4.5 国際協力について
4.5.1 これまでの国際協力
(1) 国際協力の目的
 研究開発の規模の拡大に伴う人材や資金の増大に対処し、開発リスクを最小限に抑えつつ効果的、効率的な研究開発を進めるためには国際協力は極めて有効である。とくに核融合研究開発に於いては炉心プラズマ研究の着実な進展に伴って、必要となる実験装置や研究開発の規模は必然的に大きなものとなり、効率的な研究開発のためには国際協力は不可欠なものとなってきている。また、経済的、科学技術面で大きな発展を遂げた我が国に対して国際社会から積極的な役割が求められている。

(2) 核融合研究開発における国際協力の現状
 これらの状況を反映して今や国際協力は様々な形態で活発に展開されている。例えば多国間協力としては、国際原子力機関(IAEA)を通した核融合エネルギー会議や専門家会議など、科学技術情報の交換や議論の深まりを求めるものの他、実験炉ITERのように各極の資金分担を伴う規模の大きな協力がある。この他国際エネルギー機関(IEA)を通しては世界の3大トカマクの間の協力や、ステラレータや逆磁場ピンチなど、トカマク以外の閉じ込め方式についても積極的に進められており、さらに核融合材料の照射損傷の研究や核融合炉工学、環境・安全性・経済性の研究などに於いても幅広い協力が行われている。また、二国間協力としては、米国、EU、カナダ、豪州、ロシア、中国、韓国等との間で進められており、特に日米間においては、エネルギー研究開発等に関する日米協力協定の下で、核融合調整委員会が設置され、交流計画、共同計画、共同プロジェクト、及びプラズマ物理の4つの形態で広範に実施されており、米国内のトカマク装置DⅢ-Dを用いた先進的なプラズマ閉じ込めの研究、原子炉FFTFやHFIRでの材料照射共同実験、トリチウム循環施設TSTAを用いたトリチウム安全工学共同試験、データリンク協力などが実施されている。これらの研究協力には原研、電総研などの研究開発機関、核融合科学研究所および各大学の膨大な研究者、および産業界からの数多くの技術者が参加している。図4.5.1-1は世界で核融合研究開発の実施対象となっている主なプラズマ閉じ込め装置と、我が国と何らかの国際協力を結んでいる機関を示す。また、図4.5.1-2は現在我が国が参加して実施中の核融合国際協力の枠組みを示す。

(3) 国際協力進展の背景
 これらの国際協力は我が国の研究開発レベルの向上と大きく関連している。核融合研究は1960年前後の黎明期のうちから公開されてきたので、IAEAが主催する国際会議や技術会合等において早くから活発に議論や情報交換は行われてきたが、組織化された本格的な国際協力は1980年前後からである。
 しかし、この時期は先進国が規模の増大による資金の調達に苦慮して国際協力による効率化を求めたということではない。各国とも1970年代後半から核融合研究の開発規模拡大を競って積極的に展開しており、国際協力を資金的な閉塞感からではなく、むしろ国際競争のなかで「他国が先んじて得たもの」をいち早く得ることによって自国が開発のフロントに立ち続けたいとする意識の方が強く表れていた。この意味で、国際協力は我がためであり、ポテンシャルが無い国は相手国、参加国として相応しくはないと判断された。事実、1970年代前半には我が国はなかなか日米協力の相手国としては認知されなかったのである[4.5.1-1]。1980年間近になって我が国が認知され始め、その後は如何なる協力の場合にも相手国として選ばれるに至ったのも、我が国の研究機関や大学における研究レベルの向上とともに、第二段階計画等によって躍進しようとする我が国の施策が他国にとって無視し得ないものに写ったことを意味している(日米核融合研究協力は1979年開始)。
 このように、核融合分野での国際協力は相互の情報交換から始まって、二カ国による人事交流を含めた共同研究、多国間の共同研究、さらにはITERのように多国間での共同建設を目指す計画をも組み込むまでに発展し、いまやこれらの枠組みを有機的に活用する成熟期に達している。

(4) 国際協力の成果
 これまでに実施してきた国際協力の科学技術的成果はそれぞれの報告書や学会誌などに詳細に記載されているのでここでは省略し、以下の観点からその成果について言及する。
1) 予算の大小にかかわらず、国際協力無しには成し得なかったこと。

この範疇の一例を挙げれば、IEAの核融合環境・安全性・経済性実施協力、日加協力の一環として行われたカナダにおけるトリチウム環境放出実験である。これは我が国で実施することは殆ど不可能であった実験であり、貴重なデータを取得しえたと評価される。
 プラズマに関してはTFTRやJETでのDT実験の成果はDD実験から予測される範囲ではあったが、核融合反応を実験で確認し得た点の意義は大きい。
 炉工学の分野では米国の高速炉FFTFや混合スペクトル調整アイソトープ炉HFIRなどによる核融合材料の照射研究は我が国の材料研究のポテンシャルを大いに高めた。現在IEA協力で進められている国際核融合材料照射施設IFMIFの設計は、これに先行して実施された米国の強力中性子源計画FMITの設計やR&Dの成果が活用できたこと、中性子遮蔽が整備されている仏国の重水素イオンビーム試験設備など、我が国に無い試験施設が国際協力によって使用できたことも大きい。

2) 資金の節減や効率向上に効果的であったこと、計画の促進に寄与し予想以上の成果が得られたこと。
 これは例示するまでもなく、殆ど全ての協力において得られている。資金の移動を伴う大きな例としては、JT-60建設に先立って行われた米国の非円形トカマク装置ダブレットⅢ計画への参加がある。我が国は中型トカマク装置の建設を断念したため、これに代わってダブレット装置に対し出資し(150億円)、そのマシンタイムを分割して日本は独自の実験計画を実施した。これによって大型装置JT-60の運転に直結できるプラズマ生成、制御技術が培われ、また先進的なプラズマの探求を継続することが可能となった。
 工学技術に於ては、IEAの下で実施したLCTコイル計画では参加機関がそれぞれ開発・製作した6個のコイルをトーラス状に並べて同時試験を実施し、大型超伝導コイルの特性データ取得が目的であったが、全体予算約300億円のうち、日本は約24億円の予算でコイル1個を製作して参加した(米国はホストとなり、3個のコイル製作と、試験施設の建設・運転を実施)。
 また、国際協力を実施するに当たっては、我が国だけで実施する場合に比べてより論理的な計画の説明が求められるため、常に判断根拠の明確化が必要である。このことが国際的に活躍する人材の育成に大きな役割を果たしてきており、特に多くの若手研究者に与えた影響は大きい。

3) 科学技術以外の価値
 他国研究者らとの対話を通して、社会的受容性が求められる将来の核融合炉に対する各国国民の見方や、安全に対する考え方、安全審査の考え方などを理解し、また、プロジェクトの進め方等の相違点を理解しえたことなどの他、世界的な研究者のネットワークが形成され、当該協力が終了した後も機能していること等があげられる。
 さらに、協力に直接関わる研究者が(及びその家族を含め)、研究面以外の日常の生活、文化活動などを通して相手側の研究者、市民、国民と多彩な交流をもたらすことが国民間の相互理解にとって大切な役割を果たしている。

4) 全体的評価
 国際協力には面倒な面がある。たとえ同じ研究目的であっても、研究実施の方法はたいていの場合一通りではない。新たな未知の研究、開発領域であればあるほど教科書は存在せず、他方、研究者はそれぞれの新規性や独創性を由としているため、手法の調整は容易ではない。したがって、研究計画や分担を合意するまでには相当な時間と労力を要する。また、大きな計画の場合は参加国の予算状況が当初予定よりずれが生じ、その対応に多くの労力が必要となる場合が現実に数多く存在する。
 しかし、このような煩雑さにもかかわらず、核融合のどの分野に於いても、総合的な判断として協力によって得られた成果は費やした資金や労力を遙かに上回っているとして、実施の意義は高く評価されている。

 ここで一つだけ注意しなければならないことがある。これまでに実施してきた核融合の国際協力では、我が国において類似の研究施設があって、相手が提供するデータを理解し、消化吸収できる研究環境が整っていることである。言い換えれば、国際協力が完全な分担補完の関係ではなく、それぞれが相互に理解しえる基本的なポテンシャルを有しており、その範囲で、さらなる進展や飛躍を求めて共同研究や補完的研究を行ってきたことである。科学技術の発展を求めるとき、アイディアの競争こそが良い成果を生み出す源泉であり、この本質は生かし続ける必要がある。今後、研究規模が拡大する中で如何にして協力の中に競争関係を調和させ、維持していくかがより高い成果を生み出す鍵である。

4.5.2 ITER計画と国際協力
(1) 我が国の核融合研究開発計画との関係について
 核融合研究開発を総合的に進めていくための具体的な研究開発の内容は1992年に原子力委員会によって制定された第三段階核融合研究開発基本計画の中に含まれている。その内容と、当分科会で検討した具体的な内容との関係は第2章で詳述した。その後の研究成果により、実験炉を中核とした計画がより現実的なものとして見通せるようになっている。
 実験炉を中核装置として進める段階的研究開発は、これまでに得られた知見を最大限に活用して進められるものの、未踏領域の物理や技術を含むため、第三段階計画の途中であっても、研究開発の節目節目において、その方向性についてレビューを行い、計画全体の最適化に対応し得る柔軟性を有している必要がある。
 この段階の核融合研究開発は中核装置としての実験炉での研究のみならず、「実験炉による研究開発だけでは十分解明できない炉心プラズマ技術分野の課題を解明するための補完的な研究開発及び実験炉を含む各段階の中核装置に新技術等を取り入れる前に確認・実証等を行うための先進的研究開発」や、高いフルエンスの中性子照射に耐える材料研究、将来の核融合動力炉のシステム設計研究、安全性に関する研究などのいずれも重要な研究課題から構成されているが、これらは開発段階の最終目的である原型炉に向かって相互に調整を取りながら矛盾無く進めていくべきものであり、個々の研究の位置づけを節目において確認・修正しながら第三段階全体でのバランスをとって進めていく必要がある。
 したがって、第三段階の核融合研究開発計画に主体的にコミットし、推進する明確な意志表示が求められる。我が国が主導的立場に立ってITERをホストするとは、ITERのみの実現を目指すと言うものではなく、ITERを支える先進・補完プラズマ研究や計画、ITERでは実施できない材料開発なども含めて推進する意図を示すこと、これによって核融合研究開発を長期的に支えることになる裾野としての基礎研究も併せて刺激され、核融合の計画全体が健全な姿で進められることになる。国際的な協力はいずれかの国がリーダーシップをとって推進の意図を示すことが何よりも先ず重要であり、役割分担は第一の議題ではない。

(2) 人材の活用と研究協力の活力
 アイディアが勝負の先進的な開発は研究者個人の能力に負うところが大きい。他方、計画が大規模になるに従って、個人から出たアイディアはあらゆる角度からの評価を受け、またその過程で多くの研究者が関与することとなり、集団的な計画に纏められていく。研究機関や国はこのプロセスの中での調整機能と、優れたものを具体化する役割が期待されている。そしてその典型的なものが国際協力である。
 資金的な問題を除き、我が国だけでITERクラスの実験炉を建設する人的能力があるかという設問に対しては、これまでの国内活動や国際協力によって得られた成果の蓄積と、我が国の総合技術力をもってすれば建設は可能であり、むしろ国内計画の方が意思決定も容易な面があると答えることが出来る。しかし、これまでに他国に於いて展開され、国際協力で得られた成果を実験炉の設計や運転に反映させるには、直にこれらの研究に関わった研究者らの直接的な関与が必要である。さらに、国際的な場での合意形成や意志決定プロセスは多面的・複眼的評価にさらされ、極めて厳しい議論を戦わせたうえで行われるため、論拠が曖昧に扱われることは少なく、より合理化、最適化された選択をすることができる。とくに、実験炉は核融合開発の最終開発目標ではないので、実験炉の全体性能や各部の仕様は将来の動力炉に必要な技術目標との関係を考慮しながら決める必要があり、商用動力炉の設計研究者の関与も必要である。すなわち、国際協力は単に人的、資金的な効率を追求しているだけではなく、論理的根拠を明確にしながら多面的評価を行い、最適化を指向するなど、決定事項の質を高めるために果たす役割が大きい。そして、この手法は単に技術面だけでなく、プロジェクトの運営などに於いても適用できるも普遍性を有している。 

 しかし、科学技術の進展は個々の研究者らが作り出すアイディアにその源泉があり、それらは研究者間の競争によって促進されるものであることを考えると、国際協力の実施に当たっては、たとえITERのような大型プロジェクトであっても個人、研究機関、国の各レベルで競争関係を内包していることが活力を維持する上で重要である。例えば、物理R&Dや工学R&Dにおける国際的な競争、設計サイト誘致の競争等は、ITER工学設計活動の推進において有効に作用した。今後、国際協力であるITER計画が建設段階に入るに際しても、装置のコア-部分の製作や製作段階での装置の最適化等に関して産業技術面の競争、国家間の競争を内包しておくことが重要である。中核装置を数多く作ることは資金的にも困難であるが、サテライト計画、代替計画、ブランケット方式や裾野としての基礎研究においては、競争関係が維持されることが先進的な成果を生み出す上で重要である。即ち、協力と競争の二面性を我が国の核融合研究開発計画全体の中に適切に配分することがロバストな計画の構築に極めて重要である。

(3) 国際分担
 国際協力における分担については、初めに全ての計画について分担を協議してスタートする方法、大きな原則を決めておき、主な計画から分担を順次決めていく方法等があり得るが、ホストとしては核融合計画全体に対する意志の堅持が重要である。特に国際協力は、参加極の政治・経済情勢に左右されやすいため、プロジェクトの安定性を確保するにはホストの役割が重要である。分担の具体的方法やホストの得失については第2章に纏められているが、個別具体的な問題が生じた場合にも、協議に当たっては絶えずプロジェクトの大きな目的や理念とのバランスを採る必要がある。
 また、前項に述べたように大型プロジェクトといえども、人材の果たす役割は大きい。とくに核融合のように超長期的な研究開発の場合には、協力による成果の流出に気を配るよりも、優秀な人材がもたらす知見と知恵の流入を重視すべきであり、このためには国際的な視野に立ち、優秀な人材が集まりやすい環境づくりに努力すること、また、ITERを中心とする核融合の研究開発計画全体に対して一般的な成果や研究計画などの情報に対してアクセスが可能であり、国際的に参加の道が開かれていることが重要である。

参考文献
[4.5.1-1] 山本賢三「核融合の40年」ERC出版、1997年11月

図4.5.1-1 核融合プラズマに関する研究を行っている主な研究機関と装置

図4.5.1-2 我が国が参加して実施している核融合分野での主な国際協力