第4章 新型動力炉の開発

1.高速増殖炉

 高速増殖炉は,発電しながら消費した以上の核燃料を生成する画期的なものであり,ウラン資源を最大限に利用し得るものであるので,核燃料の資源問題を抜本的に解決でき,将来の原子力発電の主流となるものと考えられている。
 我が国初の高速増殖炉実験炉「常陽」については,その建設・運転を通じ技術的経験を蓄積してきたところであり,1983年8月以降は燃料・材料の照射用施設として利用されている。
 また,実験炉に続く原型炉「もんじゅ」(電気出力28万キロワット)については,1983年5月に原子炉の設置が許可され,現在建設工事が進められている。さらに,実証炉以降の開発の進め方については,原子力委員会の高速増殖炉開発計画専門部会において検討が進められている。


 実験炉「常陽」は,1977年4月の初臨界以来順調な運転を続け,原型炉等の開発に必要な技術データや運転経験を着実に蓄積してきた。
 1980年1月から1981年12月まで増殖炉心(熱出力7万5千キロワット)での運転が行われた。引き続いて,照射炉心(熱出力10万キロワット)への改造が行われ,現在,順調に運転が行われている。また,1984年9月には,「常陽」の使用済燃料から回収されたプルトニウムが再び「常陽」に装荷され,初めて高速増殖炉でのリサイクル利用がなされるとともに,1986年10月には,高速増殖炉固有の安全性を確認するための出力100メガワット時からの自然循環試験が行われた。さらに,1987年度から1サイクルの運転日数を従来の45日間から徐々に延長し,1988年5月には70日間運転を達成した。このとき,炉心燃料の最高燃焼度は約70,OOOMWd/tに達した。
 また,初臨界以来,これまでに約170体分の燃料集合体等の照射試験を終了しており,さらに1988年8月からは,日仏交換照射計画に基づき,仏製被覆管を用いた燃料の照射試験を開始した。


(2)原型炉の建設

 原型炉「もんじゅ」は,その設計・建設・運転の経験を通じて,発電プラントとしての高速増殖炉の性能,信頼性を技術的に確認するとともに,経済性についても検討・評価を行うためのデータを得ることを目的としている。
 同炉は,1983年5月に内閣総理大臣から原子炉設置許可を得,さらに1985年8月には第1回設計及び工事の方法の認可及び同年9月には第1,2回工事計画の認可を得て,1985年10月本格工事に着手した。また,1987年4月には,原子炉格納容器据付を,1988年10月には原子炉容器据付をそれぞれ完了し,1992年臨界を目途に順調に建設が進められている。


(3)実証炉の開発

 原型炉に続く実証炉の開発については,動力炉・核燃料開発事業団において1975年より,また,電気事業者において1978年より概念設計が実施されてきた他,(財)電力中央研究所においても概念の確立に必要な研究が進められてきた。
 原子力委員会は,1987年6月に「原子力開発利用長期計画」をとりまとめ,その中で今後の高速増殖炉開発の長期的な進め方を示した。すなわち,実証炉の設計・建設・運転については電気事業者が動力炉・核燃料開発事業団との密接な連携の下に,主体的役割りを果たすこととし,関連する研究開発については,電気事業者,動力炉・核燃料開発事業団,その他関連する研究開発機関等が,それぞれの役割りに即し,整合性を持って進めることとされた。また,これら実証炉開発の具体的展開は原子力委員会の高速増殖炉開発計画専門部会において引き続き審議を進めることとされ,同部会はその第一歩として1988年8月「高速増殖炉研究開発の進め方」をまとめた。
 さらに,電気事業者においては,実証炉の設計・建設・運転主体を日本原子力発電(株)とし,同社を中心に電力が行う実証炉関係の研究開発,実証炉の基本仕様の選定等を行うこととしている。
 また,我が国としての高速増殖炉開発を一本化して推進するため,動力炉・核燃料開発事業団,日本原子力発電(株),日本原子力研究所,(財)電力中央研究所の四者は,1986年7月,高速増殖炉研究開発運営委員会を発足させ,実証炉以降の研究開発を我が国の開発方針に基づき四者で協議・調整し効率的に分担して進めることとし,高速増殖炉中長期研究開発課題について検討を実施している。

 さらに,動力炉・核燃料開発事業団と日本原子力発電(株)の間で実証炉の開発をより円滑,効率的に進めることを目的に,1989年3月に「高速増殖炉実証炉の研究開発に関する技術協力基本協定」が締結され,その具体化を進めている。


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