原子力委員会ホーム > 決定文・報告書等 > 原子力白書 > 「令和2年度版 原子力白書」HTML版 > 1-3 過酷事故の発生防止とその影響低減に関する取組
1-3 過酷事故の発生防止とその影響低減に関する取組
国民の安全を確保する上で、多量の放射性物質が環境中に放出される事態を招くおそれのある過酷事故の発生を防止すること及び万が一発生してしまった場合の影響を低減することは非常に重要です。現在、原子力事業者等は、新規制基準を踏まえた過酷事故対策を講じるとともに、国や研究開発機関を含む原子力関係機関は、過酷事故に対する理解を深め、更なる安全対策に生かすための研究開発を進めています。
(1) 過酷事故対策
① 国際的な動向
東電福島第一原発事故の教訓を踏まえ、原子力事業者等は、新規制基準への適合性を含め、過酷事故の発生を防止するための対策や、万が一事故が発生した場合でも事故の影響を低減するための対策を新たに講じています(図1-28)。
図1-28 新規制基準で求められる主な安全対策
(出典)電気事業連合会「原子力コンセンサス」(2021年)
津波への対策としては、発電所敷地内への津波の浸入を防ぐための防波壁や防潮堤を設置するとともに、それらを超える高さの津波によって敷地内が浸水した場合でも建物内の重要な機器やエリアの浸水を防止するための防水壁や水密扉を設置しています(図1-29左・中央)。
また、大規模な地震による送電鉄塔の倒壊や津波による発電所内非常用電源の浸水を想定し、敷地内の高台に配備された発電機車や電源車から発電所に電源を供給する等、電源設備の多重化・多様化も行っています(図1-29右)。さらに、全ての電源が失われた場合でも原子炉や使用済燃料プールを冷却し続けるための多様な注水設備や手段を確保しており、非常時には発電所の外から予備タンクや貯水池、海水を水源としたポンプ車による発電所内への注水を行うことができます。
図1-29 津波や地震への対策
(出典)電気事業連合会「原子力発電所の安全対策」に基づき作成
炉心を冷却し続けることができず、燃料が損傷に至った場合を想定した対策も講じられています(図1-30)。格納容器や原子炉建屋内での水素爆発を防止するための対策として、水素と酸素を結合させて水蒸気にする静的触媒式水素再結合装置や、短時間のうちに多量に発生した水素を計画的に燃焼し除去する電気式水素燃焼装置を設置しています。また、格納容器内の気体を排出し圧力を下げることで格納容器の過圧による破損を防止するフィルタベント設備を設置しています。気体に含まれる放射性物質はフィルタで除去されるため、周辺環境の土壌汚染は大幅に抑制されます。さらに、原子炉建屋や格納容器が破損した場合でも、屋外に配備した放水設備から破損箇所に向けて大量の水を放出することで放射性物質の大気への拡散を抑制します。
図1-30 過酷事故への対策例(放射性物質の環境への放出・拡散の抑制)
(出典)電気事業連合会「原子力コンセンサス」(2021年)
意図的な航空機の衝突等のテロリズムによって原子炉を冷却する機能が喪失し、炉心が著しく損傷した場合に備えて、原子炉格納容器の破損を防止するための機能を有する特定重大事故等対処施設の設置も進められています(図1-31)。同施設は、テロ行為によって炉心が損傷した場合でも放射性物質の異常な放出を抑制するため、原子炉建屋とは離れた場所に設置され、炉心や格納容器内への注水設備、電源設備、通信連絡設備を格納するものです。また、これらの設備を制御するための緊急時制御室も備えています。
図1-31 テロリズムへの対策
(出典)電気事業連合会「原子力コンセンサス」(2021年)
(2) 過酷事故に関する原子力安全研究
① 原子力規制委員会における過酷事故に関する安全研究
原子力規制委員会は、過酷事故研究を通じて、新規制基準に基づき原子力事業者等が策定した過酷事故対策の妥当性を審査する際に必要となる技術的知見や評価手法を整備し、関連する規格基準類に反映しています。
過酷事故時に発生する物理化学現象の中には、予測や評価に大きな不確実性を伴う現象が存在します。原子力規制委員会は、これらの重要な現象を解明し、最新の知見を拡充するための研究に取り組んでいます。特に、過酷事故時の格納容器内における水素等の気体の挙動、格納容器内に落下した溶融炉心がコンクリートを侵食する反応、溶融炉心の冷却性(図1-32)等について、関係機関と協力し、国内外の施設を用いた実験を行っています。実験で得られた知見は、過酷事故時の安全性を評価するための解析コードの開発や精度向上、確率論的リスク評価(PRA)手法の高度化に活用しています。また、OECD/NEAが行うARC-F等の国際共同プロジェクトに参加し、国内外の専門家から最新の情報を収集しています。なお、原子力機構は、原子力規制委員会によるこれらの実験や研究の一部を実施しており、科学的・合理的な規制の構築に貢献しています。
図1-32 格納容器内の溶融炉心の冷却性に関する主な現象
(出典)原子力規制委員会「令和2年度安全研究計画」(2020年)
② 経済産業省における過酷事故に関する安全研究
経済産業省は、「軽水炉安全技術・人材ロードマップ」の中で優先度が高いとされた課題の解決に向けた技術開発を支援しています。過酷事故が発生した場合でも事故対応のための猶予期間を確保するため、過酷事故条件下でも損傷しにくい新型燃料部材の開発等に取り組んでいます。また、原子力発電所の包括的なリスク評価手法の高度化のため、地震や津波を対象とした確率論的リスク評価(PRA)手法の高度化にも取り組んでいます。
③ 文部科学省における過酷事故に関する安全研究
文部科学省は、原子力機構が所有する研究施設を活用し、過酷事故を回避するために必要となる安全評価用データの取得や安全評価手法の整備に取り組んでいます。原子炉安全性研究炉(NSRR47)では、試験燃料棒が破損する様子を観察することで、燃料破損メカニズムを解明し、過酷事故への進展防止等の検討に必要な知見を取得しています。
④ 原子力機構における過酷事故に関する安全研究
原子力機構では、安全研究センター、廃炉環境国際共同研究センター(CLADS48)が過酷事故研究に取り組んでいます。
安全研究センターは、多様な施設を活用した実験(図1-33)を通じて、原子力規制委員会への技術的支援や長期的視点から先導的・先進的な安全研究を実施しており、過酷事故の防止や影響緩和に関する評価、放射性物質の環境への放出とその影響に関する研究について重点的に取り組んでいます。また、安全研究センターとOECD/NEAとの共催により、原子力発電所の過酷事故マネジメント向上のための測定手法及び測定装置の高度化に関するワークショップ(SAMMI-2020)が、2020年12月にオンラインで開催されました。
図1-33 原子力機構の研究を支える主な施設
(出典)第5回原子力委員会資料第1号 原子力機構「安全研究センターの研究活動について」(2019年)
CLADS は、東電福島第一原発の廃炉に向けた研究の一環として、事故進展解析による炉内状況の把握、燃料の破損・溶融挙動の解明、溶融炉心・コンクリート反応による生成物の特性把握、セシウム等の放射性物質の化学挙動に関する知見の取得に取り組んでいます。これらの成果の一部は、現行の過酷事故用解析コードの高度化や事故対策の高度化等、将来の安全研究に役立てることとなっています。
⑤ 電力中央研究所における過酷事故に関する安全研究
一般財団法人電力中央研究所の原子力リスク研究センター(NRRC)は、過酷事故状況下における運転員による機器操作等の信頼性評価や過酷事故時に放出される放射性物質による公衆や環境への影響の評価に関する技術開発に取り組んでいます。
(3) 過酷事故プラットフォーム
「過酷事故プラットフォーム49」では、原子力機構を中心とした関係各機関の協力の下で、過酷事故の推移や個別現象、その影響と対策を俯瞰的に理解すること、また、これらを体系的に学習する研修資料とすることを目的とし、SA50アーカイブズ(軽水炉過酷事故技術資料)の整備が進められています(図1-34)。プレ講習会や実習会を経て2019年に完成したSAアーカイブズ及び講義資料の初版について、活用方法の検討を行うとともに、公開に向けた手続を進めています。
図1-34 SA アーカイブズ(軽水炉過酷事故技術資料)の内容
(出典)第32回原子力委員会資料第2号 原子力機構「軽水炉過酷事故プラットフォームに関する取組状況~軽水炉利用に関 する知識基盤(SAアーカイブズ)の整備~」(2020年)
- Nuclear Safety Research Reactor
- Collaborative Laboratories for Advanced Decommissioning Science
- プラットフォームについては、第8章8-1(3)「原子力関係組織の連携による知識基盤の構築」を参照。
- Severe Accident