1.核融合分野における国際協力の特徴
1955年8月、第1回原子力平和利用国際会議(ジュネーブ会議)以降、それまで主に米、英、旧ソ連で行われていた核融合研究は少しずつ開かれたものとなった。また、核融合においては、炉心プラズマ研究の進展に伴い、必要となる実験装置や研究開発の規模は必然的に大きなものとなることから、当初から、効率的な研究開発のためには国際協力は不可欠なものであるとの認識があった。
我が国における核融合研究開発に係わる国際協力は、その研究開発レベルの向上と密接に関連している。1960年代頃の我が国の核融合研究の「黎明期」には、既にIAEAが主催する国際会議や技術会合等において活発に議論や情報交換が実施されていた。このころから日本人研究者は、在米で世界をリードする研究を行っていた。しかしながら、国際協力は、基本的にgive and takeとの考え方の下、研究及び研究者の交流は全て50-50を原則にすべく、日本のレベル・アップが必要とされた。そのため、わが国は、国際協力に十分に参加できない状況が1970年代前半まで続き、個人の研究者が外国の研究に参加するという形が主であった。
1970年代前半までの「成長期」には、我が国の核融合実験装置として、日本原子力研究所のJFT-2やJFT-2a(DIVA)をはじめ、プラズマ研究所のJIPPT-II、九州大学のTRIAM-1、京都大学のヘリオトロンDなどが次々に稼働し世界的に注目される成果を上げた。
組織化された国際協力はこの「核融合研究成長期」に端を発し、次の「大型トカマク時代」から本格化した。具体的には,1970年代後半から,多国間協力である国際エネルギー機関(IEA)協力が始まり,日米核融合研究協力に代表される二国間協力の多くが締結された(日米核融合研究協力は1979年より開始)。即ち、DIVAなどの成果を背景に1970年代後半から国際協力計画のメンバーとして認知されはじめた。このことは,我が国の研究機関や大学における研究レベルの向上と共に、我が国の核融合研究開発への取り組み施策が他国にとって無視し得ないものに写ったことを意味している。
このように、核融合分野での国際協力は、相互の情報交換から始まって、二国間による人的交流を含めた共同研究や多国間での共同研究、さらには、ITERのように多国間で装置の共同建設を目指す計画をも組み込むまでに発展した。その中で,我が国はJT-60やLHDなどの実験成果や炉工学技術の開発成果をもとに,多岐に渡る分野で世界と広く連携し核融合の研究開発を先導すると共に,ITER工学設計活動で主導的役割を果たすまでに至っている。
2.主な国際協力の成果
○LCTコイル計画(1977−1989)
IEAの下で、核融合炉に用いられる大型超伝導コイルの工学的技術の実証性を確認する目的で実施された。米国3個、日本、独、スイスが各1個の大型超伝導コイルを製作し、この6個のコイルをトーラス状に並べ、同時に通電試験を極低温に冷却した状態で実施した。全予算300億円のうち日本は24億円で大型コイルを1個製作し、大型超伝導トロイダルコイルの総合特性データの取得を行った。
○TEXTOR(1977−現在)
IEAの下で、独のユーリッヒ研究所に建設されたトカマク型の試験装置TEXTORを利用して、プラズマと壁との相互作用に関する研究を行っている。建設時には、プラズマ位置制御システム設計、調整等について、技術的に協力している。その後も、機器の共同建設を行うとともに、TEXTORを使った研究を実施している。この研究により、プラズマの性能を劣化させる、壁からの不純物放出に関する多くの現象が解明されている。
○ダブレットV(1979.5.2−現在)
JT-60建設に先立って、米国のトカマク装置ダブレットV計画への参加が行われた。日本は、このダブレット装置のプラズマ加熱装置、電動発電機、D形真空容器、運転費等のために150億円を分担し、独自の実験計画を実施した。これによりJT-60の運転に直結できるプラズマ生成、制御技術が培われ、さらに先進的なプラズマの探究が可能となった。
○核融合材料(1980-現在)
IEAの下で、核融合炉に用いる各種材料に中性子を照射し、その照射損傷を調べる研究協力を、米国の照射施設を用いて高速多量の中性子を材料に照射する実験が共同で行われた。現在は、さらにより強力な中性子を照射できる、国際熱核融合照射施設(IFMIF)の設計が日本、米国、EU、ロシア等で進められている。この施設計画により、実用炉レベルの強力な中性子を発生でき、より正確に材料の照射損傷を調べることができることとなる予定。
○3大トカマク(1986−現在)
世界の3大トカマク装置日本のJT-60,EUのJET,米国のTFTRにおける研究者の交流、専門家会合開催及び情報交換を目的としている。TFTRは1982年から、JETは1983年から実験を開始した。TFTRとJETでは重水素−三重水素(DT)実験を行い、最大16MW、約1秒間のDT核融合反応を実験で確認した。
○国際熱核融合実験炉(ITER)計画(1988−現在)
1985年11月の日ソ首脳会談を発端に核融合エネルギーの科学的・工学的な実現可能性の実証を目指した計画である。ITERの建設を目指して、日、米、EU、ロシアの4極により、1988年より概念設計活動(CDA)、工学設計活動(EDA)を実施してきた。1998年より更に設計を進めるため、3年間工学設計活動を延長するものの、1999年7月をもって、米国は計画から撤退した。現在は、日、EU、ロシアの3極で継続中である。
EDAにおいては、3極(1999年7月まで米国も含めて4極)で分担し、設計報告書の作成及び工学R&Dによる要素技術開発を実施している。具体的には、超伝導コイルは4極で分担して各パーツを製作し日本で組立・試験を実施するなど、実規模〜数分の1のスケールのITERの要素機器試作とシステム試験を行ってきた。
今後は、日、EU、ロシアにより、共同でITERの建設、運転、利用、運転終了までを行う予定である。
○核融合の環境・安全性・経済性(1992−現在)
IEAの下での核融合の環境・安全性・経済性実施協力計画のもとに、放射化生成物の環境への影響モデル、核融合装置の故障率データ等の評価を国際的な協力の下に進めている。トリチウム環境放出実験については、カナダへの分担金のため特に日加で協力取決めを交わして、我が国で実施することはほとんど不可能な、トリチウムの環境放出実験を行なった。この実験は日本側がサンプリング装置、気象観測装置等を、カナダ側がトリチウム放出装置、野外実験場等を用意し、実際のトリチウムの拡散に関する貴重なデータを取得した。
