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高温ガス炉懇談会報告書



昭和46年5月20日
原子力委員会


まえがき


 原子炉の熱を発電のみならず、製鉄・化学工業用プロセスヒート・海水脱塩・地域暖房に用いるいわゆる原子炉の多目的利用は、エネルギー多消費産業へのエネルギー供給の合理化、大気汚染の防止など大きな効果が期待され、その実現に対する要請が高まりつつある。

 原子炉の多目的利用の実現のためには、原子炉から得られる熱エネルギーの利用技術や立地上の問題など解決すべき多くの問題があるが、まず技術的中心課題である製鉄に直接利用可能な冷却材温度が得られる高温ガス炉の技術的実現性について見通しを得ることが必要である。

 この観点から、原子力委員会は、製鉄用高温ガス炉の開発途上の技術的問題とその解決の見通し、製鉄用高温ガス炉の多目的利用上の技術的問題と解決の見通し、高温ガス炉の製鉄等への利用の技術的経済的効果等について検討するため、昭和45年8月当懇談会を設置した。当懇談会における審議の結果、高温ガス炉を直接製鉄に利用するためには冷却材出口温度が1,000℃以上必要であることが明らかになったので当懇談会は昭和45年10月ワーキング・グループを設置し冷却材出口温度1,000℃程度の高温ガス炉を対象として、その開発上の技術的問題と解決の見通し、ならびにその直接製鉄利用上の技術的問題と解決の見通しなどについて、詳細な検討を行なった。ワーキング・グループは9回にわたり検討会を開催し、鋭意問題の解明に努め、昭和46年3月その報告をまとめた。これをもとに当懇談会において審議した結果概ね次のような結論を得たのでここに報告する。

 なお当懇談会の構成員は別記の通りである。

別記

高温ガス炉懇談会構成委員


座長 山田太三郎 原子力委員会委員
北川 一栄      〃
武田 栄一      〃
青木 成文 東京工業大学教授
池田  正 新日本製鉄(株)常務取締役
上田 利器 富士電機(株)取締役
小松勇五郎 通商産業省官房参事官
向坂 正男 日本エネルギー経済研究所長
鈴木 弘茂 東京工業大学教授
高木  正 (株)日立製作所常務取締役
田畑新太郎 日本鉄鋼協会専務理事
都甲 泰正 東京大学教授
中村 康治 動力炉・核燃料開発事業団核燃料部長
西本 憲三 電気事業連合会理事
藤井  茂 石油化学工業協会技術委員会委員長代理
三島 良績 東京大学教授
村田  浩 日本原子力研究所副理事長
森  一久 日本原子力産業会議事務局長
森川 辰雄 日本原子力事業(株)取締役
横須賀正寿 三菱原子力工業(株)取締役
田宮 茂文 科学技術庁原子力局次長

(以上21名)



1 内外における高温ガス炉開発の現状

 (1)海外において高温ガス炉の開発を実施しているのは、アメリカ・西ドイツ・OECDなどで、それぞれ1960年前後に高温ガス実験炉の建設に着手したが、実験炉段階の成功を基礎に、アメリカ・西ドイツでは、発電用高温ガス原型炉の建設が進んでいる。
 とくに、西ドイツにおいては、ペブル・ベット型の高温ガス炉を開発しており、この炉型による多目的利用の研究が政府の助成のもとでユーリッヒ研究所を中心とし、関係機関の協力のもとに現在実施されている。このうち原子力製鉄については、冷却材出口温度950℃~1,200℃の高温ガス炉によるメタン改質還元法および石炭のガス化の検討がその経済性を含め実施されている。
 アメリカでは、電気出力33万kW、冷却材出口温度775℃の発電用高温ガス原型炉が本年中に臨界に至る予定であるが、さらに高温の核熱エネルギーによる石炭ガス化についても関心が寄せられている。

 (2)わが国においては、主として日本原子力研究所と日本鉄鋼協会において高温ガス炉およびその製鉄への利用に関する調査研究が進められている。

①日本原子力研究所においては多目的用高温ガス炉についての調査研究を進めており、被覆粒子燃料の照射下における挙動・高温におけるヘリウムの流動および伝熱・黒鉛の機械的、化学的性質等について基礎的研究を進めるとともに、熱出力50MW、原子炉冷却材出口温度1,000℃の多目的高温ガス実験炉を想定し、海外における関連技術の把握に努めつつ、その予備的な設計研究を進めている。

②日本鉄鋼協会においては、原子力部会を設置し、高温ガス炉の熱エネルギーを製鉄工程へ直接利用する上の種々の問題について調査検討を進めるとともに、昭和45年度には直接還元シャフト炉の基礎研究を実施している。さらに昭和46年度には原子力製鉄システムの一環である高温ガス炉用熱交換器およびこれによる還元ガス製造についての研究開発を行なうことを計画している。


2 高温ガス炉の技術的問題

 高温ガス炉の高温熱エネルギーにより還元ガスを製造し、直接還元を実施し、経済的な原子力製鉄を実現するためには、冷却材出口平均温度1,000℃またはそれ以上の高温ガス炉が不可欠である。この条件に合致する高温ガス炉開発上の技術的問題および海外の技術開発の動向からみたその解決の見通しは次の通りである。

(1)高温ガス炉用核燃料としては、海外においてすでに開発されているSiC付三重被覆粒子燃料が現在燃料最高温度1,350℃以下ならば経済的に十分なバンアップがとれ、安全であると思われるが、被覆粒子燃料の大量生産における品質管理、および検査法の確立がさらに要求される。また、燃料要素の成型、加川については、被覆粒子燃料のポンド法、それに適するポンド材料の選択調製等に研究開発の必要性があるが、オーバー・コーティング法、モールド・インジェクション法の開発等により、近い将来解決される見込みはある。

(2)SiC付三重被覆粒子燃料を使用した炉心の設計においては、炉心出力の平担化、燃料要素形状の最適化、冷却材流速の増大、ギャギング等の炉心の核熱設計上の各種の方策により燃料最高温度1,350℃を前提として、冷却材出口平均温度を1,000℃までに高めることは必らずしも困難ではないと考えられる。

(3)黒鉛杉料の高温、放射線照射下での劣化については、減速材黒鉛が燃料交換のたびに許容高速中性子照射量以下で交換されるので、問題になることは少ない。
 また、炉心に混入した水素による黒鉛腐蝕についても放射線照射下でのデータが乏しいので断定できないが化学平衡論上多量の水素の混入がないかぎり問題はないと推察される。しかし、上記の点については、今後詳細に実験研究をして安全を確保する必要があろう。

(4)耐熱金属材料については、より優れた各種材料の開発が期待されるが、すでに工業的に利用されている金属杉料の中から選択するとすれば、インコロイ800、インコネル600、HK40などが対象となろう。炉内の1,000℃部分にはインコロイ800又はインコネル600、冷却杉出口部の配管材としてはHK40を使用することにより耐用期間に不確定な要素はあるが設計上の工夫によって冷却杉出口平均温度1,000℃の実験炉に使用される耐熱金属材料の問題を解決することはできよう。

(5)その他配慮を必要とするコンポーネントとしては不純物除去装置、大型ヘリウム、プロアーなどが挙げられる。F・P除去装置については、従来技術を基本的には変更することなく利用でき、またヘリウムプロアについても、ヘリウム温度が400℃程度までならば、現存技術を活用できるなど、それぞれ開発には、さほどの困難は伴なわないと思われる。
 水素除去装置については、技術的には開発されていないが、チタン・スポンジ法を開発することによって解決することができよう。


3 熱交換システムの技術的問題

(1)高温ヘリウムの顕熱を製鉄プロセスに伝達するに当って問題となる熱交換方式の選定については種々の要素に対する実証的データーが乏しく明確な判定を下すことは現段階では困難である。しかし、直接熱交換方式にはとくに重大な支障は考えられずその実現が計られれば問接熱交換方式に比較して著しく大きなメリットを持つことが明らかなので直接熱交換方式の実現をめざしてその技術を確立してゆくのが望ましい。

(2)熱交換器用耐熱金属材料としては、インコロイ800、インコネル600、ナイモニック90などが対象なるが、これらの金属はクリープ破断強度が十分実証されているわけではなく、場合によっては使用期間を短縮する工夫が必要であろう。これらの他にもすぐれた耐高温金属材料があるが、小径・薄肉・長尺管製造に要求される加工性、延性に問題があるほか、価格・実用化までの開発期間にも問題がある。
 さらに、上記のような材料を用いた熱交換器では、水素が1次系に拡散透過することはさけられないが、これには、水素除去能力を増強することによって対処することも可能であろう。

(3)熱交換器の構造設計については、機械的応力の他に熱応力・耐震性などについても配慮する必要があるが、高温の金属管隔壁熱交換器についての製作例がないため、今後、設計研究・安全性試験・流動伝熱試験を順次スケールアップして研究開発を進めてゆく必要がある。


4 原子力製鉄プロセスの技術的問題

(1)高温ガス炉の熱エネルギーを利用する直接還元法としては、当面シャフト炉法と高温流動炉法が対象とされており、両者とも、還元ガス温度としては、850℃以上が要請されるが、冷却材出口温度1,000℃の高温ガス炉によれば温度降下を考慮しても850℃の還元ガスを得ることは可能である。しかし、原子力製鉄プロセスとしてシャフト炉法または、高温流動炉法のいずれかの採用を現時点で決定することはできず、実験プラント等により実証的に優劣の比較検討を行なうことが必要である。また、還元炉の開発にあたっては、還元技術とならんでその大型化も開発の課題とされる。

(2)還元ガス製造法としては、メタンの水蒸気改質法、原油の熱媒体流動層方式によるガス化法などがあるが、前者はすでに現行技術がほぼ確立されており、熱交換過程において有効な水素透過対策ができれば、直ちに、適用が可能である。一方、後者については現在研究開発の段階であるが、技術開発の目途は遠からずつけうるものと見られ、コスト的にも前者よりも安価となる見通しもある。

(3)原子力システムの安全性については、工業施設内または、その接地に原子炉を設置することに対応して安全基準を検討しなければならない。具体的には関連従事者の放射線被ばくに対する考え方をはじめ、還元炉からの廃気、平常時におけるF・Pの還元ガス系への漏洩、鉄へのF・P残存量等の安全基準の設定が必要であるほか、総合的な事故解折の方法の検討が要請される。また、原子力製鉄プラントの安全性を確保する上で、当面重要となる機器としては、高温用放射線検出器、緊急停止弁、還元ガスホールドアップ容器等が挙げられ、その開発、設計基準の確立が要請される。

(4)このほか、原子力製鉄を実現するための技術的課題としては、熱バランスの合理化、原子力製鉄構成要素の保守点検、定期検査によるプラントの休止などが挙げられるがこれらの問題については、原子力製鉄の全システムの最適化との一環として今後さらに検討されるべきであろう。


5 原子力製鉄の技術的経済的効果

 近年におけるわが国の鉄鋼業の発展は著しく1970年代の初頭に粗鋼年産1億トンの大台に迫る実績をあげ重要基幹産業として、その発展への期待は極めて大きい。将来の鉄鋼需要の見通しについては、鉄鋼需要構造に若干の変化が予測されるとしても、社会資本の充実、輸出の増大等も含めて鉄鋼需要は今後さらにかなり拡大するものとみられる。

 鉄鋼業は、わが国における最大のエネルギー消費産業として、総エネルギー消費の20%余りを占めており、昭和44年度における原料炭需要実績は5千万トンにも及んでいる。この原料炭の将来の需要見通しについては、粗鋼生産量の伸びとともに、増大することが予測されており、昭和60年頃においては、1・2億トンに達すると予想される。

 このように需要増大が予想される原料炭のほとんどを海外に依存しているわが国としては、将来、その供給確保に不安が多く、加えて公害問題がきびしくなることを考えると、その対応策として原料炭への依存を原子エネルギーに転換することへの要請は極めて強い。

 原子力製鉄は、鉄鋼業において原料炭依存からの脱却を可能とするほか、それによって将来のわが国における総エネルギー消費の約10%を原子力に変えうることが期待でき、エネルギー供給の多様化をはかる見地から極めて意義が大きい。

 さらに、わが国においては、鉄鋼業が産業全般の発展に果している役割は大きく鉄鋼業の飛躍的な発展をはかるためには、自主技術の開発による技術革新の推進が不可欠である。したがって、現在、世界において実証されていない原子力製鉄に関する技術をわが国が世界に先がけて開発することの意義は大きく、その技術はただ単に鉄鋼業の技術革新の推進に寄与するのみでなく、広くわが国全産業の技術革新の推進に寄与するものと考えられる。

 また、原子力製鉄の経済性については、製鉄に利用可能な高温ガス炉・熱交換器・還元炉等の開発に技術的問題が数多く残されていることから、現段階において、その適確な見通しをうることは困難であるが、今後の技術開発によってその経済性が実現される見通しはあると考えられる。

 このように、原子力製鉄の実現は、わが国のエネルギー最多消費産業である鉄鋼業におけるエネルギー供給の多様化を可能とすることによりエネルギー需給構造の安定化に寄与するとともに、わが国鉄鋼業の飛躍的発展をはかる上で極めて意義の大きいものと考えられる。


6 結び

 以上に述べてきたとおり、当懇談会は、製鉄に直接利用可能な高温ガス炉の開発上の技術的問題およびその解決の見通し、高温ガス炉の製鉄への利用上の技術的問題およびその解決の見通し、高温ガス炉の多目的利用上の技術的経済的効果等について検討を進めてきた。その結果製鉄に直接利用可能な高温ガス炉については、技術的に実現の可能性があるとの結論をえた。

 他方、原子力製鉄の実用化については海外においても西独などで基礎的研究が進められている現状であり、未だ十分に見通しを立てるのに必要な実験研究がなされていない。しかし、わが国においては、原子力製鉄を中心とした高温ガス炉の多目的利用の必要性が近年急速に高まりつつあり、実証的データーにもとづく原子力製鉄の実用化に対する見通しを早急に確立することが緊急な課題となっている。この見通しをうるためには製鉄に直接利用可能な高温ガス炉の技術的信頼性を実験炉規模で確認するとともに、還元ガス製造および還元炉等を含む原子力製鉄プロセスの研究開発を進めることが必要である。したがって、現在日本原子力研究所が中心となって進めている基礎的研究をさらに進めて原子炉システム全体の安全性をはじめ核燃料、耐熱材料、効率的な熱利用システム等に関し、実証的データをうるため実験炉の建設、運転を行なうことが必要である。この場合、熱交換器を含めて、原子炉システムを一体として実験を進めることが不可欠であり、それと並行して、現在、日本鉄鋼協会が中心となって進めている原子力製鉄法に関する研究をさらに進め、還元炉の大容量化の可能性、経済性等の見通しをうるため、製鉄プロセスに関する本格的な研究開発を早急に進めることが重要である。

 このような観点から今後は、製鉄への利用を中心とする高温ガス炉の実験炉計画の具体化をはかり、あわせて高温ガス炉の多目的利用全般の研究開発計画を確立することが望ましい。


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