第1節 核不拡散強化への動きと我が国の立場
1 核不拡散強化の背景
(核拡散への懸念)
昭和48年10月の石油危機を契機として,原子力発電は,今まで以上に石油代替エネルギー源として注目されることとなった。このため,昭和47年には,原子力発電所を運転若しくは計画中の国は,欧米先進諸国を中心に28か国であったが,産油国,開発途上国が競って原子力発電の導入を図るようになった結果,昭和52年6月末には43か国に増加した。このような中で,昭和49年5月には,インドが核爆発実験を行った。
また,これまで原子力開発を進めていた西ドイツ,フランス及びカナダがパキスタン,ブラジル等への原子力発電施設あるいは再処理技術の輸出を行うなど,供給国として成長してきている。
このように原子力平和利用が,核不拡散条約未加盟国を含めて拡大したこと,及び原子力施設,技術の供給国が増加してきたことを契機として,核拡散への潜在的可能性を増大させるのではないかとの危惧が国際的に次第に高まってきた。また,一方では,核物質取扱い量の急速な増大に伴って組織的な暴力集団等による盗難等不法行為のおそれも懸念されるに至ってきた。
保障措置とは,
核物質が認められた用途から流用しないように監視し,また,起こりうる流用を迅速に検知し,あるいは,流用が起こっていないことを
保証するための諸制度。
核物質防護とは,
核物質の窃取,強奪等による不法な移転及び,それらを取扱う施設又は輸送に対する妨害や破壊行為から核物質を守ること。
このため,核拡散をより効果的に防止するため,国際原子力機関による保障措置と,盗難の防止等に対処する核物質防護を両者一体として強化,整備することの必要性が国際的な共通の認識となった。
(核不拡散条約に基づく保障措置の現状)
現在,核不拡散の国際的体制は,核不拡散条約(NPT: Treaty on Non-Proliferation of Nuclear Weapons)に基づき,核爆発への転用を未然に防止するために国際原子力機関が保障措置を実施することを基本としている。11月末現在,101か国がこれに加盟している。また非加盟国においても,その要請がある場合には国際原子力機関の保障措置を利用することができる。
しかしながら,非加盟国には,核兵器保有国であるフランス,核爆発実験を行ったインド,原子力施設の輸入問題で注目を浴びたパキスタン及びブラジル等があり,したがって,全世界的に核不拡散条約の実効をあげるためには,これらの未加盟各国の早急な加盟が必要である。
我が国は昭和45年2月に核不拡散条約に署名し,昭和51年6月に批准した。署名に際し我が国は「この条約を真に実効あるものとするため核爆発能力を有すると否とを問わず,できるだけ多くの国がこの条約に参加すること」,「核兵器国が,この条約の第6条に従い核軍備の削減,包括的核実験禁止等の具体的な核軍縮措置を採っていくこと」,「原子力平和利用活動がいかなる意味においても妨げられてはならないこと」等を要請する旨の我が国の立場を明らかにした。更に,同条約に基づき,国際原子力機関との間で保障措置協定を締結し,昭和52年11月,国会の承認を得た。同時に,関連する国内保障措置体制整備のため,国際規制物資の適正な計量及び管理を確保するための計量管理規程,立入検査規定等についての核原料物質,核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下「原子炉等規制法」と略す)の改正が成立した。
これによって,我が国の保障措置体制,特に,査察体制の合理化が図られ,欧州原子力共同体(EURATOM)と同様の立場を確保することとなった。
我が国としては,核不拡散条約加盟国の拡大を何にも増して推進すべきであり,そして,それと並行して,保障措置技術の一層の改善を図りつつ,核不拡散を一層効果的なものにすることが必要であると考えている。
(核不拡散強化の動き)
原子力資材及び技術の輸出政策に関して意見交換を行うため,原子力先進7か国(日本,米国,ソ連,英国,フランス,西ドイツ,カナダ)により原子力平和利用先進国間会議(いわゆる「ロンドン協議」)が昭和50年4月以来続けられてきたが,参加国も現在15か国に拡大されている。
また,核物質防護に関しては,昭和52年10月末に36か国の政府代表による国際条約の検討のための会議が開催され,条約化の準備が進められている。
これらの動きと軌を一にして,米国は昭和51年10月のフォード大統領声明による濃縮・再処理施設及び技術輸出の一時停止の呼びかけ,議会での核不拡散政策強化のための活動の活発化等を背景として,昭和52年4月カーター大統領が新原子力政策を打ち出した。
また,カナダ及びオーストラリアは,ウランの輸出に際して,その再処理・濃縮についての事前同意を条件とする等の新輸出政策を発表し,カナダはその政策の実施のために必要な原子力協力協定の改訂交渉を我が国及び欧州原子力共同体と行うに至っている。
これら一連の最近の動きは,これまで核兵器への転用を防止しつつ,原子力平和利用を確保するために進められてきた国際原子力機関による保障措置,更には核不拡散条約体制を補強し,より一層効果的に核拡散を防止しようとするものであり,核不拡散条約に続く新たな段階に入りつつあることを示している。
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