(1)開会について
○太田座長より今後の審議の進め方について、説明があった。
- 4月7日に開催された策定会議で、第一分科会としての最終的な報告を5月31日の策定会議において行うよう指示されたことを受け、本日を含め3回程度の審議で報告書の取りまとめを行いたい。
- これまでの議論を踏まえ、報告書作成のためのたたき台として、第一分科会報告書骨子案を作成したので、本日は、これを基に審議をお願いしたい。
○事務局より、本日の配布資料の確認があった。
(2)第一分科会報告書骨子について
○太田座長より、本日用意した報告書骨子案の位置づけと本日の審議の進め方について、説明があった。
- 本骨子案は、2月の本分科会に提出した論点メモの構成に沿い、各委員からのプレゼンテーション及び審議内容を盛り込み、若干の補足を行い報告書の骨子としたものである。
- 分科会報告書は、座長の責任において取りまとめるよう策定会議から指示されているが、第一分科会については、5月12日、19日の会合で報告書をまとめ、5月31日の策定会議に報告することとしたい。
- 報告書案を用意するに際し、論点の抜け落ちや議論が不十分な点がないかとの観点から、議論いただきたい。なお、議論が不十分であった部分や、表現上の指摘については、後日文書で提出いただき、報告書案作成の際に参考にすることとしたい。
- 骨子案の内容に加え、報告書の基本的構成の是非についても意見をいただきたいが、まず、内容について全体を通して審議いただき、最後に構成も含めて全体的な意見をいただきたい。
- 審議の具体的な進め方については、資料2「第一分科会報告書骨子(案)」を、「文明と原子力」の部分、「国民・社会と原子力」のうち、安全、国民の信頼感・安心感、政策決定に関する部分、「国民・社会と原子力」のうち、国、地方自治体、事業者等の関係のあり方、立地地域の自立的な発展に関する部分の3つに分け、各々事務局の説明の後に、審議することとしたい。
@「文明と原子力」について
| ○ | 事務局より、資料2の第一分科会報告書骨子(案)に基づき、「文明と原子力」の部分について、説明があった。 |
| ○ | 主な質疑応答及び関連する意見は以下のとおりである。 |
(下平尾委員)
- 資料2の1頁13行目に「先進諸国における物質的充足等の潮流は」とあるが、発展途上国の物質的充足こそ、21世紀においてエネルギーや文明に新たな方向を与えるのであり、先進国のみではなく発展途上国も含めるべきである。2頁16行目には「世界に住む人類全体として」との記述があり、人類全体の方がより適切である。
- エネルギー問題は、先進国ばかりで論じるべきではない。例えば、12億人余りの人口を有する中国で生活レベルが上昇すれば、世界的に化石燃料に対する需給がひっ迫するとの予想もある。中国は石油の輸出国から、今日では石油・石炭の輸入国となっている。中国、インド、ブラジル、パキスタン等の億単位の人口を抱える国々の工業化が進むと、世界における石油、石炭の消費の増大、エネルギーの国際的需給関係が変わるのではないか。21世紀の世界のエネルギー需給については論調が甘くなっており、もっと厳しい記述がなされるべきである。
(長見委員)
- 全体的に記述が甘く、また大きな観点から記述されているので、一般の人が読むと非常に抽象的に感じる部分がみられる。個々の生活のレベルでのエネルギーの不足や、文明の発展の中でエネルギーの不足が、いかなる影響を与えるのか、もっと書き込んだ方がよい。原子力とその可能性についても、世界的にも、日本の国民生活においても、エネルギーの不足が何をもたらすのか、具体的に加筆するべきである。
(西部委員)
- グローバリゼーションという言葉が使用されているが、この言葉は解釈が確定しておらず、いわゆる国際化とは意味が異なるといわれている。経済活動などが広範囲に影響を及ぼしあうとの意味では、双方とも広域化と言い替えられるが、グローバリゼーションという言葉には、さらに、世界には共通の普遍的な価値観、規範や行動様式などがあるとの意味が含まれており、流行語を安直に使うべきではない。
(桝本委員)
- 厳しさが足りないという意見には大賛成であり、もう少し堅実な表現が必要である。またこれは日本の長期計画であるので、日本の現在の文化、文明や社会の豊かさと、それを支えるエネルギーについて、切実な表現が求められる。流行り言葉としてのグローバリゼーションを受け入れるとしても、そうした統一化が進むほど、逆に日本としてのユニークネスやアイデンティティが間違いなく必要となる。そうした観点から、日本が世界のエネルギー需要の6%を消費している、エネルギーも他の資源と同様に世界の平和に依存しており、資源のない日本は技術のエネルギーである原子力を必要とするといった、切実感が文明と原子力の項目には記述されるべきである。
(田中委員)
- 本第一分科会の報告書を含め長期計画の文章が、誰に対して発信されるのかを明確にした上で、構成や文章のスタイルを検討すべきである。この骨子はよくまとまってはいるが、このままでは高校生向けの教科書のようである。日本の国策はこうであるが、なぜそうなのかとの観点から、気迫のある説明がなされるべきである。情報の最終消費者の身近な感覚を呼び覚ますような、書き方やテーマの選択が必要である。
- グローバリゼーションとは、基準や価値観の標準化あるいは普遍化というニュアンスの強い言葉で、国際化とはニュアンスが異なり、いかなる意味でこの用語を選択したのかの説明が必要である。
- インタナショナリゼーションでもグローバリゼーションでもよいが、一つの国の政策や活動が他の国や世界の影響を受けないわけにはいかないという傾向の中で、なおかつその国独自の国益、ナショナルインタレストを追求して達成しなければならない。その一つがエネルギー問題であり、その点をもっと国民にアピールするべきである。
- 国民は、原子力が平和利用と軍事利用の両面を有することを既に学習しており、言いたいことが平和利用であれば明確に文字とするべきである。また、世界の平和利用に向けた過去から現在に至る動向はどうであるか、原子力発電のみでなく平和利用の領域が広範囲に広がっていること、世界における原子力の役割や原子力発電所の基数なども具体的に記述する必要がある。
(住田委員)
- 資料2の2頁15行目の部分は、ここだけを読むと何のことか理解できない。グローバル化された世界に住むとはどういう意味なのか。Cの「人間を価値の中心に据えた」という表現も、その他生物を除いた人類だけを保護すべきだと解釈され、地球との共生と矛盾することになりかねない。先進国や発展途上国を含め人は等しくその尊厳を重んじられるべきとの趣旨であれば、より適切な表現を検討すべきであろう。人類は地球のもっとも凶暴な動物であるという言葉も連想してしまう。
- 原子力の可能性と有用性を強調しているが、前提として化石燃料は有限であり、その中であるものを大事に使うべき、またウランもある意味有限であり、だからこそリサイクルし有効に使わなければならない、といった資源の有限性についても、記述を加えることを提案したい。
(西部委員)
- JCO事故の後、本分科会でも、原子力は将来的には廃止するべきとの意見が、かなり多数の委員から述べられたと記憶している。個人的には、文明の振興を目指すならば、原子力は必要であると考えるが、文明が衰退してよいならば消極的な選択も有り得ると申し上げた。原子力をやめるべきとの安直な意見には反対であるが、一体その際の議論や発言はどのように扱われ、報告書にどう活かされているか不思議でならない。全く汲み取られていないのではないか。
(クラーク委員)
- 発展途上国の発展は、今までに比べて凄まじいものになると予想される。中国、インド、ブラジルなどは経済発展の秘訣を覚えてきた。十年後には、発展途上国のエネルギーの需要は先進国を上回る可能性は十分ある。豊かさの向上によりエネルギーを使うという曖昧な表現よりは、中国やインドでのエネルギー消費の増大をもっと取り上げるべきである。
| A | 「国民・社会と原子力」のうち、安全、国民の信頼感・安心感、政策決定に関する部分について |
| ○ | 事務局より、資料2の第一分科会報告書骨子(案)に基づき、「国民・社会と原子力」のうち、安全、国民の信頼感・安心感、政策決定に関しての部分について、説明があった。 |
| ○ | 主な質疑応答及び関連する意見は以下のとおりである。 |
(岡本委員)
- 資料2の6頁21行目の「安全は最も重要度の高い価値として位置付けられ」とあるが、現在社会においては今だそうなってはおらず、「今後の社会においては、安全は製造、経済性、技術開発などを上回る最も重要度の高い価値として位置付けられるべき」と訂正することを提案する。
- 資料2の9頁3行目に信頼感は人と人の信頼の問題とあるが、雰囲気のみで内容のない装飾に過ぎない記述ではないか。信頼感については、免許事業の責任とその構造を再度見直し、免許を有する者が免許を有しているとの自覚の下にその責任を果たすように制度的な担保を行わなければならない。核燃料取扱主任者が、違法な手順の変更の稟議書に判を押していれば、例えば事故が起こらなくとも、免許を失効させるべきであり、自覚のみを求めていたのでは解決にならない。免許行為の範囲を適切に定め、そこからの不幸が起こらないようにすべきであり、現制度の議論に盛り込む形で報告書に反映いただきたい。
(神田委員)
- 従来の産業ではまず安全規制があり、それが破られて事故が起きた場合に防災、例えば火災が発生して消防車が来るようなことが生じる。さらに、それで被害が発生すれば、損害賠償が求められる。すなわち原子力においても、安全規制、防災、損害賠償は、並列する三本柱であり、資料2で防災が安全確保の項目に入っているのは少しおかしいのではないか。
- 防災と消防は同じ意義を有する概念である。消防署があると、類焼の危険が減じるため、住民の安心につながる。原子力においても同様に、事故が起きても被害が自分たちに及ばないようにしてくれる防災こそ、安心の問題での最重要課題だとの意見も、立地地域の住民において多数みられることを指摘しておきたい。
- 原子力災害特別措置法の名称における「特別」とは、総理大臣が本部長になることで、簡単に言えば、省庁の壁を越えて活動が可能となるとの意義があり、都道府県や市町村から強い要望があったものである。原子力災害で特別措置法が設けられた例は、諸外国にも例がなく、ドイツやフランスでも高く評価されている。これらの観点も報告書に反映していただきたい。
(下平尾委員)
- 資料2の5頁18行目について、地方分権とは、権限、財源、人や情報を地方に移すことであり、組織と個の関係の問題ではなく、地方自治体の権限が非常に強くなることを意味する。原子力発電所の立地は、一市町村や一立地県の問題にとどまらず、国民全体に係わる問題である。18行目「組織から個人を」から20行目「諸変化が」までを削除すべきであり、地域住民から我々の町や村にそういうものは必要ないとの意見が出たときにどうするのかを検討する必要があるのではないか。
- 原子力は重要な生活インフラであり、安全安定運転に関連して国や事業者には非常に大きな責務が課せられており、その見返りとして経営の安定が図れるよう一定の社会的、経済的な規制が与えられている。規制緩和のみが進んできたにもかかわらず、安全確保については従来通り事業者の責任だというのはおかしい。日本は国内資源をほとんど持たず、エネルギーの安定供給を図るとの観点から、社会的、経済的な規制の在り方について明確に位置づけるべきである。
- 資料2の7頁21行目に「安全性を軽視した経済性は長期的には存在しえない」とあるが、安全性を軽視した経済性は短期的にも存在し得ず、「長期的」との語句は削除すべきである。安全性と経済性は両立させるべきであり、そのために電気事業者が経営の合理化を図るなどの努力をされているのであり、そうした趣旨の記述とすべきである。
- 資料2の13頁23行目に「国の政策決定の権限と責任の所在については、憲法、法令により定められている」とあるが、これは自明である。現在問題なのは、どこに本当に責任の所在があるのか、そして大きな課題について柔軟に対応できる体制になってはいないということではないか。
- 資料3において、リスクについて記述があるが、不安感以外にも過大な負担であるとの意味でのリスクも存在する。例えば、発電所の立地及び隣接市町村に薬品の配布を実施しているが、保管等の仕事が増え、市町村にとって大きな負担となっている。リスクの内容についてはもう少し検討すべきである。
- 資料3の不信感については、図に示されている以外にも、原子力そのものに対する不信感が根底に存在している。感情、感覚による不信感から、経験上の不信感、理論上の不信感へとつながっており、原子力そのものの信頼の回復をいかに取り戻すのか、ひとつの検討の柱としてたてるべきである。
- 全体の構成について、「T.文明と原子力」において、21世紀における原子力エネルギーの意義が記述されているが、逆にテーマを「21世紀における原子力エネルギーの意義」として、副題を「文明と原子力」とするべきではないか。21世紀における原子力エネルギーの意義を前面に打ち出すべきである。「U.国民・社会と原子力」では、原子力計画の推進のための課題を明らかにし、どのような手段でいかに解決を図るか、それによりどのような結果が生じるのか、政策的に論じる必要があるだろう。項目をならべるのではなく、全体の筋書きを明確にしていかなければ、実感のない報告書に終わってしまうのではないか。
(住田委員)
- 資料2の14頁6行目で、国民の合意形成について、合意形成とはいかなる状態かを論じるより、政策決定過程での適切なプロセスが重要との記述は、一般論としては賛同できる。しかしながら、原子力は生活基盤として重要な役割を果たしている、国民の議論を呼んでいる、巨額の予算を費やしているなどの観点から、プロセスが重要であり合意形成の状況はどうでもよいとの誤解を招きかねないような表現は慎むべきである。国民の合意形成に常に注意を払いつつ、他の政策決定過程以上に、より深化した合意を形成するための手段を検討していくとの記述が必要であろう。
(長見委員)
- この報告書が誰に向けて書かれているのか明確にすることが必要である。また、誰がどうするのかとの観点がなければ、言い放しの解説書となりかねない。この報告書は、施策につながるものか、現状解析なのか。私は前者であるべきであり、それぞれの分野の方に各々の部分を引き継いでいただけるようにする必要があると考える。特に、マスコミの報道や教育に関する部分には、誰かがやってくれるだろうとの記述の傾向が見受けられる。
(石橋委員)
- 資料2の6頁以降JCO事故を踏まえた国の役割等について記述があるが、本分科会でも今までに優れたプレゼンテーションが数多く行われ、国民の不安や不信についても緻密な分析が成されており、現状についても十分に踏まえた報告書とすべきである。前回の策定会議においては、策定会議の報告書と分科会のそれとは別個独立であるとの説明があったが、そうであれば分科会の報告書の分量は多くなっても、審議の中での分析や意見について十分な記述を行っていただきたい。
- 資料2の6頁以降に、JCO事故に関連して国の役割等に関する記述があるが、事業者に対し現場において高い道徳を求めることは適切ではない。事故では、原子炉等規制法に基づく保安規定とその手順書に対する明白な違反があったが、昭和61年度の原子炉等規制法の改正で原子力施設の検査、監督を民間の指定機関に委任して以来、国の検査官が現場に赴くことが少なくなった。やはり国の検査官を大量に増員し現場に赴き厳正に検査するべきであると考える。
- 資料2の10頁に事故とトラブルとあるが、JCOの臨界事故や使用済燃料輸送容器のデータ改ざんは、トラブルというものではなく、むしろ「不祥事」と表現するべきであり、こうした不祥事に対する原因解明と対策がなければ、国民の不安感はなくならないであろう。
- 情報公開について、特に事故に関しては、生の情報を提示し国民と共有することが必要である。
- 政策決定過程における住民参加については、公開ヒヤリングについて提言をさせていただいたが、原子力発電所、廃棄物処分施設双方を含め、重要な課題と認識しており、ぜひ検討していただきたい。
(山崎委員)
- 資料2の7頁16行のニュークリアセイフティーネットワークについては、JCO事故と原子力発電所の安全性は明らかに峻別して議論すべきだが、ひとつの教訓として真摯に受け止め、原子力産業全体に徹底されるように設けられた制度であるとの経緯を、追加で記述することが適切であろう。
- 同頁21行目については、安全性と経済性はトレードオフの関係にあるのではなく、努力により同時達成可能であるということを、より明確にした記述とするほうがわかりやすいのではないか。
- 資料2の11頁15行の安全確保の記述については、より踏み込んで、国の安全審査と事業者の自主保安における努力について、わかりやすくアピールすることが有効ではないか。
- 資料2の12頁11行の「情報提供」との語句は、「リスクコミュニケーション」とした方が適切ではないか。
- 現場の検査官の増強など規制の強化が安全確保につながるとの指摘に対しては、規制を強化すればするほど安全が達成されるわけではなく、事業者の自主保安こそが重要であり、国は規範を示しつつそれが適切に実施されていることを確認するべきであると申し上げたい。事業者の自覚とやる気こそが、安全確保を達成することを認識していただきたい。
(西部委員)
- この報告書をみる限り、根本的なゆがみが感じられ、到底委員として参加することを了承しえない。規制緩和・自己責任の時代、グローバリゼ−ションなどという認識が基調にあるようである。事業者の自主的な努力の意義を否定するものではないが、JCOの事故で露呈したように、原子力は潜在的な危険を有しているにもかかわらず、日本が社会、企業や公共団体として幼稚な危機管理体制しか備えていなかった。そのことこそが、諸外国に軽蔑混じりに批判されたのである。
- 危機管理とは、法律によるのか慣行、慣習によるのかは別として、何らかの規制の体制である。そうした観点が報告書には全く取り入れられておらず、情報や教育を徹底しさえすれば、あとは自己責任に任せればよい、それで原子力への信頼も回復できるとの、馬鹿げた論議に陥っている。危機管理とは、様々な規制のオプティマルミックスであり、国、企業、自治体や住民として検討すべき課題であるにもかかわらず、そうした観点が全く欠けた報告書に参加したのでは、知識人の端くれとして恥をかいてしまう。
(天井委員)
- 資料2の17頁の教育についてですが、我が国はエネルギー源として原子力を選択した、いわば原子力立国であり、それに相応しい教育のあり方について、当面の課題に加え、長期的な見通しに立ったさらに具体的な提示が必要ではないか。総合的な原子力教育のあり方については、文明の発展とか、原子力とその可能性についてまで、ここで論じられていることをどう教育の中に取り入れるか検討して報告書に盛り込む必要がある。
- 資料2の18頁21行目に「正しい理解が持てるよう」とあるが、何が正しい理解なのかを具体的に述べるべきではないか。例えば、原子力そのものを総合的に捉えたカリキュラムや教科書の整備が必要であり、例えば、「文明や科学技術の発展と原子力」「エネルギーの安定供給と原子力」「環境問題と原子力」「国民生活と原子力・放射線」「安全確保と原子力」「リスクと安全」「世界の平和と原子力」などといった項目で、体系的かつ総合的に捉えていくべきである。
- 総合的な原子力教育ができるよう支援する体制の整備が必要であるが、学校の教員が直接アプローチすれば、正しい情報や適切な教材を入手できる情報提供の場が求められている。資料2の19頁8行目のネットワークについては、地域の施設見学等に重点がおかれているようであるが、こうした視点も具体的に追加していただきたい。
(桝本委員)
- 資料2の9頁25行目の「国民に原子力のプラス、マイナスの両面について客観的に情報を提供し、・・」や、13頁18行目の「第三者的組織が中立的な立場から、マスメディア等によるエネルギーや原子力に関する誤情報を指摘し、・・」との記述については、国民やマスメディアの皆様が、原子力について考えるための素材、判断に必要な要素が的確に出されることが大切との主旨であると思う。誤報道の指摘も必要であるが、誤りに気付くための情報の提供や、そのための情報整理は非常に重要だと考えている。
- そこで、原子力政策円卓会議より2月の中旬に出された提言において、「他政府機関とは独立の立場に立ち、情報の収集配布機能を持ちその上で国民の意見の収集、政策提言を行う会議(仮称:原子力政策コミュニケーション会議)」の設置を提案しているが、上記の趣旨を踏まえて、この会議に情報を整理し、マスコミや一般国民に提供する機能を持たせることを検討することを提案したい。
(田中委員)
- 資料2の7頁に「規制緩和・自己責任の時代において」とあるが、この部分はそういう時代であるが原子力は例外であるとの解釈をすべきではないか。原子力は、JCO事故や、保障措置や核物質防護について条約により規制が課せられていることからも明らかなように、非常に機微な技術であることを認識すべきである。
- 資料2の8頁3行目の防災の問題については、安全確保が国や事業者の責任の問題であるのに対して、防災は地域社会を巻き込み、さらに地域社会の住民に多くの負担を要するものであり、安全確保の項目に含めるのは不適切である。独立に新項目を設けるべきである。資料では「国、地方自治体、事業者が連携協力してその実効性を確実なものにしていく」とあるが、本来防災は、地域社会とその住民、ボランティア団体をも含めて達成されるものではないか。
- 資料2の9頁2行目の信頼感の醸成については、もっと率直に、意図的な事実の隠蔽や歪曲、虚偽の報告は許されない、あるいはそうしたことが不信の原因となると明記するべきである。原子力施設の事故としては極めて小さいにもかかわらず、社会的に大きな事件となったほとんど全ての原因はそこにある。
- 新技術が社会に採用される際には、必ずリスクだけではなく反面のベネフィットも考えて、リスクとベネフィットのトレード・オフにより受け入れるか否か社会として判断するのが、一般的な取り扱いである。資料3については、国民社会と原子力というならば、リスクのみを記述するのではなく、ベネフィットも併せて判断を行うとの観点より解析を行い、ベネフィットの図を追加していただきたい。
(桝本委員)
- 原子力については規制緩和の例外という指摘があったが、核拡散や臨界管理といった基本的な安全についてはその通りであるが、実際に発電所で行っている個々の作業について、詳細な規制やその強化は、有害であると思っている。規制を強化すべき部分と、事業者が自主的に行うべき部分をきちんと峻別していただきたい。
(高橋委員)
- 資料2の13頁の「理想的には、国民全ての利益や希望と合致する決定を行うことであるが、現実的には困難」との記述は荒々しく切り捨てている印象を与え、困難ではあるが追求に努めると表現するのが適切ではないか。
- 資料2の14頁の「政策決定方法としては、・・・といった方法があるが、どの方法が適切かは、・・・等の要因を踏まえて選択される」とあるが、二者択一、三者択一は原子力の政策決定にはなじまず、「どの局面ではどの方法が適切か」とすべきであろう。
- 資料2の10頁の情報公開については、本報告書では情報公開と情報提供は区別されているようであるが、透明性の確保の観点から、わかりやすい情報を政策決定者が積極的に発信していくという情報の提供の側面も、より明確に打ち出すべきではないか。
- 原子力災害特別措置法については、法律自体に反対だったわけでなく、従来の災害対策基本法の地方公共団体の役割を廃して、国に一元化することは現行の法体系には合わないだろうと申し上げたことがあった。その段階で防災については議論を尽くし、ある程度の議論の蓄積があった。それが原子力災害特別措置法に生かされたという自負もあるものの、もう少し早く事故の前に実現されていれば、外国から批判を受けることもなかったであろう。我が国ではとかく問題が起きて初めて事が進むが、原子力の問題については、制度の改変や政策決定のテンポを速め、情勢の変化を先取りすることが大切であろう。
(岡本委員)
- 労働条件と労働環境に留意すべきことをどこかに入れていただきたい。発電所は非常に整備されているようだが、燃料工場については定かでない。JCOウラン加工工場では、非常に大規模なリストラが行われ、95年と比較して98年には、一人当たりの生産量が1.8倍になっている。それが不注意とかずぼらな労働の要因ともなりかねない。通常の労働者の権利という観点とは別に、リスクの管理という観点からも、労働条件や労働環境への留意が必要であるとの記述が必要である。
(神田委員)
- 既に述べた三大柱のひとつである損害賠償について、記述がないのはおかしいのではないか。
- 規制には、物質規制と事業者規制があると原子力学会で発表しているが、電気事業者が規制強化の意味がないといわれるのは、事業者規制の範囲では全くそうである。逆に、物質規制が十分なされていれば、JCO事故は防げたであろう。核燃料の取り扱いに関し、現行の原子炉等規制法を、原子炉の規制法と核燃料の規制法に分け、原子炉規制法は従来のままでよいが、核燃料の規制については物質規制と事業者規制を併用していくべきである。原子力発電所の方は事業者の意識で担保できる部分が大きいが、核燃料の方は扱っている人が雑多であり、かねてより自己の利益の追求に走りかねない傾向がみられる。
(住田委員)
- 原子力損害賠償法の見直しに加わったが、賠償の範囲について、これまでの外国流の直接被害、間接被害に分けるやり方は我が国にはなじまず、細かく風評被害についても規定すべきとの研究会を開こうというところでJCO事故が発生した。我が国は、損害賠償について世界的にもトップクラスを目指しており、実際に事業者の無限責任、国の保障などが制度化されているが、これは広い意味での国民の安心感につながることではないか。
(田中委員)
- 私が規制が必要と申し上げたのは、例えば工法の変更や建屋内部の構造上の変更といった、技術に対する規制を厳格にすべきとの趣旨であって、技術者に対する規制に対して申し上げたのではないことをお断りしたい。
| B | 「国民・社会と原子力」のうち、国、地方自治体、事業者等の関係のあり方、立地地域の自立的な発展に関する部分について
|
| ○ | 事務局より、資料2の第一分科会報告書骨子(案)に基づき、「国民・社会と原子力」のうち、国、地方自治体、事業者等の関係のあり方、立地地域の自立的な発展に関する部分について説明があった。 |
| ○ | 主な質疑応答及び関連する意見は以下のとおりである。 |
(石橋委員)
- 資料2の20頁の住民投票については、前回の策定会議において、巻町での住民投票や中部電力の芦浜の立地計画の断念なども踏まえて、議論をまとめるべきとの指摘があり、それは第一分科会に係わる部分でもある。先の例でも住民同士の利害対立の深刻化が見られ、いかなる手順で、いかに合意や理解を得るかとの課題がある。そうした状況を踏まえた上で、我が国では住民投票について学者等の見解は一致していないものの、現状の認識については記載すべきである。
- 中間貯蔵や高レベル放射性廃棄物処分施設などの問題についても、今後大きくなると予想され、また地域間の対立も生じつつある。今般提案されている特定放射性廃棄物の処分に関する法案の中では、住民の理解や利害対立などについては制度化されていないが、高レベル放射性廃棄物処分懇談会の提案等も踏まえて、報告書を取りまとめるべきである。
(山崎委員)
- 原子力は複雑な背景を有しており、直接的な個々の住民による投票にはそぐわないのではないか。地域の意思とは別の次元での賛成、反対グループ間の闘争にもなりかねず、天下国家を左右する決定としては適切でない。間接民主制の原則に基づき、見識のある人が決めていくのが筋であろう。住民投票については、もう一歩踏み込んでそうした点を踏まえた記述とするべきではないか。
- 資料2の23頁14行目について、電気事業者をめぐる情勢は今後益々厳しくなり、事業者の取り組みとしては、経営的なことも考慮しなければならない。共存共栄の理念の下で、汗をかくという協力を最大限に行うことは言うまでもないが、それを基本として「民間企業として経済性も勘案しつつ」などといった表現を盛り込んでいただけないか。
(神田委員)
- 資料2の22頁7行目「国、自治体、事業者の責任が明確にされ」、同頁12行目「積極的な情報の公開・提供に努め」とあるが、防災について地方自治体、立地市町村と立地都道府県のヒアリングを実施した際には、立地に伴い自治体の仕事量が多く非常に負担となっているとの意見が大勢であった。また、今回隣接県も特別措置法での対象となるが、予算措置や人的措置がないにもかかわらず義務のみが増加することに対し、国はどう考えているのかとの指摘も相次いだ。まとめると、立地に伴う当該市町村の責任は非常に重く、大量の情報を提供されてもそれを適切に解釈できる人材を手配するための予算措置がなされていない、また今回隣接県に対しても義務が拡大されたが、それに対し国として十分な指導、措置を行っていただきたいとの指摘である。本来原子力に反対したくないのに、こうした負担が大きいため反対しているという人も存在していることを、指摘しておきたい。
(岡本委員)
- 住民投票について、山崎委員への補足であるが、同じ地域において、選挙で人を選ぶのと事柄を選択するのは、論理的に両立しえないことは、政治学や選挙学の教科書的な基本認識である。私は住民投票には否定的であり、住民投票では片方がボイコットすることも多く、片方の努力しか反映されず、住民の意思が反映されないおそれがある。むしろ世論調査的な方法で住民の意思を査定する方法を開発するべきであり、「住民の意思の査定手法についても広範に検討するべき」のような表現に改めてはどうか。
(住田委員)
- 以前高橋委員からいただいたプレゼンテーションの内容は大変に参考となった。住民投票の具体的位置づけについては、抽象的でなく具体的な記述を書きこむことを、ぜひ高橋委員自身にお願いしたい。
(田中委員)
- 資料2の23頁1行目について、「公共施設の整備等社会資本の整備」との表現は従来の土建政治的な印象が強く、表現をやわらげるべきである。地方では最近都市化が進み、土建政治に対する拒否反応が高まっているため、例えば「高度情報化を含む公共施設」との表現としてはどうか。
- 同頁12行目に「体制整備」とあるが、何の体制か分らない。例えば情報インフラの整備といったように語句を追加してはいかがか。これからは、若い人や女性に対して、遠隔地から働いてもらうため、在宅勤務の増加が予想される。また、原子力の立地地点では、防災、緊急時情報が速やかに立ち上げられ、機能する情報システムの開発が必要である。また高齢化なども踏まえ、医療情報システムの観点を盛り込んでいただきたい。
(下平尾委員)
- 田中委員の指摘は理解できるが、電源三法の交付金で行うのは困難である。「街路灯はよいが防犯灯はだめである」、「後に残る建築物などがなければだめだ」などとの制約があり、実施しようとすれば防災との観点から新たに予算措置を行う必要がある。
- 電力自由化で、人員の整理、経営合理化が進むことに伴って、地域協力予算も合理化され、地域との関係が希薄になるとの懸念が発生する。そうした予算を事業者が負担するのか、国単位で負担するのか、事業税を県に納めて県が配布するのか、税体系にも踏み込んで議論する必要があるのではないか。今後、地方自治が進むと、東京都の例のように外形標準課税が電気事業者にも課せられる可能性もある。ここに記述するかは別の問題であるが、事業者でなく国が何をなすべきか明らかにするべきである。
(西部委員)
- 流行言葉である「自立的」との表現を用い、骨子の末尾で自立的発展という項目を設けているが、半分以上は嘘だと思う。原子力発電所を受けいれる地域は、自発的発展が困難であるから、立地に伴う収入をきっかけにして発展が図れないかと考えて受けいれるのである。自立的との意味は定かでないが、一方でグローバルといっておいて、地域の自主的発展とは、論理的にありえないだろう。せめて、地域自身が主体的、積極的に地域振興に取り組むべきとの程度にとどめるべきである。流行言葉を用いて、あたかも地域の自立的発展が可能であるような事を言っておいて、原子力事業体がそれにいかに貢献できるかとは、論理の展開が逆さまではないか。
- せっかく、様々な実状をご存じの方々が集まっているのであるから、もう少し率直な記述ができないものか。住民参加については、せめて直接民主主義に基づく住民投票のメリット、デメリットを幾つか提示して、読み手にいささかなりとも考えさせるべきである。皆様が一番悩んでいる問題について、かくも臆病丸出しの文章では、ここには女性もいるが、男の端くれとして恥ずかしい。
(石橋委員)
- 自立的発展について、地方の出身としては、自立していないものを助けるような印象があり、抵抗を感じる。自主的などの表現が適切ではないか。
- 下平尾委員のプレゼンテーションにおいても指摘があったが、電源三法は既に制度疲労を起こしており、抜本的に見直すべきと考えている。省庁再編に際して、原子力委員会も高所から電源三法のあり方を見直すよう提言を行うべき機会ではないか。
(高橋委員)
- 複数の委員から指摘があったことを踏まえると、電源三法に触れていない報告書はおかしい。必要最小限度の記述は必要であろう。
(山崎委員)
- 自立的との表現が批判されているので、一言申し上げたい。原子力発電所の立地に伴う大きな収入を一種の起爆剤として、どのような町をつくり、どんな企業を誘致するのか、といったことを自らでよく考えながら進めるべきとの意味で、自立的と表現しているのではないか。その取り組みに対し、事業者は絵を描くことにも積極的に参加したり、企業誘致に知恵を貸したりといったお手伝いをすることとしたいが、基本として自分たちで町づくりを行うとの気持ちだけは持ち続けていただきたいと考える。それが正しい地域振興の在り方ではないか。
(太田座長)
- 事業者は国民や消費者との関係も考慮しなければならず、地域の振興とはトレードオフも関係になるとの側面もある。そうした観点も盛り込む必要があるであろう。
(西部委員)
- 自己責任との言葉も流行言葉である。自己との言葉も、ルールや規制が存在し、それらとの係わりの中で初めて自己が逆規定される。一方で規制緩和があり、責任範囲を不明確にしておきながら、曖昧極まりない自己責任の概念を持ち込むのは、政策論を論じるものとしてあってはならない。
(太田座長)
- マスコミの不十分な報道や誤報道、地元のある意味で過大な要求に対して事業者は言われっぱなしということもありうる。事業者側の立場、あるいは第三者的な立場で、言うべき事が存在するであろう。こうした視点の記載も必要ではないか。
(山崎委員)
- 規制、自己責任については、原子力では現行の国の安全審査、工事計画認可、定期検査等の規制で十分な担保がなされており、その前提の上で、事業者の自己責任の下で適切に安全確保が達成されている。前提が省略されがちであるが、国には立派な規制が存在しており、両者が相まって安全確保がなされていることを忘れてはならない。
C全体構成・その他について
○太田座長より、発言があった。
- 全体を通じて、報告書の構成、その他お気づきの点があれば、意見をいただきたい。
○主な質疑応答及び関連する意見は以下のとおりである。
(長見委員)
- 全体の流れとして、原子力を推進するとの印象が強く、読み手に先入観を与えかねない。原子力があるからエネルギーはいくらでも使えるような誤解を与えないよう、省エネ、新エネ等の記述を含めて、エネルギー全体のバランスを示すような記述としていただきたい。
(黒田委員)
- 報告書の始めに勇ましく文明と原子力が出てきたが、後段になると表現が非常にあいまいである。長期計画の策定の上でどこに優先順位を付けてやるのか、表現から読みとれない。
(太田座長)
- 第一から第六分科会まで、分科会毎に独自に報告書を作成することとなる。第一分科会の報告書として、与えられたテーマの中で自己完結していればよい。当然のことながら、全体のレポートには優先順位がつけられることと思う。
(藤家原子力委員長代理)
- 分科会の報告書を中心に、策定会議で議論を行い、長期計画は全体として政策提言となるものを提出していただきたい。国民の皆様に読んでいただくのが大前提であるので、分量は可能な限り減らして、隅々まで読んでもらうようにしたい。
- 第一から第六分科会では、いずれも活発な議論がなされており、その結果は各分科会の責任においてまとめられ、印刷物として公表されることとなる。議論の結果が、分科会の間で必ずしも完全に一致している必要はなく、日本の社会の持っている方向性の範囲内であれば、多少のズレはあってもさしつかえない。
- 今回の長期計画は従来の延長ではなく、試行錯誤でよいものを作ることとしたい。そのためにも、ぜひ委員の方に報告書をおまとめいただきたい。分科会によっては、各委員が分担して記述したり、座長を中心に取りまとめをしている。特に本分科会は国民との接点を扱うので、多くの人に読んでいただきたいとの期待も大きい。
- 長期計画は、国民の理解と支援を得られるような長期計画としたい。
(事務局)
- 黒田先生のご指摘については、本日の骨子案はそこまで精査されたものとはなっていない。今後、各分科会で報告書のとりまとめを行う段階では、記載の内容についても統一的な尺度が期待されるべきであり、その段階で検討することとしたい。
(下平尾委員)
- 今後の政策提案を行うのであれば、現状の適切な把握、21世紀の環境変化の検討、従来の取り組みと今後のそれとの相違、すなわち新しい視点を明確に提示していただきたい。全体の筋書きと記述の強弱やリズムを工夫していただきたい。
(田中委員)
- 分科会の報告者骨子としてはよくまとまっているが、策定会議の報告書は政策そのものであり、総論では、何が現在の問題なのか、そして将来何が変わるのか明確に提示すべきである。国民が知りたいことについて、ある程度答える必要があるであろう。総論では、各分科会毎にいいたいことは数多くあるであろうが、それらを単に羅列するのではなく、優先順位を示して3〜4項目程度に収斂した総論を作成していただきたい。
○審議を受けて、太田座長より発言があった。
- 本日の議論を踏まえて、報告書の作成を行いたい。本日の骨子案に関する追加の意見があれば、4月20日(木)までに、事務局まで提出いただきたい。提出された意見も踏まえて、次回5月12日の会合には、第一分科会報告書案を用意したいと考えている。
- 報告書案の作成にあたっては、それぞれの項目について、特に見識をお持ちの委員の方々に協力をいただきたい。
(3)閉会について
○事務局より、次回の会合について、以下のとおり開催する予定である旨説明があった。