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委員会の決定等

平成元年原子力年報

平成元年11月14日
原子力委員会


はじめに

 平成元年原子力年報は、平成元年10月までの概ね1年間における原子力開発利用の動向についてまとめたものである。今年度の特徴は、第一に、最近の地球環境問題に見られるような世界的動向を踏まえつつ、我が国の原子力発電の位置付けについてとらえたこと、第二に、我が国が果たすべき国際社会への貢献について重点的に取上げている。


第1章 国際的視野から見た原子力発電と我が国の状況

1.世界のエネルギー事情と原子力発電
 (1)世界のエネルギー需給と原子力発電
 今後の世界のエネルギー需要は、開発途上国を中心に増大し、長期的には、石油の需給はひっ迫し、原油価格は上昇するものと考えられている。また、限られた貴重な資源である石油については、より高度な技術や産業基盤を有する先進国を中心として、他のエネルギー源により代換し、後世代のために残していくことが求められている。
 このような観点から、先進国を中心として、石油依存度の低減を目指して、省エネルギー努力を継続すると共に、石油代替エネルギーの開発に積極的に取り組んできている。その中でも、原子力発電については、経済性、供給の安定性等の観点からその開発を推進してきている。
 一方、地球温暖化や酸性雨等の地球規模の環境問題に対する懸念が最近高まってきている。このため、IAEA閣僚理事会やサミット、地球環境保全に関する東京会議において、原子力発電が温室効果等の地球規模の環境問題解決のための重要な選択肢であることが述べられている。
 このように、原子力発電は、今後とも世界における主要なエネルギー源の一つとして、安全性の確保、廃棄物対策の確立を前提に重要な役割を果たすことが期待されている。

 (2)原子力発電を巡る海外諸国の動向
 世界における原子力発電所は、1989年6月現在、26か国で423基が運転中であり、原子力発電による1988年の発電電力量は総発電電力量の17%を占めるに至っている。さらに、原子力発電所は、世界全体で、この1年間に新たに13基が増加し、電力供給の主要な担い手としての地位を確立してきている。
 一方、米国においては、ランチョ・セコ原子力発電所の停止のための住民投票やショーハム原子力発電所の廃止論争が起きている。また、西独におけるバァッカースドルフ再処理工場建設計画の中止、スウェーデン、オーストリア、イタリア等における原子力発電所廃止のための国民投票等のことから、世界的に原子力発電開発が後退しているのではないかとの議論がある。
 しかしながら、例えば、米国では、昨年新たに7基の原子力発電所が運開し、1億kW規模の電力を原子力発電で賄っている。また、1989年5月に行われた世論調査においても「原子力発電は米国の今後の電力需要を満たす上で重要なものである」との回答が77%を占めている。
 スウェーデンでも国民投票により、原子力発電からの撤退を決定したが、電力供給の4割を占める原子力発電に代わるエネルギー源の確保の見通しは立っておらず、同国の輸出産業の競争力維持のためには、安価な原子力発電が必要等種々の意見がある。また、西独の国内再処理計画中止も、基本的な再処理政策の廃棄ではなく、欧州市場統合を背景として経済性の観点から、フランスと英国に再処理を依頼することとしたものである。
 このように、各国の原子力政策を含めたエネルギー政策は、地理的状況、保有資源等の国情により異なり、一概に原子力発電開発が後退していると決めつけることはできない。しかし、各国において原子力発電について様々な議論がされていることも事実であり、国民の理解と協力を求めることが一層重要である。

2.我が国における原子力発電を巡る最近の動向
 (1)原子力発電及び核燃料サイクルの必要性
 エネルギーは、国民生活、経済活動に不可欠な基盤であり、安定した豊かな社会を維持するためには、現在、我が国のエネルギーの供給の半分以上を占める輸入石油への過度の依存を解消し、エネルギーの安定供給を確保していくことが必要である。
 一方、世界の石油需給は、中長期的には再びひっ迫してくる可能性が高いため、我が国において、安定したエネルギー供給を確保していくためには、今後とも引続き石油代替エネルギーの開発を推進していくことが必要である。また、各エネルギー源の特徴を最大限に生かした最適な組合わせ(エネルギー・ベストミックス)によりエネルギー源の多様化を図っていくことも重要である。
 石油代替エネルギーの中でも、原子力発電は、供給安定性、経済性等の面で優れており、我が国のエネルギー供給構造の脆弱性の克服に大きく貢献するものと考えられる。原子力発電以外の石油代替エネルギーについても、エネルギー供給の多様化の観点から、その開発を積極的に進める必要があることはいうまでもない。しかし、太陽光、風力等の再生可能エネルギーは、研究開発途上であり、見通し得る将来においては、原子力発電等を代替することは困難と考えられ、補完的な役割を果たすものと考えられる。
 したがって、原子力発電は我が国におけるエネルギーの安定確保だけでなく、長期的、世界的な観点からも基軸エネルギーとして重要な役割を果たすものと考えられる。
 また、原子力発電の優れた特徴を一層発揮させるためには、使用済み燃料の再処理を国内で自ら行い、ウランの利用効率を高め、その供給安定性をさらに向上させることが不可欠である。資源に乏しく、エネルギーの自立を図る必要がある我が国としては、自主的な核燃料サイクルを確立し、安定的なエネルギー供給基盤を構築していくことが極めて重要である。我が国も、動力炉・核燃料開発事業団の東海再処理工場で着実に技術・運転経験の蓄積を図るとともに、安全確保の実積を積重ねてきた。これらの技術を基盤として、青森県六ヶ所村に、我が国初の大規模商業用再処理施設の建設計画が進められている。
 原子力発電所や再処理施設等から発生する放射性廃棄物の処理処分は、極めて重要な問題であり、環境や人間の健康に影響を与えないよう、十分に安全確保を図っていくことが重要である。放射性廃棄物の処理処分については、フランス、西独、米国、英国等で実用化が進められている。我が国でも、放射性廃棄物の処理処分について、動力炉・核燃料開発事業団を中核として研究開発を推進してきている。

 (2)国民の一層の理解と協力にむけて
 チェルノブイル原子力発電所における事故を契機に、原子力発電に対する反対運動が全国的に高まりつつある。また、青森県六ヶ所村に建設計画が進められている核燃料サイクル施設に関しても、青森県の農業者を中心として反対運動が起こっている。さらに、1989年1月に発生した福島第二原子力発電所3号機のトラブルは、大事故につながるものではなかったが、一般国民に不安を抱かせ、原子力発電に対する信頼に影を落とすものになったことは遺憾である。
 原子力関係者は、この現状を厳粛に受止め、安全性の一層の向上を図り、安全確保の実績を積重ねることにより、国民の理解と協力を得るよう努めるべきである。
 特に、原子力発電所や核燃料サイクル施設については、安全確保が大前提であるが、感覚的な不安に基づくことなく、国民の正しい理解に立った合意形成を図っていくことが重要である。今後ともより一層、正確な情報をわかり易い形で公表、提供し、双方向の対話を行いながら、国民の理解と協力を得るよう努めるべきである。



第2章 原子力分野における我が国の国際社会への貢献

1.先進国との協力
 我が国の原子力分野における国際協力は、米国を中心とする原子力先進国に学ぶ「キャッチアップ型」で始まり、これにより、我が国の原子力技術の自主技術化・高度化がより効率的に達成されたともいえる。しかし、原子力先進国となった我が国は、科学技術力、経済力を踏まえ、今後、原子力分野においても国際社会に積極的に貢献していくため、人類共通の課題・研究等において主体的に国際協力を行っていくことが重要である。
 先進国との協力については、既に、放射性廃棄物管理・処理処分、原子力の安全性に関する研究協力や原子力施設の廃止措置、高速増殖炉に関する情報交換を行ってきている。また、我が国がリーダーシップをとって提案したものとしては、核種分離・消滅処理等に関する国際協力計画(オメガ計画)が挙げられる。
 核融合については、国際原子力機関(IAEA)の下で、米国、欧州共同体(EC)、ソ連及び我が国の協力により、国際熱核融合実験炉(ITER)の協同概念設計を実施しており、我が国の果たすべき役割については、各国から大きな期待が寄せられている。
 以上のように、先進国との協力については、今後、高速増殖炉、核融合等、人類共通の利益に供し、かつ人的、資金的に規模の大きい研究開発の効率的推進や、安全確保対策、放射性廃棄物の処理処分等の課題解決を推進し、我が国の技術力を世界の利益に提供することが重要である。

2.開発途上国との協力
 エネルギー需要の急激な伸びが見込まれる中国、韓国、台湾等においては、原子力発電を積極的に推進している。しかし、原子力発電の開発利用は、多額な投資、高度な技術力が必要となるため、経済基盤、科学技術基盤が脆弱な開発途上国にとっては容易ではない。我が国としては、各国のニーズを踏まえつつ、これまでに蓄積された経験、技術等をこれらの国々に積極的に提供し、支援していくことが重要である。
 一方、発電炉以外の原子力利用については、医療工業、農業等の分野における放射線利用を中心に、中国、韓国、台湾、インドネシア、フィリピン、タイ等で積極的に行われており、開発途上国全般にわたって、その進展が期待される。
 開発途上国との協力は、まだ緒についたばかりであり、今後、放射線利用や研究炉利用、原子力発電の安全対策、安全研究を中心として、各国の実情やニーズを踏まえつつ協力を進め、先進国としての貢務を積極的に果たすことが重要である。

3.国際機関を通じた協力
 原子力開発利用については、安全確保、放射性廃棄物処理処分等世界共通の課題であり、世界的な取り組みが必要である。これらの研究開発では、人的・資金的に大規模になることから、重複投資を避け、効率化を図るものについては、複数国間の国際協力を進めることが不可欠である。
 我が国は、IAEA及びNEAに加盟し、人的・資金的に貢献するとともに、今後は、より主体的・能動的対応が期待されている。また、民間においても、世界原子力発電事業者協会(WANO)が、1989年5月に設立され、我が国も、東京センターの運営を通じて、アジア諸国の原子力発電の安全性向上に貢献することが期待される。

4.核不拡散体制の強化
 我が国は、核不拡散を図りつつ、平和目的の原子力研究・開発がそれにより阻害されてはならないとの立場に立って、国際的な核不拡散の枠組みの維持・強化については、積極的に国際協力を進めてきた。また、1970年に発効した「核兵器の不拡散に関する条約」(NPT)には、この条約の運用を検討するため、必要に応じて5年毎に締約国の会議を開催することが規定されている。第4回の再検討会議が1990年8月に予定されているが、我が国としては、同会議に向けて、NPTの一層の普遍化について積極的に検討を行うことにしている。
 我が国は、NPTに基づき、IAEAとの間に保障措置協定を締約し、国内すべての原子力施設に対するIAEAの保障措置を受入れている。さらに、1986年からは、IAEAに対して特別拠出金を拠出し、大型再処理施設保障措置(LASCAR)プロジュクトを米国、英国、フランス、西独及びユーラトムとの協力の下に推進している。
 また、核物質防護については、我が国の原子力活動に対する国際的信頼を一層高めるとともに、原子力先進国としての責務を果たすため、1988年11月に、核物質の不法な移転を防止することを目的とした核物質の防護に関する条約に加入したところである。



第3章 我が国における原子力開発利用の展開

1.我が国の原子力発電の動向
 我が国の原子力発電量は、1988年に入って2基が運転開始したことにより、1989年6月現在、運転中のものは37基、発電設備は2,928万kWとなった。また、発電電力量は1988年実績で、1,776億kW時となり、総発電電力量の26.6%を占め、主力電源として着実に定着してきている。
 軽水炉技術については、政府、電気事業者、原子力機器メーカ等が一体となり、自主技術を基本として改良型軽水炉(ALWR)の開発を推進してきている。電気事業者においては、ウラン資源の有効利用及び使用済み燃料の発生量低減のための燃料の高燃焼度化の実用化を進めている。
 原子炉の廃止措置については、日本原子力研究所が動力試験炉(JPDR)をモデルとして技術開発を実施し、(財)日本原子力工学試験センターで安全性、信頼性の観点から特に重要な技術について確証試験を進めている。また、電気事業者は、1989年3月決算から原子炉廃炉措置費用引当金の計上を開始した。
 核燃料サイクルについては、民間による事業化が進められており、ウラン濃縮施設については、日本原燃産業(株)が1991年頃の運転開始に向けて建設中である。また、次世代のウラン濃縮技術として、レーザ濃縮法の研究開発を官民一体で進めている。
 軽水炉再処理施設については、日本原燃サービス(株)が1989年3月に再処理事業指定申請が科学技術庁に提出された。
 高速増殖炉(FBR)については、動力炉・核燃料開発事業団が、1992年度臨界を目指して原型炉「もんじゅ」を建設している。また、実証炉については、日本原子力発電(株)を中心として、1990年代後半の着工を目途に、実証炉の研究開発、基本仕様の選定等を行うこととしている。

2.放射線利用の推進
 放射線利用は、医療、農業、工業等広範な分野で活用されている。
 医療分野では、X線CT、ポジトロンCTによる診断が実用化しており、また、放射線による治療も広く普及し、その重要性が高まってきている。特に、放射線総合医学研究所で製作中の重粒子線がん治療法は、がん細胞に対する治療効果が高く、正常組織の障害を少なくすることができ、がん治療の切り札としての期待が高い。
 農業水産分野においては、農作物の品種改良や放射線照射による不妊虫放飼法によるウリミバエの害虫駆除やジャガイモの発芽抑制等で成果を上げている。
 工業分野においても高精度の計測(非接触測定、壁を通しての測定が可能)や品質管理等に放射線が広く利用されている。また、電子線による排煙脱硫、脱硝技術や放射線による下水汚泥の殺菌等の環境保全においてもその用途が期待されている。
 放射線利用の一層の高度化を目指した研究として、日本原子力研究所と理化学研究所は、物質・材料系科学技術、ライフサイエンス等の研究を行うため、大型放射光施設を兵庫県播磨学園都市に建設を計画中である。

3.科学技術の進展への貢献
 核融合研究については、日本原子力研究所がJT−60の研究を推進し、着実な成果をあげている。さらに、1989年5月には、大学における大型ヘリカル計画を推進するため、「核融合科学研究所」が設立された。原子力船「むつ」については、1989年6月から7月に船体点検を実施し、1990年秋より概ね1年間の実航海を行い、その後解役する予定である。
 一方、21世紀に必要とされる原子力技術体系の構築を目指し、創造的・革新的な技術を創出しようとする原子力基盤技術の開発が、材料、人工知能、放射線リスク評価・低減化等の四分野に重点を置いて、1988年度から積極的に進められている。1989年度には、同一課題の下に多機関間の有機的連携によって、原子力基盤研究の総合推進を図る「原子力基盤技術総合的研究」(原子力基盤クロスオーバ研究)の制度を発足させ、基盤技術研究をより一層効率的かつ積極的に推進している。


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