1.はじめに
平成2年原子力年報は、平成2年10月までの概ね1年間における原子力開発利用の動向についてとりまとめたものである。平成2年は、世界のエネルギー情勢や地球環境問題への国際的関心の高まりの中での原子力発電の役割について触れるとともに自主的核燃料サイクルの確立、特に、再処理-リサイクルの必要性と放射性廃棄物対策の基本的考え方や現状等について重点的に取り上げている。
第1章 国際石油情勢等最近のエネルギーを巡る情勢と原子力発電の役割
(1)世界のエネルギー情勢と原子力発電
① 世界のエネルギー情勢:世界全体のエネルギー需要は、1986年の原油価格の下落、エネルギー需給の緩和、世界規模の経済発展等により、近年3%を越える伸びで増大している。IAEA等4機関によるエネルギー需要予測によれば、年率2%の伸びで着実に増大すると予想され、また、開発途上国については、年率5%台、特に、アジアNIES等では10%台の伸びで増加しており、将来的にも先進国に比べ大幅な増大が見込まれている。
② 国際石油情勢:国際的な石油需要は、原油価格が1986年の下落後低水準で推移してきたこともあって、増大している。一方、1990年8月のイラクのクウェート侵攻を契機とした石油価格の上昇や中長期的なOPEC依存度の高まり等による国際石油情勢への影響が顕在化しつつある。中長期的には、石油需要の増大が見込まれることから、仮に資源開発が拡大せず、石油代替エネルギーの開発・導入、エネルギー需要抑制が不十分な場合には、石油需給は逼迫し、エネルギー情勢の悪化が懸念されている。高い技術力を持った先進国は進んで石油の需要を抑制し、原子力発電等の石油代替エネルギーの開発利用を進めていくことが重要である。
③ 地球環境:地球温暖化、酸性雨等の地球環境問題は人類の生存基盤に深刻な影響を及ぼす恐れがあることから、その解決が国際的にも強く望まれており、積極的な取り組みがなされつつある。原子力発電は、供給安定性、経済性等に優れるのみならず、環境影響面でも優れており、限られたエネルギー選択肢の中で、主要なものの一つとして、現在、そして将来にわたり重要な地位を占めていくものと考えられる。
(2)わが国の原子力発電を巡る動向
① わが国のエネルギー情勢と原子力発電:最近のエネルギー需要、とりわけ、電力需要についても、個人消費、内需主導型の景気拡大により、対前年度伸び率は、1989年度は6.0%と3年連続で5~6%前後の堅調な伸びで推移している。
一方、最近のイラクのクウェート侵攻による原油価格の上昇、今夏の最大電力需要の大幅増加等から、本年8月、11年振りに省エネルギー対策が策定されると共に、地球環境問題に関し「地球温暖化防止行動計画」が策定中にある。
本年6月に出された総合エネルギー調査会の報告書では、今後のエネルギー需要動向を踏まえ、非化石エネルギーへの依存度を高める必要性があることを指摘している。特に、原子力発電については、石油代替エネルギーの中でも中核的なものであり、加えて、CO2を排出しない等環境の面でも重要な役割が期待されている。そのため、安全確保対策、バックエンド対策等を講じた上で、2000年5050万キロワット、2010年7250万キロワットの規模になることが見込まれている。
総合エネルギー調査会の原子力開発目標については、その開発ペース、反原発運動の動き等からみてその達成には格段の努力を要すると考えられるが、最近のエネルギー情勢を鑑みると、原子力発電の開発の重要性が一層高まっており、原子力関係者は、最大限の努力を傾注し、安全性の維持向上と国民の理解と協力を得つつ、原子力開発利用を進めることが必要である。
② 安全確保と国民の理解と協力の増進:原子力に対する国民の理解を得るためには、まず安全の確保が大前提であり、安全確保の実績を着実に積み重ねること、些細な故障・トラブルであっても徹底的な原因究明と結果公表を行うことが、国民に対する信頼感の醸成に不可欠である。
原子力発電の安全確保は、世界共通の問題であることから、わが国の安全研究等の成果、建設・運転で得られた知識・経験を、近隣諸国を始め世界に提供し、世界レベルの安全性の向上に貢献することも、広く国民の理解と協力を得る上で極めて重要である。
(3)原子力発電を巡る海外諸国(地域)の動向
世界の原子力発電所は、1990年6月末現在、27ヵ国(地域)、423基、設備容量3億3,775万キロワットにのぼり、昨年6月時点から482万キロワット増加した。
米国では、近年、エネルギー需要の増大と共にエネルギー自給率は逆に低下し、エネルギー安全保障上の危機感が高まっている。このようなことから、1989年7月、エネルギー省(DOE)において「国家エネルギー戦略」の策定作業が行われている。
英国では、1990年4月から電力事業の民営化を実施した。原子力発電については、民営化の対象から除外し政府管理下に置くことを1989年11月に決定したが、同時に原子力発電及びその研究開発については積極的に推進することにしている。
スイスにおいては、1990年9月、原子力発電の存廃を巡って国民投票が行われ、「原子力発電所新規建設禁止と早期停止」との案は否決され、「今後10年間原子力発電所の建設許可を発給をしない」との案が支持された。あわせて「連邦政府にエネルギー政策決定に関する大きな権限を付与する」との案が高い支持を得、今後のエネルギー利用の効率化が国全体で図られていくものと予想される。
スウェーデンでは、1990年4月、政府の検討委員会がCO2排出規制等の環境保護と原子力発電の段階的廃止を堅持しつつ、エネルギーの安定供給を保障し、国内産業の競争力を維持していくことが困難であることを明らかにした。これを受けて1990年4月には、与党社会民主労働党の党大会において、カールソン首相(党首)に、原子力発電所の廃止時期の見直しについて野党との交渉の全権を与える決定が行われた。
ソ連は、チェルノブイル事故後も原子力開発を着実に進めるとしているが、反対運動の高まりなどから計画の遅れがでている。このため、政府は安全対策の向上、積極的な情報公開、広報活動等の努力を始めている。この他、東欧では、安全性等の面で西側との協力が活発化しつつある。
第2章 わが国における核燃料サイクルの確立に向けて
(1)わが国における使用済燃料再処理-リサイクル路線の必要性
① わが国おける再処理-リサイクルの必要性:使用済燃料を再処理することにより、燃え残りウラン及びプルトニウムを回収することができれば、ウラン資源の利用効率を飛躍的に増大させることが出来る。また、使用済燃料は、国内で発生することから、これを再処理して得られるウラン、プルトニウムは、準国産エネルギー源とも位置付けられると共に、これらの資源を回収することにより、放射性廃棄物をコンパクトな形で管理、処分することが可能である。
資源に恵まれないわが国としては、あらゆる分野で資源のリサイクルを推進すべきであり、再処理-リサイクル路線はこの趣旨に沿うものであることから、長期的視野に立って着実に技術基盤の確立に努める必要がある。
② わが国における核燃料サイクル開発の現状と将来展望:濃縮については、日本原燃産業(株)が国産商用プラントを建設中である。再処理については、動燃の再処理工場が着実に技術的蓄積と実績を積み重ねており、その実績等を駆使して、日本原燃サービス(株)により再処理工場の建設計画が進められている。
また、高速増殖炉については、原型炉「もんじゅ」の建設が進められており、これによりFBR技術の基本的確立が図れるものと期待される。
プルトニウム利用を進めるに当たり、当面、動燃が必要とするプルトニウムについては、東海再処理工場が予定通り操業したとしても、不足が生じることが避けられないことから、1992年秋頃までには海外からのプルトニウムの返還輸送を実施することにしている。
③ 海外における再処理-リサイクルの動向:英国及びフランスにおいては、再処理について25年以上にわたる商業工場としての運転実績があり、わが国を始め旧西独、スイス等と再処理委託契約を結び、再処理サービスを実施している。
海外における高速増殖炉開発については、米国、英国、フランスにおいて原型炉、実証炉等が稼働している。また、軽水炉におけるプルトニウム利用については、欧米の原子力先進国では良好な実績が得られている。
(2)放射性廃棄物処理処分に関する施策の推進
① わが国における放射性廃棄物処理処分の基本的考え方:低レベル放射性廃棄物については、適切に減容化し、セメント固化等の処理を行った後、安全に管理している。その処分については、陸地処分及び海洋処分を基本としている。
陸地処分については、比較的浅い地中に処分することとしており、既に諸外国においては20年以上もの実績を有し確立した技術であるとともに、わが国においても既に種々の試験を実施している。海洋処分については国際的な基準に則り、深海底に処分することとしているが、関係国の懸念を無視して行わないとの考えの下、慎重に対処することにしている。
高レベル放射性廃棄物については、ガラス固化して安定な形態にして、30~50年間程度冷却のため貯蔵を行ったあと、深い地中(深地層)に処分することにしている。
ガラス固化技術実用化の目途は得られており、地層処分技術については、技術的可能性の見通しが得られつつある。
② わが国における放射性廃棄物処理処分の現状と将来展望:低レベル放射性廃棄物については、日本原燃産業(株)が埋設処分施設建設計画を進めている。高レベル放射性廃棄物については、動燃において、1992年の試運転開始を目標に、ガラス固化プラントを建設中である。高レベル放射性廃棄物の地層処分については、現在、動燃を中核的推進機関として、安全な地層処分が実現できることを科学的、技術的に明らかにすることを重点に研究開発を実施している。
また、長期的観点に立って、高レベル放射性廃棄物の群分離、長寿命核種の消滅処理に関する研究開発を行うことも重要である。
③ 海外における放射性廃棄物処分の動向:低レベル放射性廃棄物については、米国、英国等において十分な埋設処分の実績がある。高レベル放射性廃棄物のガラス固化については、フランス等で運転中である。高レベル放射性廃棄物処分については、フランス、米国、スイス等で処分候補地のサイト特性調査段階にある。
(3)国内外のコンセンサス形成の推進
青森県六ヶ所村における核燃料サイクル施設の建設計画に関し、地元住民の間に懸念や不安がみられると共に、全国的にも疑問を示す動きがみられる。これらに対して、国、事業者は、地道なPA活動を通して、理解の増進に努力する必要がある。一方、核不拡散の観点から国際的なコンセンサス形成に向けた努力も必要であり、わが国は、これまで一貫して平和目的に徹して原子力の開発利用を進めている。わが国は、今後とも、NPT-IAEA保障措置体制の充実・強化に積極的に貢献し、国際的信頼感の醸成を図ることが重要である。
第3章 わが国における原子力開発利用の展開
(1)わが国における原子力発電の動向
① 軽水炉等による原子力発電の動向:わが国の原子力発電は、1990年9月末現在、運転中のものは、39基、発電設備容量は3,148万キロワットとなり、1989年実績で、総発電電力量の25.8%を占め、主力電源として着実に定着してきている。
② 核燃料サイクルの確立:わが国の核燃料サイクルの研究開発については、動燃及び原研を中心として進められてきた。核燃料加工については、既に民間において、多くの実績を積み重ねている他、ウラン濃縮、軽水炉使用済燃料再処理、低レベル放射性廃棄物埋設についても、民間の事業化の段階を迎えつつある。
③ プルトニウム利用への展開:再処理によって取り出されるプルトニウムの利用については、ウラン資源の利用効率が圧倒的に優れている高速増殖炉での利用を基本とするが、当面は軽水炉及び新型転換炉において一定規模でのプルトニウム利用を進めることにしている。
(2)原子力研究開発の推進
① 先導的プロジュクト等の推進:核融合研究については、原研においてJT-60の性能向上を目指して設備整備を進めており、1991年3月から実験を開始する予定である。また、わが国は、米国、EC、ソ連と国際熱核融合実験炉(ITER)の概念設計等の国際協力にも積極的に参加している。さらに、大学等においても各種閉じ込め方式、炉心工学についての研究に努めている。
放射線利用については、Ⅹ線、ポジトロンCT等による医療診断、Ⅹ線、ガンマ線、電子線、重粒子線等による治療の実用化や研究が進められている。この他、農業、工業分野においても実用化及び研究が盛んに行われている。
放射線の研究利用としては、原研と理研が大型放射光施設(SPring-8)を建設している。
原子力船「むつ」については、洋上試験を終えた後、約1年間の実験航海を行い、その後解役する予定である。
② 基礎研究及び基盤技術開発:21世紀の原子力技術体系の構築を目指す基盤技術開発が、原子力用材料技術、人口知能技術、レーザ技術、放射線リスク評価・低減技術の4つの領域について、原研、動燃、理研及び国立研究機関において進められている。
(3)国際社会への主体的貢献
① 先進国との協力:先進国との協力については、原研、動燃等が中心となり、米国、旧西独、フランス、英国等と多岐の分野での情報交換、人材交流、研究協力等が実施されている。また、国際機関を通じた協力として、わが国は、「群分離・消滅処理技術開発計画(オメガ計画)」や国際熱核融合実験炉(ITER)概念設計等に積極的に参加している。
② 発展途上国との協力:わが国は、アジア近隣諸国との間で放射線利用、安全研究、廃棄物処理処分等の分野で協力を行っている。1990年3月には、原子力委員会主催により、第1回アジア地域原子力協力国際会議が開催され、各国の原子力開発利用の現状と地域協力の可能性について、意見交換をおこなった。
③ 核不拡散体制強化への国際的検討:二国間協議については、1990年7月、平和的非爆発目的使用の明記、機械技術に関する規定等の内容を新たに盛り込んだ日仏原子力協力協定の改訂議定書が発行した。
多国間協議については、1990年8~9月にスイスのジュネーブで第4回核兵器の不拡散に関する条約(NPT)再検討会議が開催された。核不拡散及び平和利用の分野については各国の実質的な合意が得られたが、核軍縮については同意が得られず、全体として最終宣言の採択には至らなかった。
打合せ会等
10月9日(火)
打合せ会
・米国ANLにおけるアクチノイドリサイクル研究について
・東京電力株式会社福島第二原子力発電所3号炉の原子炉再循環ポンプ損傷事故について
・平成2年原子力年報(案)について
10月16日(火)
打合せ会
・世界の高速増殖炉の開発状況について
・原子力船「むつ」について
10月30日(火)
打合せ会
・IAEAをめぐる最近の動向について
・単純軽水炉の国際協力について
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