加速器を用いた元素分析技術(PIXE法)の利用
と原子力工学の応用の普及

 

東北大学大学院工学研究科
量子エネルギー工学専攻
石井慶造  

1.はじめに
 現在、原子力工業の技術は、原子力発電の安全性、信頼性、経済性等の質的な技術開発の向上などの原子力発電それ自身に関わる技術開発にとどまらず、原子力技術の多様性を活かした応用技術開発とその高度利用化へと発展しており、医学、生物学、工学などの広い分野においてその応用の成果があがりつつあります。原子核・素粒子物理学の研究のために開発された加速器も、ミクロな粒子のエネルギーの制御とその利用という意味で、原子力工学の技術の一つであります。
 現在、加速器は、医療、工業から環境問題まで幅広く利用され、応用面では、益々の発展が期待されます。ここでは、加速器を用いた元素分析法であるPIXE法の利用を通じて、原子力工学の応用の普及および加速器を多くの人が利用できる方法について紹介したいと思います。

2.原子力工学の応用の普及のために役立つPIXE法
 加速器技術の進歩は著しく、全元素の原子のイオンビーム化、クラスター粒子のビーム化、RIビーム化、高エネルギー化、反粒子ビーム、高強度化、マイクロビーム化、カクテルビーム化などビームの質は非常に多様化されており、応用面においても非常に多様な利用方法が考えられるものと思われます。我々の生活をより豊かにするために、研究者だけでなく、一般の多くの人にこの多様なビームを役立ててもらいたいものです。しかし、いざイオンビームを利用するとなると、ある程度これについての素養が必要です。
 現在、一般の人々がイオンビーム科学に直接的にも、間接的にも触れる機会はほとんどありません。その理由は、一般の人が接しられるほど多く加速器が普及されていないことと、しかも放射線管理区域内にそれらがあることも考えられますが、イオンビーム科学が一般にそれほど容易に受け入れられるものではないので、教育の中でそれに関することがらが現れてこないことが主な原因ではないでしょうか。
 そこで、理系の人も文系の人も興味を持つようなイオンビームの利用で、しかも安全で誰でも使用でき、費用もそれほどかからないものがあれば良いわけです。このような要求に応えられるのが、粒子ビームを用いた元素分析法PIXEです。これは、小型加速器からの3MeV(300万電子ボルトのエネルギー)陽子ビームを非常に弱い電流で試料に照射し、そこから発生する特性X線を測定して、特性X線が各元素固有のエネルギーを持つことを利用して元素分析する方法です。この方法は、非常に感度が良く、ナトリウム元素からウラン元素まで、同時に、しかも非破壊で検出できます。自分の身の回りのものの中にどんな元素が含まれているかは、一般の人々の中でも非常に興味ある関心事の一つと思います。そして、このPIXE法は、図1で示すように、ほとんどの分野に応用できます。
 このPIXE法は、非常に小さなサイクロトロンを用いることにより、その装置は軽量、小型化できますし、非常に弱いビーム電流を用いますので放射線の発生は極めて低く、その装置は加速器より元素分析器の範疇に入れられるべきものと考えます。さらに低価格化も期待できますので、多数の研究教育機関への設置が可能です。各教育大学および教育施設に設置されれば、理系の学生に加えて文系の学生も利用でき、原子力工学の応用を直に経験することにより、将来、小、中、高等学校において彼らが教壇で原子力工学の応用に関する事柄を実体験をもって説明できる教育が期待されます。
 加速器本体の技術は、すでに述べたように、著しい進歩を遂げています。一方そのビームを応用するためのターゲット回りの技術開発は、比較的簡単にできるものもありますが、かなり根気強く研究開発を続けてやっと一般に利用できるようになるものも少なくありません。PIXE技術も20年以上前に技術開発がスタートし、その利用は大衆性をもっていたにも拘わらず、研究者だけに利用されていました。最近、PIXE技術も進歩し、これから紹介する「PIXEカメラ」は元素の空間分布を「画像」として提供する装置で、大衆に非常に受け入れ易く、簡単に利用できます。 ターゲット回りの開発研究は、加速器を用いた原子力工学の発展のためには、その促進が必要不可欠であることは自明です。しかし、ターゲット回りの開発研究は加速器本体と比べあまりにも多様性を有しており、企業での開発が難しいものが多く、その研究の支援の強化が必要と思います。

3.インターネットによる遠隔地からの加速器の利用
 現在、加速器の利用は、利用者が加速器施設に出かけて行って実験を行うようになっています。このため、利用者はかなり限定されます。ここでは、マイクロPIXEカメラを用いた遠隔地からの加速器の利用を提案します。
 マイクロPIXEカメラは、加速器とPIXE分析システムとから成り、イオンビームをミクロン以下に絞り、図2で示すように、ビームを走査させることにより、細胞などのミクロな領域の元素の分布を画像化するものです。現在、東北大学大学院工学研究科量子エネルギー工学専攻と日本原子力研究所高崎研究所TIARAとの原研・大学共同プロジェクトとしてのその開発が進められているものです。ここで、研究成果の一部を紹介します。マイクロPIXEカメラで撮られた牛の血管の内皮細胞内のカリウム、イオウ、燐、臭素の各元素の空間分布を図3,4に示します。イオウは、細胞全体に広がっており、カリウム、燐は核に集中していることがわかります。DNA合成に使われるブロモデキシウリジンを、細胞がいかにこの薬剤を取り込むかを調べるために、培養液の中に混入させました。図5は、臭素元素と燐元素の分布を重ねたものです。臭素はブロモデキシウリジン中のものであり、核内に局所的に取り入れられた様子がマイクロPIXEカメラによってよく観察されました。これは、抗がん剤のガン細胞の取り込み具合を調べるなどの医療への応用として今後おおいに期待されます。
 マイクロPIXEカメラは、元素分布画像を提供するものであり、利用者は画像を観察して判断しますので、必ずしも実験現場にいる必要はありません。そこで、インターネットによる画像データの転送による共同実験が可能になります(現在、東北大学と原研高崎研TIARAとの間で試みられています。)。従って、図6で示すような共同利用の形態が考えられます。患者を抱えて多忙な医者が、マイクロPIXEカメラセンターに試料を送り、遠隔地の病院で画像を観察し診断することができます。
 このような加速器の利用は、原子力工学の応用をより一層、一般に普及させるものであり、新たな加速器利用のありかたとして期待されます。