放射線の工業及び環境への利用

-より幅広い利用に向けて-

日本原子力研究所
前 田  充

1.はじめに

 放射線の工業利用(環境保全も含む)は、照射による放射線加工と工程管理・機器診断等の工業計測の2分野に大別される。前者は放射線照射で引き起こされる物性の変化を利用し、後者は放射線の透過、散乱等の物理的性質を利用している。ここでは、2分野の利用のうち国民生活により深く結びつくとともに、今後の発展性が大きい放射線加工を中心に、工業利用の現状と動向、放射線利用の特徴、及び研究開発や国際貢献の課題と進め方について述べる。

2.工業利用の現状と動向

 OHP①に分野別に見た放射線の工業利用の現状を示す。
 電子線、ガンマ線を利用する放射線加工については、原子炉によるラジオアイソトープ製造及び電子加速器の技術の進歩を背景として、通常の熱化学的な方法が適用できない材料創製の手段として1950年代に研究開発が開始され、60年代には経済的に優位性の高いプロセスから順次実用化されてきた。
 高分子加工では、プラスチック、ゴム等の加工処理に数多く利用されており、電線の耐熱化(OHP②)、熱収縮チューブや発泡剤、自動車タイヤの製造などの他、ボタン型電池の隔膜(OHP③)や純水製造装置の吸着剤などの製造に利用されている。これらの多くは放射線利用によって初めて作られたか、性能が飛躍的に向上したものであり、今後とも利用対象が拡大していくものと予測される。
 放射線の殺菌作用についても早くから注目され、今日では医療器具の滅菌等に実用化され広く普及されている。(OHP④)医療器具の滅菌工程において放射線を利用する割合がすでに60%に達している。放射線源については、これまで使われているガンマ線から電子線あるいはX線への移行が現在進みつつある。
 一方、工業計測については、工業プロセスへの応用の実績に長い歴史があり、現在では製鉄、製紙、タバコ製造等、各種の製造工程の管理や部品検査等において定着した技術として広く利用されている。また、非破壊検査の手段として圧力容器や精密機器の検査、溶接検査等には不可欠なものとなっている。放射線(RI)を工業計測に利用している事業所の数は全国で9千箇所を超えており、すでに定着している。
 LSIなどの半導体加工においても多くの工程で低エネルギー領域での放射線が利用されており、放射線加工プロセスの範疇に含めることができる。例えば、回路形成の原図作成には電子ビーム露光が利用されており、不純物導入にはイオン注入法が用いられている。今後、LSIの集積度をさらに高めるために、X線及び電子ビーム露光技術が促進される方向にある。(OHP⑥)
 近年では、放射線の化学作用は工場排煙浄化等の環境保全技術にも応用され、火力発電所における燃焼ガスの硫黄・窒素酸化物の処理技術に関しては実証段階に達しており、近い将来、利用が普及拡大する見込みである。(OHP⑤)
 高分子加工では、熱化学的手段と異なって製造工程における有害な化学薬剤が不要であることが、環境への負荷が小さいことにより放射線プロセスの優位性を高めている。放射線プロセスは、このように環境や製品をクリーンで安全にするという特色をもつことで近年優位性を高める結果となっており、今後も21世紀のクリーンな環境づくりに貢献できる有力なヘルスケア技術として期待できる。
 一方、これまで述べた動向とは異なる新展開は、電子線やガンマ線に代わる新しい放射線としてイオンビームや放射光を利用する研究開発が進展しつつあることである。特に、イオンビームは物質への作用を微視的に制御するのに適した特質を有しており、これを利用した微細加工によって高機能の材料創製へのシーズ開拓が進められている。21世紀のもう一つの方向づけである省エネルギー・省資源のニーズに応える新材料が開発されることが期待できる。

3.放射線利用の特徴

 工業利用として使われる放射線は、単一粒子としては極めて高いエネルギーを持つが、エネルギー総量では、工業で使われている動力や熱エネルギーに比べると非常に小さい。例えば、100万キューリーのコバルト60ガンマ線の総エネルギーは熱に換算すると、僅かに15kWであり、大型の電子加速器でも200kW程度である。
 高分子等の放射線化学反応では、高いエネルギーをとびとびに受けることにより一つの反応に10電子ボルト(eV)以上のエネルギーが使われる。これは熱化学反応のエネルギーに比べると10万℃に相当する。このため、低温においても化学反応を強制的に引き起こすことができる。一方、その化学反応の数は放射線量で制御することができるので、放射線で特性が大きく変化する高分子の改質に優れた特徴を発現できる。このモデル化した図解をOHP⑨に示す。
 化学反応プロセスを対象とした場合の放射線の長所をOHP⑪に示す。

(a)クリーンなプロセス:通常の熱化学的反応において使用される触媒等の添加物がないこと、その結果、反応の過程で放出され、あるいは製品の中に含まれる添加物を低減できることである。
(b)簡易で省エネルギープロセス:照射する物質に接触させることなく遠隔操作が可能であること、加熱、冷却などの必要が少なく、短時間で処理できることである。
(c)原料の特質が失われない:室温程度の温度で化学反応が進み、且つ、その化学反応が局所的に起こるので、原材料のバルクの形状及び特性が保持される。また、成型加工した後での処理ができることも利点の一つである。
(d)異種物質の混合或いは複合状態での処理が可能である:高分子、水、油、セラミックスなどの物質を混合した状態での化学反応による加工処理ができることであり、熱化学的には不可能な技術である。
 一方、放射線の利用の短所としては以下の点が挙げられる。
(a)設備コストが高いため、初期投資が大きくなる。また、安全を十分に確保することもコスト高につながる。
(b)放射線に対する国民の理解不足が解消されていない。
 (a)については、設備の普及と技術革新により、コストは低減化されつつある。(b)については、PAと教育の充実が必要であるが、これは普及が進むにつれ解決していく側面もある。

4.研究開発の課題と進め方

 ガンマ線、電子線を用いた工業利用は、国民生活に関わる分野に深く浸透しているが、今後は、放射線のクリーンな製造プロセス、安全性の高い製品の特長を活用した利用をさらに促進させることが必要である。その対象としては、(i)環境保全に関わる分野と、(ii)医療福祉関連のアメニティ製品等の分野がある。この2つの分野は社会のニーズが高く、放射線の持つ特長が発揮できる。これまでの研究開発により基本技術は構築できているので、(ii)については、民間企業の主導で技術開発及び産業創出を推進するべきであり、国はそれを強力に支援する体制が望ましい。しかし、(i)については公共性が高いので、実用化のめどがつくまでは、国が技術開発のリーダーシップをとる必要があると考える。
 次世代の放射線利用の観点から、イオンビームを利用した新たなシーズを開拓することが重要な課題である。低エネルギーのイオンビームはすでに半導体加工への工業利用が定着している。高エネルギービームについては、最近の研究によりガンマ線や電子線では困難な物質表面の微視的な加工制御において利用の特色を発揮できることが明らかになりつつある。この特徴を利用して、今後、環境保全、バイオ技術、資源確保、省エネルギー等の国が直面する課題に応える新材料の創製へ向けたシーズ開拓を推進していくべきである。
 また、従来の放射線利用技術の発展・向上はもとより、先端科学技術の研究開発には、放射線利用の基盤技術である放射線源の開発、照射技術、線量計測、材料の耐放射線性評価技術などを向上させていかねばならない。これらの技術開発も国が責任をもって推進すべき課題であり、技術の蓄積を図る必要がある。国が進める研究開発においても、得られた成果を実用化に結びつけるための支援方法・制度を充実させるべきである。
今後、国が実施すべき研究開発の課題と進め方は以下の通りである。
(1)環境保全

 産業や生活活動から排出される大気および廃水の汚染物・有害物の無害化や除去に放射線技術を応用する。このためには、ダイオキシン等の微量な環境ホルモンとなる化合物を放射線で直接・間接的に分解する技術開発と、有害物質を吸着材料で捕集する技術開発を実施する。また、環境を汚染する廃プラスチックを減少させるために、生分解性プラスチックや天然高分子の有効利用に放射線を活用する。(OHP⑭)
(2)バイオ技術
 植物へのイオンビーム利用研究の中から、我が国独自のイオンビーム育種技術とポジトロンイメージング技術が開発され、これまで作れなかった新しい品種の作出や従来技術では観察できなかった植物機能の非破壊的計測が可能になった。後者の技術は、生きたままの植物の機能を理解し、その機能を積極的に育種に活用するのに役立つ。植物は人類に対する食糧資源やバイオマスとしてのエネルギー資源として重要なだけでなく、環境を保全して生態系を維持する上でも重要な役割を担っている。従って、これらのイオンビーム利用技術を用いて、食糧資源の確保や環境の保全・浄化などを目指した研究を進めるべきであり、その推進のために施設整備も必要である。バイオ技術の応用として、大気中の有害ガスを吸収・無害化する能力を備えた樹木等の環境浄化植物の作出を目指し、高エネルギーイオンビームを用いた育種研究も進めるべきである。(OHP⑮、⑰)
(3)資源確保
 我が国はバナジウムなどの希少金属は全て海外に依存している。放射線グラフト重合の技術で開発した金属捕集材、海水に溶存する希少金属を効率よく吸着し、回収できることが確認された。(OHP⑩)この技術を発展させて、海水中のウランと希少金属を捕集する技術開発を官民が協力して推進し、資源の少ない我が国の独自技術として確立するべきである。
(4)先端材料創製
 放射線の特長を活かす見地から、次世代半導体素子・デバイスや高効率光電子変換素子、触媒機能性材料の創製、精密分離膜や微細物質分離膜が研究開発の対象となる。微細加工と高性能を持たせた材料は省エネルギーに直結するものである。また、宇宙環境や原子力施設用の耐環境性材料については、高耐熱・高強度材料、耐放射線性材料、セラミック複合材料の創製を目標とすべきである。以上の先端材料を研究するためには、ポジトロン及びイオンビーム分析技術を開発し、微細領域の材料構造を把握する必要がある。特に先端材料創製に大きな貢献が期待されているポジトロンビームについては、高強度の発生装置の設置に向けた推進を図る必要がある。(OHP⑯)
(5)基盤技術の整備
 高エネルギーイオンビームなど新しい放射線源を開発し、その利用技術を発展・向上させていくことが必要である。また、原子力施設や宇宙環境で使用する機器・材料の耐放射線性評価の技術を確立するとともに、各種材料の耐放射線性データを蓄積してデータベース化することが必要である。
(6)ベンチャー企業
 研究開発の成果を実用化に結びつけていく体制を整備して、ベンチャー企業の創出を積極的に支援することが重要である。

5.国際貢献

 放射線利用は小規模であり、その利用分野が広いことから、原子力利用の中では最も国際協力が進んでいる。国際原子力機関(IAEA)の開発途上国を対象とした地域協力協定(RCA)では、環境保全・工業利用分野を協力プロジェクトの重要な柱として、東南アジア諸国への技術移転や人材養成を中心に国際協力を進めてきた。我が国は、東南アジア地域への技術提供国として人的及び資金的支援を行うとともに、科学技術交流制度による研究者の受け入れにより人材養成に貢献している。また、IAEAを通じた東欧諸国との電子線排煙処理に関する研究協力も進めている。
 今後、開発途上国への技術移転や人材養成にあたっては、各国の国情、特質を十分に調査して、その国の社会が受け入れ、根付く技術システムを構築するための協力が必要である。その際、我が国の長期的な国益に照らして検討し評価することが必要である。国際協力の実施にあたっては、国際条約や国際機関等の枠組みの活用を図り、両者の整合性を保ちつつ進めることも重要である。また、共同研究、情報交換、施設の共同利用等を通じてお互いに補完し合うことは、原子力平和利用の開かれた国際環境を築く上でも大きな意義がある。

6.まとめ

 これまで述べたように、工業(環境保全を含む)分野での放射線利用の成果はすでに身近な国民生活に欠かせない形で深く浸透している。今後も放射線法のもつ優れた特質を活かして、利用の普及・拡大によるこの分野での国民生活への貢献をさらに高めていく必要がある。
 すでに工業利用が進みつつある電子線やX線、ガンマ線等の放射線利用については、民間企業の主導によって新産業創出を進めることとし、国の主な役割は放射線の専門技術を駆使して新産業創出を積極的に支援することである。ただし、環境の保全及び浄化は今後の国家的重点目標であるので、国がリーダーシップをとって技術開発を進める必要がある。
 今後、国が将来に向けて研究開発の主力を注ぐ方向は、イオンビーム等の新しい放射線による先端材料、バイオ技術等の産業基盤の創出を目指すシーズの開拓である。このためには、競争力に富み、かつ連携協力の推進を可能にする研究体制を強化する必要がある。