1-4原子力災害対策に関する取組
万が一原子力災害が発生した場合には、原子力施設周辺住民や環境等に対する放射線影響を最小限に留めるとともに、被害に対し応急対策を的確かつ迅速に実施することが不可欠です。そのため、東電福島第一原発事故の教訓を踏まえて、原子力災害対策に関する枠組み及び原子力防災体制が見直されました。これにより、緊急時の体制や機能が強化されるとともに、平時から、防災計画の策定や訓練を始めとした適切な緊急時対応のための準備が図られています。
(1)原子力災害対策及び原子力防災の枠組み
東電福島第一原発事故後、各事故調査報告書の提言等を基に、我が国の原子力災害対策に関する枠組みが抜本的に見直されました。緊急時の対応は「原子力災害対策特別措置法」(平成11年法律第156号。以下「原災法」という。)に基づく原子力災害対策本部が、平時の対応は「原子力基本法」(昭和30年法律第186号)に基づく原子力防災会議が、それぞれ総合調整を担う体制となっています(図1-31)。
図1-31 平時及び緊急時における原子力防災体制
(出典)原子力規制庁パンフレット(2020年)
(2)緊急時の原子力災害対策の充実に向けた取組
① 「原子力災害対策指針」の策定
原子力災害対策を円滑に実施するため、各種事故調査報告書の提言やIAEA安全基準を踏まえ、2012年10月に原子力規制委員会が「原子力災害対策指針」を策定しました。
また、同指針は、新たに得られた知見や防災訓練の結果等を踏まえ、継続的な改定が行われています。2021年7月には、施設敷地緊急事態56の段階で避難等を実施すべき対象である施設敷地緊急事態要避難者の明確化に係る改正が行われました57。② 緊急時の放射線モニタリングの充実
緊急時には、原子力災害対策指針に基づき、国の指揮の下で、地方公共団体、原子力事業者及び関係機関が連携して緊急時モニタリングを実施します。また、避難や一時移転等の防護措置の実施を判断する基準(運用上の介入レベル)が導入されており、国及び地方公共団体は、緊急時モニタリングの実測値をこの基準に照らして、必要な措置を行うこととされています。さらに、原子力規制庁は、「緊急時モニタリングについて(原子力災害対策指針補足参考資料)」を公表するなど、緊急時モニタリングの体制の整備及び充実・強化を図っています。2021年12月の補足参考資料の改訂では、原子力災害対策指針で定められた廃止措置計画が認可された原子力施設に係る緊急時モニタリングが取りまとめられました。
③ 原子力事業者等による緊急時対応の強化
原子力災害対策指針では、原子力事業者が原子力災害対策について大きな責務を有すると明記されています。原子力事業者は、原子力発電所における事故を収束させるために必要な設備等を発電所敷地内に配備するとともに、自治体との協働等を通じて敷地外からの支援を行うための組織・体制も構築しています。
コラム ~研究開発から実用化へ:緊急時の甲状腺被ばく線量モニタリング~
甲状腺被ばく線量モニタリングは、原子力災害対策指針等において、原子力災害発生時の緊急事態応急対策として、放射性ヨウ素の吸入による内部被ばくが懸念される場合に行うこととされ、その測定結果は、個人の被ばく線量の推定等に活用されることになっています。そのため、原子力規制庁の安全研究事業において、原子力機構及び量研が甲状腺被ばく線量測定の精度向上を目的とした装置の研究開発を進め、可搬型であり、高感度かつスペクトル分析が可能な甲状腺モニタを開発しました。
装置の実用化の見通しが付いたことを踏まえ、緊急時の甲状腺被ばく線量モニタリングに関する基本的事項の検討を行うことを目的として、2021年2月から同年7月にかけて「緊急時の甲状腺被ばく線量モニタリングに関する検討チーム」が計4回開催されました。同検討チームは、同年9月に、甲状腺被ばく線量モニタリングの対象とする者、測定の方法、実施体制等についての検討結果を取りまとめた報告書を公表しました。この報告書を踏まえ、原子力災害対策指針の改正に向けた検討が進められました。
原子力機構及び量研が開発した機器
(出典)第53回原子力規制委員会資料3 原子力規制委員会「緊急時の甲状腺被ばく線量モニタリングに関する検討チームの設置について」(2021年)に基づき作成
(3)原子力防災の充実に向けた平時からの取組
① 地域防災計画・避難計画に関する取組
防災基本計画及び原子力災害対策指針に基づき、原子力災害対策重点区域58を設定する都道府県及び市町村は、情報提供や防護措置の準備を含めた必要な対応策を地域防災計画(原子力災害対策編)にあらかじめ定めておく必要があります。
地域原子力防災協議会では、関係地方公共団体の地域防災計画・避難計画の具体化・充実化を支援するとともに、地域の避難計画を含む緊急時対応が原子力災害対策指針等に照らし具体的かつ合理的なものであることを確認しています(図1-32)。また、内閣府は、協議会における確認結果を原子力防災会議に報告し、了承を求めることとしています。2022年3月末までに、泊地域、女川地域、大飯地域、高浜地域、美浜地域、島根地域、伊方地域、玄海地域及び川内地域の計9地域の緊急時対応について、原子力防災会議でそれらの確認結果が了承されています。さらに、緊急時対応の確認を行った地域については、PDCAサイクルに基づき、原子力防災対策の更なる充実、強化を図っています。2022年3月末までに、伊方地域では3回、泊地域、高浜地域、玄海地域及び川内地域ではそれぞれ2回、女川地域及び大飯地域ではそれぞれ1回、緊急時対応が改定されています。
また、新型コロナウイルス感染症流行下での対応として、内閣府が2020年11月に策定した「新型コロナウイルス感染拡大を踏まえた感染症の流行下での原子力災害時における防護措置の実施ガイドライン」に基づき、各地域の実情に合わせた原子力災害対策について検討及び準備が進められています。
さらに、原子力避難道の整備等、原子力災害時における避難の円滑化は、地域住民の安全・安心の観点からも重要です。関係自治体や関係省庁が参加する地域原子力防災協議会等も活用し、地域の声を聞きながら、避難道の整備が促進されるよう、関係省庁の連携により継続的な取組が行われています。
図1-32 地域防災計画・避難計画の策定と支援体制
(出典)内閣府「地域防災計画・避難計画の策定と支援体制」
② 原子力総合防災訓練の実施
原子力災害発生時の対応体制を検証すること等を目的として、原災法に基づき、原子力緊急事態を想定して、国、地方公共団体、原子力事業者等が合同で原子力総合防災訓練を実施しています。
2021年度は、2022年2月に東北電力株式会社女川原子力発電所を対象とし、国、地方公共団体、原子力事業者等の参加の下で実施されました。同訓練では、「女川地域の緊急時対応」に定められた避難計画の検証等を目的として、自然災害及び原子力災害の複合災害を想定し、迅速な初動体制の確立、中央と現地組織の連携による防護措置の実施等に係る意思決定、県内への住民避難、屋内退避等の訓練を実施しました。③ 平常時の環境放射線モニタリングに関する取組
「大気汚染防止法」(昭和43年法律第97号)及び「水質汚濁防止法」(昭和45年法律第138号)に基づき、環境省において放射性物質による大気汚染・水質汚濁の状況を常時監視し、「放射性物質の常時監視59」にて公開しています。また、環境放射能水準調査等の各種調査が関係省庁、独立行政法人、地方公共団体等の関係機関によって実施されており、それらにより得られた結果は、原子力規制委員会の「放射線モニタリング情報60」のポータルサイトや「日本の環境放射能と放射線61」のウェブサイト等に公開されています。
1) 原子力施設周辺等の環境モニタリング
原子力規制委員会は、原子力施設の周辺地域等における放射線の影響や全国の放射能水準を調査するため、全国47都道府県における環境放射能水準調査、原子力発電所等周辺海域等(全16海域)における海水等の放射能分析、原子力発電施設等の立地・隣接道府県(24道府県)が実施する放射能調査及び環境放射能水準調査として各都道府県が設置し実施しているモニタリングポストの空間線量率の測定結果を取りまとめ、原子力規制委員会の放射線モニタリング情報のポータルサイトで公表しています。
また、環境省は、2001年1月から、環境放射線等モニタリング調査として、離島等(全国10か所)において、空間線量率及び大気浮遊じんの全α、全β放射能濃度の連続自動モニタリング並びに測定所周辺で採取した環境試料(大気浮遊じん、土壌、陸水等)の放射性核種分析を実施しています。これらの調査で得られたデータは、環境省のウェブサイト「環境放射線等モニタリングデータ公開システム62」で公開されています。2) 国外における原子力関係事象の発生に伴うモニタリングの強化
「国外における原子力関係事象発生時の対応要領」(2005年放射能対策連絡会議決定)では、国外で発生する原子力関係事象についてモニタリングの強化等の必要な対応を図ることとしています。原子力規制庁は、国外において原子力関係事象が発生した場合に空間放射線量率の状況をきめ細かく把握できるよう、モニタリングポストの整備等を行っています。
なお、2021年6月に、中国の台山原子力発電所からガス状の放射性物質が当局の規制に従って放出されたと発表された際、47都道府県に設置されているモニタリングポストの計測値は平常時と有意な変化が見られませんでした。3) 原子力艦の寄港に伴う放射能調査
「米国原子力艦の寄港に伴う放射能調査は、海上保安庁、水産庁、関係地方公共団体等の協力を得て、原子力規制委員会が実施しています。2021年4月から2022年3月末までに横須賀港(神奈川県)、佐世保港(長崎県)、金武中城港(沖縄県)において実施された調査結果では、放射能による周辺環境への影響はありませんでした。
4) モニタリング技術の改良
緊急時及び平常時のモニタリングを適切に実施するためには、継続的にモニタリングの技術基盤の整備、実施方法の見直し、技能の維持を図ることが重要です。そのため、原子力規制委員会は、環境放射線モニタリング技術検討チームを開催して、モニタリングに係る技術検討を進めています。2021年6月には同チーム等における技術的な検討結果を踏まえ、「放射能測定法シリーズNo.35緊急時における環境試料採取法」が制定されました。また、同年12月に、平常時モニタリングの基本方針を示した「平常時モニタリングについて(原子力災害対策指針補足参考資料)」に、試験研究用等原子炉施設等を対象とした平常時モニタリングの具体的な実施内容等に関する記載が追加されました。
④ 原子力事業者による防災の取組強化
原災法第3条には、原子力災害の拡大の防止及び復旧に対する原子力事業者の責務が明記されています。原子力事業者は、原災法の規定に基づき、原子力事業者防災業務計画を原子力規制委員会に提出63するとともに、防災訓練を実施し、その結果を原子力規制委員会へ報告しています。原子力規制委員会は、「原子力事業者防災訓練報告会」を開催し、各事業者が実施した訓練の評価結果の説明や良好事例の紹介を行うとともに、同報告会の下で「訓練シナリオ開発ワーキンググループ」を開催し、指揮者の判断能力や現場の対応力の向上につながる訓練シナリオの作成等を行うなど、防災訓練の改善を図っています。
- 原子力施設において公衆に放射線による影響をもたらす可能性のある事象が生じたため、原子力施設周辺において緊急時に備えた避難等の予防的防護措置の準備を開始する必要がある段階。
- さらに、2022年4月6日に、甲状腺被ばく線量モニタリング、原子力災害医療体制に係る改正を実施。
- 住民等に対する被ばくの防護措置を短期間で効率的に行うために、重点的に原子力災害に特有な対策が講じられる区域のこと。
- http://www.env.go.jp/air/rmcm/index.html
- https://radioactivity.nsr.go.jp/ja/
- https://www.kankyo-hoshano.go.jp/
- https://housyasen.env.go.jp/
- 原子力規制委員会のウェブサイトにおいて公表。
https://www.nsr.go.jp/activity/bousai/measure/emergency_action_plan/index.html
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