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7-2 様々な分野における放射線利用

 RI、加速器、原子炉から取り出される放射線は、その特性を生かして先端的な科学技術、工業、農業、医療、環境保全、核セキュリティ等の様々な分野で利用されており、技術インフラとして国民の福祉や生活水準向上等に大きく貢献しています。加えて、物質の構造解析や機能理解、新元素の探索、重粒子線やα線放出RI等による腫瘍治療を始めとして、今後ますます発展していくことが見込まれる利用もあります。国や大学、研究機関、民間企業が連携して、先端的な利用技術の研究開発や、そのための装置の開発が進められています。


(1) 放射線の利用分野の概要

 放射線は、私たちの身近なところから広く社会の様々な分野で有効に利用されています(図7-8)。我が国における2015年度の放射線利用(工業分野、医療・医学分野、農業分野)の経済規模は約4兆3,700億円と評価されており、医療・医学分野を中心に増加傾向にあります(図7-7)。この経済規模は、放射線を利用したサービスの価格や放射線照射の割合を考慮した製品の市場価格等から推計したもので、放射線が国民の生活にどの程度貢献しているかを示す指標の一つと捉えることができます。
 国際原子力機関(IAEA)の報告書「Nuclear Technology Review 2020」においても、放射線の利用例が紹介されています。工業分野ではプラスチック材料の放射線による改質、農業分野ではペスト対策のための不妊虫放飼法、食品流通の追跡可能システム等が挙げられています。医療分野では、RIトレーサーによる体内の栄養摂取解析、放射線による診断、生物学的線量評価法(バイオドシメトリー)等が挙げられています。また、環境保全分野では、温室効果ガスのモニタリングが取り上げられています。


我が国における放射線利用の経済規模の推移

図7-7 我が国における放射線利用の経済規模の推移

(出典)第29回原子力委員会資料第1-1号 内閣府「放射線利用の経済規模調査」(2017年)等に基づき作成


様々な分野における放射線利用の具体例

図7-8 様々な分野における放射線利用の具体例

(出典)第25回原子力委員会資料第1-3号 原子力委員会「原子力利用に関する基本的考え方 参考資料」(2017年)に基づき作成


(2) 工業分野での利用

① 材料加工

 放射線の照射により、強度、耐熱性、耐摩耗性等の機能性向上のための材料改質が行われています。例えば、自動車用タイヤの製造では、ゴムに電子線を照射することにより、強度を増しつつ精度よく成形した高品質なラジアルタイヤが製造されています。特に利用規模が大きい半導体加工においても、電子線や中性子線等を照射することにより、特性の向上が行われています。また、宝石にγ線等を照射し色合いを変える改質処理も実施されています。


② 測定・検査

 部材や製品の厚さ、密度、水分含有量等の精密な測定や非破壊検査等において、放射線が利用されています。例えば、老朽化した社会インフラの保全において、コンクリート構造物の内部損傷や劣化状態を調べるため、放射線を用いた非破壊検査が行われています。製造工程管理、プラントの設備診断、エンジンの摩耗検査、航空機等の溶接部検査等にも広く利用されています。このような測定や検査に用いられるRI装備機器は、2019年3月時点で、厚さ計が2,357台、レベル計が1,235台、非破壊検査装置が971台設置されています。


③ 滅菌

 製品や材料にγ線や電子線を照射することにより、残留物や副生成物を残すことなく、確実に滅菌を行うことができます。そのため、注射針等の医療機器、化粧品の原料や容器、マスク等の衛生用品等の滅菌に広く利用されています。


コラム ~小型加速器による社会インフラの「レントゲン検査」~

 我が国では、社会インフラの老朽化が重要な社会課題となっています。「道路法」(昭和27年法律第180号)により、トンネルや橋等の点検を5年に一度実施することが義務付けられており、国土交通省が定める定期点検要領においては、外観から把握できる範囲の情報では不足する場合に非破壊検査等を実施することが推奨されています。
 トンネルや橋等の巨大な構造物は、非破壊検査のために加速器施設に運搬することが困難です。そのため、持ち運び可能な小型の高出力X線加速器を用いた「レントゲン検査」により、内部のコンクリートの劣化や鉄筋の腐食等を現地で「診断」する技術の研究開発が進められています。一方で、法令の規制により、高出力のX線発生装置を非破壊検査のために屋外で利用できる対象は、橋梁又は橋脚に限られています。今後、様々な社会インフラの保全活動に活用範囲を広げていくためには、装置の技術開発と規制の見直しを両輪として一体的に進めていくことも重要です。


橋梁のX線検査画像例

橋梁のX線検査画像例

(出典)第34回原子力委員会資料第1号 東京大学上坂充「加速器小型化の最前線について」(2018年)に基づき作成


(3) 農業分野での利用

① 品種改良

 植物にγ線等を照射することにより多様な突然変異体を作り出し、その中から有用な性質を持つものを選抜することにより、効率的に品種改良を行うことができます(図7-9)。これまでに、大粒でデンプン質が多く日本酒醸造に適した米、黒斑病に強いナシ、斑点落葉病に強いリンゴ、花の色や形が多彩なキクやバラ、冬でも枯れにくい芝等、多数の新品種が作り出されてきました。新品種は、農薬使用量の削減により環境保全や農業関係者の負担軽減につながるとともに、消費者の多様なニーズに合った商品開発にも貢献しています。国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構では、多様な突然変異体を利用して有用遺伝子の探索や機能解析を進めるとともに、放射線育種場において、外部からの依頼による花きや農作物等への照射も行っています。


放射線照射による品種改良のイメージ

図7-9 放射線照射による品種改良のイメージ

(出典)バイオステーション「さまざまな品種改良の方法」及び国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構「放射線育種場」に基づき作成


② 食品照射

 食品や農畜産物にγ線や電子線等を照射することにより、発芽防止、殺菌、殺虫等の効果が得られ、食品の保存期間を延長することが可能です。我が国では、ばれいしょ(じゃがいも)の発芽防止のための照射が実用化されています。


③ 害虫防除

 害虫駆除の例として、不妊虫放飼法があります。これは、γ線照射によって不妊化した害虫を大量に野外に放つことにより、交尾しても子孫が生まれない確率を上げ、数世代かけて害虫の数を減少させ最終的に根絶させるという方法です。放飼法を実施している地域と実施していない地域との間で対象となる害虫の行き来がないこと等、成功させるための条件もありますが、大量の殺虫剤散布による駆除で懸念される人や環境への影響がないという優れた特徴を持ちます。我が国では、沖縄県と奄美群島において、キュウリやゴーヤ等のウリ類に寄生するウリミバエの根絶が行われました。


(4) 医療分野での利用

 医療分野では、診断と治療の両方に放射線が活用されています。診断では、レントゲン検査、X線CT8検査、PET9検査や骨シンチグラフィ等の核医学検査(RI検査)等が広く実施されています。治療では、高エネルギーX線・電子線治療、陽子線治療、重粒子線治療、ホウ素中性子捕捉療法、小線源治療、核医学治療(RI内用療法)等、腫瘍の効果的な治療に利用されており、今後の更なる進展が期待される領域の一つです。また、特に放射線治療分野では、医師、診療放射線技師、看護師、医学物理士10等がそれぞれの専門性を生かして密接に連携することが求められます。


コラム ~高度な放射線治療を支える医学物理士~

 放射線治療は、人体の機能温存性が高く治療後のQOL(生活の質)を維持できるがん治療法の一つです。高精度な放射線治療を行うためには、装置や技術の向上だけでなく、それらを医療として展開するための対応も必要となります。医療現場における医学物理士は、医師と診療放射線技師との密な連携を取りながら、高度な技術を医療へ提供するために、患者ごとの治療計画の実施や投与線量の精度管理、治療装置の維持管理や性能向上等に貢献しています。


高精度な放射線治療

(出典)第9回原子力委員会資料第1号 大阪大学 西尾禎治「医学物理士の役割・人材育成・今後」(2021年)


 医学物理士には、臨床現場での問題点を的確に見つけ出す洞察力、臨床における物理・技術的問題に対する解決力、不確かさに対する臨床実施への判断力、新たな治療法や装置に対する十分な理解力といった臨床現場での治療・診断業務上の能力だけでなく、装置の性能向上や新治療技術・評価法等の研究開発を行う能力、若手に対して医学物理学の教育を行う能力も求められ、これらを備えた人材を十分に確保することが必要です。そのため、文部科学省の「多様な新ニーズに対応する『がん専門医療人材(がんプロフェッショナル)』養成プラン」では、医学物理士を含む医療人材を育成するための教育プログラムの構築が進められています。また、一般財団法人医学物理士認定機構により、大学院における「医学物理教育コース」の認定も行われています。2021年3月末時点で、我が国では約1,300名の医学物理士が認定されていますが、その多くは医療機関において診療放射線技師の業務等と兼務している状態です。医学物理士の不足を解消し、高品質な放射線治療を患者に提供できる体制を強化していくためには、放射線物理学や理学・工学の専門知識を必要とする医療分野の専門職である医学物理士の認知度を高め、医学系・放射線技術学系に加えて理工学系から医学物理士へのキャリアパスを確立していくことも重要です。


① 放射性同位元素(RI)による核医学検査・核医学治療

 核医学検査(RI検査)とは、対象となる臓器や組織に集まりやすい性質を持つ化合物にγ線を放出するRIを組み合わせた医薬品を、経口や静脈注射により投与し、RI医薬品が放出するγ線をガンマカメラやPETカメラを用いて体外から検出し、画像化する検査方法です。γ線の分布や集積量等の情報から、病巣部の位置、大きさ、臓器の変化状態等を精度よく知り、様々な病態や機能を診断することができます。核医学検査では、内部被ばく量を極力抑えるために、表7-2に示すような半減期の短いRIが選択されます。
 核医学治療(RI内用療法、標的アイソトープ治療)とは、対象となる腫瘍組織に集まりやすい性質を持つ化合物にα線やβ線を放出するRIを組み合わせた医薬品を、経口や静脈注射により投与し、体内で放射線を直接照射して腫瘍を治療する方法です。核医学治療では、周囲の正常な細胞に影響を与えないようにするために、放出される粒子の飛ぶ距離が短いRIが選択されます。表7-2に示す治療用のRIを用いた医薬品は保険適用11されており、その実績は増加傾向にあります(図7-10)。しかし、全国的に放射線治療病室が不足しているなど体制面に課題があることから、「第3期がん対策推進基本計画」(2018年3月閣議決定)では、国が関係団体等と連携し、必要な施設数や人材等を考慮した上で、核医学治療を推進するための体制整備について総合的に検討を進めるとしています。


表7-2 検査や治療に使用される主なRI
利用目的RIの種類半減期主な製造装置
PET検査フッ素18(F-18)約1.8時間加速器
SPECT検査テクネチウム99m(Tc-99m)約6時間原子炉、加速器
ヨウ素123(I-123)約13.2時間加速器
β線治療ヨウ素131(I-131)約8日原子炉
イットリウム90(Y-90)約2.7日原子炉
α線治療ラジウム223(Ra-223)約11.4日原子炉

(出典)内閣府作成


図7-10 非密封RIを用いた核医学治療件数(年間)の推移

(出典)第12回原子力委員会 公益社団法人日本アイソトープ協会「核医学診療の現状と課題」(2021年)、公益社団法人日本アイソトープ協会「第8回全国核医学診療実態調査報告書」(2018年)に基づき作成


コラム ~α線放出RIを用いた医薬品によるがん治療の進展~

 ドイツのハイデルベルク大学の研究チームが2016年に、α線放出RIであるアクチニウム225(Ac-225)を用いた医薬品の投与により、患者の全身に転移した前立腺がんが寛解したという成果を発表し、大きな注目を集めました。α線には、エネルギーが高くDNA二重鎖を切断できるため細胞殺傷効果が高く、その一方で、飛ぶ距離が短いため周囲の正常な細胞への影響が少ない、という特徴があります。そのため、Ac-225やアスタチン211(At-211)のようなα線放出RIを用いたがん治療への期待が高まっており、我が国でも臨床研究等が進められています。
 これらのα線医薬品による核医学治療を本格的に実現するためには、医療現場への安定供給が可能な体制整備も重要な課題です。我が国では、Ac-225の供給の多くを海外からの輸入に依存しており、加速器を用いた国内製造の実現に向けて、研究機関や企業等による製造技術の研究開発等が行われています。At-211については、量研(高崎量子応用研究所、放射線医学総合研究所12)、国立研究開発法人理化学研究所(以下「理化学研究所」という。)、大阪大学、福島県立医科大学が供給を開始していますが、将来的に医薬品として実用化された場合には更に大量の需要が見込まれます。
 また、RIを用いた医薬品の利用に伴い発生する廃棄物への対応も必須です。公益社団法人日本アイソトープ協会の滝沢研究所では、全国の医療機関から発生する医療用RI廃棄物を受け入れ、性状に応じて焼却や圧縮等の処理を行っています。しかし、2021年3月末時点では、α線放出RI由来の廃棄物の搬入については地元の合意が得られていません。
 今後、高い治療効果が期待されるα線放出RIを用いた医薬品の恩恵を我が国が享受するためには、医薬品等の研究開発の推進とともに、供給体制や廃棄物処理といった利用環境の整備に向けた取組も進めていくことが重要です。


2016年にハイデルベルク大学のチームが発表した、Ac-225による前立腺がん治療効果

2016年にハイデルベルク大学のチームが発表した、Ac-225による前立腺がん治療効果

(注)PSMA:前立腺がん細胞に特異的に集まる性質を持つ化合物、PSA:前立腺がんになると血中濃度が上がる腫瘍マーカー
(出典)Kratochwil C, et al.「225Ac-PSMA-617 for PSMA-Targeted α-Radiation Therapy of Metastatic Castration-Resistant Prostate Cancer」(2016年)に基づき作成



コラム ~RIを用いた治療と診断の組合せ:「セラノスティクス」への期待~

 腫瘍の治療では、様々な検査・診断を行った上で治療法を決定することが一般的です。しかし、近年、RI医薬品を用いて治療(Therapeutics)と診断(Diagnostics)を合わせて行う「セラノスティクス」(Theranostics)が注目され始めています。
 セラノスティクスでは、対象となる腫瘍組織に特異的に集まる性質を持つ化合物に診断用のRIと治療用のRIをそれぞれ組み合わせ、体内で同じ仕組みで同じ場所に運ばれるRI診断薬とRI治療薬としてセットで用います。まずRI診断薬で腫瘍を画像化し、腫瘍が確認された場合には続けてRI治療薬を投与することにより、確認された腫瘍を効率的かつ効果的に治療することが可能になります。また、RI治療薬による治療効果をRI診断薬で随時把握することもできます。このようなセラノスティクスの手法は、診断から治療までの一連の医療行為の効率を上げるだけでなく、初期段階の小さな腫瘍を捉えて早期に治療を開始し、患者の身体への負担を軽減できることも特徴として挙げられます。
 国内外の研究機関や企業等では、セラノスティクスの診断精度や治療効果を向上させるため、狙った腫瘍に高い精度でRIを運ぶことができる化合物の探索、化合物とRIとを効果的に結合する方法の探索、Ac-225等のα線放出RIの利用等の研究開発が活発に進められています。今後、セラノスティクス医薬品の市場規模が飛躍的に拡大するという予測も発表されており、取組の加速が期待されています。


セラノスティクス医薬品の市場予測

セラノスティクス医薬品の市場予測

(出典)Paul-Emmanuel Goethals and Richard Zimmermann「Nuclear Medicine MEDraysintell Report & Directory」(2019年)、 Ken Herrmann K, et al.「Radiotheranostics: a roadmap for future development」(2020年)に基づき作成



② 中性子線ビームを利用したホウ素中性子捕捉療法(BNCT)

 ホウ素中性子捕捉療法(BNCT13)は、中性子線を利用して腫瘍を治療する方法です(図7-11)。BNCTではまず、中性子と核反応(捕獲)しやすいホウ素を含み悪性腫瘍に集まる性質を持つ医薬品を、点滴により投与します。その後、患部にエネルギーの低い中性子線を照射すると、中性子は医薬品の集積していない正常な細胞を透過しますが、医薬品の集積した悪性腫瘍の細胞では医薬品中のホウ素により中性子が捕獲されます。中性子を捕獲したホウ素はリチウム7とα線を放出し、これらが悪性腫瘍の細胞を攻撃します。リチウム7とα線が放出される際に飛ぶ距離はごく短く、一般的な細胞の直径を超えないため、悪性腫瘍の細胞のみを選択的に破壊することができます。
 以前は中性子源を原子炉に依存していたため普及に制限がありましたが、病院内に設置できる加速器を用いた小型BNCTシステムの開発が進められ、医療機器として実用化されています(図7-12)。臨床試験も数多く実施されており、2020年6月には、一部の腫瘍14を対象として保険適用が開始されました。


BNCTのイメージ

図7-11 BNCTのイメージ

(出典)内閣府作成


BNCT治療システム (南東北BNCT研究センターの例)

図7-12 BNCT治療システム (南東北BNCT研究センターの例)

(出典)総合南東北病院 広報誌SOUTHERN CROSS Vol.87「究極のがん治療 ホウ素中性子補足療法(BNCT)」


③ 粒子線治療(陽子線治療、重粒子線治療)

 粒子線の照射による腫瘍の治療として、水素原子核を加速した陽子線を利用する陽子線治療と、ヘリウムよりも重い原子核(一般に治療に利用されているのは炭素原子核)を加速した重粒子線を利用する重粒子線治療が行われています。照射された粒子線は、体内組織にあまりエネルギーを与えず高速で駆け抜け、ある深さで急に速度を落とし、停止する直前に周囲へ与えるエネルギーがピークになる性質があります。そのため、ピークになる深さをコントロールすることにより、がん細胞を集中的に攻撃することができます。また、重粒子線には生物効果(殺細胞効果)や直進性が高いという優れた特性がありますが、治療装置が大型であるため、量研では「量子メス15」と呼ばれる小型治療装置の研究開発を進めています。
 陽子線治療、重粒子線治療ともに、一部16は保険適用されており、それ以外は先進医療として実施されています。粒子線治療を実施している医療機関は、図7-13のとおりです。
 なお、粒子線治療に関する国際協力も進められています。2020年9月には、内閣府と量研の共催により第64回IAEA総会バーチャルサイドイベント「放射線がん治療の加速的な進歩」がオンラインで開催され、重粒子線や陽子線を利用した先端がん治療技術の研究や関連機器の開発について、国際協力の促進を目的として取組状況の共有が行われました。


我が国において粒子線治療を実施している医療機関(2021年3月末時点)

図7-13 我が国において粒子線治療を実施している医療機関(2021年3月末時点)

(出典)厚生労働省「先進医療を実施している医療機関の一覧」等に基づき作成


(5) 科学技術分野での利用

 科学技術分野では、構造解析、材料開発、追跡解析、年代測定等に放射線が利用されており、物質科学、宇宙科学、地球科学、考古学、環境科学、生命科学等とも接点があり、境界領域や融合領域の発展が期待されます。また、高エネルギー物理、原子核物理、中性子科学等における新たな発見のためにも、放射線(特に量子ビーム)が利用されています。
 量子ビームは、電子、中性子、陽子、重粒子、光子、ミュオン、陽電子等の量子を細くて強いビームに整えたものの総称です。それぞれの線源と物質との相互作用の特徴を生かして、物質の構造や反応のメカニズムの解析等が行われています。これにより物質科学や生命科学が発展し、様々な分野へ応用され、イノベーションを生み出しています。量子ビームを取り出すことができる加速器施設や原子炉施設(量子ビーム施設)は、図7-14のとおりです。


我が国の主な量子ビーム施設

図7-14 我が国の主な量子ビーム施設

(出典)文部科学省提供資料


 文部科学省では、科学技術・学術審議会研究計画・評価分科会量子科学技術委員会量子ビーム利用推進小委員会において、2021年2月に「我が国全体を俯瞰した量子ビーム施設の在り方(とりまとめ)」を公表しました。その中で、量子ビーム施設の整備計画の策定及びDXの推進、ユーザー支援の強化、複数の量子ビーム施設の連携及び利活用の促進、量子ビーム施設に関する国際的な連携・協力拡大、量子ビーム施設を支える優れた人材の育成・確保の5つの論点について、今後の推進方策を示しています。


① 中性子線ビームの利用

 大強度パルス中性子源17を使ったビーム利用実験が可能な代表的な施設に、大強度陽子加速器施設J-PARC18の物質・生命科学実験施設(MLF19)があります。
 MLFには、中性子線を利用する装置だけでなく、ミュオンを取り出して利用する装置があります。ミュオンは電子と同じ仲間の素粒子で、電磁的な相互作用をします。ミュオンの特性の一つであるスピン回転が磁気に非常に敏感であることを利用した方法20は、物質の磁気的な性質や物質中に存在する微量の水素原子の存在状態の探索等の物質研究において非常に有効なツールとなっています(図 7-15)。
 MLFを利用した研究の一例として、中性子やミュオンの特長を生かしたリチウムイオン電池の研究開発があります。電池の大容量化、劣化、安全性に関する研究開発は、電気自動車や再生可能エネルギーの普及のために重要な役割を果たします。電気自動車の普及が進むことにより、移動に用いられている化石燃料の削減をもたらし、地球温暖化対策にも貢献することが期待されます。


J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の実験装置配置概要

図7-15 J-PARC物質・生命科学実験施設(MLF)の実験装置配置概要

(出典)J-PARCセンター提供資料


② 放射光の利用

 大型放射光源を使ったビーム利用実験が可能な代表的な施設に、大型放射光施設SPring-821があります。SPring-8は、微細な物質の構造や状態の解析が可能な世界最高性能の放射光施設であり、生命科学、環境・エネルギーから新材料開発まで広範な分野において、先端的・革新的な研究開発に貢献しています。SPring-8の研究成果として、比較的波長の長いX線(軟X線)ナノビームを用いた磁石の結晶構造解析があります。資源が中国等に偏在する貴重な希土類元素を用いない高性能永久磁石の開発に向けて、成果を上げています。また、極めて短い時間間隔での分析が可能なX線吸収微細構造(XAFS22)測定により、粘土鉱物へのセシウム取り込み過程を追跡する福島環境回復研究も行われています。燃料デブリの形成過程を詳細に解明するためにも放射光が用いられており、東電福島第一原発の安全な廃炉作業を支援しています。なお、理化学研究所では、現行のSPring-8の100倍以上の輝度を実現するSPring-8-IIの概念設計書を策定し、ウェブサイトに公開しています。
 また、X線自由電子レーザー23(XFEL24)施設SACLA25は、非常に高速のパルス光を利用できるため、X線による試料損傷の影響の低減が期待できるとともに、物質を原子レベルの大きさで、かつ非常に速く変化する様子をコマ送りのように観察することが可能です。SACLAの研究成果として、光合成による水分解反応を触媒する光化学系Ⅱ複合体(PSII26)の構造解明研究があります。この研究成果は人工光合成開発への糸口となるもので、エネルギー、環境、食糧問題解決への貢献が期待されます。
 さらに、次世代放射光施設(軟X線向け高輝度3GeV級放射光源)の整備に向け、官民地域パートナーシップにより、2023年度の運転開始を目指して建屋工事や機器の製作、線量評価が行われています(図7-16)。同施設は、物質の構造解析に加え、機能に影響を与える電子状態等の詳細な解析が可能であるという特徴を持ちます。創薬、新たな高活性触媒、磁石やスピントロニクス素子等の研究開発への利用が期待されています。


次世代放射光施設の完成イメージ

図7-16 次世代放射光施設の完成イメージ

(出典)一般財団法人光科学イノベーションセンター提供資料


③ RIビームの利用

 RIビームを使ったビーム利用実験が可能な代表的な施設に、理化学研究所のRIビームファクトリーがあります。RIビームファクトリーは、水素からウランまでの全元素のRIを、世界最大の強度でビームとして発生させる加速器施設です。宇宙における元素の起源や生成、素粒子の振る舞いの解明等の学術的、基礎的な研究から、植物の遺伝子解析による品種改良技術への適用、RI製造技術の高度化研究等の応用・開発研究まで、幅広い領域での活用が進められています。
 RIビームファクトリーを利用した大きな研究成果として、新元素「ニホニウム」の発見があります(図7-17右上)。これは、RIビームファクトリーで合成に成功した原子番号113の元素であり、理化学研究所を中心とする研究グループが新元素の命名権を獲得したものです。
 さらに、2019年11月には、RIビームファクトリーを用いた国際共同研究により、フッ素(陽子数9)とネオン(陽子数10)について、中性子数が最も多いRIの存在限界がそれぞれフッ素31(中性子数22、質量数31)とネオン34(中性子数24、質量数34)であることを初めて同定しました(図7-17左下)。これにより、各元素がRIとして存在できる中性子数の範囲を示す「原子核の地図」の境界線が、20年ぶりに更新されました。


理化学研究所で発見された原子核等を記した「原子核の地図」

図7-17 理化学研究所で発見された原子核等を記した「原子核の地図」

(注)1マスが1種類の原子核に対応し、その原子核を構成する陽子の数が縦軸、中性子の数が横軸に表される。
(出典)理化学研究所仁科加速器科学研究センター「図・イラスト」に基づき作成




  1. Computed Tomography(コンピュータ断層撮影)
  2. Positron Emission Tomography(陽電子放出断層撮影)
  3. 放射線医学における物理的及び技術的課題の解決に先導的役割を担う者。一般財団法人医学物理士認定機構による認定資格。
  4. I-131、Y-90、Ra-223を用いた医薬品は、医療機関等で保険診療に用いられる医療用医薬品として、薬価基準に収載されている品目リスト(2020年12月11日適用)に掲載。なお、ストロンチウム89(Sr-89)を用いた医薬品「メタストロン注」については、2007年に薬価基準に収載されたものの、製造販売終了に伴い2020年3月31日以降は除外。
  5. 量研の組織改編により、2021年4月からは量子医科学研究所。
  6. Boron Neutron Capture Therapy
  7. 切除不能な局所進行又は局所再発の頭頸部がん。
  8. https://www.qst.go.jp/site/qst-kakushin/39695.html
  9. 2020年4月1日時点における保険適用の範囲は以下のとおり。
    重粒子線治療:手術による根治的な治療法が困難である限局性の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮癌を除く。)又は限局性及び局所進行性前立腺癌(転移を有するものを除く。)に対して根治的な治療法として行った場合。
    陽子線治療:小児腫瘍(限局性の固形悪性腫瘍に限る。)、手術による根治的な治療法が困難である限局性の骨軟部腫瘍、頭頸部悪性腫瘍(口腔・咽喉頭の扁平上皮癌を除く。)又は限局性及び局所進行性前立腺癌(転移を有するものを除く。)に対して根治的な治療法として行った場合。
  10. 100万分の1秒等の短い時間(パルス)に極めて大きなエネルギーを持った(大強度)中性子を繰り返し発生させる装置。
  11. Japan Proton Accelerator Research Complex
  12. Materials and Life Science Experimental Facility
  13. ミュオンスピン回転・緩和・共鳴法(μSR)。
  14. Super Photon ring-8 GeV
  15. X-ray Absorption Fine Structure
  16. X線でのレーザーを作る方式の一つ。従来の物質中での発光現象を使う方式ではなく、電子を高エネルギー加速器の中で制御して運動させ、それから出る光を利用する方式で、原子からはぎ取られた自由な電子を用いてX線レーザーを作ることがX線自由電子レーザーと呼ばれる由来。
  17. X-ray Free Electron Laser
  18. SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser
  19. Photosystem II



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