原子力安全委員会
ウラン加工工場臨界事故調査委員会
報告の概要

 

 

 

 

平成11年12月24日

 


目 次

 

Ⅰ.はじめに

Ⅱ.事故の全体像

Ⅲ.事故の原因とそれに関する状況

Ⅳ.事故に係る防災上の対応

Ⅴ.健康対策・事故現場の対応

Ⅵ.事故の背景についての考察

Ⅶ.今後の取り組みのあり方について

Ⅷ.事故調査委員会委員長所感(結言にかえて)


Ⅰ.はじめに

 本年9月30日に発生した株式会社ジェー・シー・オー(以下「JCO」という)の東海村ウラン加工工場における臨界事故は、3人の作業員が重篤な放射線被ばくを受け1人が亡くなられるなど、我が国原子力平和利用史上前例のないような事故であった。
本委員会は、今回の事故の重大性にかんがみ、事故原因を徹底的に究明し、万全の再発防止策の確立に資するために、原子力安全委員会に設置された。
本委員会は、11月5日には「緊急提言・中間報告」を政府に提出し、これを受けて政府は原子炉等規制法の改正、原子力災害対策特別措置法の制定、原子力安全・防災対策予算の第2次補正予算における計上といった措置を取った。
その後、本委員会はさらに検討を行い、今般最終的な報告を取りまとめた。

この「報告の概要」は、本委員会の最終的な報告の概要を事務局の責任でまとめたものである。

Ⅱ.事故の全体像

1.事故の発生の状況等

 今回事故の発生したJCO東海事業所の転換試験棟(図1)は、昭和55年11月に核燃料物質の使用許可を取得し、その後、昭和59年に濃縮度20%未満のウランの液体製品も製造可能な加工施設に変更許可されたものである。
 今回の作業は「常陽」の燃料用として、平成11年度に濃縮度18.8%、ウラン濃度380gU/㍑以下の硝酸ウラニル溶液を転換試験棟において製造することを目的としていた。
 作業は3人で実施され、29日から硝酸ウラニル溶液の製造を開始している。本来であればウラン粉末を溶解塔で硝酸を加えて溶解すべきところを、ステンレス容器(10㍑)でウラン粉末を溶解した後、作業手順書をも無視して、ステンレス容器(5㍑)及び漏斗を用いて、1バッチ(作業単位:2.4kgU)以下で制限して管理すべき沈殿槽に7バッチ(約16.6kgU)の硝酸ウラニル溶液を注入したとしている。(図2)
 上記の作業の結果、9月30日午前10時35分頃、沈殿槽内の硝酸ウラニル溶液が臨界に達し、警報装置が吹鳴した。この臨界は、最初に瞬間的に大量の核分裂反応が発生し、その後、約20時間にわたって、緩やかな核分裂状態が継続したものであった。10月1日午前2時30分頃から、沈殿槽外周のジャケットを流れる冷却水の抜き取り作業が開始され、午前6時15分頃、臨界状態は停止した。その後、ホウ酸水を注入し、午前8時50分には臨界の終息が最終的に確認された。
 この臨界による総核分裂数は、沈殿槽内の残留溶液の分析結果から、2.5×1018個と評価されている。

2.事故の通報連絡・避難等の対応
 今回の事故の第一報がJCOから科学技術庁にもたらされたのは、9月30日午前11時19分であった。この連絡を受け、12時30分過ぎに科学技術庁から首相官邸へ連絡、また、午後1時頃には科学技術庁職員を現地に派遣、午後2時には原子力安全委員会への正式報告がなされている。
午後2時30分には、科学技術庁災害対策本部が設置され、さらに午後3時には、防災基本計画に従って、科学技術庁長官を本部長とする政府の事故対策本部の設置が決定された。また、午後3時30分頃に現地事故対策本部が設置された。さらに午後9時には、小渕内閣総理大臣を本部長とする政府対策本部会合が開催された。
また、原子力安全委員会の緊急技術助言組織の召集が午後3時30分に決定され、午後6時に緊急技術助言組織会合が開始されている。地元地方自治体においては、午後3時に東海村による350m圏内の住民避難要請、午後10時30分に茨城県による10km圏内の屋内退避勧告等、所要の対応が行われた。

3.放射線及び放射性物質による影響
(1)環境モニタリング
 臨界により生成したと考えられるガス状物質(希ガス、ヨウ素)が放出され、広範囲の複数の地点で空間放射線量率(ガンマ線)が上昇した。また、一部の環境試料から、臨界により生成したと考えられる短半減期のヨウ素及び希ガスの崩壊生成物並びに臨界により発生した中性子により放射化されたと考えられる放射性物質が検出された。しかし、施設から放出されたガス状物質による空間放射線量率(ガンマ線)の上昇は、最大でも数マイクログレイ/時でありかつ短時間であったこと、事故に起因して検出された環境試料中の放射性物質のレベルは十分に低くかつ短時間に減衰してしまう核種であったこと、また、積算線量の結果からも、住民の健康及び環境に影響を及ぼすものではないと判断された。

(2)線量評価
 今回の事故による線量には、事故の発生した沈殿槽から放出された中性子線とガンマ線の線量のほか、放出された放射性物質からの放射線の線量がある。
 臨界継続時の沈殿槽から周辺環境に達した中性子線及びガンマ線による線量については、敷地内外の中性子線及びガンマ線のモニタリングの実測値から直接評価し、周辺環境における時間、場所ごとの線量を示した基礎資料を取りまとめた。
 また、この他の周辺環境に達した線量である、臨界終息後に沈殿槽から周辺環境に達したガンマ線及び周辺環境へ放出された放射性物質による線量については、評価の結果、十分小さいと判断される。
 (周辺住民等)
事故発生当日の9月30日より、避難所となったコミュニティ-センタ-において行われた表面汚染検査で検出限界値を超える値が検出された者、東海村より依頼のあった者、個人的に希望のあった者等について、核燃料サイクル開発機構(サイクル機構)、日本原子力研究所(原研)、放射線医学総合研究所(放医研)においてホ-ルボディ・カウンタによる被ばく線量の測定が行われた。その結果、転換試験棟近傍に事故発生後数時間にわたり滞在した者7名について検出限界値を超える値が検出され、その値は6.4~15mSv(暫定値)であった。
また、科学技術庁により敷地周辺の住民等について個人の行動調査が行われており、今後、その結果及び基礎資料に基づき、個人の線量評価の推定が進められることとなっている。
 (JCO社員等)
今回の事故により現場で作業をしていたJCO社員3名が重篤な被ばくをし、うち1名が12月21日に死去した。これら3名の線量はそれぞれ16~20グレイ・イクイバレント(GyEq)以上、6.0~10GyEq、1~4.5GyEq程度であった。このほか、56名の被ばくが確認された。そのうち36名についてはホールボディ・カウンタで検出され、その値は0.6~64mSv(暫定値)であった。また、フィルムバッジの測定結果により22名の被ばくが確認され、その値は0.1~6.2mSv(1cm線量当量)(ガンマ線)であった。なお、フィルムバッジで検出された22名のうち2名はホールボディ・カウンタでも検出されている。
また、臨界状態の停止のための作業等に従事したJCOの社員24名について、被ばくが確認され、ホールボディ・カウンタで検出された者の値は9.1~44mSv(暫定値)で、線量計(ポケット線量計)で測定された者の値は0.03~120mSv(1cm線量当量)(暫定値)であった。
事故発生時にJCO東海事業所内にいた同社の社員、関連会社の社員等には、原子炉等規制法等に定められているフィルムバッジを着用していなかった者や事故後施設内にフィルムバッジを放置した者が多く、また、放射線業務従事者でない者がいた。これらの者についても線量評価のおおよその目安となる推定については、該当する者の行動調査のみならず、線量評価等の幅広い情報が必要であると考えられるため、JCOと関係機関が協力して、その作業が進められることが期待される。
 (防災業務関係者)
東海村消防署、サイクル機構、原研の防災業務関係者についても被ばくが確認されている者がいるが、その線量は防災業務関係者の被ばく線量の上限値である50mSvを十分下回るものであった。
このうち、サイクル機構及び原研の職員については、個人線量計の測定値からの線量評価がまとまっており、検出限界を超えた者がそれぞれ49名、8名であった。また、事故への対応において、JCOの社員3名の救急活動にあたった東海村消防署員3名について、6.2~13mSv(暫定値)の被ばくが確認されている。
防災業務関係者の中には、フィルムバッチやポケット線量計を着用しておらず、被ばく線量が評価されていない者もおり、今後、当時の作業状況等から被ばく線量を評価する必要があると考えられる者については、周辺環境の線量評価(基礎資料)や個人の行動調査に基づく被ばく線量の推定が行われることとなっている。

Ⅲ.事故の原因とそれに関する状況

1.事故発生の原因と再発防止対策
(1)直接的原因と対策

 事故の直接的原因としては、「使用目的が異なり、また臨界安全形状に設計されていない沈殿槽に、臨界量以上のウラン(約16.6kgU)を含む硝酸ウラニル溶液を注入したこと」にあった。
 臨界安全形状に設計されていない溶液系装置については、その臨界管理を人的管理に依存するような場合は、ヒューマンファクター等への一層の考慮から、質量制限とともに濃度制限を併用するなどが適切と考えられる。

(2)作業工程上の問題点と対策
 作業工程上の問題点としては、「精製U3O8を再溶解し、さらにその硝酸ウラニル溶液を1ロット(約40㍑・14.5kgU)毎に均一化する作業工程が適切でなかった」ことであり、対策としては、臨界安全管理を要する装置については、当該装置の作業性と安全性との関連に関しても予め評価しておくべきことが重要である。

(3)運転管理上の問題点と対策
 運転管理上の問題点としては、「安全運転の要件であった1バッチ当たり2.4kgUという臨界管理上の質量制限値を超える作業を行ったこと」であり、このような運転管理上の重大な過ちが生じないようにするために、溶液系装置の質量制限については、容積制限による二重装荷の臨界安全要件を付加するなどの措置により物理的に安全を確保することが適切と考えられる。また、臨界管理方法を熟知させ、また核燃料物質の移動に係る承認手続きの徹底などにより、質量制限値が遵守される運転管理体制を構築することが重要である。

(4)技術管理上の問題点と対策
 技術管理上の問題点としては、「作業手順書と作業指示書の作成や改定に当たっては、安全管理グループ長や核燃料取扱主任者の承認を得るなどの技術管理上の適正な手続きが定められていなかった」ということがある。このような技術管理上の問題点を生じさせないためには、従業員教育、現場作業統率、安全管理等の面で品質管理の充実を図るとともに、ISO規準認証の取得を奨励するなど事業者の自己責任による自主保安の考え方を徹底することが重要である。

(5)経営管理上の問題点と対策
 経営管理上の問題点として、「転換試験棟における仕事は、主たる業務である加工施設棟における仕事に比べて小規模かつ非定常的で特殊でもあったにもかかわらず、その特殊性に関する配慮が十分でなかった」ということがある。再発防止のためには、特殊少量製品を非定常的に製造するプロセスにおいては、その経営管理上の特殊性にかんがみ、安全管理上必要な配慮が特別に求められることを認識すべきである。

(6)許認可上の問題点と対策
 許認可上の問題点として、「安全審査や設工認審査の主眼が設備や機器の設計の安全上の妥当性におかれ、その運転工程上の詳細を審査の対象としていないため、安全審査及び設工認審査において再溶解工程に関する記述が必ずしも十分とはいえない」点がある。このため再発防止策として、安全審査において施設・設備・機器の基本設計に関する臨界安全上の妥当性を評価するに当たっては、その評価の前提としたそれらの使用条件について明記させ、その使用条件を逸脱して使用される場合の可能性を検討して、当該施設の潜在的危険性に照らし誤操作等に対する安全設計を課すとともに、必要であれば、最大想定事故のひとつとしてその影響の評価を行うことが適切である。

(7)安全規制上の問題点と対策
 安全規制上の問題点として「保安規定の遵守状況などのチェックのために行う規制当局の点検が有効でなかった」点がある。このため、国の検査機能の強化のため、①加工事業に係る規制項目の追加と定期検査等の義務付け、②保安規定の遵守状況に係る効率的な検査制度の導入、③抜き打ち検査の効率的な実施などを図るといった対策が求められる。

2.事故時の技術的対応
(1)事故発生に関する対応
 9月30日午前10時35分頃に事故が発生したが、初期段階では、臨界事故が発生したとの明確な認識が不十分であり、また、科学技術庁への連絡も11時19分と約40分間を要している。このため、濃縮度約20%ものウランを溶液状で扱うような施設においては、臨界事故の可能性を想定し当該施設の潜在的危険性を考慮して必要な対策が講じられていることが求められる。

(2)臨界状態の継続性に関する対応
 臨界状態が継続しているか否かの判断に時間を要したことが今回の事故の影響を大きくした。提供される情報は断片的で限られており、関係者は情報の集積とともに臨界継続の認識に徐々に至ったというのが実状である。
 これらのことから、次のようなことが教訓として指摘できる。
  ①臨界状態の継続性を直接的に検知できる装置の設置
  ②濃縮度20%のウランを溶液系で扱うような施設は臨界事故を想定する
  ③継続性の判断のための正確かつ必要な情報の速やかな提供。同時に情報の適切な収集と適切な場での専門的検討の実施
  ④情報の公開と適切なタイミングでの提供及び情報源の一元化
  ⑤海外への正確な情報の速やかな伝達

(3)事故の終息に向けた対応
 臨界事故が想定されていなかったことから臨界状態の終息に向けて緊急に特別の対策をとる必要が生じ、その対応に時間を要した。
 このため、
  ①事故対応のための専門家の速やかな支援体制についての検討
  ②事故の終息に向けて特別の放射線作業を要するような場合における責任や法的根拠の関係者間での周知
が重要である。

(4)放射線の外部への影響に関する対応
 放射線の外部への影響に関する対応の事実から次のことが指摘できる。
  ①今回の事故の特徴は、臨界状態の終息に至るまでに時間を要し、敷地境界における放射線レベルが通常の値の範囲を超えている時間が長かったこと。
  ②地域住民が受けた放射線量は、本報告書作成後も、できるだけ詳細に評価される必要があるが、仮に有意な放射線量が認められない場合でも、精神的負担などを考慮した心身のケアを図るなどのフォローアップを行うことが肝要であること。
  ③放射性物質の放出は住民の健康及び環境に影響を及ぼすものではなかった。
  ④放出放射線による線量率と距離との関係は、350m地点で、敷地境界の値の約80分の1、1km地点で、同じく約1万4千分の1であった。

3.提言
(1)安全審査・安全規制の見直しと体系化
  ①本施設は事業内容の特殊性を考えると、加工施設ではあっても、むしろ使用施設的な特別な施設として審査することもあり得た。規制行政庁と原子力安全委員会のダブルチェック機能の実効性ある運用を含め、両者の多重補完的安全審査のあり方について改めて検討すべきことを提言する。
  ②本施設のように安全上の重要度が高くかつ運転管理をより重視する必要がある施設については、その安全審査及び安全規制のあり方に関し、管理体制、作業工程さらに検査及び確認の方法までを視野にいれた専門的検討の緊要性を指摘する。
  ③原子力安全委員会は、原子炉と核燃料サイクルを全体的に俯瞰しつつ変動する時代や社会の要請に応えて、規制行政庁とは独立した立場から安全行政を監視し指導することが求められており、事務局の抜本的強化と専門的助言者集団を確保すべきことを提言する。

(2)事故発生原因を除去する具体的方法
  ①核燃料物質の取扱いに際しては、作業性を考慮しつつ安全な設備を設計し製作することの重要性を認識する必要がある。
  ②工程管理及び作業管理による安全確保の徹底を図るシステムを確立することが重要である。
  ③安全性の向上と技術の継承を図るシステムをそれぞれの事業所において確立することが求められる。また、経営者や生産管理者についても「安全」への一層の理解が求められており、そのための教育も必要である。

(3)危機管理下における情報の適正な管理
  ①情報源をできるだけ一元化し、情報の混乱を最小限にとどめるべきである。報道機関への情報提供者は、その情報源と直結し特に指名された者が当たるべきである。
  ②災害防止や事故の終息に向けた迅速かつ的確な判断を可能にするためには、提供される情報を専門的に分析する作業を必要としており、それらの作業は、適切な場で特別にその任に当たる者によって遂行されるべきである。

(4)安全管理情報の統合化とシステム化
  ①人的管理に依存し易い今回の施設のような場合には、核物質管理情報のシステム化が検討されるべきである。
  ②核物質管理上特に機微な核燃料物質を取扱う施設においては、核物質防護上の情報との統合化とシステム化も検討されるべきである。

(5)自己責任による安全確保の向上を不断に目指す社会システムの構築
  ①原子力の「安全神話」や観念的な「絶対安全」から「リスクを基準とする安全の評価」への意識の転回を求められている。リスク評価の思考は欧米諸国において既に定着しつつあるが、我が国においても、そのことに関する理解の促進が望まれる。
  ②規制する側とされる側との間に健全な緊張関係があってはじめて自己責任の安全原則が効力を発揮する。
  ③プロジェクト型の技術開発のあり方については、プロジェクトを構成する個々のサブプロジェクトがそれぞれに自律化しその過程を通して全体が進化していくように管理運営されている必要がある。また、止むを得ず発生するかも知れない事故の影響を予知しそれを最少化するリスク管理システムの開発と併せて、プロジェクト型の技術開発のあり方について新たな研究開発テーマとして取り組んでいくべきことを提言したい。
  ④自己責任によって安全確保の向上を不断に目指す社会システムの構築に、専門的知識を有し、かつ、社会への適用性に優れていて安全意識の高い技術者集団の参加を必要としており、特に、それらの集団のリーダーとなる人材の育成が不可欠である。また、各分野における現場作業者の育成も重要な課題であることを指摘したい。

Ⅳ.事故に係る防災上の対応

1.防災対策全般

 我が国の原子力防災体制は、原子力発電所、再処理施設等からの放射性物質の大量の放出に備えた対応を想定して整備されており、今回のような加工施設における臨界事故については想定されていなかった。このことは、初動段階での現地における事故状況の迅速かつ正確な把握、的確な防護対策の検討、決定を行う上で、大きな制約となった。
 今回の臨界事故を踏まえれば、原子力防災の対象となる施設について、加工施設等も対象とするなどの見直しが必要であり、加工施設の臨界事故等を考慮した指標が必要であると考えられる。

2.初動対応
 原子力防災上の初動対応という面から見ると、JCOから科学技術庁等への連絡は遅く、消防機関に対して原子力事故であることを伝えなかったなど、適切さを欠いていた面があった。また、科学技術庁の初動段階での状況把握、関係者への連絡については、十分ではなかった面があると考えられる。
 今後、事業者の防災体制の整備、事業者からの通報を国、立地自治体のみならず周辺市町村も含めて、迅速的確に伝える体制の整備が必要である。また、迅速な現地の情報収集及び分析のため、国の平常時からの現地体制の整備、テレビ会議システムなどにより情報を双方向で確認できるシステムの整備、専門家・専門機関の迅速な動員体制の整備が必要である。

3.本部体制
 原子力防災体制においては、初動時から複数の関係省庁の密接な連携、高度な調整が必要とされ、初動時から内閣がリーダーシップを取る形式は有効であると考えられる。一方で、初動時における事故対応体制については、特に迅速性を要求されるものであり、一定の事象が生じた場合直ちに対応体制がとれるよう、迅速な初動と密接な連携体制を確保し得る強力な危機管理体制の実現を検討すべきである。
 現地本部については、「オフサイトセンター構想」の原型が実現されたが、今回の教訓を踏まえ、情報の共有、活動の調整、判断・実施の責任の明確化など、さらに検討を進め、より実効性のある方法で具体化を図るべきである。また、初動時に切れ目無く地方自治体への助言や活動の調整を行う体制の検討も必要である。さらに、原子力安全委員会緊急技術助言組織と政府の対策本部において情報が共有され、緊密な連携が可能となるシステムを検討すべきである。

4.避難・屋内退避の指導助言
 今回の事故においては国の初動対応が必ずしも十分でなかったため、結果的には非常に適切な措置であった避難要請は国や県の指導助言なしに東海村長の判断で行われた。
 今後の課題としては、まず国の初動時の情報把握体制や助言体制の整備、一元的に住民の防護対策の判断、実施が可能となるような体制を検討することが必要と考えられる。
 また、今回の事故は我が国において初めて住民に対して屋内退避や避難等の防護対策が実施された事故であったが、災害弱者に対する対応を含めて、今後事故時の住民行動や広報の実態を検証し、住民に対する防護措置のあり方について更に検討を行うことが必要である。

5.専門的支援
 今回は幸いにも現地に多数の専門機関等が存在したために多数の専門家や装備等を動員できたが、今回の経験を踏まえ、緊急技術助言組織や技術的な支援を行う専門家の能力を迅速に投入できる体制の整備が必要である。また、支援に必要な情報の迅速な提供、資機材の確保、後方支援の充実が必要である。こうした専門家の能力を緊急時に活かすためには、さらに平常時から訓練等を行うことが重要である。

6.報道対応
 プレスへの情報発信は、関係省庁等により適宜行われたが、常時の問い合わせ等に係る対応窓口が不明確である等、国、県、市町村間の広報面での連携が十分ではない等の問題があった。
 事故発生後の非常時においては、地域住民及び一般公衆に対して正確でかつ分かりやすい情報がタイムリーに提供されなければならない。そのため、情報源をできるだけ一元化し、国及び現地におけるプレス対応をより適切に実施するために、常時対応が可能な専任の報道担当官を設置する等の体制について検討すべきである。

7.原子力災害時における医療対策
 3人の高線量被ばく患者への対応については、緊急被ばく医療ネットワーク会議が効果的に機能し、放医研と関係医療機関が円滑に協力することができた。
 周辺住民等については、行動調査の結果と周辺環境の線量評価の値を用いて個々人の線量を推定し、健康管理検討委員会の審議等を踏まえて長期的な健康管理に取り組むこととされている。
 今後、とるべき必要な措置は以下のとおりである。
 ① 高線量被ばく患者への対応
(a)事故や災害の対応の上で最も優先されるべきは人命の救助であるということを認識し、緊急医療対応マニュアルを作成し、定期的に訓練を実施することが極めて重要である。
(b)全国的な緊急被ばく医療体制を検討する場を設ける必要がある。緊急被ばく医療体制は、高度な医療技術や先端的医療によって支えられるものであり、拠点医療機関を結ぶネットワーク型の強化等が重要である。
(c)今回の事故に対する医療についての報告書の出版、学会における発表、国際シンポジウムの開催等を通じて、今回の事故に関する我が国の経験を他の国とも共有すること等が必要である。
 ② 低線量被ばくへの対応
(a)事故発生直後に現地の医療、健康管理、心のケアを統括的に実施するシステムとシナリオを検討する必要がある。具体的には、一定線量以上被ばくした作業者、住民等の健康管理マニュアル、住民の線量評価についての対応マニュアルの検討が考えられる。また、関係省庁や地方自治体が連携し、全体として整合性がとれた対応をとれるように準備しておくことが極めて重要である。
(b)事故後の早い時期に健康影響に関する科学的な知見を分かりやすく伝える体制を整えるとともに、日頃から放射線・放射能、特に線量と生体影響、放射線防護の正しい知識を普及することが必要である。
(c)事故は終息しても健康影響や心のケアは長期にわたり継続することを考慮して対策を立てる必要がある。そのため、必要に応じ、精神医学、心理学、社会心理学、社会学等の専門家を加えた検討を行う必要がある。

Ⅴ.健康対策・事故現場の対応

1.住民等の健康対策

 長期的な健康管理については、原子力安全委員会の下に設置された健康管理検討委員会において検討がなされている。転換試験棟からおよそ350メートル以内の避難要請区域に居住・勤務されている方の行動調査が実施され、推定被ばく線量を算定中である。科学技術庁は算定された線量に基づき健康管理検討委員会の示す健康管理の方針に沿って、地方自治体と協力し、長期的な健康管理が実施されるようにしていくことが重要である。

2.事故現場の安全確保
 事故現場の安全確保については、事故現場の放射性物質の閉じ込め、放射線の遮へいがなされたほか、事故の原因となったウラン溶液等を容器へ収納し、サイクル機構へ移送するまで間、転換試験棟内に一時管理、その後、同機構へ輸送、再処理する計画である。
 ウラン溶液等の安全かつ速やかな処理のため、国は今後ともJCOへの指導、関係機関への協力要請などの取り組みに万全を期すことが重要である。

Ⅵ.事故の背景についての考察

1.企業・産業のあり方
(1)原子力産業概観

 原子力産業は、「核燃料サイクル部門」「製造部門」「設計・建設部門」「サービス部門」を含む幅広い産業であり、JCOは、「核燃料サイクル部門」のうちの再転換事業を営む企業である。

(2)国際競争下での経営効率化と事故の関係
 JCOにおいては、国際的な価格競争により業績が悪化し、人員削減といった経営効率化が行われていた様子がうかがえる。また、特殊少量製品の生産に関しては特に慎重な品質管理・安全管理が求められるが、この管理体制が不十分であった。国際競争下での経営合理化と今回の事故の因果関係を明らかにすることは困難であるものの、経営効率化を契機に、社員や企業の倫理等が低下したことが今回の事故の「背景」にあったことは推論するに難くない。

(3)原子力産業における効率性と安全性
 事故の影響が大きくなる可能性がある原子力産業においては、安全性の確保が最重視されるべきで、効率化と安全性の両立が強く要請される。リスク・アセスメント、リスク・マネージメントと同時にモラル・ハザードの形態、影響を分析する科学の発展が望まれる。
 JCOは、特殊・少量であって市場取引が前提とされない「非市場性財」の生産において、コストの回収、利益確保のため、効率性を重視させたと思われる。発注時には契約担当者のみならず技術関係者が参加して安全な操業の可否を検討し、さらに安全な操業が維持されているかについて発注者においても一定の注意を払うべきである。
 また、安全確保に万全を期すためには、関係する組織・体制の整備と企業風土としての安全文化の醸成が必要である。

(4)原子力産業における事業者・技術者の社会的責任・倫理
 安全確保に関する責任は第一義的には事業者にあり、国は事業者の安全確保を補完する。この責任分担を念頭に、それぞれが果たすべき責任の明確化が重要である。事業者においては、安全管理意識が浸透するよう従業員を教育・訓練していくシステムや、危機管理に関する行動指針の制定等を通じたマネージメント体制、コーポレート・ガバナンス(企業統治)の確立が必要である。この観点から、情報公開等を通じた透明性の高い企業経営等も重要である。また、原子力産業のようにリスクの大きな産業では子会社へのリスク回避行動は慎むべきである。住友金属鉱山株式会社は、親会社としての社会的責務を十分果たしていたか慎重な反省が必要である。
 原子力事業者が高い倫理を保持し、社会的責任を果たしていくため、原子力産業全体としての倫理向上が重要であり、そのため、原子力産業が、産業として魅力に富む存在であることが必要である。このためにも積極的な技術革新等や、大学等との研究者・技術者の相互交流や共同研究の実施といった取り組みが重要である。また、一般の理解を促進するよう、学校教育や社会人向け教育等を通じた努力も有益である。
 最終的拠り所となるという意味で技術者各人の自覚、倫理の確立が重要である。原子力分野において倫理規定を有効に機能させる方策を検討すべきである。原子力分野では、大学等の教育の場も含め、技術者に専門職としての倫理教育を行うことが急務である。

(5)原子力産業全体の安全管理のあり方
 核燃料サイクル・システム全体として整合性を持って安全性が確保されていることが重要である。サイクルのどの部分で安全性の破綻があっても、原子力エネルギーへの理解は得られない。この観点から、下請け等の系列企業等が広範に利用されているメンテナンス部門等について、利用している事業者側で、責任ある管理のあり方について検討する必要がある。ニュークリアセイフティーネットワークの運用に当たっては、国との適切な連携を含め、相互啓発等を通じシステム全体でバランスの取れた安全対策となるよう要望する。また、参加企業の拡大を期待する。

2.社会と安全
(1)社会と安全をめぐる基本問題
 「安全」を来る21世紀に固有の価値の一つとして位置づけ、その認識と合意を国民的規模で浸透させる必要がある。原子力に携わる者は「安全最優先」が最重要の原則であることを再確認する必要がある。

(2)安全社会システムの構築を目指して
 我が国においては、今回の臨界事故を契機として「安全文化」という安全確保を支える根本理念を浸透・定着させることが一層強く求められており、こうした理念をもとに「安全社会システム」の構築を目指さなければならない。
 安全問題は、安全最優先の理念の下に以下の4つの要素から成り立っており、今回の事故の教訓から、それぞれの重要性とそれらの安全問題に関わる様々な要素等を隙間なく考慮した安全社会システムの総合設計の重要性が認識される。
  ① 危機認識
 自分や他者がかかわる目的の事象の意味を正しく理解し、その行動の結果を予測し、背後の潜在的危険性を認識することである。危機認識が的確でなければ的確な事前・事後の安全確保対応や安全確保支援はあり得えず、危機認識は安全問題の原点となるものである。
 今回のJCO事故についても、危機認識の欠如が底流にあったと言える。安全対策は、表面に現れないリスクの潜在を十分に認識し、洗い出し、その上で必要な予防対策を講ずることである。危機認識のためには、安全管理のキーパーソンの配置やリスクの心理的な常在が重要である。
  ② 事前の安全確保対応
 事前に認知された事故等を未然に防止するために予め策定された対応全体のことであり、ハード型とソフト型がある。安全工学的設計の形で形成されるハード型の安全確保対応は相当程度整備されているが、全てのハード化は不可能であり、安全設計に基づく施工、管理・監督の手続き等のソフト型の安全確保対応が不可欠である。
 具体的には、フェールセーフ・多重防護の設計思想の浸透、手順書・マニュアルの整備、運転管理の充実が重要である。
  ③ 事後の安全確保対応
 発生した事故等の対処のために予め策定された機器設計、法規、制度、手順をはじめとして、慣行、倫理、命令を含む対応全体のことであり、同様にハード型とソフト型がある。事故の早期発見と迅速な終息、放射性物質の環境への放出及び放射線による周辺住民への影響の抑制、影響が及んだ場合の医療対応等が挙げられ、これらを実効あるものとするための重要な要素として情報伝達がある。事故検知システムの充実、事故時対応マニュアルの整備や防災計画の充実と訓練の実施がなされるべきである。
  ④ 安全確保支援
 事前・事後の安全確保対応の実現を保証するために前もって策定された支援方策のことである。事前・事後の安全確保対応の実行を保証するために必要な支援措置は、ハードの安全工学的設計を安全社会システムの一方の極とすれば、その他方の極であり、社会との関わりが最も深い部分である。これには、徹底した研修・訓練、社会心理学的装置の導入、内部及び外部評価システムの充実、情報公開・透明性の確保、国民への正確な知識の普及、住民・地域の参加が含まれるが、事業者の内部において直接、安全確保対応の実行を保証するものと、事業者を含む社会全体として安全確保を保証するものがある。

 飽和した技術領域では、安全工学的設計の範囲を超えた事故が目立つようになり、事故の教訓が必ずしも安全工学的設計の開発・改良に結びつかなくなってきている。今回の事故は、ハード型の安全確保対応の開発・改良が飽和するにつれてソフト型の安全確保対応や安全確保支援の形成と実現が重要課題になってきたことを示したものと言える。
 また、部分的変更はシステム全体の最適化を損ないうるとの認識が不可欠である。上記の4つの要素の実現は、最終的には安全確保のための個人の知識や技能、動機づけやメンタリティに結びつくものでなければならず、政府の過剰な介入がこれらに逆行しうることにも注意すべきである。
 安全社会システムの総合設計においては、国民の安心をも視野に入れてシステム全体を捉え、事業者、国、自治体、地域住民、第三者機関等を含めた責任の分担など、安全問題に関わる様々な要素等を隙間なく考慮した設計とその実現が必要であり、国が総合設計の責任を持つ役割を果たすことが求められる。
 また、社会の責任として「安全」価値に対して適正なコスト負担をしていく必要があり、政府、企業、自治体等が適切に安全コストを負担し、安全社会システムの総合設計の中でその責任と役割を果たしていくことが重要である。

(3)未来に向けた我が国の役割
 今回の事故は国際的にも日本に対する信頼を失墜せしめたが、この事故を契機に、改めて社会を俯瞰して先端科学技術のリスク軽減のための社会的インフラストラクチュアを構築し、安全の国日本を取り戻すことができれば、人類の未来へ明るい展望を開き、国際社会の他の重要問題の解決にも大きく貢献する役割を果たしうるものと考える。

Ⅶ.今後の取り組みのあり方について

 各章の対策・課題をまとめて、あらためて全体を俯瞰的に見てみると、事故の再発防止に向けた今後の取り組みについて、新たにいくつかの視点が見いだされる。本章では、上記各章の対策を取りまとめ、今後の取り組みのあり方についてその要点を、重点的かつ概括的に述べるとともに、それらを包括したところに見いだされる対策・提言を含め、取り組みの全体像を示す。

1.危機認識の保持とリスク評価意識への転回
 今回の事故の底流には、臨界事象に対する危機認識の欠如・風化があった。的確な危機認識は、安全問題の原点となるものであり、原子力に携わる全ての組織と個人とが、その役割に応じて継続的に保持することが重要である。また、その社会への定着のためには、「安全神話」や「絶対安全」から「リスクを基準とする安全の評価」へ意識を転回していく必要がある。

2.原子力事業者における安全確保の徹底
 原子力の安全確保に関する責任は、第一義的には事業者にあることが強調されるべき。工程管理及び作業管理による安全確保の徹底を図るシステムの確立、リスク予測やリスク管理を日常的かつ適切に行うこと、内部及び外部評価制度の導入等が望まれる。また、技術者各人の自覚と倫理の確立が重要であり、倫理規定を有効に機能させる方策等が図られるべきである。さらに、原子力産業全体として安全性が確保されることが重要である。

3.国の取り組みのあり方
 事業者の安全確保を支援・補完し、国民の安全を守るためにこれを確実なものとするのが国の役割である。今回の事故を契機とした、加工事業の定期検査の義務づけ、保安規定の遵守状況の検査制度の導入等についての原子炉等規制法の改正は本委員会の「緊急提言・中間報告」を受けて、対応整備されたものであり評価する。国は、抜き打ち検査の効果的な実施などを通じてその実効的な運用を行うこと等が求められる。また、ヒューマンファクターへの一層の配慮、多重防護・フェールセーフの一層の導入等を行うことも重要である。さらに、核物質管理、核物質防護の情報の統合化とシステム化を図ることも、今回のような事故の未然防止の観点から重視すべきである。
 原子力防災対策については、危機管理の専門的能力を有するキーパーソンの設定、危機管理下における情報の適正な管理等とともに、近時制定された原子力災害対策特別措置法を実践的で有効なものとするために必要な具体的措置について検討し講じることを強く求める。
 さらに、安全規制体制の再構築のため、以下の点を基本的な方向とした政府の一層の努力を求める。
  ①安全規制当局の陣容の強化充実と役割の明確化
  ②原子力安全委員会の独立性の強化と事務局の抜本的強化と幅広い分野の専門家集団の確保
  ③審査指針類の総合的な整備と多重補完的安全規制体制の有効性発揮
  ④規制行政庁、原子力安全委員会による時代や社会の要請への対応と自己点検

4.原子力安全文化の定着と21世紀の安全社会システムを目指して
 今回の事故を契機に、安全文化の定着・浸透に努めることが一層強く求められており、こうした理念の下「安全社会システム」の構築を目指さなければならない。安全確保における自己責任を再認識・徹底するとともに、守るべき「当たり前のこと」(基本ルール)を遵守させることが必要である。また、安全社会システムの総合設計には、事業者、国、自治体、地元住民、第三者機関等が責任を分担して進めていく必要があり、システム全体の総合設計に責任を持つ役割は原子力安全委員会を中心とした国が果たしていくことが求められる。さらに、安全社会システムの実現にかかるコストは、政府・企業・自治体等が適切に負担していく必要がある。
 また、安全に係るインフラとしての安全研究等の安全プロジェクトや安全意識の高い指導的技術者の養成のための国際的教育プログラムを推進すべきであり、安全関係の人材確保にあたっては、安全確保の不断の取り組みが、開発と並ぶ価値のあるものとして評価される必要がある。
 事故による社会的影響の大きな原子力技術の開発計画は、プロジェクトを構成する分散的サブプロジェクトがそれぞれに自律化し、その過程を通して全体が進化するよう管理運営される必要があり、リスク管理システムの開発と併せてその研究開発に取り組むべきである。
 今回の事故は、成熟しつつある我が国の原子力利用についてのみならず、科学技術の発展に支えられて享受してきた繁栄が、いかに危うい点を含んであるかについての一つの強い警鐘であると受け止め、「安全」の価値の高さに関する合意を国民的規模で図っていく必要がある。安全社会システムの構築を目指して、社会のあらゆる面を俯瞰して隅々まで安全に十分な配慮を払う努力をすることにより、安全の国日本を回復し、21世紀において、安全を軸として発展する道を目指して歩まなければならない。

5.将来への展望とその確保
 当委員会が指摘したことを関係者が真摯に対応し、当面する問題を乗り越えたところに、我が国の原子力の将来の展望が開けてくる。今回の提言が着実に実施されることを期待するとともに、その成果として構築される安全確保システムについては、適当な期間の後に、原子力安全委員会の下で適切な評価が行われることを強く望む。

Ⅷ.事故調査委員会委員長所感(結言にかえて)

 臨界事故の直接の原因は作業者の逸脱行為であり、単純な事故であるが、再発防止の観点からは決して単純ではない。本委員会では、可能な限り広範な視点からの検討を行い、再発防止のため、原因の究明等を行うとともに、改革への提案を行った。提案は多岐にわたるもので、それを担当し実行する者にとっては重いものであり、独自の真摯な取り組みが要請されるものである。
 一方で、これらの提案を通じて、本事故から学ぶべき本質的、構造的な以下の問題点が浮かび上がってくる。

(1)原子力技術の特徴と状況―異なる成熟度の混在
 多くの技術では、使用という場の試行錯誤によって、その制約条件を構成する技術要素を同定する方法が取られるが、このような進展のパターンを一切取り得ない原子力技術は、その点で特異なものである。すなわち安全性という制約条件は絶対守られるという前提に立って独自の展開を行って来たものである。
 成熟に至る過程においては、安全技術のすべては、それがいかに多様であっても、すべてを明示的に把握するための努力が常に払われ、そのための技術開発投資が常に行われ、それが異質の難しさを持つことを十分に認識しつつ行われてきた。原子力技術は、その中に成熟状態の技術とともに、新型の炉の開発のような進展する段階にある技術が混在することに問題がある。今回の事故が、原子力技術の中の成熟度の異なる部分の接点で起こったことを考えると、この混在の持つ問題をより深く考察することが必要である。本来は分離が必要なのではないかとも考えられるのである。
 しかし本報告ではこのことを提案とはしていない。本項で述べたことは技術の本質に関わりはするが、厳密な結論を下すためにはより深い検討が必要である。我々は、自ら作った技術であっても、未知の内容を多く含むものであることを謙虚に認めるとともに、その技術をより深く解明する責務を負っていることを自覚すべきである。

(2)方法的未成熟―二律背反
 今回の事故の検討において、原因を除去する方法を考察する際にいくつかの二律背反に遭遇したが、それは、以下のようなものである。
  A.安全性を向上させると効率が低下する。
  B.規則を強化すると創意工夫がなくなる。
  C.監視を強化すると士気が低下する。
  D.マニュアル化すると自主性を失う。
  E.フールプルーフは技能低下を招く。
  F.責任をキーパーソンに集中すると、集団はばらばらとなる。
  G.責任を厳密にすると事故隠しが起こる。
  H.情報公開すると過度に保守的となる。
 本報告における多くの提案においては、上記の二律背反の関係は、関係者の努力により生起させないことを前提に、当面の安全性向上に必要な項目を提起している。
 しかし、長期的視野に立って原子力行政を考えるとき、これらの二律背反を解決することは重要である。ことに、A項の安全性と効率性の矛盾を解決しない限り原子力の将来性はない。原子力技術の持つ技術的固有性を明らかにしつつ、原子力技術固有の品質管理を開発することによって、この矛盾は十分に解決可能性を持つと考えて良い。
 同様に、他の項目についても、解決不可能な矛盾ではない。したがって、上記の各項目は、原子力技術の発展のための解決すべき目標群を明らかにしているものととらえるべきであって、今後の原子力技術進展のための条件を抽出したものと考えられる。

(3)権限と責任の乖離
 成熟した民主的な社会においては、社会の諸機能は細分化された分業の上に成り立っており、各分業の区分においては、決定や執行の権限についての領域と、各領域に正しく対応する責任とが明示的に定められていることが、円滑な機能発現のための必要条件である。ことに、安全を第一義とする原子力技術の場合は、この必要条件を侵さぬことが、最重要な課題である。
 その見地からみて、原子力に関係するいくつかの主体の、それぞれの権限と責任の区分状況が必ずしも明確ではないことが、本委員会の検討の途上で示された。その基本は原子力安全委員会、規制行政庁、事業者の関係であり、この三者と一般社会との関係である。  今回の臨界事故は、重大な事故の潜在的可能性を、この四者の関係のもとでは認識し得なかった結果だと考えるべきである。すなわち、事故の防止という立場に立つとき、この四者の作る構造は、事故の可能性を予知できない特異点を持っていたという点が重要なのである。と同時に、この四者の構造におけるどの点を修正すれば、今回の事故が防げたかを簡単に言えないという事実もまた深刻である。
 本調査委員会の全ての努力は、その修正点を明らかにすることに向けられており、多数の提案を含む調査分析がその成果であり、それが多様で複雑な様相を見せているのは、前記四者の権限と責任の区分が明瞭でないことに起因している。
 特に、予知できない点が存在したのに、それを発見できなかったのは、この区分の明瞭でないことも大きな原因の一つであると考えられる。
 発見できなかったことのもう一つの原因は、開発から成熟へと常に変化する原子力技術の全てを十分に把握していないという、対象についての知識の不完全さにある。
 視点のすき間と、対象知識の不足とが重畳する状況を、できるだけ速やかに脱却しなければならない。そのためには、四者の責任と権限との明確化と、原子力技術の全体を描出する専門的研究及び現場の事象についての完全な情報公開が必要であることを述べておきたい。
 これらは将来にわたり、継続的な努力を払うべき課題である。一方、本報告書で述べた諸提案の多くは、その実施すべき主体が明示されていることから明らかなように、直ちに取りかかるべきことを要請しているのである。そしてまた、諸提案は現時点での安全確保のために緊急に必要なことであることに加え、それらは本項で述べた構造的な問題と同じ方向を持ち、したがってその実施が構造的な問題の解決に向けて少なくともその第一歩を踏み出すという意味でも有効であることを本調査委員会は確信するものである。