第五分科会報告書
「国民生活に貢献する放射線利用」
(案)

 

 

 

平成12年5月
原子力委員会
長期計画策定会議第五分科会


目  次

T. はじめに

U. 放射線について
 1.放射線とは
 (1)原子と原子核
 (2)混同しやすい言葉−放射線、放射能、放射性物質、放射性核種
 (3)放射線の種類
 (4)自然にも存在する放射線
 (5)放射線が物質の中に入ると何が起きるか

 2.放射線利用の歴史
 (1)放射線の発見
 (2)放射線利用のはじまり
 (3)放射線に対する意識の変化

 3.放射線の活用と管理
 (1)利用のプラス面
 (2)放射線の危険性と利用にあたっての管理

V.国民生活に貢献する放射線利用の拡がりと将来展望
 1.幅広い利用の実態
 (1)放射線の利用と特長の例
 (2)放射線利用の経済規模

 2.よりよい暮らしに役立ち社会に活力を与える放射線利用
 (1)国民の健康維持(医学利用)
 (2)食品衛生の確保と食料の損失防止(食品照射)
 (3)食料の安定供給(農業分野への利用)
 (4)生活の向上と新産業創出・環境保全(工業・環境保全への利用)

W. 安心につながる安全を確保するために
 1.放射線の生体への影響

 2.健康リスクと放射線安全の確保
 (1)リスクと健康影響
 (2)放射線防護

 3.原子力・放射線利用に伴う環境への影響

 4.緊急被ばく医療と国際被ばく医療協力
 (1)緊急被ばく医療
 (2)国際被ばく医療協力

 5.規制法と運用の在り方

X. 放射線利用の促進に向けた課題
 1.情報公開と共有
 (1)わかりやすい情報の提供
 (2)放射線教育

 2.人材育成

 3.研究環境の整備
 (1)国の役割
 (2)連携のための方策

 4.法的規制の合理化

Y. 国際社会との調和
 1.被爆体験を踏まえた我が国の役割

 2.研究開発における国際協力

 3.国際的環境との調和

Z. おわりに

図表のイメージ


T はじめに
(物質の本質の解明と原子核エネルギー)
 20世紀前半は、原子核物理学が著しく発展した時代です。物質を形作る基本単位が原子であることが突き止められ、原子の中心には原子核があり、その周りを電子が回っていることが明らかになりました。また、原子核の中には大きなエネルギーが閉じこめられていることがわかりました。原子核が分裂(核分裂)するときには原子核の中の巨大なエネルギーが開放されます。人類は、このエネルギーを利用することを考えついたのです。

(唯一の被爆国日本)
 原子核のエネルギー利用が最初に実用化されたのが軍事利用であったことは、歴史の流れとはいえ人類にとって不幸なことでした。核分裂を利用した爆弾は強い爆風や熱が発生しますが、同時に放射線を発生することが特徴です。
 原子爆弾を投下されたのは我が国が始めてで、唯一の国です。強力な爆風と熱とともに、放射線を受けて数十万人の人々が死傷しました。この事実によって被爆者のみならず、日本人すべてが深い心の傷を負い、原子力や放射線に対して強い警戒心を抱くようになりました。

(原子力利用の光と影)
 第二次大戦が終了すると、原子力の平和利用が積極的に推進されました。その最大のものが原子力発電です。今日、我が国の電力の37%は原子力でまかなわれており、私たちの生活に不可欠なものです。一方、原子力利用には放射線がついてまわります。万一、原子力施設で事故が起った場合に、放射線被ばくを伴う可能性は否定できません。原子の持つエネルギーは放射線と不可分ですが、実はこの放射線の特性をうまく利用すると、人類の生活に大いに役立ちます。

(身近なところで活躍している放射線利用)
 私たちが日常生活で使用する多くのものに放射線が利用されていることは意外と知られていません。例えば、自動車のタイヤに使われているゴム素材や台所や風呂で使われているプラスチック製のすのこは放射線を照射することによって、その性質が改善され、果物やコメなどの農作物についても、放射線育種法により品種改良されたものが市場に流通しています。さらに、電子機器のほとんどに導入されている半導体素子を作るに当たっても種々の形で放射線が使われています。特に、医療分野ではきわめて日常的に放射線が利用されており、病気の診断に用いるX線撮影や、CT(コンピュータ断層撮影)をはじめ、がん治療などにも放射線が使われ、質の高い医療を提供するなど役だっています。このように、放射線は、約100年前の発見以来、様々な利用法が開発され、生活の向上に役立つ非常に身近な存在であるにもかかわらず、そのことが十分理解されているとは必ずしもいえないのが現状です。

(原子と放射線)
 X線と放射能の発見からはじまる放射線利用の歴史は100年あまりになりますが、これにより、原子の構造やエネルギーの状態が解明され、原子核物理学の発展を促しました。最初に発見されたX線は原子核の周りの軌道電子のエネルギーの状態が変化するときに出る放射線です。また、アルファ線、ベータ線、ガンマ線などは原子核の変化に伴って出る放射線であることがわかりました。従って、これらの放射線は、原子の持つ力がもとになって放出されるということができます。

(放射線は諸刃の剣)
 X線やガンマ線は、物質を透過しやすい性質や写真乾板を感光する性質があり、これを利用して体内の構造や機能を観察することが可能となりました。一方で、これらは過大に照射すると生体組織にやけどや潰瘍を作るなど、障害を与える力を持つことも知られていましたが、最近ではこれを逆に利用して、病巣の治療が行われています。人類は、諸刃の剣である放射線の両面とも利用する知識を持っていました。放射線治療を除けば、生体に障害を起こさないように利用をする必要があり、そのために、放射線を安全に取り扱う技術や放射線防護の法規制が発達してきたのです。
 このように、放射線は、取り扱いを誤れば危険な面がある反面、その危険性を正しく理解した上で、上手にコントロールすれば、安全に取り扱うことができて、非常に応用範囲の広い便利な道具です。

(今なぜ放射線利用か)
 20世紀は、利便性のみを追求した大量生産・大量消費・大量廃棄型の社会であったため、汚染あるいは破壊された環境が人類を脅かすことになりました。この反省を踏まえ、21世紀には、環境への負荷を極力抑えた省エネルギー・リサイクル社会への移行が求められていますが、放射線を用いる方法は、有害な触媒等が不要なので環境への負荷が小さく、クリーンな手段であるとともに、加熱や冷却などが必ずしも必要ではなく、しかも短時間で処理が可能なためエネルギーの消費も少なくすみます。このような特長を持つ放射線は21世紀の社会のニーズに適した技術の一つであるといえます。

(分科会設置の目的)
 本分科会は、21世紀に健康で豊かな国民生活を実現するため、質の高い医療、食料の安定供給、環境保全などに貢献する、「国民生活に貢献する放射線利用」のあり方について検討を行うために、平成11年7月に設置され、これまで、9回にわたる議論を行ってきました。この中で、様々な分野における放射線利用の実態を紹介するとともに、安全と安心を確保するための放射線防護の在り方、放射線の生体影響、健康リスクの考え方などについて議論を深め、情報公開など放射線の正しい理解に向けて国が取るべき役割についても検討を行ってまいりました。さらに、周辺技術を支える人材の育成や、研究環境の整備、科学的合理性を持った規制の合理化などについても検討を行いました。また、原子爆弾の被弾という体験を踏まえ、国益と国際協力のバランスを取り、我が国が主体的かつ積極的に訴えるべきこととして、国際医療協力や国際研究協力、国際的な基準策定の動きなどに的確に対応することの重要性についても指摘しています。

 この報告書によって、多くの方の放射線に対する理解が進み、放射線を「むやみに怖がらず正しく扱う」ことにより、原子力利用の一環として今まで以上に放射線の利用が推進され、豊かな国民生活が実現されることを望みます。

U 放射線について
1.放射線とは
(1)原子と原子核
 私たちの身のまわりにあるものは、すべて小さな「原子」が集まってできています。例えば、【図U−1−(1)】に示したように、水は水素原子と酸素原子が結びついてできたものです。原子の中をのぞくと、「原子核」のまわりを負の電荷を持った「電子」がぐるぐるまわっています。原子核は、いくつかの正の電荷を持った「陽子」と電気的に中性の「中性子」が集まった固まりです。
 原子核は陽子と中性子の数の違いで分類することができ、「核種」と呼んでいます。これまでに知られている核種は約2000種類、その中で天然に存在する安定な核種は約280種類あります。

(2)混同しやすい言葉−放射線、放射能、放射性物質、放射性核種
 これらの言葉は似通っていて、なかなか区別がつきにくいかもしれません。これを【図U−1−(2)】のように光り輝く白熱電球に例えてみると、電球から出される光が「放射線」、光を出す能力あるいは性質が「放射能」、電球全体が「放射性物質」、光を発する源であるフィラメントが「放射性核種(以下RIと呼びます)」に相当します。
 放射性核種はエネルギーを放出して別の種類の核種に変わり、その際に放射線を放出します。放射性核種の数が最初の数の半分になるまでの時間を「半減期」と呼んでいます。半減期の長さは、放射性核種によって異なります。
 放射性物質がひとりでに放射線を放出する性質を放射能といい、その単位は【表U−1−(2)】に示しています。放射線発生装置や放射性物質のように放射線発生の原因となるものを「放射線源」と呼びます。

(3)放射線の種類
 放射線は原子から放出されるエネルギーです。そのエネルギーの担い手が何かによって放射線を区別しています。主な放射線の仲間を【表U−1−(3)−1】に示しました。大きく分けて、光と性質が似た電磁波と粒子の流れの2つに分類できます。
 法律の上では、放射線は【表U−1−(3)−2】のように定義されています。
 放射線は、RIから放出されるもののほか、X線発生装置や加速器を用いて人工的に作り出すこともできます。

(4)自然にも存在する放射線
 一般的に放射線や放射能という言葉は、原爆や原子力関連施設の事故など異常な事態に発生する怖いものというイメージで受け取られていますが、実はわれわれの身の回りにも日常的に放射線はたくさんあります。しかし、それらの放射線は健康に全く影響を及ぼしません。身の回りのある「環境放射線」の例を【図U−1−(4)】に紹介します。

(5)放射線が物質の中に入ると何が起きるか
 放射線が物質の中に入ると、粒子線は物質の原子と衝突したり、電磁波は原子に吸収されたりして、物質の原子は放射線からエネルギーをもらい、「電離」または「励起」されます。電離と励起の概念を【図U−1−(5)−1】に示します。
放射線は、物質の中で電離作用や励起作用をおよぼしながら次第にエネルギーを失い、物質が十分に厚い場合には物質の中で消滅してしまいます。どれだけ物質中を透過できるかは、放射線の種類とエネルギー、物質の種類によって異なります。放射線の透過力の違いを【図U−1−(5)−2】に示します。物質中での放射線の透過性を十分に理解することによって、放射線の遮へい方法が考えられています。
十分に高いエネルギーの放射線が物質に入ると、ある確率で物質中の原子核と核反応を起こし、異なる核種に変わることがあります。核反応により放射性核種が生成される現象を「放射化」と呼んでいます。その際生じた放射能は、誘導放射能と呼ばれます。

 

2.放射線利用の歴史
(1)放射線の発見
 初めて放射線の存在を発見したのは、今から100年以上も前の1895年のことでした。ドイツの物理学者レントゲンは、陰極線(電子線)を発生させるための放電管から目に見えない何かが発せられ、それが物体を透過して写真乾板を感光させることを見いだし、これを「X線」と名づけました。この発見を追うように、翌年、フランスのベクレルがウラン鉱石からある種の放射線が出ていることを発見しました。1898年にはキュリー夫妻(マリー・キュリーとピエール・キュリー)が放射性核種のラジウムとポロニウムという新しい元素を発見し、この放射線を出す性質を放射能と呼びました。同年には英国のラザフォードがアルファ線とベータ線を、1900年にヴィラールがガンマ線を発見しました。
 その後、原子核物理学の発展に大きく寄与する発見が相次ぎ、これらが契機となって量子力学が発展してきました。1934年にイレーヌ・キュリーとフレデリック・ジョリオが初めて人工放射能を発見しました。1938年には、ドイツのハーンとシュトラスマンが初めてウランの核分裂を確認し、この発見が原子爆弾の開発に利用されたのです。核分裂に伴って放出されるエネルギーを熱に変換することにより、1951年に米国で初めて原子力発電が行われました。第2次世界大戦後の原子力の平和利用の動きは、原子炉で作られたRIの民間への供給を可能にとして、医療や生物学、化学の進歩を促進しました。放射線利用に関連した歴史を【図U−2−(1)】に示します。

(2)放射線利用のはじまり
 人体を透過するX線の能力は、すぐに医学・生物学者の目にとまり、透過写真を利用した診断へと応用されていきました。まもなくX線やRIの生体組織障害作用が見つかり、これを病巣破壊に利用する放射線治療が始まりました。ここに放射線利用の歴史は始まり、以来100年以上が経過しています。この間に、放射線がもつ性質の様々な利用が試みられ、社会に定着してきました。
 医学診断の目的では、単純X線撮影に加えて、例えば胃の検査に用いられる硫酸バリウムや血管撮影に用いるヨード剤のようなX線が透過しにくい物質を造影剤として投与してX線撮影・透視検査を行う造影診断が発展し、検査対象に応じてさまざまな造影剤が開発されてきました。過去には放射性物質トリウムを含む造影剤が開発されたこともありましたが、体内に残留したトリウム元素自身の毒性もさることながら、トリウムから放出される放射線の被ばくによる晩発障害が問題となり1950年代半ばには使用されなくなった経緯もあります。
 初期の放射線治療では、さまざまな疾患に対してX線やRI(ラジウムー226)による治療が試みられましたが、病巣に対する治療効果と照射による健常組織への放射線障害のバランスを考えて治療の対象が次第に限定されるようになり、現在では、がん治療を中心に使用されています。
 医学利用以外でも放射線を利用しようという試みはいろいろ行われました。例えば、1920年頃からはラジウム−226が自然発光する蛍光塗料として時計などに使われはじめましたが、アルファ線を放出するため塗布作業者の放射線障害が明らかになって今ではほとんど使用されておらず、1960年頃から国内ではプロメシウム147やトリチウムが用いられています。
 さまざまな産業で放射線が本格的に利用されるようになったのは1950年代に入ってからです。原子炉によるRI製造および電子加速器の技術の進歩を背景に材料創製の手段として研究開発が始まり、1952年には原子炉での照射によりポリエチレンが橋かけすることが発見されました。さらに1950年代には米国で放射線による滅菌が実用化されたのをはじめ、日本ではRIの利用が実用化されました。
 1960年代には日本で初めて照射された電線が実用化されたのをはじめ、熱収縮材や発泡材、自動車のタイヤの開発にも放射線が用いられるようなり、エネルギー利用とともに原子力利用の「車の両輪」として放射線利用は急速に発展してきました。放射線治療では、がん治療として、加速器によるX線、陽子線、速中性子線治療、原子炉による中性子捕捉療法が開始されました。
 1970年代にはいると、医療用X線CT(X線コンピューター断層撮影)が導入されて診断技術が格段に進歩したのをはじめ、小型サイクロトロンによるRIの製造が開始され、ポジトロン断層撮影(PET)が可能となりました。また、環境保全を目指した排煙処理研究が開始されました。1974年には日本で初めてジャガイモの発芽抑制にガンマ線が用いられることになりました。
 1990年代に入ると大型加速器の稼働にともなって高エネルギーイオンビームや放射光などの新しい放射線も利用できるようになり、これまでのX線、ガンマ線、電子線、中性子線と合わせて利用の範囲がさらに拡がりました。

(3)放射線に対する意識の変化
 X線の発見当初は、もっぱら物体を透視できる能力だけに注目が集まり、放射線障害についての認識は一般には広まりませんでした。当時でも、ラジウムによる皮膚障害やX線管を研究した物理学者や医学関係者などに被ばくによる障害が確認され、組織障害作用を放射線治療に利用したのは前述したとおりです。安全を確保するための対策を講じるため、国際放射線医学会の中に現在の放射線防護委員会が発足したのは1928年のことです。一般市民も放射線に対して怖いという意識は全く持っておらず、むしろ自分の手や財布を透視できる不思議な力をおもしろがり、それを体験する催しが各地で行われるような時代でした。
 一方、原子力の持つ、巨大な潜在力を軍事に利用することも行われてきました。1945年には我が国に原子爆弾が投下され、爆風による破壊、熱線による火傷や火災の他に放射線や残留放射能による被ばくが原因で多数の人々が犠牲になってしまいました。当時、広島で33万人、長崎で25万人とされる人口のうち、約3分の1の人が6ヶ月以内に亡くなりました。その後の調査では、28万4千人が被爆したことが判明しました。広島・長崎の悲惨な情景と放射線という言葉が重なって放射線に対する恐怖のイメージが人々の心に強く植えつけられました。その後、核兵器の開発競争が欧米・旧ソ連を中心に激化し、たび重なる核実験やスリーマイル島原子力発電所事故、チェルノブイリ原子力発電所事故、ウラン加工工場臨界事故(JCO事故)などは、放射線や放射性物質に対する恐怖心をさらに助長させる結果となりました。

 

3.放射線の活用と管理
(1)利用のプラス面
 物質や生体中での放射線の性質を上手に活用することにより、他の方法では得られない効果が得られる場合があります。しかも、対象によってさまざまな利用の仕方が考えられ、利用の範囲はいろんな分野に拡がっています。放射線利用にプラス面を次に紹介します。

 @医学利用
 私たちの生活の中で最も身近な利用例は、医学診断でおなじみのX線撮影です。これは、物質中を放射線が透過する能力を活かして、普通の光ではのぞけない体の内部を透視しています。
 度を超えて多量の放射線が人体にはいると、生体に対してさまざまな障害をもたらしますが、逆に放射線をがん細胞などに集中させることにより、悪性の細胞を殺して医学的な治癒効果を得ることができます。放射線治療では、体を傷つけることなく局所的な処置ができることから、手術や化学療法に比べて侵襲性(患者に与える苦痛)が低く、QOL(生活の質)が高いというプラス面を持っています。

 A農業への利用
 放射線をジャガイモに照射することにより、発芽を防止することもできます。放射線を食品に照射する場合には、温度上昇が極めて小さいため食品の特性を失わず、冷蔵、冷凍、加熱などの方法と組み合わせて処理することが可能です。包装後の最終製品の状態での処理もできるため、2次汚染を防止することができます。照射による残留毒性もなく、地球環境に影響を及ぼす化学物質(臭化メチルや酸化エチレンなど)を用いる方法の代替法としてプラス面を持っています。
 放射線は、植物の遺伝子に突然変異を起こさせて品種改良を行うこともできます。放射線による育種法は、特定の遺伝子だけを改良した品種改良が可能なため、非常に有益です。また、在来の品種にはない形質(遺伝的性質)についても突然変異で誘発することが可能です。放射線により雄の害虫の生殖能をなくすことによる害虫駆除も行われています。

 B工業利用
 放射線が生物に与える影響を逆にうまく活用して殺菌や滅菌を行うことができます。医療用使い捨て器具の滅菌や、実験動物用飼料などの殺菌、殺虫、防虫に利用されています。医療用使い捨て器具の滅菌の場合には、製品として包装された状態で照射でき、同時にしかも連続的に多量の滅菌処理が可能です。また、現在滅菌処理に用いられている有害な酸化エチレンガスの代替法としても用いられています。
 放射線を材料の加工に用いることもできます。化学処理の場合には、触媒として有害な添加剤を使用して環境を汚す原因になったり、高温で処理するため素材の形状や特性を維持することが困難な場合があります。一方、放射線を用いる方法は、有害な触媒等が不要なので環境への負荷が小さく、クリーンな手段であるとともに、加熱や冷却などが必ずしも必要ではなく、しかも短時間で処理が可能なため省エネルギーな点で有利です。また、室温程度の温度で化学反応が局所的に進むため、原材料の形状や物性の保持が可能といったプラス面をもっています。
 実際にどの方法を選ぶかは、材料や製品の品質、設備や製造過程にかかるコストなどを総合的に判断して決めています。放射線利用の場合には、安全を十分に確保するため加速器施設全体のコストが高くなる、許認可に係わる手続き、申請書類の内容が複雑で認可されるまでに時間がかかるなどの利用普及上の課題もあります。

(2)放射線の危険性と利用にあたっての管理
 人間を含む生物が、大量に被ばくすると、原爆の例に見られるように、例えば、急性致死障害により死に至ることがあります。また、より低い線量で被ばくした場合でも、被ばく後数年から数十年経た後に、がん等の健康障害が現れるなど、様々な障害が発生することがあります。
 原子力や放射線利用では、放射性物質が発生する場合があります。原子力・放射線利用に伴い廃棄物として出てきたものを放射性廃棄物と呼びます。チェルノブイリの原子力発電所事故の場合のように、原子炉等の事故でも放射性物質が出てくることがあります。この場合、放射性物質は、周辺の土地等を放射性物質で汚染したり、大気とともに移動し、遠隔地に達することもあります。放射性物質で広範囲に汚染された土地を元に戻すには、大変な労力と時間が必要となることは容易に想像できます。
 放射性物質は、様々な環境を経由して、最終的に食物等を通して、人間の体内に入ってくることもあります。このような場合には、体外から放射線が当たる外部被ばくではなく、身体の内部で被ばくを受けることになります。これは内部被ばくと呼ばれています。例えば、チェルノブイリ原子力発電所事故では、子供の甲状せんがんが増えたと報告されています。これは、事故により大気中に飛散した半減期の短い放射性ヨウ素の同位体が甲状せんに取り込まれて起こった内部被ばくによると考えられています。
 食品を放射線で殺菌する場合、放射線を大量に照射すると、逆に食品が放射化しないかという不安がありますが、ジャガイモの照射では、照射に用いる線源の種類(コバルト−60からのガンマ線)、線量(吸収線量は150グレイ以下)を規制しており、食品が放射化される心配はありません。
 放射線は、使い方によっては凶器にも利器にもなります。放射線源そのものを適切に管理したり制御して、その危険性を封じ込めてしまうなど、放射線に対する種々の方策を講ずることにより、安全に原子力や放射線を利用することができます。  これまでの数々の経験や研究を通じて、放射線の性質や人間への影響が理解されてきました。更に、万が一被ばくした場合の医療措置も研究されています。これらの理解や研究成果は、危険な放射線をどう管理・制御するか、その方法や基準に活かされています。このような放射線防護にかかわる研究や技術の開発を今後いっそう充実させることが、放射線の利用を安全で安心できるものにする基本です。

 

V 国民生活に貢献する放射線利用の拡がりと将来展望

1.幅広い利用の実態
(1)放射線の利用と特長の例

 放射線は、以下のような特長を活かし、目に見えないところでいろいろな形で利用され、国民生活に役立っています。これまでに実用化された放射線利用の例を【表V−1−1】に示します。
 @ものを透視する
 放射線がものを透過する能力を利用してX線撮影・透視、X線造影検査、X線CTなどの医学診断に利用されています。また、ものを壊さずに構造物等の内部の欠陥を調べるために、ガンマ線ラジオグラフィ(放射線撮影)や中性子ラジオグラフィと呼ばれる非破壊検査にも利用されています。

 Aものを壊さずに厚さや密度などを測る
 放射線が物質の中で散乱・吸収される量が物質の厚さや密度、濃度に対して一定の関係があることを応用し、物質の厚さや密度、濃度などの変化を計測するのにも用いられています。例えば、製紙や製鉄の製造工程において水に濡れた紙や高い温度で真っ赤になった鋼板の厚さを計測して品質管理を行っています。RIを装備した計測機器には、コバルトー60から放出されるガンマ線を利用した密度計、カリフォルニウム−252からの速中性子を用いた水分計などがあります。また、海底トンネルの掘削において、双方から掘ってきたトンネルを接合する際の測量にも利用されています。
 他にもRIを装備した機器として、放射線が物質中の原子を電離あるいは励起させる作用を利用した煙感知器、蛍光灯のグローランプ、塩素系残留農薬やPCBなどの環境汚染物質の微量分析に応用した電子捕獲検出器付ガスクロマトグラフなどがあります。

 Bもののふるまいを探る
 RIは放射線を放出するため、極微量であっても高感度で居場所やRIの量を知ることができます。これを応用してRIをトレーサー(追尾子)として用い、物質の移動や分布、化学反応過程などを非破壊でリアルタイムに調べるのに利用されています。例えば、RIを含んだ標識化合物を動物や植物に入れて代謝機能を調べたり、自動車エンジンの潤滑オイルにRIを含ませてその消費を調べたりするのに用いられています。

 Cものの性質を向上させる
 放射線はプラスチックやゴムなどの高分子材料の加工処理に最も多く利用されています。電子線やガンマ線を高分子系材料に照射すると、糸状の分子同士を結合させて網目状にすることができ、材料の耐熱性と強度を増すことができます。これを橋かけ(架橋)反応と呼んでいます。この性質を利用して、ラジアルタイヤの素材ゴムの強度を増したり、テレビやパソコンに使われている電線の耐熱性を高めたり、形状を記憶させる機能を付加して熱収縮チューブを作ったりしています。
 また、接ぎ木のように分子の枝を伸ばし、その先にさまざまな機能を持った別の分子をつないで新しい機能を付加させることもできます。これはグラフト重合(接ぎ木)反応と呼ばれています。例えば、ポリエチレンに電気を通す機能を与えてボタン型電池内部の陽極と陰極物質が混じり合うことを防ぐ、非常に薄い隔膜に利用しています。

 Dものを微細に加工する
 LSIなどの半導体加工においても多くの工程で低エネルギーの放射線が用いられています。例えば、回路形成の原図作成には電子線によるリソグラフィ、不純物導入にはイオン注入法や中性子ドーピングが用いられており、今後LSIの集積度をさらに高めるためには、X線や電子ビームを用いた露光技術の利用の促進が必要とされています。

 E衛生を確保する
 放射線の殺菌作用を応用して注射針・注射筒などの医療用使い捨て器具の滅菌、検査用具や実験動物用飼料の殺菌に利用しています。
 食品や農産物についても外国では殺菌・滅菌に放射線を利用しています。日本ではジャガイモの発芽防止に放射線が用いられています。

 F害虫を駆除する
 放射線を害虫に照射し、生殖機能だけをこわして野外に放すことにより、生まれた子供は育たず、害虫を根絶することができます。かつて、沖縄や奄美で収穫されたスイカやニガウリなどには、ウリミバエが卵を生んだものが多かったため、本土への出荷ができませんでした。この不妊虫放飼法により、1993年に日本全土でウリミバエの根絶が達成され、このような農作物の出荷が可能となりました。

(2)放射線利用の経済規模
 放射線利用が国民生活に浸透している度合いを示す一つの指標として、1997年度の放射線利用にかかわる経済規模を調査した結果によると、放射線利用分野全体の経済規模は約8兆6千億円にものぼり、GDPの約1.7%を占めることがわかりました。そのうち、工業利用は約7兆3千億円、農業利用は約1200億円、医学・医療利用は約1兆2千億円です。この調査では、放射線を利用して製造されたものの工場出荷高・売上高や保険医療費などを積算して算出しています。
 放射線を利用した製品の個別の経済規模をみてみると、例えば、放射線を利用したラジアルタイヤの売上高は約1兆円にものぼり、市場の91%を占めています。同様に、電子機器用耐熱電線は売上高約450億円、市場占有率約20%、発泡体の売上高は約180億円、市場占有率は約7%です。ボタン型酸化銀電池用隔膜フィルムのほぼ100%は放射線を用いたものです。半導体の売上高は約5兆4千億円にものぼっており、放射線利用の中で最も大きな経済規模を持っています。医療用使い捨て器具の滅菌では、放射線を用いたものの売上高は約2800億円で市場の約60%を占めています。

 

2.よりよい暮らしに役立ち社会に活力を与える放射線利用
(1)国民の健康維持(医学利用)
 @意義
 放射線は、がんをはじめ心臓病、脳血管疾患、痴ほう等、様々な疾患や骨折等の診断やがん等の疾病の治療に使われています。また、放射線を用いた診断は、X線撮影を含め広く普及しており、放射線診断なくしては、臨床医学は成り立たないのが現状です。更に、RIを用いた核医学検査やPET(陽電子放射型断層写真)などの診断では、組織や臓器の機能を観察できるため、全身のがんの転移を見る等総合的な診断が可能です。放射線によるがんの治療は手術や化学療法等に比べ、患者に与える苦痛が少なく(侵襲性が低く)、また治療後も治療前と余り変わらない生活ができる等生活の質(QOL)を高めることのできる方法です。根治性に劣る場合もありますが、手術や化学療法等の治療法が制限されている合併症患者や高齢者にも適応できるなど、適応患者の範囲を広げることができます。また、放射性医薬品の内用療法が甲状せんがんの全身転移の治療や骨転移とう痛除去に用いられ、後者の例では、鎮痛効果が長期間持続することにより、患者の療養状態を改善することが出来ます。

 A利用の現状
 放射線診断や治療は技術革新が急速に進んでいる分野です。放射線診断は、CT等の形態診断と、PET等の機能診断に分けられますが、例えば、3次元CTの研究開発により、微小がんの検出や、内視鏡を用いない血管内部の診断が実現しつつあります。更に、診断技術を応用した治療であるIVR(血管内治療)は、治療の困難ながんや循環器疾患等に対し非侵襲的治療を可能にし、21世紀の非侵襲的な治療の一つと期待されています。治療では、定位放射線照射等の従来の放射線治療の一層の高度化や、がんを殺傷する能力の増強と正常細胞への影響を抑える粒子線治療等が開発されています。今後は、分子レベルの診断と治療等、分子生物学、物理工学、情報等の学際的な技術を導入することで、放射線医学の飛躍的な進歩が期待されています。
 我が国の放射線診療の現場には、医学物理士や専属薬剤師等の基礎を支える従事者が非常に少ないという現状があります。これは医療技術や放射性医薬品の開発、基礎研究等の阻害要因の一つと考えられています。またRIについては、海外依存度が高いことや新規RIの開発力が弱いなどのために、RIを用いた診断・治療の技術開発は海外主要国から遅れつつあります。更に、放射線医学機器の国内メーカーの開発力や国際競争力が弱体化しつつあるということも見過ごせません。
 新しい放射性医薬品開発や診断技術、治療法の研究開発、臨床試験等は複雑な法体系の下で規制されており、これにより、現場では複雑な手続きが必要であり、一元化を求める声もあります。最近は、厚生省と科学技術庁を中心に、医療現場に即した法規制の合理的・効率的運用等を目指した見直しが進められています。
 放射線診断や治療において重要な役割をするRIは放射性医薬品として使用・投与されます。短寿命の炭素11(半減期20分)やテクネチウム99(Tc−99m;半減期6時間)がその代表例です。特に、Tc−99mは核医学検査の80%以上に用いられ、原料のモリブデンの多くはカナダから輸入しています。しかし、過去、出荷先の事情で供給停止に陥るなど、不安定な供給体制にあります。また、PET用の短寿命の医薬品は製造装置のある病院等で、主にサイクロトロンを用いて調製(院内調製)されますが、他施設への供給が法規制上できないため、PETを実施できる施設が限られています。このような一方通行的な供給体制から、供給体制の複線化や院内製剤の周辺施設への供給等、安定的、効率的供給を目指す必要があります。
 一方、RIを利用する場合、廃棄物処理処分の制約があります。短半減期RIは短時間のうちに、事実上放射能は無視できるレベルまで下がるため、短半減期RIに関する廃棄物の規制を検討することが必要です。
 我が国では、放射線治療を受けている患者は、適応症例は多いにもかかわらず、全適用症例の15から20%といわれています。これは欧米の約50%に比べかなり少ない数です。この理由の一つには、放射線治療について医療従事者が患者に正しく説明したり、患者がそれを正しく評価しないことが考えられます。このような状況を改めるには、情報公開や国民と医療従事者を含めた教育、啓発が必要です。

 B今後の展開
 医療は、患者に苦痛を与えない診断・治療法の研究開発を目指しており、放射線治療や診断はその方向に合致します。放射線治療の適用範囲の拡充等のためには、医療用電子線形加速器(リニアック)や医療用線源等の従来技術の次世代化、特定組織に集中性の良い放射性薬剤の開発、粒子線治療の普及のための大型加速器や原子炉の活用が求められます。また、放射光の利用やレーザーなどの非電離放射線の利用による診断技術の開発等による非侵襲的組織診断を目指すべきです。このような方向に向けて、放射線医学の基盤研究の強化は必要不可欠であり、放射線施設のセンター化による研究基盤の強化や、生物学や物理学、情報科学等を含めた学際的なプロジェクト研究を集中的に行うことで、新たな診断・治療技術の効率的な研究開発、更には、日本から世界への先端的技術の発信が可能になると期待できます。また、より多くの国民が、このようなQOLの高い診断や治療を受けられる施設や設備、診療体制の整備も必要です。

(2)食品衛生の確保と食料の損失防止(食品照射)
 @食品照射の意義
世界の食料の約4分の1が収穫後に失われており、衛生的で食中毒の心配のない食品を安定に供給することは我が国のみならず世界共通の願いです。食品の保存や衛生のために様々な殺菌技術や貯蔵技術が開発されてきました。代表的な殺菌方法には加熱やくん蒸、紫外線、食品添加物としての保存料、殺菌剤の使用などが、貯蔵方法には冷蔵・冷凍、凍結乾燥などがあります。しかし、加熱法は品質が劣化したり、生鮮食料品や冷蔵・冷凍食品の処理には適さないなどの難点があります。くん蒸処理には臭化メチルガスが用いられていますが、臭化メチルはオゾン層破壊物質であるため、植物検疫処理を除いて2005年から使用禁止になります。
 放射線は、照射線量に応じて殺菌や滅菌を行ったり、発芽を遅らせたりする能力を持っており、食品の腐敗防止や保存期間延長、安全で衛生的な食品流通の確保などに役立てることができます。食品照射は、温度上昇が極めて小さいため、食品の栄養成分や味・香りなどへの影響が少なく、生鮮食品や冷蔵・冷凍食品の処理にも利用できます。放射線は透過能力があるため、包装後の製品の状態でも殺菌が可能です。

 A国内外の食品照射の現状と照射食品の健全性
 食品照射は、【表V−2−(2)−1】に示すように、香辛料や乾燥野菜、最近では生肉などの殺菌、ジャガイモやタマネギなどの発芽防止をはじめとして、殺虫、熟度調整、貯蔵期間延長などのために既に32カ国で広く実用化されています。特に最近では、O−157等のウイルスによる食中毒防止対策として、米国をはじめとする先進国で食肉に対する殺菌の実用化が急速に普及してきています。また、世界的に最も普及している食品照射は殺菌を目的とした香辛料をはじめとする乾燥食品原材料に対するものであり、既に東南アジア諸国を含め20カ国以上の国々で実施されています。このような技術が導入されるにあたっては、当然のことながら健全性(毒性、栄養学的適格性などを含む概念)が問題となります。
 照射食品の健全性を確かめるためには、誘導放射能や毒性を持った有害物質の生成、栄養価への影響、菌相の変化にともなう病原菌の増殖などについて十分に評価を行う必要があります。1960年代から照射食品の健全性を検討する国際的な共同作業が開始され、1980年に開催されたFAO(国連食糧農業機関)、IAEA(国際原子力機関)、WHO(世界保健機構)の合同専門家委員会で10kGy以下の照射食品の健全性が確認されました。1994年にはWHOが再評価を行って健全性を再確認し、1997年には10kGyを越える照射食品についても健全性を確認しました。
 一方、我が国では、1967年に原子力委員会が食品照射を原子力特定総合研究の第1号に指定し、照射食品の健全性の検討を開始しました。1974年にはジャガイモへの食品照射が初めて実用化されました。それ以来、毎年1万5千トン程度の照射が北海道士幌農協で行われており、照射されたジャガイモは春先になっても発芽しないため、端境期の価格安定に重要な役割を果たしています。しかし、照射食品の健全性について一部の消費者に反発があり、以後国は食品照射の許可について慎重な対応を取っているのが現状です。また、食品照射については、世界的に見るとガンマ線と電子線の2種類が実用化されています。ただ、我が国においては、ジャガイモの照射に用いられているガンマ線源のみが実用化されているのが現状です。医療用器具等の放射線滅菌については、品質保証のための管理技術が確立されており、その技術がそのまま食品照射へも適用できることが期待されます。

 B食品照射による生活への貢献
 日本で流通している香辛料の99%は輸入されたものですが、生産国で栽培、収穫、天日乾燥される過程での菌やウイルスの付着は避けられません。香辛料には人間が持っている菌と同じものが付着していますが、通常、菌の数は十分に少なく、香辛料を摂取しただけで食中毒になることはありません。むしろ、香辛料を用いた加工食品の製造・流通過程において菌が増殖し腐敗の原因になったり、病原菌が付着した場合に増殖して食中毒を引き起こしたりする可能性があります。
 現在食品衛生法では、加工された食肉製品の成分規格として芽胞菌の規格が定められており、この規格を満たすためには使用する香辛料の芽胞菌量を低減させる必要があります。現在は主に高圧蒸気処理により芽胞菌の低減を図っていますが、香辛料の香味が失われるなど品質上の問題が生じており、これを解決する方法として放射線照射による殺菌法が注目されています。また、付着したウィルスを殺す効果も期待されています。
 また、牛肉に由来する大腸菌O−157によって、何人もの人が亡くなったのは記憶に新しいことです。牛肉を殺菌することができればこのような問題は解決しますが、従来の方法では生の肉の風味を損なうことなく殺菌することは困難です。米国では、1997年、食品医薬品局が科学的データの評価を行い、冷蔵及び冷凍の生肉等及びひき肉やハンバーガー等の大腸菌O−157やサルモネラ、クロストリジウムの殺菌のために、健全性を損なうことなく放射線の照射を行うための基準を定めました。また、1999年には、食肉検査を担当する農務省の食品安全検査局が、上記の食肉類の殺菌のために放射線照射を行うことを許可し、これらの肉類に対しても放射線照射による殺菌ができるようになりました。
 このように世界で食品照射が普及している中、照射食品の流通が増えることが予想され、食品衛生法で禁止されている照射食品の輸入を拒むためにはGATT(関税貿易一般協定)の取り決めによりその有害性を証明する必要があり、非関税障壁になる懸念もあります。

 Cわかりやすい情報の提供
 消費者に対してアンケートを取ってみると、食生活で安全性に関心を持つ人が多い反面、安定供給への関心は低いことがわかります。しかし、食品の衛生を確保し、食料の損失を防いで安定に供給することが重要なのは言うまでもありません。この調査の中で、食品照射に対する様々な意見に共通するキーワードは「安全性」と「情報公開」です。【アンケート結果などを添付】
 現在我が国では、照射食品の健全性を示すデータについて反対派との間に見解の相違があり、消費者に不安感を生じさせる原因になっています。健全性についての情報を提供する公的機関は、一般市民でも理解できるようにデータをわかりやすく科学的に説明すべきです。
 また、食品照射が社会に根づいていくためには、照射食品そのものの健全性はもとより食品照射システム全体の健全性に対する理解も必要です。国は、食品照射に対する理解を深めるために必要な啓発を行うとともに、社会ニーズの的確な把握に努めるべきです。その際、食品照射の必要性と便益、他の手法との比較における利点についてわかりやすく説明し、一方的な知識の押しつけではなく、国民が関心を持っていることに食品照射を結びつけてわかりやすい解説と情報提供を行う環境作りが重要です。

 D今後の課題
 国は、食品照射を食品衛生の確保と食料の損失防止の一つの有力な選択肢として位置づけ、今後とも消費者への啓発を積極的に推進し、社会のニーズに沿って照射食品の健全性の研究などを行い、実用化を図っていくことが必要であると考えます。その際、照射食品の流通の透明性を確保し、消費者による自由な選択を尊重するため、照射食品であることの表示を義務づける必要があります。さらに輸入食品について、照射食品や照射原料を用いた加工食品を検知する技術の開発にも取り組む必要があります。
 また、食品照射の実用化に向けて解決すべき課題の一つに、関係省庁の縦割り的な認識の違いがあります。省庁間の連携を密にし、横断的な協調・協力関係を築くべきです。

(3)食料の安定供給(農業分野への利用)
 @植物育種の必要性
 21世紀にはアジア地域での大幅な人口増加と高い経済成長に伴う食生活の変化が穀物需要の地域的な不均衡の拡大をもたらすことが予想されます。また、先進国では生産調整、農地拡大の制約、環境問題の顕在化などが食糧の安定供給を制約する要因となることも懸念されています。一方、我が国では米の消費減少と輸入穀物の増加が食糧自給率の低下を招いており、麦や大豆などの国内生産を増大し、食料自給率の向上を図る必要があります。
 安定した食料供給を確保するためには、植物の生育に適さない環境下でも高い生産性を維持できる作物、病気や害虫に強い作物や果樹などを育成する必要があります。

 A品種改良への放射線の応用
 植物育種(品種改良)は、これまでに食料の増産・安定的生産のための改良、生活を豊かにするための観賞用植物の改良などに貢献してきました。植物育種は従来、いわゆるかけあわせと呼ばれる交配育種が中心で、現在までに多くの品種が育成されてきましたが、交配による植物育種法では、親品種が持つ形質の特性を組み合わせて新しい品種を育成することには適していますが、化学薬剤法や放射線育種法のような親品種が保有しない形質を付与することには不適当でした。化学薬剤を用いる方法は、薬剤自体に発がん性があり、最近では利用されなくなりました。放射線を照射する方法は、化学薬剤よりも大きな遺伝的変異を起こすことができ、処理も簡便なことから品種改良の手段として普及してきました。
 放射線育種は、作物に放射線を照射することによって、細胞レベルでの突然変異を起こさせ、その中で人類にとって有用なものを選別する方法です。茎が短く風に強く倒れにくいイネの突然変異種「レイメイ」のように付加価値の高い品種を生み出し、新品種として育てていくことが可能です。すでに世界中で1800近い品種が放射線を利用して育成されました。我が国でも、農業生物資源研究所放射線育種場(放射線育種場)が中心となってガンマ線を用いた品種改良を行っており、我が国の突然変異による品種はこれまでに110品種に達するなど、我が国の農業に大きく貢献してきました。ナシの「ゴールド二十世紀」は、黒斑病に弱い「二十世紀」を耐病性品種にしたものです。品種改良により、農薬を約半分に減らすことができました。
 一方、品種改良のほか、農業分野では放射線やRIが作物のDNA解析や代謝機能の解明等の有効な手段として利用されています。放射線育種場では、細胞・組織培養とガンマ線照射を組み合わせることにより、キメラ(同一個体中に遺伝子型の異なる組織が共存するもの)から完全な変異個体を作り出す新しい技術を開発し、栄養繁殖性作物の放射線育種が効率的に行われるようになりました。これにより、キク、エニシダ、トルコギキョウ等数多くの品種が育成されました。

 B今後の植物育種技術の発展に向けて
 近年、我が国は、日本原子力研究所高崎研究所(原研高崎)と放射線育種場の協力により世界に先駆けてイオンビームを植物育種に適用し、従来のガンマ線とは異なる形質の突然変異を誘発できることを見いだしました。イオンビームは、電子線やガンマ線に比べて、物質中で局所的に密度の高い励起やイオン化が可能であるため、突然変異を生ずる確率がガンマ線に比べて形質によっては10倍以上も高い場合があり、しかもガンマ線では得にくい突然変異遺伝子を生むことが期待されます。イオンビームを用いた育種により、従来のガンマ線法では作れなかった複色の花のキクや紫外線に強いシロイヌナズナ、病気に強いオオムギなどの新しい植物を育成することができます。
 イオンビームは、イオンを打ち込む位置や深さ、ビームのサイズ、イオンの密度などを微細かつ精密に制御することができます。さらに、例えば超伝導サイクロトロンなどで加速された1GeV(ギガ電子ボルト、10億電子ボルト)程度の炭素イオンビームを用いることにより、1センチメートル程度の厚さを持つ大きなサイズの種子や植物組織、細胞塊への照射が可能となり、育種の対象は農作物だけでなく、環境汚染物質を浄化する環境浄化植物などの育成に大きく寄与することが期待できます。

 C今後の展望
 我が国は、世界最大級のガンマフィールドを所有するとともに、イオンビームによる新しい育種技術を誕生させました。この分野のフロントランナーとして世界をリードしていくためには、食料の増産や安定供給を目指した農業利用だけでなく、環境保全型の植物資源の育種も視野に入れた幅広い研究の展開が望まれます。国は、放射線の利用による作物のDNA解析や代謝機能の解明を推進し、ガンマ線とイオンビームのそれぞれの特長を活かした育種法の開発を図るべきです。また、放射線育種を実施している関係機関の研究交流を深め、研究活動強化を図っていくための研究体制づくりを目指す必要があります。
 また、東南アジア、南米、アフリカなどの諸国では放射線育種を目指した新たなガンマ線照射施設の建設の動きがあり、これらの国々との育種技術開発協力を推進することで、世界的な食料難の解決に貢献することが期待されます。

(4)生活の向上と新産業創出・環境保全(工業・環境保全への利用)
 @利用の意義
 21世紀において国民が健康に暮らせる社会を築いていくためには、これまで以上に環境を保全していかなくてはなりません。そのためには、生活や産業活動にともなう環境への負荷を極力抑えることが重要な課題です。従来の大量生産・大量消費・大量廃棄型の技術文明から、必要最小限の生産とリサイクルをめざした省エネルギー文明への変革が必要です。
 また、我が国は21世紀前半には高齢化が一段と進み、医療や福祉に関連する技術とアメニティ製品などの材料が一層必要になってきます。
 放射線には、材料に特殊な機能を与えたり、これまでの技術では得られない特長を持つ新しい材料を創る能力があります。また、例えば化石燃料を使う火力発電所などのボイラーから排出される有害化合物を分解する力、医療用器具や食品などを殺菌あるいは滅菌する能力も持っています。
 放射線のもう一つの特長は、化学薬剤や加熱を要しないためクリーンで省エネルギーであることです。放射線は、注意して安全に利用すると、環境を保全し、国民の健康を守り、社会を豊かにすることができる技術です。放射線利用はすでに各分野での国民生活に役立っていますが、まだまだ可能性を秘めています。放射線の能力を引き出すことにより、社会のニーズに応える新素材や新しいプロセスをつくりだし、新しい産業を生み出すことができ、ひいては社会を活性化する原動力にもなります。

 A利用の現状
 放射線を利用して高分子材料を加工したものには、日常生活で使われているものがたくさんあります。例えば、台所や風呂のプラスチック製のすのこは、ポリエチレンに放射線を照射して強度を高めたものです。腕時計やカメラに使われているボタン型電池には放射線で合成した薄い隔膜が用いられており、陽極と陰極を隔てながら電気を通す役割を果たしています。テレビやパソコンなどの家電や自動車に使われている電線は全て放射線で耐熱化されています。ロケットエンジンや超高速飛行機に使われる高強度で耐熱性に優れたセラミック材料は、我が国独自の技術により放射線で合成した先端材料で、その製品は世界中に供給されています。
 放射線は工業製品の非破壊検査や工業計測に、なくてはならない技術であり、いろんな種類のRIが産業に幅広く使用され普及しています。このような目的の密封RI装備機器はすでに9千台を越えています。
 医療用器具の放射線滅菌は、従来の蒸気やガスを用いた滅菌に比べて技術的にもコストの点でも有利になってきたため、現在では滅菌処理全体の60%を占めています。当初は主にガンマ線が用いられていましたが、最近では電子線が利用されるようになってきています。電子線加速器は技術の発展に伴い制御性や安全性に優れており、またガンマ線のように使用済み線源として廃棄物を発生することもないことから、今後は電子線滅菌が普及していくと予想されます。
 環境保全への放射線利用では、石油や石炭の燃焼ガスに含まれる硫黄や窒素の酸化物を分解・除去する技術が実証段階に達しています。これには電子線を用いていますが、設備を小型化できる上、有害な廃液を出さず、また、副生品として硫安や硝安を生産できます。このような物質循環型の処理システムも我が国の独自の技術として開発されてきています。

 B将来展望
 21世紀に我が国が直面する社会的な課題である環境問題を克服しながら新しい産業を産み出すためには、放射線のクリーンで省エネルギーの特長をさらに活用していくことが重要です。
 環境保全においては、生活や産業活動によって排出される廃ガスや廃水などに含まれる汚染物質の無害化や有害物質の除去に放射線利用が有効であることが見いだされており、この技術開発を強力に推進していくことが必要です。具体的には、ダイオキシン等の環境ホルモン物質の分解除去技術、工業廃水に含まれる鉛などの有害金属を捕集する材料の開発、環境汚染源となるプラスチック廃品を減らすために生分解性プラスチックの開発や天然高分子の有効利用を図る技術に放射線を活用することです。
 我が国はバナジウムやモリブデンなど工業材料に不可欠な希少金属をすべて海外に依存しており、その備蓄が重要な課題になっています。しかし、これらのほとんどは海水中に溶存しており、これを効率よく捕集する技術を開発すれば、安定供給が可能となります。また、海水に含まれているウランも無尽蔵に近く、日本近海に黒潮が運ぶウランの量は1年間だけで全世界の鉱山などから採掘可能な埋蔵量に匹敵するという試算もあり、海水中のウランを捕集することによりエネルギー資源の安定確保にも役立ちます。すでに、放射線を利用して希少金属を吸着する材料を合成できる技術が見いだされていますので、海水中のウランやバナジウムなどの有用金属を捕集する技術開発を官・民が協力して推進していくべきです。
 先端材料の開発にも放射線は利用できます。次世代の半導体素子・デバイス、光触媒薄膜材料、高耐熱・高強度材料、高耐放射線性材料、セラミック複合材料などの創製に放射線を活用していくべきです。
 今後の放射線利用においては、従来の電子線やガンマ線に加えて、イオンビームや放射光、中性子、ポジトロン、X線レーザーなどの新しい放射線の活用を推進する必要があります。高エネルギー重イオンビームやポジトロンビームは、バイオ技術や先端材料の開発に飛躍的な発展をもたらす手段です。また、放射光は、次世代のマイクロマシン技術に必要なLIGAプロセス(リソグラフィ、メッキ、モールド工程)に欠かせない放射線です。

 C新産業創出に向けて
 放射線利用技術が新産業創出に貢献していくためには、抜本的な技術革新をもたらし、幅広く産業にインパクトを与えるとともに、国民生活に貢献することが重要です。そのためには、基礎的な技術が確立し、人材が育成され、研究・開発・実用化に向けた長期的な展望が開けている必要があります。また、国内の既存の研究施設の活用と、産・官・学の密接な協力などの環境整備が必要とされます。このような条件を満たした新産業創出のテーマの重要な例として、新素材の創製や材料の複合化技術の開発があげられます。
 新素材創製では、フライホイール(電力貯蔵装置の部品)の成型、輸送機器の複合軽量素材、通信・情報機器工業での放射光によるLSI精密加工、航空宇宙工業での耐熱複合材料、医療産業における生体親和性材料の開発などがあります。また、複合化技術の開発では、米国で推進している低コストの航空機の製造を目指した軽量化複合材の研究開発があげられます。
 近年の多様化した産業で放射線利用を推進していくためには、産・官・学の密接な連携を目指した産業コミュニティの形成が必要です。すでに工業分野で利用が進みつつある電子線、ガンマ線、X線などを用いた放射線利用は、民間企業の主導により新産業創出をめざし、国は放射線の専門技術を駆使して新産業創出を積極的に支援する必要があります。一方、安心して暮らせる環境を守るためにも、環境保全・浄化技術は重要であり、国が主導的に技術開発を進めるべきです。
 利用促進のためには、線量測定器の精度保証の制度(トレーサビリティ制度)を整備することが重要です。例えば、放射線滅菌の際の照射線量を保証するためには、基準となる放射線測定器を用いて比較校正を行う必要があり、その基準になるものはさらに高位の基準測定器によって順次校正されている必要があります。トレーサビリティは、この校正経路が確立されていることを示す言葉で、線量測定の信頼性が利用現場で使用する末端の測定器にまで一定のレベルで保証されることを目的とする考え方です。現在、国際的な制度の整備が進められていますが、我が国はこれまで、外国の標準研究機関に照合や校正を頼っていました。国は国家計量標準の研究開発や設定・供給などを進め、国内でのトレーサビリティ制度を確立する必要があります。

 

W. 安心につながる安全を確保するために

1.放射線の生体への影響
 @放射線の生体への様々な影響

 放射線の生体への影響には様々なレベルがありますが、人体にどのような障害が生じるかは主に放射線の線量によって決まります。一度に大量(全身に10グレイ以上)の放射線を被ばくすると胃腸死と呼ばれる腸粘膜からの出血によって死亡します。現在の医学でも治療法はありません。なお、10グレイはほぼ10000mSvに相当し、日本人が平均として1年間に受ける自然放射線量1.43mSvの約7000倍です。全身に4−10グレイ(4000−10000mSvに相当)の放射線を被ばくすると、多くは骨髄の造血機能の障害によって死亡します。現在では骨髄移植や末梢血幹細胞移植によって救命できる可能性があります。チェルノブイリ原発事故及びJCO事故では、そのような治療法が試みられました。
 それ以下の線量の放射線の影響では、一般に急性の症状は少ないか全くなく、何年も経ってから生じる白血病やがん等の晩発障害などが問題となります。これらの障害については、放射線量が少ない場合、すなわち影響が小さい場合についての研究は容易ではありません。現在までのところ広島、長崎の被爆者についての調査が、人体についてのほとんど唯一の研究結果です。
 放射線被ばくの影響は、被ばく部位によりその程度が異なります。一般に、性腺や骨髄、腸上皮等の細胞分裂の盛んな組織は、放射線の影響を受けやすく、従って、胎児は同じ線量を被ばくしても、大人より影響を受けやすいと言えます。また、甲状腺等は、放射性ヨウ素関連物質等を集積しやすい組織であり、内部被ばくを受けやすいといえます。更に、放射線の種類によっても影響の大きさが違い、一般に、α線や中性子線等の粒子はX線やγ線、電子線等より、影響力が大きいことがわかっています。
 一般に、国民の関心があるのは、低い線量の放射線被ばく(低線量放射線被ばく)の影響です。日本人は、医療被ばくと自然放射線から1年間に受ける放射線量は平均3.8mSvです。広島、長崎の調査結果から言えば、このような線量でがんや白血病が発生する恐れはないか極めて小さいことがわかっています。しかし、50mSv以下の低い放射線量での影響は、学問的には十分に解明されていません。以下では、主に低線量被ばくの人体への影響について記述します。

 A低線量放射線被ばくの影響研究の現状
 低線量の放射線の影響を論じるには、被ばく線量10mSv以下の被ばくを目安としますが、そのような小さな線量の放射線による生物影響の研究は実質的には不可能です。なぜなら、予期される効果を生じる頻度が極めて低く、例えばマウスを用いて10mSvの放射線による遺伝的効果を調べるには9億匹のマウスが必要という試算があります。これまで世界で最大規模で行われたマウスを用いた放射線の遺伝的影響の研究は、約100万匹のマウスを用いたメガマウス実験と呼ばれるものです。この研究での最低線量は0.36グレイ(360mSv相当)でした。0.05グレイ(50mSv相当)のX線によるショウジョウバエの突然変異(遺伝的影響)の実験では、136万匹のショウジョウバエの背中の毛の長さ(0.2mmの毛が0.05mm以下になる)を測定しました。これらの実験から、10mSv(0.01グレイ相当)の生物影響を調べるには、さらにむずかしい実験が必要であることがわかります。これらの研究は、いずれも放射線の遺伝的影響の発生頻度は放射線量に比例すると見なして矛盾はないことを示していますが、50mSv以下での実験を行ったことはありません。

 B広島・長崎の体験から分かったこと
 現在の大部分の低線量被ばくの人体への影響のデータは、広島・長崎の原爆被爆した方々の貴重な疫学的調査研究結果がもとになっています。原爆被爆者の調査研究は、被爆直後から被爆者の治療と平行して行われました。放射線影響研究所の前身の原爆障害調査委員会(ABCC)は、当時広島・長崎両市内にいた19万5千人に対して聞き取り調査し、最終的に、被爆者と非被爆者を合わせた12万人を調査対象集団として、寿命調査を実施しました。また、遺伝調査については、新生児を持つ方々に協力を依頼して調査対象を決めました。この調査は、現在は放射線影響研究所に引き継がれていて、極めて信頼度が高い研究と評価されています。
 それによりますと、白血病の発生頻度は線量には比例せず、【図W−1−1】に示します様に下に凸の曲線になります。すなわち、極めて少ない線量では、白血病は生じない限度があると考えられます。一方固形がんについては、図に示しますように線量に比例して発生していると見られます。
 実際に広島、長崎の86572人の被爆者に生じた白血病死亡者の数は、1950年から1990年までの40年間に249人であり、被爆していない人に比べると50%(83人)増えています。がん死亡者は7578人ですが、被爆していない人に比べて増えた割合は4%(335人)です。被ばくが原因である白血病の発生は1970年代でほぼ終わっていると見られます。被ばくによる発がん(白血病を含む)の頻度から見れば、わずかな線量、例えば0.1グレイ(100mSv相当)かそれ以下の放射線を浴びた人の発がんの恐れはかなり小さいと言えます。また、被爆二世への遺伝的影響はこれまでの調査では検出されていません。

 C低線量放射線被ばくに対する生体の適応応答
 広島・長崎の40年間の調査では、被ばくしない場合に予想される固形がんの発生数に比べ、それより過剰に発生した数は非常に低い値でした。特に、被ばく線量が5mSv以下では非被ばく者に比べて期待される発がんした人数は41人少なかったことが分かっています。この原因に対して様々な説明が試みられていますが、低線量の放射線に対する生体の適応応答の効果を挙げる人もいます。これは、生体の持つ修復機能(放射線によるDNAの損傷が、細胞によって修復されること)やホルミシス効果(低線量の放射線を被ばくすると細胞の免疫効果が高まり、これが全身に有効に働き、例えばがんの発生が抑制されるというもの)等の働きです。例えば、米国のラドンが豊富な地域では肺がんが少ない等、これを支持するデータはいくつか出ています。しかし、極めて僅かな線量であるため、実証がむずかしく、原因と結果の結びつきが現時点で明確に実証されているわけではありません。

 D今後の展開
 低線量放射線被ばくの影響は実験的検証がむずかしく、広島・長崎の疫学的調査研究に基づくデータが現在唯一の実証的データです。しかし、このデータでは50mSv以下での影響は検出できず、50mSvより低い領域はよくわかっていません。低線量放射線については、このあいまいさが強調され、影響はあったにしても、その発生の可能性は小さいことは強調されず、誤解を生むこともあります。今後、この線量領域での放射線の影響を解明し、放射線のより深い理解とそれら知識を放射線防護や健康維持に活かすためには、動物実験や遺伝子レベルの研究、また分子生物学的なデータを用いたシミュレーション手法による放射線影響メカニズム研究等様々な研究手段を用いて、より一層の低線量放射線影響の研究を進めることは重要な課題です。低線量放射線の生体への影響の解明は、原子力と放射線利用のための安全確保の基本です。今後、より広い視野のもとで低線量放射線の生体影響の研究を総合的に推進すべきです。

 

2.健康リスクと放射線安全の確保
(1)リスクと健康影響
 @安全の確保
 我々が安心して放射線利用を進め、その成果を享受するためには、放射線の利用に係わる被ばくの影響を最小限に抑え、また、放射線利用による作業環境やその周辺の生活環境の汚染を防ぐ環境保全等、十分な安全を確保することが必要です。このため、放射線の特性の理解や人体に対する放射線影響の究明と正しい理解、施設や設備の放射線源の利用により人体に及ぼされる影響の正しい評価は、放射線や放射能を正しく封じ込めることや、放射線被ばくや放射能汚染による人への影響を防止するための方法や手段を確立するための基本です。

 Aしきい値のない直線仮説
 広島、長崎の原爆被爆者の調査結果から、固形がんや白血病の発生頻度は被ばく線量に比例することや、下に凸の曲線に従うことがわかっていますが、50mSv以下の領域では、被ばくの影響をはっきり示すデータがないことは前章で述べた通りです。しかし、国際放射線防護委員会(ICRP)は、放射線防護を考える上でより安全であるとの観点から、固形がんや白血病等の影響と被ばく線量の関係は「しきい値のない直線」で表せると仮定しました。
 このような影響は、放射線が遺伝子に損傷を与えることが原因です。遺伝子に損傷をもたらす、いわゆる変異原性を示す物質には、その量にしきい値がないと考えるべきであり、放射線に限った問題ではありません。国連科学委員会では、遺伝子への影響は確率的影響として議論できるとしており、がんや遺伝的影響を確率的影響と呼びます。これに対し、ある線量以上の放射線を被ばくすると発症する皮膚障害や白内障等を確定的影響(非確率的影響)といいます。これらはいずれも、放射線防護の安全基準を策定する上で分類したものです。

 B健康リスクと放射線防護の考え方
 放射線防護は、放射線障害を防止し、がんや遺伝的影響のリスクを制限することを目標としています。リスクを制限するという考え方は、がんや遺伝的影響に対する被ばく線量にはしきい値がないことが前提となっています。
 どの程度の被ばく線量で、どの位の頻度でがん等の障害が発生するのか、このもととなっているデータは広島・長崎の原爆被爆者に対する疫学的な調査研究結果です。1990年のICRP勧告では、広島・長崎のデータをもとにして、95%レベルで統計的に有意ながんの過剰は約200mSv以上の線量で見られるとしています。ICRPは、しきい値のない直線仮説のもとに、社会的に容認されるリスクのレベルとして、公衆の一年間の被ばく線量の限度を1mSvと勧告しています。これは、公衆が1mSvの年線量で生涯にわたって被ばくした場合に、被ばくが原因で死亡する確率(寄与生涯致死確率)を、発がん性化学物質へ生涯にわたって曝露した場合の米国の公衆の、発がん性物質が原因で、がんになり死亡する確率(寄与生涯がん死亡確率)と同等の0.4%に制限していることを意味します。【図W−2−(1)】に、主な被ばく線量と線量限度等を示します。
 各国では、ICRPの勧告を受け、具体的に放射線防護のための法律を制定し、放射線の封じ込め方や、施設や設備の放射線源の取り扱いや管理の方法、RIの取り扱いとその管理等、安全を確保するために様々な規制を行います。我が国の現在の法令は、1977年のICRP勧告に基づいています。来年からは、ICRPの1990年勧告に基づいた法令に、改訂される予定です。

 Cリスク論への批判
 健康リスクを制限するという「リスク論」に対し、最近、様々な批判や疑問が出ています。検証できないリスクに対して膨大な努力を払うのではなく、実質的なしきい値を考えるべきではないか。高線量率被ばくのデータから低線量率被ばくの影響を推定できるか、動物実験や生物研究のデータが反映されていないのではないかといった批判があります。また、医療被ばくや事故の時の被ばくのように、公衆の限度を超えて被ばくをすることがなぜ問題とならないのか等、規制されるものと規制されないものとの矛盾に対する疑問等です。このような批判や疑問が出てきた背景には、従来以上に厳しい1990年のICRP勧告に対する根拠を求める動き等があります。また、放射性廃棄物の処理処分への関心が高まってきたことも背景の一つと言えます。
 これらの批判や疑問を巡る論争の論点は、しきい値のない直線仮説に基づく「リスク論」対「しきい値論」といえます。放射線被ばくによる皮膚障害等はしきい値論で議論できましたが、がんや遺伝的影響はしきい値論では対応できないことがわかり、リスク論が現れました。しかし、リスクに対する誤解等のために、放射線防護の考え方に混乱が生じています。この問題を解決するためには、生物研究と疫学研究、更にリスク評価の研究を進め、より実際的な評価をしていく必要があります。

 Dリスク論と安全の考え方
 世界中の多くの人ががんで亡くなっていますが、その原因の80〜90%は喫煙や食生活によるものと考えられ、また、特殊な原因として紫外線が挙げられます。一方、自然界の放射線被ばくが原因でがんになった人は、広島・長崎の例から見て、極めて少ないことが明確です。従って、日常的に摂取する発がん性物質等によるがん発生のリスクは、日常的に受ける自然界からの放射線被ばくによるリスクより高いと言えます。このようにリスクという考え方は、様々な異なる質の危険度に対して、共通の物差しをもたらしてくれます。
 最近出てきた社会心理学的な考え方は、リスクとは価値を伴う社会的に構成された概念であり、自然科学的な実在ではなく、その意味で健康影響とは異なる、というものです。すなわち、従来の単なる確率論的な視点だけで議論していては不十分と言うことを意味しています。現在の防護でのリスクは、これくらいの被ばくがあれば将来どういう影響がどの程度現れるかを予測し、この結果に基づいて基準値などを判断しています。しかし、将来の望ましい姿としては、客観的なリスクを見積もるだけでは不十分で、リスクを受ける側を巻き込んだ判断も必要となってくるでしょう。この意味で、放射線防護では、リスクという他の分野と共通の物差しをつくることが大切です。そして、放射性物質以外、例えば化学物質等、他のリスク源と積極的に比較することで、放射線だけではない、社会全体のリスクを最小にする、リスクバランスを考えることが、これからの我々の安全を確保する上で重要ではないでしょうか。

(2)放射線防護
 放射線から人体を防護するためには、放射線影響研究である疫学データや放射線生物影響のデータ等を考慮するとともに、さらに、放射線計測や線量評価技術、放射線源等の管理技術等の広い範囲にわたる研究と検討が必要です。例えば、低レベル放射性廃棄物の処理に伴う微量放射線の計測技術の開発や、中性子の高精度線量測定の研究、新しい放射線の利用に当たり放射線被ばくの防護技術の開発、また、放射線による内部被ばく及び外部被ばくの研究、放射線被ばく線量の測定と評価技術並びに体内に取り込んだ放射性物質を体外に排泄する技術の開発等、積極的に取り組むことが必要です。このような努力が、国民の安心感と安全への信頼性を固めることにつながります。これらは、より高度な医療診断、宇宙開発や高度飛行等の新しい科学技術におけるリスク評価やその低減、低レベル放射性廃棄物の評価にも役立てられます。また、今後、宇宙や地下空間へと益々広がっていく人間の生活空間に応じて、検討すべき放射線防護の範囲を広げていくことも必要です。

 

3.原子力・放射線利用に伴う環境への影響

 @環境と調和した利用を進めるために

 原子力が長期にわたって豊かな国民生活の実現に貢献していくためには、国民の健康確保と環境保全を前提にして、自然環境や社会と調和した形で利用が行われなければなりません。
 原子力関連の大きな事業所では、放射性物質をできるだけ外部に排出しないように努めております。気体や液体の放射性廃棄物は、フィルターなどを用いた処理を行ったりして、自然放射線に比べて極微量であることを確認した上で環境に放出されています。しかし、万一の事故の時には放射性物質が異常に放出される可能性があります。放出された放射性物質の一部は、作物や魚などを経て人にたどり着きます。
 国民の十分な理解を得ながら社会に安心して受容される利用を進めるためには、環境を媒介にした放射性物質や環境放射線の環境への影響について深く理解し、原子力・放射線利用に伴う住民への健康影響を無視できる範囲にとどめることが重要です。

 A環境科学への取り組み
 環境と健康に与える影響について、原子力関連施設の外にいる住民が抱く不安を解消するためには、環境中の放射性物質がどのように移行し、人々の健康にどのような影響を及ぼすのかを明確にすることが必要です。そのためには、放射性物質が環境中を移行・循環するしくみと健康に与える影響を解明し、それらを予測する方法を開発しなくてはいけません。
 自然環境と調和しながら利用を進めるためには、放出された放射性物質の環境や健康への影響を低減することも重要であり、環境を保全し、修復する技術も開発する必要があります。
 原子力・放射線利用が人々の理解と同意を得ながら人類文明の永続的な繁栄に貢献していくためには、人文・社会科学的な視点で自然環境と社会に調和した利用のあり方を検討することも重要です。

 B環境科学の現状
 気圏および陸圏の調査研究は、緊急時の汚染予測、フォールアウトの分析、放射性物質の移行データを基にした被ばく評価、原子力施設の立地についての安全評価などに役立っています。水圏では、放射性物質の海水中の濃度や海底土あるいは海洋生物への蓄積の調査、沿岸域を対象とした海流モデルなどの開発に取り組んでいます。
 生態系への影響を解明するため、森林や水田の自然生態系を対象にした微量の放射性核種などの分析や、室内実験によって放射性物質が土壌から植物に移行するしくみの解析が行われています。さらに、放射性物質などの有害物質が個々の生体や生物種および集団に与える影響と評価、シミュレーションによる解析も進められています。
 環境科学は、環境放射線や放射性物質による人への健康影響を解析し、防護する方策を開発するため、日常的な環境放射線の変動調査を基にした国民の被ばく線量と健康影響の推定、被ばく低減化などに貢献しています。また、放射性物質が人体に蓄積されるしくみの解明や被ばく線量推定の高精度化などにも寄与しています。

 C今後の展開
 放射性物質が環境に放出されたときの挙動は、放射性物質の化学状態と環境の状態により大きく異なります。気圏に放出された放射性物質は、主に呼吸により生物の体内に取り込まれます。大気中を放射性物質が移行する際の挙動を解明するためには、安全な標識物質を実験的に放出させたり、自然の放射性物質の移行を利用したりします。大気中に放出された放射性物質は素早く希釈され、風に乗って移行します。このため、ガス状の微量放射性物質やエアロゾルをモニターし、それらを分析する技術の開発が必要とされます。
 陸圏に放出された放射性物質は長い時間をかけて土壌中を移行し、微生物が関与する複雑な過程を経て動植物に蓄積され、人体に取り込まれます。また、水圏に放出された放射性物質はプランクトンや魚介類を経て人体に摂取されます。いずれの環境においても放射性物質が移行する挙動は、その化学状態や環境条件に応じて複雑なものになります。実際に英国のセラフィールドにおいては、河口付近の複雑な地形、潮の満干、微生物などのため、放射性物質の挙動が大きく影響されることが明らかになっています。従って、環境の様々な条件や変化を十分に考慮し、フォールアウト、自然の放射性物質、サイクロトロン等の加速器で製造される半減期の短いトレーサーなどを利用して放射性物質の挙動を解明する必要があります。また、土壌や水中の極微量の放射性物質を観測し分析する技術や、放射性物質の化学状態の分析法の開発も重要です。
 放射性物質の挙動は環境条件に大きく依存することから、日本固有の環境に合ったより合理的なデータが必要とされます。得られたデータと数値実験などを基に、環境中の放射性物質などの挙動を総合的に予測する数値シミュレーションモデルの開発は、緊急時の放射性物質の移行予測に役立ちます。
 放射性物質が食物や空気を通じて生体に取り込まれる際の挙動を解明するためには、自然生態系と人工的に作られたモデル実験生態系の比較研究が必要です。また、生態系内に取り込まれた放射性物質が生態系に与える影響を明らかにする必要があります。 健康影響の観点からも、放射性物質の環境影響は重要な問題です。体内に取り込まれた放射性物質の量や被ばく線量と病気の頻度の相関を調べることにより、他の環境汚染との関係を証明することができます。
 環境中に存在する自然および人工の放射性物質や放射線の人への健康影響を明らかにするためには、全国的な自然放射線のレベル調査、放射性物質が体内に取り込まれた際の被ばく線量の評価、原子力関連施設周辺などの疫学調査や医療被ばくを対象とした実態調査、放射性物質が環境から生態系に移行するしくみを研究する放射生態学研究、将来の生活環境の拡大に対応するための大深度地下や宇宙環境での影響調査および研究などを進める必要があります。
 環境保全・修復技術では、放射性物質が環境や健康に与える影響を低減するため、放射性物質の環境への放出を抑える技術、無機物や有機物を利用した環境中の放射性物質を回収する技術、土壌などに含まれるウランなどの放射性物質を安定化する技術の開発が必要です。また、体内の放射性物質の排出を促進する技術の開発も重要です。

 D研究推進上の課題
 原子力や放射線利用の効果と影響は、一国一地域の利害に止まるものではありません。その推進のためには、長期的かつ国際的視点での社会科学的検討が必要です。このためには、他の分野との協力と国際協力・国際貢献等も重要です。また、中国の砂漠からの気圏へのラドン放出のように、アジア全域での評価が必要な場合も多く、国内のみならず国際的なスケールで研究することが必要です。
 環境科学研究は30−40年という長期の観測・測定期間を必要とすることが多くあり、民間、大学、研究機関、国や地方自治体等の相互の協力が不可欠です。また、原子力発電所などの周辺の放射性物質や放射線のデータは、地方自治体などの調査・研究により蓄積が進んでいますが、その科学的評価の協力も必要です。さらに、異なる省庁に属する研究機関同士の密接な協力が必要であり、省庁間の壁を越えた連携も欠くことができません。そのためには、放射性物質の移行、被ばく線量・リスク評価、食物連鎖、健康影響、データベースなどについて、各研究機関が研究を分担しながら連携を密にしてまとめるような研究総合ネットワークを築く必要があります。

 

4.緊急被ばく医療と国際被ばく医療協力
(1)緊急被ばく医療
 1999年9月30に起こったJCO事故では3名の方が高線量の被ばくをしました。残念ながら、2名の方が亡くなられましたが、この事故では、全国の医療機関の密接な協力のもとに、効果的な治療が行われました。この背景には、放射線医学総合研究所が1998年に設立した「緊急被ばく医療ネットワーク会議」が機能的に働いたことが大きな要因として挙げられます。同会議は、平常時から情報交換、研究交流、人的交流を通じて、緊急の被ばく事故等への対応を図るというものです。
 緊急被ばく医療には様々な技術が必要です。適切な治療を行うために被ばく線量を推定すること、その推定にもとづいて以後の経過を予測し、適切な治療計画を立てることや、造血機能回復のための幹細胞移植、様々な症状に対応するための集中治療、無菌室での継続治療等です。更に、低線量被ばくされた方々の精神的な不安に対するケアも忘れてはならない医療の一つでしょう。
 緊急被ばく医療の基礎には、広島・長崎の原爆被爆で得られた貴重な医学的データを初めとして、その後の数々の研究の成果があります。この貴重なデータを緊急被ばく医療で活用することは、国内はもとより国外での被ばく事故に対しても重要です。JCO事故に際しても、各国から医療援助の申し出や情報提供が数多くありました。特に、海外からの実際の事故例に基づく情報提供は貴重でした。今後、原子力施設の建設推進が予想されるアジア地域では、特に、このような国際医療協力は重要性を増すと考えられます。例えば、台湾のCo−60による汚染事故に対し広島・長崎等県や市が一体となって実施している国際医療協力は、その一つです。医療支援や情報提供、場合によっては患者の受け入れ等援助・支援の方法は、場合場合に応じて検討する必要があるでしょう。

(2)国際被ばく医療協力
 @国際被ばく医療協力の現状
 我が国は、これまで北米、南米における在外被爆者の定期的な検診活動や、チェルノブイリ原子力発電所事故後の健康影響調査及びセミパラチンスクでの医療支援活動を行ってきました。チェルノブイリでの調査は、1990年から開始しました。政府、非政府レベルの様々な医療支援活動が展開されていますが、特に放射線感受性が高い事故当時0歳から10歳の子供たちを対象に甲状せんや血液の病気を対象とした検診活動に対して広く支援や協力が行われています。一般住民の外部被ばく線量は低いものの、放射性降下物による内部被ばくが大きな問題です。正確な被ばく線量評価が困難な現状では、事故前後に産まれた子供たちの甲状せん疾患の比較対照調査や、小児甲状せんがんのケース・コントロール調査等が継続されています。特に放射能汚染がひどいベラルーシ共和国ゴメリ州では、小児甲状せんがんがこの10年間で500以上も手術され、内部被ばくの影響が危ぐされています。チェルノブイリ周辺3カ国では既に1000以上の小児甲状せんがんが確認されています。今後も長期にわたる被ばく住民の晩発性放射線障害の生涯リスクが高いと予想され、国際協力が必要です。現地では、情報インフラや交通の便が悪く、かつ医療過疎地であるため、遠隔医療診断支援システムの導入による支援も世界に先駆けて現地で実施しています。これに対して、実際に大量被ばくをした事故当時の職員や消防、軍関係の除染作業者の急性、晩発性放射線傷害への対策や、医療協力も国際機関を通じて支援されています。
 カザフスタンのセミパラチンスクは、1949年から1989年まで核実験場でした。1962年までは、大気圏又は地上での核実験が主で、一般住民への影響は放射性降下物によるものでした。現地での医療支援と共に、長崎大学による遠隔医療診断支援による医療支援を行っています。また、この地域には40年間で推定積算1Sv以上被ばくした被ばく者がおり、低線量被ばくの影響を調べる上で、これらの住民を中心にした疫学調査は有効と考えられています。

 A被爆国としての我が国の役割
 カザフスタン共和国の原子力平和利用のための各地での地下爆発の影響以外に、旧ソ連全土での多くの放射能漏れ事故や事件が報告されています。軍事基地や核兵器工場での放射線被ばく問題への国際協力には多くの困難がありますが、唯一の原子爆弾被災国で、非核の国である日本の大きな国際貢献の場と考えられています。
 これら現地では、直接の医療支援だけでなく、例えば、結婚できるのか、自分たちの子供やその次の世代は大丈夫かなどといった心理的な不安に対し、住民の啓発に努めました。現地の住民は、行政当局やEC、米国等かつての冷戦相手国に対しても否定的な気持ちが強く、信頼感を持てない状況にありました。その中で、日本からの医師は、被爆国からの医師であり、チェルノブイリ等の被ばく者と同じ立場にあるという安心感を、住民に与えることができました。
 上記国際被ばく医療への協力は、放射線も環境因子の一つと考えれば、当然「環境と健康」という観点から持続され発展されるべき国際協力です。一方、緊急被ばく医療は、放射線被ばく等何かあった場合にどういう対応をするかをあらかじめ先取りして対応していく、いわば、守りの科学といえるでしょう。このようなシステムを実行力のあるものにしていく上で、事故は起こるものであるという意識で、平素から事故を想定したシミュレーションを含め、幅広い対応が必要です。そして、我が国だけでなく海外にも目を向けた緊急被ばく医療体制の構築は、原爆被爆という体験を持つ我が国の責務ともいえます。

 

5.規制法と運用の在り方
 @安全を確保するための規制法の考え方
 放射線安全を考える時、最近は、事故は起こるものであるが、その可能性やリスクをどこまで押さえ込むか、逆に言えば、我々がどの辺りのリスクまで容認できるかという考え方に変わってきています。このように、安全をどう考えるかをICRPは1928年から73年間、国際的な整合性を持った国際基準を念頭に議論をしています。最初は、生体に影響する放射線の被ばく線量にはしきい値があると言う前提で議論をしていましたが、色々なデータが出る度にその議論は合理的に変遷し、がんや遺伝的影響に対する放射線被ばく線量にはしきい値がないというリスク論に変わってきました。それは、放射線影響の基礎的研究と疫学的研究、且つ、社会的判断を組み合わせ、国際整合性を取った安全の議論として、化学物質や放射性廃棄物でない一般の廃棄物の安全性を議論をする時にも参照されます。
 我が国の放射線安全に関する基準は、その基礎は、このICRPの勧告に従っています。その上で、我が国の実状に合わせて、具体化されています。来年度からは、ICRPの1990年勧告に沿って、大幅な法改正が予定されています。
 我が国の法律は、一般的には、ICRP勧告より厳しいもの、つまりより安全側に寄ったものとなっており、安全を確保する上で、「できるだけ少ない被ばく」という考え方を大前提とした法体系となっています。しかし、それは場合によっては、放射線利用現場の実状と合っていない、合理的でない、と言った面も併せ持ちます。例えば、ICRPの1990年勧告では、女性の職業被ばくは「妊娠していない女性に対する職業被ばくの管理の基礎は、男性の職業被ばくの場合と同じである」としており、外国もそれに従っているのが一般です。これに対し、我が国の考え方では、妊娠の可能性のある女性を守るという観点から、女性にはより厳しい基準が適用されています。

 A安全確保と合理性
 ICRPの勧告は、線量制限を強調しているのではなく、様々な方法論の最適化、社会の中でのバランスの良い位置付けと正当化を強調しています。線量制限は、それを実現するための方法論なのです。この主旨に従えば、より柔軟で安全な放射線利用が可能となる限り、自己責任の考え方を、よりいっそう放射線安全の法律に取り入れることも可能、言い換えれば、高度な合理性を追求した規制もあり得ると考えられます。これは、放射線利用の現場での、現行の規制が必要以上に厳しいといった、現実の放射線作業とそれに対する規則や規制との齟齬に対する解答になると言えるでしょう。

 B複雑化する規制法と整合の取れた運用に向けて
 これまで放射線の利用や核燃料の利用が進むに従い、法律は複雑化してきています。例えば、アイソトープの場合は、その使用は科学技術庁の放射線障害防止法、それを扱う労働者の安全は労働省の電離放射線障害防止規則(電離則)、核燃料を扱う場合は原子炉等規制法(核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律)であり、僅かな核燃料の扱いついては少量国際規制物資として規制しています。放射線診断や治療、放射性医薬品については医療法や薬事法が適用されます。また、国家公務員に関しては電離則ではなく人事院規則で規制する等、複雑です。このような規制法の分類例を【表W−5−1】に示します。また、例えば、RIの輸送については、それが放射性医薬品の場合は厚生省が規制し、研究用の場合には科学技術庁と運輸省が規制するなど、それぞれ異なる輸送の規制が適用されています。複雑化した規制法に対して、どういう考えで放射線に対して安全・安心を担保していくか、あるところで整理して考えるとともに、省庁間の連携を密にして整合のとれた規制法の運用が必要です。

 

X. 放射線利用の促進に向けた課題
 我が国では、昭和30年に制定された原子力基本法において、「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。」とされており、自主、民主、公開の原則がうたわれています。この基本原則の下、我が国における放射線利用は進められていますが、放射線には、原子力のイメージや健康リスクへの懸念から、常に一種の懐疑と警戒心が先行しているのが実状です。このため、放射線の利用を行っている機関が、その成果の受け手である国民の抱く警戒感を払しょくし、安心感をもってもらう努力をこれまで以上に行うことが求められます。特に放射線リスクの健康影響については、積極的な研究成果の公開や基礎的な研究の推進などを行うことが大切です。本章では、今後、引き続き放射線利用を進めていくために、課題として考えられることと、その解決のために必要な方策について、分科会としての検討結果を述べます。

1.情報公開と共有
(1)わかりやすい情報の提供
 放射線を利用するに当たっては、その有用性に対する国民の理解を求めつつ進めることが不可欠です。例えば、放射線治療の場合、最初は不安感から拒否する患者さんでも、十分な説明を納得できれば治療を受け入れます。放射線を避けようとする最大の原因は、どのような利用の仕方であれ、必ず被ばくするという人体影響への不安や未知のものへのおそれなどが考えられます。これは放射線に関する情報が不足しているため、理解がなかなか進まないことが原因ではないかと考えられます
特に昨年発生したJCO事故においては、周辺地域にまで放射線が到達してしまいました。このため、周辺住民の方々はもとより、多くの国民が低線量の放射線の人体影響に対して不安を抱き、かつ関心を持っていることを厳正な事実として受け止め、行政などの機関においては、この不安解消に向けた取り組みを早急かつ的確に行うことが必要です。
 まず、留意しなければならないのは、放射線利用において、被ばくするのは医療利用の場合だけであり、その他の利用に際しては直接的、間接的にせよ、適切な管理の下では被ばくは考えられません。また、医療利用において受ける放射線量については、例えば集団検診で受ける胸部直接撮影一回で受ける表面線量は平均0.29ミリシーベルト、間接撮影で平均0.74ミリシーベルト程度であるなど、長期的な身体への影響について考慮する必要は全くありません。

 放射線利用について正しい理解が得られない原因の一つは、利用の場とその恩恵を受ける人々の場がかけ離れていることがあげられます。消費者は花の色には興味を示しますが、生産に関する情報には関心があまりなかったり、生産者側が放射線を利用して生産した商品であることを明示しないという、消費者に見えない放射線利用が行われてきたのが現状です。食品の場合には、放射線照射を認められているのはジャガイモの発芽抑制のためのみとなっていますが、食品の衛生などに関する消費者の関心の高まりから、生産者を明示して台所と生産者を直結させる動きがでてきています。行政としてはこのような動きにきちんと対応するとともに、生産者側からも正確な情報の提供が求められます。また、行政と生産者がそれぞれ消費者との対話の場をもち、理解を求めていくことも必要です。

 国民の理解を求める上では、総花的、専門的ではなく、求められている情報に沿って十分な解説や情報提供を行うことが必要です。例えば、沖縄の農産物が全国に流通している背景に放射線利用によるウリミバエ根絶があったことなど事実と現状を正確に国民に伝えることがその一つです。特に不安を解消する上では、信頼できる情報源からの安全性に関する科学的説明が必要です。現在、いくつかの公的機関から食品照射に関するデータが提供されていますが、このデータは一般の人向けになっておらず、わかりにくいという指摘もあるため、改善が求められます。特に専門用語の使い分けが理解しにくいとの指摘もあり、用語の見直しをするなどわかりやすい言葉で情報を伝えることが必要です。その際に提供されるデータに客観性と科学的合理性が備えられていなければならないことはいうまでもありません。また、現状では情報提供の不足も指摘されているため、データを保有する機関からの積極的な情報発信が必要です。現在、行政や事業者により行われている草の根的な啓発活動や体験学習についても今後充実させることが必要です。
 さらに、放射線利用においても廃棄物が発生する場合があるということを理解してもらうことは必要であり、廃棄物処分のための立地に向けた理解を得るために積極的な情報公開を行うことが求められます。

(2)放射線教育
 放射線の利用が健全に行われるためには国民の理解による受け入れが不可欠であり、このためには教育が最重要課題であるといえます。放射能や放射線は決して特殊な存在ではなく、物質と同様、自然界の基本的存在として位置づけられるものです。このため、初等中等教育、高等教育とレベルに合わせた段階的な指導を行うことにより、理解を深めることが必要です。
 放射線教育が十分に行われているかどうかは、理科教育が適切に行われているかどうかの指標でもあるといえ、学校教育の推進や、国などの中立的な立場での放射線影響研究の推進と成果の公表により、与えられた情報を的確に理解できる土壌作りが必要です。具体的には、原子力関係者が、自ら教科書や副読本を執筆するなど、教育現場で取り上げてもらえるような働きかけを行う努力が必要です。
 一方、放射線利用に当たっての安全を確実に担保するという意味で、放射線に関する業務に従事する行政官、放射線取扱者や理科教師などの実務者についても一定の間隔で再教育を行うなど、専門家に対する教育のあり方について検討する必要があります。
 なお、これまではPA(パブリック・アクセプタンス)という言葉が使われてきましたが、これからは、コミュニケーションが重要な要素となってきます。このコミュニケーションをどのように展開していくか、今後検討していくことが重要です。

2.人材育成
 医療の分野においては、医学物理士(医用物理、医用画像工学等の技術者)や放射性医薬品を取り扱う薬剤師などにおける基礎を支える人材が非常に少ないことが基礎研究や放射線治療分野の発展を阻害する要因の一つと考えられます。このため、周辺技術に必要な人材の層の充実が急務の課題です。
 また、食品照射については、ジャガイモへの照射認可以来、食品照射の時間的な空白があったため、過去の経緯やデータを知る研究者が減少し、今後の国際的な動きへの対応を考えた場合、専門家不足が懸念されます。このように、放射線利用を今後促進するに当たって、様々な分野において人材が不足している現状を踏まえ、これを解消するための早急かつ的確な方策を講ずる必要があります。また、これまでの放射線教育を一層充実させるとともに、確保した人材については不断の研修を義務づけるなど、その技能、能力の維持・向上に努めることが求められます。
 さらに、実際に放射線を取り扱う医師、薬剤師及び看護婦等に対してインセンティブを与える意味でも、放射線利用に特化した教育を基に新たな資格を与える方策について検討することも必要であると考えられます。
 なお、現在も各省庁等において放射線利用に従事する人材の育成を行うプログラムが設けられていますが、必ずしも整合性をとりながら実施されているとはいえない面があります。今後、人材の育成を効果的に行うには、各機関バラバラでなく連携をとりつつ、効果的なプログラムを整備することが必要です。

 

3.研究環境の整備
(1)国の役割
 @基礎研究等の推進
 放射線を利用するに当たっては、利用を支える基礎的な研究、基盤的な研究を充実することが必要です。放射線利用に関する研究予算は現状で決して十分とはいえず、例えば、放射線利用のための新たな競争的資金を創設し、原子力委員会の方針に沿って、省庁間の連携を十分に保ちながら一体的かつバランスの良い研究開発を遂行できるようにすることも重要です。 
 基礎研究や基盤技術の研究開発など新しい技術の芽を産み出すような課題は国が中心となって取り組む必要があります。また、技術移転システムを構築することにより、公的機関の研究成果を民間企業が利用しやすい環境を整備することも重要です。さらに、これら成果を活用したベンチャー企業の創設に当たって支援を行うことは、経済活性化の観点からも重要です。

 A研究環境の整備(RIの扱いを中心として)
 RI、放射線を用いた研究開発等を推進するに当たっては、科学的魅力と社会的ニーズ、人材確保、研究体制、施設設備の維持等が必要であり、関連技術として計測・管理技術、原料確保、安定供給があげられます。さらに、規制政策、技術政策、廃棄物政策が影響し、最終的に国民の理解を得ることにより利用が進んでいくこととなります。RIの利用を円滑に進めるためには、供給、集荷、処理、処分までの体制を整備することが不可欠であり、特に処理・処分については国による一定の支援が必要とされます。また、事故時の協力体制、供給の海外ルートの確保なども利用を進めるための重要な要因の一つです。
 RIを用いた研究など、放射線の利用を進めると、原子力発電所における核燃料と同様に、廃棄物が発生します。しかしながら、RI廃棄物は、ごく一部の核種を除けば、半減期が短いため、安全に長期間保管しておけば、その放射能は減衰しほとんどなくなってしまうので、一定レベル以下の放射性物質については、その処理処分に当たって、放射性廃棄物として考慮する必要はないものと考えられます。一方、現在原子力安全委員会で、あるレベル以下では放射性物質として考慮する必要のない値として「クリアランスレベル」の設定を行うべく、現在検討がなされています。
 RI利用促進のためには、廃棄物の処理・処分システムの確立が不可欠であり、処理処分については、このクリアランスレベルを踏まえ、核種や放射能レベルに応じた安全かつ合理的なRI廃棄物の処理処分を実施することが必要です。既に、「RI・研究所等廃棄物事業推進準備会」が関係機関により発足し、処分方法、処分費用負担などの諸問題を検討しているところです。また、処分場の立地に当たっては、住民の方々の十分な理解を得ながら対応することが必要となります。なお、放射性廃棄物を安全かつ合理的に処分するためには、廃棄物の発生者だけでなく機器や製品の供給者なども廃棄物発生量の抑制に努め、処理・処分を視野に入れた適切な対応をとることが不可欠です。

(2)連携のための方策
 放射線という技術は非常に広がりを持っている一方、広がりを十分に活かすだけの体制が構築されているとは必ずしもいえません。
 従来は、政府主導で新産業創出を進めてきましたが、市場ニーズに関する理解不足、非効率な資金配分、産業界の活力が活かされないといった指摘がなされています。これらの問題点を解決するために、例えば、新産業創出に向けて設定された研究開発テーマに関し、産官学がネットワークを構築することが必要です。
 その際、国は、基礎的研究の推進や規制の合理化、集中的な資金投入、大型施設等の開放利用といった役割を果たし、大学など基礎的な研究を担う研究機関は、教育機関でありかつ研究機関であるという面や自主性と幅広い人材の結集が容易であるという利点を活かして、新たなシーズの開拓を行うことが期待されます。さらに、将来の放射線利用を担う人材の育成を積極的に行うことが求められます。
 産業界は、実利用の場に最も近い位置にいることから、様々な重要な役割が期待されます。例えば、放射線利用の利点について積極的に情報を提供したり、消費者が何を求めているのかを的確に認識し、ニーズに対応した利用法の開発や、新たなニーズの開拓を行うことが必要です。さらに、研究開発活動から得られた成果を活用した新産業創出に向けた技術開発もその重要な役割の一つです。
 このような産学官の連携に加え必要なことは、省庁間の連携です。連携の課題の一つは組織間の壁であり、省庁間の調整がこれまで必ずしもうまくいっていなかった状況を改善する方策を検討する必要があります。具体的には、省庁間に定常的な連絡組織などを設置することも考えられます。また、ニーズに基づいた研究資金の適切な配分と成果の評価、評価の資金の配分への反映などのメカニズムを構築することが必要です。

 

4.法的規制の合理化
 物質や機器は、その性質や用途により適用される法令が異なり、場合によっては、複数の性質を併せ持つことから、複数の法令が適用されるものがあります。このようなものについては、一元化できるものについては関係省庁により調整が図られています。利用と規制は車の両輪であり、科学的・技術的整合性を取りながら必要な規制を行いつつ、効率的な利用が可能となるよう、より高度な科学的合理性に基づいた規制法の弾力的な運用が望まれます。さらに、省庁間のデータベースを整備することなどにより、許認可手続きの簡略化が期待できます。
 なお、安全基準を策定する際には、議論を公開の場で行うことにより規制の決め方やリスクなどについて国民の理解を深めることが重要です。

 

Y. 国際社会との調和
1.被爆体験を踏まえた我が国の役割
 我が国は、唯一の原爆被爆国であり、この体験やこれまでの知見を活かした放射線の正しい活用方法や、原子力エネルギーの適切な運用管理、さらに、主体性のある放射線/原子力に関する研究開発の推進などのメッセージを世界に発信していくことが責務であるといえます。このような観点から、求められる我が国の役割について検討した結果を述べます。
 放射線の生体への影響に関しては、政府関係研究機関、大学などで調査研究が行われているほか、地方自治体などの行政レベルも研究結果の行政への反映などの観点で関係しています。特に、放射線影響研究所(放影研)では、広島・長崎の被爆者に関して12万人の調査集団を有しており、寿命調査や遺伝調査を行うことにより、貴重なデータを得ています。これらの貴重な調査研究成果を基に、現在、関係する各機関によってチェルノブイリ、セミパラチンスクの国際医療協力が実施されており、現地ならびに国際社会において非常に評価されています。また、広島や長崎などでは、北南米在住被爆者等に対しても検診等を実施しています。
 世界で唯一の原爆被爆国であり非核保有国である我が国の責務として、その知見を活かした国際協力を進めることは重要です。特に我が国は放射線の健康影響に関する分野において豊富な研究実績と高い学問的レベルをもっており、世界における研究の中核的な拠点になり得ることから、データベースなどの整備を促進することも有効であると考えられます。
 また、近年アジア地域においても、放射線の利用が盛んになってきており、これに伴い、被ばく事故も発生しています。このような事態に対し、我が国がこれまで得た知見を活かし、国外(特にアジア)での放射線被ばく事故に対しての援助・支援(緊急被ばく医療に関するアドバイス、人の派遣、患者受入等)を積極的に行っていくことが求められています。また、このような国々では、放射線管理制度が整備されていない場合もあるため、必要な技術的支援を行っていくことも重要です。このため、国際レベルで開かれた放射線関連情報ネットワークの体制を構築することが必要です。

 

2.研究開発における国際協力
 これまでも述べてきたように、我が国は高い放射線利用技術を有しており、この技術を、アジア、東欧などの利用技術の定着が必ずしも進んでいない国に対して普及していくことは非常に有効であると考えられます。このような国際協力においては、地域の特質やニーズを踏まえた技術移転、技術の定着に向けた人材養成、相互補完する協力研究・共同利用が必要です。
 地域別に見れば、以下のような協力を行うことが必要です。

  • 東南アジアとの協力
    (放射線の工業及び農業利用、医療利用の促進に向けた人材育成、放射性廃棄物の安全確保、放射線安全の考え方の普及、技術指導など)
  • ロシア、東欧との協力
    (工場等からの排煙処理、被ばく者医療などに対する協力、技術指導など)
  • 欧米との協力
    (新材料創製プロセス研究など、先端的な利用法に関する研究協力)

 なお、国際貢献においても、省庁間の連携が少なく、大学や産業界まで十分に浸透していないため、協力形態に必ずしも整合性のとれていない現状は、国際協力の推進上問題であり、我が国として一体的に国際協力などの貢献を行っていくことが求められています。

 

 3.国際的環境との調和
 近年、食品照射に関しては、国際規格の制定や地域的な規制調和(ハーモニゼイション・オブ・レギュレーション)の動きがあり、照射食品の国際流通が盛んになってきています。世界的に食品照射の実用化が進む中で、世界でも有数の食糧輸入国である我が国にも将来的に放射線照射食品が入ってくる可能性は否定できないため、検知技術の開発などを進めるとともに、照射の有無の表示法の整合性など、世界の動きに調和した規制を実施することも求められます。
 また、世界的に、放射線を利用した製品や放射線の照射された食品が流通している中で、安全かつ安心に利用を行っていくために、我が国から放射線利用に関する成果を発信して国際的な枠組みの整備に貢献していくことも重要な責務であると考えられます。例えば、国際的な防護基準、被ばく測定・評価方法及び計測の品質保証の指針や勧告の構築、改善や合理的な実施への貢献があげられます。
 IAEAでは、ICRP1990年勧告に基づいてBSS(電離放射線の防護および放射線源の安全のための国際安全基準)で医療に用いる放射線の線量限度などのガイドラインを提示しています。例えば、こうしたガイドラインを基に国際的な基準作りに我が国が参加し、すべての人々が安全に放射線を利用できるようにすることは、非常に意義のあることだといえます。

 

Z. おわりに

 本分科会では、生活に密着した「国民生活に貢献する放射線利用」のあり方と利用の推進方策について審議検討を行ってきました。ここであげられている提言は、実行に移されることにより、放射線利用に対する国民の理解が進み、放射線の適切な利用による豊かな生活が実現されることを期待します。また、放射線利用は多岐にわたり、担当省庁も複数にのぼることから、省庁横断的な協力や協調を円滑に進めるために、原子力委員会が強力なリーダーシップをとられることを望みます。

【提 言】
1.国民生活への貢献を目指して
(医療分野における応用・利用による生活の質の向上)
  • 放射線を利用した診断と治療を進めるためには、関係する機関が協力して、情報公開に加え医療従事者を含めた国民への教育、啓発により、放射線診断・治療に対する理解を得るよう努力することが必要です。
  • 今後の診断・治療技術の高度化のためには、学際的プロジェクトなどを総合的、集中的に行う放射線医学の基盤研究の強化が必要不可欠であり、そのための環境整備を産学官が協力して進めることが必要です。
  • (食品照射による食品の衛生化と損失防止)
  • 食品照射が社会に根づいていくためには、国は、担当省庁の連携を図りつつ、民間企業の協力を得て、国民の関心に基づき食品照射の必要性と便益、他の手法との比較における利点や安全性について科学的かつわかりやすく説明し、不要な不安を取り除く努力を行うことが必要です。
  • 国は、食品照射を食品の衛生化と食料の損失防止の有力な選択肢の一つとして位置づけ、今後とも照射技術の開発や照射食品の安全性などの研究を推進し、社会のニーズに沿って実用化を図っていくことが必要です。
  • (放射線育種による食料の安定供給)
  • 放射線育種に関しては、食料の安定供給を目指した農業利用だけでなく、環境保全型の植物資源の育種も視野に入れた幅広い研究の展開が望まれます。また、国の研究機関は、新たな育種技術の展開に向けた体制づくりを行うとともに、途上国に対する育種技術開発の援助を実施していくことが必要です。
  • (工業・環境保全への利用による新産業創出)
  • 環境保全、バイオ技術や新材料開発など、先端技術の推進のための基盤研究と資源確保、省エネルギー等の社会的な課題に応えるための技術開発を、産学官の協力により推進していくべきです。
  • 2.安心につながる安全を確保するために
    (放射線の生体影響への理解を深めるために)
  • 放射線の生体への影響をより深く理解し、これらの知識を放射線防護や健康リスクの評価に活かすためには、動物実験や遺伝子レベルの研究など様々な研究手段を用いて、関係機関が連携して、より広い視野のもとで低線量放射線の生体影響の研究を総合的に推進する必要があります。
  • (健康リスクの考え方をもとにした安全の確保)
  • リスクは管理すべきものとして考えるべきであり、放射性物質以外のリスク源と積極的に比較することで、社会全体のリスクを最小にするという考え方から、リスクバランスを考慮することが、これからの我々の安全を確保する上で重要です。
  • 国民の安心感と安全への信頼性を高める上で、疫学データや放射線生物影響のデータ等を考慮するとともに、放射線計測や線量評価技術、放射性廃棄物の安全管理や放射線源等の管理技術等の広い範囲にわたる研究と検討を行い、合理的な防護基準の設定や防護手段の開発に活かしていく必要があります。
  • (環境への影響を理解するために)
  • 原子力が社会に安心して受け入れられるためには、放射性物質が環境中を移行・循環する機構を科学的に解明し、影響を予測する方法と環境を保全・修復する技術を開発するとともに、原子力利用に関し、環境や社会との調和を目指した人文・社会科学的な検討を行う原子力の環境科学研究に関係機関が連携して取り組む必要があります。
  • (被爆体験を踏まえた医療における我が国の役割)
  • 広島・長崎の原爆被爆で得られた貴重な医学的データや最近のJCO事故の経験などを緊急被ばく医療対策で活用することは、国内はもとより国外での被ばく事故に対しても重要です。平素から事故を想定したシミュレーションを含め、幅広い対応が必要です。また、今後は、原子力施設の建設推進が予想されるアジア地域における国際医療協力も、その予防的見地や事故対策の技術移転の観点から国が積極的に推進していく必要があります。
  • 唯一の被爆国としての責務から、世界の放射線被ばく者に対して医療協力を中心とした継続可能な支援策を講じ、総合的な国際放射線被ばく対策並びに国際被ばく者情報ネットワークの構築が必要です。特に一般住民の低線量被ばく問題への医療協力は重要です。
  • 3.放射線利用の促進に向けて
    (国民に受け入れられる放射線利用を目指して)
  • 低線量の放射線の人体影響に対する国民の不安が増大していることから、国は、この不安解消に向けた取り組みの充実を図ることが必要です。
  • 放射線の利用に関しては、生産者側からの正確な情報の提供が求められる。また、行政と生産者がそれぞれ消費者と情報を共有するとともに、対話の場をもち、相互に理解を深めていくことも必要です。
  • 国民の理解を求める上では、総花的、専門的ではなく、求められている情報に沿って客観的かつ十分な解説や情報提供を行うことが必要。また、行政や事業者により行われている草の根的な啓発活動や体験学習についても今後充実させることが必要。
  • 原子力・放射線が正しく理解されるよう、中高等教育用教科書にその定義、性質、働きなどを、中立的な立場で記載することが必要です。また、国などの中立的な立場での放射線影響研究の推進と成果の公表により、与えられた情報を的確に理解できる土壌作りが必要です。
  • 教育においては、PA(パブリック・アクセプタンス)以上に、日頃から放射線に慣れ親しみ、専門家と知識を共有するためのコミュニケーションが重要な要素となるので、この観点を重視すべきです。
  • (利用を支える人材の育成)
  • 周辺技術に必要な人材の層の充実が急務の課題であり、国や関係機関は、早急かつ的確な方策を講ずるべきです。
  • 人材育成プログラムは関係機関が連携を取りながら整合性のとれた効果的なものを整備することが有効です。また、放射線に関する業務に従事する行政官、放射線取扱者や理科教師などの実務者についても一定の間隔で再教育を行うなど、専門家に対する教育のあり方について検討することが必要です。
  • (研究環境の整備)
  • 放射線を利用するに当たっては、利用を支える基礎的な研究、基盤的な研究を充実するとともに、技術移転システムの構築などにより、実用化に向けた環境を整備することが重要です。また、これらを産学官のネットワークの下で有機的に連携しながら実行することが必要です。さらに、放射線利用を促進するための研究開発を行うことは重要であり、このために、競争的研究資金を整備していくことが必要です。
  • (規制法のあり方)
  • 放射線の利用や核燃料の利用が進むに従い法律は複雑化してきており、今後、共通の理解に基づき、放射線に対して安全・安心を担保するための合理的な法規制をが必要です。
  • 4.国際協力と国際環境との調和に向けて
  • 我が国は放射線の健康影響に関する分野において豊富な研究実績と高い学問的レベルをもっており、世界における研究の中核的な拠点になりうると考えられるため、データベースなどの整備を促進することにより、主体性をもった国際貢献を進めて行くべきです。
  • 放射線利用技術の国際協力においては、関係機関の連携の下、地域の特質やニーズを踏まえた技術移転、技術の定着に向けた人材養成、相互補完する協力研究・共同利用を進めることが必要です
  • 国際的な防護基準などに関して、我が国から放射線利用に関する成果を発信して国際的な枠組みの整備に貢献していくべきです。
  • 【山下委員からの意見】
     この文言さえあれば今後の放射線利用促進のキャッチフレーズあるいはキーワードになるという一文が必要。
    (例)

     「正しく理解、正しく怖がる原子の力」
     「人類の英知に支えられる放射線利用促進の明日」
     「サイエンスアイ:原子力と放射線」
     「身近な生活と放射線利用産業」
     「ここまで来た放射線利用の最前線」