4.2 ITERの科学的・技術的波及効果
   ITERを中心に据えた核融合研究開発はエネルギー開発を目的とするものであって、それ自身がエネルギーセキュリティの観点から価値があることは第1.4節で議論したが、本節では直接的なエネルギーセキュリティ以外の視点からITERと核融合開発のもたらす効果を検討する。

4.2.1 核融合研究とITERの科学技術的な位置づけ
 エネルギー源の開発という最終的な目標の他にも、そこに到達する研究の過程で、核融合には広範な学問や科学技術を牽引する原動力としての意義が認められる。すでに核融合開発はプラズマ物理学及び各種工学の分野では我が国の学会において枢要な地位を占める一方、国際的にもフロントランナーとして高い水準にあり、またそれらに支えられた産業技術も高度化を進めていて、我が国の科学技術と学問の進歩に大いに貢献している。
 核融合は、多くの工学分野において従来にない先端的な性能が要求され、研究開発、技術開発によってそれらを達成してきた。例えば、強磁場超伝導大型コイルの開発は超伝導材料工学、極低温工学、冷凍機技術、電気工学等の分野新しい領域を開いてきた。
 炉工学は、これまでに学問的に正しい理解、新しい知見、情報、基礎データを提供してきた。また、既存の学問分野でも新しい研究テーマとなってその分野を活性化したり、新しい分野を開拓してきている。表4.2.1-1に核融合炉工学各分野と、それらが先端的な開発を行ったために進歩に貢献した工学の各分野の例をまとめる。

表 4.2.1-1 核融合の炉工学が関係する学問分野

 超伝導熱力学、熱工学、低温材料、電気工学。
 NBI電気工学(イオン工学)、原子分子、プラズマの物理。
 RF電磁力学、量子物理学、電気工学。
 耐熱機器伝熱流動熱工学、機械工学、化学工学。
 ブランケット金属工学、材料化学、熱工学、機械工学、核工学。
 炉構造建築、土木工学、機械工学、計測制御工学、ロボット工学、放射線工学。
 燃料給排気真空工学、計測工学、電気工学、機械工学、低温工学、材料工学
 トリチウム化学工学、電気化学、物理化学、分析化学。
 材料冶金工学、金属工学、材料工学、固体物理。
 中性子加速器工学、応用物理。

 これらは、基礎的な研究を目的として行ったものではなく、ITERの開発で必要となる先端技術を目的とした開発の過程で進歩がみられたもので、今後、ITERの実機の製作、運転を行う段階でもさらなる進展が期待されるものである。特にITERでは従来にない規模でのシステムの統合があり、これによってシステム工学、制御工学の面でも新たな進歩が予想される。
 核融合炉の要素機器が技術開発の目標となることによって、個々の技術分野が進歩することの他に、科学技術全体のポテンシャルを高める効果も期待される。最先端の性能が要求される装置は、一般民生用よりもむしろ、他の分野の先端技術開発や基礎科学研究の進歩に寄与することが多い。加速器や超伝導技術、計算機シミュレーション技術や測定技術、不純物除去技術、大型・精密装置の設計製作技術などは、核融合単独ではなく他の物理や宇宙、材料、生物関係の広い範囲の科学技術の発展に貢献しうる。
 また、特定の装置の開発を目的とする工学は、専門性が高い応用工学であるが、実際には多くの先端的な開発に伴う基礎的な理学工学分野へのポジティブなフィードバックが経験されている。これは、先端技術による大型開発が実現すると、それまで地上では観測され得なかった新しい現象や人工的環境を実現し、新しい学問対象、分野が出現するためであり、これによって刺激された基礎科学はまた応用工学を生む。このサイクルが学問、人材養成、教育、産業技術の進歩の温床となる。核融合工学ではITERによる燃焼プラズマと、それに付随した極限環境を実現するため、こうした効果が起こることが期待される。この効果は長い時定数を持つものであり、必然的に世代間での技術、学問の伝達を含んでいる。
 科学技術体系の中での核融合研究の関係を、図4.2.1-1に模式的にまとめた。このような技術的求心力を持った総合装置という意味でITERは核融合開発についてだけでなく科学技術の意味でも意義は大きい。単に学問の1分野としてだけではなく、国際間、世代間、学問と産業との連係の中での科学技術発展のコアとして長期的、間接的に、しかし広い範囲で影響を与え続けるものである。

図 4.2.1-1 科学技術体系の中での核融合研究の位置づけ

4.2.2 ITER建設の波及効果
 ITERの建設に向けた研究開発の結果として実現した技術は、核融合の目的以外にも様々な分野で利用されたり、将来において利用される可能性を持っている。
 核融合炉工学研究の成果、特にITER活動開始以降の成果の他分野への波及効果は、大きく3種類のカテゴリーに分けることができる。
(1)実用化技術:既に成果が産業界に利用されているもの。
(2)利用可能技術:達成技術レベルが従来産業界で使われている技術を凌駕しており、成果が具体的に産業界に利用可能とみられるもの。
(3)共通技術:現在の開発技術が将来的に他分野に応用可能と期待できる共通基盤を持っているもの。
 カテゴリー(1)の実用化技術は、既に一般に実用化された技術については産業界の技術レベルに近いものが多い。具体的には、特許またはそれに準ずる開発技術で、ライセンス契約等や商品化が行われているものがそれに該当し、派生技術とみなされる性格が強い。
 一方、カテゴリー(2)の利用可能技術は先端性、先進性の強い、大きなポテンシャルの技術であるため、これら核融合の最先端の成果が産業界に浸透するためには早いものでも5〜10年の期間が必要と見込まれる。
 また、異なる分野の先端技術同士では、それぞれの特殊な技術要求のため特異な技術開発が進められており、技術波及の流れは一方的なものではなく、相互に影響しあっていることが多い。カテゴリー(3)の共通技術はそのような性格の技術であって、具体的な波及効果は将来可能性はあるものの現時点ではあきらかになっていない。
 各技術について代表的なものを表4.2.2-1にまとめた。例えば、核融合で培われた超伝導技術は、大型超伝導コイルを使う加速器などの様々な分野で、線材、冷凍機、電流供給などの面で応用されており、またそれらのコストダウンにも貢献している。将来は電力貯蔵などの応用可能性がある。

表4.2.2-1 核融合波及効果の代表例

 また、プラズマ加熱用の中性粒子入射装置のイオンビームは、特に従来にない大電流、大面積であり、産業用の半導体や液晶製作に応用されている。図4.2.2-1にその原理を示す。
 同じくプラズマ加熱に使用されるミリ波帯のジャイロトロンは、これまで難しかった複雑な形状のセラミックの接合、焼結の装置として商品化されており、今後は、半導体の材料や人工ダイヤモンドなど高機能新材料のプラズマ化学合成や表面加工、また将来的にはレーダーやエネルギー伝送への応用が期待できる。(図4.2.2-2)
 この他にも、ITERの遠隔操作用に開発された高真空、ロボット技術は原子力や真空環境用のメンテナンス装置などに実用化され、また真空技術やトリチウム技術では排気ポンプやガス分析計、ガス処理精製技術がそれぞれ工業的に使われている。
 核融合炉工学は、先端性の強い応用工学をシステム化する性格が強いが、以上みてきたように、
・身近な技術への波及
・先端技術としての他分野への影響、
・基礎的な学問への貢献、活性化

のそれぞれについて大きな成果をこれまでにあげてきたことが認識される。核融合開発で達成された技術は現在最先端の性能、極限環境を対象とした物が多く、コストが高い一方需要は限られているので、一般産業用の技術よりは、他分野の研究開発などの将来技術が多い。例えば、高エネルギー物理、宇宙、環境などの分野で核融合の成果が利用されている。しかし、宇宙開発の過程で合成された新素材が現在一般民生用に使われているように、核融合研究の波及技術の幾つかは、数十年後に広く使われる可能性が高い。
 これらの成果は、波及効果や基礎的な研究を目的としてあげられたものではなく、核融合実験炉という具体的な目標のための研究開発の結果として発生したものであることに留意する必要があると思われる。今後、ITERの実機の製作、運転を行う段階では、より一層こうした波及技術の発生は加速するものと期待できる。
 核融合研究開発には、科学技術の振興、産業技術への波及効果のような直接の効果とともに、教育、研究および人材育成の観点からの効果も期待される。核融合研究開発自体が、従来技術を超えた性能をもつ装置や技術を要求するために、その研究開発に従事する大学、研究所、産業において技術者、研究者を育成しており、それらの人材は核融合分野のみではなく、広い分野に核融合で培った先端の工学、技術を浸透させることとなる。大学は研究者の育成の観点からも研究テーマが必要であり、企業においては自社による商品化のリスクを負わずに先端技術を製品に応用する機会が必要である。この意味で、核融合炉の開発は、我が国の技術力の向上に貢献している。特に核融合研究は、ITER/EDAに見られるように国際共同作業が活発であり、人材育成の面では技術力と共に国際性でも有効な分野である。さらに、ITERの国内立地による人材育成面での効果として、国際的な科学技術者の日本への長期にわたる滞在と我が国学会、産業界との交流をもたらし、国際的な人的ネットワークの構成効果が期待できる。これは現在のITER参加極のみに限らず、核融合エネルギーの導入に興味を持つ、途上国を含む多くの国々の科学者、技術者の滞在、交流も含むもので、我が国が広範な科学技術分野において国際的な求心力を得る機会を与えるものと言える。

図 4.2.2-1 プラズマ加熱用中性粒子入射装置の負イオンビームの応用例。

プラズマ加熱用の負イオンビームの応用例として、シリコン単結晶を簡便にスライスする技術がある。これは、大電流で収束性の良い水素負イオンビームをシリコン単結晶基板に直接照射し、水素による剥離(デラミネーション)現象を利用してシリコン薄板を剥ぎ取るものであり、世界で初めて10ミクロンの均一な厚さを持つ単結晶薄板をつくることに成功した。効率の高い太陽電池や、次世代集積回路の半導体基板としての応用が期待される。

図 4.2.2-2 プラズマ加熱用高周波技術の波及効果。

ITERや核融合研究用に開発してきた高周波(RF)源技術は従来技術にくらべ、周波数や電力が、1から2桁大きく、既に、クライストロンは加速器に、ジャイロトロンは複雑な形状のセラミックの接合・焼結装置として商品化され、今後は半導体、人工ダイヤモンド等の高機能材料の製造への応用、さらに、将来は、ミリ波の特徴や大電力の特徴を活かし宇宙レーダーやエネルギー伝送への応用も期待できる。