平成12年4月19日
榎  本  聰  明

日本のエネルギーセキュリティ確保の在り方

1.はじめに
 原子力はエネルギーセキュリティ上重要である、という議論が多くの場でなされてきている。第二分科会での「エネルギーとしての原子力利用の在り方」の議論でも、このエネルギーセキュリティをどのようにとらえるのか、が重要なポイントの一つであると考えられる。ここでは、これまで議論されてきた原子力の位置付けに関連して、日本のセキュリティ確保のあるべき姿について私見を述べさせて頂きたい。

2.セキュリティ確保の考え方
(1)セキュリティとは
 そもそも「セキュリティ」とはどのようなことをいうのであろうか。辞書を紐解いてみると、セキュリティには安全確保、保障、保安、保全、防護、などの意味がある。
 我々が普通、「エネルギーセキュリティ」という時、それは将来のエネルギー安定供給確保についての総合的な危機管理の在り方をさしているのではないか、と私は思っている。エネルギーはどの国にとっても国民全員にとっての必需品であって、各国でも国を単位にそのセキュリティ確保の戦略が検討されてきた。エネルギー資源も市場を通じて調達が可能である、という側面を有するほどにコモディティ化した、という意見もあろうが、一旦国際的な紛争などが発生すれば、エネルギーの交易上の障害は依然として国を単位として発生する性格を有するものであると言える。従ってそのセキュリティ確保の方策、危機管理方策も国を単位として検討すべき政府の主要任務である、ということができよう。

(2)市場を前提としたエネルギーセキュリティの在り方
 市場メカニズムによってできるだけ効率的な社会を実現しよう、という潮流の中で、世界各国が国際的な市場を通じてもっとも効率的と思われる方法でコモディティの調達を図る、という競争市場の姿が多くの場面で見られるようになっている。電力を含むエネルギー市場においても自由化が進みつつある。その中で、エネルギー供給にかかるセキュリティ確保の方策として、我々は何を考えておけばよいのであろうか。私は2つの視点が必要であると考えている。

a.短期的セキュリティ
 一つ目は、短期的なセキュリティとでも呼べるものである。例えば、資源保有者のカルテル結成、あるいは地域紛争の勃発などによって、市場が一時的に擾乱されて、エネルギーの供給量が減少する、あるいは価格が高騰する、というようなケースが考えられるだろう。特にエネルギーのような必需品は、ごく僅かな供給不足が大きな価格上昇を引き起こす、とされている。最近では投機的な資金の流入がこの傾向を更に強めている、とされる。このような状況が発生した場合、その影響の大きさはその国がどのようなエネルギー源をどのように調達していたか、によって大きく異なることになる。そのような状況を想定しても、その国の国民が大きな不利益を被ることがないように日頃から措置を講じておくことは、一国の政府が果たすべき重要な役割であって、政策を決める際の重要な課題として扱うべきものといえよう。
 しかし、このような供給上の問題が発生するとしても、それが長期にわたって続く、ということは昨今の世界情勢を見れば考えにくいだろう。従って、これへの対処としては、本来の市場の需給バランスから決まるはずの価格、供給量からの一時的なずれをいかに吸収するか、がポイントとなる。

b.長期的セキュリティ
 二つ目はより長期的なセキュリティとでも呼べるものである。化石燃料エネルギーが過去数千万年から数億年もかけて自然が作った蓄積を食いつぶしているものである以上、その有限性は確かなものであろう。今後の開発途上国の人口増加、経済成長を考えるなら、化石燃料資源は徐々に条件の悪いものを採掘せざるをえなくなり、長期的に見るなら、必ずその価格は上昇すると考えるのが自然である。
 その時に資源を持たない日本が必要とする資源を大きな負担なく調達できるかどうか、はその時点の世界市場の中で日本のもつ購買力が十分であるかどうか、によっている。エネルギー価格が上昇し、それに見合うだけの国力、経済力を我々が維持できなければ、これまでのような豊かさ、先進国の地位は維持できない、ということになる可能性が大きい。化石燃料価格の上昇がいつどのようにおきるか、については大きな不確定性がある。しかし、このような長期的なエネルギー価格の上昇、あるいは国の経済力、購買力の変化などに対して、不確定性を前提として今打てる手を打っておくことが必要であると考えられる。

 また、地球環境問題はもう一つの条件を我々に課しつつある。仮に化石資源があったとしても地球環境問題上、それが使いづらくなる可能性もあり得よう。

 このような市場環境の長期的な変化に対するセキュリティをここでは長期的なセキュリティと呼ぶことにしたい。

 これへの対処は、将来は不確定であることを前提にした上で、将来に向けてどれだけ選択肢を準備しておけるか、がポイントになると思われる。

3.エネルギーセキュリティ上考慮すべき条件と日本の特徴
 このような短期、長期のセキュリティ確保の方策を考える上で、我々が考慮すべき条件にはどのようなものがあるだろうか。
 まず、地政学的な条件をあげることができる。天然資源が地球上に偏在しているものである以上、その国が位置している場所、周辺状況は考慮すべき重要な点である。日本は、島国である上、その位置する東アジアにはエネルギー資源が乏しい。また電力系統も海外と連係はとられていない。
 エネルギー消費量も大きな要素である。我が国は工業国であってエネルギー消費量も大きい。日本の人口は世界の2%だが、エネルギー消費量は5−6%にもなる。
 これにもかかわらず、国内の化石エネルギー資源量は極めて限られており、ほとんどを輸入に頼っている。
 このエネルギー資源を調達する外貨は、我々の産業が作りだした工業製品を輸出することで賄われている。
 また、我々は平和国家を目指している。
また、環境問題についても、特に都市部ではエネルギー消費密度が高く、環境問題に対する国民の意識も高い。

 これらを踏まえた時、我々が目指すべきセキュリティ確保の方策はどのようなものになるのであろうか。

4.セキュリティ確保策
 短期的なセキュリティ確保のためには、エネルギー源を適切に組み合わせ、いろいろな事態が発生してもできるだけ安定供給できる構成としておく必要があるだろう。  また資源をいろいろな地域から調達するなど、供給源を多様化することも重要である。この際、できるだけ政情の安定した国からの輸入を増す努力も必要であろう。
 また、ある量の資源を国内に備蓄しておくことも必要である。

 長期的なセキュリティの確保のためには、それが将来の不確定性への備えであることから、様々な状況を考えてできるだけ選択肢を増しておくことが重要である。特に資源を持たない我々は、エネルギー関連の技術開発を行って技術でエネルギーを確保する努力が必要である。また、我が国の経済力、その源となる技術力を維持しバーゲニングパワーを保っていくことが重要である。このような技術セキュリティという視点も我々にとって欠かすことができない。

 このようなセキュリティ確保策は、条件が異なる国ではその内容も当然異なるものであって、日本にとって何が望ましいのか、という視点から考える必要がある。

5.原子力:短期的セキュリティへの貢献
 このようなセキュリティ確保という観点から原子力を見てみたい。

(エネルギー源の適切な組み合わせによる安定供給)
 これまで我々はエネルギー資源の多様化を図り、いわゆるベストミックスを形成するよう努力してきた。電力供給源の多様化度をあらわす多様化指標、という値があるが、日本の電力供給の多様化指標は1.55とOECD諸国の中でもっとも大きな値となっている。これは、石油危機以降、ガス、石炭など火力燃料の多様化を行ってきたことに加え、原子力を有意な量確保して、エネルギーポートフォーリオをバランスよく形成してきた政策が正しかったことを意味していよう。
 また原子力は燃料費の割合が低く、資源価格上昇に対する感度が低い上、一旦原子炉に燃料を装荷すれば1年間は運転ができる、という特徴がある。

(資源供給源の多様化)
 ウラン鉱石は輸入に頼らざるをえないが、我々はカナダ、イギリス、南ア、豪国、仏国、米国など各国からウランを輸入しており、その供給国の政情は安定している。
 これに対し、日本の原油輸入の中東依存度は近年また上昇傾向にあり、1998年実績では86.2%にもなっている。

(備蓄)
 原子力はそのエネルギー密度が高く、ごく僅かな燃料から多量のエネルギーを抽出することができる。このため、備蓄性に極めて優れている、という特徴がある。現在国内の濃縮工場や燃料加工工場などフロントエンド関連施設は国内の軽水炉発電所を約2.7年動かすのに十分なウランをフローストックとして持っている。これは石油換算で約2億3千万KL相当のエネルギーを備蓄していることになる。特段備蓄を意図することなく通常の工程の中にこれだけの燃料を保持しえるエネルギー源は化石燃料にはない。ちなみに、日本では国家、民間それぞれが約5,000万KL、合計1億KLの石油資源を備蓄しているが石油備蓄のための平成12年度予算は年間約3,100億円である。

6.原子力:長期的セキュリティへの貢献

(選択肢多様化、技術によるエネルギー確保)
 世界エネルギー会議(WEC)によれば、資源ベースでみて、ウランの資源量は260Gtoe、在来石油資源のそれは295Gtoeである。このようにウランの資源規模は在来石油資源に匹敵しており、原子力は資源量の大きなエネルギー源であるといえる。またWECによればこの資源量はFBRによって15,540Gtoeとなる、とされている。また、原子力は資源依存度が低く、かつ発電の過程でCO2発生がない。有意な量の原子力を今後とも保持することで将来の化石燃料の価格上昇や地球環境問題の深刻化解決の選択肢を確保することができる。

(国の技術力、経済力維持)
 原子力は技術エネルギーであって、その燃料費は全体のコストの2−3割程度である。また海外に依存している部分はさらに小さく、ウラン鉱石など全体の1割程度に過ぎない。そのコストの9割は国内産業に環流し、大きな経済効果を呼んでいる。原子力は準国産エネルギーと呼べるものといえる。
 また、原子力は関連する分野も広く、それによって裾野の広い産業が構築されている。  資源がなく、技術創造立国をしようとしている日本にとって、このような技術によるエネルギー開発は、技術開発自体が及ぼす効果そのものと、それによってもたらされるエネルギー双方からなる、二重のものということができる。
 原子力の経済性については既に多くの議論がなされているが、化石燃料と比較しても遜色ない経済性を達成できる、との評価が示されている。
 原子力は国の技術力、経済力の維持に貢献できるエネルギー供給力であるということができる。

7.原子力を長期的な選択肢とするために
 ウラン資源もまた有限ではあるが、リサイクルによって利用可能なエネルギー量は飛躍的に大きくなる。この原理については既に各国のFBR、我が国の常陽などで確認されている。しかしリサイクル技術は技術開発を行ってはじめて利用が可能となるものでその技術の規模、性格からそれに要する時間も大変に長い。原子力は誰でも使いたいときにすぐ使えるエネルギー源ではなく、長期にわたる準備を経て実用が可能となる時定数の長い技術であると言える。よりよい技術を目指して着実な研究開発が必要であるといえる。
 なお、研究開発への取り組み方について、リサイクルは技術開発のみでよい、再処理工場は不要、との意見もある。しかし再処理工場などサイクル関連施設は15年あるいは20年に一度しか建設が行われず、その経験を次の世代にフィードバックするには何十年もの期間を要する。このような施設については、実用規模での技術実証を通じて着実な技術改良を加えていくことが必要であると考えている。
また原子力エネルギーの用途についても、一次エネルギーの中に占める割合は小さい、との意見もある。現在、輸送用などにはより使いやすい化石燃料があり、原子力を活用する必要性がないためそのエネルギーは軽水炉による発電のみで活用されている。しかしこれが原子力エネルギー利用の唯一の方法ではない。将来化石燃料の価格が上昇するなら、熱利用による水素製造、メタノール合成などを通じて分散電源や輸送用動力などにも利用される可能性がある。今の利用形態は原子力のもつ力のほんの一部を利用しているに過ぎず、潜在的にはより大きな能力を有するエネルギー源である。

8.まとめ
 これらの観点から原子力開発利用はエネルギー安定供給確保を目指した総合的危機管理上有効であって、原子力オプションを今後も維持するべく政府が以下を目的として諸施策を取っていくことが望まれる。

(1)既存原子力発電の着実な運転管理
(2)今後のエネルギー需給計画において、原子力を含んで適切な供給源割合を維持
(3)よりよいシステムを目指してリサイクル技術を経済合理性に配慮しつつ取り入れて資源循環社会にふさわしい姿に変貌
(4)長期的観点からより高度のリサイクル技術の研究開発の実施

 既に今年の3月から電力市場の一部自由化が行われており、この制度の検証が3年後を目途に行われることとなっている。このような今後の検討に際しては、それと並行してセキュリティなど公益確保に係る必要事項を明確にして適切な施策を採っていくこと、そして役割分担を明確にした上で民間活力を活かし、かつ原子力の特徴を踏まえた枠組みを検討していくことが必要であると考えている。今後更に21世紀を見通した我が国のエネルギーセキュリティのあり方に関して幅広い議論が行われていくことを期待したい。

以上