析を可能とする数値解析手法の開発・確立を図る。また、この研究と並行して、供用中検査、定期・不定期検査等、各種の非破壊検査で得られる機械・構造物の変形挙動に関する信号やデータや情報等を入力として、逆解析理論や最適化理論等に基づく定量的非破壊評価(QNDE)手法の開発・確立を図り、欠陥の形状や位置の同定等を行うことも重要である。

(3)原子力分野における人間の知的活動支援技術
 コンピューターを始めとする情報関連技術の飛躍的な進歩等により、原子力施設の自動化が進んできているが、その運転・保守には、人間の判断・判定に依存する操作がまだ数多く残されている。このため、特に、異常発生時等においては、精神的な緊張状態の下で、的確な状況判断により、誤操作を未然に回避し、適切な措置をとることが求められている。また、原子力施設に代表される大規模システムにおいては、通常、複数の人間がグループ単位で運転監視に従事することが多く、そのようなグループワークにおいては、複数の人間の判断が相互に作用しながら、グループとしての意思決定がなされる。このような場合に直面する複雑な問題を解明し、解決するためには、人文・社会科学的アプローチも適用したいわゆるソフト系科学技術の手法を取り入れ、状況把握・理解、予測、評価、意思決定等、個々の人間の知的行動及び合意形成、協調行動等、グループワークに係る人間の知的行動に関する研究を推進することが必要である。このような研究によって得られた知見に基づいて、従来からの原子力用人工知能技術開発と有機的な連携を保ちつつ、原子力プラントの状況に応じた適切な措置を講じることによって、重大事故を未然に回避することができるような人間の知的活動支援技術の開発を推進していくことが重要である。
 さらに、長期的には、独創的・創造的な研究開発の推進に資することを目的として、「ひらめき」、発想等、人間の創造的活動を支援し、混沌の中からある具体的なアイデアを引き出すなど、より優れた結果を導き出すシステムの構築を図ることも肝要である。
(i)原子力の安全確保に係る人間の知的活動支援技術の開発
①人間の認知・思考過程の解明及び知的活動支援システムの開発
 認知科学、情報科学、言語学、システム工学、心理学、大脳生理学等、多くの学問領域にまたがる学際的かつ長期的な研究によって、人間が状況を把握・理解し、予測し、評価し、意思決定する一連の認知・思考過程の基本的特性を調べる。また、緊急時における人間の精神的緊張、作業量の増大等の外的要因が及ぼす影響等を解明する。さらに、そこで得られたデータや知見に基づき、運転・保守専門家の運転操作における知的活動を支援するとともに、運転・保守専門家の知的対処能力の獲得・維持を支援するシステムの概念を構築するとともに、それを実現するためのハードウェア及びソフトウェアの研究開発を進める。
②グループの意思決定過程の解明及び合意形成支援システムの開発
 原子力施設に代表される大規模・複雑システムにおいては、限られた個人の能力ではすべての運転・保守活動をカバーすることはできず、通常複数の作業員が運転・保守に従事している。そのため、個々の人間の知的行動ばかりではなく、作業グループを構成する複数の人間の協調及び合意形成過程に関する基礎的な研究を実施し、そこで得られた知見に基づいて、人間集団の知的活動を支援するシステムの概念を構築するとともに、それを実現するためのハードウェア及びソフトウェアの研究開発を進める。
(ii)人間の創造活動支援システムの開発
 「ひらめき」、発想、創造等、人間の高次の知的活動を支援し、混沌の中からある具体的なアイデアを引き出したり、目的に即して思考を収束させたりする手法の開発及びシステムの構築を図ることが必要である。
 この領域に属する技術開発の例としては、複数の専門家で構成されるグループで検討あるいは解決したり、有益なアイデアや知識を抽出するためのブレイン・ストーミング法を活用したコンピューター・システムの開発が上げられる。また、複数の定性的に表現された物事の間に潜在的に存在する相関関係を発見するための手法の開発、材料データの検索及びそれに基づく推論等の人間の思考過程をより合理的に行う材料設計に係る発想・支援システムの開発を行うことなども考えられる。

2.積極的な推進方策の展開

 原子力基盤技術開発は、これまでの“キャッチアップ型”の技術開発から“創造型”の技術開発へと重点を移し、原子力フロンティアと言われる先導的・創造的・革新的な技術開発を進めることとしており、クロスオーバー研究、原子力用材料データフリーウェイの構築、研究評価の導入等、従来の研究体制の枠組みを越えた推進方策を取り入れながら、当初策定した4技術領域の技術開発計画に従って、研究開発を推進してきた。
 一方、先端的な科学技術は、目ざましい進歩を遂げると同時に、突破すべき多くの学問的障壁を抱えていることも事実である。さらに、今日の科学技術は、ますます学際的様相を強め、多くの学問分野間での相互作用の必要性を増してきている。
 このような現状に鑑み、今後は、これまでの原子力基盤技術開発活動で得られてきた成果、反省及び将来展望等を十分に踏まえ、研究者が創造性を最大限に発揮できるような柔軟で競争的な研究開発環境の整備を目指して、以下に示すような能動的・積極的な推進方策を講じつつ、原子力基盤技術開発を効率的に進めていくことが重要である。

(1)産・学・官及び外国との研究交流の一層の推進
 原子力基盤技術開発においては、これまでも産・学・官間の研究交流を重点的に進めてきたが、今後、産・学・官の研究ポテンシャルのより一層の結集を図るため、従来以上に積極的で多面的な研究交流を展開していくことが重要である。
 特に、クロスオーバー研究においては、研究推進委員会、各技術領域毎に設けられている研究交流委員会に参加している大学、産業界、国研・国の研究開発法人の研究機関を中心とした研究交流が進展を見せ始め、大学等と国研・国の研究開発法人との共同研究や協力研究、大学及び産業界の研究者の国研、国の研究開発法人への受け入れ等が活発に行われるようになってきている。
 今後、大学等との共同研究を更に推進するためには、相互の情報交換に努めるとともに、国研・国の研究開発法人に蓄積された当該研究機関でなければ得られないデータの活用あるいは当該国研・国の研究開発法人にしかない大型の研究施設の利用機会の確保等、大学等のニーズに応える努力も必要である。
 また、大学、産業界等の優秀な研究者の参加をこれまで以上に促進し、原子力基盤技術開発を総合的かつ体系的に推進するための体制整備を行うとともに、その円滑な運営を図るため、例えば、大学や産業界との研究交流の実施にあたって、研究推進委員会の役割を強化することなどについて検討することも重要である。併せて、客員研究官制度、流動研究員制度、外来研究員制度等の現行の研究者交流制度に係る予算の拡充とその有効活用に努める必要がある。
 また、クロスオーバー研究の課題である「放射線による染色体異常の高速自動解析システムに関する研究」においては、染色体標本自動作製装置、高解像力画像入力解析装置等の開発が関連メーカーの協力を得て、予定通り進行している。光学機器、精密自動機器、解析アルゴリズム等の開発は産業界のポテンシャルの高い分野であり、本研究開発では、そのような産業界の高いポテンシャルが効率的に活用されている。
 今後の原子力基盤技術開発に当たっては、技術開発分野、課題に応じて可能な限り産業界の研究ポテンシャルを活かした研究計画の策定等により効率的な研究開発を進める必要がある。
 研究開発によって得られた成果は、可能なものについては各研究機関でデータベース化を図り、各研究機関に蓄積されたデータベースをリンクして、これらの成果を各研究機関の研究者が効率的に利用することができるようにする必要がある。このような観点から、金属材料技術研究所、日本原子力研究所、動力炉・核燃料開発事業団の間で原子力用材料データフリーウェイの共同運用体制が整備され、現在、各機関のデータベースを構築しているところである。この原子力用材料データフリーウェイは研究機関間のデータ相互利用を進める上での新しい試みであり、今後、データベースの早期構築に努めるとともに、参加機関の拡大について検討する必要がある。
 また、国際交流の面でも諸外国の研究機関との研究者交流、共同研究等が数多く行われている。クロスオーバー研究においてはこれまで各技術領域毎に国際シンポジウムを開催しているが、これは世界の最新情報を入手するとともに、我が国で進めている研究開発の国際的な評価を得るという点で重要である。また、シンポジウムを機会に海外の先端的な研究者との交流を持つことができたという例もあり、研究者交流の契機にもなり得るという点でも重要である。従って、今後ともこのような国際シンポジウムの開催に努める必要がある。
 今後、国際交流を更に活発化していくためには、内外の国際シンポジウム等を契機として、あるいは研究者、研究機関が従来から持っているチャンネルを活用して、国際的な研究者交流を積極的に進めることによって、国際的なヒューマンネットワークを作っていくことが重要である。このため、我が国の研究者を海外へ派遣する機会を拡充するとともに、フェローシップ制度等海外からの研究者招へい制度の充実・活用を図る必要がある。
 また、近時のパーソナル・コンピューターの著しい発達・普及を考慮すると、今後は、インターネット等、国内外の研究機関間にコンピューター通信網を完備し、物理的移動を伴わない多分野・多国間の情報交換活動の促進を図ることも重要である。

(2)異分野間交流の活性化
 原子力基盤技術開発に携わる研究者が壁を打ち破り、真に創造的・独創的な研究開設を隊行していくには、これまで以上に学際性を重視し、広範な領域での異分野研究者との交流を行い、各分野における先端的な研究情報を交換し、技術的ブレークスルーを図ることが重要である。
 例えば、「原子力分野における人間の知的活動支援技術の開発」では、人間の認知・思考過程及び集団行動等に関する研究を推進することが基本的に重要であるが、研究手法についても未開発な部分が多いため、今後は、心理学、認知科学、情報科学、言語学等、多くの学問分野の専門家との交流の中から新たな方法論を見い出していく必要がある。
 このように、今後、原子力基盤技術開発を進めていくに当たっては、自身の専門分野やその周辺分野の知識だけではなく、全く異なる分野の研究情報も必要となることがしばしば生ずる。このような状況に対処するには、ひとつの専門分野もしくは周辺専門分野のみの専門家集団による交流や協力だけでは十分ではなく、特定の専門分野にとらわれない、幅広い学問領域からの専門家の積極的な協力が有効である。このため、専門分野の異なる研究者も交えた討論、情報交換、研究協力等が活発に行えるような仕組みを整備することが必要である。

(3)人材結集型システムの導入
 クロスオーバー研究システムは、関係機関の役割分担と情報交換の下に研究が進められ、着実に成果を収めるとともに、従来の研究体制の枠組を越える試みとして高い評価を得ている。しかし、短時日の間に急速な進歩を隊げている先端的・先導的技術の研究開発を推進していくには、幅広い分野と有機的な協力関係を保ちつつも、個々の研究者又は研究機関の独立性を発揮し、他機関との競争によって切磋琢磨を図ることも重要である。他方では、研究課題の性格、研究開発の進展状況に応じて、従来のクロスオーバー研究よりさらに連携を緊密にした研究体制を構築するなどそれぞれの特徴を活した多様な研究体制により積極的・効率的な研究開発を進めていく必要がある。
 例えば、「放射線ビーム利用先端計測・分析技術の開発」においては、加速器等から各種のビームを発生させ、得られたビームにより高度な計測・分析技術を開発する施設が必要ある。また、「原子力用計算科学技術の開発」では、複雑で大規模な構造計算、リアルタイム・シミュレーションの実現等、記憶容量、計算速度及び計算精度の飛躍的な性能向上を目指す計算機システム、すなわち、スーパー・コンピューターや超並列計算機等を利用することが必要である。このような分野では、基盤技術開発に係る先端的な試験研究施設等を中核として、国内外の研究者が同一課題の下、同一の研究機関に一定期間結集し、集中的に研究開発を行う研究システムを導入することが、効率的な研究開発を推進する上で必要となる。
 このような人材結集型システムの導入は、外部に開かれた試験研究機関を求める声が日増しに大きくなっている昨今の状況に応えるものであり、国内外の多方面からの要請を考慮しつつ、多くの研究者が円滑に参加できる柔軟なシステムの構築を図ることが肝要である。また、そのために必要な外来研究員のための旅費、非常勤職員に対する手当等、所要の予算の確保を図る必要がある。しかし、他方で、開かれた研究体制を追求する余り、当該研究施設に従事する研究者・技術者の負担が増大し、本来の試験研究業務に支障を及ぼすことも考えられる。このようなことがないよう、可能な限り実験設備の運転・保守の自動化、単純作業業務の外部機関への委託、事務手続きの簡素化・簡便化等を図り、研究参加者の能力が十分に発揮されるような運営をしていくことが重要である。

(4)創造的な人材の育成・確保
 原子力基盤技術開発においては、単なる他分野の先端技術の導入ではなく、創造的な科学技術が創出されることが重要である。しかしながら、国研・国の研究開発法人等において、基盤技術開発に携わっている研究開発人材は決して多いとは言えず、研究開発の更なる推進を図る上で隘路となる場合も見受けられる状況である。このため、中長期的観点に立ち、豊かな独創性や創造性を有する若手研究者等、優秀な人材の計画的な育成・確保を図ることが強く求められている。
 そのためには、これまで述べてきたような多面的な研究交流によって研究者の相互触発を図ることは勿論のこと、基盤技術開発に必要な研究ポテンシャルを有する研究者の発掘に努め、これを国内留学制度、流動研究員制度等を活用して大学等に派遣して先端的な研究者の指導を受けさせること等により積極的に育成することが重要である。また、流動研究員、外来研究員、客員研究員、科学技術特別研究員等現行の研究者交流制度を積極的に活用して、内外の優秀な人材の確保を図る必要がある。さらに、研究課題、研究方法等について研究者の裁量幅を拡大するなど研究者に可能な限り自由度を持たせるように努めること等によって、魅力ある研究開発環境作りを進めることが必要である。
 現在、理化学研究所及び筑波研究学園都市に所在する国研等においては、それぞれ埼玉大学大学院及び筑波大学大学院との連携大学院方式による研究指導等を行っている。これと類似の方式は、欧米諸国における多くの大学と研究機関の間ではすでに長い間実施されており、学生としてある研究機関において研鑚を積み、学位を取得した研究者が、博士課程終了後、その研究機関に留まり、多大な成果を上げる等、優秀な人材の育成・確保に多くの実績を残している。基盤技術開発においても、条件が整えば今後このような方式の活用について検討する必要がある。

<参考>
1.原子力基盤クロスオーバー研究推進体制

原子力基盤クロスオーバー研究交流システムの構成図
原子力基盤クロスオーバー研究交流システムの構成図

原子力基盤クロスオーバー研究課題
原子力基盤クロスオーバー研究課題

2.原子力基盤技術推進専門部会の構成員(職位は平成5年3月末現在)

部会長
三島 良績 東京大学名誉教授
朝岡 卓見 日本原子力研究所理事
池亀 亮 電気事業連合会原子力開発対策会議委員長
伊藤亀太郎 (社)日本鉄鋼協会研究委員会委員
岩田 修一 東京大学教授
柏木 寛 通商産業省工業技術院電子技術総合研究所長
後藤 英一 神奈川大学教授
近藤 駿介 東京大学教授
澤岡 昭 東京工業大学教授
霜田 光一 東京大学名誉教授
鈴木 篤之 東京大学教授
高橋 信孝 理化学研究所理事
高屋 光吾 (社)日本電機工業会専務理事
武部 啓 京都大学教授
堤 佳辰 (財)電力中央研究所研究顧問
新居 和嘉 科学技術庁金属材料技術研究所長
藤家 洋一 東京工業大学教授
藤田 薫顕 京都大学教授
堀 雅夫 動力炉・核燃料開発事業団理事
前田 三男 九州大学教授
松平 寛通長 科学技術庁放射線医学総合研究所
森 一久 (社)日本原子力産業会議専務理事
吉川 弘之 東京大学教授
和田 昭允 東京大学名誉教授

3.原子力基盤技術推進専門部会開催経過

第12回会合 平成4年6月15日(月)
第13回会合 平成4年8月17日(月)
第14回会合 平成4年10月14日(水)
第15回会合 平成4年12月17日(木)

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