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国立機関における原子力試験研究の現況


農林水産省における原子力試験研究の現況

農林水産省

 農林水産省では、「国立機関原子力試験研究費」及び「放射能調査研究費」による試験研究等を実施しており、以下この順に現況を紹介する。

1 原子力試験研究

 昭和58年度は、20試験研究機関において31研究課題を実施しているが、これらは放射線の利用方法によって、照射研究、トレーサー研究及び放射化分析に大別されるので、利用方法別に研究概要を紹介することとする。

 なお、試験研究機関の再編整備により、昭和58年12月1日には農業生物資源研究所と農業環境技術研究所が設立されるため、昭和59年度は、これらの機関の設立趣旨に沿った新規課題を重点課題として実施する予定である。

(1) 照射研究
① 放射線育種

 放射線育種場は、世界でも有数の規模をもち、ガンマ線の外部照射により多くの農作物・林木の優良品種や中間母体の作出を行ってきている。また、最近では、中性子照射やベータ線の内部照射による新しい育種法の開発研究も実施している。

② 食品照射

 食品照射研究は、原子力特定総合研究に指定され、「食品照射研究開発基本計画」に基づき、昭和55年度までにバレイショ、タマネギの発芽抑制、コメ、小麦の殺虫及びミカン、ウィンナソーセージ、カマボコの殺菌の研究が実施された。このうちバレイショについては既に実用化され、北海道士幌農協のプラントにおいて年間約1万5千トンが処理されている。また、最近では、鮮魚、香辛料の殺菌や飼料の殺菌・殺虫の試験が進められている。

③ 放射線重合

 放射線重合の研究では、有用な酵素や微生物菌体を重合剤と混合し、放射線照射により重合させる方法で、これら酵素・菌体を固定化し、バイオリアクター、バイオセンサーとして利用する研究を実施してきている。これまでに、糖代謝関連酵素等の固定化に成功しており、その一部は既に実用化されている。また、絹に放射線によるグラフト加工を施し、しわになり難い、黄変し難い等の品質改善の研究も実施している。

 このほか、害虫防除のための放射線不妊化法の開発研究等も実施している。

(2) トレーサー研究

 昭和26年に農業技術研究所内に、我が国で最初のアイソトープ利用施設が完成して以来、農林水産省の試験研究機関では、放射性同位元素をトレーサーとして用いた先駆的な研究が行われてきた。今までに、水田・畑土壌の施肥法改善、土壌養分の動態解明等の土壌肥料分野の研究、作物の養分吸収・代謝、光合成、呼吸等の作物生理分野の研究、農薬の施用法の改善や薬理作用の解明等の作物保護分野の研究、家畜の栄養・繁殖や疾病等の畜産分野の研究、更には農業土木分野における、かんがい水の追跡、地下水の開発利用、地質構造の解明等の研究など、広範な農林水産研究分野で数々の成果を収めてきている。最近では、微量生体成分等を定量するラジオイムノアッセイ法、二種以上の同位元素を用いた多重標識法等の新たな手法を農業の研究に取り入れてきている。

 また、遺伝子工学を初めとするバイオテクノロジーの進展により、農林水産省においても、この分野の積極的な研究開発を進めつつあるが、トレーサー利用は、この分野で、欠くことのできない手法であることから、利用度は今後、ますます増加するものと考えられる。

(3) 放射化分析

 近年、農林水産試験研究において、放射化分析の方法を利用した研究が実施されてきている。特殊・微量元素や環境汚染物質の動態解明の研究はもとより、天然には存在比の少ない元素を追跡子として用い、放射化により分析するアクチバブルトレーサー法を利用した研究も多くの分野で実施されている。特に農業技術研究所では、ユーロピウム(Eu)を用いたアクチバブルトレーサ一法を世界に先がけて開発し、この手法を用いた作物根の活力診断法の開発やサケの放流後の回帰率調査等で成果を収めている。最近では、ユーロピウム以外のトレーサー元素の利用開発やこの手法を畜産や農業土木等の分野に応用するための基礎的な研究も進められている。

2 放射能調査研究

 放射能調査研究では、フォールアウト調査、特定海域海産生物放射能調査及び放射性廃棄物の海洋処分に伴う生物等に関する調査を実施している。

(1) フォールアウト調査

 諸外国の核実験に伴う放射性降下物(フォールアウト)による食品汚染に対処するため、昭和32年度から土壌、米麦子実、牛乳、家畜骨格及び日本近海海産生物について放射能水準の経年調査を行っている。

(2) 特定海域海産生物放射能調査

 原子力艦船の寄港による海産生物への影響調査について、昭和40年度から横須賀、佐世保、沖縄金武中城港の3か所で魚介類の放射能調査を実施している。

(3) 放射性固体廃棄物の海洋処分に伴う生物等に関する調査

 低レベル放射性固体廃棄物の海洋処分に備え、候補水域に挙げられている北西太平洋海盆南西部から日本近海にかけて、海水の密度構造、海産生物の分布と現存量、海底土と海産生物の放射能バックグラウンド調査等を、昭和52年度から実施している。

 このほか、昭和57年度については、ソ連の原子炉衛星の落下(コスモス1402号、昭和58年1~2月)に備え、調査体制を整え、バックグラウンド調査を行った。

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