第一分科会報告書

国民・社会と原子力

 

 

 

 

平成12年5月31日
原子力委員会
長期計画策定会議 第一分科会

 


目  次

 

はじめに

Ⅰ.文明と原子力
 1.文明の発展
 2.人類と原子力
 3.我が国にとっての原子力の意義・役割

Ⅱ.国民・社会と原子力の調和
 1.国民・社会と原子力
 2.安全確保のあり方
  (1)JCO事故で提起された問題
  (2)安全確保の基本的考え方
  (3)安全確保への具体的取組
  (4)原子力防災への取組
 3.国民の信頼感、安心感の確保に向けて
  (1)不信感の要因
  (2)信頼感の確保に向けて
  (3)不安感の要因
  (4)安心感の確保に向けて
 4.国民の信頼と安心の確保のための具体的取組
  (1)情報公開と情報提供
  (2)教育の在り方
 5.政策決定のあり方
  (1)政策決定のあり方について
  (2)原子力政策決定に関する現状と今後の課題
 6.国、地方自治体、事業者等の関係のあり方
  (1)原子力施設の立地手続と地方自治
  (2)原子力施設の立地をめぐる状況
  (3)消費者としての国民の理解の上に立った立地
  (4)立地住民の不安や不信への対応
 7.立地地域の主体的な発展に向けて
  (1)立地地域の現状
  (2)主体的な発展に向けて

座長所感

 

参考資料

参  考


はじめに

 第一分科会は、国民・社会と原子力に関する事項についての調査審議を行うため、1999年7月に原子力委員会長期計画策定会議の下に、設置された。分科会では、1996年から行われた原子力政策円卓会議の議論も参考にしつつ9回にわたる審議を行ったが、この間、(株)ジェー・シー・オーウラン加工工場における臨界事故(以下「JCO事故」と言う。)が発生し、国民・社会と原子力に関する審議を行う第一分科会としては、責任の大きさを再認識した。
 本分科会では、以下の観点から審議を行った。

 第一に、人類の文明を展望し、原子力が、その中でどの様な役割を果たし、可能性を持っているのか、特に、我が国における原子力研究開発利用の意義・役割について検討を行った。(「文明と原子力」)

 第二に、我が国にとって、原子力を推進する意義・役割があるのであれば、安全確保と国民の信頼感、安心感の確保を行うことはそのための大前提であり、原子力に対する国民の不安や不信の原因分析と取り組むべき課題について検討を行った。(「安全確保の在り方」、「国民の信頼感、安心感の確保に向けて」)

 第三に、原子力政策のみならず、政策に対する透明性の確保や国民参加の在り方が問われている中、今後の原子力政策を決定するに当たって、国及び国民の行うべきことについて検討を行った。(「政策決定の在り方」)

 最後に、これらの点を踏まえた上で、原子力研究開発利用を推進するに当たっては、現実に原子力施設が立地する地域との共生が不可欠であり、そのための国、地方自治体、事業者等の関係の在り方や立地地域の主体的な発展に向けての検討を行った。(「国、地方自治体、事業者等の関係の在り方」、「立地地域の主体的な発展に向けて」)

本報告書は、これらの検討結果を踏まえ、分科会としての考え方を取りまとめたものである。

 

Ⅰ.文明と原子力

1.文明の発展
 (科学技術と人類文明)

 人類の歴史は、農耕に始まる文化の進歩によって展開してきた。火の発見と利用は、人類が外敵から自らの身を守り、日々の生活に必要な衣食住を確保する上で大きな役割を果たしてきた。その後の18世紀に始まる科学技術の進歩は、住環境、医療、交通、通信、産業等、あらゆる分野において、多様な活動を大規模かつ広範に展開することを可能としてきた。特に、産業革命以降の経済活動の急速な発展と交通手段の進歩による地理的距離という制約の克服は、今日の豊かな生活と繁栄をもたらすに至った。
 このような文明の発展は、エネルギーによって支えられてきた。火の利用や、家畜の利用、水車・風車の発明を経て、18世紀の石炭による蒸気機関の発明は、従来の手工業から紡績や製鉄、化学産業といった大規模な産業の発達を生み出した。特に第二次世界大戦以降の石油等の化石燃料の大量消費は、電化の進展や自動車の普及等をもたらした。
 科学技術は、情報、生命、量子の領域などで、近年においても、引き続きそのフロンティアを拡大し続けており、人類共通の知的財産として、今後の人類文明の更なる発展の基盤となることが期待されている。
 一方で、近年の科学技術の発展は、後述するように人類の生存を脅かしたり、人間の尊厳にかかわる問題を提起するなど、社会との接点において、様々な問題を投げかけている。今後、科学技術と人間・社会との関係や社会の要請に応える科学技術がいかにあるべきかといった視点が、これまで以上に必要となるであろう。

 (地球環境との調和)
 産業革命は、人類に化石燃料の使用による生産性の飛躍的な向上を与えたが、このような生産活動は、人口の爆発的な増加との相乗効果で、現在では、資源の枯渇、生態系の破壊、地球温暖化問題、廃棄物処分問題等を引き起こしつつある。様々な人間の活動は、同時に常に環境に対して何らかの負荷を与えている。これまで地球の容量の中で収まっていた環境負荷も、その限界を考慮すべき段階に達しつつある。今後、この大量消費、大量廃棄の社会から、地球環境との調和を目指し、循環型社会への転換に努め、これらの諸問題を解決していくことの必要性が高まりつつある。

 (全人類的取組の必要性)
 交通手段の高度化は、人類の広域な活動を可能にし、情報通信技術の発展に伴い、その速度と深まりを急速に増してきている。その結果、人類の活動は、地域間、国際間において相互に依存し、大きな影響を与え合うようになってきている。例えば、今後予想される発展途上国の人口増加と経済発展の追求は、エネルギー、資源、食料の需給の逼迫、熱帯雨林の減少など、一地域、一国の枠を越えた問題を引き起こす可能性があり、全人類的視野に立った取組により対処しなければならない。

 (人の「豊かさ」の視点)
 一方、先進諸国においては、物質的な面では、一定の充足感が得られるに至っており、今後はこれら文明の恩恵を先進国のみならず発展途上国へと広げるとともに、健康、医療、文化的活動、人と人との交流等、一人一人が精神面を含めた「豊かさ」を実感できるような発展の方向性が期待されている。

 (21世紀文明の潮流)
 21世紀を目前に控えた今、これらの潮流により、文明は、新たな方向性を加えつつあるのではないか。21世紀において、人類がその持続的な発展を可能とするためには、科学技術の更なる進歩に期待するだけではなく、これらの潮流を踏まえた人類の努力が必要である。

 

2.人類と原子力
 (原子力の可能性)

 人類は、「火」を自然から受け取ったが、科学技術を発展させることで自ら、物質に内在するエネルギーを解放・利用する「原子力」を獲得した。
 放射線の発見という形で、19世紀末に人類が手にした原子力は、科学と技術の結合体として20世紀を通じダイナミックな展開を見せた。原子力の持つ莫大なエネルギーは、不幸にも我が国への原爆投下という形で示されたが、一方では、新たなエネルギー源として利用されてきた。
 原子力エネルギーは、少量の燃料から莫大なエネルギーを取り出せるという特徴から、他のエネルギー源に比べ廃棄物の発生量が少なく、また、その廃棄物も生活環境から隔離して扱うことができるという特性を有している。さらに、リサイクルすることにより、実質的な資源的制約からの解放、環境負荷の低減等の面で大きな可能性を有している。
 また、原子炉、加速器、放射性同位元素などから発生する様々な種類の放射線は、ミクロの世界の観測、計測、微細加工といった先端研究開発に不可欠な手段を提供し、科学技術発展の原動力として、また、医療、農業、工業等の分野で新たな展開の可能性を有している。このように原子力は、現代の文明を支える一つの要素として存在しており、また、21世紀以降の文明の持続的発展を担うものの一つとして、大きな可能性を有していると言える。

 (人類は原子力の危険性を管理できるか)
 一方、原子力は、その特徴である放出されるエネルギーが膨大でありかつ放射線の発生を伴うことに起因する施設の安全確保、事故や放射性廃棄物の現世代及び将来の世代への影響を含む放射線のリスクの低減、さらに、核拡散の懸念への対応といった問題など、国民や国際社会の信頼、安心を確保する上で解決しなければならない問題も存在する。特に、今日の我が国や各国における原子力に対する懸念は、いずれもこのような原子力特有の問題に向けられたものである。
 これらのいわゆる原子力の影の部分については、これまでの原子力研究開発利用の歴史により培われた技術と核不拡散に関する国際的枠組みの遵守により、十分管理できる見通しが得られつつあり、今後、人類の更なる英知をもって取り組むことにより、社会が受容できるレベルに管理することが可能になると考えられる。これら影の部分の管理を前提に原子力の光の部分としての多様な可能性を最大限引き出す努力をすることは、限られた資源である化石燃料の恩恵を享受している我々の世代の子孫に対する責務である。

 

3.我が国にとっての原子力の意義・役割
 (我が国としての原子力の意義・役割の検討の必要性)

 原子力は、前述のとおり、様々な可能性と危険性を持つものであるが、エネルギー供給、国民の健康維持、環境保全、また、一方では国民の安全確保といった、国として戦略を立て、取り組んでいくべき課題に密接に関連するものでもある。したがって、全人類的な視点に立ち、諸外国の政策、動向を見極めつつも、我が国としての原子力の意義・役割をしっかりと確認することが必要である。

 (日本の課題)
 20世紀文明のもたらした繁栄を享受し、また、世界の先進国として国際社会において責任ある地位を占めるに至った我が国は、今後の文明の方向や地球社会の在り方も踏まえ、活力ある経済活動を維持し、豊かで安心できる国民生活を実現し、また、国際社会から尊敬される国を目指すことが必要である。特に、急速に進む少子高齢化や、経済活動の国際的な相互依存が高まる中、我が国は、その誇るべき資源である知的資源をもって創造的な革新技術を生み出すことにより活力ある経済活動を実現するとともに、地球規模で解決すべき問題など国際社会の直面する課題などに対して、我が国が独自性をもって積極的に取り組むことが求められている。
 一方、このような我が国に課せられた課題を達成していく上で、我が国の資源を取り巻く国内外の状況等を踏まえれば、長期にわたるエネルギーの安定的な供給を確保することや、世界に誇れる創造的、革新的な成果を生み出す原動力である科学技術を保持・発展することは、国の存続にもかかわる重要な政策課題である。

 (エネルギーの安定供給と原子力)
 今後とも我が国が、活力ある経済活動を維持するためには、その基盤であるエネルギーの安定供給が欠かせない。また、我々の豊かで便利な日常生活も、エネルギーの安定供給があってこそのものである。
 我が国はエネルギーの8割を海外に依存するなど、その供給構造は極めて脆弱である。一方、例えば、石油の可採年数は約40年であるように世界の化石燃料資源は有限であり、また、今後アジアを中心とする発展途上国の経済発展、生活レベルの向上に伴い、エネルギー需要の増大は必至と見込まれている。
 さらに、今後、21世紀の社会の在り方を展望すれば、個人のライフスタイルや経済構造の変更など、国民生活の各分野にわたって循環型社会への転換に向けた努力が必要となろう。エネルギーに関してみれば、まず消費者一人一人が省エネルギーの重要性を認識し、徹底したエネルギー消費の削減を図るとともに、環境負荷の小さい国産エネルギーである太陽、風力など再生可能エネルギーの導入に一層努めることが必要である。しかし、これらの再生可能エネルギーについては、エネルギー密度が小さく、また、自然条件に左右される。例えば、原子力発電所1基(137万kW)を代替するには、太陽光発電では山手線内側面積の1.5倍(約92k㎡)、風力発電では琵琶湖と同程度の面積(約700km2)が必要であると試算されている。したがって、直ちに既存のエネルギー供給力を大幅に置き換えることは期待できない。
 一方、原子力は、現在、既に我が国の総発電電力量の約3分の1を供給しているが、燃料供給及び価格が安定していること、二酸化炭素による環境負荷が少ないことなど、我が国のエネルギーセキュリティの確保や、地球環境保全等の面で既に大きな役割を果たしている。また、国内に存在するエネルギー源とみなせる使用済燃料をリサイクルする、すなわち核燃料サイクルの国内における確立を図ることにより、準国産エネルギーとして一層のエネルギーセキュリティの確保等の効果が期待できる。
 さらに、高速増殖炉及び関連サイクル技術を開発していくことは、この準国産エネルギーを有効に活用することとなり、長期的視点から国のセキュリティの向上や環境負荷低減に貢献し、21世紀のリサイクル社会の実現につながっていくものと考えられる。
 特に、世界の一次エネルギー消費の5%を消費し、米国、中国、ロシアに次ぐ一次エネルギー消費大国である我が国が、その持てる技術力を駆使して、自律的、持続的なエネルギー源を原子力の平和利用という形で人類のために確保することは、エネルギー多消費国としての責務である。

 

 (科学技術発展への貢献の可能性)
 原子力に関する科学技術は、核融合を始めとする新たなエネルギー技術発展の基盤となるとともに、物質・エネルギーといった世界を構成する要素についての新たな知見を今後とも我々にもたらすことが期待される。また、レーザー光や加速器・研究炉からの様々な放射線を用いることにより、ミクロの世界を極めて精度よく観察したり、新たな機能を物質に付与することが可能となる。これらは、今後革新的技術の創出が期待される物質・材料系科学技術や生命科学の分野において、不可欠な技術として、その重要性はますます高まるものと考えられる。

 (多様な放射線利用)
 現在、放射線の利用は、医療分野におけるエックス線診断や医療器具の滅菌、産業分野におけるラジアルタイヤのゴムの強化や、フロッピーディスクの製造等、身近な国民生活や産業活動に広く定着しており、その関連製品の市場規模は数兆円と言われている。
 少子高齢化が進む我が国においては、放射線利用による産業の活性化や、がんの放射線治療等生活の質を損なわない医療等放射線利用の重要性が益々高まると期待される。また、環境の監視・保全技術への適用、食品照射による食料・健康の維持への応用等、放射線による改質等を利用した効率的なプロセス技術の産業への応用やその製品の身近な生活への普及等を通じて、安心して暮らせる社会の実現、国民生活の安定と質の向上、環境と調和する循環型社会の実現等、社会的要請に積極的に貢献する可能性を有している。

 (国際社会の中での日本)
 今後アジアを中心に発展途上国の経済発展が見込まれるが、それに必要なエネルギーと技術の基盤の整備に我が国が寄与することはアジアの一員としての我が国の責務であり、また、世界の平和と安定、地球規模のエネルギー、環境問題の解決に貢献することは、我が国の総合的な安全保障の確保にもつながるものと考えられる。

 (我が国にとっての原子力の意義・役割)
 以上のような原子力の持つ意義・役割を踏まえると、我が国にとって、原子力は、安全確保、平和利用の堅持、国民や立地地域との調和を前提として、着実にその研究、開発、利用を進めて行くべきものと考えられる。

 

Ⅱ.国民・社会と原子力の調和

1.国民・社会と原子力

 原子力は、エネルギー、先端科学技術、放射線利用の分野において我々の生活全般に定着し、欠くことのできない存在となっている。一般に、科学技術の成果が社会に定着し科学技術自身が発展するためには、社会がその意義や利害得失の全体について理解し、広範な合意が得られることが重要であるが、原子力については社会への定着が進む一方で、原子力に対する信頼感の喪失、安全性に対する不安感の高まりなどにより、国民の支持や信頼感が低下している。
 加えて、昨年9月に発生したJCO事故は、40年余りにわたる我が国の原子力開発利用の歴史で初めての犠牲者を出すなど極めて重大な事故であり、原子力の安全性に対する国民の疑念を招き、また、原子力に対する信頼を大きく揺るがした。
 このような今日的状況を踏まえ、「国民・社会と調和のある原子力」の発展を考えれば、まず大前提としての安全確保の重要性を再確認し、国民の信頼に足る安全確保策を示し、また、国民一人一人の原子力に対する不安感、不信感に応えられる対策や、政策決定、地域との共生の在り方を示すことが重要である。
 また、その際、現在の日本をとりまく社会の潮流、すなわち、情報化の進展、国と地方自治体との関係の変化、「個」と「公」の関係の変化、といった現代日本社会の至る所に影響を及ぼしている諸変化が、原子力と国民・社会との関わりを考える上でも無視できない要素をはらんでいることも考慮する必要がある。

 

2.安全確保の在り方
(1)JCO事故で提起された問題

 JCO事故は、我が国の原子力の研究開発利用の歴史において初の犠牲者を出すとともに住民への避難要請、屋内退避要請が一時行われるなど、最も深刻な事故であった。事故後に原子力安全委員会の下に置かれた「ウラン加工工場臨界事故調査委員会」では、事故原因や事故にかかる防災上の対応はもとより、事故の背景としての企業・産業の在り方、社会と安全など、広範な観点から、事故の分析を行い、再発防止策を提言した。
 国は、原子炉等規制法の改正及び原子力災害対策特別措置法の制定など、原子力安全規制の抜本的強化と原子力災害に係る防災対策の法的枠組みを整備するとともに、これまで科学技術庁に置かれていた原子力安全委員会の事務局機能については、2000年4月から総理府に移管・整備し、その独立性と機能の強化を図った。また今後、2001年1月の省庁再編に伴い、原子力安全委員会の内閣府への移行、経済産業省における原子力安全・保安院の設置等、原子力安全規制行政体制の再編が行われることとなっている。
 さらに、民間事業者においても、原子力安全文化の共有に向けたニュークリアセイフティーネットワークの構築など、JCO事故で提起された様々な問題に対する対応が、各方面で講じられつつある。
 今後とも、国、事業者は、JCO事故の教訓を踏まえて、以下に示すような安全確保の基本的考え方の下、具体的取組を行っていくべきである。

(2)安全確保の基本的考え方
 現代社会において、「安全」は最も重要度の高い価値として位置付けられるべきであり、原子力に携わる全ての組織と人々は、「安全文化」に代表される、安全を最優先させるという強い認識を持つことが不可欠である。
この大前提に立った上で、
①事業者自らが管理する施設の安全確保に最終責任を有することを踏まえ、あらゆる状況に備えて適切な安全確保の取組を実施すること、
②事業者による安全確保活動が的確になされることを国民に保証するため、国が適切な規制を行うこと、
③いかなる安全確保のための取組がなされたとしても、事故発生の可能性を完全に排除することはできず、万一、事故が発生した場合に備え、被害を最小に抑えるための危機管理体制を整備すること、
 が基本であり、以上に加え、これらが国民にとって十分安心、信頼できるものになるよう努めていかなければならない。

(3)安全確保への具体的取組
 (安全文化の醸成)

 安全確保のためには、「原子力の安全問題に、その重要性にふさわしい注意が必ず最優先で払われるようにするために、組織と個人が備えるべき一連の気風や気質」として定義付けられる「安全文化」(「セーフティ・カルチャ」国際原子力機関(IAEA)国際原子力安全諮問グループ報告(INSAG)より)の具体的実践が重要である。また、全ての原子力関係者は、原子力が果たす社会への貢献、内包する危険性、それらに起因する社会の関心等を十分自覚し、原子力の安全確保についての国民の期待に応えるとの認識を持たなければならない。
 JCO事故は、ウラン加工工場における事故であったが、原子力産業界全体で安全文化の再構築に取り組まなければならないとの認識から、原子力産業界全体の安全意識の高揚、モラルの向上及び原子力の安全文化の共有化を図ることを目的としてニュークリアセイフティーネットワークが設立されたが、「安全性」を軽視した「経済性」は存在しえず、「安全性」と「経済性」の同時追求が事業者のあるべき姿であり、また、それは努力により可能であるとの認識を共有していくことが必要である。
 他方、技術的な面では、故障、トラブルから得られた教訓や内外の最新の知見を適時適切に反映させるとともに、国は、安全研究に関する体制整備や研究を着実に推進すべきである。

 (安全規制)
 国の役割は事業者による安全確保の水準を定めそれを的確に実施するよう適切な規制を行うことである。JCO事故を踏まえ、国では、保安規定の順守状況に関する国の検査等を内容とする原子炉等規制法の改正、原子力安全委員会の事務局機能の強化等を行うなどの取組がなされているが、今後これらの取組と、安全確保に最終責任を有する事業者自らが行う自主保安活動とが相まって、その実効性を上げることを追求すべきである。
 また、国の原子力安全確保に関係する部局においては、情報公開の一層の促進や幅広い立場の有識者や国民の声をその活動に反映させるための措置を講ずるべきである。

(4)原子力防災への取組
 JCO事故においては、事故後の初期動作における国、自治体の連携強化、原子力災害の特殊性に応じた国の緊急時対応体制の強化等の必要性がを教訓として得られ、原子力災害対策特別措置法が制定され危機管理体制の強化が図られた。危機においては、事故状況の迅速かつ的確な把握と、これに基づく迅速かつ果敢な判断が求められ、その判断により危機を脱するような適切な措置が早期にとられる必要がある。原子力防災は、このような危機管理の視点に立ち、事故が発生した場合に備え被害を最小に抑えるためのものであり、今後、国、地方自治体、事業者、住民等が連携協力してその実効性を確実なものにしていくべきである。また、予め危機管理の体制が整備されていることは、原子力が社会に受容されるための前提でもある。

 

3.国民の信頼感、安心感の確保に向けて
 原子力に対する国民・社会の不信感や不安感の要因を分析した上で、信頼感と安心感の醸成のために、国、事業者等のなすべき対応方策を以下に示す。
(1)不信感の要因
 原子力関係の人、組織に対する国民の不信感に対しては、以下のような要因が指摘されている。

(2)信頼感の確保に向けて
 このような、不信感の要因を踏まえれば、国、事業者は以下のような方策を講じ、原子力開発利用に対する国民の信頼回復に努めるべきである。なお、情報の公開・提供の在り方等の詳細については、「4.国民の信頼と安心感の確保感のための具体的取組」にて詳述する。
 (意識改革)
 原子力に携わる関係者は、原子力という潜在的に危険なものを扱っていることの責任感を自覚するとともに、正確な事実の把握とその伝達、そのための制度の確立が信頼の基本であることを認識し、常に国民・社会との関わりを念頭に行動することが求められる。

 (透明性ある組織)
 国民から見て、事業者等の活動が社会に対して開かれており、透明感をもって受け止められることが重要である。このため、明確な情報公開基準に基づき、通常時、事故時を問わず、適時、的確かつ信頼性の高い情報公開を実施し、組織としての透明性を高めるべきである。

 (情報提供に関する人と組織の整備)
 信頼される情報提供という観点からは、的確で質が高く分かりやすい広報の実現が求められるが、そのためには一般国民とのコミュニケーション能力を有する専門家の養成・訓練を行うとともに、外部との仲介役を果たす部局を組織の中で明確に位置付け、体系的な情報提供を行うよう努めなければならない。

 (政策への信頼)
 さらに、「もんじゅ」事故以降の一連の事故により高まった国民の不信感を払拭するため、施設の安全性や原子力開発利用の意義や進め方等について、国を始めとする関係者が情報公開への努力を行うとともに、説明会、シンポジウム等の機会を通じて、原子力に対して様々な意見を持つ国民各層との対話を進めることが重要である。また、放射性廃棄物の処分問題については、国、事業者は着実に対策を進めることにより、政策への信頼確保に努めなければならない。

(3)不安感の要因
 原子力の安全に対する国民の不安感に対しては、以下のような要因が指摘されている。

 (事故トラブル等の発生)
 国内外の原子力施設での事故等により安全性に対する不安感が醸成されていたことに加え、JCO事故は、国内初の犠牲者、周辺地域住民の避難を招く結果となり、安全性に対する不安が現実のものとして国民の前に示された。また、安全確保について誰がどのような責任を有し、かつ、それがどのように着実に遂行されているかが、国民の目に十分見えていない。

 (原子力に関する評価指標等の不足)
 放射線が目に見えないことや、放射線の人体に対する影響に関する知識に触れる機会が十分でないことにより、放射線に対して漠然とした「恐ろしさ」が形成されている。
 また、原子力施設の安全性に関する知識が必ずしも十分でなく、また事故等が起きた場合、原爆や海外での事故との相違等について十分認識されていなかったり、放射線や原子力施設の事故についての基準、尺度が、国民に分かりやすく説明されておらず、原子力施設の事故報道等に接しても、自ら客観的にその規模や危険性を認識できる指標がないことなども不安を増大させている。

 (マスメディアによる影響)
 国民の原子力に関する情報源としてのマスメディアの役割は大きいが、一般的に事故・トラブルなどの情報に注目が偏りがちで、センセーショナルに取り上げられる傾向にあるため、不安感を増大させる結果となっている。

(4)安心感の確保に向けて
 国民が安心感をもって原子力を受け止めるためには安全実績の積み重ねに加えて、上記の不安の要因を踏まえ、国、事業者等は、以下に示すような措置を講ずるべきである。
 なおその際、原子力のリスクをより客観的に捉えてもらうことが重要であるが、人がリスクを認知する際には、破滅的な事故の可能性があるのではないかといった「恐ろしさ」や、放射線の人体への影響がよくわからないといった「未知性」といった要因が大きな影響を与えていることに十分留意する必要がある。
 なお、情報公開・提供、教育の問題については、「4.国民の信頼感と安心感の確保のための具体的取組」で詳述する。

 (安心感のもてる安全確保体制の確立)
 JCO事故等を踏まえ、防災対策を含めた安全確保対策を着実に実のあるものとして進めていくことが安心感醸成の大前提である。しかしながら、何がどの程度安全であれば安心できるかについては、現在十分な社会的合意がない状況にある。今後、原子力安全委員会において「安全目標」についての審議が予定されるがその成果も踏まえ、社会から求められる安全のレベルについて示していく努力をすべきである。また、国、事業者は、原子力施設等における事故・トラブルが、公衆や環境に対し、放射線による影響を及ぼす性質のものであるか否か、常日頃より峻別して伝えるなど、社会において、原子力の安全性についての理解が深まるよう努めるべきである。
 国、地方自治体、事業者の安全確保に関する活動に対して、国民が安心と信頼を実感できることが重要である。このため、安全確保について、信頼に足る規制のための組織、法制度の存在や危機管理が十分になされていること、さらにはリスクの程度や災害時の対応について、国民に十分周知すべきである。また、国、事業者は、国民の不安や疑問に常に耳を傾けるための努力や、安全審査・定期検査等の規制が行われていること、事業者の安全確保への取組の状況等について説明していく努力が望まれる。

 (国民が考え判断できる環境の整備)
 身の回りの他のリスクとの比較も含めた原子力施設のリスク、放射線の人体に対する影響や、国内外の事故も含めた原子力に関する正確な情報を分かりやすく伝えることが重要である。また、原子力や放射線に関する知識の普及は、社会の安全を確保し、事故時に社会が適切な対応をする上でも重要である。
 その際、教育の果たす役割は大きいが、学校での教育のみならず、社会の中における教育を通じても、これらの情報を国民が広く共有していくための方策を更に充実させることが必要である。

 (リスクへの対応)
 今日の社会において我々は様々なリスクの中で生活しており、国民一人一人が、便益・必要性との兼ね合いの中でリスクとの関わり方を考えたり、あるリスクを他のリスクとの相対で捉えることがますます必要と言われている。
 リスクとの関わりにおいては、リスクについて関係者が相互に情報や意見を交換、評価しあい、その過程のなかで、関係者間の理解レベルの向上が図られるようなコミュニケーション(リスクコミュニケーション)が重要であり、このような考え方に基づいて、原子力に関するコミュニケーションを図っていくことが必要である。
 さらに、放射線が特別な存在ではなく、医療分野で利用されたり、自然界に存在するものであることなど、身近な存在であるということを認識することも原子力についての客観的な認識を持つ上で必要である。

 (マスメディア等の役割)
 情報が氾濫する今日の社会において、マスメディアの果たす役割と責任は、これまで以上に大きく重い。特に、学校教育を終了した国民にとって、日進月歩である科学技術に関する情報については、マスメディアが重要な情報源となっている。原子力を含め、先端科学技術に関する問題は、その内容が一般国民にとってなじみにくい一方で、様々な形で、国民生活に大きな影響を及ぼすものであり、このような問題について、国民が判断するに足る必要な情報を分かりやすく、かつ正確に報道することや、国民が何を不安に思い、何を求めているかについて、提起していくことが、今日のマスメディアに期待されている。
 事故時における報道は、国民、特に地域住民の行動や心理面に大きな影響を及ぼすことから、マスメディアの役割は重要である。
 国、事業者も、マスメディアが考え、判断するのに必要な素材、要素を的確に提供していかなければならない。
 一方、第三者的組織が中立的な立場から、日常的に、国民やマスメディアに、また必要な場合、国、事業者等に対し、国内外のエネルギーや原子力に関する客観的な情報を、その背景を含めて提供するとともに、既に報道された情報に関しても、客観的な情報を提供していくことが必要であることから、このような機能を有する組織の在り方を検討していくべきである。
 また、学界が科学的な立場から社会に向けて正確な情報を発信していくことも、国民が情報を正確に判断していく上で有益であり、その期待も大きい。

 

4.国民の信頼感と安心感の確保のための具体的取組
 以上、論じてきたように、原子力に対する国民の信頼感の確保のため、また、安心感の確保のために共通する課題として、「情報公開・情報提供」、「教育」がある。これは、国民一人一人が正確な知識を持ち、原子力を自らの問題と捉えて判断を行うために必要なものであり、これらに関する具体的な取組を以下に示す。

(1)情報公開・情報提供の在り方
 (情報公開についての国民の認識)

 原子力は他の分野に先駆け、国、事業者とも情報の公開に関する制度の整備を行いつつあり、またかなりの情報が提供されつつあるが、国民の多くは原子力に関する情報公開が十分になされていないと認識しているなど国民の認識との差は大きい。
 原子力に関する政策や活動についての透明性を確保するため、情報公開を積極的に進めていくことは重要であるが、国民の原子力に対する理解という視点からは、現実に情報が公開されているということと、情報が公開されていると国民が認識することとは異なることにも留意しつつ、情報の提供方法等について更なる工夫を行うことが必要である。

 (情報開示の基準)
 国や事業者は、情報公開に当たっては、組織として、情報の所在や責任の明確化等を行うとともに、明確な情報開示の基準を設定し、通常時、事故時を問わず、不都合な情報も含めて、適時、的確かつ信頼性の高い情報開示を実施していかなくてはならない。さらに、開示基準や開示の方法について国民の視点に立って、絶えず見直していく努力も必要である。また、既に開示している情報について開示の事実、情報の種類、その入手方法等を広く一般に周知するよう取り組むべきである。
 また、情報の公開が進むにつれて、非開示情報に対する関心が高まってくるが、核物質防護や外交問題等、国民の安全や外交上の利益等に照らし合わせて開示しないことが適当な情報については、非開示とするためのルールを定め、その根拠を国民に対して説明すべきである。

 (情報提供を行う者の心構えと情報提供の在り方)
 従来、原子力関係者の間で国民に過度の不安を与えたくないという思いが強すぎたため、一方的、断定的な説明を繰り返し、不都合な情報を公開しない姿勢につながっていたという指摘がある。
 情報提供を行う者は、いかにすれば、当該情報が信頼に足る情報であると受け手に認識してもらえるかという視点を持つべきである。このためには、国民に原子力のプラス、マイナスの両面について客観的に情報を提供し、国民が自ら判断できる環境を整備するよう努めるべきである。また、このような努力の積み重ねが、情報の送り手と伝えられる情報に対する信頼の向上につながるものと期待される。
 また、国民の原子力に対する理解促進を目指す情報提供に当たっては、①タイムリーであり、②専門家でなくとも分かりやすく、③情報の受け手側の多様なニーズを踏まえることが必要である。このための情報提供の手法としては、草の根的な情報提供、双方向のコミュニケーション、インターネット等の新たな媒体を用いた情報提供等を体系的に組み合わせて効果的に実施していくべきである。

 (事故時の情報提供)
 事故時においては、前述の観点にも増して、情報提供の迅速さが求められることを認識するべきである。
 特に、万一、施設の敷地外の公衆や環境に放射線の影響が及ぶような場合、事故直後の国、地方自治体、事業者の情報提供の在り方は、その後の地域住民の行動や意識形成に大きな影響を及ぼすことから、極めて重要であり、関係者は、国民、とりわけ地域住民の立場に立った情報提供に心がけなければならない。
 また、現在、国際原子力機関(IAEA)へ事故情報を報告する仕組みはあるが、我が国と海外の原子力関係機関との間での迅速な事故情報のやり取りが可能となるネットワークの形成、海外マスメディアへの適切な情報提供等、海外を念頭においた情報の発信の在り方についての更なる検討が望まれる。

(2)教育の在り方
 原子力の問題について、消費者としての国民一人一人が自らの問題として考え、判断する能力を養うためには、青少年の発達段階に応じ、原子力に関する教育を充実することが重要であり、原子力政策円卓会議提言においても、その必要性が指摘されている。
 また、原子力や放射線についての教育の充実により、国民が、原子力施設の運転や事故に伴うリスクに適切に対処するための基礎を身につけたり、さらには、将来、原子力分野で活躍し得る人材の裾野を広げることも期待できる。
 原子力に関する教育の問題は、エネルギー、環境、科学技術、放射線等の観点から原子力について、体系的かつ総合的に捉えることが重要である。

  ①原子力に関する教育の在り方
 現行の学習指導要領では、社会科、地理歴史科、公民科、理科等いくつかの教科において原子力や放射線を含むエネルギー問題について扱うこととしており、新しい学習指導要領においてもその充実が図られたところである。今後は、原子力についての効果的な教育を進めていくことが重要となっており、国、事業者は、以下のような取組を行っていく必要がある。

  (総合的な学習の時間等の活用)
 原子力やエネルギー問題は、一教科・科目の内容に止まらない多面的な要素をも含んでいることから、各教科・科目における教育の充実を図るとともに、新しい学習指導要領において新設された「総合的な学習の時間」を活用することも有効と考えられる。このため「総合的な学習の時間」を含めた体系的な原子力やエネルギーに関する教育カリキュラムを始め、多様な教育方法や適切な教材の開発、教員に対する支援体制の確立等に取り組むべきである。

  (教科書、教材に対する取組)
 教科書の原子力に関する記述については、原子力の長所と短所の両面についてよりバランスのとれた記述をすることが望まれるものもあり、正しい理解が持てるよう一層充実されることが望まれる。このため、教科書発行者に対する原子力に関する正確な資料や情報の提供等に努めなければならない。
 また、学校の教育用に原子力やエネルギーに関する教材が、様々な原子力関係者によって作成・配布されているが、必ずしも十分活用されていない状況がある。今後、内容を児童・生徒の発達段階や学習指導要領に対応させるなど、教える立場に立った教材の作成、提供した教材の活用状況や学習成果の把握など、作成・提供者と教員との双方向的な連携を図っていくべきである。

  (教員への研修の支援等)
 原子力に関する教育を充実するためには、教育を行う教員の原子力に対する理解を深める必要があり、原子力関係者は、教員を対象とした研修等の支援を充実していくべきである。その際、理科系だけでなく、社会科系の教師への支援も不可欠である。また、青少年への教育を円滑に進めるためには、学校だけでなく、これを取り巻く保護者等に対しても正確な情報提供に努めなければならない。

  (原子力やエネルギー教育に関するネットワークの整備)
 原子力やエネルギーに関する教育については、教員、科学館、博物館、原子力関係事業者、学会等のそれぞれがポテンシャルをもっており、これらをつなぐネットワークの整備に努めるべきである。そして、教員が必要な時に、適切な情報や教材などを提供できるようにすることが必要である。また、例えば、施設見学等の校外学習や企業の専門家等の外部講師に対する学校のニーズは高いと思われるため、学校、企業、研究機関等の関係者をつなぐ地域におけるネットワークを作ることにより、各学校のニーズやそれに対する地域社会における支援方法等についてコミュニケーションを図り、地域における原子力やエネルギーに関する教育の充実に努めることが重要である。

  (社会の中での多様な取組)
 原子力は幅広い科学技術によって支えられているが、青少年の科学技術離れについての指摘もあり、青少年に対して科学技術に関する理解増進のための方策を一層充実していくべきである。
 原子力やエネルギーに関して、青少年が自らの体験を通じておもしろさを感じることができるよう、実験・観察・施設の見学等体験的な学習を充実していくべきである。このため、科学館、博物館の運営に当たっても、従来の資料の収集、展示から、より体験を重視したものとなるよう努力することが期待される。
 学校教育を終了した後、例えば大学におけるエネルギー・環境問題に関する公開講座等、人々が原子力やエネルギーについて学ぶ機会を設けていくべきである。

 

5.政策決定の在り方
(1)政策決定の在り方について

 我が国における政策決定の権限と責任の所在については、憲法、法令等により定められている。政策決定に関与する国会や行政庁等(以下「政策責任者」と言う。)は、世代を越えた長期的な観点から、国民総体の利益が何かを探索、確認し、国民に示す責任を有している。政策決定の方法としては、国民全ての利益や希望と合致する決定を行うことが一つの望ましい姿であるが、実際には政策責任者の識見に基づく判断、多数の利益による決定(多数決)、極力、少数意見も尊重し単なる多数よりもより広範な合意を得る、といった方法が採られる。どの局面ではどの方法が適切かは、法令上の規定、政策決定の緊急性、対立関係の深刻さ等の要因を踏まえて選択されることになるであろう。
 政策の決定に当たっては、国民の合意形成が必要であるとの指摘があるが、合意形成が、「より広範な合意を得る」ということであれば、いかなる状態が合意形成の状態かということではなく、政策決定過程において、合意が形成されるための適切なプロセスがどの様になされたかということが重要である。原子力については様々な議論が存在することから、原子力の研究開発利用に当たり、政策責任者は合意形成のための努力を惜しむべきではない。
 いずれにしても政策責任者は、的確な決断の実施とともに、政策決定過程及び政策決定後において、政策の目的やその達成手段等についての説明責任を果たす必要がある。
 また、いかなる立場であれ、政策決定に参加するものは、自らの役割、責任を自覚しその責務を果たさなくてならないことを認識すべきである。

(2)原子力政策決定に関する現状と今後の課題
 我が国では、原子力基本法(1955年制定)において、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もって人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的として、原子力の研究開発利用を推進することとし、さらに原子力行政の民主的運営を担保する観点から、原子力委員会がその基本的政策の企画、立案、推進の任に当たることとされている。
 また、もんじゅ事故を契機として、他の行政分野に先駆け、原子力委員会では、原子力政策に対する、国民のより広範な合意を得るための取組を行ってきた。具体的には、1996年9月の原子力委員会決定により、
 を行い、関係行政機関に対しても決定趣旨を踏まえて、具体的な検討を求めてきた。
 この委員会決定は、「原子力政策円卓会議」の提言を受けてのものであるが、この原子力政策円卓会議は、国民各界各層の幅広い意見を聴取し、今後の原子力政策に反映させるための重要な役割を果たしてきた。
 しかしながら、原子力施設の事故・トラブルや不祥事等により、国民の間に原子力に対する不安感、不信感は高まっており、政策決定過程において、透明性を確保し、国民の参加を求めることにより、原子力政策に対する国民のより広範な合意を得ていく取組を一層充実させることが必要である。
 また、原子力安全委員会においても、同様の措置が講じられているところであるが、原子力安全行政に対する国民の期待に応えていくためには、より一層の透明性の確保、国民参加のための方策を充実させることが期待される。

 ①透明性の確保
 政策決定過程の透明性の確保は、国民が自ら政策判断を行うための材料が確保できる、政府の活動の監視を行い得る、政策決定者の緊張感の確保につながる、といった観点から、今後ますますその重要性を増してくると考えられる。透明性の確保の具体的方法としては、政策決定過程の明確化、情報公開等の説明責任の実行が考えられるが、政策責任者は、以下の点を踏まえ政策決定を行うべきである。

 -政策決定過程の明確化
 政策決定に当たっての手順やパブリック・コメント等の国民参加の手順など政策決定プロセスを明確に国民に示す必要がある。また、これらのプロセスは社会情勢の変化に応じて柔軟に見直すべきである。

 -情報公開等の説明責任
 政策責任者は、政策決定過程及び政策決定後において、国民に対して説明責任を果たすべきである。
 情報公開については、原子力に関しては、情報公開法の制定等に先んじて公開を進めてきたが、情報の所在や、公開か否かの判断・責任の明確化、情報へのアクセスの改善等、国民にとって使いやすい運用に努めるべきである。また、政策の目的とそれを達成する手段、さらに、その手段を選択して好ましくない結果が生じた場合の対応等について、国民に対して分かりやすく情報提供していくべきである。

 ②政策決定過程への国民参加
 政策決定過程への国民の参加は、国民の視点からは、自己に係る課題を自ら選択し、あるいは決定する場に参加したいとの要望に応えるものであり、政策責任者の視点からは、広範な国民の意見を踏まえた政策決定を行うことができるという点で、今後ますます重要性を増してくると考えられる。国民参加の具体的方法としては、政策案への意見の提出、政策提言等が考えられるが、政策責任者は、以下の点を踏まえ政策決定を行うべきである。

 -政策案への意見の提出
 原子力委員会専門部会の報告書案等に対して行われるパブリック・コメントは、国民一人一人が政策案に対し意見を提出する機会として重要であり、今後とも継続するとともに、より広く国民にパブリック・コメントについて周知する努力を行うべきである。

 -政策提言
 政策に関する提言が様々な立場から出されることは、政策決定において幅広い考え方を取り入れていく上で重要であり、市民団体、産業界、学会等の果たす役割は重要である。
 原子力委員会では、国民各界各層の幅広い意見を聴取し、原子力政策に反映させるために、原子力政策円卓会議を開催しており、この原子力政策円卓会議は、個々人の意見をまとめて、政策提言を形成していく機能を果たしている。原子力基本法等により原子力の民主的運営を図ることを目的に設置されている原子力委員会は、広く国民の声を汲み上げ、原子力政策に反映させることを国民から付託されている。今後ともこのような観点に立ち、原子力政策円卓会議についても、新たな在り方を検討していくべきである。

6.国、地方自治体、事業者等の関係の在り方
(1)原子力施設の立地手続と地方自治

 原子力施設の立地は地域住民の理解と協力を得ることが重要であるが、多様化する国民の意識や原子力に対する国民の不安感の高まりを受けて、立地をめぐる地方自治体の対応も、これを反映したものとなってきており、立地の長期化を招く要因となっている。
 原子力施設の立地問題は、一地域、一事業者の問題にとどまらず、国全体のエネルギー政策と密接に関わっており、国レベルで決定されるエネルギー政策上の要請と、自治体及び地域住民の意見をいかに両立させ、また調和を図っていくかは、今後の重要な検討課題である。
 また、発電電力量の多くが地元で消費されず、大都市圏に移出され、そこでの生活・産業に利用されている現状を踏まえれば、立地問題は、電力生産地と消費地という地域間の役割をいかに調和させるかという視点から捉えることも重要である。

 (地域住民の意見の反映)
 原子力発電所等の立地に当たっては、これまでも様々な形で立地地域の住民の声を反映させる手続きがとられているが、今後、原子力施設の立地に限らず、住民が直接意見を表明する機会を設けることが、ますます重要となってきている。
 原子力施設の立地に関連し、条例に基づいて行われる住民投票については、地域住民の意見を直接政策等に反映することができるとの評価がある一方で、間接民主主義を前提とする地方自治との整合性、国の役割とされる事項(例えばエネルギー政策)を対象とすることの合理性等を巡り様々な意見がある。住民投票が、地域における公共政策の決定に役立つか否かについては、対象事項、争点の設定が住民投票に馴染むか否かについて、あるいは投票結果の影響をどう評価するか等について十分な議論が行われるべきであろう。現状では、原子力施設の立地に関連する住民投票については検討されるべき様々な課題を有している。

(2)原子力施設の立地をめぐる状況
 原子力施設の立地は、一地域の問題ではなく、国全体のエネルギーの確保と安定供給にかかわる問題であるが、このような電源立地の有する公益的側面を踏まえ、現行制度においては、様々な立地促進のための制度が整備されている。
しかしながら、近年、原子力施設の立地が長期化するとともに、既立地地域においても、安全対策の一層の充実、地域振興施策の更なる充実を求める声が強まっている。
 これらの要因としては、
 等が指摘されている。
このような状況の中で、原子力施設立地地域の住民の理解と協力を得るためには、原子力施設が設置・運転されることが地域において重要な社会的役割を果たしており、事業者と地域社会が相互に発展するという「共生」の考えが重要である。共生を目指すためには、以下の「消費者としての国民の理解の上に立った立地」、「地域住民の不安や不信への対応」といった諸点について、国、地方自治体、事業者が適切な役割を着実に遂行し、地域住民との信頼関係を築き、維持することが必要である。

(3)消費者としての国民の理解の上に立った立地
 (電力消費地と電力生産地)

 「電力消費地である都市部の消費者は原子力発電による便益を得ているが、他方で原子力発電所立地地域の住民は、事故への不安や事故の際の風評被害をはじめ、日常的に様々な負担を被っている」との指摘が多くなされている。
 このような立地地域住民の状況を踏まえれば、原子力発電によって電力供給を受けている電力消費地の住民と立地地域の住民との間の公平感をいかに確保すべきか、また、電力消費地と立地地域の住民の間の共生はいかにあるべきか、といった視点でこの問題に取り組むことが必要である。このような観点から、国、事業者、関係自治体が一体となって取り組んでいる、電力消費地と電力生産地の間での意見交換を行うシンポジウムや見学会等、人的・物的交流、双方向コミュニケーション活動を更に充実させるべきである。

 (消費者としての国民の幅広い理解)
 原子力施設は、「迷惑施設」との受け止め方をされやすく立地を円滑に進めていくためには、地域が原子力施設を受け入れ、また、共生していくための前提条件として、電力の消費者である国民が、我が国のエネルギー問題の現状についての理解の上に立ち、電源の立地に対して理解を深めることが重要である。
 このため、国は、様々な機会を通じ、エネルギーセキュリティーなど国家的な見地から原子力開発利用が必要であることについて、消費者としての国民の理解を求めるための取組を行うべきである。

(4)地域住民の不安や不信への対応
 (安全確保に向けた国、事業者、自治体一体となった取組)

 立地地域住民にとって最も大事なことは、まず原子力施設の安全が確保されていることであり、またそれが、安全な運転実績となって地域住民に実感されることが重要であるが、JCO事故の教訓を踏まえれば、事故発生時の対応について、地域住民の理解と協力を求め、予め十分な備えをしておくことが不可欠であり、また、住民の安心感にもつながる。
 このためには、施設の安全運転に第一義的責任を有する事業者、規制権限を通じて事業者の安全確保努力を厳格に監視する国、さらに地域住民の安全、健康及び福祉の保持を任務とし、住民を代表して住民の安全を守る役割を有する地方自治体の三者が、各々の責任を適切に果たすことにより、原子力施設の安全性に対する住民の信頼を築き、安心して生活できるようにすることが重要である。
 特に、地方自治体は、通常運転時の放射線モニタリング、事故等発生時の地域住民への対応等において重要な役割を果たしているが、JCO事故を踏まえて成立した原子力災害対策特別措置法において、国、自治体、事業者の責任が明確にされたところであり、今後は、その実効性を高めるための防災訓練を含め、立地地域における関係者の一体的な取組が重要となる。
 また、法令に基づく規制以外に、例えば、自治体と事業者はいわゆる安全協定を締結し、地域住民の安全確保のための取組を規定している。さらに、事業者においては、常日頃から、地域住民との日常的なコミュニケーション、積極的な情報の公開・提供にも努め、地域住民の信頼を得ることが重要である。
 以上に加え、地域住民の安心という観点からは、
 などを行うべきである。

 (放射性廃棄物処分問題等への着実な取組)
 高レベル放射性廃棄物の処分問題は、今後の原子力開発利用を国民の理解と信頼を得つつ進める上で、最も重要かつ喫緊の課題である。多くの国民にとってはこの問題に漠然とした懸念を持ちながらも、われわれ世代が解決しておかなければならない差し迫った問題であるという意識に乏しいのが現状である。一方、原子力発電所立地地域の住民にとっては、増え続ける使用済燃料の貯蔵問題と並んで、大きな関心事であり、その早期実現は、原子力発電所の円滑な立地にも影響する重要な問題である。
 現在、使用済燃料を再処理までの間貯蔵する中間貯蔵施設については、関連法令が整備され、また、高レベル放射性廃棄物の処分については、その制度的枠組み整備のための法案審議が進められている。今後、廃棄物処分問題の取組においては、「高レベル放射性廃棄物処分に向けての基本的考え方について(1998年5月29日原子力委員会高レベル放射性廃棄物処分懇談会)」に示された考えに沿って、まず、国民各層において本問題に関する活発な議論が行われるよう情報の公開、対話を積極的に進めることが必要である。
 また、処分場の立地に当たっては、原子力発電によって電力供給を受けている電力消費地域の住民と処分場立地地域の住民との間の「公平」を確保するという視点に立って、処分場立地地域と電力消費地域との間で住民が連携するなど、両者が共生していくという考え方が必要である。さらに、個別の処分候補地選定に当たっては、処分事業の全体構想、安全確保の基本的考え方とともに、地域がその主体的な地域発展構想を考える上で必要な、処分場との共生のための具体的方策などが、予め提示されることが重要である。

 

7.立地地域の主体的な発展に向けて
(1)立地地域の現状

 エネルギーの安定供給の確保という国の政策の重要性を認識して、原子力施設を受け入れている地方自治体にとって、安全の確保と並び、立地により地域振興と住民福祉の向上が図られることは極めて重要である。
 これまで原子力施設の立地は、自治体の財政、地域の雇用等にプラスの影響を与えるなど、地域の発展に寄与しており、また、既設の原子力発電所立地地域においても、施設の維持・保守を通じ、地域経済に安定的な波及効果を及ぼしている。
 一方で、電源立地促進対策交付金や固定資産税のもたらす経済的効果が建設・運転の初期に集中していることから、より長期的な地域振興対策を求める声や、より広域的、総合的な国の振興策を求める声もある。また、立地の前後では地域社会のニーズが変化しており、公共施設の整備等社会資本の充実から、若年層の定着や高齢者対応などへと質的な変化が見られる。

(2)主体的な発展に向けて
 このような状況を踏まえ、立地地域の主体的な発展を維持するには、
 が重要となってきている。その実現のためには、地方自治体の主体性を優先しつつも、国、地方自治体、事業者の三者が適切な役割分担を図りつつ、相互に連携、協力して取り組むことが重要である。
具体的には、まず、地方自治体においては、公共施設等のハード面の整備のみならず、体制の整備や人材育成等のよりソフト面にも軸足を置き、長期的、総合的な振興策を検討していくことが求められている。
 地域に密着して事業を営む原子力事業者においては、これら地域の主体的発展への取組に対して、民間企業の立場から、その資源、ノウハウを活用し、新しい企業の創生や、地域の将来像を描くなどの試みに積極的に参画していくことが期待される。
 また、国においては、このような地域の新たな発展の方向性も踏まえ、これをできるだけ有効に支援するような振興策を検討することが重要である。また、電源三法交付金等、国の電源立地促進策についても、このような観点も踏まえ、より地域の発展に役立つように、常に見直すよう努めるべきである。

 

座長所感(あとがきにかえて)

 本分科会においては、「国民・社会と原子力」をテーマに、検討を行ってきた。原子力政策に、国民・社会の視点が重要であることは、誰もが認めるところである。しかし、その論点が何であるかは、議論を始めるに当たって、必ずしも明確なものではなかった。その意味で、本分科会に与えられた使命は、国民・社会と原子力の関係を分析した上で、そこに方向性を示すことであり、そのような重要な役目を負うことは、我々にとって喜びであると同時に、大きなチャレンジであった。

 本分科会においては、それぞれ専門分野の異なる委員による発表等を通じて、論点を明確化していくことから始めた。それぞれの分野で第一線の専門家である委員の発表は、非常に勉強になるものであり、考えさせられるところが多かった。また、理工系から社会科学、そして人文科学、さらには実務者、消費者を交えた委員による議論は、我々が直面している課題への、学際的アプローチを可能にし、原子力を考えるに際し、新たな視点を提案できたのではないかと思う。

 本分科会は、全面公開の下、9回にわたって活発な議論を行った。国民・社会の観点から原子力政策を議論するところに主眼を置いたため、原子力政策に対する意見、立場の違いを超えて、議論を深めることができた。もとよりそれぞれの委員の意見が完全に一致することは不可能だが、お互いに理解し合い、当初の予想より、はるかに多くの意見の一致をみたと評価している。本報告書は、最終的に委員全員の了解のもとに完成した。

 本報告書においては、政策決定に当たり、プロセスが大事であることが強調されている。本分科会自体が、そのプロセスを実践し、プロセスの有効性を示せたものと思う。そして、本報告書が原子力関係者のみならず、原子力発電による電力の消費者である国民一人一人に、日常生活と原子力との関わりについて考えて頂く一助になることを期待したい。

 最後に、それぞれの分野における活動で多忙な中、最後まで熱心に議論を行って頂いた委員の方々に感謝の意を表したい。