原子力損害賠償制度専門部会

報告書(案)

 

 

 

 

 

 

 

平成10年  月  日

原子力委員会

原子力損害賠償制度専門部会


目  次

はじめに

1.賠償措置額の引き上げ
(1)法定措置額の引き上げ
(2)特例額の引き上げ
 ① 原子炉の解体
 ② 使用済燃料の発電所外の貯蔵
 ③ 核燃料物質以外の放射性同位元素による損害
 ④ 核融合

2.原賠法第20条の適用期限の延長

3.「原子力損害」
(1)環境損害
 ① 環境損害の概念
 ② 原賠法における環境損害の位置づけ
(2)予防措置費用
 ① 予防措置費用の概念
 ② 原賠法等における予防措置費用の位置づけ
 ③ 今後の検討課題

4.免責事由(異常に巨大な天災地変)
(1)国際的動向
(2)現在の免責事由の取扱い
(3)我が国における免責事由の検討

5.除斥期間
(1)国際的動向
(2)現在の除斥期間の取扱い
(3)我が国における除斥期間の検討

6.原子力損害賠償制度の中長期的検討課題
(1)原子力損害の概念
(2)原子力損害賠償に関する諸条約への対応
(3)今後の検討

(参考)原子力損害賠償制度専門部会構成員及び開催日

 

はじめに

 我が国における原子力損害賠償制度については、昭和36年に原子力損害賠償関係二法(「原子力損害の賠償に関する法律」及び「原子力損害賠償補償契約に関する法律」)が制定されて以来、諸情勢の変化に対応するという観点から、概ね10年ごとに原子力委員会において所要の検討を行い、これに基づいて法改正が行われているところである。
 平成元年の法改正以来、現在までに約9年が経過したが、その間における大きな情勢の変化としては、国際原子力機関において平成元年2月以降、原子力損害の民事責任に関するウィーン条約改正議定書(PROTOCOL TO AMEND THE VIENNA CONVENTION ON CIVIL LIABILITY FOR NUCLEAR DAMAGE)及び原子力損害に対する補足的な補償に関する条約(CONVENTION ON SUPPLEMENTARY COMPENSATION FOR NUCLEAR DAMAGE)が議論され、昨年9月に共に採択されたとの事情がある。
 本専門部会においては、このような国際動向を含む諸情勢の変化に鑑み、法改正の必要性を含む所要の検討を重ねた結果、次のような結論に至った。

1.賠償措置額の引き上げ

(1)法定措置額の引き上げ
 原子力損害の賠償に関する法律(以下「原賠法」という。)は、被害者の保護及び原子力事業の健全な発達を目的とし、原子炉の運転等の際に原子力損害を与えた原子力事業者の無過失・無限の賠償責任及びいわゆる責任の集中を規定しているが、さらに原子力事業者に対し損害賠償措置(一定の賠償措置額までの財政的措置)を講じることを義務づけている。
 この賠償措置額は、万一原子力損害が発生した場合に、被害者の保護の観点から、賠償責任の迅速かつ確実な履行を具体的に確保する基礎的資金としての重要性を有している。また、原子力事業者にとっても、偶発的な賠償負担が経常的な一定の費用に置き換えられることになり、その合理的な経営に資するものである。
 賠償措置額は、昭和36年の原賠法制定時に50億円とされ、昭和46年改正時に60億円に、昭和54年改正時に100億円に、平成元年改正時に300億円にそれぞれ引き上げられて今日に至っており、いずれの場合においても国際的水準を勘案しつつ、責任保険の引受能力等を踏まえ、賠償措置額を設定してきている。
 前回の法改正時から既に約9年を経過した現在、我が国の原子力開発利用をめぐる状況は大きく変化してきており、また民間責任保険の引受能力も更に拡大されているため、今後とも原子力に関する国民の理解と協力を得て原子力開発利用を円滑に推進していくためには、賠償措置額を利用可能な最大限に引き上げておく必要があると考えられる。
 現時点での主要国の賠償措置額の状況をみると、平成10年10月1日の為替換算率によれば、概ね1兆1480億円(米国)、690億円(スイス)、540億円(オランダ)、410億円(ドイツ)、320億円(英国)、150億円(フランス)となっている。
 米国の賠償措置額は極めて高額であるが、責任保険は270億円程度であり、事故が起こった後に責任保険を超える部分について原子力事業者間で金額を出し合う遡及賦課方式を採用しているもので、我が国の賠償措置額とは一概に比較しがたい面があると考えられる。
 英国、ドイツ、フランス及びオランダは、パリ・ブラッセル補足条約を締結しており、賠償措置額を超える損害に対し、事故発生国及び締約国から資金を提供することとなっており、保険又は公的資金(国家補償)により3億SDR(約560億円)までは具体的に確保できるものとなっている。
 スイス及びオランダは近年賠償措置額を引き上げたところであり、今後予定されるパリ条約の改正の動向等を見つつ、その他の諸国においても同様に見直しを検討することが予想される。
 また、国際的水準の一つの指標となるウィーン条約改正議定書では、我が国のように無限責任を課す国についても、原子力事業者に3億SDR以上の損害賠償措置を講じさせることが必要とされることとなった。
 一方、我が国の民間責任保険の引受能力は、国内保有能力の引き上げ及び海外再保険消化能力の拡大により、現時点では600億円までは可能であるとされている。
 賠償措置額の改定にあたっては、賠償措置額の国際的水準、責任保険の引受能力等を勘案しつつ、世界の原子力先進国にふさわしいものとし、国民の理解と信頼を得る必要があるが、3億SDRという一つの国際的水準に為替変動等の要因を考慮して、今回の法改正にあたっては、賠償措置額は現行措置額の2倍にあたる600億円に引き上げることが適当である。

(2)特例額の引き上げ
 原子力損害の賠償に関する法律施行令(以下「原賠法施行令」という。)において、原子炉の運転等の種類に応じ、法定措置額より低額(60億円又は10億円)の賠償措置額が規定されているが、これについても法定措置額の引き上げに伴い、法定措置額の引上げ率とのバランス、国際的水準等を参考として、相応の引き上げを行うことが適切であると考えられる。
 現行特例額は、原子力事業者の行為及び取扱物質の特性を考慮して、被害者の保護と原子力事業の健全な発達という法目的にも照らしつつ、法制度としての簡潔性にも配慮して、2区分としており、一定の合理性を有するものであると考えられる。
 よって賠償措置額の特例額については、現行どおり2区分とし、法定措置額の引き上げ率に合わせ、各々2倍に引き上げることが適当である。
 なお、今後我が国では以下のような課題に対応する必要があるものと考えられ、その損害賠償措置について検討することを要する。

① 原子炉の解体
 現在、原子炉の解体については、原賠法施行令上、賠償措置額の特例額を規定しておらず、原子炉の運転等に含まれると解されることから、形式的法解釈からは、法定措置額の損害賠償措置を講じなければならないこととなる。
 しかしながら、廃止措置の終了までの一般的な手順を想定した場合、少なくとも核燃料物質のサイトからの搬出以後は、潜在的なリスクが大きく減少しており、原子力損害賠償責任の対象となりうるのは運転中に放射化した設備等によるものであることから、過分の賠償措置額となっている。
 このため、密閉管理中と解体中とではリスクは異なるが、これらの原子炉については、サイトからの核燃料物質等の搬出を要件として、廃棄物の埋設やウラン燃料輸送等と同額の、現行10億円(2倍に引き上げた場合は20億円)の賠償措置額を新たに規定することが適当である。
 なお、具体的な政令改正については、商業用発電炉の廃止措置が具体化した際に行う等、適切な時期を待つべきである。

② 使用済燃料の発電所外の貯蔵
 使用済燃料は、再処理するまでの間適切に貯蔵・管理することとされているが、使用済燃料の発生見通し及び六ヶ所再処理工場の能力等を考慮すると、貯蔵される使用済燃料の量が長期的に増大することが想定される。このため、使用済燃料の発電所外における貯蔵の具体化及びそれに伴う核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(以下、「原子炉等規制法」という。)の改正の必要性が指摘されており、現在、検討が進められている。
 これに併せて本貯蔵に関する賠償措置額を検討する必要があるが、使用済燃料や高レベル廃棄物ガラス固化体の管理及び輸送等について現行60億円(2倍に引き上げた場合には120億円)の賠償措置額の特例額が規定されていることを踏まえると、これと同額の特例額を規定することが適当である。
 ただし、具体的な規定内容等については、貯蔵場所の選定とこれに伴う原子炉等規制法の改正をも踏まえて検討することが適当である。

③ 核燃料物質以外の放射性同位元素による損害
 核燃料物質以外の放射性同位元素(以下RIと略記)による損害は、放射線による損害ではあるものの、大規模かつ集団的な損害が想定できないことから、RIによる被ばく等の損害は、現行原賠法上、原子力損害とされていない。
 しかしながら、RI等の利用に伴い発生した廃棄物及び核燃料物質等の使用や試験研究炉の運転に伴い発生した廃棄物への対応が必要となっており、RI等を含めたこれらの廃棄物の処分も将来的には想定される状況となった。
 このため、RI等の処分については、実態を踏まえつつ、現行原賠法の対象とされる廃棄物と同程度の損害賠償措置を要することとする法改正を検討することが望ましい。
 なお、放射性同位元素等による放射線障害の防止に関する法律等の法的検討及び処分方策の具体像については今後の検討結果を待たなければならず、これらをも踏まえた対応を行うことが適当である。

④ 核融合
 現行原賠法は、核燃料物質を用いない核融合実験装置の運転による損害についてはその対象としていないが、大量の放射化物やトリチウムを扱うことも想定される将来の核融合炉等の原賠法上の取扱いについては、その研究開発の進展に応じて然るべき時期に改めて検討を行うことが適当である。

2.原賠法第20条の適用期限の延長

 原賠法では、第10条で民間責任保険を補完するものとしての政府補償契約を、第16条で賠償措置額を超える原子力損害が発生した場合の国会の議決による国の援助を、それぞれ規定している。そして、第20条はこれらの規定の適用を、平成11年末までに開始した原子炉の運転等に係る原子力損害に限るものとしている。
 第20条は、10年間程度の法律の適用期間を予定し、その後の取扱いについては、原子力開発利用の進展、民間責任保険の引受能力の拡大等を踏まえて、その時点の判断において必要に応じた法改正によって対応することを意図したものである。
 このような立法趣旨に鑑み、第10条及び第16条の適用期限を延長する必要性について検討したところ、海外再保険での引受けが極めて困難であること等から民間責任保険で現時点でも担保できない地震・噴火等による原子力損害を担保する政府補償契約の規定及び万々一大規模な原子力損害が発生した場合の国会の議決による国の援助の規定は、原子力に対する国民の不安感を除去し、国民の理解と協力を得るうえで引き続き重要であると考えられる。
 以上の点を踏まえ、被害者の保護及び原子力事業の健全な発達に資するため、平成12年以降に開始される原子炉の運転等に係る原子力損害についても、第10条及び第16条の規定をいずれも現行どおりの内容で存続させる必要がある。
 さらに第20条は、賠償措置額をはじめ国の援助のあり方を含めた原子力損害賠償制度全般を再検討する契機として重要な役割を果たしてきていることを勘案して、延長の期間については従来どおり10年が適当であると判断した。

3.「原子力損害」

 ウィーン条約改正議定書及び原子力損害に対する補足的な補償に関する条約においては、「環境損害の原状回復措置費用」や「避難費用等の予防措置費用」について、「原子力損害」に該当するものとして明記されたところであり、一方、我が国原賠法においては、放射線等の作用による損害を「原子力損害」としているところ、これらの費用がどのように位置づけられるかを整理した。

(1)環境損害
① 環境損害の概念
 ウィーン条約改正議定書においては、「環境損害の原状回復措置費用」が原子力損害に該当するものとして規定されたが、環境損害については、何らかの定義が規定されているものではない。
 環境損害とは極めて多義的な概念であり、漠然と大気、海洋、河川などの汚染を環境損害と呼ぶ場合もあるが、一般的には被害者が特定の個人だけでなく、その環境に接する不特定多数の者であるような損害であり、公共の財産ともいうべき環境そのものが侵害されるという点に特殊性を有するものと捉えることが可能である。

② 原賠法における環境損害の位置づけ
 現行原賠法は、損害の種類によって原子力損害の分類を行っているわけではなく、「核燃料物質の原子核分裂の過程の作用又は核燃料物質等の放射線の作用若しくは毒性的作用(これらを摂取し、又は吸入することにより人体に中毒及びその続発症を及ぼすものをいう。)により生じた損害をいう。(原賠法第2条第2項)」というように、損害の原因となる事由を規定しているのみである。ここで「作用により生じた損害」とは、「作用」との間で相当因果関係がある損害を指すものであり、その限りにおいては、直接損害のみならず、間接損害も含まれるものとして捉えられている。
 このように、我が国原賠法は損害の種類によって賠償の対象になるか否かを分類しておらず、その解釈を民法の一般原則に委ねているため、「環境損害の原状回復措置費用」も原子力損害に該当しうる。もっとも、「環境損害の原状回復措置費用」が全て原子力損害として認められる訳ではなく、当然相当因果関係の存在が必要とされ、額についても原状回復に要した費用のうち合理的な費用に限定されるものと考えられる。
 以上のとおり、現行の原賠法でも相当因果関係があり、社会通念上相当な範囲のものである限り、「環境損害の原状回復措置費用」は原賠法上の原子力損害として認められ賠償されるものであり、現段階において法改正することは要しないと考えられる。

(2)予防措置費用
① 予防措置費用の概念
 予防措置とは、被害の拡大を防止するために原子力事故(原子力損害を引き起こす重大かつ明白なおそれを生む出来事)の発生後に講じられる措置であり、例えば、周辺住民らが原子力事故に際して避難するために支出した交通費等の費用、避難先での宿泊費その他の避難に伴う派生的な費用、あるいは被害の拡大を防止あるいは最小化するために地方公共団体や住民等が講じる費用といったものが考えられる。

② 原賠法等における予防措置費用の位置づけ
 原賠法においては上記のとおり、「原子力損害」については、核燃料物質等の放射線の作用等、損害の原因となる事由を規定しているのみであり、これらの作用との間で相当因果関係がある損害については、「原子力損害」になるものと捉えられる。
 ここで法律上、「作用」という用語が使用されているが、「作用」とは、核分裂によるエネルギーや放射線が、何らかの影響を外部に与えることと考えられる。すなわち、必ずしも放射線が現実に放出されることのみに限られず、核燃料物質等の有する固有の特性が顕在化すること、例えば現実に被ばく等を受けるというおそれを与えることも含まれると考えられる。
 「作用」と「損害」の間で相当因果関係があれば、その限りにおいて、直接損害のみならず、間接損害も「原子力損害」となるものとして捉えられるが、相当因果関係の有無はケースバイケースで判断せざるをえないであろう。
 なお、災害対策基本法においては、原子力施設において、万一異常事態が発生した場合には、地域防災計画に則り、地方公共団体の長による避難勧告又は指示が出されることとなっている。この場合の避難のための輸送手段(バス、トラック等)の確保や避難住民のための避難場所、食料等必要物資の調達等に係る費用については、都道府県及び市町村等が負担することとなっている。

③ 今後の検討課題
 以上のとおり、避難費用及び被害拡大防止費用については、相当因果関係がある限り、現行の法体系によって救済されるものと考えられる。また、国際条約との比較を行った場合でも、当面現行の法体系において被害者救済の上で国際水準に見合っていると思われる。
 しかしながら、避難費用等を原賠法上の「原子力損害」として規定すべきか否かは、現行法体系でカバーされるかどうかとは別のアプローチからの検討も必要である。すなわち、原賠法の無限責任の原則を踏まえつつ、対象となる損害についての再検討を行う必要があり、徒に範囲を拡大するのではなく実質的救済の視点から、今後引き続き慎重な検討を行うことが望まれる。

4.免責事由(異常に巨大な天災地変)

(1)国際的動向
 パリ条約及び現行ウィーン条約では、異常に巨大な天災地変が免責となっているのに対して、昨年採択されたウィーン条約改正議定書においては、従来免責とされていた異常に巨大な天災地変が免責とされなくなったため、我が国原賠法がこの点について改正を要するかどうかの検討を行った。

(2)現在の免責事由の取扱い
 原子力事業者は原子力損害に対する無過失賠償責任を負っているが、原賠法第3条第1項但書では、異常に巨大な天災地変による原子力損害については原子力事業者を免責としている。異常に巨大な天災地変とは、一般的には日本の歴史上例の見られない大地震、大噴火、大風水災等が考えられる。
 我が国原賠法の考え方としては、被害者保護の立場から、原子力事業者の責任を無過失賠償責任とするとともに、原子力事業者の責任の免除事由を通常の不可抗力よりも大幅に限定し、賠償責任の厳格化を図っている。
 また、免責事由の内容は、責任制限、保険条件、国家補償を含む損害賠償制度全体及び地理的条件等との関連において総合的に検討されるべきものである。

(3)我が国における免責事由の検討
 我が国は原賠法制定時に無過失・無限の賠償責任及びいわゆる責任の集中を制度として採用し、更に事業者の免責は単なる天災地変でなく、異常に巨大な天災地変に限定しており、このような場合にまで事業者に賠償責任を負わせることは妥当ではないと考えられる。
 また、異常に巨大な天災地変による原子力損害が生じた場合には、法第17条で、国が被災者の救助及び被害の拡大の防止のため必要な措置を講じて被害者保護に遺漏なきを期すこととしている。
 以上の点を踏まえ、現行原賠法において異常に巨大な天災地変による原子力損害については国の救済措置が別途講じられることとなっていることから、国際的水準との関係においては、改めて法改正を要しないと考えられる。

5.除斥期間

(1)国際的動向
 除斥期間についての国際的な枠組の変化としては、現行ウィーン条約では賠償請求権の除斥期間の最短期間を原子力事故の日から10年としていたところ、昨年採択されたウィーン条約改正議定書においては、死亡又は身体障害の賠償請求権の除斥期間の最短期間を30年、その他の損害の賠償請求権の除斥期間の最短期間を10年と変更している。今回、人身損害について30年という長期の除斥期間が設定されたのは、被害者保護の観点から、原子力損害の特性としての放射線被ばくによる晩発性の身体障害の存在等を踏まえたものと考えられる。なお、現在改定に向けた検討が行われているところではあるが、パリ条約は除斥期間の最短期間を10年としている。
 また、主要国中の原子力損害賠償制度における除斥期間は、英国、ドイツ、スイス等が30年を採用している一方で、フランスは10年を採用している。
 以上の点を踏まえ、我が国原賠法がこの点について改正を要するかどうかの検討を行った。

(2)現在の除斥期間の取扱い
 従来、原賠法では賠償請求権の除斥期間に関する規定は特に置かれていないことから、一般法である民法第724条が適用されることとされ、「不法行為の時」より20年の除斥期間が適用される。
 除斥期間の起算点となる「不法行為の時」については、加害行為がなされた時であるとするのが一般的な見解である。このため、現行法制下においては、原子力損害の原因たる加害行為(原子力事故)の時から20年を経過すると賠償請求権が消滅することとなる。

(3)我が国における除斥期間の検討
 今回の我が国の原子力損害賠償制度の見直しは、ウィーン条約改正議定書の内容等の国際的な水準も十分に勘案して行うこととなっているが、除斥期間について、ウィーン条約改正議定書は人身損害について30年、パリ条約は10年と異なる期間が規定され、また各国ともに一致する水準を想定し難いところである。しかし、ウィーン条約改正議定書は原子力損害賠償制度における最新の見直し結果であり、今後の除斥期間の水準の指標となるものであると考えられることから、放射線障害の晩発性という特殊性をも勘案し、我が国においても原賠法に民法の特則としての規定を設け、死亡又は身体障害に係る原子力損害については30年の除斥期間を規定する方向で検討することが適当である。
 なお、除斥期間の変更は他の法制度にも影響を及ぼしうるものであるとともに、国際的な原子力損害賠償制度の枠組みについても除斥期間の水準が一致している状況ではないことから、今後の国際的動向等も引き続き注視する必要があり、検討にあたっては慎重な対応を要する。

6.原子力損害賠償制度の中長期的検討課題

(1)原子力損害の概念
 原賠法第2条第2項での原子力損害の定義においては、損害自体の種類による分類をしておらず、放射線等の作用により生じた損害、すなわち放射線等の作用と相当因果関係のある損害を原子力損害としているのみである。
 相当因果関係については民法の一般原則の考え方に従うこととなり、「環境損害の原状回復措置費用」、「避難費用等の予防措置費用」、更に「精神的損害ないし慰謝料」等も原子力損害となりうるので、特段の規定の新設は不要である。ただし、その範囲及び額については、相当因果関係及び社会通念上相当なものという合理的な制限がなされるものと考えられる。
 以上のように、原子力損害といってもその中には、死亡又は身体障害のような人身損害と、その他の損害とが混在している。
 そこで、よりきめ細かな救済立法を目指すという観点からは、原子力事業者の賠償責任は無限責任ではあるものの、賠償措置額は有限であり、特に重要度が高いと思われる人身損害に対する賠償資金を優先的に確保しておく必要がないかが問題となる。
 例えば、賠償措置額からの支払い方として、損害の種類によって弁済の優先順位をつける規定を設けるようなことを想定した場合、無限責任制度との整合性、迅速な被害者救済を目的とする賠償措置額の趣旨等を考慮する必要があると考えられる。
 この点について、相当因果関係のある限り原子力損害は基本的に全て賠償の対象となり、賠償の範囲及び額は上記の通り具体的事例に応じて合理的に制限されること、及び現行は無限責任制度であることから、損害の種類による弁済の優先順位を直ちに立法で手当てする必要があるとはいいがたいため、本件は中長期的課題と位置付け、多様な損害の認定基準や弁済手続に関する支払基準を作成すること等も視野に入れて更に検討を行うことが適当である。

(2)原子力損害賠償に関する諸条約への対応
 本専門部会は、条約を締結することが適切か否かを議論することを目的としているものではないが、条約締結の是非は原賠法のあり方にも影響を与えるものであることから、条約に対する基本的な考え方についての議論も行った。
 従来、我が国がパリ条約及びウィーン条約を締結していない理由としては、パリ条約については締約国と我が国との地理的距離関係から原子力損害を受けあるいは与えるおそれが低いこと、ウィーン条約については締約国が極めて限られていたこと等の実態的理由に加え、内容的には主にこれらの条約が有限責任を前提としているのに対し、我が国が無限責任制度を採用していること等による法的不整合の問題があることが挙げられてきた。
 しかしながら、近年に至って多くの東欧諸国がウィーン条約を締結してきており、また原子力発電を行っていない国の間で、これらの条約に強い関心を持つ国も増えてきている。また、ウィーン条約改正議定書において、無限責任制度を有する国であっても法的整合性の面で特段の問題がないように改められたという状況の変化もある。さらに、ウィーン条約改正議定書に加え、原子力損害に対する補足的な補償に関する条約が採択される等の発展もあり、我が国の核燃料物質及び放射性廃棄物の国際輸送との関連でも検討すべき状況となっている。
 これらの状況変化に加えて、今後我が国周辺アジア地域において著しく原子力の開発利用が進展することが見込まれることから、健全な原子力開発利用の推進と万一の原子力事故による被害者の迅速かつ確実な救済のためには、我が国を含めた近隣諸国が、条約の締結等により原子力損害賠償制度に係る何らかの国際的枠組への参加及び我が国周辺地域における枠組の構築を検討していくことが望ましい。
 しかしながら、現段階の近隣諸国における原子力損害賠償制度の整備状況を見てみると、制度自体を有していない国又は制度を有してはいるものの国際的な水準からみて十分な賠償措置額等が用意されていない国が存在するという状況にある。このため、原子力先進国たる我が国がリーダーシップを発揮し、「アジア原子力安全会議」等の地域的な枠組を含めたあらゆる機会を活用して、まずは、我が国周辺諸国に対し国際的水準に見合った原子力損害賠償制度の充実を促す等、我が国周辺地域における原子力損害賠償制度の整備に向けて積極的に取り組むべきである。

(3)今後の検討
 今回の専門部会における検討状況を踏まえて、原子力損害の概念のみならず、本報告書で今後検討を要するとされた諸点については、本専門部会終了後、速やかに調査・検討を開始することが望ましい。

以 上