原子力委員会長期計画策定会議第四分科会
<未来を拓く先端的研究開発>
先端的研究開発に関わる諸問題
-基幹技術としての位置づけ、国際競争力の重視、中長期的ストラテジーなど-
上坪 宏道1.原子力基盤技術と原子力基盤研究施設
(1)原子力基盤技術
歴史的に見ると、「原子核(素粒子)の生成、励起、反応、壊変および高エネルギー放射線の発生と利用」に関わる研究開発は原子力の基盤となる研究開発であり、この研究開発を進める主要なツールとして加速器、原子炉が考案され発展してきた。その後、高温プラズマ発生装置の開発が進められ、また最近では高出力レーザーが高エネルギー放射線発生の新しい技術として注目を浴びている。ここでは原子力の基盤的研究開発の主要装置である加速器、原子炉、高温プラズマ発生装置および高出力レーザーに関する技術体系をまとめて原子力基盤技術と呼ぶことにする。
「原子核(素粒子)の生成、励起、反応、壊変および高エネルギー放射線の発生と利用」に関わる研究は、自然界の基本構造を極めたいという人類の知的好奇心による最先端の研究活動であり、時代の先端技術の粋を集めて発展し、次の世代の技術を生み出して来た。原子力開発を実用的なエネルギー生産に限定してとらえる我が国と異なって、欧米諸国では原子力基盤技術の開発とその利用を目的とした先端的研究施設の建設も、広く原子力研究の一環に位置づけている。現代の科学技術を支える大きな柱が原子力基盤技術である。(2)原子力基盤技術の特長
原子力基盤技術を特長づけるのは、(A)高エネルギー密度(B)制御性(C)総合性と(D)先導性である。原子力基盤技術に共通した(A)の特性を生かすためには(B)の制御性が不可欠であり、とくに信頼性の高い制御性が求められている。そのため、原子力基盤技術は常に最先端の要素技術を結集し、あるいは研究開発段階の技術を実用化して進歩してきた。この特長が(C)の総合性である。さらに、純粋基礎研究を主要な目的として開発されながら、基礎的・応用的研究から実用化研究に至る広い分野で先導的な研究開発に利用されている。この特長が(D)である。
原子力基盤技術は次世代の新技術を生み出す母胎になっている。(3)原子力基盤技術の4本柱
1920年代の終わりから1930年代に相次いで発明されたサイクロトロンなどの加速器は、原子核の研究に用いられるだけでなく、放射性同位元素の利用や放射線損傷の研究に試用された。その後、原子核・素粒子研究の進展につれて加速器が大型化すると、それとは別に多目的加速器が開発され、やがて二次粒子(放射光、中性子、ミュオン、RI)の利用も行われるようになって、科学技術の広い分野で基礎的、応用的研究開発に用いられるようになった。更にイオン注入、放射線照射、PETなど特定目的に最適化された加速器が開発され、その利用技術が実用化されている。こうして発展してきた加速器は、純粋基礎研究を目的とした先端的加速器(タイプA)、多目的・高性能加速器(タイプB)、専用化した実用加速器(タイプC)の3種類に分類することができる。
一方、原子炉関連技術は加速器とは異なった方向をたどって発展してきた。当初、RIや中性子の広範な利用を目指した原子炉施設が建設されたが、やがて実用的なエネルギー生産が中心になっていき、今日ではその重要性にもかかわらず、広範な分野での原子炉利用は中止に追い込まれようとしている。これは原子炉がその可能性を持っていないためではなく、様々な要因で生じた社会の反応によっている。
高温プラズマ発生および高出力レーザーは加速器や原子炉に比べるとまだ開発初期の段階にある先端的基盤技術といって良い。これらが加速器型の発展を遂げるのか原子炉型になるのかは今後の展開によるが、研究開発の進め方から判断すると、高温プラズマ発生装置は原子炉型を指向しているように見える。それに対して高出力レーザーの開発は多面的に進められており、初期の段階から多面的な応用が指向されていて、加速器以上に広範な応用が期待されている。2.基幹技術としての位置づけ
(1)基幹技術
現代の人類は高度に発達した科学技術の成果で構築された社会環境の中に生存している。現代社会を支える技術は、人類の生存そのものを支える環境に係わる技術から生活の豊かさを生み出す技術まで、多種多様であり重層構造を成している。この重層構造の基盤をなす技術が基幹技術である。20世紀後半になって、エネルギーや食料、様々な素材あるいは情報、健康など、高度に発達した現代社会の基盤的要素の生産、環境整備・向上に係わる科学技術が急速に発展してきた。基幹技術には、このような新しい技術を生み出す幅広い応用性と社会のニーズに迅速に対応する先導性がなければならない。また、現代社会の大きな特長の一つは、急速に展開される技術革新が社会通念を変え、社会思想など精神活動にも変革をもたらしていることである。基幹技術にはこのような影響力を有する場合が多い。(2)基幹技術としての原子力基盤技術
原子力基盤技術は原子力という重要なエネルギー生産の基礎になる技術であると同時に、自然界の基本構造を探るという最も基礎的な学術研究に不可欠な加速器技術も包含している。後者の場合、研究の進展とともに加速器の高度化が求められ、研究開発段階にある新技術を実用化する原動力になってきた。また、科学技術の広い分野で基礎的研究から応用的研究にまで利用されて、次の時代に先端技術へと発展するシーズを生み出している。(3)原子力基盤技術推進の必要性
高度に発達した科学・技術に強く依存して変化していく現代社会では、その発展の牽引力となるのは高い研究開発力と優れた技術的能力を持つ国である。ここでいう技術的能力は、ハード/ソフトウェアの高度な開発・製造技術、信頼性の高い生産技術を有し、その成果を柔軟に受け入れ使いこなす社会的能力である。我が国がこのような技術的能力を有する国になるためには、基幹技術の先端的研究開発も重要な役割を果たす。原子力基盤技術の研究開発は、21世紀の我が国が積極的に推進すべき重要課題である。(4)加速器技術およびその利用研究が社会に与えたインパクト
加速器分野ではこれまで開発段階にあった幾つもの先端技術を実用化させ、実用技術として成熟させて来た。その中には現代社会を大きく変えた革新的な技術も含まれている。以下に実例を挙げて、基礎的研究施設が先端技術の実用化に如何に寄与するかを示すことにする。
(A)加速器技術
加速器、特にタイプAの加速器が大型化、高性能化していく過程で進められた技術開発で、当時まだ基礎的技術開発の段階に合った超伝導技術、超高真空技術や高出力高周波技術などが実用化された。大量の高性能超伝導磁石や超伝導キャビティを最初に用い、また、10-8パスカルの大型超高真空チェンバーや数100MHzから数GHzの領域で高出力高周波システムを初めて実用化したのは、エネルギーフロンティアを目指した高エネルギー加速器である。
また、複数の加速器をシリーズに連結した複合加速器の制御には高度なコンピュータ制御が必要で、そのハード・ソフト両面での開発も大型加速器で最初に試みられた。重要な点は、基礎的研究段階にすぎなかった先端技術が加速器研究者による実用化を経て、広く社会で使われる実用技術に成熟したことである。
(B)加速器利用関連技術
大型加速器は実験に際して大量のデータを生産する。その処理のためには高速コンピュータが必要であり、加速器利用研究は大型高速コンピュータを実現する原動力の一つになっている。また、加速器ビーム軌道解析や複雑化した磁石・高周波空胴の設計等に開発された計算技術が今日の(シミュレーション)計算科学へと発展している。多様な放射線計測技術や高速エレクトロニクス・デジタル信号処理技術も加速器利用研究で開発された技術である。特にピコ秒までのパルス技術は加速器利用研究の進展とともに進歩してきた。ただ、フェムト秒以下のパルス技術は、最近のレーザー技術、とくに高出力レーザー技術の進歩に負うところが大きい。
(C)ネットワーク技術
高エネルギー物理学の研究は大型化した加速器で極めて複雑で大型の検出器システムを用いて行われる。実験に参加する研究者は数百人を超え、世界各地の多くの研究機関から集まっている。多数の研究機関や研究者の間の連絡を機能的に行うためにインターネットを、また、新しい情報伝達の手段としてworld-wide web(www)を世界的規模で実用化したのは、高エネルギー物理コミュニティである。
以上の事例に対しては、我が国の大型加速器は殆ど寄与していない。3.我が国における原子力基盤技術開発の進め方
(1)我が国の置かれた位置
我が国は長い間、原子力基盤技術に立脚した先端的研究開発では常に欧米先進国を追従するキャッチアップ型をとり、「効率的な2番手」の位置を占めてきた。原子力基盤技術の先端的研究施設の建設に当たっては、多くの場合、欧米で開発された技術を比較検討し、最も効率的で高性能のモデルを構築し建設してきた。しかし現在では、我が国は加速器、高温プラズマ発生装置や高出力レーザーの夫々において世界のトップグループに属する研究施設を建設しており、部分的には世界最高の施設性能を実現している。従って今後は先行するモデルのない、自らの手で新しいモデルを作る研究開発を進め、先端的研究施設を実現し、先端的研究開発を推進しなければならない。我が国が当面する最も重要な課題は、どのようにして2番手を脱却し、トップランナーへの転換を果たすかである。(2)トップランナーへの転換
トップランナーとして先端的研究開発を進めるには、(1)独創性(2)新規性(3)発展性(4)技能・技術の重視という4つのキーワードが重要である。(1)、(2)、(3)はクリエイティブな研究開発を進める時の判断基準である。一般的にいって、我が国の基礎研究で最も欠けていたものは、誰もしていない新しいことを優先させるという(2)の観点であり、その研究開発からどれだけ新しい研究領域が展開するかというのが(3)の観点である。
革新的な研究成果は、新しい試料の作成だけでなく、新しい実験装置や実験手法の開拓の結果として得られることが多い。むしろ後者がクリエイティブな研究の王道であろう。ところが最近の我が国では、実験は高価な市販品を購入して行えば良いとの傾向が強く、実験方法や測定に新しさを求める努力が欠けてきているように見受けられる。自分の手で新しい実験装置・手法を考案するように促すことが大切で、(4)は高度な「実験の腕」を評価する基準である。(3)トップランナーへの方策
クリエイティブな先端的研究開発を推進して、我が国の研究環境をトップランナーにふさわしいものに変えていく方策として、以下の諸点を挙げることができる。
(A)既成概念の克服
組織の壁を取り払い研究交流を更に流動化する。大学院の多様化、人事、予算など制度だけでなく心理的な面も含めた障害の除去、共同利用理念の変更
(B)トップランナー型の研究評価
新規性や発展性を重視し、失敗も評価できる仕組みに変える。「評価の専門家」をつくる
(C)研究予算の多様化
適正規模の競争型予算が、複数のチャンネルで得られるようにする
(D)技術系スタッフの強化と自前の実験技術開拓の推進4.国際協力と国際的競争
(1)原子力基盤技術開発研究における国際協力
原子力基盤技術の研究開発にはこれまでも国際協力で進められてきたものが多い。しかし核融合など幾つかの例を除いて、多くは少数の研究者の交流や大型研究施設の一部利用といったケースが多い。しかし、今後我が国が国際社会で重要な役割を果たすためには、国際協力をグレードアップする必要がある。
科学技術分野における研究施設の国際化には、
(A)本格的な国際協力の枠組みでの建設する大型研究施設
(B)国際的な地域研究センター、とくにアジア地区研究センター
(C)科学技術の教育・訓練センター
(D)共同利用研究施設の国際化
などが考えられる。(2)大型研究施設の国際化
純粋に基礎的な研究を目的として建設される研究施設(加速器についていえばタイプAとタイプBのうち大型施設)には、(A)国際協力でただ一つ建設すれば良いものと、(B)地域的な研究センターとして世界で複数の施設が建設される場合とがある。(A)の場合はまた、(A-1)各国が対等に協力して建設する場合と、(A-2)特定の国が主になって建設するが国際的な協力も得る場合とに分けられる。いずれにせよ、どの計画をどのような国際協力のフレームで建設するかを決める基準を作らなければならない。原子力基盤技術全体についての一般的な基準を考えるモデルとして、加速器計画の場合について検討する。
(A)世界センターの設置
この場合はタイプAの加速器計画に限られ、国が国際協力として計画を推進する方針を決定する。その場合、加速器計画の目標は明確になっているので、研究の意義や得られるべき学術的あるいは科学技術的成果は比較的評価し易い。しかしリスクの評価も必要で、さらにユーザーの数や推進当事者の研究分野の研究レベルの高さも評価に加える必要がある。これまで我が国では大型計画について厳密な意味での評価が行われた事例が少ないので、評価システムの確立が急がれる。
(B)国際的な地域センターの設置
これに該当するのは、大型放射光施設や中性子源となる大強度陽子加速器のような、タイプBで多数のユーザーが利用する多目的・高性能加速器である。この種の加速器施設では、どれだけ優れた成果を挙げられるかが計画成功を決める基準になるので、計画推進にあたっては
(a)世界の他の施設に比べてより優れた性能を幾つか持たせる
(b)多数の研究者の利用を図ると同時に、優れた研究への優遇措置
(c)産業界の利用に関しては、我が国産業の国際競争力を高めるという視点
(d)積極的にアジア地区の共同利用施設と位置づける
を実現するような方針をとることが肝要である。
我が国で国際共同利用の大型研究施設を建設した場合、多くの外国人研究者を迎えるための施設整備が必要になる。また、発展途上国の研究者に対する経済的支援や啓蒙などにも配慮しなければならない。(3)国際協力と国際的競争
我が国が大型研究施設建設の国際協力で成功するためには、そこで我が国の研究者が多くの優れた成果を挙げることにつきる。国際協力は常に国際的競争の場であるという視点を持つことが大切である。そのためには我が国研究機関の国際化を進め、研究活動の水準や評価基準を国際的なレベルに合わせる努力が必要であろう。5.中長期的ストラテジー
(1)我が国で原子力基盤技術の研究開発を推進する意義
原子力基盤技術に関わる先端的研究開発を進める意義として
(A)我が国における学術研究の振興と革新的技術の開拓
(B)原子力に対する社会の評価を前向きに変える可能性
(C)原子力に関連する技術の継承、開発と人材養成
(D)原子力基盤技術分野における我が国の産業技術力の強化
(E)我が国が果たすべき科学技術研究開発における国際貢献
などが挙げられる。
我が国では原子力をエネルギー生産の主要な手段として用いることに対して否定的な風潮が強い。しかし、将来の増大するエネルギー需要を賄う方策について明確な解決策は得られていないので、将来のエネルギー危機に備えて、原子力技術や人材を確保しておく必要がある。原子力基盤技術分野における先端研究開発の推進は、広い意味での原子力研究開発に従事する研究グループを増加させ、原子力研究の幅を広げて、より多くの人材の確保に貢献するであろう。(2)中長期的ストラテジーの考え方
原子力基盤技術の研究開発を強化して優れた研究成果を上げることは、我が国の原子力研究の幅を広げ、新しい人材を育成するための重要な要因である。そこで中長期的ストラテジーの策定に当たっても、基盤的な経常研究の重要性を認識し、その振興方策を採ることが肝要である。
我が国では現在、5年後から10年後ぐらいまでに完成すべき加速器、高温プラズマ発生装置や高出力レーザーなどの大型研究施設計画は、既に進行中であるか、研究計画が提案・公表されている。これらの計画を含めて原子力基盤技術の研究開発を図るには、(A)各分野毎に専門家による検討評価委員会を設置し、評価基準を定めた上で、複数の計画については優先順位を付けた評価を行う。(B)その評価基準としては
(a)計画の先端性、新規性および利用研究で期待される成果の発展性
(b)十分なR&Dや設計研究による計画の信頼性と妥当性
(c)ユーザーの数、これまでの研究成果、想定される利用方式の先進性
(d)優れた装置研究者・技術者およびインハウス研究グループの確保
が挙げられる。
また、(C)柔軟な運営ができる人材プール機関を設けて、技術系人材の育成と確保を図る。さらに(D)定期的に研究評価を行うシステムの整備が必要である。(3)人材育成と産業技術力の向上策
原子力基盤技術の振興に当たっては、優れた人材の育成と我が国の産業技術の向上が不可欠である。そのためには、
(A)世界最先端施設を我が国に整備する
(B)若い研究者・技術者に、新しい試みにチャレンジする機会を与える
(C)研究開発グループと企業の役割分担を見直し、技術移転を積極的に行う
(D)定常的に技術開発が行われ、新しい技術が実用化される機会を増やす
(E)人材の国際化
などの方策を採ることが必要であろう。(4)教育に対する配慮
我が国で問題になっている「若者の科学離れ」に対処するため、先端研究施設における教育活動を強化することが必要である。これまでSPring-8で行ってきた活動を参考にして、その方策を挙げると
(A)小学生、中学生対策
(B)高校生対策
(C)大学生対策
(D)社会人対策
がそれぞれ必要であるが、その詳細は別の機会に検討することになろう。









