国民の皆様へ


−今なぜ高レベル放射性廃棄物処分についての議論が必要なのか−


 日本では34年前に初めて茨城県東海村で原子力を利用して発電した。現在では電力の34% を原子力に頼っているが、高レベル放射性廃棄物の処分問題は最初から考えておかなければ ならない問題であった。これをリスク管理の問題ととらえれば、冷静に理解して対策を立て、 余裕のある間に国民の合意が求められる問題である。このため、なるべく多くの人たちが将 来予見されることについて今から心の準備や科学的な考察をしておく必要がある。また、国 民の理解を得るためには、問題を先延ばししておいて急に解決に向かおうとするのは正しい 方法ではない。このような大事なことがらは十分に時間をかけて議論をしておく必要がある。 そのためにはある程度の科学的知識などを広く国民が理解し、処分問題についての議論に積 極的に参加することが必要である。その場合に国民一人一人が一から始めて勉強することを 強制することはできない。ここにのべた報告書案はこのような議論のたたき台として利用す るために作成したものである。
 高レベル放射性廃棄物処分懇談会(懇談会)の構成員は国民の各層から多彩な人たちが選 ばれている。原子力の利用についてはいろいろな意見を持つ人たちが集められた。この報告 書案の作成までには合計11回の懇談会に16回の特別会合を開催した。この報告書案はこのよ うな法律、経済、倫理、生活、マスメディア、原子力などの専門家による幅広い観点からの 意見の集約、勉強の所産である。そして、この懇談会で合意を得たことは、とにかく我々の 世代で現にある廃棄物の処分の方策を立てるべきであって、決定を次の世代に委ねるのは良 くないということである。

 原子力は、火力発電のように石炭や石油を燃した熱で蒸気をつくるのとは根本的に違って いる。それは鉱物のウラン235にいつでも反応を停められるような制御された状態で中性子 を原子核にあて、次々に反応(連鎖反応)させて核分裂を行わせるものである。この核分裂 の際に出てくる高速中性子の運動エネルギーを熱エネルギーに変えると高熱が大量に発生す る。その後は石油による発電と同じで水蒸気で発電機を回転させて発電するのである。
 しかし、それと同時に原子炉の燃料の燃えカス(核燃料廃棄物)の処理の問題が出てくる。 原子炉の中の反応は複雑で、核分裂によっていろいろな種類の物質が生成される。それらの 放射性特性もいろいろであり、それぞれの半減期もさまざまである。多くは数百年の単位で 強さが100分の1程度になる。放射能が元の半分の強さになるまでに(半減期)2万年以上か かるものもある。高レベルの廃棄物は現在ガラス固化体に換算して1万本を超えるほどに溜 まっている。核燃料廃棄物を協定によりフランスあるいはイギリスに送って処理してもらい、 ガラス固化体にして日本にもどし青森県六ヶ所村に貯蔵しているが、この最終的な処分を考 えておく必要がある。
 原子炉から出る放射能の弱い低レベルの廃棄物は、地下に埋めて数百年程度埋設しておけ ば自然のレベルにもどる。一方高レベルの廃棄物は高温に溶融したガラスと混ぜて動きまわ らないようにガラス固化体としてこれを冷やしたうえで、地下数百メートルから千メートルの安定し た岩盤の中に数千年以上埋設するのである。ウランの原石は元々放射性を持つ天然物である が、地層処分はこれを地層の中に封じ込めて永久に保管してウランの原石のレベルにもどす という一番自然な処分である。
 これに対して他の方法としては、ロケットなどにより地球圏外に打ちだす、代価を取って 進んで引き受ける国へ移す、少し様子を見て新技術で将来きっと科学的にうまい処理法が見 つかるはずであるからそれまで待つ、という差し当たって3つの方法が考えられる。
 ロケットで打ちだす方法はどうであろうか。これは有害な廃棄物を搭載して、宇宙の果て に飛ばしてしまおうとする計画で、うまく行けばどこの国にも迷惑をかけない案である。巨 大ロケットが必要であるが、この費用は今まで恩恵を受けた現代人が支払えばよい。しかし 打ち上げに失敗した場合のリスクは否めない。よってこの方法は採用できない。
 もし、迷惑な廃棄物を他の国に引き渡すとすれば、日本の対外姿勢が大きく非難される問 題になる。
 また、様子を見て問題を先に延ばすほど解決が困難になる。追いつめられて最終的に期限 を決め、短期間に問題を解決しようとすれば、国民の理解を得ることは難しいだろう。
 結局、日本領土の地下に埋設するより他に方法がない。懇談会では日本の国内のどこかへ 施設を作って処分しなければならないとすると、それをいつ、どこで、だれが、どのように してやるのかということを議論することにした。このようなことを議論するために廃棄物処 分の方法や諸外国の事例などの調査を実施した。
 高レベル廃棄物の処分問題は実際に視察したカナダ、アメリカ、スウェーデン、スイス、 フランスなどに較べて10−20年程度遅れている。しかしこのような先進諸国の知識と経験を 利用すれば、現在得られている知識で何が適当であるかということを判断することはそれほ ど難しくはないであろう。

 21世紀に向かってアジア諸国では経済成長が見込まれている。これらの諸国では必然的に エネルギーの需要が拡大するから、原子力に頼ることが大きいと思う。そのような場合に原 子炉を建設し、それを安全に運用すれば当面のエネルギー問題は解決できる。しかしそれと 同時に核廃棄物の処分の問題が出てくる。アジアで一番早く原子力の平和利用をした実績の ある我が国としては、できるだけ有効な方法を発見し、廃棄物処分までを含んで日本の技術 がこれらの国に利用されるように願うものである。

 私は環境アセスメントや地球環境問題にもたずさわってきた。産業革命以来の石炭や石油 の大量消費が今地球環境を危機的なものにしている。追いつめられたうえでの対策には限り がある。資源エネルギーの消費から廃棄物にいたるまで、われわれの世代に課せられた責任 は重いものがある。