大阪大学レーザー核融合研究センター中塚正大
1.はじめに(従来の先端技術開発課題設定と本報告の背景)
1)課題設定
従来より原子力長期計画において、基礎研究と基盤技術開発における研究領域として「各種ビーム発生と利用」は先端技術の重要項目と位置づけられ、継続した研究開発が実施されてきた。「ビーム」概念としては主に高エネルギー粒子ビームが注目され、その結果、加速器技術とその応用である放射光研究などの着実な発展を見た。
将来にわたって質の高い健康と人間的な生活を維持し、自然環境と調和の取れた社会の実現に向けて、21世紀の科学技術の新しい展開が求められている。このような社会を実現するためには生命・環境に関する深い理解が必要であり、効率の高いエネルギーの発生と利用、先端技術を応用した使いやすい技術システムとして小型化や効率化など、科学のさらなる進歩と先端的技術革新が必要である。レーザーはこのような革新を実現するためのキーテクノロジーと位置づけることができる。
2)今なぜレーザーか
レーザーは60年代にその基本原理が発明され、直ちに現存する各種レーザーの殆どが出現した。70年代にはレーザー科学は非線形光学を含め、実験と理論の両面から科学研究手段として一層発展した。80年代には産業応用への展開に備えてオプトエレクトロニクスとパワーフォトニクスの基礎的技術が蓄積され、この時期にレーザー核融合研究がその緒についた。90年代に至って、情報とエネルギー・医用と生命科学との関連を主として、産業化への取り組みが行われ、数兆円産業を生み出した。
とりわけ光通信と情報産業における進展は、我が国を光技術の分野において世界をリードする位置に押し上げた。次世紀は“光の時代”と言われ、新技術シーズとして更なる進展が期待されている。先端科学技術研究の一分野としてのレーザーの原子力分野への展開でも同様であり、超高強度レーザー科学、レーザー核融合、レーザー同位体分離、レーザー粒子加速、X線レーザー、その他における近年の進展は著しい。レーザー科学技術の急速な進展は、その応用分野の拡がりによって新しい展開の可能性を示しており、原子力分野においても、その研究展開について再構成を検討する時機が到来したことを示唆している。ますます高度化するレーザーを用いた高エネルギー流束と超高エネルギー密度状態の実現は、輻射と物質の複雑混合系をめざす原子力応用の進化の方向を示している。
3)レーザーの特徴と原子力研究
レーザー光が本性的に持っている最も著しい特徴であるエネルギー集中性は、今や原子内電場を凌駕するレベルに達する光電場の発生を可能とした。エネルギー集中性能が1019〜1020W/cm2を越える段階で、レーザーと物質の相互作用は相対論的非線形効果による質的変化を引き起こし、新学問領域“レーザーエネルギー学(Laser Energetics)”の新しい地平を拓きつつある。
さらにレーザーの周波数同調性は、そのパワー特性と相まって、同位体分離や群分離の科学の進展や放射能除染技術に象徴されるように、原子力基盤技術としてフロントエンドやバックエンド対策に直接の寄与可能な状況を作り出している。
これらの新科学技術領域は高出力レーザー工学と高エネルギー密度物理学の協調的進展の結果である。具体的にはレーザー核融合研究や光量子科学研究を中心として展開されてきた超高強度光学であり、また同位体分離や群分離技術、高エネルギーX線利用研究である。これらの研究の現状は、超高出力レーザー技術の展開が極めて重要であり、光と物質との相互作用研究の新規性を原子力研究領域に取り込み、未踏研究分野として新たに確立できる可能性と緊急性を明確に示している。
2.レーザー関連研究開発の現状
科学技術の革新に向けて、先進諸国ではレーザー科学研究の推進に力を入れている。高出力レーザーの開発に関して国際的な活動状況を見ると、まず高エネルギーレーザーシステムは核融合研究において突出しており、欧米各国などでは従来よりこの分野は強化されつつある。我が国は特にエネルギー開発を中心テーマとして独自路線を進んでいる。近年、米国とフランスにおいて超大型のレーザー核融合研究用のメガジュール級200ビームシステムを建設中である。
連続出力固体レーザーシステムに関しては、米国では数年前よりレーザー加工関係を中心に、大学・国立・民間研究所でレーザー開発と利用に関する高度な基礎研究がなされ、それをもとにベンチャー企業が次々と設立され、産業の活性化をもたらしている。現在、半導体励起高出力固体レーザー、レーザープラズマ軟X線源による縮小投影リソグラフィーなどの開発が大規模に進められている。98年には National Research Council が組織した「光科学技術委員会」によって、広範囲にわたる光科学技術分野に対する横断的支援の必要性が指摘され、研究基盤の強化が進められているところである。
ヨーロッパではエキシマーレーザー及び全固体レーザーを対象として、産業応用を目指して欧州共同開発大型プロジェクト“Laser 2000”が各国の独自性も保ちつつ推進され、比較的弱体であった欧州の光産業基盤が急速に強化された。近年、英・仏・独などの主要研究機関において高出力レーザー施設の強化策が採られ、さらに研究費や旅費の補助を積極的に支援することで、それぞれの装置の共同利用体制が構築されつつある。欧州域内の研究者の自由な往来が促進され、レーザー利用研究は非常な活気を呈している。
超短パルスレーザーによる超高強度レーザーの開発は、大きなエネルギーに寄らなくてもピーク強度を上げられるため、国内外において市販レーザーによるテラワットレーザー開発とその応用研究は、極めて活発化している。9月のフランスにおけるレーザー核融合関連国際会議(International Fusion Sciences and Applications)において数100件の論文が報告されている。わが国においても先進的ペタワット級レーザーシステムの建設と共同研究利用が期待されるところである。
3.新科学領域「高エネルギー密度科学」の出現
1)レーザー核融合研究とX線光量子応用研究
80年代初頭から大型化したレーザーは慣性閉じ込め核融合研究を格段に進歩させた。爆縮の概念はコアプラズマの温度(1〜5keV)及び密度(固体密度の1,000倍)において独立に実証され、点火と燃焼の実証段階に入った。MJ、MW級で高効率システムを必要とする炉用レーザー装置も設計に向けて基礎研究が着実に進み、10H動作での平均出力はkW級に及んでいる。
高温プラズマから発生するX線源はX線レーザーとしてコヒーレントで強度パルスの利用を可能とする時代に入った。X線レーザーの発振波長は投射レーザー光強度の増大につれて短波長化し、有機体 in vivo 観察に必要な“Water Window”( 2〜4 nm )まで、あと一歩に近づいている。放射光研究と平行して、材料科学、医療生体科学、計測学、その他において広範な応用研究の進展が期待される。
2)超短パルスレーザーの出現
集光性の高いレーザービームは核融合研究の発展を基礎として超大型化し、既に20年が経過した。更にチャープパルス増幅( CPA;Chirp Pulse Amplification )技術が発明され、広帯域発振チタンサファイアレーザーの出現とパルス圧縮技術の進展の結果、数フェムト秒の超短パルスレーザーが出現した。レーザー増幅系やパルス圧縮系の高度化によって、繰り返し動作可能なサブペタワットレーザーは実用時代にあり、ペタワットレーザーの実現に向けて研究は進展している。
集光エネルギー密度は原子内電場を凌駕する時代に入り、物質の瞬時における完全電離が可能である。また超高温プラズマ発生がもたらす噴出圧力は一億気圧に達し、太陽内部の超高密度状態をも越える物質密度の実現が地上で可能な時代を迎えた。
高出力ピコ秒ペタワットレーザーによる高速追加熱点火の概念によって、効率の高い高利得爆縮の研究が進んでいる。
3)高エネルギー密度物質の研究
高強度レーザーを物質に照射することにより、星の表面や内部でしか見られないような高エネルギー密度(高温・高密度)のプラズマを生成する事ができる。従って、星の進化などで問題となる輻射の輸送係数や状態方程式などが実験室で詳細に調べることができる。また、短パルスで発生する爆風波は超新星爆発後の数千年経った超新星残骸を数ナノ秒の時間に再現することが可能であり、関連した非平衡原子過程などの詳細な検証実験を可能とする。状態方程式実験は、最近活発になってきた惑星形成の物理に欠かせない要素である。
超高強度レーザーの電場の下では電子は相対論的運動となり、宇宙でしか観測されなかった相対論的プラズマの研究が実験室で可能となる。真空の破壊によって高エネルギー密度の電子・陽電子プラズマの発生も期待できる。また将来には、相対論的電子群から発生するガンマ線による光核反応を利用し、核廃棄物処理などへの応用も期待される。
高輻射場と高密度物質の科学新領域、「高エネルギー密度科学」の出現である。この分野はまさに原子力科学や電磁エネルギー科学の範疇を大きく進展させると期待されている。
4.原子力研究としての先進的レーザー開発推進の必要性
レーザー開発は、情報多機能化を指向する“低エネルギー超小型レーザー”とエネルギーとパワーを利用し高出力化と高効率化を目指す“パワーレーザー”に大別される。前者は通信・情報処理・計測などにおいて特に重要であり、情報化社会の実現に向けて活発な取り組みがなされている。原子力研究においても高度な環境計測や遠隔自動制御光源、その他の応用関連で関係を持っている。
パワーレーザーは、基礎科学から産業利用の広範囲な領域の基礎となるものであり、総合的科学技術政策として推進するべきものである。原子力研究においては、パワーレーザーの利用により、核融合エネルギーの開発、先進的放射線源の開発、高密度物質科学、物質構造解析、原子核科学など、未来を拓き未踏分野へ挑戦する先端的研究推進が可能となる。これらは比較的必要原資が大きく開発リスクも高いので、総合的かつ計画的な開発が必要であり、特に国としての戦略的取り組みが期待される。
従来から原子力研究施策では、原子力エネルギーと原子力科学に関する大型装置の開発とその利用に重点を置いて開発が進められてきた。先進的レーザーの開発は、大規模な財政的・人的投資を必要とするので、すでに大型プロジェクト実施に豊富な経験を有する原子力研究の一環として推進することが適当である。
パワーレーザーを中心とする先進的レーザーとして、先進的原子力科学研究の推進に適した高エネルギーレーザー、超高出力レーザー、X線レーザー、極超短パルスレーザー、超電導加速器自由電子レーザーなどを対象として、その特徴と、“見る・極める・創る”の視点から見た開発の意義を別表に示した。これらの先進的レーザーの開発と利用に重点を置いて研究を進めることは、これを牽引力として我が国の学術基盤と産業創成に寄与可能なパワーレーザー全般に関する技術開発と利用研究を一層推進することとなろう。
5.先端的研究開発のための計算科学の推進
1)計算科学の重要性
科学研究の基本的手法は実験と理論の帰納法的発展にある。これに計算科学を加えた三位一体の研究手法が時代の趨勢である。すなわち、古典力学、量子力学、統計・熱力学、プラズマ物理学などの基本的原理に基づき、シミュレーション技術を駆使して実験の予備的解析・仮説の検証はもとより、新現象の探索、新技術の設計開発などにおいて研究開発の効率化を図ることが可能となってきた。このような時代の流れに対応して、科学技術庁は平成7年度より計算科学技術の施策を推進してきたが、今後もこの研究開発のスタイルの浸透が一層求められる。
2)先進的レーザー開発における計算科学
未来を拓く先端的研究開発である加速器、核融合、レーザーなどの分野では、上記のような位置づけのもとで、実施すべき具体的な研究の絞り込みや実験が困難な複合現象の挙動予測のために巨大プログラムの開発が進められ、計算科学が広く実用に供せられている。
高強度レーザーと物質の相互作用、高エネルギー輻射の共存するプラズマ複雑系、3次元的に複雑な量子相互作用や複雑な流体運動などの研究において、実時間、実規模スケールの多次元シミュレーションを効率よく行うことが目標となる。また、シミュレーション結果の大容量データ管理や可視化技術も、超高速並列分散処理技術と同様に極めて重要となる。
6.原子力科学用レーザー関連の具体的課題(研究シーズとニーズ)
以上をまとめ、具体的な研究開発課題を列挙すると以下のようになる。
1)高エネルギー多ビームレーザーシステムの構築
レーザー核融合研究の一層の展開を図るには、出力100kJ以上の多ビームレーザーシステムを国内共同として準備する必要がある。
2)高ピーク出力レーザーシステムの構築
高度レーザーX線源研究の基礎を構築するために、単一ショット用ペタワットレーザーシステムや、高繰返しサブペタワットレーザーシステムを国内に展開し、広く研究に供することが望まれる。
3)高エネルギー光学基礎技術開発
関連する研究者群をネットワークしたパワーフォトニクス用光学基礎技術研究集団を構成することが効率的である。特に高出力半導体レーザーと新レーザー材料、非線形光学技術と新生レーザーシステム工学を駆使した全固体化レーザーシステム構築に向けた研究が重要である。
4)高エネルギー密度科学の新領域開拓支援
プラズマ物理学、レーザー工学を中心に、新科学研究領域を構成する宇宙天文学、高エネルギー材料学、材料加工学、半導体工学、電磁計測学、その他を中心的研究拠点の周囲にネットワークする必要がある。
5)超高温・超高密度物質の複雑系数理科学の基盤整備
地球物理学、環境科学、気象学や宇宙天文学、その他と同様に、電磁流体力学、原子物理、輻射物理学、状態方程式など広範囲の知見を多次元でシミュレーションに適応するためには、相応した複雑系計算科学を支援するハードウエアを設置し、諸研究のネットワーク作りが不可欠である。
6)原子力関係の高エネルギーレーザー産業応用
エネルギーレーザーの応用は5-50kW出力のレーザーをエネルギー源として、材料加工、物質改質などで電子工業、機械工業、自動車産業、建築土木産業などで既に多用されている。さらに宇宙エネルギー長距離伝送、遠隔レーザー推進、宇宙デブリ除去、原子力関係では遠隔モニターの他、熱交換器細管のロボット修復、廃炉における除染作業、ウラン同位体分離、高濃度放射性物質の群分離と消滅処理などが話題にあがっている。産官学の共同研究の構築の支援が必要である。
7.研究体制
1)関連する組織
先進的レーザー開発とその利用を推進するためには、中核的研究機関(群)が必要である。原子力研究として関係研究機関の現況を見ると、科学技術庁関係では日本原子力研究所関西研究所の光量子科学センターが発足し、文部省関係では大阪大学レーザー核融合研究センターや電気通信大学の新世代レーザー技術研究センターが改組された。またレーザー科学ネットワークの構築に向けた調査研究(文部省科学研究費総合研究)が進められてきた。
通産省関連ではフォトン計測・加工技術プロジェクトなどのもとにフォトンセンターなどが設置され、高出力レーザーとその応用に関して研究が進められている。またエネルギー庁の支援で電力関係企業によってレーザー同位体分離の研究に高出力レーザーの応用が進められている。
2)研究拠点の確立
新しい文化の創造と科学技術基盤の確立は、多様な分野の人の自由な往来と交流が不可欠である。従来の各種研究拠点を、重要な研究課題を中心に省庁横断的に見直し、大学、国公立研究所、民間の研究機関が協力できるように、一層開かれた中核的機関を指定し、ネットワークを構成することが望ましい。
高出力レーザー分野では、光量子科学研究センターを実用的レーザー開発・利用に関する研究拠点とし、大阪大学におけるレーザー核融合研究、電気通信大学における新世代レーザー研究と協力・分担して研究を推進し、総じて基礎科学と応用分野の開拓に先導的な役割を果たせる。
なかでも関西研究所光量子科学センターはネットワーク拠点に成り得るし、大型レーザーシステムを設置するとともに、各所で先進的レーザー開発を進め、全体として新しいコンセプトを生み出せる創造的研究の実施のため、国内外に広く開かれた研究ネットワークを運営することが可能である。
3)人材の育成
レーザー関連研究の人材育成のために、大学・大学院にレーザー・光科学を対象とする教育・研究機関を設置することが望まれる。これらの教育機関と大規模装置を有する研究機関との連携を図ることで、教育と研究の両面で大きな成果を生み出せる。
4)産官学の協力と国際交流
多様な分野の研究者の幅広い交流を促進するために、産官学および国際的にも開かれた研究運営を行う。研究成果の早期実用化を図るため、発明者の権利を確保しつつ開かれた研究を実施できる仕組みを構築する。
8.まとめにかえて
近年のレーザー科学技術の広範な発展は、高出力・超高強度レーザーシステムのもつ可能性を原子力科学へ展開すべき時機の到来を告げている。
原子力科学技術政策にとって、高エネルギーレーザー開発と高密度物性研究領域の新たな展開は必要不可欠であり、かつ実り多い課題であると考えられる。数多くの先端的未踏分野への挑戦は、それらが学際的であり総合的であるがゆえに、他方においては必然的に新産業領域を育てずにはいない。
これらの学際的分野の人材養成を含め、新研究領域の展開を研究拠点で展開可能とし、従来の関連研究機関を組み込んだ研究ネットワークで総合的に推進することが望まれる。実用的大型レーザーシステムの産官学共同利用を原子力関連研究組織においても実現し、比較的リスクの多い産業分野の新技術開発については、従来の光技術の各種分野の先導性をきめ細かく支援することによって、新産業創成へと導き発展させることが肝要である。
