4.4 人材の育成と連携体制
 核融合研究開発のように、大規模かつ長期的な研究開発の推進に当たっては、産官学の緊密な連携をはかりつつ、全体としてバランスの取れた体制を構築すること、特に、1)その担い手となるべき人材の確保と育成、2)大学や研究機関間の連携体制、及び3)強力な推進を可能とする産業界からの支持・支援が不可欠である。
 ITERを実現するためには、大学や各研究機関における研究開発の振興によって有能な人材を吸収・育成する必要がある。また、長期に亘って、優秀な人材を結集・育成し、技術の継承を図るための研究開発規模を維持するとともに、次代を担う若手研究者にとって魅力のあるテーマを提供し続けることができるよう配慮する必要がある。

4.4.1 ITERに求められる人材
 まず、ITERの建設のために、どのような人材が必要となるかをプロジェクト側からの推算を試みる。ITER/EDAの共同中央チームの人材構成をもとに、建設段階、実験段階になったらどのような人材が必要となるかを算定した(表4.4.1-1)[4.4.1-1]。ただし、これらの見積もりの前提として、各極で核融合研究活動に現在程度の人員がITERを直接または間接的に支援していると仮定しており、300人だけでITERの建設全体が可能と言うことではない。事業の所長を頂上として、受注で製作を担当する工場の作業者に至るまでの関係者全員をピラミッドとして捉えたとき、指揮・調整機能の中心組織を300人と仮定したときの専門性の配分である。

表4.4.1-1 ITER事業体が必要とする職員の出身別専門分野の予測。

(1) 炉工学に必要な人材
 建設段階の工学分野の人材のうち、各分野、各グループのマネージャーおよび、それを補佐する人材は核融合装置を周知している必要があり、技術者として各極の核融合装置の開発や建設、運転に従事した経験を要し、その割合は工学分野の人員全体の20〜30%以上と想定される。その他の技術者はそれぞれの専門的経験を踏んでいれば良く、必ずしも核融合装置の製作に従事した経験を要しない。これらの人材は主として企業にその源が求められる。
 一方、実験段階の工学分野の人材のうち、実験初期には50%程度は建設段階を経験した人材が望まれるが、実験の進展と共にその割合は30%程度に低下しても問題はないと考えられる。
 上記共同中央チームの人員以外に参加極の産業界において製作に従事する質の高い技術者が必要であるが、これらはこれまでのITERを含めた核融合研究活動を通して育成されてきた。ITER共同中央チームに限定すると、日本からの派遣者の実に60%強が産業界から派遣された技術者であり、毎年約40人の核融合装置の統合設計に従事する人材が育成されており、これらの人達と、産業界において他の核融合関連装置や機器の製作に従事した人達が、ITER建設時には周辺人材の育成やチームの運営に重要な役割を担うことになる。これらの人材が産業界内で確保されれば、ITERの製作に従事することになる大多数の技術者や、技能者に対しては核融合装置に関する設計や製作経験を問う必要は無く、機械工学、電気工学、原子力工学などのそれぞれの分野で大型機器や先端技術機器の製作経験を有していれば良い。この意味で産業界においてITERの建設を開始するに必要な人材は現在想定されている建設開始のスケジュールが守られれば十分に可能であると判断される。

(2)核燃焼プラズマ開発に必要な人材
 核燃焼プラズマ開発に従事する人材は、プラズマについて一定レベルの理解と実験の企画立案能力、または解析能力を有することが必要で、各極にある核融合実験装置や関連研究で経験を積んだものから選抜される必要がある。
 まず、ITERを建設するためには必要な人材は炉心プラズマ研究や工学研究が行われている現行活動の上に描くことができ、確保が可能であろう。この点ではあまり大きな問題は無いと判断される。
 次に、ITERが最初のプラズマを発生する今後10年以上後に、プラズマの運転制御を司る人材、解析する人材が世界的に十分育成されているかが鍵となる。ITERのプラズマは現在稼働中の大型トカマクに比べても遙かに大きく、かつ本格的核燃焼や高非誘導電流駆動という未知の分野を切り拓いて行く必要があるため、炉心プラズマに関する、深い理解と総合的な知見、及び装置技術に関する知識とを併せ持つ人材が必要である。核融合界におけるこのような人材は、大学での中小規模装置による基礎的・萌芽的研究を経た後に大型装置での最先端研究へ従事するというプロセスで主として養成されてきた。ITERのような大型プロジェクトにおいても,所期の目的達成に専心すると同時に,裾野の広い研究基盤をベースとして研究の高度化が図られるべきであり,このような人材育成プロセスが肝要である。
 なおITERプラズマの研究立上げを早急にかつ円滑に進めるためには、ITERにできるだけ近い規模のサテライト装置で先進的な研究が行われ、そのような研究に従事することによって人材が育成される状況がつくられていることが一つの重要な要素である。 世界的にみて炉心プラズマ領域で先進的な実験が可能とみられる装置である、JT-60やJETが稼働停止という事態になれば仮にITERの建設が円滑に進められたとしても、完成時からこの装置を効率的に立ち上げる人材の不足に世界的に苦慮することになるとの懸念がある。
 日本を例に取れば、現在のようにJT-60やLHDなどの大型装置や大学等における中小規模の装置が稼働していれば、大学の各研究拠点からの新しい人材の流れが確保され、ポテンシャルが維持されるが、これらの装置が一旦稼働を停止した場合には大きな痛手を受ける。我が国がITER計画を主導するためには、国際的視野にたってどの装置でITERを主導する人材を確保するのか、この問題に対しても解決の方策を早期に見いだすことが今後の課題である。
 また特に,若い人材の不断の育成と,研究者としての資質を維持し向上することに努めることが肝要であり,そのためには全国の大学の基礎研究を活性化させることにより,若い研究者を引き付けることが極めて有効である.

4.4.2 大学における人材育成について
 ITER装置の運転や、原型炉等の建設・運転は、次世代の若手研究者が担うものと期待されているように、今後数十年を要する核融合エネルギー開発研究において、研究の継続とさらなる発展を図るためには、若手研究者の不断の育成が肝要である。当然のことではあるが、若手研究者育成に関して、大学が果す役割は大きい。ここでは過去数十年間の学生(大学院生を中心)の動向を調査することにより、大学における人材育成の現状及び将来性をまとめてみた。

4.4.2.1 1970―80年代における動向
 プラズマ・核融合分野における若手研究者数の動向に関しては、約10年前にアンケート調査に基づいた組織的な調査がなされている[4.4.2.1-1、4.4.2.1-2]。そこでは、博士課程の大学院生を中心として、過去20年間における若手研究者の動向を、我が国と米国とを比較しつつ考察している。図4.4.2.1-1(a)、(b)は我が国におけるプラズマ・核融合関連分野の学生数の推移を示したものである。ここで学士・修士の大学院生は確実に増加しているが、博士大学院生に関しては、その増加傾向は必ずしも大きくないと言える。米国における博士課程修了者(Ph. D)の推移を図4.4.2.1-2に示す。米国でも、博士課程修了者は漸増している傾向が読み取れる。
 次に、我が国において、博士課程修了者の中で核融合分野へ就職した者の割合の推移をまとめたのが図4.4.2.1-3である。核融合分野への定着率は50〜70%であり、この20年間において、ほぼ一定かやや減少していると読み取れる。

4.4.2.2 1990年代における動向
 近年、大学における研究の多様化及び大学院生の増加に伴い、同一の研究室でも様々な分野に関連した研究を行っているケースが増えており、プラズマ・核融合研究として明確に区分することが難しくなっている。従ってここではアンケート調査を行わず、学会活動を中心として若手研究者育成の動向を調査した。核融合研究に関する中心的役割を果している学会は、プラズマ・核融合学会(1983年設立)であるので、これを主として取り上げると共に、それを補足するものとして、日本原子力学会及び日本物理学会での動向も取り上げてみた。なおこれ以外にも、エネルギー・資源学会、応用物理学会、低温工学協会、電気学会、日本機械学会、日本金属学会、日本真空協会、日本放射線影響学会、溶接学会、レーザー学会などの学協会でも、核融合関連の研究が幅広く行われている。

(1) プラズマ・核融合学会の会員数の推移
 図4.4.2.2-1(a)にプラズマ・核融合学会の正会員及び学生会員数の推移を示す。総会員数は、過去15年間で1000人規模から約2000人にまで倍増している。しかも学生会員は100人規模であったのが、400人まで伸びており、特にここ数年間の伸びが著しい。図4.4.2.2-1(b)に学生会員の正会員への移動者及び退会者の推移を示す。なお1987年度に学生会員が大幅に減って、正会員への移動者が極端に多いのは、学生会員から正会員への移動が積極的に促されたためである。
 一方、総務庁統計局の調査「科学技術研究調査に付帯するエネルギー研究調査報告書」による核融合研究者の推移を図4.4.2.2-2に示す。同図によると、ここ15年間は約1000人弱の研究者数でほぼ横這いであり、プラズマ・核融合学会の会員動向と一見矛盾しているように見える。学会講演数の増加が会員数の増加ほど多くはない点(後述)などを考慮すると、ここ十数年間において、核融合研究者が大幅に増えているとは言い難く、プラズマ・核融合学会の会員増加は、在野のプラズマ・核融合研究者が徐々に学会に入会していったためである、と見ることも出来る。
 学生会員は、博士課程及び修士課程の大学院生が主たる対象であり、プラズマ・核融合研究に関連した大学院生の数を反映していると考えてよい。図4.4.2.1-1と図4.4.2.2-1とでは、数年間の重複期間があるが、その間の傾向としては、ほぼ同様な傾向(漸増傾向)が見られると言える。一方その後、1993年ごろより、学生会員数が顕著に増加している。これは大学院重点化(例えば東京大学工学部の重点化は1992〜1994年に行われた)による大学院生の増加に起因していると考えられる。
 学生会員から正会員への移動は、核融合分野への学生の定着度を示す指標である。図4.4.2.2-1(b)に示されているように、ここ数年間は30〜40人であり、特に大幅な増減は見られない。これは、図4.4.2.1-3に示されたデータと同様な傾向が、現在も続いているといえる。一方学生会員の脱会者がここ数年で大きく増えている。これは大学院重点化で増えた大学院生が必ずしも核融合界に定着していないことを反映している。
 以上を纏めると、大学院重点化により大学院生は増えたので、大学での核融合研究者は増えたが、卒業後の核融合界への定着数は増えていない。これは核融合界の受け皿が増えていないためであると思われる。
 なおプラズマ・核融合学会会員以外の動向調査として、日本原子力学会核融合炉工部会の会員や大学における「核融合ネットワーク」のメンバーなどが挙げられる。日本原子力学会核融合炉工部会は1991年に発足し、現在の会員は347人である。「核融合ネットワーク」は核融合科学、核融合炉工学、プラズマ科学から構成されており、全体として408の研究グループ、約1190人の研究者、約1940人の学生から構成されている。

(2) 学会講演数の推移からみた若手研究者の動向
 ある分野の研究の活性度を示す指標として、学会講演数が挙げられる。核融合研究における大学からの研究発表は、この分野を支える基礎研究としての位置付けが大きいとも言える。また大学の研究発表のある割合は、大学院生を中心とした若手研究者が占めている。従ってここでは、学会講演数(一般講演のみ)及びその内の大学からの講演数(発表者が大学関係者)を調査することにより、プラズマ・核融合研究分野の趨勢、大学の果している割合などを推測してみた。なお大学からの講演の中から、大学院生の講演のみを抽出することは困難であったので、大学からの講演のうち、ある一定の割合が大学院生の講演であると仮定して、大学院生の動向調査とした。また名古屋大学プラズマ研究所・核融合科学研究所からの講演は、研究者が主であるので、大学からの講演数からは除いた。ただし総合研究大学院大学からの講演は大学として取り入れた。
 まずプラズマ・核融合学会の学会講演数を図4.4.2.2-3に示す。講演件数は学会設立当初の150〜200件から、現在では200〜250件にまで増えている。なお1997年度から年一度の総会のみとなり、その結果、320〜360件まで増えた。大学からの講演件数は、全体の60%程度であり、ここ15年間では大きく変化はしていない。またプラズマ研究所・核融合科学研究所を加えた文部省関連の講演件数は75〜80%である。これによると大学院重点化による大学院生の増加や、ITER-EDAの開始(1992年度)などにより、1992年度ごろより講演件数がやや増えてはいるが、その増加割合は特に顕著に表れてはいない。
 次に日本原子力学会では、核融合炉工学分野の講演が主であり、核融合炉材料、ブランケット、ダイバータ、遠隔保守、安全性、炉設計、トリチウム、ITER、慣性核融合などの分野に亘っている。図4.4.2.2-4に日本原子力学会での講演数及び大学が占める割合を示す。講演数は、80〜90件程度であり、ここ10年間は特に大きな増減はみられない。この内、大学の占める割合は50〜60%程度であり、必ずしも多くない。これは比較的大規模な構造物の建設・運転などを中心とした日本原子力研究所や産業界の果す役割が、相対的に大きい為であるといえる。日本原子力学会での研究者や大学院生は、ITERなどの大型核融合実験装置が建設開始された時の潜在的研究者であり、また原型炉などの核融合炉開発研究を担って行く人材である。核融合研究の継承・発展のためには、この分野の人材確保と増員が強く望まれる。
 日本物理学会での「プラズマ物理・核融合」セッションは、プラズマ・核融合研究の裾野の拡大、関連学術分野との学術交流・学術発信などの観点から、重要な役割を果している。1999年度(春と秋の学会)における一般講演の分野を基礎プラズマ・磁場核融合プラズマ・慣性核融合プラズマに分類した場合の、夫々の比率を図4.4.2.2-5に示したが、講演数の約半数が基礎プラズマ研究であることがわかる。日本物理学会における講演件数及び大学が占める割合を図4.4.2.2-6に示す。毎回約200件以上の講演件数があり、ここ10年間ではほぼ一定であると言える。また大学の占める割合は70〜80%であり、大学の研究発表の場として重要な位置付けにある。日本物理学会のプラズマ関連の研究者や学生は、ITERなどの大型装置が稼動し始めた時の、潜在的プラズマ実験者であると見ることもできるので、核融合プラズマ研究に対する、ある程度の潜在的研究者が確保されていると言えなくも無い。近年は、核融合プラズマ研究から基礎プラズマ研究にシフトしている傾向があるが、この分野の研究活動を保つことは、プラズマ・核融合研究の裾野の拡大、関連学術分野との学術交流・学術発信などの観点から大変重要であると考えられる。

4.4.2.3 まとめ
 1970−80年代と1990年代の動向は、調査方法が異なるため比較しにくいが、プラズマ・核融合関連の大学院生の数に関しては、これまで着実に増加してきているのは確かである。その一方で、核融合界全体の研究者数の伸びは、ここ数年漸増傾向にあり、やや鈍化している。このことは、大学や企業における核融合研究者が核融合以外の分野に新たに研究を転換・発展させていることに起因していると思われる。これは核融合開発が広い分野と関わることの一面を表すと同時に、核融合分野の基礎能力を有する人材が産業界等に多数潜在することを意味する。こうした核融合人材育成の成果は、核融合開発の重要性が社会において理解され、幅広い層の支援を得ていくことにも寄与することになる。大学の使命の一つとして叫ばれているこのような若手研究者の不断の育成を図るためには、魅力有る最先端の研究が大学において実施されていることが必須である。従って核融合研究においても、大学における萌芽的・先進的研究を推進・発展させる基盤を充実させることが、人材育成の上からも強く求められる。
 そもそも大学におけるプラズマ・核融合研究は、当該分野の発展のみならず、新たなる学問分野の創成や革新的技術開発の可能性を秘めており、関連学術分野への数多くのスピンオフ効果をもたらすものと期待されている。特に最近、関連する多くの学会でのプラズマ・核融合の講演数の増加傾向や、半導体プロセッシング分野に見られるような、核融合プラズマ研究で培われた経験が新たなる産業分野を切り開いている事例は、今後も顕著に現れてくるものと考えられる。
 このように、プラズマ・核融合分野が、関連分野へ裾野を拡大することで、アクティビティの維持・向上に繋がっていて、そうした状態がプラズマ・核融合分野の人気を持続・発展させ、結果として大学院生の数を伸ばしているとすれば、核融合界への定着率が伸びていないこと自体を悲観することはなく、むしろ潜在的研究者の維持・確保がなされていると考えてよいであろう。そして今後も関連学術分野との人事交流や学術交流・学術発信を盛んに進めることが、核融合界への理解と支援を得ていく上からも肝要である。
 ただし現在のように大学・企業における核融合研究者が他分野へ流出している傾向が長期化すると、大学における研究の継続・発展や企業における技術の継承・開拓などの観点において支障をきたす恐れがある、という点に留意する必要がある。
 さらに、近年、原子力分野が学生から敬遠されてきている状況を考えれば、その反省に立って、核融合分野を将来にわたって継続的に学生から受け入れられる魅力ある分野にすることが必要であり、また、今後危機感を増す少子化や理科離れの問題への対応も必要不可欠であり、そのための努力を核融合関係者は怠ってはならない。

参考文献

[4.4.2.1-1] 井上信幸、佐藤浩之助;プラズマ・核融合分野における若手研究者数の動向―1、プラズマ・核融合学会誌、62巻、(1989)、462-466。
[4.4.2.1-2] 井上信幸、佐藤浩之助;プラズマ・核融合分野における若手研究者数の動向―1、プラズマ・核融合学会誌、63巻、(1990)、380―384。

4.4.3 大学や研究機関間の連携体制について
 大学や研究機関間の連携体制については、核融合研究の黎明期である核融合懇談会(1958年、湯川秀樹会長)や、原子力委員会(核融合専門部会1958年)、学術会議核融合特別委員会(1959年)などの発足時から、日本全体を見渡した大学や研究開発機関の核融合研究開発体制を議論しており、当初から連携を取りつつ研究開発を進めてきたが、今や研究開発規模の拡大に伴う開発リスクと所要資源の増大に対処するため、これらの低減と研究開発の効率化を図る必要があり、このためには国内の大学や研究機関間の一層の連携協力を積極的に推進することが必要な状況になっている。
 ITER活動に関しては、日本原子力研究所と大学等との間に、これまでも以下のような連携協力があった。
(1) ITER/EDAの委託研究・委託調査
 ITER/EDAに対する大学の協力の形態として、日本原子力研究所からの課題提案が大学側に設けられたITER/EDA研究協力委員会のもとで審議され、平成5年度から平成10年度にかけて日本原子力研究所からの委託研究、委託調査、総数約130件が実施された。
(2) ITER物理R&D
 ITER物理R&Dは、全体を取りまとめる物理委員会と7つの専門家グループから構成され、活発な活動を展開してきた。この活動には日本原子力研究所・大学のプラズマ研究者が対等の立場で参加し、既存装置からのデータベースを整理・評価してITERの設計に反映させている。
(3) ITER関連会合への参加
  ・各極の核融合関係の有識者4名から構成されるITER技術諮問委員会では我が国の4名のメンバーのうち、3名が大学から選出され、1名は全体の議長を務めている。また、ITER理事会の指示によって設けられる特別作業部会や、ブランケット試験計画などにも大学より参加。
  ・工学関連で6年間でのべ223回の技術会合とワークショップが開かれたが、これらの会合にも大学より多くの研究者が参加。

 このようにITERの工学設計活動においては日本原子力研究所が実施機関に指定され、大学・産業界がこれに協力する形で行われてきたが、ITER建設に当たっては我が国が一丸となってこれと取り組む必要があり、ITER事業体への人材派遣も研究機関、大学、産業界それぞれからITERを主導する人材や、事業体の要求に見合った人材を今から養成し、派遣に備える必要がある。

4.4.4 産業界の視点から
現在核融合研究開発は、科学的実証段階から工学的実証段階への移行時期に有り、産業界の役割がますます重要になっている。産業界は、装置の製造を通じて、エネルギー問題の課題解決に貢献する。ITER建設は産業という視点から見ても、独創的かつ先端的な未踏技術への挑戦であり、大きな価値と意義を持つプロジェクトと認識されている[4.4.4-1,4.4.4-2,4.4.4-3]。
 これまでの核融合装置建設のための装置の設計、製作、試験等、またこれらに係わる新しい技術の取り入れなどは産業界の本来的使命であったが、ITERの建設のためにはこれらに加えて新たな製作技術の開発が必要となった。例えば、ITERの超伝導コイルに使われる素線の開発は産業界における製作技術と品質管理技術の発展を抜きにしては考えられず、これらは産業界と日本原子力研究所や大学等の研究機関との緊密な協力を通して成し得たものである。さらに、R&Dの実施から実機の建設まで十数年の年月を要することを考えると、このためには技術者の確保と計画的な育成が極めて重要である。これは、目的とする装置の製作のためばかりでなく、その後に続く原型炉等の機器装置に必要となる技術の蓄積とその伝承のためにも重要な要素でもある。 以下産業界における人材の確保・育成に関し、具体的に述べる。

(1) 国際協力(ITER)活動における技術成果の共有方法
 ITERの技術開発にあたっては、「他極が行った技術開発の成果を導入すれば良い。」とする考え方えでは不十分であり、産業界の技術者・研究者が研究開発や製造に直接携わるとともに必要な組織に参画することにより人材が育成される。
 ITER本体および付属設備を構成するハードならびにシステムエンジニアリング等のソフト技術のうち、「中核技術/コンポーネント」に属するハード技術は、その多くが前人未到の技術であり、技術開発を必要とするため、(2)(3)に述べるように技術者自らが製作を担当して手を汚しながら体得する必要がある。 また、ソフト技術については、設計・建設・運転主体の組織に参加して習得する必要がある。
 一方、「従来技術/コンポーネント」に属するものについては、各極の産業界は既に実績を有しているものと考えられるため、他極から相互に技術文書資料を入手して理解することにより、技術成果の共有が可能である。

(2) 自ら手を汚して行う技術開発の必要性
 製造技術は、製造経験なしには培われないものである。目的とする製品につながる技術がなければ、それにかわる習得の機会を必要とする。それは以下の理由による。

1)企業秘密の壁による情報量の制限
 一般に、技術開発を担当した、ある極のメーカー(A社)が得た最終的な成果に関する情報を、他極のメーカー(B社)が入手しても、それだけではB社には役立たない。なぜならば、企業秘密による厳しい制限があるため、その情報の中にノウハウに関する情報が含まれない可能性が高いからである。

2)技術の複数の解から選択することによる情報の質の制限
 もし、仮に上記の制限が解消されたとしても、A社が開発した技術に関してB社にその実績が無い場合や、B社が得意とするもので無い場合は、B社がその一部を改めて独自に開発しないと、そのままの形ではB社の技術として実用が出来ない。

3)自らの手でプロセスを確認することの必要性
 よしんば、質、量ともに同一の技術がノウハウと共にB社に開示されたとしても、B社が責任を持ってユーザーに製品を提供するためには、B社の技術者が、全プロセス(仕様目標からR&D、設計、製造?材料・加工法・接合法・製造手順?、検査、性能、総合成果まで)を自ら体得し、最終成果をB社として確認することが必要であり、こうした体験を持った人材が育成されていることが重要である。

(3) 技術の蓄積と伝承
 技術開発の過程で得られた成果とノウハウは、図面などの書類の形になったものと、技術者の頭脳や腕が経験したものとが糾える縄の如く一体となって蓄積されていく。特に後者は、man to manの形で次世代に伝承されていくため、これら技術者の継続的な育成が不可欠となる。この様に、技術の維持向上を図っていくためには、継続的な製作の機会が必須の条件であり、一旦中断した場合、その技術を再び立ち上げるためには多大の再投資が必要となる。特に核融合工学技術のような未踏技術においては、その影響は計り知れない。

(4) 核融合開発への産業界からの支援と人材育成
 我が国の場合、核融合研究開発の初期段階から有力企業が積極的な参加を通して研究開発の進展に多大の貢献をしてきており、このような我が国の活力ある研究推進体制は海外の核融合推進国からも高く評価されてきた。このような産業界における人材の育成には、1)研究機関に派遣して統合技術に従事、2)研究機関からの発注を受けて製作に従事、などの方法によりなされている。
 このうち、1)についてはITER/EDA活動やそれ以外の研究機関における研究参加によって必要な準備は進んでいる。例えば、那珂研究所では、総勢約400人のうち、常時約100人が企業からの派遣者で占められており、これらの技術者は2-3年の派遣を終えると帰社し、交代に別の技術者が派遣されている。また、ITER共同中央チームに限定すると、日本からの派遣者の実に60%強が企業から派遣された技術者である。こうして、毎年約40人の核融合装置の統合設計に従事する人材が育成されている。これらの人達と、企業サイドで他の核融合装置やITERのR&Dのための機器製作に従事した人達が、ITER建設時に周辺人材の育成やチームの運営に重要な役割を担うことになる。
 一方、2)の製作技術に関わる人材の育成については研究機関からの一定レベルの継続した機器の発注があることが前提となっている。しかし、JT-60の改造や大型ヘリカル装置の完成以降は新規大型装置の建設は無く、ITER計画も不透明な状況が続いている。特に1990年代半ば以降の企業のリストラの影響と、新規受注が減少するなかで、企業内における核融合部門の人材の流出が続いており、このままの状況が続けばITER建設にとって大きな問題となることが予想される。人材の散逸が続くと、ITERの建設が開始された場合、人材の確保(呼び戻しを含め)に多大な時間がかかり、また若い世代の技術者への技術の伝承も困難となる。これらの問題を克服する唯一つの解決策は、ITER建設の早期意志決定及びスケジュールの明確化がなされ,製作開始までに必要なR&Dや設計等の作業が継続的に発注されることである。それによって、これ以上の人材の散逸を防ぐかたわら、実際の製作開始との間の現実的な時間のずれ(ITER事業体の協定上の立ち上げや、立地国の安全審査などによる)を利用した人材の確保と組織化が可能となろう。また、若い技術者を育成する時間を見いだすことが出来る。

(5) 結言
 これまで、わが国では国の核融合開発計画の下に、国公立試験研究機関、大学による世界でもトップ水準の研究と産業界の高い生産技術が一体となって核融合の技術開発を推進してきた。わが国産業界のITER建設への参画に関しては、これまでの経験を十分生かしつつ、更なる技術の習得と人材の育成のため、上記各項に述べた事項に十分配慮しつつ必要な人材養成を図っていく必要がある。
 必要な人員養成が計画的になされるためには、具体的かつ定量的な開発目標、つまり、いつまでに、どのレベルの工学技術が必要である、といった開発ニーズに対する強い動機付けを含むシナリオが事前に明確にされている事が必要である。また、技術の伝承のためには、適切な規模の装置が適切な時間間隔をおいて継続的に建設されることが技術レベルの維持・向上のために最も重要な要素である。我が国はITER以降の計画についても、国として核融合開発長期計画を策定し、継続的な開発投資を進めていくものとし、その上で国際協力も積極的に進めていくべきで、こうした開発計画の着実な展開を図ることが、円滑な製造技術者養成にもつながることと考える。

参考文献:

[4.4.1-1]建設段階、実験段階の総人数と配分はFDR(ITER/EDA Doc.Series No. 16) Chapter V-p24, p26 に示された経費から算出した。
[4.4.4-1]「ITER建設段階を想定した産業界の考え方」1996年12月;日本原子力産業会議
[4.4.4-2]庄山、「核融合発電炉開発への期待」プラズマ・核融合学会誌 第75巻第6号
[4.4.4-3]河辺、森野、「プラズマへの期待−21世紀のハイテクノロジー」原子力工業 第37巻第1号