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特集 東京電力株式会社福島第一原子力発電所事故から10年を迎えて

概要

 2021年3月11日に、東京電力株式会社1 (以下「東京電力」という。)福島第一原子力発電所(以下「東電福島第一原発」という。)の事故から10年を迎えました。福島県内の空間線量率は、同原発の直近以外は、国内外の主要都市と同程度に低下しています。放射線が直接の原因となる健康影響も確認されておらず、また、ごく一部のキノコ・山菜類、水産物を除き、放射性物質の基準値を超える農林水産物も見られなくなっています。しかし、いまだ3.6万人の福島県民が避難を続けており、浜通り地域には空間線量率が高く帰還できない地域が県面積全体の約2.4%存在しています。加えて、福島県に対する国内外の風評は固定化し、差別が根強く残っています。また、避難指示が解除された地域においても、極端な人口減と少子高齢化、医療・介護、コミュニティ再生等の課題を抱えています。
 事故を起こした原子炉は廃炉が決定しましたが、最終的な廃止措置完了まで20年以上の長い年月を要します。1~4号機は放射線量が極めて高く、近づくことができないエリアが多いため、事故の調査・分析にはまだまだ取り組むべきことが山積しています。
 事故後、様々な機関が事故調査委員会を立ち上げ、事故原因の分析に取り組み、教訓を引き出し、それぞれの立場から提言等を行いました。10年を経て、それらの教訓や提言は、社会や制度にどのように生かされているでしょうか。
 福島の復興・再生は、活力ある日本の再生に不可欠なものです。帰還困難区域を除き、2018年3月までに面的除染が完了し、2020年3月までに避難指示も解除されました。避難指示が解除された地域を中心に、学校、病院、商業施設等の生活環境の再整備、農林水産業や商工業等のなりわい再生、交通インフラの整備・再開、新産業創出に向けた国家プロジェクト「福島イノベーション・コースト構想」等の取組が急速に進みました。その一方で、例えば、介護サービス体制の確保・維持や農林水産物に関する風評被害払拭等の課題も存在しており、取組が不可欠です。
 ここ10年間で福島の復興・再生は着実に進展してきましたが、その取組は道半ばです。今後も、廃炉と復興・再生の取組を着実に進めることが必要です。その際、風評と風化の問題を忘れてはなりません。風評問題への取組として関係者が各々できることを行うことも重要です。また、全ての原子力関係者は、原子力災害による深刻な事態の記憶と教訓を忘れてはなりません。加えて、原子力の安全確保や信頼の再構築に向けた取組や組織が内在する本質的な課題解決へ向けた対応を継続していくことが不可欠です。この国を担う次世代が原子力等に関する科学的な知識を身に付け、正しく判断ができるように、関係者が支援していくことも重要です。


1 福島の今(事故後10年を経て)

(1)オフサイト(東電福島第一原発敷地外)の現状

 2011年3月に発生した東電福島第一原発の事故から、2021年3月で10年を迎えました。事故当時、原子炉建屋の爆発に伴い、福島県には大量の放射性物質が降り注ぎ、事故直後に県内各地で測定された空間線量率はかなり高い値を示していました。
 10年後の今、福島県はどのような状況なのでしょうか。
 2020年9月時点の福島県内の空間線量率は、事故直後から大きく下がり、東電福島第一原発の直近以外は、ニューヨーク、パリ、ロンドン等の海外主要都市とほぼ同じ水準となっています(図1)。


環境放射能測定地

空間線量率の推移(福島市)

海外主要都市と福島県内都市の空間線量率

図1 海外主要都市と福島県内都市の空間線量率

(出典)福島県「復興・再生のあゆみ(第4版)」(2021年)、第6回原子力委員会資料第2-1号 復興庁「福島復興の概況」(2021年)に基づき作成


 また、2020年10月時点の東電福島第一原発から半径80㎞圏内の地表から1mの高さの空間線量率も、2011年11月と比較して約80%減少しています(図2)。


空間船長率の推移

図2 空間線量率の推移

(注)本値は対象地域を250kmメッシュに区切り、各メッシュの中心点の測定結果の比から算出したもの。
(出典)第6回原子力委員会資料第2-1号 復興庁「福島復興の概況」(2021年)


 放射線による健康影響はどうなっているでしょうか。
 福島県では、2011年から継続して県民健康調査を行っています。東電福島第一原発事故発生直後から4か月間の累積外部被ばく線量については、調査対象者の99.8%が5ミリシーベルト未満、最大値は25ミリシーベルトであり、放射線による健康影響があるとは考えにくいと評価されています。また、震災時福島県に居住していた18歳以下を対象にした甲状腺検査の結果、現時点において本格検査で発見された甲状腺がんと放射線による被ばくの間の関連性は認められないとされています2。さらに、2021年3月に原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR3)が発表した報告書では、被ばく線量の推計、健康リスクの評価を行い、放射線被ばくによる住民への健康影響が観察される可能性は低い旨が記載されています。
 農林水産物に対する放射線の影響はどうなっているでしょうか。
 2012年4月以降、厚生労働省が、コーデックス委員会4が定めた国際的な指標を踏まえ、食品の摂取により受ける放射線量が年間1ミリシーベルト未満になるように国際的な基準よりも厳しい基準値を設定しました。市場には、検査の結果、この厳しい基準値を下回る食品のみが出荷されています。米の全量全袋検査等の関係者の様々な取組により、2018年度以降は、農畜産物で厳しい基準値を超過したものは見られなくなりました。
 生活や社会基盤の再建も加速し、生活環境の整備が大きく進みました。復興公営住宅の整備、店舗の開設、産業団地への企業進出、医療・介護・福祉施設の再開・開設、小中学校の再開や新規開校、高速道路の整備やJR常磐線の全線開通等の環境整備が進んでいます(図3)。


生活環境整備の状況

図3 生活環境整備の状況

(出典)第6回原子力委員会資料第2-1号 復興庁「福島復興の概況」(2021年)


 浜通り地域等に新たな産業基盤や交流地点の構築を目指して、「福島イノベーション・コースト構想」が打ち出されました。この構想に基づき、2020年3月、福島ロボットテストフィールドが全面開所しました。また、世界最大級の水素製造実証施設で、水素の製造・出荷を開始しました。このような取組を始め、廃炉、ロボット・ドローン、エネルギー・環境・リサイクル、農林水産業、医療関連及び航空宇宙の6分野において、技術開発を通じた新産業創出等を支援しています。
 さらに、福島の創造的な復興に不可欠な研究開発及び人材育成に取り組み、産業競争力強化や世界に共通する課題解決に資するイノベーションを創出する中核拠点として、国際教育研究拠点を整備する方針が明らかになりました。
 このように福島県内の状況は大きく変わっていますが、残念ながら、10年たっても国内外における福島のイメージは依然として事故当時の印象が強く、多くの人にとってその当時の印象が残っていると言わざるを得ません。
 例えば、民間企業が東京都民を対象に行った調査では、4分の1の割合の人が、放射線が気になるため福島県産の食べ物や福島県への旅行を家族や知人に勧めることをためらう、と回答しています(図4左・中央)。また、半数の人が、福島県の現状を正しく理解していると思わない、と回答しています(図4右)。


福島県の復興状況や放射線の健康影響に対する東京都民へのアンケート結果

図4 福島県の復興状況や放射線の健康影響に対する東京都民へのアンケート結果

(出典)第4回原子力委員会資料第2号 立命館大学 開沼博「福島第一事故がもたらしたものと福島再生・復興の意義」(2021年)に基づき作成


 福島の復興を支えるためには、まず福島の現状を理解してもらうことから始める必要があります。
 一方、2021年3月時点で、福島全域でいまだに約3.6万人の方が避難生活を送られています。
 2020年3月には、帰還困難区域を除く全ての避難指示区域が解除されるとともに、帰還困難区域にある特定復興再生拠点区域の一部区域の避難指示も解除されました。この結果、避難指示が残っている区域は県全体面積の約2.4%まで縮小しました。しかし、特定復興再生拠点区域外の帰還困難区域については、避難指示解除の具体的な方針が示せていない状況です。
 また、今なお放射性物質による汚染の有無又はその状況が正しく認識されていないため、農林水産業や観光業を中心に風評被害の影響が依然として残っており、福島の産業に影響を及ぼしています。海外の一部の国や地域は、いまだに福島県産農作物に対する輸入制限を続けています(表1)。このように、国内外には風評が固定化されている状態があります。


表1 諸外国・地域の食品等の輸入規制の状況(2021年3月17日時点)
規制措置の内容/国・地域数 国・地域名
事故後
輸入規制
を措置
54
規制措置を撤廃した国・地域
39
カナダ、ミャンマー、セルビア、チリ、メキシコ、ペルー、ギニア、ニュージーランド、コロンビア、マレーシア、エクアドル、ベトナム、イラク、豪州、タイ、ボリビア、インド、クウェート、ネパール、イラン、モーリシャス、カタール、ウクライナ、パキスタン、サウジアラビア、アルゼンチン、トルコ、ニューカレドニア、ブラジル、オマーン、バーレーン、コンゴ民主共和国、ブルネイ、フィリピン、モロッコ、エジプト、レバノン、アラブ首長国連邦(UAE5)、イスラエル
輸入規制
を継続
して措置
15
一部の都県等を対象
に輸入停止 6
香港、中国、台湾、韓国、マカオ、米国
一部又は全ての都道
府県を対象に検査証
明書等を要求 9
EU6及び英国、EFTA7(アイスランド、ノルウェー、スイス、リヒテンシュタイン)、仏領ポリネシア、ロシア、シンガポール8、インドネシア

(注1)規制措置の内容に応じて分類。規制措置の対象となる都道府県や品目は国・地域によって異なる。
(注2)米国は、日本で市町村・地区単位で出荷制限措置がとられている品目について、県単位で輸入停止措置を講じている。
(注3)EU27か国と英国は事故後、一体として輸入規制を設けたことから、一地域としてカウントしている。
(注4)タイ及びUAE 政府は、検疫等の理由により輸出不可能な野生鳥獣肉を除き撤廃。
(出典)農林水産省「原発事故による諸外国・地域の食品等の輸入規制の緩和・撤廃」(2021年)に基づき作成


 避難指示解除地域のうち、解除が早かった自治体では帰還住民も多かった一方で、解除が遅くなるにつれ、自治体によっては、帰還が進まず、極端な人口減と少子高齢化、これに伴う医療介護問題やコミュニティ再生という課題が顕在化しています。


(2)オンサイト(東電福島第一原発敷地内)の現状

 事故直後の東電福島第一原発の敷地は放射線量が高く、作業に当たっては放射線防護服による放射線防護措置が必要でした。しかし、現在は、原子炉内の温度が約15~35℃に維持され安定していることに加え、作業環境が大きく改善されているため、敷地面積の約96%のエリアで一般作業服等の軽装備による作業が可能となっています(図5)。


東電福島第一原発における一般作業服等エリアの状況

図5 東電福島第一原発における一般作業服等エリアの状況

(出典)第5回原子力委員会資料第1号 廃炉・汚染水対策チーム事務局「福島第一原発の廃炉・汚染水対策の進捗と今後の取組について」(2021年)


 東電福島第一原発の周辺環境も大きく改善しています。周辺海域の放射性物質(セシウム137)の濃度は、 世界的な飲料水の水質基準を下回る約0.7Bq/L未満(2020年12月)、敷地境界における年間被ばく線量は、規制値以下の年間約0.9ミリシーベルト(2020年7月)まで低減しています(図6左・中央)。


東電福島第一原発の周辺環境の改善状況

図6 東電福島第一原発の周辺環境の改善状況

(出典)第5回原子力委員会資料第1号 廃炉・汚染水対策チーム事務局「福島第一原発の廃炉・汚染水対策の進捗と今後の取組について」(2021年)に基づき作成


 一方で、溶融した燃料や原子炉内構造物等が冷えて固まった「燃料デブリ」の存在等により、1~4号機の原子炉建屋内とその周辺は依然として高線量であり、作業に当たっては放射線防護服が必要です。このような状況のため、東電福島第一原発事故に係る調査・分析には、まだまだ取り組むべきことが山積しています。
 政府と東京電力は、30年から40年後の廃止措置完了を目指し、東電福島第一原発の廃炉作業を進めています。現在の主な作業は、汚染水・処理水対策、使用済燃料プールからの燃料取り出し、燃料デブリの取り出しの三つです(図7)。汚染水については、遮水壁の設置等により、一日当たりの発生量が140㎥程度(2020年平均)まで抑制されています(図6右)。使用済燃料については、2021年2月までに3号機及び4号機からの取り出しが完了しました。燃料デブリについては、内部調査を行い、海外で取出装置の開発に取り組んでいます。また、廃炉の進捗に伴い増加する放射性廃棄物の減容化も含む処理・管理に向けた取組、新型コロナウイルス感染症への対策を含む作業環境改善等も進められています。


東電福島第一原発の廃炉における主な作業

図7 東電福島第一原発の廃炉における主な作業

(出典)第5回原子力委員会資料第1号 廃炉・汚染水対策チーム事務局「福島第一原発の廃炉・汚染水対策の進捗と今後の取組について」(2021年)


コラム ~東電福島第一原発事故の諸外国への影響~

 原子力・放射線利用を行う多くの国・地域では、東電福島第一原発事故後に自国の原子力施設の安全性を総点検する「ストレステスト」が実施されるとともに、国内法令・規則等の改正を含む様々な安全性向上策が講じられました。
 また、原子力政策の再検討も行われ、韓国、ドイツ、スイス等の一部の国では原発利用の縮小・撤退や脱原発の加速化が進められました。一方で、米国、ロシア、フランス、インド、中国、英国等の既存の原子力利用国の多くは、電力の安定供給や低炭素化の観点から、原発の利用あるいは拡大を継続する方針です。そのほか、UAE、トルコ、ポーランド、エジプト等の原子力発電未導入だった新興国においても、事故後も引き続き建設や新規導入計画が進められています。


諸外国・地域における東電福島第一原発事故を受けた主な対応
国・地域名 動向
米国
  • 原子力規制委員会(NRC9)が、規制強化の必要性等を検討する短期タスクフォース(NTTF10)の提言に基づき、「規制枠組み」「確実な防護」「緩和能力」「緊急時対応」「監督効率」各分野の対策を実施
欧州連合
(EU)
  • 2014年7月にEU原子力安全指令が改正され、6年ごとのトピカルピアレビュー実施等を盛り込み
欧州 フランス
  • 規制要求に基づき、事故発生したサイトに24時間以内に介入する特別チームと、設備を統括する「緊急行動部隊(FARN11)」を全国に配置
英国
  • 原子力規制局(ONR12)の安全評価原則が2014年に全面改訂
スイス
  • 規制指針等を改訂し、1万年に1度の確率の地震に対する安全証明の提出を事業者に要求
  • 原発の新設を禁止する段階的脱原発へと転換
ドイツ
  • 各原発の閉鎖期限を定め、2022年までの脱原発完了を決定
アジア 中国
  • 原子力安全や緊急事態対応体制、監督能力向上等の重点取組を盛り込んだ政府の原子力安全計画を策定
  • 2017年に原子力安全法を制定
韓国
  • 2011年に原子力安全委員会を大統領直属13とし、規制独立強化
  • 原発の新増設を認めない段階的脱原発へと転換

(出典)各機関の公表資料等に基づき作成


2 東電福島第一原発事故の検証と教訓

(1)事故の概要と事故対応

① 事故の概要

 2011年3月11日14時46分、三陸沖を震源とし、マグニチュード9.0及び最大震度7を観測する、国内観測史上最大規模の東北地方太平洋沖地震が発生しました。また、この地震に伴い、大規模な津波が発生しました。地震発生時、運転中であった東電福島第一原発の1〜3号機は全て自動停止するとともに、非常用ディーゼル発電機が起動して電源は確保されました。しかし、地震から約1時間後に同原発に到達した津波により広範囲にわたって浸水し、非常用ディーゼル発電機や電源盤、冷却用海水ポンプ等の多数の設備の機能が失われ、1~5号機で全交流電源喪失(SBO14)に陥りました。そのため、同日15時42分、東京電力は原子力安全・保安院に、「原子力災害対策特別措置法」(平成11年法律第156号。以下「原災法」という。)第10条の規定に基づく特定事象(全交流電源喪失)が発生した旨を通報しました。さらに、1号機及び2号機の原子炉を冷却する機能が喪失されたため、東京電力は原子力安全・保安院に対し16時45分、原災法第15条の規定に基づく特定事象(非常用炉心冷却装置注水不能)の発生を通報しました。この通報を受けて、19時3分、政府は原災法に基づく原子力緊急事態宣言を発令し、原子力災害対策本部(本部長:内閣総理大臣)及び原子力災害現地対策本部(本部長:経済産業副大臣)を設置しました。
 1~3号機では、冷却機能を失ったことにより原子炉圧力容器内の水位が低下して炉心が露出し、炉心損傷及び燃料溶融が生じました。溶融した燃料と床のコンクリートとの反応により水蒸気が発生するとともに、燃料の表面を覆う金属が水や水蒸気と反応して大量の水素が発生し、建屋内に充満したと推定されています。その結果、3月12日から15日にかけて、1号機、3号機、3号機と一部の配管を共有する4 号機の原子炉建屋において、それぞれ水素爆発と見られる爆発が起こりました。これらの爆発により建屋が大破し、ヨウ素131、セシウム134、セシウム137等の放射性物質が大量に放出される事態を引き起こしました。大気中に放出された放射性物質は、風に乗って飛散し、やがて雨によって地上に降下し、東電福島第一原発から北西方向へ延びる帯状の地域が高濃度に汚染されました15
 このようにして、事故が発生した東電福島第一原発敷地内(オンサイト)と、同敷地外(オフサイト)の両面での対応が求められる状況が発生しました。なお、この事故は、国際原子力事象評価尺度(INES16)において、旧ソ連のチェルノブイリ原子力発電所事故と同じレベル7(深刻な事故)に相当すると暫定評価されています。

② オンサイトにおける事故対応

 事故の収束に向けて、まずは、原子炉及び使用済燃料プールを安定的に冷却する機能を確保し、放射性物質の放出を抑制するための取組が最優先で進められました。具体的には、循環注水冷却の開始・継続、循環注水冷却システムの中期的安全確保、注水のコントロール、水素爆発リスク回避のための格納容器への窒素充填等が行われました。2011年12月には図8に示す状況に至ったことから、原子力災害対策本部において、原子炉は「冷温停止状態」に達し、不測の事態が発生した場合も、敷地境界における被ばく線量が十分低い状態を維持することができるようになったことが確認されました。また、これをもって、東電福島第一原発の事故そのものは収束に至ったと判断されました。


冷温停止状態に達した原子炉の状況

図8 冷温停止状態に達した原子炉の状況

(出典)第22回原子力災害対策本部資料1-1 原子力災害対策本部、政府・東京電力統合対策室「東京電力福島第一原子力発電所・事故の収束に向けた道筋(ステップ2完了)のポイント」(2011年)に基づき作成


 一方で、原子炉の冷却のために注水を続けることにより、建屋内に放射線レベルの高い汚染水が滞留し増加する傾向にあり、建屋周りの地下水が汚染されている可能性が高いため、汚染水の量を減少させること及び汚染水が敷地外に流出しないようにすることも課題となりました。そのため、建屋滞留水の保管タンクの設置を進めるとともに、2011年6月から処理施設の運転を開始しました。また、建屋内滞留水の水位を地下水位より低くすることにより、建屋内滞留水の漏出を抑制する対策がとられました。2013年9月には、「汚染源を取り除く」、「汚染源に水を近づけない」、「汚染水を漏らさない」という三つの基本方針に基づく対策を開始しました。多核種除去設備(ALPS17)等の高性能な浄化装置、建屋近傍の地下水位を下げる井戸「サブドレン」、建屋に近づく地下水を減らすための井戸「地下水バイパス」、建屋に近づく地下水を遮水する凍土壁「陸側遮水壁」、地下水の海洋への流出を防ぐ鋼鉄製の「海側遮水壁」、海側の地下水をくみ上げる井戸「地下水ドレン」等の整備・運用が順次進められています。
 冷温停止状態達成を起点に、30年から40年後の廃止措置完了を目標として、廃炉作業が開始されました。その主な作業として、汚染水・処理水対策、使用済燃料プールからの燃料取り出し、燃料デブリの取り出しに向けた取組が進められてきています(図9)。
 汚染水・処理水対策については、前述のとおり様々な対策が複合的に行われており、汚染水の発生量が大幅に抑制されるとともに、建屋滞留水の浄化処理が計画的に進められています。一方で、汚染水の浄化処理により生じた処理水の量が日々増え続けており、処理水の貯蔵用タンクの数は2021年3月末時点で合計1,000基を超えています。処理水中には、ALPS等では取り除くことができず、放射性物質の放出に関する規制基準値を超えるトリチウムが含まれるため、その取扱いが課題となっています。幅広い関係者との意見交換等を経て、政府は2021年4月、ALPS等の浄化装置の処理によりトリチウム以外の放射性物質について環境放出の際の規制基準を満たす水(以下「ALPS処理水」という。)の処分方針を決定しました。今後、2年程度後の海洋放出開始に向けて、設備等の準備や国内外の風評影響への対応等の取組を進めることとしています。
 事故当時に使用済燃料プールに保管されていた燃料は、各号機のプールから取り出し、敷地内の共用プール等において適切に保管する方針です。2014年12月には4号機、2021年2月には3号機の使用済燃料プールからの燃料取り出しが完了しました。また、原子炉建屋の状態やダスト飛散抑制等の諸条件が検討された結果、1号機については建屋を覆う大型カバーを設置してからガレキ撤去を進める工法、2号機については建屋を解体せずに建屋南側からアクセスする工法が採用されています。1号機は2027年度から2028年度、2号機は2024年度から2026年度の燃料取り出し開始に向けて、工事が進められています。
 燃料デブリ取り出しに向けて、2015年以降、透過力の強い宇宙線(ミュオン)を利用した透視調査や遠隔操作ロボット等による調査を実施し、燃料デブリの分布状況、燃料デブリへのアクセスルートを確認するための情報、工事の安全性の判断に資する情報等を取得しています。これらの内部調査で得られた情報を踏まえ、まずは2号機から試験的取り出しに着手し、取り出した燃料デブリの性状分析等を進めつつ、段階的に取り出し規模を拡大する方針です。2022年内の試験的取り出し開始を目指し、英国との協力により燃料デブリを取り出すためのロボットアームの開発等を進めています。


東電福島第一原発の廃炉に係るこれまでの経緯

図9 東電福島第一原発の廃炉に係るこれまでの経緯

(出典)第5回原子力委員会資料第1号 廃炉・汚染水対策チーム事務局「福島第一原発の廃炉・汚染水対策の進捗と今後の取組について」(2021年)に基づき作成


③ オフサイトにおける事故対応

 2011年3月11日、原子炉の冷却機能が失われたことにより放射性物質が周辺に漏出する可能性が高まったため、東電福島第一原発から半径3km圏内に避難指示(翌12日に半径20km圏内に引上げ)、半径10km圏内に屋内退避指示(同月15日に半径20~30km圏内に引上げ)が発出され、地域住民の避難が開始されました。その後、原子炉建屋の水素爆発による放射性物質の大量放出の状況等も踏まえ、2011年4月には、警戒区域、計画的避難区域、緊急時避難準備区域の設定が行われました。その後、2011年12月に原子炉が冷温停止状態となったことを受け、住民の帰還に向けた環境整備と地域の復興再生を進めるため、避難指示区域の見直しが開始され、2013年8月までに帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域が定められました(表2)。


表2 避難指示区域の変遷
区域名 対象範囲 概要
2011年4月
区域設定
警戒区域 東電福島第一原発から半径20km圏内 原則立入禁止、宿泊禁止
計画的避難区域 年間積算線量が20ミリシーベルトを超える区域 立入可、宿泊原則禁止
緊急時避難準備区域 東電福島第一原発から半径30km圏内 避難の準備、立入可、宿泊可
2013年8月
区域見直し
完了
帰還困難区域 年間積算線量が50ミリシーベルトを超える区域 原則立入禁止、宿泊禁止
居住制限区域 年間積算線量20~50ミリシーベルトの区域 立入可、一部事業活動可、宿泊原則禁止
避難指示解除準備区域 年間積算線量が20ミリシーベルト以下となることが確実な区域 立入可、事業活動可、宿泊原則禁止

(出典)第6回原子力委員会資料第2-1号 復興庁「福島復興の概況」(2021年)に基づき作成


 被災自治体や避難者の生活を支援するため、仮設住宅や公的な賃貸住宅の整備、経済的な理由により就学が困難な子供への就学支援、雇用機会の確保、福島県からの避難者に対する帰還就職の支援、被災地の医師・看護師等の確保等が行われました。また、福島県民の被ばく線量の評価を行うとともに、県民の健康状態を把握し、将来にわたる県民の健康の維持、増進を図ることを目的に、2011年6月から県民健康調査が開始されました。空間線量率が最も高かった時期における外部被ばく線量を推計する「基本調査」と、「健康診査」、「甲状腺検査」、「こころの健康度・生活習慣に関する調査」、「妊産婦に関する調査」が継続的に行われています。このうち甲状腺検査については、チェルノブイリ原子力発電所事故後に放射性ヨウ素の内部被ばくによる小児の甲状腺がんが報告されていることを受け、福島県の子供たちの甲状腺の状態を把握し、健康を長期に見守ることを目的に実施されています。
 環境中に放出された放射性物質が人の健康や生活環境に及ぼす影響を速やかに低減するため、除染が開始されました。警戒区域又は計画的避難区域の指定を受けたことがある地域については、除染特別地域として国が除染を担当しており、2017年3月に面的除染が完了しました。その他の地域については、国が汚染状況重点調査地域を指定して市町村が除染を実施しており、2018年3月までに面的除染が完了しました。なお、福島県内の除染に伴い発生した除去土壌等や、10万Bq/kgを超える災害廃棄物は、福島県外で最終処分するまでの間、中間貯蔵施設において安全に集中的に管理・保管することとされており、仮置場等からの搬入が進められています。
 除染の進捗に伴い、居住制限区域は2019年4月までに、避難指示解除準備区域は2020年3月までに、全て解除されました。被災地への早期帰還を促進するとともに生活再建や地域の再生を加速化するため、復興拠点や災害公営住宅等の整備、個人線量の管理等による放射線への健康不安・健康管理対策、営農・商工業再開に向けた環境整備、子育て世代が安心して定住できる環境整備等の様々な取組が行われています。
 長期の避難を余儀なくされている住民については、復興公営住宅の整備等による生活拠点の形成支援や、コミュニティ交流員の配置等による復興公営住宅での生活支援が行われているほか、県外避難者が避難先で今後の帰還や生活再建に向けて相談できる場として、全国26か所に生活再建支援拠点が設置されています。2017年5月には、将来にわたって居住を制限するとされてきた帰還困難区域内で、避難指示を解除し、居住を可能とすることを目指す区域として、「特定復興再生拠点区域」を設定することが可能になりました。2018年5月までに、帰還困難区域を有する双葉町、大熊町、浪江町、富岡町、飯舘村、葛尾村の特定復興再生拠点区域復興再生計画が認定され、2022年から2023年の避難指示解除を目指し、家屋等の解体や除染等の工事が進められています(図10)。なお、2020年3月には、JR常磐線の全線運転再開に合わせて、双葉町、大熊町、富岡町の特定復興再生拠点区域の一部の避難指示が先行して解除されました。また、2021年3月には、インフラ整備や帰還準備等を加速するため、大熊町の特定復興再生拠点区域において立入り規制の緩和区域が設定されました。
 特定復興再生拠点区域外の帰還困難区域については、2020年12月に、日常的な生活ではない土地活用に目的を限定して適用可能な避難指示解除に関する仕組みが決定されました。


特定復興再生拠点区域の状況

図10 特定復興再生拠点区域の状況

(出典)第2回原子力委員会資料第1号 環境省「東日本大震災からの被災地の復興・再生に向けた環境省の取組」(2021年)


(2)事故の検証と教訓

 事故後、政府に設置された「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」(以下「政府事故調」という。)、東京電力に設置された「福島原子力事故調査委員会」(以下「東電事故調」という。)、「福島原発事故独立検証委員会」(以下「民間事故調」という。)、国会に設置された「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」(以下「国会事故調」という。)、一般社団法人日本原子力学会に設置された「東京電力福島第一原子力発電所事故に関する調査委員会」(以下「学会事故調」という。)等、各種機関が調査委員会を立ち上げ、事故原因やその背景を分析し、提言や課題を報告書に取りまとめました(表3)。なお、これらの報告書は、オンサイトの事象及び政府の取組に対する分析が多くを占め、オフサイトの事象(放射線による健康影響、避難住民対策等)に触れている部分はほとんどありませんでした。
 事故の直接的原因については、政府事故調、東電事故調、民間事故調は、津波によって全交流電源と直流電源を喪失し、原子炉を安定的に冷却する機能が失われたことにあるとしています。一方、国会事故調は、津波だけでなく地震により重要な機器が損傷した可能性も示唆しており、学会事故調も、主要な安全設備の健全性に対する地震の影響に関する評価の必要性を示しています。原子炉建屋内を中心に放射線量が高い部分がありアクセスが制限されているため、調査・分析を行う環境が十分整っておらず、事故の直接的原因の究明が重要な課題として残されていることは、全ての事故調報告に共通の認識です。
 地震、津波、過酷事故(シビアアクシデント)、複合災害等に対する事故前の対策において、政府と東京電力の双方に大きな問題があったことは、東電事故調以外の四つの報告書に共通しています。その上で、事故の根源的原因について国会事故調は、規制する立場である当局と規制される立場である東電が逆転関係に陥り、原子力安全についての監視・監督機能が崩壊していた点を挙げ、「今回の事故は『自然災害』ではなくあきらかに『人災』である」と結論付けています。また、政府事故調は、「東京電力を含む電力事業者も国も、我が国の原子力発電所では炉心溶融のような深刻なシビアアクシデントは起こり得ないという安全神話にとらわれていたがゆえに、危機を身近で起こり得る現実のものと捉えられなくなっていたことに根源的な問題がある」と指摘しています。一方で、東電事故調は、津波想定に甘さがあり、「津波に対抗する備えが不十分であったことが今回の事故の根本的な原因」としています。
 なお、国会事故調の提言を受けて政府が講じた措置については、国会への報告書を毎年提出することが「国会法」(昭和22年法律第79号)により義務付けられています。また、政府事故調の提言において確実なフォローアップが求められていることから、政府は、これらの提言を受けて講じた措置についても報告書を取りまとめています。原子力学会は、事故提言・フォロー分科会を設置し、2016年3月に提言の取組状況に関する調査報告書を公表するなど、提言のフォローアップを行っています。また、民間事故調については、「福島原発事故後10年の検証(第二民間事故調)」プロジェクトが立ち上がり、事故・震災後10年間の「学び」を検証した報告書が2021年3月に公表されました。


表3 事故直後に公表された主な事故調査委員会の概要(設置時期順)
政府事故調
設置時期:2011年5月24日 報告書提出時期:2012年7月23日
報告書名:東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会最終報告
提言や課題の概要:
7項目25の提言(①安全対策・防災対策の基本的視点、②原発の安全対策、③原子力災害に対応する態勢、④被害の防止・軽減策、⑤国際的調和、⑥関係機関の在り方、⑦継続的な原因解明・被害の全容調査の実施)
東電事故調
設置時期:2011年6月11日 報告書提出時期:2012年6月20日
報告書名:福島原子力事故調査報告書
提言や課題の概要:
(設備面)徹底した津波対策、電源喪失を前提とした炉心損傷防止機能の確保、炉心損傷後の影響緩和策等。
(運用面)①緊急時対応態勢の確立、②事故情報の伝達・共有手段の改善、迅速かつ正確な情報公開、③資機材輸送に関する取決め、④放射線管理教育の強化、内部被ばく評価方法の整備等。
(国等に対して)①津波などの外的事象の基準策定と国による審査の実施、②国が保有する津波データの利用等。
民間事故調
設置時期:2011年9月末 報告書提出時期:2012年2月27日
報告書名:福島原発事故独立検証委員会調査・検証報告書
提言や課題の概要:
独立性と専門性のある安全規制機関、米国の連邦緊急事態管理庁に匹敵するような過酷な災害・事故に対する本格的実行部隊、首相に適切な助言を行う独立した科学技術評価機関(機能)の創設等の必要性を指摘。
国会事故調
設置時期:2011年12月8日 報告書提出時期:2012年7月5日
報告書名:東京電力福島原子力発電所事故調査委員会報告書
提言や課題の概要:
7つの提言(①規制当局に対する国会の監視、②政府の危機管理体制の見直し、③被災住民に対する政府の対応、④電気事業者の監視(国会による監視を含む)、⑤新しい規制組織の要件、⑥原子力法規制の見直し、⑦独立調査委員会の活用)
学会事故調
設置時期:2012年6月22日 報告書提出時期:2014年3月8日
報告書名:福島第一原子力発電所事故その全貌と明日に向けた提言-学会事故調 最終報告書-
提言や課題の概要:
5分類50項目の提言(①原子力安全の基本的な事項、②直接要因に関する事項、③背後要因のうち組織的なものに関する事項、④共通的な事項、⑤今後の復興に関する事項)

(出典)各報告書等に基づき作成


(3)事故調報告書公表後に進んだ取組等

① オンサイトの取組

 東電福島第一原発の廃炉作業については、通常運転状態とは異なる特別な安全管理の下で廃炉を進めることを十分認識し、冷温停止状態を維持しつつ、長期にわたる作業を実施していくことの必要性等が示されています。政府と東京電力は、30年から40年後の廃止措置完了を目標に、汚染水・処理水対策、使用済燃料プールからの燃料取り出し、燃料デブリの取り出し、ガレキ等の廃棄物対策、作業環境改善等を進めています18
 事故原因の究明については、事故の推移に直接関係する重要な機器・配管類のほとんどが、放射線量が極めて高く実際に立ち入って調査・検証することのできない原子炉格納容器内部にあるため、規制当局や東京電力による実証的な調査・検証を継続していくことが必要である旨が指摘されました。原子力規制委員会は、現場の環境改善や廃炉作業の進捗等の状況を踏まえつつ事故分析を継続しており、2021年3月には「東京電力福島第一原子力発電所事故の調査・分析に係る中間取りまとめ~2019年9月から2021年3月までの検討~」を公表しました。また、東京電力も、事故発生後の詳細な進展メカニズムに関する未確認・未解明事項を抽出し、調査・検討を継続しています。

② オフサイトの取組

 被災住民への対応については、被災地の環境を継続的にモニタリングしつつ、住民の健康と安全を守り、生活基盤を回復するための対応をとる必要性が指摘されました。これらの課題に対応するため、除染を速やかに進め避難指示区域を順次解除するとともに、被災者の生活支援や帰還環境整備、県民健康調査等を実施しています19。また、食品の出荷制限については、国際的な指標を踏まえた食品中の放射性物質の基準値の見直しを行い、検査結果や様々な科学的知見を踏まえた解除を順次実施しています。

③ 組織文化や枠組みに係る取組

 原子力組織については、東電福島第一原発事故以前は原子力エネルギー利用の推進を担う経済産業省の中に原子力発電所等の安全規制を担当する原子力安全・保安院が設置されていたため、規制組織として必要な独立性が不十分であったことや、専門性の欠如等の理由から、規制当局が原子力の安全に対する監視・監督機能を果たせなかったこと等が指摘されました。これらの問題点に対処するため、規制と利用の分離、原子力安全規制に係る関係業務の一元化、規制の在り方や関係制度の見直し等が検討され、2012年9月に環境省の外局として原子力規制委員会とその事務局である原子力規制庁が発足しました。これに伴い、原子力安全・保安院及び原子力安全委員会は廃止され、それまで関係行政機関が担っていた原子力の規制、核セキュリティ、国際約束に基づく保障措置、放射線モニタリング及び放射性同位元素の使用等の規制等の機能は原子力規制委員会に統合されました。原子力規制委員会は、「原子力に対する確かな規制を通じて、人と環境を守ること」を組織の使命とし、「独立した意思決定」、「実効ある行動」、「透明で開かれた組織」、「向上心と責任感」、「緊急時即応」を活動原則として掲げています。また、東京電力は、取締役会の諮問機関である原子力改革監視委員会、実務的な課題解決への助言・支援機関である原子力安全アドバイザリーボードを社外に設置するとともに、社内に原子力安全監視室を設置し、自己改革を推進しています。
 原子力規制制度については、地震、津波、シビアアクシデント、複合防災等への対策に問題があったこと、原子力事業者の第一義的責任が明確にされていなかったこと、諸外国で取り入れられている深層防護20の考え方が十分に考慮されておらず、国際原子力機関(IAEA21)の安全基準等を踏まえた国内基準の見直し等がほとんど行われていなかったこと等が指摘されました。これらの課題を踏まえて原子力規制基準の強化が検討され、2013年に「新規制基準」が施行されました。新規制基準では、深層防護の考え方を取り入れ、地震や津波等の自然災害や火災等への対策を強化するとともに、シビアアクシデントが発生した場合を想定した対策、意図的な航空機の衝突等のテロリズム対策が新設されました。また、米国の原子力規制委員会(NRC)による検査制度「原子炉監視プロセス(ROP22)」を参考に、原子力規制に関する検査制度の見直しが進められ、2020年4月に「原子力規制検査」の運用が開始されました。原子力規制検査では、安全確保に係る事業者の一義的責任を明確化するとともに、原子力事業者の保安活動全般を包括的に監視・評価する体系となっています。
 安全文化の再構築や組織文化の改善については、原子力規制委員会や原子力事業者等が取組を行っています。原子力規制委員会は、2015年に「原子力安全文化に関する宣言」を発表し、原子力規制委員会が原子力安全文化の育成・維持に取り組む姿勢を組織内外に明確に示しており、業務の品質の維持向上及び安全文化の育成・維持を目指してマネジメントシステムを運用しています。また、原子力事業者等による自主的安全性向上に向けて、2012年に産業界による自主規制組織である一般社団法人原子力安全推進協会(JANSI23)が、2018年には規制当局等とも対話を行い効果ある安全対策の現場への導入を促す組織として原子力エネルギー協議会(ATENA24)が、それぞれ設立されました。さらに、2014年に一般財団法人電力中央研究所に設置された原子力リスク研究センター(NRRC25)が中核となり、確率論的リスク評価(PRA26)手法やリスクマネジメント手法に関する研究開発を実施しています。
 危機管理体制については、緊急時における国や原子力事業者の責任範囲が曖昧であったこと、官邸の現場介入等により混乱が生じたこと、住民に対して事故状況や避難方法等の適切な情報が伝えられないまま避難指示を次々と拡大したこと等が指摘されました。政府の原子力防災体制の見直しが行われた結果、平時の対応は新たに常設された原子力防災会議が、緊急時の対応は原子力災害対策本部が担う体制となりました。また、原子力規制委員会は関係する者が原子力災害対策を円滑に実施するため、2012年に「原子力災害対策指針」を策定(2020年10月最終改定)し、原子力災害対策重点区域等を設定するとともに(図11)、緊急時の放射線モニタリングや緊急時活動レベルの枠組み、安定ヨウ素剤27の服用に係る方針、都道府県及び市町村による地域防災計画・避難計画の策定等について定めました。


原子力災害対策重点区域

図11 原子力災害対策重点区域

(出典)内閣府ウェブサイト「よくある御質問」に基づき作成


 このように、事故調報告書による指摘等を踏まえた対応が進んでいる面がある一方で、提言や教訓の内容がいまだ十分に生かされていないこともあります。
 原子力規制委員会は、IAEAが行う総合規制評価サービス(IRRS28)ミッションを2016年に受け入れ、さらに、同ミッションにおいて指摘された課題への対応状況等のレビューを行うIRRSフォローアップミッションを2020年1月に受け入れました。その結果、2016年に受けた13の勧告と13の提言のうち、マネジメントシステムや組織体制に関する一部の項目については未了であると確認され、引き続き改善に取り組んでいく必要があります。
 新規制基準は、「世界で最も厳しい水準の基準」であるとされており、既設炉に対する規制要求としては世界に類のないものとなっています。その一方で、基準を満たせば安全であるという慢心がはびこり、「新たな安全神話」が生み出される懸念があることも事実です。関係者は、国内外の最新の科学的知見を収集・蓄積するとともに、様々なリスク情報を認識・活用し、安全性向上や安全文化の醸成に取り組み続けることが必要です。
 「教訓を生かす」と言葉で言うことは簡単です。しかし、日々の生活の中で常に新しい出来事に触れる中で、過去の出来事は人々の記憶から忘れ去られていき、教訓が意識から抜け落ちていくことが往々にしてあります。そして、忘れることにより、同じ過ちを繰り返すリスクが高まります。事故の記憶を風化させることなく、教訓を認識し続けることが、国や事業者等の原子力関連機関のみならず、広く国民にも求められています。


3 福島の復興・再生

(1)福島の復興・再生の意義

 今般の原子力災害は、福島に極めて深刻かつ特殊な被害をもたらすとともに、これまで国のエネルギー政策や産業政策に寄与してきた福島に重大な制約を与えるものになりました。
 このため、政府は、福島の復興及び再生を「東日本大震災からの我が国の復興の一環にとどまらず、世界に誇ることのできる活力ある日本を再生していくために不可欠な要素」と位置付け、「この前例のない原子力災害に国民全体が一丸となって、あらゆる叡智と力を結集して乗り越えなければならない。」と呼び掛けています。
 一方、原子力災害によって福島が直面している課題は、「固有の課題」と「普遍的課題」という二層構造になっているとの指摘があります29。「固有の課題」には、長期避難生活、帰還困難区域、風評被害の影響、放射性物質に関する現状を正しく認識しないことから生じる差別や偏見等があります。一方、「普遍的課題」には、震災前から我が国が直面していた人口減少、少子高齢化、医療・介護等の構造的課題があります。「固有の課題」に注目しがちですが、事故により顕在化・急加速した「普遍的課題」も認識し、両方に取り組んでいくことが福島の復興・再生には不可欠です。
 福島の復興・再生とは、福島の特殊な問題への対応ではありません。福島が日本の中でこれまで果たしてきた役割や現在抱える二層構造の課題を踏まえて「国民全体が一丸となって、あらゆる叡智と力を結集しながら」取り組んでいくものであり、「活力ある日本の再生に不可欠」なものです。


(2)具体的な取組

① 除染、避難指示解除30

 除染については、2018年3月までに、帰還困難区域を除く8県100市町村の全てで面的除染が完了しました。避難指示については、2020年3月までに、帰還困難区域を除く全ての居住制限区域及び避難指示解除準備区域が解除されました。また、帰還困難区域内に設定された特定復興再生拠点区域では、2022年から2023年の避難指示解除を目指し、家屋等の解体や除染等の工事が進められています。2020年3月には、JR常磐線の全線運転再開に合わせ、双葉町、大熊町、富岡町の特定復興再生拠点区域の一部の避難指示が解除されました。


双葉駅周辺(特定復興再生拠点区域内)の整備状況

図12 双葉駅周辺(特定復興再生拠点区域内)の整備状況

(出典)第6回原子力委員会資料第2-1号 復興庁「福島復興の概況」(2021年)


② 学校、病院、商業施設等の生活環境の再整備

 福島県全体で、2012年5月のピーク時には約16.5万人が避難生活を送っていましたが、2021年3月時点の避難者は3.6万人にまで減少しています。避難指示が解除された地区の居住者は徐々に増加しており、2020年10月時点で約1.4万人となっています。避難指示解除区域に帰還した住民、あるいは帰還しようとする住民が安心して生活を再開できるようにするため、教育、医療・介護、買物等の生活環境の再整備が進められています。
 学校教育については、通学手段を確保するためのスクールバスの整備や、児童生徒の震災による心のケアを行うためのスクールカウンセラーの配置等、小中学校再開のための環境整備が行われてきました。2020年4月時点で、被災12市町村のうち10市町村が地元での学校再開を果たしていますが、大熊町や双葉町では避難先の仮設校舎等での学校教育を行っています(表4)。地元で再開された学校の中には、2018年4月に浪江町に開校した「なみえ創成小学校」及び「なみえ創成中学校」、2020年4月に飯舘村に開校した「いいたて希望の里学園」のように、避難指示解除に伴い複数の学校の統合等を行い新たに開校されたものもあります。また、先進教育を実施する高等学校等の新規開校も行われています。2015年4月に「ふたば未来学園高等学校」が、2019年4月に同中学校が広野町に新たに開校し、「未来創造学」の実践等の先進的な併設型中高一貫教育を実践しています(図13左)。2017年4月には、小高商業高校と小高工業高校を発展的に統合した「小高産業技術高等学校」が南相馬市に開校し、福島イノベーション・コースト構想の先進的実践校として地域課題に果敢に取り組む人材育成を実施しています(図13右)。


表4 被災12市町村の小中学校の状況(2020年4月時点)
小中学校の状況 市町村
避難先において学校教育を実施 大熊町、双葉町
避難先の学校も維持しつつ、
地元で学校を再開
富岡町、浪江町
地元で学校を再開 川俣町(山木屋地区)、葛尾村、飯舘村、南相馬市(小高区)、楢葉町、田村市(都路地区)、広野町、川内村

(出典)第15回福島12市町村の将来像に関する有識者検討会資料1-2 福島12市町村将来像提言フォローアップ会議「福島12市町村将来像実現ロードマップ2020(個票)」(2020年)に基づき作成


図13 ふたば未来学園中学校・高等学校(左)、小高産業技術高等学校(右)

(出典)福島県「復興・再生のあゆみ(第4版)」(2021年)


 医療提供体制の整備については、双葉町を除く11市町村で診療所が再開・開設しており、2021年2月には大熊町で初めて「大熊町診療所」が開所しました。2018年4月には富岡町に「ふたば医療センター附属病院」が開設され、24時間体制で地域の中核的な医療を担う二次医療体制が確保されました。同病院では、多目的医療用ヘリコプターを運航しており、高度専門的な治療が行える医療機関間の患者搬送時間を短縮し、重症化防止等に貢献しています。また、施設間で診療情報等を共有し、質の高い医療・福祉サービスを提供するため、情報通信技術(ICT)を活用した医療情報ネットワーク「キビタン健康ネット」が構築・運用されています。
 介護福祉については、被災12市町村の介護施設・訪問介護サービス事業所のうち、約20か所が再開・開設等を行っています。2020年4月には、大熊町において「認知症高齢者グループホームおおくまもみの木苑」が開設されました。一方で、介護人材の不足や居住人口の減少により、再開・開設した施設の入所者や利用者を十分に確保することが難しい状況にあるため、介護人材の確保や施設運営への支援等、介護サービス体制の自立的な確保・維持に向けた取組が課題となっています。
 買物に不自由な生活環境を改善し、住民の帰還や企業の立地を促進するため、商業施設の整備が進められています(図14)。2019年7月には浪江町に「イオン浪江店」が、2020年2月には南相馬市に「ヨークベニマル原町店」が開設されました。また、復興のシンボルや地域振興の拠点も担う施設として、道の駅の整備も進められています。浪江町の「道の駅なみえ」は、2020年8月に開業し、2021年3月に全面オープンしました。福島市では、2022年春の開業に向けて「(仮称)道の駅ふくしま」の建設工事が行われています。


商業施設の一例

図14 商業施設の一例

(出典)福島県「ふくしま復興のあゆみ(第30版)」(2021年)


 今後も、学校、医療・介護福祉、買物等の生活環境が充実し、帰還した住民や新たな移住・定住者等の様々な立場、子供や若者、子育て世代、高齢者等のあらゆる世代の方々が安心・安全に暮らすことができるよう、各自治体の状況や意向に応じた取組を進めていくことが不可欠です。

③ 農林水産業や商工業等のなりわい再生

 事業・なりわいの再建に向けて、2015年8月に、国、福島県、民間からなる「福島相双復興官民合同チーム」が創設されました。同チームは被災12市町村の事業者を個別訪問し相談型支援を行っており、2021年3月末までに約5,500の商工業者及び約2,200の農業事業者を個別訪問しました。また、専門家によるコンサルティングや国の支援策等を通じ、事業再開や自立を支援しています。個別訪問を行った事業者のうち53%は地元又は避難先等で事業を再開しています(図15)。さらに、2017年9月以降は、分野横断・広域的な観点から、生活・事業環境整備のためのまちづくり支援や、外部人材・資本の呼び込み等も進めています。


福島相双復興官民合同チームが個別訪問した事業者の事業再開状況

図15 福島相双復興官民合同チームが個別訪問した事業者の事業再開状況

(出典)第10回原子力委員会資料第1-2号 経済産業省「原子力委員会説明資料」(2021年)


 農業については、福島県の農産物の輸出量が2019年度に過去最高を記録するなど、前向きに復興が進んでいる面もある一方で、農業産出額は震災前の水準まで回復していない状況です(図16左)。特に、被災12市町村では、2019年度時点の営農再開率は32%にとどまっており(図16右)、さらに、その中でも避難解除指示の時期により営農再開率に差が生まれ、二極化が進んでいます。営農再開の加速化に向けて、農林水産省からの常駐職員派遣等による人的支援、生産性の高い大規模な営農を展開するための農地の集積・大区画化、生産と加工が一体となった広域的な高付加価値産地の展開等の取組が行われています。


被災3県の農業産出額の推移(左)、被災12市町村の営農再開面積の推移(右)

図16 被災3県の農業産出額の推移(左)、被災12市町村の営農再開面積の推移(右)

(出典)第10回原子力委員会資料第1-3号 農林水産省「発災後10年目における東日本大震災からの農林水産業の復旧・復興」(2021年)、生産農業所得統計に基づき作成


 漁業については、2012年6月に一部で試験操業・販売を開始しました。その後、漁業種類、対象種、海域を順次拡大し、2020年2月から全ての魚種で試験操業を実施しています。また、2020年4月に浪江町の請戸漁港が再開し、2020年10月には相馬市に地元水産物を取り扱う「浜の駅 松川浦」がオープンするなど、関連施設の整備も進められています。しかし、2020年度の水揚げ量は震災前の17.7%程度で、大きく落ち込んだままの状態が続いており(図17)、操業日数や操業時間の増加による漁獲拡大や、価格を支えるための流通・消費の拡大が課題となっています。このような中で、2021年3月には、試験操業を同月末までで終了し、翌4月からは本格操業までの移行期間として漁を行い、数年かけて本格操業を目指すことが決定されました。


福島県における沿岸漁業(属地・沖底含む)及び海面養殖業の水揚げ量

図17 福島県における沿岸漁業(属地・沖底含む)及び海面養殖業の水揚げ量

(注)JF福島漁連からの聞き取りを基に作成。
(出典)第10回原子力委員会資料第1-3号 農林水産省「発災後10年目における東日本大震災からの農林水産業の復旧・復興」(2021年)を一部改訂


 また、農林水産物に含まれる放射性物質の濃度水準は低下しており、2018年度以降は、キノコ・山菜類、水産物のごく一部を除き、基準値を超過した食品は見られなくなっています(2020年度の基準値超過品目は、キノコ・山菜類22品目とイワナのみ)。しかし、科学的根拠に基づかない風評被害が根強く残っており、福島県産の食品の購入をためらう消費者が一定程度存在しているほか、卸売業者、仲卸業者、小売業者等が納入先の意向によらず福島県産品を避けるといった事態も発生しています。また、2021年3月時点で、39の国・地域で輸入規制が撤廃されたものの、米国や中国を含む15の国・地域では依然として輸入規制が継続されています31。風評被害を払拭するとともに、輸入規制の緩和・撤廃に向けて、食品中の放射性物質への対応等について、よりわかりやすい形で国内外に発信していくことが必要です。

④ 交通インフラの整備・再開

 埼玉県から、千葉県、茨城県、福島県を経由し宮城県に至る常磐自動車道は、2015年3月に全線開通しました(図18左)。利便性向上のため、南相馬鹿島サービスエリア(2015年2月開業)、ならはパーキングエリア(2015年3月開業)、大熊インターチェンジ(2019年3月開通)、常磐双葉インターチェンジ(2020年3月開通)等の整備も行われています。復興事業等の影響もあり交通量が増えたことから、一部区間では渋滞緩和のため4車線化工事が進められています32。また、常磐自動車道(相馬市)と東北自動車道(福島市)を結ぶ東北中央自動車道(相馬福島道路)は、復興支援道路として整備が進められました33
 東京都から千葉県、茨城県、福島県の太平洋側を経由して宮城県までを結ぶJR常磐線は、一部区間の内陸への移設等を経て、2020年3月に全線で運転再開されました(図18右)。さらに、全線運転再開に合わせて、特急「ひたち」の仙台と上野・品川間直通運転が開始されるとともに、2019年4月のJヴィレッジ34の全面営業再開に合わせて臨時駅として開業していた「Jヴィレッジ駅」が常設化されました。


常磐自動車道・東北中央自動車道(左)、JR 常磐線(右)の状況

図18 常磐自動車道・東北中央自動車道(左)、JR常磐線(右)の状況

(出典)復興庁「震災復興の取り組み 10年の軌跡」


⑤ 新産業創出に向けた国家プロジェクト

 東日本大震災及び原子力災害によって失われた福島県浜通り地域等の産業・雇用を回復するため、浜通り地域等の新たな産業基盤等の構築を目指し、福島イノベーション・コースト構想が推進されています。同構想では、廃炉、ロボット・ドローン、エネルギー・環境・リサイクル、農林水産業、医療関連、航空宇宙の6分野を重点分野と位置付け、産業集積、教育・人材育成、交流人口拡大、情報発信等の取組が行われています。ロボット分野では、インフラ点検、災害対応、物流等の分野で使用されるロボットやドローンの実証等の拠点である「福島ロボットテストフィールド」(南相馬市、浪江町)が、2020年3月に全面開所しました(図19)。2021年3月末までに、浜通り地域等に55社のロボット関連企業が立地しており、実証実験は延べ500件以上行われています。また、エネルギー分野では、再生可能エネルギー由来の水素製造のイノベーション拠点として、「福島水素エネルギー研究フィールド」(浪江町)が2020年3月に開所し、水素の製造・出荷を開始しています。
 さらに、福島イノベーション・コースト構想を更に発展させていくため、「創造的復興の中核拠点」として、国際教育研究拠点を新設することが決定されました。同拠点は、国内外の英知を結集して、福島の創造的復興に不可欠な研究及び人材育成を行い、発災国の国際的な責務としてその経験・成果等を世界に発信・共有するとともに、そこから得られる知を基に、日本の産業競争力の強化や、日本・世界に共通する課題解決に資するイノベーションの創出を目指すものとされています。既存の研究施設等との一体的な運用を図りながら、研究開発機能と人材育成機能を有する拠点としての整備に向けて、2021年度に基本構想が策定される予定です。


福島ロボットテストフィールドの全景(左)、実証実験の様子(右)

図19 福島ロボットテストフィールドの全景(左)、実証実験の様子(右)

(出典)METI Journal 政策特集 福島の10年vol.1「事業再生と原発廃炉 二つの難題に挑む」(2021年)、第10回原子力委員会資料第1-2号 経済産業省「原子力委員会説明資料」(2021年)


4 東電福島第一原発事故から10年を経て

 東電福島第一原発事故が10年以上の長期にわたって住民や地域社会にここまで大きな被害をもたらすことを、誰が予想していたでしょうか。
 この10年の間に、福島の復興・再生は着実に進展してきました。一方で、帰還困難区域の存在や、いまだ約3.6万人の方が避難している状況を踏まえると、福島の復興・再生は道半ばです。東電福島第一原発の廃炉に向けた取組と浜通り地域における避難解除等区域の復興・再生を着実に進めていかなければなりません。
 福島が直面している課題の一つに「風評」と「風化」があります。東電福島第一原発事故によって発生した風評は、10年たった今でも国内外に残り続け、福島の人々を苦しめています。一方、10年の年月が、原子力災害によって福島にもたらされた深刻な事態の記憶と教訓を風化させているとの指摘があります。
 二度とこのような事故を起こさないために、そして、福島の方々が誇りと自信を持てるふるさとを取り戻すことができるそのときまで、原子力に関わる全ての関係者は、原子力災害に関する記憶と教訓を忘れてはなりません。
 既に、東電福島第一原発事故後、各種機関が設置した事故調査委員会の提言や事故の課題について紹介しました。一部の提言については政府が取組状況をフォローしていますが、関係者は今一度報告書や提言内容を振り返り、現在の活動と比較して、改善すべきところがあれば改善し、気持ちを新たに取り組むべきことは取り組むべきです。
 原子力委員会は、2017年、東電福島第一原発事故後の様々な環境変化を踏まえ、「原子力利用に関する基本的考え方」を取りまとめました。この中で、事故以前から我が国の原子力関連機関に内在する本質的な課題を図20のとおり指摘し、我が国の原子力利用を進めるに当たって、その課題を解決することが不可欠である旨を指摘しています。


我が国の原子力関連機関に内在する本質的な課題

図20 我が国の原子力関連機関に内在する本質的な課題

(出典)原子力委員会「原子力利用に関する基本的考え方」(2017年)に基づき作成


 10年たった今、原子力関係機関の取組により、これらの本質的な課題は解決されたのでしょうか。2020年度に発覚した東京電力柏崎刈羽原子力発電所における不正事案では、原子力規制委員会が追加検査を行うことを決定し、特定核燃料物質の移動を禁止する是正措置命令を発出しました。東京電力は、表面的な原因のみならず、根本的な原因を究明し、抜本的な対策を講じていく必要があります。また、今後も原子力を適切に利用していくのであれば、平和利用を旨とし、安全性の確保を大前提に、国民からの信頼を得ながら進めることは当然ですが、原子力関係機関に継続して内在する本質的な課題の解決に向けた取組を続けることが必要です。
 福島の復興・再生は、東電福島第一原発事故後の原子力政策の再出発の起点です。原子力に関する安全確保を最優先にした体制や仕組みの構築や、原子力に対する国民の信頼の再構築に向けた取組に、ゴールはありません。着実に一歩ずつ取組を積み重ねていく必要があります。
 また、福島の復興・再生の壁となっているのが風評問題です。国内外で風評が固定化し、経済的損失だけでなく、差別と偏見につながっているとの指摘があります。放射線に関するこれまでの福島の取組やその結果等が必ずしも県外には伝わっていないのが原因ではないかとも言われています。行政を始め、様々な立場の人たちが、風評問題に取り組んできました。風評対策には、全体を俯瞰する組織体制の構築等の課題もありますが、少なくとも、全ての原子力関係者がそれぞれの立場で風評を取り除くための努力を行うことが必要です。その際、科学的な情報の提供やリスクコミュニケーションといった専門的な取組だけでなく、福島を知ること、行ってみること、食べてみることといったシンプルな取組を続けることも重要です。
 原子力委員会としては、この10年を振り返り、全ての原子力関係者が忘れてはならないこと、また、全員が協働して取り組まなければならないことを整理しました。原子力に関わる全ての関係者は、肝に銘じて、原子力利用に取り組む必要があります。


(1) 全ての原子力関係者が忘れてはならないこと

  • 東電福島第一原発事故により、いまだ避難生活を続けている人がいて、避難指示が解除されていない地域があること
  • 事故によって生じた風評が固定化され、福島の人たちを苦しめていること
  • 二度と事故を起こさないために、原子力災害に関する記憶と教訓を忘れないこと
  • 安全確保や信頼構築の取組に終わりはないこと

(2) 全ての原子力関係者が協働して取り組まなければならないこと

  • 福島の方々が誇りと自信を持てるふるさとを取り戻すことができるときまで、福島の復興・再生に携わっていくこと
  • 安全確保や信頼再構築に向けた取組を継続していくこと
  • 原子力関係機関に内在する本質的な課題の解決に向けた取組を継続していくこと
  • 今般の原子力災害に関する記憶と教訓を風化させずに、次世代に確実に引き継ぐこと
  • この国を担う次の世代が原子力や放射線について科学的に正しい知識を身に付け、社会の中における原子力や放射線の位置付けについて自ら考え、評価できるように、それぞれの立場で必要な支援を行っていくこと




  1. 2016年4月、「東京電力ホールディングス株式会社」に社名変更。
  2. 福島県立医科大学「福島県『県民健康調査』報告書(令和元年度版)」(http://kenko-kanri.jp/img/report_r1.pdf
  3. United Nations Scientific Committee on the Effects of Atomic Radiation
  4. 消費者の健康の保護等を目的として設置された、食品の国際規格を作成する政府関係機関。
  5. United Arab Emirates
  6. European Union
  7. European Free Trade Association
  8. シンガポールは、2021年5月28日付けで輸入規制を撤廃。
  9. Nuclear Regulatory Commission
  10. Near-Term Task Force
  11. La force d'action rapide du nucleaire
  12. The Office for Nuclear Regulation
  13. その後、2013年に国務総理直属に変更。
  14. Station Blackout
  15. 事故の調査・分析の取組については、第1 章1-1(1)②「事故原因の解明に向けた取組」を参照。
  16. International Nuclear and Radiological Event Scale
  17. Advanced Liquid Processing System
  18. 特集2(1)②「オンサイトにおける事故対応」を参照。
  19. 特集2(1)③「オフサイトにおける事故対応」、特集3(2)「具体的な取組」を参照。
  20. 目的達成に有効な複数の(多層の)対策を用意し、かつ、それぞれの層の対策を考えるとき、他の層での対策に期待しないという考え方。
  21. International Atomic Energy Agency
  22. Reactor Oversight Process
  23. Japan Nuclear Safety Institute
  24. Atomic Energy Association
  25. Nuclear Risk Research Center
  26. Probabilistic Risk Assessment
  27. 放射性でないヨウ素を含む内服薬。放射性ヨウ素による甲状腺の内部被ばくを低減するために服用。
  28. Integrated Regulatory Review Service
  29. 第4回原子力委員会資料第2号立命館大学 開沼博「福島第一事故がもたらしたものと福島再生・復興の意義」(http://www.aec.go.jp/jicst/NC/iinkai/teirei/siryo2021/siryo04/2_haifu.pdf
  30. 特集2(1)③「オフサイトにおける事故対応」を参照。
  31. その後、2021年5月28日付けでシンガポールが輸入規制を撤廃したため、輸入規制を継続している国・地域は14になりました。
  32. いわき中央インターチェンジから広野インターチェンジ間は、2021年6月13日に全線4車線化完了。
  33. 2021年4月24日に全線開通。
  34. 楢葉町及び広野町にまたがって立地する、サッカーのナショナルトレーニングセンター。2017年3月まで、東電福島第一原発事故収束の対応拠点として機能。


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