原子力損害(環境損害)について

1.環境損害の概念について
 ウィーン条約改正議定書においては、「環境損害の原状回復措置費用」が原子力損害に該当することとされたが、条約上、環境損害の定義は規定されていない。また、各国法において当該費用を原子力損害と規定することは、必ずしも条約加盟の条件とはされておらず、条約上も「管轄裁判所の法が決する限りにおいて」とされているところ。
 環境損害とは極めて多義的な概念であり、漠然と大気、海洋、河川などの汚染を環境損害と呼ぶ場合もあるが、一般的には被害者が特定の個人だけでなく、その環境に接する不特定多数の者であるような損害であり、公共の財産である環境そのものが侵害されるという点に特殊性を有するものと捉えることが可能である。また、個人の所有地が汚染される場合にあっても、地下水等を通じて不特定多数の者に汚染が及ぶ可能性があるので、このような場合は環境損害と捉えることが可能であり、所有権の有無にはかかわらないと考えられる。
  
2.原賠法における環境損害の位置づけ
(1) 現行の原賠法においては、「環境損害」は規定しておらず、
 a.核燃料物質の原子核分裂の過程の作用
 b.核燃料物質等の放射線の作用
 c.核燃料物質等の毒性的作用
 により生じた損害を「原子力損害」と規定しているのみである。ここで「作用により生じた損害」とは、「作用」との間で相当因果関係がある損害を指すものであり、その限りにおいては、直接損害のみならず、間接損害も含まれるものとして捉えられている。
 このように、我が国原賠法は損害の種類によって賠償の対象になるか否かを分類していないため、「環境損害」に伴う原状回復措置費用も原子力損害に該当しうるものであり、排除されているものではない。
 (2)ただし、この場合も環境損害に伴う原状回復措置費用が全て原子力損害として認められる訳ではなく、「相当因果関係」の存在が必要とされるであろう。また、額についても原状回復に要した費用全額ではなく、現実に支払った費用のうち合理的な費用に限定されるものと考えられる。
  以上のとおり、現行の原賠法でも相当因果関係のある環境損害に伴う原状回復措置費用は原子力損害として認められるものであり、かつこれ以上に新しく環境損害を定義するだけの必要性も無いものと考える。
  
3.油濁損害賠償保障法上の考え方
 なお、「環境損害」の検討に当たっては、「油による汚染損害についての民事責任に関する国際条約(油濁損害条約)」及び「油濁損害賠償保障法」が参考になると考えられる。
 油濁損害条約においては、汚染損害の定義に環境損害に係る原状回復措置費用を規定しているが、本条約の国内実施法である油濁損害賠償保障法においては、油濁損害の定義(「船舶から流出し、又は排出された油による汚染により生ずる責任条約の締約国の領域内又は二百海里水域等内における損害」)の中で環境損害を読み込むことができるものとして、特別に環境損害に係る原状回復措置費用を規定することとしていない。
 油濁損害は原子力損害に比較して、環境損害(海洋汚染等)に伴う経済的損失が多くを占め、人的損害は比較的少ないとの相違が存在すると考えられ、必ずしも原子力損害の概念を油濁損害の概念と一致させる必要性はないとも考えられるが、改めて「環境損害」を定義せずとも、損害の定義の中において相当因果関係から読み込むことが可能である例として参考になると考えられる。

 なお、「合理的な費用」といえるか否かについて、油濁損害においては、「油濁損害賠償基金請求の手引き」を定めており、補償の対象となる請求としての環境損害について一定の指針を示している。(別紙参照)