1.4 総合的な分析
1.4.1 未来のエネルギー源の有力な選択肢の提供
 20世紀における大量の化石燃料の発見とその利用形態の進歩は、電気以外の分野でのエネルギー消費を増大させた。1.3.1.2節で述べたように、その資源量は200年程度のオーダでは枯渇しないものであるが、人類の長い歴史の中では一瞬にして枯渇してしまうものである(図1.4.1-1, [1.4.1-1])。
 一方、化石燃料エネルギーは、地球温暖化の観点からは、温暖化の原因と看做されているCO2排出原単位が大きいエネルギー源であり、その大量消費は地球規模の気候変動を起こす潜在的な危険性(ポテンシャル)を持っている。
 他方、核分裂発電の場合、海水ウラン回収技術の経済性が実証されれば、軽水炉であっても実質上無限のエネルギー源となる。しかしながら、核分裂発電は安全確保に細心の注意が払われているものの、その潜在的放射線リスク指数が大きいため、安全に対する不安感等から継続的利用や、これ以上の増設を望まないという国民の声もある。
 また、近年注目を浴びている、太陽光、風力などの再生可能エネルギーは本質的に供給が不安定であり大規模な基幹エネルギーとしての信頼性に問題がある。
 このように、21世紀以降におけるエネルギー長期戦略には、大きな不確実性が伴っている。1.3.3節で記述したように図1.4.1-2 [1.4.1-2] は、これら現在の主力電源における2大ポテンシャルの観点から、核融合を軽水炉、火力と比較したものである。地球環境(温暖化)問題が顕在化し、火力発電に制限を加えざるを得なくなった時、もしくは、人類の長い歴史から見て数世紀後に、一瞬の化石エネルギー時代が終焉した時を想起すると、代替可能なエネルギーオプションを増やしておく必要性は高い。ITER計画懇談会の中間報告書では“ITERへの投資は、エネルギーに関する保険料”と位置付けており、多数の合意が得やすい絶妙の接点と理解している。
 核融合開発は、エネルギーセキュリティの観点からも重要である。核融合の開発を未来のエネルギー源の有力な選択肢として行うことによって、不確定な将来に対して保証を与え安心を得ること、不都合な事態へ懸念により発生する不利益に対しての抑止力を得ることができる。安心、抑止力としての意味は、核融合エネルギーが「バックストップテクノロジー」、つまり、他のエネルギー源が何らかの理由で使えないときに我が国の基幹エネルギー源となりうるということによって与えられる。核融合を選択肢の提供以上のものにするためには、実用エネルギーとしての多くの課題を解決することが必要である。コスト目標を定めた開発が必要であり、現在進めているITERのコスト低減の努力は重要である。

 核融合への投資が宝くじ的な投機ではなく、選択肢の提供としての意義を持つためには、万が一、最終的に核融合が市場競争力を得られない場合に於いても、その開発は十分有意義であったと認知されることが重要であり、そのためには保障の規模と迅速性、保障期間の長さ、保障対象の多様性が要求される。社会的な保障能力は主幹エネルギー源としてのポテンシャルを有していることであり、ITERを中核装置とする第三段階計画が成功することによりその能力を見通し得る。研究開発投資の回収の観点からは、可能な限り早期に、たとえ発電コストは高くとも、確実なエネルギー供給能力を示すことが重要である。他のエネルギー源が使用できないときに核融合が利用可能であるためには、他のエネルギー源に想定される限定要因が核融合に影響しないことが必要である。核融合は、原理的にはこれらの化石燃料、潜在的危険性、使用済燃料の問題は介在しないので長期的な保証が可能である。もうひとつ重要となる技術的なポイントは、既存エネルギー源の代替能力の大きさであり、これは掛け金に対する保障の大きさ、保障対象の多様さに相当する。現在想定されている核融合のエネルギー供給能力はベースロード電力として原子力発電や火力発電に代替が可能であるが、この他に負荷追従運転による、より大きな電力供給への貢献と、軽水炉より高い温度の熱の取り出しが可能なことによる、エネルギー供給熱源として大きな潜在的能力を持っている。

参考文献

[1.4.1-1] 電力中央研究所(依田直監修)「次世代エネルギー構想」電力新報社
[1.4.1-2] 菊池 満、本分科会、資料第4-5

1.4.2 バランスの取れたエネルギーとしての核融合
 21世紀後半以後のエネルギー供給技術に要求されると思われる重要条件項目は以下のようなものであろう。
1) 資源量が豊富で不偏在なこと
量の豊富さだけでなく、石油の中東集中のような状況は避けることが望ましい。
2) 環境に対してできる限りクリーンであること
ここではCO2をはじめ、その他すべての公害物質、放射性廃棄物が問題となる。すべてがゼロであることを求めれば、自然エネルギーでさえ解答にならない。どうすれば理想に近いものとなるかを考えるべきである。
3) コストが合理的範囲であること
コストを度外視すれば実現可能というような理想論では、たとえ技術的に容易に実現可能であっても役にたたない。コストの観点を忘れたエネルギー事業は存在しえないからである。
4) 基幹システムとして十分なエネルギーを安定して供給可能なこと
例えば自然エネルギー等だけではこの条件を十分に満たせないと思われ、基幹電源としてはもっと安定したシステムが望まれる。
5) 安全かつ安心であること
技術的に安全であることと、安心であることは異なる。ある仮定された条件のもとに安全が証明されただけでは、仮定した以上のことが発生したら危険という論駁から逃れることは難しく、一般市民の安心感を得ることはできない。潜在的ハザードが極力小さいことと共に、ほとんどありえないほどの厳しい条件を仮定しても重大な危険が発生しないことが重要である。また、このことについて一般市民が理解し納得することも重要である。

経済性比較の節(第1.3.6節)では、運転時の技術的安全性は当然のこととして、上記のうち 1)〜4) の4条件を前提に議論した。しかし、現実の運用にあたり国民からの支持を得るには、さらに 5) の項目の安心感を含めた高い安全性を十分なレベルで満たすことが必須と思われるので、ここではそれを加えて考えることにする。
 通常の火力発電だけでは 2) を十分に満たせない。再生可能エネルギーや自然エネルギーは、完全に不偏在とまでは言えないが資源量は十分であり、 1)、2)、5) に関しては優秀である。しかし、将来的にも 3) や 4) の条件を同時に満たすことは難しいであろう。軽水炉については鉱山からのウラン資源には制約があり、少なくとも現状のままでは1)を満たすことができない。
 現時点で実現性が確実視されている技術で、上記各条件をある程度のレベルで満足し、21世紀以後少なくとも数百年にわたり基幹電源としても十分な量を安定して提供しうる将来エネルギー源としては、高速増殖炉(FBR)、海水ウラン利用軽水炉(LWR-SW)、CO2回収付火力(石炭、在来型または非在来型天然ガス)が考えられる。もし核融合炉が開発できればこれに核融合も加わることになる。
 これらのうち、まずCO2回収火力であるが、現状技術では発電コストは海洋投棄コストをふくめて15円/kWh以上と予想されている。海外では、天然ガスの廃田に圧入するなどの環境破壊の可能性が比較的低い方法が考えられるが、日本ではCO2処分に適した地形がなく、海洋への処分以外には考えにくい。仮に技術開発でコストはさらに下がったとしても、日本だけでも年間1億トンにも達しそうな量のCO2を海洋に長期間放置(あるいは放流)して問題ないとは言い切れない。日本以外でもCO2処分に適した地形をもっていない地域も多いとおもわれる。
 FBRを含めた核分裂原子力については、現状では不確定な高レベル放射性廃棄物の処分の問題を別にすれば、十分低い発電コストで長期にわたってエネルギーを供給できる可能性がある。しかしながら、スリーマイルアイランド事故やチェルノブイリ事故が起き、世界的に見ても立地促進が容易でない状態が続いている。また、核分裂炉の核燃料サイクルに関して、ウランやプルトニウムといった核物質の輸送を伴わざるをえないことは核拡散防止の観点から一つの弱点であるし、最近、国内の燃料加工工場等、発電所外の燃料サイクルループ上でも事故が発生した事実は、国民に大きな不安感、不信感を与えることとなった。
 したがって、21世紀以後のエネルギー源には核融合のような革新的技術による新エネルギーシステムが必要なのである。
 第1章では、核融合炉ならば上記各条件を十分にを満たしうるのかどうかを考えてきた。その総括として、CO2回収付石炭火力や海水ウラン利用の軽水炉(LWR-SW)と核融合炉の特性を比較したものを図1.4.2-1に示す。

燃料資源量の指標として可採年数
CO2削減効果の指標として、CO2排出量の逆数
経済性の指標として発電原価の逆数
運転時ハザードの指標として潜在的放射線リスク指数の逆数
 (運転中の炉内の全移動性放射能で評価)
廃棄物放射線リスクの指標として炉の運用停止後20年の時点での放射線リスク指数の逆数
 (30年間運用したとし、核融合炉と軽水炉は全廃棄物を、石炭火力は全石炭灰を考慮)

の5項目を比較してある。放射線リスク指数の定義は1.3.3.1節を参照されたい。ここで比較した3システムは重要条件項目 4) の供給安定度に関しては特に問題がないのでそれに関連する指標は省いた。運転時ハザードの指標と廃棄物放射線リスクの指標は軽水炉を基準(=1.0)に、その他はCO2回収なしの現行石炭火力の値を基準とする。中央点は0.0001以下を表わす。核融合炉としては主に原型炉SSTRの値を用いたが、経済性については初期の実用炉の目標も示した。表1.4.2-1は、この図の作成で使用した数値をまとめたものである。FBRは潜在的放射線リスクなどの評価が行われていないためここでは除外したが、技術成熟後は発電原価がさらに安くなる可能性があることを除けばその特性はLWR-SWと大きくは違わないであろう。図で特性線が囲む面積が広いほど、上記5条件をより高いレベルで満たしていると考えられる。核融合炉は原型炉の段階であっても囲む面積はかなり広い。もし実用炉の目標を達成できればほぼバランスの取れた五角形となり、未来のエネルギー源として優れていることがわかる。

 本章で考察してきた結論を簡潔にまとめれば、核融合炉は、前節で述べた1)から5)の条件各項目に関して、以下のように総括される。

1) [資源]
資源量は必須の構造材料等も含め十分に豊富。特に燃料資源については、海水中ウランとの比較でさえ、リチウム資源はその200倍もの膨大な量が存在しており、実質的に無制限である。
2) [環境影響]
CO2発生は核分裂原子力並で非常に低く、他の環境破壊物質生成も微少
3) [コスト]
コストは他の将来エネルギー源と競合可能範囲にできる見通しあり
4) [安定度]
大規模エネルギー源に適する(電源以外としての利用も含む)
5) [安全性・安心感]
運転時の潜在的ハザードは核分裂原子力の1000分の1。炉使用終了後20年で、炉から生じた全廃棄物による放射性リスク指数が石炭火力が放出する石炭灰の放射線リスク指数程度まで減衰、以後はさらに減少。燃料サイクルは所内で完全に閉じ、かつ核物質(ウラン・プルトニウムなど)の輸送と無縁。同時に、いかなる状況下でも核的暴走はしない、冷却喪失事故時の構造材中の発熱が軽水炉に比べて低い、などの安全な特性も備えている。

すなわち、仮に核融合炉が実現すれば、本節冒頭で述べた将来のエネルギー源に対する重要条件項目をかなり高いレベルで満たすことができる可能性がある。核融合は資源の豊富さ・不偏在さで圧倒的に優れているのと同時に、致命的と思われる弱点がない。例えば、クリーン度で突出していても建設コストや発電コストが非常に高いなど、全体バランスに欠けた代替エネルギーも少なくない。それに対して、核融合炉は全体バランスに優れているのが最大の特長といえる。原型炉段階ではコストがやや高いものの現行電源の2倍以内には確実に入っているし、実用化時点では競合領域に入ってくると思われる。現実の運用においては、一部の特性だけが突出して優秀ながら他方で重大な欠点を抱えているようなシステムより、全体バランスの取れた特性が望まれるであろう。核融合以外の技術で条件項目すべてをバランスよく満たしうる技術は、現在において技術予測が可能な範囲では存在していない以上、21世紀後半以後の主力エネルギー源として核融合は非常に有望であり、工業立国である日本のような国が中心となってぜひとも実現しなければならない技術であると言える。

表1.4.2-1 システムの総合評価例(図1.4.2-1)で前提条件とした数値など
(四角で囲んだ値が図での規格化基準値)

図1.4.2-1 システムの総合評価例
現行石炭火力(CO2回収なし)の値を基準(=1.0)とした。ただし、安心・安全と
廃棄物放射線リスクの項目は軽水炉が基準。経済性のみリニアスケールなのに注意