1.中性子の特徴
中性子はX線と相補的であるとともに、「見る、極める、創る」という観点から、極めてユニークかつ有効な探索子である。中性子の特徴を概観してみると、中性子は水素等の軽い原子や、物質の磁気構造、そして原子や分子の運動状態を見ることができ、また、中性子は現代の錬金術師であり、核変換で新しい元素を創造することのできる粒子である。このような特徴を有する中性子は、伝統的には研究用原子炉、そして最近は大強度陽子加速器により発生され、中性子散乱による生命科学、物質科学への寄与、ラジオグラフィ、即発ガンマ線分析、放射化分析、医療照射、未来型原子力システムとしての消滅処理、RI製造、燃料・材料照射に利用される。
2.21世紀の生命科学、物質科学への寄与
生命科学は21世紀の最も重要な科学の一つと云われる。X線により決定されたタンパク質骨格構造は特許の対象になり、知的情報の独占が可能になる時代である。最近、ヒトゲノムの完全解明を目前にして、DNAのゲノム情報だけからタンパク質の3次元骨格構造をコンピュータシミュレーションで解き、タンパク質の機能を解明する構造ゲノム科学が注目されるようになってきた。しかし、現実はタンパク質の水素や水和構造がX線では決められていないため、構造ゲノム科学は行き詰まっている。これを解決してくれるのが、タンパク質の水素や水和構造を決められる中性子である。中性子回折散乱は構造ゲノム科学を推進する有力な実験手法であり、これにより、抗生物質、坑ガン剤などのドラッグデザイン、畜産繁殖障害の問題、遺伝子組替食品の開発とそれの生体への影響解明、アルツハイマー病の解明、環境ホルモンの生体反応に及ぼす影響解明など、その応用範囲は広い。
物質科学においては、物質の構造やダイナミックスを中性子散乱によって非常に広いエネルギー・運動量空間にわたって究明し、その物性を明らかにすることによって、新しい物質や材料の創成が期待される。例えば、複雑系物質の研究においては、そのマクロ構造、自己組織化や協同現象の複雑さを物理的に単純化して理解し、生体模倣材料、食品、薬品などの開発の基礎を提供する。新機能性物質の研究では、磁気構造、磁性、エネルギーレベルなどの解析を極めることにより、新しい物理概念の創出や新材料・電子デバイスの開発を行う。また、工業材料の研究では、内部深くに発生する残留応力を解析することができるので、各種材料の強度や余寿命、健全性を内部から診断する。このように、中性子は生命体や物質の特性を微視的に解明して、その利用を図ることによって、社会生活をより豊かに、より安全にする。
3.加速器駆動核変換(消滅処理)システム:
長寿命放射性廃棄物を大幅に消滅低減する有力な選択肢として、大強度陽子加速器を用いた核破砕中性子を駆動源とする核変換システムがある。ここでは、核変換処理により、例えば500年後に、放射能毒性を核変換処理をしない場合に比べて1/200に低減できることが示されている。この魅力的なシステムの実現に向けた開発の取り組みとして、概念検討選択肢の技術的評価、実験よる技術開発、その後、システム実証・実用プラントへと進む。この取り組みの中では、先端技術として、超伝導陽子線型加速器技術、ターゲット技術を極め、高出力、高信頼性、高効率の中性子を利用した、様々な、工学的利用を促進させること、社会的には、原子力の負荷を緩和して社会的受容性を向上させる大きな意義がある。このようにして、21世紀の原子力エネルギーの究極のあり方を与える自己完結システムを創ることを目指す。
4.大強度中性子源計画
このように中性子は21世紀に不可欠の探索子であるにも拘わらず、現在の研究用原子炉の耐久年数を考えると、西暦2010〜2020年の間に中性子源の能力は現在の1/3以下になり、自然科学の中での中性子科学の地盤沈下は救出不可能な状態になる(最近、これを称して中性子ギャップ(中性子源不足)という)ことは明白であり、世界的なレベルで回避する措置を取らねばならない。これは日本においても同様であり、21世紀の中性子利用研究を推進するために、日本原子力研究所と高エネルギー加速器研究機構は共同して,大強度中性子源の建設を計画している。この計画では、超伝導リニアックと陽子シンクロトロンからなる大強度の陽子加速器とその陽子ビームを用いた大強度の核破砕中性子源を中心として、中性子散乱実験施設と消滅処理基礎実験施設を主な研究施設として考えている。
これにより、これまでよりも2桁強力な中性子ビームを供給する。この大強度中性子源は、米国、欧州と並ぶ世界3大中性子源計画の一つとして、OECDメガサイエンスフォーラムでも次に建設すべき計画として取り上げられている。この施設が完成すれば、アジア・オセアニア地域の中性子科学研究の拠点として、生命科学、物質科学そして未来型原子力システムを始めとして、21世紀に生きる人類が豊かな生活を営むのに大きな寄与をすることが期待できる。





