第1章 原子力開発態勢
§1 原子力基本法の制定と行政機構の整備

 29年5月関係閣僚および民間学識経験者をもつて原子力利用準備調査会が組織され,ここで原子力開発の態勢とその推進の方法とが中心的な課題として討議された。まず,原子力行政機構をいかなるものとするかは,原子力問題が全く新しい行政分野であるとともに,将来,その関係するところがきわめて広く,かつ深いことにかんがみ,軽々に決定すべきでないとの慎重論が多く,学界,財界等も強い関心を示して幾多の意見が開陳されるような実情であり,早急な結論を出し難い状況であつた。また,原子力法というような原子力開発利用全般を包含する一般法を制定するかどうかについては,わが国の従来の法律観念からすれば原子力に関ずる一般法を立案するには,時期尚早で,必要に応じて個別的具体的な規制内容を有する立法措置を講ずれば十分であるという見解が支配的であつた。
 この間,30年4月,原子力に関する試験研究の推進を主たる任務として工業技術院に原子力課が,また同年7月には原子力の経済的利用に関する調査企画に当るため,経済企画庁に原子力室が設けられた。しかしこれらの機構はいずれも本格的な原子力行政機構が確立されるまでの過渡的,暫定的なものと考えられていたに過ぎなかつた。その後,科学技術振興のための科学技術行政機構の整備確立の要望が強まるに従い,当然これと密接な関連を有する原子力行政機構についても同時に検討すべしとの有力な意見が国会方面に高まり,政府も行政審議会に諮問し,その解決の方針をみいだそうとするに至つた。他方,30年夏ジュネーブにおいて開催された原子力平和利用国際会議以後,世界各国において原子力問題の急速な解決が取り上げられる情勢にあることを反映して,政党関係でも,当時の民主党,自由党,社会党の有志議員によりこの問題の解決を超党派的に推進するため国会内に原子力合同委員会が組織され,原子力基本法および関係法令の制定による法体系の整備と原子力行政機構および研究開発実施機構の早急な確立の必要性が強調された。なお,30年初め以来懸案となつて賛否両論のやかましかつた米国から濃縮ウランを受入れる協定も,わが国の研究の自主性をいささかもそこなうものでないことが確認され,6月仮調印,11月本調印を完了したので,この協定を実効あらしめるためにも,わが国の国内体制を整備充実することが焦眉の急務とされるに至つた。
 上述のごとき経緯にかんがみ,政府は第23臨時国会に,「原子力委員会設置法案」および原子力局の設置を規定する「総理府設置法の一部改正法律案」を提出し,これと同時に,前記合同委員会のメンバーを中心としてまとめられた「原子力基本法案」が議員提案の形で提出され,ともにその提出時期が会期末に近かつたにもかかわらず,合同委員会が両院において超党派的に推進を図つた結果,12月16日一括両院を通過し,31年1月1日から施行されることとなつた。
 このうち原子力基本法は,いわば原子力政策を推進するに当つての憲法ともいうべき基礎法であり,この法律自体が国民の権利義務を直接規制するごとき実体法としての効力を有するものではない。したがつて,全体の構成は第1章総則において原子力利用が平和の目的のみに限られると同時に,民主,自主,公開のいわゆる三原則に則り,かつ国際協力に資する旨を基本方針としてうたい,第2章以下,原子力委員会の設置,研究開発の実施機構としての原子力研究所および原子燃料公社の設立,核原料物質の開発,核燃料物質及び原子炉の管理,特許発明に関する措置,放射線障害の防止等についての大綱を定め,詳細は,別に法律で定めるところによるとして,近い将来附属法令が制定されることによつてその具体的内容が整備されるという建前をとつている。すでに日本原子力研究所法,原子燃料公社法および核原料物質開発促進臨時措置法の3法律が第24国会において,さらに核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律および放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律の2法律が第26国会において制定され,逐次このような附属法令が制定実施されることにより原子力法体系が整備され,わが国における将来の原子力政策の根幹が確立されるものと考えられる。
 次に,原子力委員会設置法および原子力局の設置に関する総理府設置法の一部改正法は,原子力行政機構の設置とその組織および所掌事務を定めるもので,この法律の施行により,前述の経済企画庁原子力室,工業技術院原子力課の事務と科学技術行政協議会事務局におけやアイソトープ関係事務は原子力局に発展的に統合され,わが国原子力行政はいよいよ本格的な第一歩をふみ出したわけである。その後,31年5月科学技術庁発足に当つて,総理府の内局てあつた原子力局が総理府外局たる科学技術庁の内部部局となり,同時に原子力委員会委員長は,国務大臣たる科学技術庁長官をもつてあてられることとなり現在に及んでいる。
 さて原子力委員会および原子力局の特色を概観すれば,まず,原子力委員会が内閣総理大臣の附属機関ではあつても,国務大臣たる委員長と,国会の同意を得て任命される4人の委員からなる合議体として民主的に運営されると同時に,原子力に関する重要問題はすべてこの委員会で企画,審議,決定され,しかも,内閣総理大臣はこれを尊重する義務を負うという点できわめて強力なものであり,また,その決定が委員長たる科学技術庁長官を通じ,原子力局によつて実施されるという点では,両者一体となつて行政委員会とその事務局に近い行政機能を発揮し得るものといえよう。また,原子力行政が全く新たな行政分野であることから,一般に行政機関の新設に伴つて起り勝ちな既存の行政機関との摩擦が少なかつたのみならず,むしろ発足後は,関係各省庁の積極的な協力を得たことも,特徴的な一面として特記するに足りる。委員会と局とは,原子力利用に関する政策の企画,立案,推進,関係行政機関の事務調整および予算の見積,配分の調整等相当強力な企画調整の権限を有し,かつ,原子力利用に関する試験研究の助成研究者,技術者の養成訓練,日本原子力研究所および原子燃料公社の監督,放射線障害防止の基準策定等各省庁と一部重複抵触する行政事務を持ちながら,少なくとも現在まで各省庁との密接な協力体制を保ち得たことからみれば,今後の原子力行政の円滑な実施が十分期待されるというべきでおろう。


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