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多目的高温ガス炉の概要 日本原子力研究所
エネルギー問題への対応の一つとして、核熱エネルギーの多目的利用が期待されている。昭和53年9月、原子力委員会は、「原子力研究開発利用長期計画」において、核熱エネルギー直接利用の重要性と多目的高温ガス炉開発の必要性を指摘し、その第1段階として、昭和60年代前半における実験炉の運転開始を目途に計画を進めることをうたっている。 日本原子力研究所では、昭和44年以来、多目的高温ガス炉の燃料・材料、高温機器などに関する研究開発を進めており、それらの成果を総合して、55年度には実験炉の詳細設計を開始した。また、大型構造機器実証試験ループ(HENDEL)を建設し、炉心部、高温機器、中間熱交換器など重要構造物の健全性に関する実証試験を行う準備を進め、さらに、米国・西独との国際協力により研究開発の促進につとめている。核熱利用系については、昭和48年度から工業技術院の大型プロジェクト「高温還元ガス利用による直接製鉄」に関する研究開発が進められ、その第1期計画が55年度をもって終了し、原子力製鉄実現への技術的見通しが明らかとなった。 諸外国においても高温ガス炉に対する関心は一層現実的となりつつあり、特にわが国と同様石油資源に乏しい西独においては、石炭ガス化プロセスヘの核熱の利用、高温ガス炉を中心とした長距離熱輸送システムなどが具体化しつつある。 1 原子炉の多目約利用-核熱の直接利用-
原子炉から1,000℃程度の熱がとり出せると ① 還元ガス(CO、H2など)による直接還元製鉄
② 石炭のガス化、液化
③ ナフサの分解、エチレンの製造など化学工業への応用
④ 水の熱化学的分解による水素の製造
⑤ ヘリウムガスタービンによる熱効率の高い直接サイクル発電
などの分野に核熱エネルギーの利用が可能となる。 製鉄業、化学工業は典型的なエネルギー多消費産業であるから、石油消費量の節約などエネルギー対策上核熱導入の意義は大きい。 この観点から開発が進められている多目的高温ガス炉は、次のような特徴を有している。 ① 1,000℃程度の高熱がとり出せる。 多目的高温ガス炉の炉心は、低濃縮(4~6%)のウランの酸化物を炭素や珪素の層で三層又は四層に被覆した燃料粒子を黒鉛とともに焼き固めて燃料コンパクとし、これを黒鉛のスリーブに入れ、さらに六角形の黒鉛ブロックに埋め込んだ燃料要素を積み上げて構成する。これらの炭素や珪素の被覆及び黒鉛は熱に強く、熱伝導もよいため、1,000℃以上の高温に充分耐えることができる。炉心内で発生する高熟は、高温下でも化学的に安定なヘリウムにより炉外に運び出される。 ② トリウムを燃料として使用するのに最も適した炉型である。 高温ガス炉は減速材として黒鉛を用いているため、特に、中性子経済がよく、Th-233U転換比を高くとることが可能で、トリウムを有効に利用することができる。トリウムは、ウランより埋蔵量が多いとされるので、核燃料の取得が容易になる。 ③ 安全性、環境保全性の面で、優れた設計とすることが可能である。 多目的高温ガス炉の炉心は、熱容量が大きく、熱伝達のよい多量の黒鉛でできており、実用炉の炉心部は一次冷却系配管、熱交換器などとともに強固なプレストレストコンクリート容器内に一体的に組込まれている。従って、一次冷却系破断、炉心溶融などの重大事故を引き起こさない設計とすることが容易である。また、熱効率が高く、廃熱による熱汚染、熱公害のおそれが少なく、放射性廃棄物の発生も少ない。 2 多目的高温ガス実験炉の設計
多目的高温ガス炉の設計研究では、これまでの各種研究開発の成果をもとにして、55年度に実験炉の詳細設計が開始された。 多目的高温ガス実験炉は、熱出力50MW、冷却材出口温度1,000℃、低濃縮ウラン燃料、ヘリウムガス冷却型の原子炉で、「多目的利用システムの実証試験」、「耐高温燃料、材料の照射試験」及び「高温ガス炉システム安全性実証試験」を行う機能を有している。 実験炉プラントを第1図に示す。 第1図 多目的高温ガス実験炉の原子炉建家全体図 ![]() 原子炉は、鋼製の圧力容器内にブロック状燃料体を積み上げた炉心を収容した構造で、冷却回路を二系統有している。冷却回路には中間熱交換器を設け、原子炉で発生した熱はこの中間熱交換器を介して2次系に伝えられる。2次系には蒸気発生器を設置し、これと並列に利用系も設けられる。原子炉建家の中央にある格納建家内には、原子炉から中間熱交換器までの1次系設備が収められる。格納建家の周りには、2次系機器、燃料取扱い設備、制御室などが収容される。このほか、多目的利用実証試験に用いる諸設備は、原子炉建家に隣接して設置される。 実験炉の詳細設計では、プラント全体の設計の調和に必要な運転計画、安全計画などの詳細化ならびに実験炉プラントを構成する各機器構造設計の詳細化が行われる。 3 研究開発の概要
1) 燃料開発研究
国産燃料が実験炉の照射条件に耐えることを実証するため、OGL-1を用いたループ照射、ガススィープキャプセル照射、密封キャプセル照射の3つの手段を用いて、燃料の健全性試験を実施している。また、燃料の異常高温挙動、欠損燃料からのFPの放出など、安全評価に直結する情報を得ることを目的に安全性試験を行うとともにFPプレートアウトの測定実験を行っている。 2) 材料試験研究
黒鉛材料の研究では、実験炉内における黒鉛の物性変化挙動を把握することを目標に高温照射試験、高温加熱試験を実施している。さらに、ヘリウム中の微量不純物ガスによる黒鉛の腐食反応挙動を明らかにするため高温腐食反応試験を行っている。このほか、黒鉛の機械的性質に関しては、照射クリープ試験、疲労試験並びにき裂伝播特性試験を実施しており、今後は、黒鉛の破壊基準に及ぼす照射効果を明らかにする計画である。 耐熱合金の研究では、ハステロイ-Xを改良したハステロイ-XRについて、ヘリウム雰囲気中材料試験により、腐食、クリープ、クリープ破断、疲労、腐食生成物放射化に関する検討を進めるとともに、中性子照射後延性、応力並びに熱サイクル下の時効脆化などを中心とする総合確性試験を実施している。また、実験炉の圧力容器として使用予定の21/4Cr-1Mo鋼について、中性子照射脆化試験、強度と靱性に及ぼす熱時効及び応力時効の影響に関する研究を進めている。 3) 炉物理及び計測・制御研究
実験炉の炉物理の研究では、半均質臨界実験装置(Semi Homegeneous Experimental Critical Assembly; SHE)を用いて20%濃縮ウラン燃料で構成される模擬炉心について臨界実験を行い、核設計精度の評価に関する基礎研究を進めてきた。今後は、実験炉と同一組成の被覆燃料粒子(低濃縮ウラン)を用いた核的模擬炉心を組むことを計画している。 原子炉計測の研究では、800℃の中性子検出器(世界で初めて実用化に成功)の開発、炉内高温熱電対の開発、破損燃料検出法の研究などを進めている。 原子炉制御の研究では、実験炉の安全性を確保するために必要な安定度と精度の高い制御方式の開発並びに原子炉プラントの異常診断方式の開発を重点に進めている。 4) 熱工学研究
熱工学の研究では、小型高温ヘリウムガスループ(SGL)及び大型高温ヘリウムガスループ(HTGL)を主として用い、燃料体を対象とした遷移領域の伝熱流動特性、加熱及び縮少流路の加速による層流化突験などを行った。 5) 高温構造試験及び炉心耐震試験
高温構造試験研究では、実験炉を構成する構造物の中で、設計上特に重要と考えられている高温二重配管と炉床部について各種の試験を行っている。 実験炉の炉心耐震研究では、垂直2次元炉心模型による振動試験を行うとともに、水平2次元炉心模型による振動試験の準備を進めている。 6) 大型構造機器実証試験
大型構造機器実証試験ループ(Helium Engineering Demonstration Loop:HENDEL)は、高温機器、高温配管などの性能と健全性を実証するための施設である。昭和54年から製作を開始し、現在、400℃のヘリウムガスを供給循環させるマザーセクションとそのガスを1,000℃に昇温させて各試験部に供給するためのアダプターセクションの製作及び同建家の建設を進めている。(第2図)試験部については、建家の設計及び燃料体スタック試験部の設計、製作に着手した。また、炉内構造物実証試験、大流量実証試験及高温機器実証試験の各試験部についても検討を進めている。 56年度には、マザーループとアダプターセクションの据付を完了し、総合性能試験を開始する。 第2図 建設がすすむHENDEL建家 ![]() 7) 関連研究
トリウム燃料サイクルの高温ガス炉への導入のため、酸化トリウム系燃料核の製造とその照射挙動の解明を重点目標にして、トリウム被覆粒子燃料の研究を進めている。 燃料再処理の研究では、前処理工程を対象として、工程が単純で環境安全性に優れたプロセスの評価研究を進めている。 さらに、1,000℃の熱供給が可能な高温ガス炉と結合することを目標に、熱化学反応の組合せからなる水素製造プロセスの研究を進めている。 4 海外の動向と国際協力の現状
現在、世界で高温ガス炉の開発に積極的に取り組んでいる国は、西独及び米国で、この2国との協力のもとにフランス、スイス、オーストリア等が研究開発を行っている。また、ソ連も独自に開発を進めている。 西独は、実験炉AVRの実績をもとにして、現在、蒸気タービン発電用原型炉THTR-300を1980年代前半の完成を目標に建設を進めている。さらに、これに続くものとして、核熱のプロセス利用(PNP)と直接サイクルヘリウムガスタービン発電(HHT)の研究開発プロジェクトを進めている。また、パイプラインによって循環される化学物質を用いて、遠隔地に熱エネルギーを供給しようという化学的熱パイプ(NFEプロジェクト、通称EVA-ADAM)、燃料サイクル(HBKプロジェクト)に関する研究開発も進めている。 米国では、当初GA(ゼネラル・アトミック)社が中心となりオークリッジ国立研究所(ORNL)等が支援して蒸気タービン発電用高温ガス炉の開発を進めてきた。実験炉ピーチボトム炉の成功に続いて、フォート・セント・ブレイン炉の建設に着手し、昭和49年に完成させた。現在、70%出力による運転を行っている。昭和53年にはGCRA(Gas Cooled Reactor Associates)が電力会社を含む民間会社で組織され、発電用高温ガス炉実用化の推進母体となっている。また、高温ガス炉の非電力利用に関しては、昭和54年に化学会社、製鉄会社、ガス会社、石炭会社等が、支援団体PHUG(Process Heat Users Group)を結成している。 このような情勢の中で、わが国と西独及び米国との協力関係が進展しつつある。 西独との間では、昭和54年2月に締結された日本原子力研究所-ユーリッヒ原子力研究所(KFA)間の高温ガス炉研究開発協力協定に基づき、燃料、黒鉛、耐熱金属材料、計装、コンポーネント試験、FP沈着、安全性及び再処理の特定研究課題(タスク)を中心に協力が進められている。また、本協力活動にわが国の関連企業を包含させるため、昭和54年末に「高温ガス炉に関する技術協力契約」が日本原子力研究所と民間10社間で締結され、原子炉系の開発のための両国の協力が全面的に展開されることとなった。 米国との間では、当初、軽水炉安全性に限定されていた科学技術庁とNRC間の情報交換覚書きに、高温ガス炉の安全性をも含めることが昭和51年に両国間で合意され、その後定期的に情報交換会議が開催されている。高温ガス炉全般の研究開発に関しては、昭和55年6月、日本原子力研究所とGA社との間で、一般公開情報の交襖に関する覚書(MOU)が交された。 5 実用化をめざして
エネルギー問題は、国の存立にかゝわる重要課題であり、それに関連する技術の開発には、自主性が強く要請される。 2000年以降の長期エネルギー需給の観点からみると、わが国は輸入石油に多くを依存するエネルギー需給構造からの脱却をめざして、新エネルギーの利用技術の開発を推進するとともに、総エネルギー需要の過半を占める非電力部門における核熱の利用を強力に促進する必要がある。このためには、現在まで積み重ねてきた自主的技術開発の成果を更に進展させ、多目的高温ガス炉の実用化を実現するため、当面の目標である実験炉の建設・運転と核熱利用の有効性の実証を現実のものとしなければならない。 |
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