1.はじめに我々は、日常生活において様々なリスクを受けながら生活している。あらゆる活動は何らかのリスクを伴うとも言える。従って、リスクがあることを認識し、それを評価し、管理することが大切である。
原子力施設のリスクを管理するうえでは、リスクが十分低いように設計することが基本である。しかし、設計基準を超えるような事故に対しても、原子力発電所等については確率論的安全評価(PSA)により、残されたリスクの評価を行って設計の余裕を確認したり、PSAの結果を参考に、そうした事故に対する対応策(アクシデントマネジメント策)を整備して、リスクを一層低減する努力が行われている。公衆にリスクを及ぼしうるような事故は、軽水炉の場合は炉心が損傷するような事故(シビアアクシデント)が発生し、しかも格納容器の損傷に至るような場合である。シビアアクシデントはプラントの中で望ましくないトラブルが起きたときに、その拡大を抑制する幾つもの安全系が作動失敗することによって起きる。シビアアクシデントの引き金となるトラブルとしては、軽水炉では、1次系配管の破断により冷却材が喪失する事故「LOCA」や、電源喪失などの「トランジェント」があるが、それらの拡大を防止する安全設備が多重に整備されているので、通常はそれでくい止められる。リスク評価では、引き金となるトラブルと安全系の故障の組み合わせで事故のシナリオを分類し、それぞれのシナリオによって炉心の損傷あるいは格納容器の破損がおきる可能性を定量評価する。その結果として、原子力発電所のリスクはどれほどか、またその主要な寄与因子は何かが分かる。
リスク評価の結果は、炉心損傷事故や格納容器破損事故の年あたりの発生の確率(発生率)、周辺に住む人が生命を失う年あたりの確率(死亡リスク)等として表現される。リスク評価から重要な事故シナリオに関する理解が深められたことも重要である。こうした知見は、効果的な安全対策の選定やより一層合理的なリスク管理に役立つものである。2.リスクの評価結果
原子力発電所のPSAは各国で実施されており、我が国では、原研、原子力機構、サイクル機構、産業界等で研究開発がなされ、さらにアクシデントマネジメントを整備するための参考として全原子力発電所について設置者である電力会社が実施した。以下原研の結果を基に説明する。
次図は、原子力発電所の事故で我々が生命を失うリスクの評価例を病気やけが等の日常的なリスクと比較したものである。この図には、各プラントの炉心損傷事故及び格納容器破損事故の発生率と公衆の発がん及び急性死亡の死亡リスクが示してある。我が国では、まだ環境影響の評価はなされていないので、原子力発電所のリスクについては、米国原子力規制委員会の5基のプラントでの評価NUREG-1150報告書の結果を不確実さの幅を持たせて表示している。
図 原子力発電所のリスクと身近なリスクとの比較 一般に我々は年間百万分の1(10-6)程度のリスクになると気にしなくなると言われるが、それは自然災害や不慮の感電による死、動物による刺傷等のレベルである。
原子力発電所の炉心損傷の発生率は10-4から10-6の領域、周辺公衆の死亡リスクは10-7より大幅に低い領域にあり、炉心損傷の発生率と死亡リスクの数値の間には、3桁から4桁の開きがある。
我が国の条件で環境影響の評価を行ったとすると人口が米国より稠密であることなどの条件も考慮する必要があるが、それでも年あたり死亡リスクが10-7より大幅に低い領域にあることは変わらないと考えられる。
上に示した炉心損傷の発生率は原研の研究での一例であるが、原子力機構や産業界でなされた結果について報告されている値は10-6または10-7のオーダーにあり、同様の領域にある。さらに、我が国では、シビアアクシデントのリスクの一層の低減を目指して、原子力発電所設置者の自主的な努力としてアクシデントマネジメントの整備が進行中であり、炉心損傷の発生率は現在ではさらに低くなっていると思われる。3.まとめ
- PSAにより原子力発電の定量的なリスク評価がなされつつある。
- リスク評価の結果は、評価に含まれない事象があること、解析モデルに不確実さがあること等を考慮して解釈する必要があるが、エネルギー源選択や安全に関する議論の材料として利用し得る。
- これまでのリスク評価結果は、原子力のリスクが他の身近なリスク要因と比較して極めて小さいことを示している。