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特集 原子力に関する研究開発・イノベーションの動向
概要
原子力イノベーションに向けた取組が世界的に進み、我が国でもグリーン成長戦略やGX1実現に向けた基本方針にて原子力の研究開発に焦点が当たっている。その流れを受け、白書では、革新炉開発や原子炉の安全研究、廃止措置のための研究、原子力エネルギー分野以外での放射線利用等に関する研究などの幅広い分野の最新動向について、全体像と注目すべきトピック(技術面や実装面でのブレークスルー等)の両面から紹介します。
1. 原子力利用に関する研究開発の全体像
原子力はエネルギーとしての利用のみならず、医療、工業、農業分野などにおける放射線利用など、その利用価値が認識されて以来、幅広い分野で利用されており、人類の発展、国民の生活水準の向上に貢献してきました。
原子力のエネルギー利用については、特に今般のエネルギー安全保障をめぐる問題やカーボンニュートラル実現に向けた動きの拡大などを受けて、重要性が増しており、加えて、医療、工業、農業分野などにおける放射線利用などの非エネルギー利用についても、年々規模が増加しております。今後も研究開発・イノベーションを通して更なる恩恵をもたらしうる原子力に関して、本章では、どのような課題があり、どのような研究開発が行われているのか、全体像を示します。
全体像を通して、原子力利用に関する幅広さや現在直面している課題、その課題解決によって得られる恩恵を発信し、原子力に関する研究開発への国民の関心を高め、さらには、原子力利用に関する課題に挑戦する進路を選択する者が増えることを期待します。
また、次章以降、原子力利用に関する研究開発・イノベーションの個別トピックについて、中立的・俯瞰的な視点から整理・分析を行い、全体像だけでなく、今後の原子力利用に関する研究開発・イノベーションの具体的な課題などについても紹介します。
まずは、2023年現在行われている原子力利用に関する研究開発・イノベーションに至るまでの歴史を紹介します。
(1) 世界における原子力利用に関する研究開発の歴史
人類は、古代ギリシャの時代では自然哲学として、近代では自然科学として、すなわち真理の探究において「原子」の存在を予想し、19世紀初めにその存在が提唱されました。19世紀末から20世紀初頭にかけて、エックス線(X線)を始めとする放射線と放射性同位元素(ラジオアイソトープ。RI2)が発見され、医学分野において、これらを利用した診断や治療が開始されました。これが、原子力利用(放射線利用)の始まりです。
また、同時期に、特殊相対性理論が発表され、その中で質量とエネルギーの等価性(E=mc2)が導き出されました。その後、核変換実験、中性子照射による核反応に関する実験などを通して、原子からエネルギーを取り出す、すなわち、原子力のエネルギー利用の可能性の追求が始まりました。
第二次世界大戦を背景に、原子力のエネルギー利用は、核兵器の可能性を追求する方向へと進み、マンハッタン計画下で1942年に原子炉臨界実験における核分裂連鎖反応の実証を経て、原子爆弾が開発されました。第二次世界大戦後には、1951年に原子力による初めての発電実験に成功し、原子力エネルギーの平和利用として、発電への利用が進められました。あわせて、原子力発電の制御や安全性向上、発生する放射性廃棄物の処理・処分や廃止措置などに関する研究開発が進展していきました。また、原子力発電は、他の発電方法と比較して万一の事故が発生した場合の被害が大きいという懸念があることや、発生する放射性廃棄物の処分・管理が現世代だけでは終わらないことなどから、社会科学的側面での研究も、原子力発電の利用が進むにつれて、行われていきました。
他方、X線やRIの発見とほとんど時を同じくして始まった医療分野における放射線やRIを用いた診断や治療の研究では、1930年代に加速器(サイクロトロン)が開発されると、様々なRI製造が行われ、第二次世界大戦後には、原子炉を用いたRI製造が開始され、それらを活用する研究開発が進んでいきました。また、人類の放射線障害の経験も始まりました。これに対しては、はじめは個々の場において、次いで国や学会等の組織レベルで放射線防護の取組がなされるようになり、現在では国際放射線防護委員会(ICRP3)が指導的役割を果たしています。
医療以外の分野では、第二次世界大戦以前から、放射線の透過作用を利用した非破壊検査などの研究が進展してきました。我が国でも第二次世界大戦以前から、サイクロトロンを用いたRIの製造やそれらを用いた植物生理学、放射線生物学への利用研究が行われていました。
第二次世界大戦後には、原子炉や加速器の研究開発が進んだことを背景に、放射線の電離作用に基づく照射効果を用いた高分子などの材料加工の研究が開始されました。また、食品への放射線照射による芽止め効果などに注目した、放射線の農業利用の研究も活発になりました。我が国でも、応用範囲や線量範囲などの研究が早期に開始され、現在ではジャガイモへの照射が許可されています。食品照射以外にも、滅菌や害虫防除利用に向けた研究開発もされ、実際に利用されています。
上記のとおり、原子力は、真理の探究から始まり、様々な研究開発を経て、幅広い分野で実用化され、国民の生活水準の向上に貢献してきたといえます。
(2) 原子力利用に関する研究開発の全体像
自然哲学、自然科学として、真理の探究から始まった原子力分野は、研究開発を経て、幅広い分野で国民の生活と密接なものとなってきました。本項では、現在、原子力利用に関して、どのような目標に向け、どのような課題解決を目指した研究開発が行われているのかについて例示し、全体像を示します(図 1)。なお、全体像の中で例示している研究開発目標及びその背景は表 1のとおりです。
また、次章以降では、原子力に関する研究開発・イノベーションに関する国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA4、以下「原子力機構」という。)などによる我が国における動向や海外における動向について、以下を個別トピックとして取り上げます。
- トピック1:安全性向上と脱炭素推進を兼ね備えた革新炉の開発
- トピック2:水素発生を抑制する事故耐性燃料の開発
- トピック3:原子炉の長期利用に向けた経年劣化評価手法の開発
- トピック4:高線量を克服する廃炉に向けた技術開発
- トピック5:核変換による使用済燃料の有害度低減への挑戦
- トピック6:経済・社会活動を支える放射線による内部透視技術開発
- トピック7:原子力利用に関する社会科学の側面からの研究
なお、本特集のトピック1~7の文中で引用している参考資料1~31については、巻末の資料編7.特集:「原子力に関する研究開発・イノベーションの動向」の参考資料に掲載しています。
目標 | 背景 |
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原子炉の安全性向上 | 東京電力株式会社福島第一原子力発電所(以下「東電福島第一原発」という。)事故後、「安全神話」から決別し、不断に安全性向上に向けた取組を続ける重要性が共有された。特に、事故耐性燃料(ATF5)の開発や事故時などに自然に止まる、自然に冷える、自然に収束するなどの受動的安全メカニズムの開発など、シビアアクシデント対策についての取組は東電福島第一原発事故後、必須となっている。また、世界的に、60年を超える運転期間が認可された原発も存在しており、高経年化に関する知見拡充も必須となっている。 |
放射性廃棄物の処理・処分 | 原子力発電所から生じる放射性廃棄物は、熱を生み、放射線を放つため、一般の廃棄物とは異なり長期間にわたって人類から隔離して管理する処分が必要である。処分場概念設計として複数の選択肢がある中で、どの方法にするかは決まっておらず、信頼性向上のための技術的研究が続いている。 |
核燃料サイクルシステムの確立 | 我が国はエネルギー自給率が低く、原子力発電についてもウランは輸入に頼っている。高速炉を用いた核燃料サイクルが実現し、クローズドなサイクルが完成すれば、一度ウランを輸入したのちは、自国で燃料を生み出すことができ、エネルギー安全保障上、望ましい。完全な核燃料サイクルはどの国においても実現していない。 |
多目的利用の実用化 | カーボンニュートラルを目指す上で、エネルギー源としてあらゆる選択肢を確保することが重要であり、出力が変動する再生可能エネルギーとの共存の観点では、蓄電のみではなく、原子力も再生可能エネルギーをカバーする電源としての役割が期待される。また、原子力から得られる熱を利用した製鉄業等向けの水素製造や化学工業への熱供給、原子炉から出る中性子を用いたRI製造などの多目的利用の実用化が期待される。 |
廃止措置の安全な実施 | 東電福島第一原発の廃炉は40年以上を要する長期の事業となる見込みである。高線量下での作業の必要性、内部に残る燃料デブリの取り出し、廃炉作業で生じる低レベル放射性廃棄物の処理・処分(リサイクル)など課題が山積している。東電福島第一原発以外にも、国内外で原子力施設の廃止措置が、今後本格化する。 |
目標 | 背景 |
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医療利用(放射線・RIによる診断・治療) | 診断用として幅広く活用されてきた放射線・RIであるが、近年は転移がんに有効な治療法としてアルファ線(α線)放出RIによる核医学治療が注目されている。α線放出RIは諸外国において国策として供給体制の構築が進められており、我が国も、重要RIの国産化を進める方針である。 |
工業利用(非破壊検査による社会インフラの保全、材料加工・滅菌等) | 橋梁や高速道路などの保全においては、内部を非破壊で検査することができる放射線の活用が重要となっている。その際に、放射線を発生する装置の小型化などの利便性向上や、放射線の観測装置の性能向上などが必要となる。 また、電離作用のある放射線を照射することで材料を加工する技術は、半導体製造や新材料の開発などで活用されており、ニーズを踏まえた新材料開発等が行われている。 |
農業利用(品種改良、食品・農産物処理等) | 食料自給率の低い我が国で、農作物を最適化して効率よく生産することは非常に重要な課題である。また、農作物への放射線照射による芽止めには従来ガンマ線(γ線)や高エネルギーの電子線が用いられてきたが、そのためには大規模な施設や輸送・保守が困難なコバルト線源が必要であり、それらが不要となる低エネルギーの放射線による食品・農産物の処理についての研究が行われている。 |
目標 | 背景 |
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放射線の健康影響に関する理解促進 | 放射線は学校教育の中で必修科目として十分には教育されていない。放射線に対して、その影響が正確に理解されず、過剰な拒否反応を示す例もあるため、正確な情報提供が重要である一方、正しく理解している人の間でも、それぞれのリスク許容度が異なるため、リスク許容度も踏まえたコミュニケーションが重要となる。 また、放射線モニタリングや被ばく線量評価の性能等を向上することも、住民の防護措置等の観点から、放射線への理解促進において重要である。 |
原子力利用への信頼回復 | 原子力利用(特に原子力のエネルギー利用)については、東電福島第一原発事故を経て、依然として、国民の間には原子力発電に対する不安感や、原子力政策を推進してきた政府・事業者に対する不信感・反発が存在し、原子力に対する社会的な信頼は十分に獲得されていない状況である。政府や事業者は、原子力の社会的信頼の獲得に向けて、継続して取り組んでいく必要がある。 |
知のフロンティアの拡大 | 放射線による非破壊検査の学術研究への応用や、原子核自体の観測による素粒子論の検証など、知のフロンティア拡大に貢献する面も多くある。 |
図1 原子力利用に関する研究開発全体像
(出典)内閣府作成
2. トピック1:安全性向上と脱炭素推進を兼ね備えた革新炉の開発
地球温暖化対策の観点から、産業構造・社会構造をクリーンエネルギー中心へ転換するグリーントランスフォーメーション(GX)が国際的に注目されています。我が国では、2023年2月に「GX実現に向けた基本方針」が閣議決定されました。同方針では、「再生可能エネルギー、原子力などエネルギー安全保障に寄与し、脱炭素効果の高い電源を最大限活用する。」この原子力を活用していくため、原子力の安全性向上を目指し、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設に取り組む。」とされています。ここでは、世界で開発が進められている革新炉の中で、小型軽水炉、高温ガス炉(HTGR6)、ナトリウム冷却高速炉(SFR7)の3種類(参考資料1)について、研究開発の状況や課題を紹介します。
(1) 各炉型に固有の安全性向上技術の技術開発の動向
東電福島第一原発の事故後に策定された新規制基準では、自然災害8や航空機衝突などに起因する、冷却や電源などの安全機能の喪失を防止する対策の拡充や、万一重大事故が発生しても対処できる設備・手順を新たに要求事項としました。これは「深層防護」の概念のうち、重大事故が発生しても原子炉施設内での収束を実現させ、敷地外緊急時対応の必要性を回避するという第4レベルまでの対策が確実に講じられるための要求事項です。現在、国内外で、外部からの電源や動力が無くなるような非常時でも炉心や格納容器を冷却できるという概念の「受動的安全」に係る技術開発が進められています(参考資料2)。
受動的安全とは次のような機能を指します。
- ・「止める」に加えて、「自然に止まる」機能
- ・「冷やす」に加えて、「自然に冷える」機能
- ・万一重大事故に至っても、炉容器内・格納容器内に「閉じ込める」機能
この考え方自体は特に新しいものではなく、東電福島第一原発事故以前から技術開発が進められているものです。今後新たに建設する原子炉に対して、受動的安全を有する設備を取り入れていくような、より積極的な研究開発が進められています。
例えば、我が国の企業も参画して米国で開発が進んでいる小型軽水炉VOYGRは、自然災害や航空機衝突など外部ハザードへの耐性を強化するためにプラントを半地下に設置し、原子炉と格納容器から構成されるモジュールを大きな地下プール内に設置します。万一事故が起きても、プール内の水で炉心を冷却でき、さらに、水が蒸発しても空冷で「自然に冷える」設計となっています。
図2 小型軽水炉VOYGRの受動的安全概念図
(出典)第23回総合資源エネルギー調査会 原子力小委員会 資料10(2021年)
高温ガス炉では、1,600℃でも核分裂生成物の「閉じ込め」が可能なセラミックス被覆燃料を採用し、炉内構造物に熱容量が大きく熱伝導率も高い黒鉛を利用することにより、炉心が高温になっても原子炉容器の外側へ伝熱、放熱され、燃料が「自然に冷える」ようにしています(参考資料3)。また、炉心は高温になると自然に核分裂反応が収まるという特徴を持ちます。これらにより、電源や冷却材の喪失や制御棒が挿入されない時でも自然に原子炉出力が低下し、炉心が「自然に冷え」、放射性物質を炉内に「閉じ込める」ことができる設計です(参考資料4)。さらに、冷却材にヘリウムガスを使うため、水と被覆燃料の反応による水素の発生や水素爆発が起こりにくいのが特徴です。我が国では原子力機構のHTTR9を用い、電源喪失等により炉心冷却機能が喪失した場合等、一連の安全対策の実証試験を行っています(参考資料5)。
図3 高温ガス炉の受動的安全概念図
(出典)「次世代革新炉の開発に必要な研究開発基盤の整備に関する提言」(2023年)及び「第1回 総合資源エネルギー調査会原子力小委員会革新炉ワーキンググループ 資料6」を基に内閣府作成
図4 ナトリウム冷却高速炉の受動的安全概念図
(出典)次世代革新炉の開発に必要な研究開発基盤の整備に関する提言(2023年)
高速中性子を利用するナトリウム冷却高速炉では、冷却材である液体ナトリウムの駆動ポンプが動かなくても自然循環により炉心の熱を大気に放出し炉心温度が「自然に冷える」研究開発や、万一炉内の温度が上昇しても自動的に制御棒が落下して「自然に止まる」機能の開発などが進められています(参考資料6)。
「もんじゅ」で問題になったナトリウム冷却材の取扱い(参考資料7)についても、配管からのナトリウム漏えいに備えた二重カバーの開発、火災が発生しないよう原子炉建屋内を窒素で充填する技術の研究開発、ナトリウムにナノ粒子を添加して水との反応を抑える基礎研究などが進められています。ナトリウム取扱い経験のある海外諸国との連携も含め、知見拡充していくことが重要です。また、我が国が主導してナトリウム冷却高速炉用維持規格10の策定を国際的に進めています。
(2) 原子炉の型を問わない共通の安全性向上対策について
特に地震の多い日本に設置する原子炉に必要な技術として、3次元免震装置の開発も進んでいます。これまでの水平方向の揺れに加え、上下方向の揺れを減衰する技術を組み合わせた構造となっており、設置とメンテナンスが容易になります。
図5 3次元免震システム概略図
(出典)原子力機構プレスリリース「多方向の地震力低減可能なユニット型3次元免震装置を開発」(2022年9月2日)
(1)の安全性向上技術や上記の安全対策が「新たな安全神話」につながってはなりません。重大事故が施設内で収束することを目標にしながらも、万一、事故が施設内で収束しなかった場合の影響緩和に資する技術開発に加え、放射能の有害な影響から人と環境を防護するため、立地自治体なども含めた敷地内外での防災・減災対策など、緊急時対応の検討もあわせて進めることを忘れてはなりません。
(3) 2050年カーボンニュートラルの実現への貢献に向けて
2050年カーボンニュートラルに向けて、第6次エネルギー基本計画では再生可能エネルギーを電源構成の中心に据えています。今後の再生可能エネルギー導入の拡大や水素社会実現に向けた取組の強化に向けた原子力の貢献に係る研究開発の動向を紹介します。
① 再生可能エネルギー導入拡大に伴う需給バランス安定化のために
電気は大量に貯蔵することができないため、常に需要に合わせ供給を調整しなければなりません。この需給バランスの調整は、停電等の問題が発生しないように注意しながら行われています。このように、需要に応じた出力調整を伴う発電を負荷追従運転と呼びます。太陽光発電や風力発電は人間が制御できない気象条件により発電量が大きく変動するため、他の電源で負荷追従運転を行い、調整する必要があります。原子力発電の割合が約70%のフランスでは、1982年から負荷追従運転は商用運転モードで取り入れられていますが、我が国では主に火力発電により負荷追従運転を行い、需給バランスを維持しています。2050年カーボンニュートラルの実現に向けて再生可能エネルギーが増加し、火力発電が減少する状況では、原子力発電による負荷追従運転が期待され、その研究開発が進んでいます。
複数のモジュールを連結して発電する小型軽水炉は、モジュールごとの制御が可能であるため負荷追従運転が容易であり、再生可能エネルギーによる発電量が供給過多になる場合の調整にも適しています。高温ガス炉では、ヘリウムガスタービンと組み合わせて出力を制御することにより、火力発電と同程度の能力である、定格出力比で毎分5%、最大20%までの負荷追従性能を持つ設計のものも開発が進められています。また、高速炉も1日単位での負荷追従運転が可能であることに加え、溶融塩を用いた蓄熱システム等と組み合わせることで柔軟な負荷追従性をもたせる研究開発が進められています。
ただし、炉型によっては出力の増減に伴う材料の熱疲労や発電量を下げた際に蓄積される核分裂生成物による毒作用の考慮などの対応は必要です(参考資料8)。
② カーボンフリー水素の製造を目的とする原子炉の研究開発
革新炉は、熱利用や水素製造といった、発電以外の用途での利用も注目されています。例えば、CO2排出量が多い製鉄業や石油精製、アンモニア製造などでは、GX実現に向けてカーボンフリー水素のニーズが高まっています。特に排出量の26%を占める製鉄業では鉄鉱石を還元するために水素を活用することを検討しています。なお、還元反応は吸熱反応であるため、より高温の水素を使うことが望まれています。
CO2を発生しない水素製造方法には、水の電解、IS11プロセス法、高温水蒸気電解法、メタン熱分解法などがあります(参考資料9)が、効率的な水素製造にはできるだけ高い反応温度を必要とします。原子炉施設から得られる熱は、小型軽水炉で約300℃、高速炉で約500℃、高温ガス炉で約900℃ですが、その中でも、より高温の熱を供給できる高温ガス炉と組み合わせたカーボンフリー水素製造技術の研究開発が進んでいます。
図6 熱利用温度帯
(出典)経済産業省 第51回総合資源エネルギー調査会 基本政策分科会 資料3 原子力機構「カーボンニュートラル・エネルギー安定供給に貢献する次世代革新炉」 (2022年)
あわせて、まずは現在進めているHTTRを用いた原子炉と水素製造施設を接続する研究開発や、水素製造に必要な高温を長期間維持できるような研究開発を発展させるとともに、実証レベルでの検証などを行う必要があります。
さらに、原子力由来の水素を普及展開するためには、需要に応じた水素供給が必要です。例えば、我が国の製鉄業の競争力維持の観点からは、水素価格を現状の炭素還元と同程度(約8円/N㎥(参考資料10))にする必要がありますが、これはグリーン成長戦略で提示された2050年における水素コスト目標の20円/N㎥とも大きく乖離しています。原子力による水素製造を社会実装するに当たっては、製造する水素のコスト低減等に向けた研究開発や様々な水素製造技術間の経済性等の客観的な比較評価が不可欠です。
③ 発生する放射性廃棄物等の処理・処分に関する研究開発など
出力30万kW以下の小型モジュール炉(SMR12)は炉心が小さい設計のため、既存の発電炉と比較して発生する使用済燃料や低レベル放射性廃棄物の量が増加する見込み(参考資料11)ですが、一方でVOYGRでは低レベル放射性廃棄物の発生量は減るという試算もあります(参考資料12)。低レベル放射性廃棄物については、原子力委員会が2021年に「低レベル放射性廃棄物等の処理・処分に関する考え方について(見解)」で「廃止措置等における廃棄物の発生を極力防止し、放射性廃棄物の量と体積の両面から発生量を最小化する必要がある。」と示しています。今後、発生する廃棄物対応を踏まえた炉型設計、更には廃棄物の処理・処分方法の研究開発も必要です。
また、高温ガス炉により製造したカーボンフリー水素や発生する熱の利用に当たっては、水素や熱を利用する施設(例えば、高温の水素を利用することが期待される製鉄用の高炉)の近くに高温ガス炉と水素製造施設・熱供給施設を設置することが望まれます。原子力施設の立地には用地の確保を含めた地元との調整、環境アセスメント、規制当局による審査等が必要で、実際に原子炉を運転するまでには様々なプロセスを経る必要があります。「GX実現に向けた基本方針」では高温ガス炉を含めた次世代革新炉の運転開始が「立地地域の理解確保を前提に」2030年代からと見込まれているように、その点でも立地予定地域とのコミュニケーションは極めて重要な課題です。適切なタイミングで社会実装できるよう、技術開発と並行してこのようなことも念頭に置いて進める必要があります。
図7 原子力発電比率及び革新炉運転開始の見込
(出典)日本原子力文化財団原子力総合パンフレット 2021年度版 、GX実現に向けた基本方針 参考資料 p.18を基に内閣府作成)
(4) まとめ
一口に革新炉といっても、最も重要な安全性の確保については、各炉型の特徴を踏まえた固有の安全性を高める技術開発が進んでおり、その上で、従来のベースロード電源を目的とした運用に加えて、負荷追従運転を担う電源としての研究開発や、水素製造・熱供給や医療用RIの製造などの非エネルギー分野における多目的利用の研究開発も進んでいます。
図8 革新炉の多目的利用について
(出典)原子力委員会「原子力利用に関する基本的考え方 参考資料」(2023年)
「原子力利用に関する基本的考え方」(2023年)では、基礎・基盤研究を重視するとともに、将来の実用化を見据えた個々の技術の客観的な比較・検証、事業化段階でのライフサイクル全体を見据えた包括的な開発・導入に向けた検討が重要と指摘しています。また、革新炉を用いた発電以外の多目的利用では、需要動向等を踏まえ既存技術との競争優位性などの客観的評価や需要サイドとの共同開発など、実用化に向けた現実的な取組を検討すべきであるとも指摘しています。
革新炉は再生可能エネルギー導入を拡大するために必要な負荷追従運転や、水素社会の実現にも貢献できる高いポテンシャルがあります。一方で、現時点では負荷追従や水素製造に係る原子力の位置付けが明確ではありません。負荷追従運転や水素社会構築における原子力の役割を明確にすることにより、今後の再生可能エネルギー導入や水素製造の拡大に当たり事業者の事業予見性が高まり、研究開発が促進されることが期待されます。
2050年カーボンニュートラルの実現や非エネルギー分野における原子力利用に向けては、個々の技術開発に加え、早い段階からの規制対応など、社会実装を達成するために必要な課題を解決することも極めて重要です(参考資料13)。
3. トピック2:水素発生を抑制する事故耐性燃料の開発
(1) 開発の概要と目的
事故耐性燃料(ATF)は、通常運転時から事故状態も含めた性能を向上させることにより、原子力発電の安全性を高める技術の一つとして期待されています。東電福島第一原発事故では炉心(燃料)の冷却機能が喪失し、高温となった燃料の被覆管と水蒸気との酸化反応により水素が発生するとともに炉心損傷に至りました。発生した水素は原子炉建屋に漏えい、滞留し爆発に至ったと考えられています(図 9)。
図9 東電福島第一原発事故の経過の概要
(出典)東京電力ホールディングス(株)「福島第一原子力発電所1~3号機の事故の経過の概要」を基に作成
この事故の教訓を踏まえ、水素発生の抑制など事故時の耐性を向上させる燃料開発が国内外で進められています。現行の発電用軽水炉の燃料集合体は、ジルコニウム合金の被覆管内に二酸化ウラン(UO2)の焼結体ペレットを装荷した多数の燃料棒により構成されています(図 10)。ジルコニウム合金被覆管は、軽水炉の使用環境において、耐腐食性とともに、熱中性子吸収が少ないため効率的な核分裂反応に寄与できる優れた特性を有しますが、高温状態で水(水蒸気)との酸化反応により熱と水素を発生させます。事故耐性燃料の開発は、この酸化反応の抑制を主な目的としています。
他方、燃料は、利用する電力事業者にとって魅力あるものでなければ実機への導入が進みません。そのためには、安全性向上はもちろんのこと経済性も重要な要素となります。米国等の事故耐性燃料開発プログラムでは、被覆管の開発のほか、燃料ペレットの改良、燃料の長期利用のための高燃焼度化など総合的な性能向上を目指しています。
図10 軽水炉燃料の概要
(出典)一般財団法人原子力文化財団「原子力・エネルギー図面集(2021年版)」を基に作成
(2) 我が国における開発状況
我が国では、酸化反応を抑制するためにジルコニウム合金表面にクロムコーティング処理した被覆管、ジルコニウム以外の材料として改良ステンレス鋼及び炭化ケイ素複合材を採用した被覆管やチャンネルボックスの開発が行われています(表 2)。これらは2030年代半ば以降の実用化を目指しています。2015年度からは経済産業省の開発事業による支援も得て、民間のプラント・燃料メーカと原子力機構が協働し、米国や経済協力開発機構/原子力機関(OECD/NEA13)等との国際的な連携も行う体制の下に進められています。
開発項目 | 開発の概要・狙い | 開発状況等 |
---|---|---|
クロムコーティングジルコニウム被覆管 (PWR燃料向け) |
・現行のジルコニウム合金被覆管表面にクロム(Cr)被膜を形成し耐酸化性向上や水素発生の抑制を実現する ・現行設計からの変更が小さく最も実用化に近い ・被膜形成手法の確立や被覆管健全性等の確認を行う |
・LOCA模擬試験による耐バースト性能14や事故時を想定した試験による被膜の酸化抑制効果など基本性能を確認 |
改良ステンレス鋼被覆管 (BWR燃料向け) |
・ステンレス鋼系のFeCrAl-ODS鋼の採用により耐酸化性向上や水素発生の抑制を実現する ・FeCrAl-ODS鋼は高速炉の燃料被覆管材料・製造技術に基づき開発されており実用化に比較的近い15 ・軽水炉環境下での健全性等の確認を行う |
・応力腐食割れ感受性に対するセシウム16分圧依存性や日米協力によるLOCA模擬試験で高い耐バースト性能等が確認されている |
炭化ケイ素複合材被覆管(BWR・PWR燃料向け)・チャンネルボックス (BWR燃料向け) |
・炭化ケイ素(SiC)複合材(SiC繊維を編み成型)を採用し高温環境下での安定性向上や水素発生抑制を実現する ・SiCは耐熱性とともに酸やアルカリに侵され難いなど優れた特性を持つが、国内外ともに燃料構成材料としての実績はなく実用化には時間が必要 ・被覆管等の製作性や耐食性、気密性等の確認を行う |
・実機スケール試作に向けた製造プロセスや高い密封性・耐食性を有する端栓接合技術等が確認されている |
(出典)第12回原子力委員会資料第1号 原子力機構「日本における事故耐性燃料研究の現状及び今後の見通し」(2023年)を基に内閣府作成
図11 我が国における事故耐性燃料の開発状況(成果例)
(出典)第12回原子力委員会資料第1号 原子力機構「日本における事故耐性燃料研究の現状及び今後の見通し」(2023年)を基に作成
現状は開発中の被覆管の基本性能の確認や製作性の検討などが行われており、技術成熟度(TRL17)は原理実証から工学実証に移行した段階(9段階の3から4程度)と評価されています。今後、海外試験炉における照射試験や商用発電炉による試験照射18を行い、開発技術の安全性や健全性などを十分に確認した上で実用に供される計画です(図 12)。
図12 実用化までの開発ステップ
(出典)原子力の安全性向上に資する技術開発事業での事故耐性燃料の開発, 東京大学・原子力機構主催「事故耐性燃料開発に関するワークショップ」講演資料,2023/12/21 を基に作成
(3) 海外における開発状況
事故耐性燃料の概念は、東電福島第一原発事故後に米国エネルギー省(DOE19)によって提案されたものでもあり、米国では2012年から開発が推進されています。
欧州では持続可能な経済活動を促進する「EUタクソノミー」において、一定要件を満たす原子力発電を適格とする追補的委任規則が2023年1月から施行されました。この適格条件では、既設および新設の発電用原子炉に対する規制当局の認可済み事故耐性燃料の使用について2025年まで免除するとされており、フランス等においても開発が急がれています。
米国
事故耐性燃料のような先進的技術の実用化には、産業界の要請に適合していること及び安全規制上の認可取得が必要であることから、DOEは産業界、国立研究所、大学、米国原子力規制委員会(NRC20)及び国際機関等と共にロードマップを策定して開発プログラムを進めています。現在、コーティングジルコニウム合金被覆管、FeCrAl被覆管、炭化ケイ素被覆管、改良UO2燃料21、高密度燃料が開発されています(図 13)。この内、コーティングジルコニウム合金被覆管、FeCrAl被覆管及び改良UO2燃料について、商用発電炉を用いた照射試験が2018年より逐次開始されており、実用化に近づきつつあります。また、NRCは、事故耐性燃料の利用に係る安全規制について、開発プログラムの進捗と並行し、ステークホルダーとのコミュニケーションをとりながら整備を進めています。
フランス
早期実用化が可能と考えられるコーティングジルコニウム合金被覆管及び改良UO2燃料について、電力会社及び燃料ベンダーにより開発が進められています。2023年から5か年程度をかけてフランス国内の商用発電炉を使用した照射試験等が計画されています。また、フランス原子力安全局(ASN22)は、事故耐性燃料の実用化に際して電力会社に商用原子炉での安全確認を求めています。開発している燃料ベンダーは、先行する米国での知見を踏まえ許認可を支援する予定としています。
図13 米国産業界が主導する事故耐性燃料の開発
(出典)第12回原子力委員会資料第1号 原子力機構「日本における事故耐性燃料研究の現状及び今後の見通し」(2023年)を基に作成
(4) まとめ
東電福島第一原発事故を契機に、我が国では炉心損傷などの重大事故の発生防止と影響緩和を主な目的として事故耐性燃料の開発が進められています。これには、熱及び水素の発生を抑制することにより炉心損傷を遅らせる効果が期待されていますが、重大事故時における性能向上のみでは利用側である電気事業者の導入意欲を喚起することは難しいのではないかとの指摘もあります。米国等での取組に見られるように、事故耐性燃料の開発は燃料の総合的な性能向上を目指すものであると捉えて進めていくことが望まれます。
また、現在の技術成熟度は、まだ原理実証の最終段階か工学的実証の初期段階に過ぎません。利用を実現していくためには、商用炉を用いた実証試験等が必須となります。このため、技術開発を行うプラント・燃料メーカー及び原子力機構などの研究機関や大学等、開発成果を利用する電気事業者並びに安全規制を行う原子力規制委員会の3者がロードマップを共有し、今以上に円滑にコミュニケーションを図りながら開発を進めていく必要があります。
事故耐性燃料のライフサイクル全般にわたる検討も開発技術の実装に向けて必要です。使用済燃料の中間貯蔵や再処理における課題検討や、サプライチェーン及び技術・人材の維持・発展に係る取組についても今後期待されるところです。
4. トピック3:原子炉の長期利用に向けた経年劣化評価手法の開発
(1) 原子力発電施設の経年劣化に関する研究の意義
原子力発電施設にかかわらず、全てのものは時間の経過とともに劣化します。安全性の確保が大前提となる原発利用においては、発電用原子炉設置者に発電用原子炉施設の高経年化に関する健全性の評価が義務付けられています。2023年に行われた法改正により、発電用原子炉の運転期間に関して、原子力規制委員会による厳格な審査が行われることを前提に、経済産業大臣が一定の停止期間に限り、追加的な延長を認めることが可能となったことから、高経年化した原子炉の健全性確保への関心が高まっています。
発電用原子炉施設の多くの機器は取替可能であり、保守・管理・交換を適切に行うことで、経年劣化の影響を軽減できるため、本トピックでは、主に取替困難機器や構造物(以下「取替困難機器」という。)の経年劣化に関する課題・研究、知見拡充の取組について紹介します。
(2) 経年劣化の種類及び知見拡充が必要な事象
原子力規制委員会は、高経年化技術評価の対象となる経年劣化事象の抽出の際に、「低サイクル疲労」、「中性子照射脆化」、「照射誘起型応力腐食割れ」、「二相ステンレス鋼の熱時効」、「電気・計装品の絶縁低下」、「コンクリートの強度低下及び遮へい能力低下」の6事象については必ず抽出することを求めています(参考資料14、15、16、17)。
これらを含め、劣化評価が行われています。発電用原子炉施設のほとんどの機器は、図 14の③「劣化を管理するための措置(保全活動)」として、安全性を確保するための基準を満たすように機器の補修・取替等が行われ性能を維持します。一方、補修・取替等の実施が困難な取替困難機器もあります。その機器が劣化して、安全性を確保するための基準を下回るかどうかが原子炉の寿命を判断するうえで重要なポイントとなります。そのため、発電用原子炉施設の長期運転を目指す場合には、特に取替困難機器の経年劣化事象に関する劣化進展の予測精度を高めることが、重要な知見拡充の取組の一つであると言えます。
図14 発電用原子炉の規制制度の枠組み
(出典)原子力規制委員会 高経年化した発電用原子炉の安全規制に関する検討チーム
原子力エネルギー協議会(以下「ATENA23」という。)が2022年に取りまとめた「安全な長期運転に向けた経年劣化に関する知見拡充レポート」において、取替困難な原子炉圧力容器、原子炉格納容器、コンクリート構造物の取替困難な部位毎に経年劣化事象:
- ① 継続的な実機保全により健全性を評価・管理している事象
- ② プラントライフマネジメント評価で定量的評価を行っている事象のうち時間依存性がない事象
の組合せを整理し、①及び②以外に分類される事象(原子炉圧力容器の中性子照射脆化)について、知見拡充が必要であると整理されました(参考資料18)。
(3) 中性子照射脆化
中性子照射脆化とは、中性子の照射により材料の粘り強さ(靭性)が低下し、破壊に対する抵抗力(破壊靭性)が低下(脆化)する劣化事象です。図 15のとおり、ある温度での原子炉圧力容器の鋼材の破壊靭性は、照射脆化により低下(同じ破壊靭性になる温度が上昇)します。原子炉圧力容器の鋼材に亀裂が存在すると想定した場合、その亀裂の先端に加わる破壊力(応力拡大係数)を鋼材のもつ破壊靭性が上回ることが、亀裂の進展を防ぎ、原子炉圧力容器の破壊を防止する十分条件になります。中性子照射脆化に係る原子炉圧力容器の健全性評価の際には、脆性破壊に対して最も厳しい加圧熱衝撃(PTS24)事象を想定することとしており、図 15のイメージにあるPTS時の応力拡大係数の推移を示す曲線と破壊靭性を示す曲線とが交わらないことを健全性評価では確認します(参考資料19)。
図15 原子炉圧力容器の鋼材の抵抗力と破壊力
(出典)第17回原子力委員会 資料第1号 電力中央研究所「原子炉の長期運転での構造健全性について」(2022年)
中性子照射脆化に関する知見拡充に向けては、以下のような研究課題があります。
- ・ 脆化メカニズムの解明を通した劣化予測精度の向上
- ・ 監視試験片の再利用
- ・ 不確かさを考慮した健全性評価手法の実用化
① 脆化メカニズムの解明などを通した劣化予測精度の向上
電力中央研究所(以下「電中研」という。)や原子力機構などでは、中性子照射による材料劣化のメカニズムを解明することで、材料劣化評価の精度向上・脆化予測法の改良を目指しています。
中性子照射脆化のメカニズムとしては、材料内の原子が中性子に弾かれ、欠陥や不純物のクラスターができることにより起こる(図 16)ことがわかっていますが、高照射量領域における脆化の詳しいメカニズムについては継続的に確認していくことが重要です。
図16 中性子照射に伴う原子構造の変化(イメージ)
(出典)ATENAウェブサイト(2022年)
実際に、原子の位置を分析できる3次元アトムプローブ(APT25)や、欠陥やその周辺の元素を分析可能な陽電子消滅法などを用いて、中性子が照射された材料に対して微細組織変化の分析が進められています(図 17)。
図17 照射前(左)と照射後(右)の原子炉圧力容器鋼の3次元アトムプローブ分析結果
(出典)電力中央研究所より提供
現行の国内で用いられている脆化予測法では、不純物原子のクラスターなどは脆化要因として考慮されていますが、欠陥(空孔型欠陥や転位ループ)など、十分に考慮されていない脆化要因もあります。将来の脆化予測精度の向上(予測法の改良)のためには、脆化量と微細組織変化の定量的関係の分析を進め、データ収集を行い、クラスターなどの形成やその脆化への影響を理解することが重要な課題となっています。また、監視試験片から得られるデータを基にした機械学習による統計解析などによる予測精度の向上に向けた取組も行われています。
② 監視試験片の再利用や不確かさを考慮した健全性評価手法の実用化
原子炉圧力容器には、運転期間中の中性子照射脆化の状況を確認するために、建設時に原子炉圧力容器内壁近傍に「監視試験片」を配置しています。これを計画的に取り出して、試験により評価しています。原子炉圧力容器内に配置されている監視試験片数には限りがあるため、長期運転を想定すると、一度取り出した監視試験片を試験後に再利用することも検討する必要があります。そこで、電中研や原子力機構などによって、試験済み監視試験片から微小試験片を取り出すことを想定し、微小試験片による照射脆化の評価に向けた研究が行われています。特に、試験炉や商用炉において実際に中性子を照射した微小試験片を用いた評価の適用性の検証が重要となっています。
また、監視試験片の評価などからの劣化進展の予測や構造物の破壊に係る評価には、様々な因子の不確かさがあります。このため、確率論的破壊力学に基づく評価を通じて構造物の破壊が発生する確率についての定量的評価も重要です。
原子力機構では、不確かさを考慮可能な確率論的破壊力学に基づく解析コードを開発し、2023年2月には、国内軽水炉の全ての炉型・全ての過渡条件を対象として破損確率を算出できるように改良したものを公開しました(図 18)。この確率論的破壊力学による評価手法は、任意の亀裂や中性子照射量などを想定した場合の健全性(破損確率・頻度)を定量的に把握するものです。監視試験片の評価により得られる脆化量等の情報を解析コードに設定することで、原子炉圧力容器の現実的な健全性を定量的に評価できるようになります。
図18 長期間運転される軽水炉の原子炉圧力容器の健全性を確かめる
-確率論的破壊力学に基づく破損確率の評価-
(出典)原子力機構 プレスリリース(2023年)
なお、この確率論的破壊力学による評価手法は、他の保全活動が可能な部位にも適用可能です。原子炉圧力容器以外の機器の劣化事象において、保守による破損確率・頻度への影響の確認や非破壊検査の頻度の合理化も期待できます。
(4) そのほかの取替困難機器の経年劣化事象について
原子炉の寿命に影響する取替困難機器の劣化事象は、原子炉圧力容器の中性子照射脆化のほかに、コンクリート構造物の強度低下や遮へい能力低下があります。中性子照射脆化は運転停止期間中は進展しませんが、コンクリート構造物の劣化は運転停止期間中でも進展するものもあり、前述のとおり、高経年化技術評価の際に必ず評価する対象としています。
コンクリート構造物の強度低下には、熱によるものや中性化26によるものなどがあります。例えばコンクリート構造物の中性化による強度低下については、①鉄筋が腐食し始める中性化深さと、②評価したい運転開始後の経過時点(例えば運転開始60年後)の中性化深さ推定値を比較することで、健全性を評価します。具体的には、①鉄筋が腐食し始める中性化深さについては、コンクリート表面から鉄筋外側までの最短距離を非破壊検査で測定します。②評価したい運転開始後の経過時点の中性化深さ推定値については、複数の中性化速度式27による推定値のうち最大値を評価に用いています。一つは、調査時点の中性化実測深さから推定する方法です。現状、非破壊検査による信頼性の高い測定手法はなく、使用環境条件が最も厳しくなる場所からコアサンプル等を採取して中性化深さを実測し、中性化速度式によって推定値を算出します。もう一つは、調査時点の環境条件(二酸化炭素濃度や湿度等)等を測定し、それらと中性化期間を中性化速度式に代入して推定値を算出する方法です。例として、関西電力株式会社美浜発電所3号炉運転期間延長認可時(2016年)の劣化状況評価を図 19に示します。図より、中性化速度式によって運転開始後60年経過時点に算定した中性化深さ(最大中性化深さ推定値)は、鉄筋が腐食し始める中性化深さを下回っていることが確認されています。
図19 運転開始後60年後時点と鉄筋が腐食し始める時点の中性化深さの比較
(出典)第385回原子力発電所の新規制基準適合性に係る審査会合(2016年)資料3-6-1を一部修正
このように、原子炉の長期利用に向けた健全性評価においては、サンプル調査や非破壊検査による調査時点の劣化状況を基に、予測式などを用いて将来の劣化状況を予測することとなります。そのため、長期にわたる安定的な運転のためには、特に取替困難機器における様々な経年劣化事象について、新たな知見や技術等を基に、リスク情報の活用や非破壊検査の活用など、継続的に現状の劣化状況の調査精度及び劣化進展の予測精度の向上などに努めることが重要となります。
(5) まとめ
原子力発電施設の長期にわたる安定的な運転の大前提となる安全性の確保のためには、経年劣化に関する知見を拡充し、劣化進展の予測精度の向上や、不確かさを考慮した健全性評価手法を開発・実用化をしていくこと、さらには、研究機関と規制当局の情報交換を通じた規制への取り込みなどを進めていくことが重要です。また、今回は主に中性子照射脆化に焦点を絞りましたが、それ以外の物理的な経年劣化事象も考慮してリスクを評価することが重要であり、確率論的リスク評価の更なる深化が重要です。
また、東電福島第一原発事故は、タービン建屋の地下に安全系の電源設備が設置されている設計の自主的改善がされなかったことが一因であったことを踏まえると、物理的な経年劣化事象だけでなく、非物理的な劣化である「設計の古さ」に対する事業者の自主的取組や規制側からの検討も重要な取組です。「設計の古さ」としては、例えば、安全にかかわる設計思想や実装されている設備が、技術の進歩した今の時代に求められる安全水準を満たさなくなることなどが考えられます。このような「設計の古さ」に対しては、科学的・技術的な観点から新しい知見をバックフィットで取り入れるなど、既存の制度の枠組みを活用しつつ、どのように「設計の古さ」に対応していくかについては、原子力規制委員会において検討されています。
経年劣化に関する知見拡充の取組については、国際的な取組も進んでいます。例えば、OECD/NEAでは、スウェーデンの企業が運営組織を務め、運転中の原子炉(軽水炉)における材料劣化の調査・理解促進を目的とした5年間のプロジェクトが2021年に開始されており、我が国も参画しています。データが限られる中、長期間の運転実績を有する海外の経年劣化に関する知見から学ぶことも極めて重要です。
我が国は、東電福島第一原発事故の反省と教訓を踏まえ、原子力発電の安全性向上に向けた国際的な取組において貢献する責務があるといえます。また、原子力関連機関は、原子力発電所の経年劣化に対する安全性確保の取組及びその安全性に関する科学的・客観的データについて、透明性をもって国民に分かりやすく発信し、理解を深め、原子力利用に関する政策全体に対する信頼を回復することが重要です。原子力委員会も、継続して俯瞰的立場から原子力エネルギー利用を含む原子力政策全体の情報発信を行っていきます。
5. トピック4:高線量を克服する廃炉に向けた技術開発
(1) 東電福島第一原発の廃炉と通常炉の廃止措置の特徴
東電福島第一原発のように炉心溶融が大規模に発生した原子炉(事故炉)と施設寿命を終え通常の状態で運転停止した原子炉(通常炉)では、その状態に異なる点が多くあります(表 3)。事故炉の主な特徴としては、圧力容器、格納容器の燃料デブリの存在、放射性物質を含む汚染水の発生、燃料デブリ等から遊離又は流出した放射性物質の飛散による原子炉等の建屋内の高線量化等、状態が不明な要素が多いことが挙げられます。
通常炉の廃止措置 | 東電福島第一原発の廃炉 | |
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① 燃料搬出 (発熱体かつ 臨界リスクがあり、 放射性物質量が 最も多いため 優先して搬出する) |
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② 汚染状況調査 |
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③ 除染 |
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④ 原子炉領域以外の 周辺設備の解体 |
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⑤ 原子炉領域・ 原子炉建屋等の解体 |
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⑥ 廃棄物処理・処分 |
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⑦ その他 |
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(出典)内閣府作成
事故炉の廃炉では、汚染水・処理水対策を進めるとともに、原子炉建屋内や燃料デブリの状態など不明な点が多い中で、ステップ・バイ・ステップで進めざるを得ません。廃炉を安全、確実、合理的、迅速及び現場指向で進めるためには、現場の技術的課題(ニーズ)に基づいた総合的な研究開発が必要です。これらの技術的課題は、土木・建築、メカニクス、ロボティクス、安全確保など多岐にわたるため、総合的なシステム技術として全体を構築する必要があります。なお、ここでは東電福島第一原発の廃止措置を「廃炉」、通常炉については「廃止措置」と呼びます。
(2) 東電福島第一原発廃炉に係る研究開発
東電福島第一原発建屋内は、原子炉内から漏えい、飛散した放射性物質の汚染により高い放射線量を示す場所が点在しています。作業員の被ばくリスクを回避するため、高線量の線源の把握や除染、燃料デブリ取り出しを遠隔で作業をするための技術が開発されています。また、汚染水・処理水対策や放射性廃棄物の処理など様々な分野で研究開発が進められていますが、廃炉は格納容器、圧力容器内に燃料デブリ等が残存したままという厳しい高線量環境下で作業を行わざるを得ないことから、ここでは高線量に対応するための線源把握技術、遠隔技術、燃料デブリの性状把握のための分析・推定技術について紹介します(参考資料20)。
① 線源把握技術
原子炉建屋内は、事故による損傷状態が不明な場所が残り、未だに線量率が高いため環境改善が必要です。また、効率的な作業計画から現場作業を実現するためには、関係者間での情報共有が必要です。そのような中、建屋内の放射線量等のデータを収集し、仮想現実技術(VR)等のデジタル技術によってサイバー空間上に可視化する技術が求められます。高線量の建屋内では、十分な線量点を測定することは出来ないため、令和3年度廃炉・汚染水対策事業において、建屋内の線量率(実測値)から線源の分布を逆解析により推定し、画像化するシステムのプロトタイプが構築されました。このシステムでは、テスト線源を配置して計算で得た線量率分布をほぼ再現することができます(図 20)。今後、東電福島第一原発建屋内等での実測データを用いた有効性確認などを行いつつ、プロトタイプシステムの高度化(現場適用性、推定精度及び操作性の向上)が進められていきます。
図20 線量率分布の比較(テスト線源によるモンテカルロコードPHITSの計算結果と逆推定線源によるPHITSの計算結果)
(出典)RIST ニュースNo.68(2022)
② 遠隔技術
燃料デブリが存在している原子炉格納容器内は放射線量が高く人が近づくことができないため、その取り出しにはロボットやその遠隔技術が必要です。格納容器内は狭く堆積物もあり、内部へアクセスする貫通孔も大きなものではありません。また、燃料デブリは貫通孔から遠い場所に存在します。このため遠隔操作するロボットアームの適用が考えられ、それには①狭い環境や貫通孔に合わせた細さ、②遠距離に対応するための長さ、③自重によるたわみを生じない強度のある太さ、がバランス良く備わっていることが重要です。そういった現場環境に対応できるロボットアーム(図 21)が日英共同開発で進められており、原子力機構の楢葉遠隔技術開発センターで性能確認試験やモックアップ試験、操作訓練が行われています。その中で、抽出された改善点をもとに、制御プログラム修正・精度向上、アーム動作速度上昇、ケーブル取付治具の改良、視認性向上、把持部の改良等が行われています。また、燃料デブリの取り出し規模を拡大していくためには、ロボットアーム等の遠隔装置の長期にわたる安全で確実な運転継続性の確保も必要であり、そのための遠隔保守技術も開発が重要です。
図21 ロボットアーム最大伸長時の状況
(出典)東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の廃炉のための技術戦略プラン2022
なお、放射線の影響を受けやすい制御装置をケーブル等でつなぎ低線量環境下に設置する高放射線対策や、現在主流となっている電動駆動式ではなく、駆動力や操作性の高い油圧式や水圧式による駆動方式など既存技術を利用したロボットの開発も行われています。
③ 燃料デブリの性状把握のための分析・推定技術
原子力機構の廃炉環境国際共同研究センター(CLADS29)では、炉内状況を把握するため、遠隔操作ロボット等により採取した原子炉格納容器底部の堆積物等の計測・分析が進められていますが、燃料デブリの性状を正確に捉えた結果はまだ得られていません。燃料デブリに含まれる核物質等は、種類が多く均質ではないため、物性値等の不確かさの幅が大きく、現状では保守的に安全対策を検討しています。より正確な燃料デブリの性状把握によって、この不確かさの幅を低減することができれば、過度に裕度の高い安全対策をすることなく、迅速かつ合理的な廃炉作業が可能となります。その際には、サンプル分析に比べ、一回につき短時間かつ多量に検査可能な非破壊検査の活用も重要となります。これらの分析結果は、燃料デブリの取り出し工法、保管・管理、処理処分の取組への展開が期待されます。また、燃料デブリに含まれるウランの計量管理に係る国際原子力機関(IAEA30)の保障措置など核物質管理にも展開が期待されますが、今後燃料デブリ内部までの測定も必要になります(図 22)。
廃炉・汚染水・処理水対策事業において、これまでの原子炉建屋の内部調査で採取された微粒子の分析を通じて、分析技術、分析データと評価の過程、その結果からの推定データとその根拠について、データベース(debrisWiki)が構築されています。これらのデータベースは東京電力ホールディングス株式会社(以下「東京電力」という。)等の関係機関やOECD/NEAの国際プロジェクトに提示され、共同で解析が実施されています。
図22 燃料デブリ分析結果の展開
(出典)第9回原子力委員会資料第1号「東京電力ホールディングス(株)福島第一原子力発電所の廃炉に向けた技術開発の全体像(技術戦略プラン2022より)」(2023)を基に作成
また、燃料デブリを取り出すに当たっては、核燃料成分であるウランの有無やその量が重要な情報となります。燃料デブリは、安全対策を講じた容器で保管し、設備を備えた施設に輸送して分析することを計画していますが、分析に時間を要するため、分析の迅速化が課題となっています。このため、燃料デブリを取り出す作業現場で簡易的かつ迅速に分析できるように、測定する面を鏡面仕上げにすることなく簡便に非破壊分析が可能なレーザー誘起ブレークダウン分光法(LIBS31)等を用いた分析手法の確立と性能評価が進められています。ただし、この手法は固さの異なる鉄筋やコンクリート等の複合材料も測定できますが、分析対象の表面に含まれる元素を同定する分析手法であり、1回に分析できる量は少量です(図 23)。今後、燃料デブリ取り出し量が拡大された場合、効率的に分析するためには、収納容器に密封後に測定できるような非破壊の計測の適用方法の検討が必要です。
図23 LIBSによる面的に計測した例
(注)コンクリートの断面写真と塩素の濃度強度の分布を示しており、色が濃いほど塩素の濃度が高いことを表している。また、破線は鉄筋や亀裂を表している。
(出典)レーザーセンシング学会誌 第2巻第2号(2021)レーザー誘起ブレークダウン 分光法の計測原理と応用例を基に作成
(3) 通常炉の廃止措置に係る研究開発
① 通常炉の廃止措置の状況
世界の廃止措置の状況は、2022年10月時点で、186基が廃止措置中32で、17基の廃止措置が完了しています。そのため、我が国の廃止措置は、海外の技術を含めた既存技術を組み合わせながら進められています。一方で、ロボットシステム等の個別技術の開発も進められています。また、既存技術の組み合わせの観点からも、廃止措置の工程全体のマネジメントを行うためのシステムが重要となっています。
② 個別技術の開発
ロボット工学とリモートシステム(遠隔技術)は、廃止措置や放射性廃棄物の管理における放射線環境での作業で必要不可欠な技術です。OECD/NEAの「原子力バックエンドにおけるロボットおよびリモートシステムの適用に関する専門家グループ」(EGRRS33)でも、放射性廃棄物の管理や廃止措置等の高放射線環境での作業では、幅広いレベルでの自動化や自律性を含むロボット工学やリモートシステムが重要とされています。
我が国においても、原子力機構では自律解体ロボットシステムの研究開発が進められています。これまでの研究でレーザーによる自動切断の手法が確立できたことから、ロボットが自動で対象物を認識してアプローチし、把持する自動制御化の開発の段階にあり、3次元計測が可能なカメラを活用した検討を進めています。今後は、適用する場に応じた精密性や処理速度を考慮した自動制御システムの開発が重要です。
③ 廃止措置エンジニアリングシステムの研究開発
廃止措置を円滑に実施するためには、安全かつ効率的に実施することも必要です。このため、放射性廃棄物の処分を念頭におき、発生する廃棄物の処理・処分までの管理を含めた廃止措置の工程全体をマネジメントするシステムが求められています。原子力機構の「ふげん」の廃止措置では、廃止措置を安全かつ合理的に進めるために、計画段階における作業員の被ばく低減、コスト最小化を考慮した作業計画立案、実施段階における現場の作業支援や発生する廃棄物の処理処分に向けた情報管理等を行う廃止措置エンジニアリング支援システム(DEXUS34)を廃止措置着手前から構築しました。廃止措置着手後は、仮想現実技術(VR)や可視化技術、最新の「ふげん」の解体実績を踏まえた評価手法の高度化が進められています(参考資料21)。
また、原子力機構は施設の特徴や類似性、解体工法等を基に廃止措置費用を短時間で効率的に計算できる評価コード(DECOST35)を開発してきました(図 24)。実際の廃止措置実施方針における費用算出に適用される予定です。なお、今後も定期的に見直し、新たな解体実績データや廃止措置環境の変化等が反映されていきます。また、コード利用マニュアルの作成や説明会の開催を通じて、原子力機構以外の原子力事業者の利用を支援していくことが示されています。
図24 廃止措置費用簡易評価コード(DECOST)
(出典)科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会原子力科学技術委員会原子力施設廃止措置等作業部会(第4回)資料3-2 原子力機構「「原子力機構の原子力施設の廃止措置に関する研究開発の在り方について(案)」に対する機構としての意見」(2018年)
(4) まとめ
廃炉や廃止措置を、安全性の確保を大前提として、着実かつ効率的に実施するため、施設等の解体や除染等の作業により発生する放射性廃棄物の処理・処分等を含めた廃棄物管理に一体的に取り組む必要があります。また、廃炉や廃止措置に係る原子力規制当局の審査手続等の法制度への対応など、分野を超えた技術・知見の確保・蓄積が必要です。廃炉や廃止措置では、こうした複雑な作業工程全体を見通した計画を作成し、総合的なシステム技術として適切にマネジメントすることが重要であり、また、当初想定していなかった状況や課題に直面する可能性もあることから、定期的に計画を見直すなど柔軟性も必要となります。とりわけ東電福島第一原発の廃炉については、燃料デブリの取り出しなど世界でも類がない特殊性があるため、原子力国際機関等国際社会との連携も重要です。例えば、2021年1月、東京電力と英国原子力公社(UKAEA36)において研究・技術開発協力が締結され、原子力施設の廃止措置支援技術やロボット遠隔操作技術に関する4カ年計画の共同研究が行われています。また、廃炉や廃止措置を進めていく際は、国民の理解を得ることが重要です。科学的に正確な情報・データを出すだけではなく、国民に寄り添った情報・データの示し方も検討しつつ着実に対応する必要があります。
東電福島第一原発の廃炉で得られた、ロボット技術、遠隔操作技術、分析技術、汚染水処理技術や放射性廃棄物管理、それらを総合的なシステムとしてマネジメントする経験は、通常炉の廃止措置やバックエンドの取組を安全に進める上でも必要となります。今後、原子力施設の廃止措置が世界的に実施されることが見込まれており、これらの技術や知見を国際社会に共有し、活用することで、国内外における原子力利用全体における安全性の確保にも貢献することが期待されます。
6. トピック5:核変換による使用済燃料の有害度低減への挑戦
(1) 使用済燃料の分離変換技術とその意義
原子力発電では、ウランなどに中性子を衝突させることで生じる核分裂反応を利用していますが、その際、ウランなどが核分裂以外の反応により、放射線を放出しながらマイナーアクチノイド(以下「MA37」という。)と呼ばれる別の核種に変化するものもあります。核分裂反応した場合は、セシウムやストロンチウムといった様々な核分裂生成物(以下「FP38」という。)が生じます(参考資料22)。
我が国では、使用済燃料を再処理してウランとプルトニウムを回収し、残ったMAとFPは高レベル放射性廃棄物として地層処分する方針ですが、これらには発熱量が大きな核種や、半減期が極めて長い核種が含まれます(図 25、参考資料23)。
図25 使用済燃料1トン中に含まれる各核種による有害度と発熱量
(PWR-UO2と-MOXの比較)
※PWR-UO2,-MOXいずれも45GWd/t、5年冷却
(出典)使用済燃料の核種組成:安藤、高野;「使用済軽水炉燃料の核種組成評価」JAERI-Research 99-004 1999.2)より引用
発熱量が大きな核種が含まれると、地層処分設備の熱的健全性を担保する観点から、廃棄物同士を密に置くことができず、地層処分場の規模を大きくする必要があります。また、半減期が長い核種が含まれると、有害度が十分に低減するまで極めて長期間の年月が必要となります。このような核種を分離して別の核種に変換することで(分離変換)、高レベル放射性廃棄物の減容化・有害度低減、地層処分場の規模低減、廃棄物を処分するまでに貯蔵する期間の短縮などが実現することが期待されています39。例えば、高レベル放射性廃棄物の有害度低減効果については、天然ウランレベルの有害度まで低減するのに要する期間は、使用済燃料からウランとプルトニウムを取り除く現在の再処理により10万年(使用済燃料をそのまま直接処分する場合)が8千年に、更にMAを取り除くことにより300年程度にまで大幅に短縮させることができると期待されています。また、図 26のように、一定のシナリオの下、MAのリサイクル等により、必要となる処分場面積についても大幅な低減を図ることが可能となると期待されています。
図26 分離変換技術の導入による処分概念の合理化
(出所)原子力機構「分離変換技術の目的(2021年6月)」
分離変換技術の導入によるメリットは、使用済燃料の種別によっても異なります。これは、使用済燃料の種別によって、半減期と発熱量が異なる様々な核種の含有量の割合が異なることに起因します。使用済MOX40燃料に含まれるMAの割合は大きく、また燃料を長時間使用するほど(燃焼度が高いほど)MAが増加し、使用済燃料の取り出しから再処理までの冷却期間が長く経過するほど、ストロンチウム90などの比較的短寿命のFPが減少する一方で、プルトニウム等に起因するアメリシウム241等のMAが増加し、MAを分離変換する意義が大きくなると言えます(参考資料24)。
ただし、MA等の分離変換技術を用いたとしても、放射性廃棄物の最終的な地層処分が不要になるわけではなく、実際に上記のような効果を得るためには工学的に解決しなければならない多くの課題もあります。しかしながら、地層処分場による物理的及び時間的な負担の軽減は、将来世代も含めた地層処分場立地地域の負担軽減を意味し、立地間や世代間の公平性の観点から極めて重要です。
(2) 分離変換技術を活用した使用済燃料の処理・処分プロセス
MA等の分離変換を行うためには、MA等の分離回収プロセス、分離したMA等を含有させた燃料製造プロセス、更に当該燃料に中性子を照射する核変換プロセスが必要ですが、それぞれのプロセスには様々な手法・技術があり、どういった組合せでMA等の分離変換を行っていくのか、分離変換を利用した核燃料サイクルをどの程度回していくのかなど、技術面、経済面、さらには、投入するエネルギー、低レベル放射性廃棄物含めた発生放射性廃棄物の性状や量等を踏まえた総合的なシナリオ評価が必要です。
分離回収プロセス | 〇湿式法・・・水溶液や有機溶媒中で使用済燃料からのMA等の分離回収を行う化学プロセス。これまで商用化された核燃料再処理プラントで使っているPUREX法も湿式法の一つ。 〇乾式法・・・溶液を用いず、溶融塩や液体金属などを溶媒として電解精製等の手法により分離回収を行う化学プロセス。実用化で後れを取るが、溶媒劣化が少ないなどの利点から国際的に研究開発も進む。 ※上記に加え、何を分離対象とするか(MAのみ分離するのか、その場合MAの中で何を分離するのか41、また、現状、核変換技術が概念検討に留まっているFPの分離をどうするのか等)といった検討課題がある。 ※分離回収方式の選択に当たっては、既存技術との親和性や使用済燃料の性状(MA等含有割合等)などの観点が考慮されることになる。 |
---|---|
燃料形態 | 〇酸化物燃料・・・ウランとプルトニウムのMOX燃料の利用実績に伴う知見が活用可能。 〇金属燃料・・・酸化物に比して実績面では劣るが、中性子スペクトル硬化による高効率なMA核変換、射出鋳造法の採⽤による簡素な遠隔製造プロセスが可能とされている。 〇窒化物燃料・・・開発の歴史は浅いが、照射下での安定性に優れ、核分裂生成ガス放出も酸化物燃料などと比べて低減できるとされている。 |
核変換プロセス | 〇高速炉・・・発電用の高速炉内で核変換を行うプロセス。MAの装荷方法として、全ての燃料に均質にMAを混合する概念(均質型)と通常の燃料体とは別により高い比率でMAを装荷した燃料体を装荷する概念(非均質型)がある。 〇階層型(ADS)・・・加速器駆動システム(ADS)を利用した核変換を主目的とする核変換プロセス。高速炉利用と異なり、発電システムとは別の施設が必要とはなるが、発電炉としての炉心特性への影響を考える必要がないため、より効率的な核変換が可能。 |
上述のように、分離変換に必要な各プロセスにおいて様々な技術が研究されていますが、本節では、これまで原子力委員会研究開発専門部会分離変換技術検討会等で主概念とされた、湿式法によるMA分離・回収、MOX燃料、高速炉均質型システムによる核変換における一連のプロセスを取り上げます。
湿式法によるMA分離・回収では、ネプツニウムはウラン及びプルトニウムと一緒に回収することが可能であるため、アメリシウムとキュリウムを分離回収の対象とします。アメリシウムとキュリウムは化学的性質が希土類元素(RE)と似ているため、これらを一括して分離した後、アメリシウムとキュリウムを分離・回収します。燃料製造においては、高速炉用MOX燃料にMAを均質に添加するため、通常の高速炉用MOX燃料よりも発熱量と放射線量が高く、遠隔で製造する必要があります(表 5)。
崩壊熱 | 中性子放出量 | γ線強度 | |
新燃料 | 2.2倍 | 100倍 | 2.1倍 |
(参考)使用済燃料 ※燃焼度:80GWd/t |
2.8倍 | 19倍 | 1倍 |
(出典)一般社団法人日本原子力学会「分離変換技術総論」(2016年)
また、原子炉の安全性確保等の観点から、装荷できるMAは燃料の3~5%程度とされています。高速炉を用いた核変換では、主にプルトニウムの核分裂反応を利用して発電しながら、MAにも高速中性子を衝突させて核反応を発生させます。高速炉の運転中にも新たなMAが発生するため、全てのMAを核変換することはできませんが、使用済燃料を再処理し、核変換を繰り返すことでMAの総量を平衡状態にすることができると考えられています。ただし、高速炉の使用済燃料の再処理は、プルトニウムを多く含むことなどから軽水炉燃料の再処理よりも技術的ハードルが高くなります。
図27 MAを含む核燃料サイクルの例
(注)網掛けされた施設(プロセス含む)は、技術開発が進んでおり、実用化のレベルに達していると判断される。
(出典)内閣府作成
(3) 分離変換技術の導入による定量的な試算結果(一例)
我が国で2005年度から2010年度にかけて実施された高速増殖炉サイクル実用化研究開発(FaCTプロジェクト42)における計算によると、高速炉による核変換は、MA含有率が4%程度の場合、約2年の運転期間で装荷したMAの30~40%を変換できると評価されています。これを基に一定の前提を置いて100万kWの高速炉1基でMAの核変換を行った場合、同100万kWの軽水炉約3.1基から発生するMAを変換できると推計されます(参考資料25)。ただし、実際にこのような効果が得られるかどうかは実態に即した精緻な検証が必要となります。
(4) 国際的な動向
分離変換技術は、フランスやロシアなど、主に使用済燃料を再処理する方針の国で研究が進められています。フランスは、1992年から総合的な研究開発を開始し、高速炉を開発する理由の1つにMAの核変換を挙げています。2019年には高速原型炉ASTRID43の建設計画が中止されましたが、高速炉サイクルを目指す方針は継続しています。なお、フランスはバタイユ法に基づいた調査やASNの意見書において、分離変換は限られた核種のみ可能で、その過程でも地層処分の必要な廃棄物を生み出すなど地層処分の必要性をなくすことはできないとの結論を出しています(参考資料26)。また、米国は使用済燃料を直接処分する方針ですが、将来の選択肢を確保する観点から再処理技術の研究を継続しています。さらに、加速器を用いた核変換技術の開発も進められており、ベルギーを中心としたEU全体での研究プロジェクト(MYRRHA44計画)を実施中です。
OECD/NEAも2021年に、分離変換を含む核燃料サイクルの2050年までの工業化に向けた準備を進めることを目指したタスクフォースを立ち上げました。このように、分離変換技術は国際的にも研究が進められています。
(5) 研究開発の現状
ここでも、一例として、湿式法によるMA分離回収、MOX燃料、高速炉均質型システムによる核変換の研究開発の状況を取り上げます。
分離回収技術では、分離プロセスの構築と、実廃液を対象とした小規模実証試験が行われています。我が国では原子力機構が複数の技術開発を進めており、MA回収率90~99.9%を達成しました。今後は、経済性も含めて各技術のメリットと課題を検討した上で、活用する技術を選択し、放射線による溶媒劣化評価など、工学規模での成立性を確認する必要があります。MA回収率は上述の分離変換技術の有害度低減効果や必要となる廃棄物処分場面積等に大きく影響しますので、経済性向上の観点も含め、総合的な研究開発を進めていくことが重要となります(参考資料27、28)。
燃料製造技術に関しては、原子炉内での挙動把握等のためMA添加による物性値への影響等の基礎データが取得されています。また、高速炉用燃料はプルトニウムを多く含む影響で軽水炉燃料よりも製造が難しいですが、MAを添加することで発熱量や中性子放出量が更に高くなるため、被ばくを防止するための遠隔自動化等が必要となり難易度が更に上がります。こういった課題も踏まえた上で施設の設計を具体化する必要があります。
高速炉による核変換は、原型炉を用いたサンプル試料への照射が行われ、核変換効率等のデータが取得されてきました。更なる基礎データの拡充を図り、原子炉として成立するために必要なデータを整備して設計につなげることが求められます。
実績 | 課題 | TRL45 | |
分離・回収 | 実験室規模実験でNpとAmの 回収率99.9%を達成 |
経済性、廃棄物発生量の抑制、 REとの分離、工学規模での実証 |
4-6 |
MOX燃料関連 | 原型炉におけるAm含有試験燃料の 照射実験で基礎データを取得 |
製造方法の原理実証、分離回収 プロセスとの整合性確認 |
4-6 |
高速炉変換 | 原型炉における2%添加ペレット 照射試験でNpとAmの変換率を実測 (25%前後) |
原子炉データの取得、 MA装荷炉心の設計 |
4-5 |
(出典)一般社団法人日本原子力学会「分離変換技術総論」(2016年)、科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会 原子力科学技術委員会 原子力研究開発・基盤・人材作業部会 群分離・核変換技術評価タスクフォース(第2回)資料2-2 原子力機構「今後の研究開発の進め方」(2021年)、OECD/NEA「State-of-the-art Report on Innovative Fuels for Advanced Nuclear Systems」(2014年)、IAEA「STATUS OF MINOR ACTINIDE FUEL DEVELOPMENT」(2009年)を基に内閣府作成
(6) まとめ
上述のように分離変換技術は、高レベル放射性廃棄物の最終的な地層処分を不要にするものではありませんが、大幅な減容化や有害度低減が可能であり、原子力の持続可能な活用を実現する上で極めて重要な技術になり得ます。一方、その効果は前提条件や技術選択を含めた全体シナリオによって大きく変化するため、技術の成熟度を考慮しつつ、コストとベネフィットを十分比較検証することが必要です。また、発電用高速炉を利用する場合など、分離変換技術の研究開発は、必ずしも分離変換性能を限りなく高くすることが求められているのではなく、全体システムの中で実現可能な姿を考えていくことも必要となります。現在、様々な技術が研究されているものの、現時点ではいずれも実験室レベルであり、工業レベルとのギャップはまだ大きいと言えます。工業レベルでの成立性を確認するためには、より大規模な実証が必要となりますが、そのために必要となる新たな施設等に対して、投資に見合うだけの価値があるか、国際連携や産業界との連携の観点も含めつつ、透明性確保の上、経済的・社会的側面からも精査しなければなりません。
資源に乏しい我が国は、ウラン資源を最大限に活用できる核燃料サイクル政策を進めてきました。分離変換技術のコストとベネフィットを考える上では、高速炉の活用など、我が国の核燃料サイクルの在り方も含めた検討が重要であり、関係者が連携しつつ方針を決めていく必要があります。
7. トピック6:経済・社会活動を支える放射線による内部透視技術開発
放射線は自然界の中に存在しており、人々は常に放射線(自然放射線)を受けています。放射線は「物を通りぬける(透過力)」「物の性質や状態を変える」などの特殊な能力を有しており、この特徴を生かして人々の身近なところで使用されています。その例の一つとして、非破壊検査があります。病院等でのレントゲン検査や空港等での手荷物検査は、X線という放射線の透過力を利用した非破壊検査の一つです(図 28)。
図28 AIを利用した画像解析検査(手荷物検査)
(出典)NTTデータ webページ https://www.nttdata.com/jp/ja/data-insight/2019/0520/
本トピックでは非壊検査について紹介します(医療用RIを含む、幅広い放射線・RI利用については第7章参照)。
(1) 非破壊検査
① 非破壊検査とは
検査対象を破壊せずに内部や表面の傷・劣化を検査する技術が非破壊検査です。
持続可能な社会を実現するためには、インフラの整備・維持管理を適切に実施することが不可欠です。インフラ部品の製品加工段階時や製品完成時の検査、また整備後の維持管理における非破壊試験の適用は、製品や設備の信頼性を高めて長期間にわたって利用することに役立ち、また廃棄物量の低減にもつながります。このように、非破壊検査は社会の安全を確保するための技術の一つであり、今後も重要性が高まると考えられています。
主な検査対象として、鉄道、航空機、橋梁、ビル、地中埋設物、化学プラントや原子力発電所等が挙げられます。
② 非破壊検査の種類
非破壊検査には、液体や粉体を表面に塗布してその模様から判断したり、超音波や放射線を利用して得る画像から判断したりする試験方法があります。表 7に主な非破壊検査の試験方法を示します。
名称 | 特徴 |
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浸透探傷試験 Penetrant Testing(PT) |
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磁粉探傷試験 Magnetic Particle Testing(MT) |
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放射線透過試験 Radiographic Testing(RT) |
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超音波探傷試験 Ultrasonic Testing(UT) |
|
渦流探傷試験 Electromagnetic Testing(ET) |
|
(出典)内閣府作成
(2) 放射線透過試験
① 非破壊検査に用いられる放射線
非破壊検査に用いる放射線には様々な種類があります。その特徴や利用例を表 8に整理しています。これらは、大きく分けると、a)透過線を利用するもの、相互作用による、b)散乱線を利用するもの、c)二次的な放射線を利用するもの、の三つに区分できます。
- a) 健康診断のX線写真と同様に、対象物を透過した放射線の濃淡画像等を見て内部の欠陥等を検査するもの
- b) 対象物が非常に厚く、透過線の検出が困難な場合などに、照射した放射線が対象物表面近くで散乱された放射線を検出して対象物の表面近くの内部を検査する手法
- c) 対象物と利用する放射線との間における、特に特徴的な相互作用(例えば核反応)の結果放出される放射線を検出して、対象物中の特定の核種の存在を検査するもの
名称 | X線 | γ線 | 中性子 | ミューオン |
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特徴 |
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主な利用 |
【スクリーニングに適している】
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【対象物中のウランの有無を調べるなどに適している】
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【巨大構造物の中の調査などに適している】
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利点・課題 |
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(出典)内閣府作成
(3) 放射線非破壊検査の研究開発・イノベーティブな適用の方向性・最近の事例
① インフラや製造プラントの維持管理等のための放射線非破壊検査装置の小型化・利便性向上に向けた取組
高度経済成長期に造られたコンクリート構造物の多くは設計寿命が近づいており、検査することが法律で義務付けられています。一般的に、目視検査や打音検査などの表面スクリーニングが行われていますが、構造物内部の詳しい状況を知ることが大きな課題でした。内部を検査する方法として、電磁波レーダ、超音波、放射線などの利用が考えられますが、放射線の利用では、そのエネルギーを高めるなどにより、より深くまで測定できるようになる特徴があり、効率的な放射線の利用のために、装置の小型化等利便性の更なる向上が求められています。
東京大学では民間企業と共同で、X線を発生させるための電子の加速にXバンド(9.3GHz)を利用しコンパクト化した可搬型電子ライナックX線源(X線エネルギーが950keVと3.95MeVの2種類)を2016年に開発しました。この電子ライナックX線源は、コンパクトで高エネルギーX線の発生強度が高いのが特徴です。通常の検査技術では判断が困難な部材深部における破損や損傷等に対してX線技術により可視化を行い、残存耐力を評価することができるとされています。これら一連の装置によって、厚さ200~800mmのコンクリート中の鉄筋について、その腐食状況や腐食進行につながるグラウト充填不良の確認等についての検査がその場でできるようになるなど、構造物のより深部まで測定できるようになっています(図 29)。
図29 PC(プレストコンクリート)橋シースへのグラウト未充填
(出典)第34回原子力委員会資料第1号 上坂充「加速器小型化の最前線について」(2018年)
また、沿岸や山間部の橋(橋梁)などのコンクリート構造物の塩害による劣化は中性子を使うことによって非破壊で診断することができることから、理化学研究所は民間企業と共同で、超小型の中性子塩分計RANS-μを2021年に開発しました。この装置は、橋梁点検車に搭載可能で、中性子源にカリホルニウム252を利用し、透過能力の高い中性子と、中性子とコンクリート中の原子核との反応で発生するγ線を測定することで、コンクリート表面から鉄筋が存在する深さまでの塩分濃度を非破壊で測定することができます。この装置によって、これまでの塩害による劣化診断における課題であった、構造物に穴をあけてコンクリートを採取する検査の必要がなくなります。
核物質検知の分野では、原子力機構は、2016年に警視庁科学警察研究所及び京都大学複合原子力科学研究所と共同で、容易に持ち運びができる核物質検知装置の原理実証実験に成功しました。新たに開発した核物質検知装置では、中性子源としてこれまで用いていた加速器に代わって放射線源(カリホルニウム252)を用いることで、コンパクト化が図られています。中性子の放出と停止を繰り返すことができる加速器とは異なり、常に中性子が放出されている放射線源をそのまま使っても検知が困難でしたが、放射線源を高速回転させることにより、中性子の強度を疑似的に変化させる回転照射装置を考案・開発することで、小型化が実現しました(参考資料29)。この核物質検知装置の普及によって核テロの抑止につながると期待されています。
② 原子力施設における高線量下での高性能放射線非破壊検査
原子力施設においても、容器や配管、これらの溶接部などの健全性評価のために放射線による非破壊検査が利用されています。高線量であること等により内部に人が入ることが困難である東電福島第一原発でも、廃炉作業において放射線による非破壊検査は多く使用されています。しかしながら、中性子やγ線等が飛び交うとりわけ高線量下の原子炉内の様子を非破壊で検査するには、中性子、γ線、X線を利用した従来型の非破壊検査では困難な場合もあります。そこで、中性子、γ線の高線量雰囲気下でも使用可能で、かつ透過力の高いミューオンを使った非破壊検査が実施されました。また、東電福島第一原発の廃炉作業では今後、燃料デブリの取り出しが計画されており、燃料デブリの成分分析や濃度推定を非破壊で実施する技術も求められています。以下では、これらの研究開発の動向について紹介します。
1) ミューオンを使った非破壊検査
ミューオンは電子の約200倍の質量を持つ素粒子であり、正又は負の電荷を持ち、電子/陽電子と似た性質を持ちます。地表に降り注ぐ宇宙線の主な成分はミューオン(宇宙線ミューオン)であり、海抜0m付近の地上では、1平方センチメートル当たり毎分1個程度が飛来します。高いエネルギーを持つものは、数kmの厚さの岩盤も透過します。
このような、線源として特別な設備・装置を必要とせず、透過力が大きいというミューオンの特徴から、ピラミッドのような大型構造物や、地下の地盤、火山の内部構造など、γ線や中性子などの通常の放射線では見ることができない透視画像を得ることができます。
技術研究組合国際廃炉研究開発機構(IRID46)と大学共同利用機関法人高エネルギー加速器研究機構は、原子炉を通過する宇宙線ミューオンの測定により炉内燃料デブリを検知する技術を開発しました。2号機において2016年3月~7月に測定を実施し、主要な構造体(格納容器外周の遮蔽コンクリート、使用済燃料プール等)の影を確認しました。得られたデータを評価した結果、圧力容器底部に燃料デブリと考えられる高密度の物質が存在していることを確認しました。
2) 高エネルギーX線を用いた分析システムによる燃料デブリの分析に向けた取組
東電福島第一原発では燃料デブリの取り出しが計画されており、燃料デブリの成分分析や濃度推定を非破壊で実施可能な技術が求められています。橋梁やコンクリート構造物の検査など、産業界でも幅広く利用されている高エネルギーX線を原子力分野に適用するための研究開発を、東京大学では実施しています。エネルギーの異なる二つのX線間の吸収の度合いの違いを計測することによって材料の特性を同定できる技術を利用して、2台のX線発生装置と2台の2次元検出器を回転させてCT47画像を撮影し、燃料デブリ内の組成や特性を即座に同定するようにしています(図 30)。実際に、ウランの代わりに鉛を使った模擬燃料デブリで性能を確認しています。
本技術においては、検出器も重要な要素技術です。特に高エネルギーのX線の測定においては、検出器であるシンチレーターが重要です。高エネルギーX線は、透過力が大きいため、通常の検出器を使うと、ほとんどが通過してしまい、必要な情報を得ることが困難です。そこで、厚いシンチレーターを設置することで、通過するX線のうち、かなりの割合を止め、測定することを可能にしています。
図30 小型ライナック(直線加速器)を用いた分析システム
(出典)第5回原子力委員会資料第2号 高橋浩之「放射線検出システムの開発について」(2023年)
(4) まとめ
本トピックでは、放射線利用、とりわけ非破壊検査に焦点を当てて紹介しました。放射線による非破壊検査は、インフラ施設や製造プラントの維持管理や核テロ抑止のための核物質検知など、様々な分野で活用されているほか、東電福島第一原発事故を受けた廃炉作業、その他原子力施設をめぐる様々な場面で用いられています。
非破壊検査は対象物を破壊せずに内部や表面の傷・劣化を検査する技術ですが、精度向上のための研究開発や適用分野の検討を継続的に実施することが重要であり、現在適用されていない分野と放射線利用を始めとする非破壊検査の関係者が情報交換できるような場を増やすことも必要だと考えられます。放射線を利用する非破壊検査についても、最新の研究開発成果の発信や他産業等の検査ニーズの情報収集を進めていくことが重要です。また、研究開発に加え、放射線利用では特に、適切な規制整備や利用基準作成48、放射線技師などの人材の育成等、実務上の課題への対応を含めた総合的な取組も不可欠と考えられます(参考資料30)。
8. トピック7:原子力利用に関する社会科学の側面からの研究
国民から懸念が持たれている原子力の利用に当たっては、研究開発の段階から、社会からの信頼獲得に向けた取組、さらには、そのための国民とのコミュニケーションが不可欠です。本トピックでは、そういった観点を踏まえ、原子力利用にまつわる社会科学研究についても紹介します。
原子力のエネルギー利用をめぐっては、歴史的経緯から導入当初より社会的課題として国民の間には様々な意見がありました。さらに、一部の原子力発電所等施設の立地、高レベル放射性廃棄物処分施設の立地を巡るNIMBY49問題や世代間倫理に係る課題、東電福島第一原発事故を契機に浮かび上がった安全規制に係る制度的問題や放射線影響に係るリスクコミュニケーション等に関連し、社会的意思決定に関わる基礎的理論、方法論、さらに実践研究などの様々な社会科学的研究がなされてきています。本トピックでは、これらの中から、社会的意思決定、リスクコミュニケーション、情報の信頼性、及び世代間倫理をとりあげ、研究の現状や方向性などについてそれぞれ幾つかの例を紹介します。
(1) 社会的意思決定
原子力政策を進めるに当たっては、この問題を社会的に考え、ステークホルダー間の対話を深めた上で、納得のできる形で合意形成を図ることが重要であり、その際、過去の良好事例及び失敗事例等の経験に学び、対象事案に対して有効に活用していくことが重要です。ここでは、社会的意思決定に関わる要素として、市民参加、世論形成、意思決定の科学的方法論及び迷惑施設に伴うNIMBY問題を取り上げ、近年の研究等の動向を紹介します。
① 市民参加
失敗事例に学び、その後の新たな方策を定め直し、前進をみた事例としては、高レベル放射性廃棄物地層処分の予定地選定の例があります。例えば、フランスでは、予定地選定段階での住民等の反対運動を契機にプロジェクト推進が1年間凍結され、その後国民的な議論を経て、進め方を新たに策定しなおし、2022年度末時点で、予定地を選定する段階に至っています。スウェーデンでも反対運動があり、現地調査を一旦凍結し、社会の広い層から専門家による議論と議論の公表を経て、予定地選定に至っています。この二つのケースでは、国民や社会科学系の専門家等が参加して議論が行われ、例えば、世代間の責任と選択権という倫理的観点に対応した段階的な処分の実施という具体案が提案されました。
② 世論調査
原子力を活用していくためには、国民の意見を正しく把握することが重要です。一般財団法人日本原子力文化財団は、原子力に関する世論の動向や情報の受け手の意識を正確に把握することを目的として2006年度から全国規模の世論調査を経年的、定点的に実施しています。
16回目の2022年度調査は、2022年9月から10月にかけて実施され、調査結果が2023年3月に公表されました。調査結果の一例として、原子力に対するイメージに関する質問の中から、安全性と信頼性及び必要性と有用性について図 31に紹介します。
図31 世論調査結果:原子力に対するイメージ
(出典)一般財団法人日本原子力文化財団「原子力に関する世論調査(2022年度)」を基に作成
また、国民の意識を捉える手法の一つとして、従来の世論調査結果に伴う民意の代表性に関わる課題を改善する方法としてスタンフォード大学で考案された討論型世論調査の試みがあります。通常の世論調査は1回で意見を調査しますが、討論型世論調査は、資料や専門家からの十分な情報の提供と小グループでの議論の前後でアンケート調査を実施し、意見や態度の変化を見るものです。我が国でも実施例があり、原子力に関連した研究としては、例えば、高レベル放射性廃棄物の処分問題をテーマとしたオンライン上の討論型世論調査も行われています(参考資料31)。
③ 意思決定の科学
日本リスク学会のレギュラトリーサイエンスタスクグループでは、意思決定の科学であるレギュラトリーサイエンス(RS)50の検討を実施してきています。RSの事例分析やリスク比較をテーマとし、意思決定のための判定基準の検討も念頭に、歴史的な変遷や身近にあるリスクや近年注目されているリスク等の観点からの議論を行っています。
④ NIMBY問題
NIMBY問題については、迷惑施設等の立地問題として、社会全体としての必要性が理解できたとしても、自分のところには来てほしくないという、総論賛成各論反対という言い方で説明されることが多くありますが、総論でも必ずしも賛成ばかりではないこともあります。受益者となる多数の人々の当事者性の低さが熟考を欠いた発言・判断に繋がり、健全な議論ができない場合も指摘されています。このようなことから、例えば、リスクとベネフィット評価では決められないことも想定した、受益者や受苦者等に対する人々の認識を掘り下げる研究や、社会心理学の知見に基づく実験・調査等が実施されています。
(2) リスクコミュニケーション
リスクコミュニケーションについて、様々な定義がありますが、リスクに関する情報をステークホルダー間で共有するために行われる活動を指すことは共通しています。
例えば、日本リスクコミュニケーション協会は、「有事の際に、内外のステークホルダーと適切なコミュニケーションを図ること。これを迅速に進めるため、平時より準備を進めること」と説明しています。文部科学省の安全・安心科学技術及び社会連携委員会は、「リスクのより適切なマネジメントのために、社会の各層が対話・共考・協働を通じて、多様な情報及び見方の共有を図る活動」と定義しています。
リスクコミュニケーションが成立するためには、コミュニケーションの場の参加者間で互いの信頼があり、その上で信用性のある情報に基づいて、その場に相応しい方法によって対話がなされることが必要であるとされており、信頼、コミュニケーション・対話等の観点から様々な研究が進められています。信頼は、今日の科学技術政策や環境リスクマネジメントにおいて、重要な問題と位置付けられていて、科学技術や政策がもたらすリスクベネフィットの認知に強く影響し、ひいてはそれらの受容や賛否を決めることに繋がると指摘されています。信頼に関する研究の一つでは、信頼性と信頼を、信頼する側・される側の特性として区別し、信頼性を「自然の秩序に対する期待」と「道徳的秩序に対する期待」で構成されると紹介しています(図 32)。
図32 信頼の構造の概念:「道徳的秩序に対する期待」
(出典)山岸俊男「信頼の構造 こころと社会の進化ゲーム」東京大学出版会(1988年5月) 47ページを基に内閣府作成
特に原子力技術の利用に関わるリスクに対しては、国民が独力で対応することは困難であり、国や専門家等の判断・指導などの下に対応することになりますが、その際には国や専門家に対する国民の信頼が不可欠になります(図 33)。
東電福島第一原発事故後の専門家と一般の人々との間の関係からは、信頼回復を促すコミュニケーションに関して事例と教訓があり、放射線及びそれに関連するリスクへの専門家の対応に関し、支援の時期とその内容等を調査し、将来、同様な災害や事故等が発生した際の有効な対応の検討を可能にする調査・分析等が進められています。
日本リスク学会では、実践的なリスクコミュニケーションの評価手法の確立を目的とし、リスクコミュニケーションの「構成要素」と評価の際の指標となる「リスクコミュニケーションの評価軸」等の検討が進められています。その他、情報提供やコミュニケーション方法と、原子力発電等に関する社会的受容性との関係性等に関する研究も行われています。
リスクコミュニケーションを行う人材育成も重要です。文部科学省の安全・安心科学技術及び社会連携委員会は、「リスクコミュニケーションの推進方策」において、リスクコミュニケーションを適切に行うことのできる人材の育成・確保の重要性を挙げており、リスクコミュニケーションを担う人材の育成や、その研究が行われています。
図33 原子力技術利用に関わるリスク
(出典)日本学術会議公開シンポジウム「原子力総合シンポジウム」土田昭司「社会心理学的観点から原子力のコミュニケーションを考える」(2020年)に基づき内閣府作成
(3) 情報の信頼性
原子力に限らず、政策検討過程では、国民の意見の聴取は不可欠です。国民が意見形成の際に入手する政策関連情報については、政府機関や関連研究機関などの公的情報、大学や研究機関等の専門機関からの情報、テレビ新聞等のマスメディア情報、加えて近年ではSNS 上で様々な形の情報が発信され関連する情報の入手が容易になっています。情報入手の容易さが増したメリットがある一方、情報の信頼性に関わる課題への対応がより重要性を増してきています。
初等・中等教育においては特に、教科書が正確でかつ生徒に理解しやすく記述されていることは極めて重要ですが、実際には、不正確である記述や事実と異なる記述などが散見されます。一般社団法人日本原子力学会では、原子力・放射線関連箇所の記述の正確性や適切性について調査を行い、事実関係の誤りの訂正やより適切な記述への具体的記載例の提示、適切で明解な記述、バランスの取れた記述、好ましい取組など良好事例の評価と奨励について報告書を作成しています。報告書は、文部科学省や各教科書出版会社、一般社団法人教科書協会、教育界・学界などの関係機関に提出して改善を促しています 。
原子力を含めすべての情報の信頼性に関わるものとして、日本学術会議の情報学委員会安全・安心社会と情報技術分科会では、2017年8月に取りまとめた報告書「社会の発展と安全・安心を支える情報基盤の普及に向けて」において、高度情報化社会における情報基盤の強靱化のための技術的及び制度整備の報告を行っています。また、インターネット、SNS上のフェイクニュースなど不正確な虚偽情報の拡散等による不適切な行動の助長などの社会問題への対応に関し、国内外のメディア、広告関連企業、大学などにより2022年12月にOP技術51研究組合 が発足し、ウェブコンテンツの作成者などの情報を検証可能にし、第三者認証済みの良質な記事やメディアを容易に見分けられるようにするOP技術の開発を進めています。コンテンツ作成者や流通経路の透明性を高め、信頼できる発信者を識別可能にし、情報の信頼性を高めることにつながることが期待されます 。
(4) 将来世代の権利に配慮した現世代の責任:応益原則と応能原則の融合
地層処分問題が世代間に関わる課題を含むとの認識の下、世代間の問題についてこれまでに研究や検討が進められてきました。
OECD/NEAは、1995年に取りまとめた「長寿命放射性廃棄物の地層処分の環境的および倫理的基礎」において、将来世代にリスクの可能性と負担を残すであろう現世代の責任の観点から世代間の公平について検討し、地層処分計画を段階的に実施することで、科学の進歩と社会の受容性の両面にとり数十年にわたる状況の変化に適応できる余地が残り、将来、ほかの選択肢が開発され得る可能性を排除しないこと(現世代の責任と将来世代の選択を保持)等を結論付けました。スウェーデンでは、「不確実性の中での倫理的行動に関するセミナー」(1987年に開催)において、我々の世代が将来の世代に対して負う責任の議論がなされ、1988年に報告書「放射性廃棄物の倫理的側面」が公表されました。
近年は、世代間の問題に関して様々な研究が行われています。例えば、倫理に関わる議論では、高レベル放射性廃棄物処分のほかにも、地球温暖化やゲノム編集などに関して未来倫理が論じられています。地層処分に関しては法哲学で議論されている「世代間正義」の観点から、原子力エネルギーを享受している現世代が費用等を負担する応益原則と、高レベル放射性廃棄物処分は各世代の能力に応じてなされるべきとする応能原則との間の問題として世代ごとの民主的な意思決定プロセスを探る議論が行われています。
世代間民主主義では、将来世代をこの枠組みに包摂する方法に伴う課題の議論も行われています。各世代の能力に応じた応能原則の「問題の先送り」的な側面の解決に向けた、将来世代を現在の民主的政治過程に含める検討として、存在しない将来世代に代わって例えば7世代先の「仮想将来世代」を現世代に導入し、新たな社会を創造する枠組みである、「フューチャー・デザイン」の研究や実践も行われています 。
(5) まとめ
東電福島第一原発事故の経験から、原子力利用に当たっては第一に国民からの信頼が必要であることが再認識されました。
原子力利用政策の議論においては、まず、人々の間で信頼感が醸成されるために必要とされる諸条件及び環境の整備並びに手続の公平性等に関わる事項を体系的に整理するとともに、その有効な実施方法を検討することも必要とされます。
施設立地に関しては、国レベル、地域レベルで信頼の構造が異なることに留意し、地域に即した信頼構造の中に決定の方法を整合させていくなどの検討も必要です。
リスクコミュニケーションに関しても、リスクを有する施設等の受入れに当たり、コミュニケーション、対話の在り方については、福島第一原発事故後の取組含め、過去の事例や現在進行中の事例から得られる教訓が、具体的な実施に当たっての有益な情報となります。その際、多くの地域に共通するもの、当該地域に特有な事情によるものの見極めも大切です。
新しい技術が社会に導入されていく際には、倫理的あるいは道徳的検討を経て、新たな社会制度や規範が必要になる場合があります。高レベル放射性廃棄物の地層処分をめぐる議論では、原子力の恩恵を直接享受する世代の責任と将来世代の選択権の確保に配慮した処分方策という世代間倫理が議論されてきました。さらに、将来世代を含めた世代間民主主義の可能性等の議論が進められています。地球温暖化等を含め、現代の技術開発が抱える将来世代への影響問題及び対策を、どのように現代の意思決定に含み込むのが妥当か、という、より広い範囲への議論として展開されています。
9. 原子力委員会メッセージ:研究開発を通じたイノベーションへの期待と課題
本年度の原子力白書の特集は「研究開発・イノベーション」を取り上げました。カーボンニュートラルに向けた世界的な動きが加速するとともに、電力の安定供給が世界的な課題として認識されるようになる中、新たな安全メカニズムを組み込んだ革新炉の研究開発状況などが世界的に注目を集めております。また、本特集で紹介したように、革新炉に限らず、原子力をめぐる様々な分野において、エネルギー利用のみならず、放射線利用のような非エネルギー利用の分野においても、関係者による精力的な研究開発が進められており、社会に大きな利便性をもたらすイノベーションが起きることが期待されます。
国としても、原子力利用の安全性を高め、様々なメリットを享受できるよう、GX実現の観点からも、これらの研究開発を強力に支援していくことが重要ですが、効果的な研究開発が行えるよう、また、原子力利用にかかる国民の懸念に誠実に応えられるよう、対応を図っていく必要があります。2023年2月に原子力委員会が改定した「原子力利用に関する基本的考え方」では、国が研究開発を支援するに当たり、以下のような点を指摘しています。
- 将来の実用化を見据えて、科学的・工学的な課題も含め個々の技術を継続的かつ客観的に比較・検証しつつ研究開発を進めていくことが重要。
- 放射性廃棄物の処理・処分含め、事業化段階でのライフサイクル全体を見据えた包括的な開発・導入に向けた検討を行うことが、原子力イノベーションの実現には重要。
- 革新炉の多目的利用などに関して、現在利用されている(非原子力)技術との競争優位性なども客観的に評価するとともに、開発の適切な段階から需要サイドと共同開発するなどの実用化に向けた現実的な取組を検討すべき。
- 非原子力産業も参入ができるような環境を整えることが重要。
原子力分野に限らず、関係機関や研究者による研究開発についての説明では、研究開発が成功した場合のメリットが強調される傾向がありますが、上述のように、社会で実装していく上で、失敗からも謙虚に学ぶとともに、科学的・工学的な課題を含めた技術の客観的な検証を進めていくことが極めて重要です。また、革新炉の開発等では、放射性廃棄物処理・処分などを含め、原子力事業のライフサイクル全体に対する影響、さらには、放射線利用や水素製造など多目的利用については、同じ目的が実現可能な非原子力技術も存在することから、経済性、サプライチェーン等の総合的な観点から中立な比較検討を進め、規制面での対応も十分できるのかといった観点も含め、国民に丁寧に情報提供を図っていくことが極めて重要です。
研究開発は、実験室レベルから実証レベル、さらには、実用化レベルと研究開発の段階が進むにつれ、より大規模な設備などを必要とするため、予算規模は飛躍的に増大する傾向にあります。研究開発に必要な実証設備等の整備に当たっては、当該設備で何を実施・解明しようとしているのかなどの目的や意義を、また、経済性を含めた実用化までの見通しがどうなっているのかなどを、国民に対して丁寧に説明していく必要があるほか、社会実装を念頭に置きつつ、効果的・効率的に研究開発を進めていくため、事業を担う産業界が主体的に関与する産学連携や国際連携などを積極的に進めていくことも重要です。実験レベル(TRL:~5)から工業レベル(TRL:6~)においては、実用化に向けた技術対応レベルや必要となる予算レベルなどにおいて、大きなギャップが存在する点を十分に踏まえることが重要です。
(出典)資源エネルギー庁高速炉開発会議戦略ワーキンググループ(第10回)資料2を基に内閣府作成
原子力利用は、国民からの信頼があってこそ成り立ちます。GX実現の観点から原子力は重要な選択肢の一つですが、国民に疑念を抱かれぬよう、その研究開発に当たっては、課題などマイナス面を含め、国民に対する透明性を確保して行われることが重要です。原子力委員会としても、引き続き中立・俯瞰的な立場で、「言うべきことはしっかり言う」というスタンスで取り組んでまいる所存です。
- Green Transformation
- Radioisotope
- International Commission on Radiological Protection
- Japan Atomic Energy Agency
- Accident Tolerant Fuel
- High Temperature Gas-cooled Reactor
- Sodium-cooled Fast Reactor
- 地震、津波、竜巻、火山噴火など
- High Temperature Engineering Test Reactor:高温工学試験研究炉
- 原子力施設が運転開始後も必要な性能を維持していることを確認するための基準。アメリカ機械学会(ASME)規格Code Case N-875として発行された。
- Iodine-Sulfur
- Small Modular Reactor
- Organisation for Economic Co-operation and Development/Nuclear Energy Agency
- LOCA(Loss of Coolant Accident)の模擬条件下における被覆管の内圧・温度と破断(バースト)の関係を評価
- 1960年代開発初期の軽水炉の一部にステンレス鋼系の被覆管が採用されていた実績がある
- 核分裂生成物のセシウム(Cs)とステンレス鋼の応力腐食割れ(SCC)の関係を評価
- Technology Readiness Levels
- 日米民生用原子力研究開発ワーキンググループ(CNWG)の枠組みの下に米国試験炉にて照射試験を行う計画
- Department of Energy
- Nuclear Regulatory Commission
- 燃料ペレットの剛性を下げて被覆管の損傷リスクを低減することや、セラミック粒径を大きくしペレット内の核分裂生成ガスの保持を促進して想定される事故時の放射性ガスを減少させることを狙っている。
- Autorité de sûreté nucléaire
- Atomic Energy Association
- Pressurized Thermal Shock。事故発生後、原子炉圧力容器内に冷水が注入されて、原子炉圧力容器の内面が急冷され、熱応力と内圧により、内面に高い応力が発生する事象。
- Atom Probe Tomography
- 大気中の二酸化炭素がコンクリートと接触することによってコンクリート中の水酸化カルシウムと反応しアルカリ性を失う中性化が表面から進行し、鉄筋を腐食させる。
- 一般的に、中性化は、材齢の平方根に比例して進展することが確認されており、対象のコンクリート構造物が置かれた環境条件などが比例係数を決定する。
- Japan Power Demonstration Reactor
- Collaborative Laboratories for Advanced Decommissioning Science
- International Atomic Energy Agency
- Laser-Induced Breakdown Spectroscopy
- 運転を終了し廃止を決定した原子力施設の数も含む。
- The Expert Group on the Application of Robotic and Remote Systems in the Nuclear Back-end OECD/NEAの放射性廃棄物管理委員会(RWMC)および原子力施設の廃止措置およびレガシー管理委員会(CDLM)の後援の下で設立。
- Decommissioning Engineering Support System⇒DECSUS⇒DEXUS
- The Simplified Decommissioning Cost Estimation Code for Nuclear Facilities
- United Kingdom Atomic Energy Authority
- Minor Actinide:アクチノイドに属する超ウラン元素(TRU)の内、プルトニウムを除いたネプツニウム(Np)、アメリシウム(Am)、キュリウム(Cm)等の元素の総称。
- Fission Product
- 原子力委員会の研究開発専門部会分離変換技術検討会「分離変換技術に関する研究開発の現状と今後の進め方(2009年)」においても、分離変換の意義として、①潜在的有害度の低減、②地層処分場に対する要求の軽減、③廃棄物処分体系の設計における自由度の増大を挙げている。その他、分離変換技術に求められる性能要求として、プルトニウムとMA等の高線量物質と共存によって転用が困難となる核拡散抵抗性についても着目されている。
- Mixed Oxide
- 放射線量・発熱量が大きく、システム全体としての削減が困難とされているキュリウムの扱い等。
- Fast Reactor Cycle Technology Development Project
- Advanced Sodium technological Reactor for Industrial Demonstration
- Multi-purpose hybrid Research Reactor for High-Tech Applications
- 技術の着想から実用までを9段階に分けて技術成熟度を評価する指標。各数値の定義は評価者によって異なるが、1~3が概念開発段階、4~6が原理実証段階、7~9が性能実証段階に相当。
- International Research Institute for Nuclear Decommissioning
- Computed Tomography
- 例えば、放射性同位元素等の規制に関する法律施行令において、許可使用に係る使用の場所の一時的変更の届出に関して、放射線発生装置の使用の目的が限定列挙されており、直線加速装置(原子力規制委員会が定めるエネルギーを超えるエネルギーを有する放射線を発生しないものに限る。)については、橋梁又は橋脚の非破壊検査に限るとされている。
- Not In My Back Yard。産業廃棄物の処分場や発電施設などの整備に際して社会的に当該施設の必要性は認識しているが、その施設がいざ自分の家の近くに建設されるとなると、反対すること。
- Regulatory Science。科学技術の成果を人と社会に役立てることを目的に、根拠に基づく的確な予測、評価、判断を行い、科学技術の成果を人と社会との調和の上で最も望ましい姿に調整するための科学。
- Originator Profile技術。インターネット上のコンテンツ作成者、デジタル広告の出稿元などの情報を検証可能な形で付与する技術で、信頼できる発信者を識別可能にする技術。
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