資料

「放射能調査の方針」について



 経緯

 原子力委員会放射能専門部会は、昭和37年10月15日に開催された第33回の同専門部会において当面の審議事項を次のように決定した。

 審議事項

I)放射能調査の今後の方針について

II)放射能対策等に関する今後の研究の方針について

III)放射能によって汚染された食品の取り扱い要領について

 この審議事項についての作業の進め方等を決めるため専門部会委員7名よりなる小委員会が設けられ、取りあえず審議事項のうち「放射能調査の今後の方針について」を審議すること、ならびにその作業のためのワーキンググループの編成が取り決められた。
 同ワーキンググループは、昭和38年1月23日以降10回にわたり審議を重ねた結果、放射能調査の方針について成案を得た。同案は、第35回放射能専門部会(昭和39年1月29日)に報告せられ専門部会の了承を得、昭和39年2月17日付をもって、専門部会部会長から原子力委員会委員長に対し提出された。
 同報告は、フォールアウトによる放射能汚染の調査の問題をとりあげ、国民の放射線障害の防止と云う究局的目的に沿うための放射能調査のあり方について述べている。報告書内容は次のとおりである。

昭和39年2月17日

原子力委員会委員長佐藤栄作殿

原子力委員会放射能専門部会

部会長 塚本憲甫

 本放射能専門部会は、本専門部会の審議事項のうちの一部として、核実験のフォールアウトによる放射能汚染調査の問題を取り上げて審議を重ねた結果、これに関する結論を得たのでご報告致します。
 この問題を取り上げた当初は、未だ大気圏内核実験停止協定が発効していなかった時期であり現在とは事情も多少異なるものと思われますし、また、この報告の審議に際しては統計的考慮を払ったなど、この報告は理想的な姿を画いてある等の事情もありますので、この報告に述べた内容に適用するに際しては、実状に測するよう配慮する必要があると存じます。
 しかしながら、本報告は各界の専門家の熱意ある審議の結果得られた価値ある資料と判断しておりますので、原子力委員会において今後、放射能調査の問題を取り扱うに際しては、ぜひご参考にしていただき、本報告中採用すべきものはできる限り早く実現してゆくようにしていただきいと存じます。

放射能調査の方針

目次

〔I〕放射能調査の方針

I はしがき
II 放射能調査の進め方
III 各論

1 Sr90の調査
2 Cs137の調査
3 中・短寿命核種の調査

 (1)I131
 (2)Zr95−Nb95

4 C14およびα線放出核種の調査
5 空気および空間線量の調査

IV審議の経過について

〔II〕参考資料

I  推定のための標本の大きさの決め方

II 差の検出のための標本の大きさの決め方

III 日常食中のSr90調査結果の分散分析


〔I〕 放射能調査の方針

I はしがき

 現在わが国においては多数の試験研究機関が放射能の調査に当っているが、それら調査の最も重要な目的は種々の放射線源から人体が受ける放射線の量を明らかにすることにより究局的には国民の放射線による障害評価を行ない、かつその対策に資することにある。
 本報告では種々の放射線源のうち特に核実験のフォールアウトによる放射能汚染の調査の問題をとりあげた。
 1963年10月から大気圏内核実験停止協定が発効し、当面新しい実験による環境汚染の不安は去ったが、いぜん高空には相当量の長寿命核種の滞留が考えられ、地表への蓄積も増加の傾向にあり、今後の状勢の変化も考慮に入れればフォールアウトの動向については今後とも常に監視する必要がある。
 さらにフォールアウトによる放射能汚染の調査によって得られた知識と経験は、今後ますます発展する原子力平和利用にともない、増加が予想される環境の汚染、原子力平和利用施設における万一の事故等による不測の環境汚染などにおける放射能の監視ならびにその対策等の措置を講ずるに当って資するところきわめて大きいと考える。
 もちろん、現在放射線の人体への影響について未だ未知の分野がかなり多く、放射能調査の結果から国民の受ける放射線の量を明確にするには、今後とも調査研究すべき問題が多く残されているが国民のこうむる障害の評価を目的として現段階で考えられる放射能調査のあり方を検討したものである。
 なお、審議に際しては、今後とも調査研究すべき問題の一環として、環境、食品、人体の放射能レベルの相互の関連についても考慮を払った。

II 放射能調査の進め方

(1)放射能調査の種類は次の4つとする。

(イ)一般調査:環境食品の放射能汚染によって国民のうける平均線量の推定を行なうことを目的とするもので、全国に適当に分布された調査網によって定常的に行なう調査

(ロ)特殊調査:国民の受ける平均線量の推定に直接寄与しないが、放射能対策上の必要から特定の調査対象について定常的に行なう調査

(ハ)解析調査:一般調査または特殊調査にきわめて深い関係を持つが定常的でなく解析的、研究的目的をもって行なう調査日臨時調査:核爆発実験等に伴い臨時的に行なう調査

(2)放射能調査の実施にあたっては、その種類に応じてその対象を適宜選択し、その取り扱いについては可能な限り統計的な考慮を払うものとする。

III 各論

 核実験のフォールアウトによって人体の受ける線量を内部線量と外部線量に分け、これらを把握するため重要と思われる次の核種をとりあげるほか、全(ベータおよびガンマ)放射能の測定も行なう。



身体のうける線量を求めるに際しては人骨中のSr90から骨髄線量を、全身中のCs137から全身線量ならびに遺伝線量を、甲状腺のI181から甲状腺線量を摂取した食物中のZr95-Nb95等から腸管線量を空気中の放射性物質から肺線量を、その他の調査核種から臓器線量を、また土壌中のCs137、Zr95−Nb95、I131等のγ核種から外部線量をそれぞれ推定する方法を用いる。さらにこれらの線量と環境、食品等に含まれる放射能から人体の受ける線量を総合的に考察する。

1.Sr90の調査

(1)人体

 人体の調査にあっては、人骨を対象として一般調査で行なう。

 (i)人骨の分析は、次の結果を得るために行なう。

 (イ)Sr90pc/gCa

 (ロ)安定Sr mg/gCa

 (ii)人骨の採取試料数は、次の年令層毎に年間300個収集することが望ましい。

((a)胎児、(b)0才(生後12ヵ月未満)、(c)1〜4才、(d)5〜19才、(e)20才以上の5層に分類すること)

 (iii)人骨の採取にあたっては、下記の資料をなるべく詳細に収集する。

 (イ)性別

 (ロ)経歴(職業、居住地、病歴、死亡地等)

 (ハ)食餌の状況(乳児の場合は、人工栄養と母乳の割合等)

 (ニ)人骨の部位

(2)食品

(i)総合食品

総合食品の調査にあたっては、標準食(標準献立にもとづいて収集した食餌)および日常食(日常消費される食餌)を対象とし、一般調査で行なう。

 (イ)日常食調査では、日常消費される食餌を分析し、標準食調査では標準献立により各地域で各々同じサンプルを集め、食品類別に分析する。

 (ロ)食餌の分析は、次の結果を得るために行なう。

 (a)1人1日当りのSr90摂取量(pc)

 (b)Sr90pc/gCa

 (c)安定Sr mg/gCa

 (d)類別食品の場合はSr90pc/生kg

 (ハ)日常および標準食調査は成人、幼児および農村都市の区別をつけ各々4地区以上について年間4回以上行なう。

(ニ)標準食の食品の分類は次の12種とする。

(カッコ内は例示)

(a)米

(b)麦、その他の穀類

(c)葉菜(白菜、ほうれん草等)

(d)根菜(大根、さつまいも等)

(e)豆類およびその加工品(大豆、豆腐、味噌等)

(f)果実(りんご、みかん、トマト等)

(g)鳥獣肉(豚肉等)

(h)牛乳

(i)海産魚肉(さんま、さば等) (貝類を含む)

(j)淡水魚類(こい、わかさぎ等)(  〃  )

(k)海草(こんぶ等)

(l)飲料水(水道水、お茶等)

(ii)個別食品

(イ)米については、特殊調査、麦については解析調査とし、地域および収穫時期について考慮を払う。

(ロ)牛乳については発育期の児童に重点をおき、人工栄養児用牛乳については特殊調査とし、その他の原乳については解析調査とする。

(ハ)飲料水については、天水、流水、簡易水道水、水道水および井戸水の5種類に分け、大都市の水道水は一般調査とし、その他は特殊調査とする。大都市水道水のサンプルの蒐集は総合食品に対応して年4回、4地域以上で行なう。

(ニ)野菜については、解析調査とし、野菜の種類、成育時期等を考慮して対象を決める。

(ホ)茶については、特殊調査とし、飲用の状態において調査する。

(ヘ)魚月類海草については特殊調査とし、海域、海流などの条件を考慮して、海上の調査と関連をつけて行なう。

(3)環境

 環境については、土壌、水(淡水、海水)、雨および空気の4つに分けて調査する。

(i)土については、解析調査とし、深度別ならびに単位面積当りの蓄積量を調査する。

(ii)Sr90月間降下量については、一般調査とし、サンプル蒐集地点数は300程度必要であるので、現在行なわれている調査地点数を可能な限り増加する。

(iii)淡水(湖水、河川水)については、Sr90の土壌からの流失等の点を考慮し、解析調査で行なう。

(iv)海水については、特殊調査とする。指標生物については解析調査とし、海水のモニターに資する。

2.Cs13の調査2 の調査

(1)人体

(i)人体組織(筋肉、血液等)については、暫定的に解析調査とするが将来は一般調査に移し、次の結果を得るようにする。

(イ)Cs137pc/g

(ロ)Cs137pc/gK

 一般調査の場合の試料採取にあたっては幼児、成人別のそれぞれの男女計4層について各層別に300、年12回行なうことが望ましい。

(ii)全身カウンターによる体内測定および排泄物等の調査は、体内保有量を推定するためのものであって解析調査とするが、将来全身カウソクーの整備に伴って一般調査に移すよう努力することが望ましい。

(2)食品

(i)日常食および標準食調査については、一般調査とし、次の結果を得るようにする。

(イ)1人1日当りCs137摂取量(pc)

(ロ)Cs137pc/kg

(ハ)類別食品のCs137pc/kg

 なお、サンプルの取り扱い等はSr90の場合に準ずる。

(ii)個別の食品のうち米および人工栄養児用牛乳については、特殊調査とする。大都市水道水については一般調査でとりあげSr90と同様年4回4地域以上で行なうものとする。

魚貝類海草は特殊調査とし、Sr90と同様海水調査と関連づけて行なう。

(3)環境

(i)土壌については解析調査とし、深度別並びに単位面積当りの蓄積量を調査する。

(ii)Cs137月間降下量については、一般調査とし調査点数はSr90の場合に準ずる。

(iii)海水については特殊調査とする。

(iv)淡水については、Cs137の土壌からの流失等の点を考慮し、解析調査とする。

3.中・短寿命核種の調査

中・短寿命核種としては、乳幼児に及ぼす影響にかんがみI131を、また外部線量の重要性からZr95−Nb95等をとりあげる。

 これらは比較的減衰がはやいが、かなりの線量を人体に与えるので、適時調査を集中して行なうことが望ましい。

(1)I131

(i)人魚

 甲状腺の調査および全身カウンターによる体内保有量の調査は特殊および解析調査で行なう。

(ii)食品

 日常食については一般調査とし、人工栄養児用牛乳については特殊調査、野菜については解析調査とし、飲料水はすべて特殊調査とするが、これらの調査に当っては、他の核種分析のために得られた試料により、あわせて測定することが望ましい。

 海産物については特殊調査で行なう。

(iii)環境

 空気以外の対象について、環境における挙動および空間線量への寄与を調査するため解析調査で行なう。

(2)Zr95−Nb95

(i)人体

全身カウンターによる体内のZr95−Nb95等の保有量調査は、特殊および解析調査で行なう。

(ii)食品

 総合食品については一般調査とし、個別食品については、I131の場合に準ずるものとする。なお、これらの調査に当っては、他の核種分析のため得られた試料によりあわせ測定することが望ましい。なおCo60、Zn65、Fe59、Ru106等については魚貝類海草をも解析調査で行なう。

(iii)環境

(イ)土壌中のZr95−Nb95その他なるべく多くの核種について解析調査で行ない、時期と地域差を考慮し、地表の空間線量との関連をつけて調査する。

(ロ)河川水、雨永のZr95−Nb95等分析は解析調査で行なう。

(ハ)海水中のCo60、Zn65、Fe59、Ru106等の分析は、海洋生物によるそれらの濃縮および海洋における挙動等にも考慮を払いつつ、解析調査で行なう。

4.C14およびα線放出核種の調査

(1)C14:C14は解析調査で行なう。

(2)α線放出核種(Pu239等):α線放出核種は解析とし、人体、総合食品、環境(主として空気)を対象として行なう。

5.空気および空間線量の調査

(1)空気については一般調査(年12回4地域以上)

とし、特定核種の分析結果から降下物の年令と核種別含有率を算出して、種々の核種(Sr90、Cs137、I131、Zr95−Nb95等)による肺線量を推定する。

(2)空間線量については一般調査とし、つとめて多くの地点で週1回程度測定を行なう。

VI 審議の経過について

放射能専門部会小委員会のワーキンググループは、昭和38年1月23日から10回にわたって審議を行ない、放射能調査の今後の方針(案)をとりまとめた。本案は、昭和39年1月29日開催の第35回放射能専門部会に提出され、承認を得た。

 ワーキンググループの構成はつぎのとおりである。

座長 檜山義夫

山県登

増山元三郎

佐伯誠道

    田島英三

木村耕三 伊沢正美

市川竜資

    三宅泰雄

速水泱

農林水産技術会議事務局

    西脇安

小平潔

厚生省科学参事官室


対象別調査の種類一覧表

〔II〕参考資料

I 推定のための標本の大きさの決め方

問 Sr90の月間降下量は、地域的平均

μ=0.6mc/km2地域間のバラツキはσ=0.3

くらいと想定される。

h地点での実測値

x1,x2,・・・・・・・・・・・・・,xn

の標本平均

によって、μを推定したとき、少なくも1桁目は信用できるようにするためには、その地方での降下物蒐集地点の数nをどのくらいにしたらよいか?

答 1°調査可能な地点の数Nは限りなく大きいものとし、正規分布を仮定すると危険率α=0.05とするとして、標本の大きさn0



II 差の検出のための標本の大きさの決め方

問 技術的にみて大差のない地点は一纏めにして一つの層とし、各層から幾つかの地点を確率的に抽出してSr90の測定を行ないたい。危険率α=0.05で差を検定するものとする。

α=5のとき、2α以上の差は1一β=0.90以


III 日常食Sr90調査結果の分散分析

 以下の統計的解析は、日常食のSr90調査結果を例としてとりあげ、限られた資料を基にしても、あらかじめ設計された配置(あるいは割りつけ)を用いれば得られるが、情報が最高に達することを示すものであるが、ここに用いた現実の資料は統計家の設計によるものではないので、以下は形式的な解析であることをお断りしておきたい。

L1〜8 調査地点

A1〜3 年令と地域(都会成人、農村成人、農村幼児)

J1〜2(近い時点のものをまとめてある)

 数値はすべて10倍し、数点を落してある。計算機を使うときの桁数を減らすため、各数値を10倍したものから、100を引いた上、計算を行なったが、筆算でマイナスの数値があると、計算違いしやすいので、これは避けた方が一般には好ましい。




したがって、成人、幼児間が著しい差となる。

注1 もしこのような手法を用いないとすると、処、時、人を一定にしたときの測定は唯一つしかないから、誤差は見積れない。したがってどの差が有意か分からない。

注2 この模型が正しいなら、測定誤差は抽出誤差も含めて


もしこれが予想される誤差より有意に大きいなら

i)抽出が確率的に行なわれていない。

ii)もっとよく層別しなければならない。

iii)偶然の喰違いも起こりうる。

の諸点を吟味する必要がある。

(LXA)年令による差が地方ごとに異なっている。

どの差が有意かは差の差をとってTukeyの方法で調べられる。表はつぎのものにある。

森口繁一編:品質管理用数値表(B),JUSE出版社