技術革新と大学の原子力工学研究教育

平成12年2月14日
原子力委員会長期計画策定会議 第四分科会 第5回
東京大学工学系研究科附属原子力工学研究施設
岡 芳明

 

概要
 原子力工学は総合工学でありその研究開発によって多くの分野の技術革新と先端技術を進めると期待される。日本の国際競争力向上のためにも原子力による技術革新の追求が必要である。
 技術革新は基礎的学問の素養の上に自由で豊かな発想をすることで可能になるのではなかろうか。大型プロジェクトや主要産業の推進側は心理的戦略的に保守的になりがちであり、技術革新のためには研究予算を多様化し特定の対象に限定されない研究環境を整備することが必要である。数%程度の予算を技術革新のため独立分離して使用すべきである。従来ややもすると大型プロジェクトに目を奪われがちであるが、大型プロジェクトの推進により周辺の特徴ある研究環境が失われないような配慮も必要である。
 大学は学問の横断性、フレッシュな人材の供給、プロジェクトに拘束されないこと、教育との兼務による低コスト構造など技術革新の追求に適した組織である。その研究教育設備の充実が必要である。
 技術(工学)と科学(理学)はスパイラル的に発展する。科学のみならず技術や工学を重視してバランスのとれた研究開発を進める必要がある。
 原子力工学は工学と理学の境界に位置し経験的な工学革新の先兵である。応用に軸足を置いて理学の視点もとり入れ計算機や情報技術を用いることで経験的な工学をより演繹的な工学へ発展させることができよう。これにより研究開発に必要な期間やコストが大幅に低減し産業の競争力の向上が期待できる。
 学問や技術の革新にはハード(設備)のみならずソフト(人材、利用運営体制)の整備充実も重要である。

 

1.はじめに
 現在の日本の軽水炉技術が世界の最先端に位置することからもわかるように、外国技術の導入によって始まった日本の原子力国産化の時代は終わり、新しい時代に入りつつある。もはや海外技術の移転や模倣は困難である。民間の原子力技術開発投資は市場原理の強まる下では減少傾向であり長期的には国の支援による技術革新の追求が重要である。
 原子力発電所は人間の作る最も巨大な工業製品であり、高い信頼性と安全性の要求、徹底的な研究開発と製品化の努力がなされてきた。原子力工学は原子炉に関係する物理学の他、機械工学、電気工学、土木建築学、金属材料学、応用化学、制御情報処理学等から構成される総合工学であり、多くの先端工学分野を内包している。さらに核融合工学、加速器工学、ビーム工学、レーザ・プラズマ応用等その分野を広げつつある。世界的な市場競争時代を迎えて日本も技術革新と知的労働の生産性の向上によりその競争力を維持することが求められている。原子力開発を核として様々な技術革新とそれを支える学問としての工学の革新を試みる必要がある。これらの課題を大学の原子力工学研究教育の視点より述べる。

2.技術革新と大学の役割
 技術革新の歴史をみると市場を支配する製品や製造工程は不連続に変化している。例えばタイプライターは手動から電動、専用ワープロ、パソコンヘと変遷したが、これら技術革新はそれぞれの製品の主要企業ではなされていない。例えば手動タイプライターを作っていた会社は電動タイプライターを製品化した会社に敗れている。これは心理的戦略的保守性が原因であると言われている。
 技術革新は他分野や境界分野で生まれる例も多い。例えば米国のベル電話研究所は通信技術開発に大きな貢献をしたが、現在の通信の中核技術である光ファイバーはその枠外で生まれている。ベル研の最大の発明である半導体の発明については当時その意義がよく理解できず安い料金で使用承諾を与えたと言われている。
 技術革新は産業の競争力にとって最も重要な要素である。技術革新を可能にするためには、トップランナーを育てる精神風土が必要なことは言うまでもないが、人材育成の点では基礎的学問の重要性を指摘したい。研究対象の物理的イメージを様々な観点から描ける能力は基礎的学問によって養うことができる。既成概念を克服して新展開を図るためにはこの能力をもとにした自由な想像力と融通無碍な研究姿勢が必要であろう。1つの分野に閉じこもっては画期的な発展はなく、他分野、関連分野、異文化の勉強を専門分野を軸としつつ進める必要もあろう。
 主要プロジェクトを進める場合には成功が求められるため心理的戦略的に保守的になりがちであり、研究予算を多様化し予算の系列化を避けることも技術革新のためには必要である。特定の対象に限定されない研究環境、特に実験研究環境の整備が必要である。自分の研究分野を目まぐるしく変えては世界中の専門家との競争に勝てないのは明らかであり、経常研究の重視により技術革新が生まれると考えた方が良い。
 研究目標の設定や境界条件の認識、研究結果の評価にあたっては産官学の情報交換をより密にし、適切なフィードバックメカニズムを内蔵することが必要である。技術革新のためにはハードの整備は言うまでもないが、ソフト(人材、教育、利用者)の重視がより必要であることを指摘したい。
 米国ではスタンフォード大学やマサチューセッツ工科大学の例にみられるように大学が技術革新とそれに伴う産業の展開に中心的役割を果たしつつある。大学が技術革新の追求に適した組織である理由はいくつかある。まず多分野の専門家が存在し、横断的視野で学問と研究を進められる環境がある。大学は優秀でフレッシュな人材の供給源であり、終身雇用の研究者に比べて先端技術テーマの変遷への適応力が大きい。さらに技術革新のシードのごく一部しか産業に育たないことを考えると、これを大勢の終身雇用の研究員で進めることは経済合理性がない。大学の教育との兼務による低コスト構造の方が技術革新の追求に適している。大学はビックプロジェクトに拘束されていないのでより自由で試行錯誤もやりやすく、不可能と思えるテーマにもチャレンジしやすい。さらに産業の現場にいないので細い制約を大学人があまり知らないことも自由な発想を助けているのではなかろうか。但し両者の情報交換は必須である。
 日本でも大学が技術革新へ貢献することが期待されている。原子力分野においても全国の大学の原子力工学関係学科に所属する研究者数は大学院生も含めると大きい研究開発機関の研究者数に匹敵する。大学の原子力研究教育のインフラを整備し、技術革新や学問の革新への貢献を可能にすることが必要ではなかろうか。近年技術革新や学問の革新を目標とした様々な予算も金額の問題はあるが、用意されつつあり、素晴らしいことである。しかしこれらとともに大学の研究教育設備の整備も重要であることを指摘したい。

3.大型プロジェクトと予算配分
 大型プロジェクトの遂行はもちろん重要であるが、そのために周辺分野が枯渇しては困る。大型プロジェクトとは別に予算の数%を技術革新のため使用すべきである。数%は大型プロジェクトに対する保険的な意味もあろう。技術革新のための予算配分にあたっては大型・主要プロジェクトからの分離した独立な運営が必要と思われる。全てを予算的に系列化することは技術革新の追求にとってはマイナスであろう。米国エネルギー省は加速器予算の爆発的増大を押えるため、その1%を技術革新のため別予算として大学などの研究者に配分している。

4.技術(工学)と科学(理学)のスパイラル的発展
 科学が先にあり、それから技術が生まれるとの考え方をよく聞くことがあるが、それは一面的すぎる。工学や技術の例からみると、むしろ技術や応用、実用が先にあり、その経験が科学(理論)に昇華した例が多い。例えば農耕や航海での経験が天文学を生み、蒸気を用いる鉱山用の揚水ポンプの解析から熱力学が生まれた。溶鉱炉のふく射光の色から温度を推定する技術は量子力学が生まれるきっかけになっている。理論はよくわからなくても基礎的学問の素養をもとに柔軟な発想、応用への期待から実験により新発見が生まれることも多い。高温超伝導体はその例である。
 実際は技術(工学)と科学(理学)はスパイラル的に発展する。天文学により航海術が発達し新大陸発見などをもたらしたように理論の完成により応用が進む。応用や実用の必要性がスパイラル的発展をもたらす。例えば大陸間無線通信は真空管の発明により可能になったが、通信量の増大とともに高周波通信の必要性が高まり、周波数特性の悪い真空管にかわって半導体が出現した。この理論が半導体物理学として体系化され、これが高集積回路や半導体レーザ等を生み、現在のコンピュータ・情報技術社会を支えている。

5.原子力工学の展開
 理学は演繹的、ミクロ、定性的、真理探求というキーワードで、工学は経験的、マクロ、定量的、応用重視というキーワードで表される特徴をもっている。工学は物づくり、応用の学問であり、理学に比べて極めて経験的な部分が多い。物理学の基礎方程式だけで設計できる製品は、なお、ほとんどない。しかし近年、工学の諸分野の境界が薄くなるとともに工学と理学の手法上の境界も薄くなっている。
 原子力工学は工学と理学の境界領域に位置する。新フロンティアは境界領域にある。また21世紀は応用科学、複雑科学の時代とも言われ、経験的な工学、医学、生物学等の革新の時代である。応用に軸足を置いて理学の視点も取り入れ、計算機や情報技術を用いることで経験的な工学をより演繹的な工学へ発展させることが期待できる。これにより工学の手法や技術の革新が図れると思われる。原子力工学は経験的な工学を革新する先端に位置すると考える。
 工学は物づくりの学問であり、設計のためには定量予測が必要である。そのため様々な設計対象の要素について実験を行い、それから得られる経験式をもとに設計が行われてきた。
 核分裂エネルギーを発電に利用するのに用いられている原子力工学手法を定量予測可能性という点で横断的にみてみよう。
 まず原子炉物理学は予測可能性という点で一番進んでいる。核データと中性子輸送理論や拡散理論を用いて原子炉の核特性の予測が計算で可能である。しかしなお原子核反応断面積は理論のみでは定量予測は不可能である。例えば光学モデルの経験的パラメータを実験値にフィットする必要がある。このため核設計の精度を確認するため臨界集合体等を用いたマクロな体系での検証が必要になっている。
 熱流動は形状が決まっている対象では実験にもとづく相関式を用いて予測や設計ができその手法はほぼ確立している。しかし短い過渡現象や溶融凝固や沸騰のように形状を変える対象では既存の手法に限界がある。機構論的手法を開発し、既存手法との連携を図る必要がある。
 構造力学も材料がきまりその応力ひずみ関係式が与えられれば特性の予測や設計が可能である。しかし材料の成分や熱処理が変わった時にどうなるかは経験的にしかわからない。熱時効や照射ぜい化も経験的にしかわからない。流体・構造連成問題などもより予測可能な手法を開発する必要がある。
 原子炉の特性予測にとってその学問的困難性ゆえに最も経験的と言わざるをえないのは材料特性の予測である。材料の成分元素の組成を与えただけでその特性を解析的に予測する方法はまだない。まして腐食のように環境条件や表面現象が関係する場合はさらに複雑である。学問的な課題は大きいほど期待も大きいのが常であり、先端工学としての原子力工学の知恵を結集してこれらの問題にチャレンジする必要がある。
 原子力工学に関する多くの問題を演繹的、解析的に予測可能にすることで、モックアップ試験への依存の軽減や開発費や期間の低減が期待できる。原子力工学の手法の革新における大学の役割は大きいものがあろう。原子力工学手法の多くは一般の工学手法と共通であり、工学の革新を原子力工学は先導できよう。

6.東京大学原子力工学研究施設とその経験
 日本の原子力研究開発利用の開始とともに旧帝大を中心に原子力工学科が整備され、大学にも未臨界集合体等の実験研究設備も作られた。近年、原子力分野の加速器、核融合、粒子工学等への拡がりと大学院部局化への対応を目的として学科名称をシステム量子や量子エネルギー等へ変更した学科(専攻)もあることは周知のとおりである。大学の原子力(核分裂エネルギー)研究機関としては京都大学原子炉実験所、原子エネルギー研究所(改組後現在のエネルギー理工学研究所)、東京工業大学原子炉工学研究所と東京大学工学系研究科附属原子力工学研究施設がある。研究用原子炉は国立大学では京大炉と東大に設置され共同利用に供されてきた。しかし、その後の大学における原子力研究教育設備の整備は他省庁のそれに比べると大きく見劣りする。技術革新における大学の役割の重要性を考えるなら、それぞれの大学の特徴を生かしつつ、その整備が図られるべきと考える。なおもとより大型プロジェクトを推進する研究開発機関と大学の研究教育設備とは目的、内容、質や対象が異なっていることは言うまでもなく、それを同一の視点で評価議論することは適切でない。
 東大には高速中性子源原子炉「弥生」、サブピコ秒電子ツインライナック、核融合炉ブランケット設計基礎実験装置が昭和40年代中期から50年代初期にかけて設置された。その成果は近年行われた二度の外部評価でも高く評価されている。その経験の一部を大学の原子力工学研究の例として紹介する。
 原子炉「弥生」は世界で唯一の汎用高速中性子源炉として、高速炉技術の基礎である中性子輸送や計測の研究のみならず、世界で初めて核融合炉燃料のトリチウムのオンライン生成回収の研究にも用いられている。研究分野はこの他にも広く原子力工学全体にわたっている。さらに熱流動、構造力学や原子炉の概念設計研究など原子炉を直接用いない分野の研究も精力的に行われてきた。例えばここで考案された超臨界圧軽水冷却炉の概念は欧米の主要原子力機関の注目するところとなり、研究開発が開始されようとしている。日本で考案された概念を欧米が研究するのは日本の原子力研究史上画期的なことである。
 サブピコ秒ツイン電子ライナックは電子パルスの最短世界記録を何度も更新し、まさに未踏、先端領域の研究に用いられている。短パルスレーザを用いた米国の研究が昨年度のノーベル賞を受賞した。本装置は電子と光との差はあるものの極短パルス発生という点でレーザと対をなすものである。化学反応は電子の関与する反応であるが、短パルス電子を用いた放射線化学反応の基礎過程の解明がなされてきている。応用では集積回路を作る際の描線(リソグラフィー)の基礎にもなっている。極短電子パルスを用いる研究では測定系のトリガーと照射ビームの同期が重要であるが、一台のクライストロンで二台の加速管に同時に電子を供給するツインライナックシステムの発明もなされ研究の発展に寄与している。近年はパルス巾がサブピコ秒、フェムト秒の領域に達し、化学反応から物理反応というべき領域に研究が拡がっている。フェムト秒のレーザライナック同期やレーザプラズマライナックの開発が行われている。
 核融合炉ブランケット設計基礎実験装置は世界最初の核融合炉工学の体系的実験装置群である。それらの成果としては例えば構造物に電磁力が加わる対象の応力解析の基礎理論である電磁構造力学の創始と体系化がなされている。単に学問としての成果のみならず実際の大型核融合装置の設計にも役立っている。電子顕微鏡の焦点においた試料に加速器のイオンビームを照射し、照射損傷過程を直接オンラインで観察する装置も考案され、照射損傷理論の発展に寄与してきた。
 原子力工学研究施設の研究は所属の研究者のみならず本郷の東大工学部の教官やその他の共同研究者によってもなされてきたのが特徴である。さらに工学系研究科附属であるため教官数に倍する多数の大学院生が配属され、先端的な研究を担うことで教育面と研究面でも効果を挙げてきた。これらが多様な研究展開を可能とした理由の一つであり、特徴あるハード(実験装置)とともに利用面でのソフト(人材、利用運営体制)が研究の推進には必須である例と考えている。
 原子力工学の研究に必要な装置群は中性子に留まらず、イオン、電子、レーザ等の線源や放射能取扱い実験設備と多様である。これらの整備や研究を大型プロジェクトの推進と同列で論じるのは適切でない。例えば核融合炉工学と関連してなされた電磁構造力学や照射損傷研究の成果は核融合のみならず核分裂、加速器工学等に共通のものである。また原子炉はトリチウム生成回収では核融合炉工学の研究にも用いられている。材料照射研究では中性子、電子、イオンをそれぞれ用いることで横断的な研究が展開できる。
 大学の研究では多様な研究を大型プロジェクトにとらわれず推進することができるようにする必要があり、それが教育面でも優れた効果をもたらすと考えている。なお、東大の例で言えば電子ライナックや核融合炉ブランケット設計基礎実験装置はその素晴しい研究成果や教育への貢献にもかかわらず近年予算的に厳しい状態が続いている。大学の原子力関係研究機関や専攻についても同様である。大型プロジェクトに片寄らないバランスの取れた原子力研究教育の展開を期待したい。

7.まとめ
 原子力工学は総合工学であり、その研究開発によって多くの分野の技術革新と先端技術開発を進めると期待される。日本の国際競争力の向上のためにも原子力による技術革新の追求が必要である。
 大学は学問の横断性、フレッシュな人材の供給、教育との兼務による低コスト構造、プロジェクトに拘束されないことなど技術革新の追求に適した組織であり、日本の大学のそれぞれの特徴を生かした原子力研究の推進が望まれる。
 大型プロジェクトや実用技術を推進する側は心理的、戦略的に保守的になりがちである。それらの推進はもちろん重要であるが、それとは独立、分離した形で技術革新の推進を図るべきである。大型プロジェクトの推進により周辺の特徴ある研究環境が失われることのないように配慮するべきである。
 技術と科学はスパイラル的に発展する。科学のみならず技術や工学も重視してバランスの取れた研究開発を進める必要がある。
 原子力工学は工学と理学の境界に位置し、経験的工学革新の先兵である。学問や技術の革新はハード(設備)のみならずソフト(人材、利用運営体制)の整備と充実も必要である。大学では教育と研究は一体であり、学生は研究へ参画することにより知識が定着する。