§1 原子力発電
5.動力炉開発
(i) 高速増殖炉
高速増殖炉は人類が必要とするエネルギー資源を,半ば永久に確保するという意味で,原子力開発の長期的目標とされている。日本原子力研究所の発足当時には,多量の高濃縮ウランやプルトニウム等の入手は困難であり,これが高速増殖炉の研究開発にとって,大きな制約となっていた,したがって,高速増殖炉のための研究は,多量の特殊核物質を要しないものに限って実施されてきた。
すなわち,同研究所では,発足当初から高速増殖炉についての核計算を行なうとともに,実験的研究としては,まず,ブランケット部分の炉物理研究から開始した。つまり,天然ウランによって構成された模擬ブランケットの指数関数実験装置を製作し,35年度は,ファンデグラーフを用いたパルス中性子法により,拡散定数,吸収断面積,減速時間の測定等を行なった。また,36年度には,濃縮ウランでできている中性子コンバーターを入手し,これをJRR-1の熱中性子柱に移して組立て,36年度からは,高速中性子の平衡過程での拡散について研究を行なっている。
一方,高速増殖炉の冷却材には,ナトリウムとかナック等の液体金属が使用されるが,液体金属についての技術は,この炉の開発上重要な事項である。(株)日立製作所では,31年度,原子力平和利用研究費補助金を受けて,ナックによるステンレス鋼の静的腐蝕と,ナトリウムの純度管理に関する基礎実験を行なった。日本原子力研究所では,(株)日立製作所との共同研究で,36年度に,強制循環ループを完成し,同年から,ナックによる腐蝕現象をひきつづき研究している。
高速増殖炉に適した燃料再処理法についても,日本原子力研究所で,酸化ウラン燃料の塩化物分溜法について,基礎実験が行なわれており,1回の処理によって,ウランの回収率90%以上,核分裂生成物の除去率90%以上という成果をえた。さらにこれに酸化還元サイクルを併用すれば,99%以上の除去率がえられることを確認した。
日本原子力研究所としては,7~8年後に,高速実験炉の建設を予定しており,さしあたり,38年度には,臨界実験装置の建設に着手する。原子力委員会は,その原子力開発利用長期計画において,55年頃には,高速増殖炉の実用化を期待し,そのため,45年頃までには,高速実験炉を1基建設することを予定している。現在までのところ,ほぼこの長期計画どおりにすすめられている。
(ii) 半均質炉
32年頃日本原子力研究所において,半均質炉という概念が提起された。
当時,炉型式としては増殖炉および高燃焼炉を目標とし,冷却材としてはガスが考慮され,炭酸ガス,水素ガス等が検討された。その後,ビスマスを冷却材に用いることが提案され,ビスマス冷却方式を中心として研究を行ない,あわせてガス冷却方式も,検討することとなった。この半均質炉に関する研究については,原子力委員会は,原子力開発利用長期計画で,これをプロジエクト研究として推進することとした。
36年1月には,臨界集合体が完成し,これを用いた炉物理の研究をはじめ,半均質炉に関して,つぎに述べるような研究が行なわれた。
炉物理に関する研究としては,黒鉛減速系の臨界の研究,中性子スペクトルの積分測定による研究および動特性の研究等が,この炉の核的データをえる目的で行なわれた。
燃料体に関する研究としては,酸化ウラン-黒鉛系および炭化ウラン-黒鉛系の半均質燃料体の製造研究が,民間企業と日本原子力研究所との共同によって実施され,燃料ペレットについては,ほぼ満足すべきものを造りえた,また,日本原子力研究所においては,高温における燃料体の諸性質の変化が重点的に検討されたほか,酸化ウランと黒鉛との反応,核分裂生成ガスの除去の研究が行なわれた。ブランケット燃料としての酸化トリウムおよび炭化トリウムの研究が東北大学および昭和電工(株)との共同研究として行なわれた。
黒鉛に関しては,日本カーボン(株)で不浸透性黒鉛の燃料鞘が設計試作され,その機械的強度の研究ならびに黒鉛の新ロウ材による接合法の開発および黒鉛と炭酸ガスとの反応等の研究が行なわれた。
ビスマスに関しては,各種の合金や黒鉛等のビスマスに対する耐蝕性の研究のほか,国産ビスマスの検討と中性子照射によって生じる210Poに関する研究が行なわれた。また,ガス・リフトによる循環装置が製作され,37年度には,その実験が行なわれた。
半均質燃料の再処理に関する研究としては,日本原子力研究所において行なわれた。黒鉛中に分散させた酸化ウラン(または炭化ウラン)粒子が適当に小さい場合には,核分裂生成物を周囲の黒鉛にある限度までは捕獲させることができる。このことから,使用済み半均質燃料の機械的分離法による再処理法が考えられ,風篩法,重液分離法,浮遊選鉱法等,種々の方法が試みられたが,満足すべき結果はえられなかった。
このようにすすめられた半均質炉の開発は,当初に予期した以上の困難に遭遇したので,動力炉開発を目標としたプロジェクトとして推進すべきか否かを検討するため,36年10月に,日本原子力研究所内では,半均質炉評価委員会を設けて,種々調査検討を重ねた結果,
① 高温炉を,指向すべきであること。
② 増殖炉の方向をとることは,疑問であること。
③ 冷却材については,ビスマス関係の資料が十分でなく,現時点の判断では,半均質燃料を生かすには,ガス冷却が適当であること。
の結論をえた。これにもとづいて,日本原子力研究所としては,ガス冷却に重点をおいて研究を継続ずるとしても,その場合,核分裂生成物に関係した厄介な問題が残り,その解決には,相当の期間を要すると思われるので,今後とも,半均質炉に関連,した研究を継続はするが,当面は,開発プロジェクトとして取扱わないこととした。
しかし,関係者の努力によって,今日までにえられた研究成果は貴重なものであり,セラミック系燃料の開発ならびに将来セラミック系トリウム燃料の増殖性の研究が問題になるとすれば,大きな足がかりとなるものである。
(iii) 国産動力炉
原子力委員会が,36年2月に決定した原子力開発利用長期計画によれば
① 外国技術の導入による国内技術基盤の早期造成
② 国内における創意工夫の育成による技術水準の総合的引上げ
が,動力炉研究開発計画の2本の柱となっている。
すなわち,45年までの前期10年には,英国のコールダーホール改良型,米国の加圧水型や沸騰水型などの動力炉を導入する一方,これと並行してわが国の実情に適し,経済性,安全性の面でも,さらにすすんだ高性能の動力炉を開発しようとするものである。
原子力委員会は,37年8月,動力炉開発専門部会を設置し,国産動力炉として開発すべき炉型式および開発体制等の基本的な事項について,審議させることとした。その審議にあたっての前提条件として,つぎの事項を示した。
炉型式の選定については,
① 国内にある程度技術的基盤があるもので原子力開発利用長期計画の後期10年において実用化される見込みの高いもの
② 今後8~10年の間に,実験炉にひきつづき原型炉の開発が可能と見込まれるもの
③ 燃料,材料,機器の開発ならびに製作等において,国内技術に期待できる程度の高いもの
④ 燃料,安全性,その他わが国の特殊事情に適合するもの
の4点であった。
また,開発体制については,日本原子力研究所を中心として,わが国における原子力関係の研究開発諸機関の参加を求め,その総力を結集して,推進するものとし,実験炉および原型炉は,日本原子力研究所に建設することを予定することであった。
同部会は,38年5月,原子力委員会に報告を行なったがその大要は,つぎのとおりである。
炉型式については,動力炉開発の意義を検討した結果,高速増殖炉の技術開発は,別のプロジェクトとして,早急かつ強力に推進されることを期待し,新しい型の熱中性子転換炉の開発を今回の国産動力炉開発計画の対象とすることに,ほぼ意見の一致をみた。
熱中性子転換炉としては
① 既成の転換炉の改良型
② まだ実験開発段階にある新型転換炉
が考慮されたが,前者については,海外ですでにかなり高い水準まで開発がすすめられており,原子力委員会の示した前提条件に合致しないので,上記の②に属する新型熱中性子転換炉に範囲が狭められた,新型熱中性子転換炉といっても,背景となる設計理念や境界条件によって,多種多様な炉型が考えられる。これらの中から選定される炉型式は,長期的な原子力政策いかんにかかる点が多いので,そのような問題についても考察が行なわれた。
まず,問題となるのは,将来における核燃料の安定した供給源を確保することであるが,天然ウラン,トリウム,濃縮ウランおよびプルトニウムの入手について,どう判断するかである。わが国はトリウム資源に恵まれていないし,高濃縮ウランの海外からの輸入については制約がある,しかし,低濃縮ウランの海外からの入手は,将来かなりの期待をもちうると予想される。また,天然ウランは,国内供給の見通しもある程度あり,輸入についても国際自由市場において入手できる可能性が十分に考えられる。
このような考察から,新型熱中性子転換炉の選定に際して,天然ウランま低濃縮ウランを使用するウラン-プルトニウム系の燃料サイクルたはが浮び上ってきた。
つぎに問題となるのは,経済性の裏付けであるが,原子力発電に特有の経済特性から,資本費の低減に重大な関係をもつ発電所規模が,重要な意味をもつことになる。すなわち,10~15年後の実用化を目指して,あらたに,開発を計画する熱中性子転換炉は,少なくとも1基当り電気出力100~150万キロワットの大容量化が,可能なものでなければならない。
このことは,開発期間が限られているから,国産動力炉開発計画の実施手順に,大きな影響を及ぼすことになる。すなわち,実験炉(電気出力,数千キロワット)から,原型炉(電気出力,数万キロワット)をとおり,動力試験炉(電気出力,少なくとも20万キロワット)の段階をへて,実用炉へすすむべきであるが,本計画は時間的制約から,実験炉の段階を踏むだけの余裕が乏しく,この段階を省略して原型炉に着手すべきであるという意見が有力であった。
以上のような審議の推移から,開発すべき炉型式とその規模の選定の範囲は,かなり狭められることになった。残された炉型は,重水減速型,ガス冷却型,ナトリウム冷却型の3種類となり,これらについて詳細な調査が行なわれた。これらの炉型に対する議論の大要はつぎのとおりであった。
① ナトリウム冷却炉
この炉の開発は高速増殖炉の開発に必要な液体金属冷却技術の習得に役立つが,これは別途高速増殖炉の開発プロジエクトとして推進されるならば,強いて強調する必要はない。
② ガス冷却型
この系統の炉は,(イ)金属被覆燃料を用い,黒鉛等の固体減速材を使用するものと,(ロ)炭化物燃料を黒鉛と混合した燃料体を,黒鉛さやに封入した燃料要素を用い黒鉛を減速材とずるものに,大別される。前者のうち,マグノックス型は既成炉型であるし,高級ガス炉もその改良型で,国産動力炉の対象として意義はうすいが,動力炉として相当高性能の可能性のあるものもあり,時期的にみて,比較的速やに原型炉開発にすすみえる利点がある。一方,(ロ)はさらに高温化をねらった進歩した炉型であるが,もし高濃縮ウランを必要としあるいはトリウム-ウラン系の燃料サイクルを前提とするものであれば,わが国のとるべき燃料政策の観点から一考を要する。
③ 重水減速型
冷却材に重水を用いるものは,すでにカナダで開発がすすめられており,むしろ既成型に属するものとみられ取り上げる意義は少ない。これ以外の冷却材,すなわち,ガス,軽水,水蒸気,有機材などを用いる新型重水炉が今回の計画の対象として浮んでくるが,これの中から,具体的炉型を選定するには,建設単価の引下げや蒸気条件の改善などの可能性について比較検討する必要がある。
このように,考え方の基本的方向は明らかとなったが,今ただちに,特定の炉型を選定することはできないので,概念設計を行なった上で決めるベきであるという意見が有力であった。
つぎに,第二の課題である開発のすすめ方およびその体制についての議論の大要は,つぎのとおりであった。国産動力炉開発計画のスケジュールを
① 原型炉(電気出力3~5万キロワット)の開発プロジェクトを策定し,所要の研究を実施しつつ,設計,製作,建設,試験および運転の各過程を行なう第1段階
② ついで,上記の原型炉開発のプロジェクトの成績を評価し,その成果をとり入れて,さらに,これを実用大型炉に結びつけるために,動力試験炉(電気出力15~20万キロワット)を開発する第2段階
に分けることができる。
第1段階は,すみやかに着手することが望ましく,38年度から日本原子力研究所に原型炉開発の準備ならびに推進の母体となる組織を設け,概念設計の作業にとりかかる。39年以降は選定された炉型について,原型炉の詳細設計に入り,かたわら必要な研究開発を実施することになる。この段階において,日本原子力研究所としては前記の組織を拡充発展させ,責任体制を明らかにする一方,計画の実施にあたっては,外部諸機関の総力を結集し,運営の円滑をはかることが必要である。
以上は,第1段階の初期における開発のスケジュールと,その体制についての論議を総合したものであるが,国産動力炉開発計画はかなり長期にわたるもので,弾力性をもつて実施ずることが重要であるとされた。
(iv) 材料工学試験炉
材料工学試験炉(JETR)は,動力炉を海外から導入する域から脱却して,すでに海外で実用化されている動力炉の国産化や,動力炉の開発をすすめる際,原子炉用材料,燃料の確性試験に,欠かすことのできないものである。
材料工学試験炉の設置については,原子力委員会は材料試験炉専門部会を設けて検討させたが,37年4月同専門部会は,熱出力5万キロワット規模の材料工学試験炉を早期に日本原子力研究所に設置する必要がある旨の報告を行なった。
この報告の線にそって,日本原子力研究所では材料工学試験炉の概念設計を行ない,さらに同炉の安全性についての事前評価も行なった。またこれにひきつづき,職員を派遣して海外諸国での実情を調査させた。その結果,熱出力をかなり大きくするか,あるいは,中心ループの数を3本から1本に減らすかを検討したうえで,概念設計を変更することが望ましいとの結論をえたので,現在,設計を再検討中である。38年度は仕様の細部を固め,外国コンサルタントに検討を依頼し,最終的な仕様書を作成して発注にそなえる。また,これと並行して,建家の設計やループ関係の仕様の検討を行なうことになっている。
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