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速中性子線によるがん治療の研究推進について


昭和44年6月19日
原子力委員会

 原子力委員会は、昭和44年6月17日サイクロトロンによる中性子線医用懇談会から速中性子線によるがん治療の研究の推進方策に関する別紙の報告書の提出をうけた。
 当委員会は、この報告書の趣旨を尊重し下記によりこれを推進することとする。

1 本研究に必要な医療用サイクロトロンを昭和45年度より放射線医学総合研究所において建設することが適当である。

2 本研究を実施するにあたっては、必要に応じ関連機関の協力を求めることとする。


速中性子線によるがん治療の研究推進について

昭和44年6月16日
原子力委員会

委員長 木内 四郎 殿

 サイクロトロンによる中性子線医用懇談会
座長 武藤 俊之助

 速中性子線によるがん治療の研究推進について

 本懇談会は、昭和44年5月19日以来会合を重ねて標記について審議を尽くし、このたび以下のとおり結論をえたので、報告する。なお、審議要旨は、別紙のとおりである。
1 がん治療にとって速中性子線の照射は、有望な手段であると認められるので、早急にその実用化をはかる必要があり、可及的すみやかにこれに関する研究に着手すべきである。
2 本研究のために必要な速中性子線源としては、現在のところサイクロトロンが適当である。
3 本研究を実施する機関としては、組織、実績等からみて、放射線医学総合研究所が適当である。また、必要に応じ関連機関の協力を求めることを考慮すべきである。
 なお、本研究を実施するために設置されるサイクロトロンを利用して短寿命放射性同位元素を生産できるので、これの医学利用についても研究を推進する必要がある。
 本懇談会の構成員は、つぎのとおりである。(五十音順)

座長 武藤 俊之助 原子力委員会委員
足立 忠 東京医科歯科大学教授
石館 守三 国立衛生試験所長
筧 弘毅 千葉大学教授
笠木 三郎 文部省大学学術局研究助成課長
熊谷 寛夫 東京大学教授
佐野 圭司 東京大学教授
篠原 健一 早稲田大学教授
田中 茂 放射線医学総合研究所臨床研究部長
田中 好雄 科学技術庁原子力局次長
塚本 憲甫 国立がんセンター病院長
津屋 旭 癌研究会付属病院放射線科部長
都甲 泰正 東京大学教授
橋詰 雅 放射線医学総合研究所物理研究部長
馬場 治賢 国立療養所中野病院長
御園生 圭輔 放射線医学総合研究所長
宮川 正 東京大学教授
山崎 文男 日本原子力研究所理事
湯沢 信治 厚生省大臣官房科学技術参事官

審議要旨

1 速中性子線によるがん治療に関する研究の必要性について
 成人病においてがんの占める重要性は、近年ますます増大し、その制圧に対する国民的要請は、とみに高まっている。
 がん細胞は、正常の組織細胞よりも放射線に対する感受性が高いので、この性質を利用して放射線治療が行なわれている。
 この放射線としては、現在、エックス線、ガンマ線および電子線が広く用いられている。
 しかしながら、がん細胞の中には、しばしば低酸素細胞があり、これは上記の放射線に対して抵抗力が強いので、照射後も残存して再発の原因となり、不幸な転帰をたどる場合もあるものと考えられている。
 海外における最近の研究の結果、これらの放射線のかわりに速中性子線を照射すれば、低酸素細胞に対しても著しい効果を挙げうることが明らかになってきた。
 わが国においても、この点について、研究が行なわれ、その有望性が確かめられている。
 以上のようにこの方法は、がんの根治治療に新しい道を開くものと期待されているので早急にその実用化をはかる必要がある。したがって、ただちにこれに関する研究に着手すべきである。

2 サイクロトロンおよび関連施設について

(1) サイクロトロン
 がん治療を行なうための速中性子線としては、他の放射線の混在が少なくて、エネルギーが高く、かつ、強度の大きいものが必要である。すなわち、エネルギーについては、少なくともコバルト−60のガンマ線と同程度の透過力を有し、その強度については皮ふ面における線量率が30ラド/分程度となる速中性子線が必要である。このような速中性子線を発生する装置としては、技術的、経済的に考えてサイクロトロンが適切である。
 上記の条件をみたすためのサイクロトロンの性能について一例を試算してみると、加速エネルギーが重陽子で30MeV程度、取り出し電流が20μA以上となる。また、患部の深さに対応できるよう、加速エネルギー可変にすべきである。
 なお、機種の選定にあたっては、国産および輸入によってえられる機種について、運転の容易さ、信頼性等をも慎重に比較検討したうえ、決定することが望ましい。

(2) 関連施設
 本研究を有効に推進するためには、サイクロトロン本体のみでなく関連施設が重要であるから、これらについても十分な配慮を払う必要がある。

3 研究推進体制について
 本研究は、放射線治療部門のみでなく他の関連分野の科学者、技術者をようする研究開発機関において推進することが不可欠の要件である。したがって、本研究を遂行するための機関としては、臨床部門のみでなく、物理、生物等の研究部門等を有し、また、これまでこの分野においてある程度の研究実績を有する放射線医学総合研究所が適当である。
 なお、本研究を進めるにあたっては、その研究の進展に応じ、関連機関の協力を求めることも考慮すべきである。

4 短寿命放射性同位元素の利用について
 サイクロトロンによれば短寿命の放射性同位元素を生産することができる。これらを用いれば診断への利用範囲を著しく拡大することが可能となるので、この方面の研究も推進する必要がある。


〔付記〕
 本懇談会の席上、熱中性子捕獲による脳腫瘍の治療に関する研究についても意見が出されたことを申し添える。



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