第2部 計画の拡がりと裾野としての基礎研究

 

 

第4章 計画の拡がりと裾野としての基礎研究
4.1 ITER によるプラズマ物理学研究の学術的価値
 ITER をはじめとした核融合研究の理論基盤である「プラズマ物理学」は、固体・液体・気体に続く物質の第4の状態として、核融合開発と相補的に発展してきた新しい学問分野である。その物質の第4の状態・プラズマが繰り広げる様々な現象とそれを利用した応用研究は、核融合開発に留まらず21世紀の広範囲の先端分野を支える新しい学問基盤として認識を深めつつある。これは、磁場核融合に限らず、エネルギー密度が高くなればなる程、また、外界との相互作用が強くなればなる程、物質は必ずプラズマ化し、非平衡(多くの場合、非定常)の複雑な特性を示すことに起因しており、このようなプラズマ状態の物性を理解し、さらにそれを制御する手段を獲得することが、21 世紀における先端的な学術分野及び技術分野(例えば、天体・宇宙物理、ビーム物理や加速器物理、光量子物理、新物質創世等)における課題解決の競争力を左右する。
 ITERの燃焼プラズマに代表される高温プラズマは、物理学によく現れる二重性の特性、例えば光子の粒子性と波動性のように、電磁気的な相互作用を伴うマクロスケールの流体的な特性と、プラズマを構成する個々の「粒子」のミクロスケールの運動が重要な役割を果たす粒子的な特性を相補的にあわせ持ち、一方だけの方法論では現象を十分に表現できない荷電粒子多体系である。これらは、外部からの強力な磁場とともに荷電粒子自身が作る電磁場が相互作用しながら、その中で多彩な運動を繰り広げる典型的な非線形分散媒質であり、この電磁場と相互作用する自由度や高温プラズマ特有の微小な散逸、あるいはプラズマを構成する個々の粒子の長時間の記憶保持が、気象現象や従来の流体現象、さらには同じ燃焼プラズマでありながら、同じ太陽とは質的に異なった多彩な複雑現象を地上に創出する。
 事実、同じプラズマであるが、太陽では、中心の燃焼領域や輻射層・対流層を含め90 %以上の領域が流体(あるいは電磁流体)現象により支配されているのに対して、超高温のITERプラズマは、その主要な領域において高エネルギーの無衝突粒子と様々な揺らぎ(波動)との選択的な相互作用、プラズマを構成する電子の有限慣性効果や流体モデルでは記述できない微小な散逸効果とそれにより引き起こされる磁力線のダイナミックス、あるいは強い閉じ込め磁場に起因するプラズマ速度分布の非等方性等がしばしば重要な役割を果たす。このミクロな時間・空間スケールの物理過程の集積が、マクロな時間・空間スケールの様々な巨視的な構造形成現象を引き起こしているとの認識(多時間スケール現象)が、近年、物理学の様々な分野で深まりつつある。この観点から、核融合が目指す高温プラズマ研究は、その理論体系の構築において、流体的記述から粒子的記述へ、マクロな挙動からミクロな挙動へと、常に第1原理への立脚・回帰を必要とし、このため基礎物理学や物理数学等の " fundamental dicipline" に深く関与し得る特質を有している [4.1-1]。

 この高温プラズマの持つ内在的特性は 、トカマクという磁場配位の中で、当初の予測を大きく上回る学術的成果を生み出して来た。トカマクプラズマの研究は、1970年後半から80年代にかけて、プラズマの閉じ込め性能が著しく制限される異常輸送現象やプラズマの保持自身を困難にする様々な不安定性の問題に直面し、プラズマとは制御することが極めて困難な媒質と思われた。プラズマ分布の同一性(Profile Consistency)理論は、このような時代背景の中で生まれた概念であった。しかし、これらの不安定性を解析する土俵にのせる物理手法の進展と相まって、80年代から90年代にかけて、それ以降の核融合の流れを変えるいくつかの鍵となる科学的発見がなされ、核融合研究は格段の進展を見せることとなった。
 それらは、プラズマの長時間保持に係わる、プラズマの微小な散逸効果に起因する自発電流現象の発見、ミクロ及びマクロなプラズマの安定性とエネルギー輸送に係わる、相転移やプラズマ内部の狭い領域に“熱絶縁状態”が出現する様々な閉じ込め改善現象の発見、さらに、これら独立と考えられた二つの概念が融合し、様々な構造形成を通してプラズマの保持能力と閉じ込め性能の双方を向上しようとするプラズマの "自律的特性" の発見等、従来の古典的なプラズマに対する概念は一掃され、プラズマとは「多彩な分布」を、様々の時空間で許容する物性論的に興味深い物理系であるとの認識が深まった。
 このプラズマの顕著な特性は、高温プラズマを地上の有限サイズに閉じ込めようとする際に発生する "揺らぎ" と、プラズマの "自己制御機能" の競合作用により現出される(時には動的な様相を示す)自己形成現象であり、太陽においては見られない、"地上の太陽" ならではの物理現象である。太陽の状態は、トカマクにおいては、"揺らぎ" が大きなエネルギー輸送過程(異常輸送)を左右する、低い閉じ込め状態(Lモード)に対応すると考えられ、対流層において臨界勾配にある大きなスケールの "対流セル" が同様の役割を果たしている。トカマクでは、このような "揺らぎ" が、様々な物理機構により抑制・分断される自由度を内在的に有しており、これがトカマクにおける分布の多様性の起源の一つとなっている。
 これらの現象は、図4.1-1に示されているように、単一の物理モデルでは説明困難な、複数の異なった時間スケールの要因、「磁場の構造」、「揺らぎの構造」、「流れの構造」、「散逸・分散の構造」等が密接に関与した複雑現象としての特性を強く有している。このような顕著なプラズマ特性は、高性能でコンパクトな核融合炉実現の鍵を握るのみならず、そこで展開している現象の理解と学問体系の構築は、従来の物質の存在形態を問う古典物理学像に新たな1ページを付け加えるものであり、その科学的意義は大きい [4.1-2]。

図4.1-1 トカマクの熱絶縁状態形成に代表される様々なプラズマの自己形成現象と、プラズマ現象における様々な時間スケール及びプラズマを記述するモデル

 このような高温プラズマの様々な振舞いは、従来の固体や流体現象では見られない超高温プラズマに内在する特性が、トカマクという磁場構造の中で創出されたものである。しかし、20世紀のプラズマはこうした顕著な特性は見せつつも、プラズマ自身を支える熱源については粒子ビームや波動加熱等、外部からの加熱手段による他律的要素が主要な役割をしめていた(「他律系」と呼ぶ)。一方、高いエネルギー増倍率を要求される21世紀のITERプラズマは、太陽と同様、核燃焼により発生する高エネルギー粒子がプラズマ自身と相互作用することにより、プラズマ内部から大部分のエネルギーを供給する物理系としての特性を強く持つことに大きな特徴がある。
 このため、ITERプラズマでは、図4.1-2に示されているように、燃焼によるプラズマの自己加熱と圧力上昇、それに伴う「閉じ込め改善」と「定常維持」に代表される様々なプラズマの自己組織化や自己制御機能、これらの物理過程を介しての核燃焼への帰還、という自律的な振舞い(「自律系」と呼ぶ)の創出を形成することにより達成される。ITER 計画の目標である高いエネルギー増倍率での燃焼状態の長時間あるいは定常維持を実現するには、このような特性を持った複雑かつ自律性の高いプラズマ状態を生成し、効率的に制御する必要がある。ITER 計画では、核燃焼という20世紀のプラズマが経験していない新たな自由度を得たプラズマにおいて展開する様々な複雑現象の科学的解明と、"自律系の物理" が支配する系の制御という、今までにない新しい研究テーマに正面から挑戦することになる。

図4.1-2 燃焼プラズマにおける自己形成とそれを支える非線形ループ

 20 世紀の科学技術は、それまでに学問的体形化に成功した古典力学・流体力学・電磁気学・統計力学・量子力学・相対論等に代表される確固とした物理法則の工学への展開を図ることにより大きな成功を納めた。これらの多くは、説明のつかない現象をでき得る限り排除し、理想化・単純化した物理環境を設定・外界から制御することにより達成されていることに特徴がある。これは、20 世紀において成功をおさめた科学技術の多くは、(レーザー系や化学・生物系における数個の例外を除き)、その動作領域が、自律系として、外部からの制御が十分に及びパラメータ領域に限定されていることからも理解される。
 一方、このような少数自由度の決定論的な物理原理では説明できない複雑現象が、実は自然界の多くを支配しているとの認識が20世紀も後半になり指摘されはじめた。1980 年以降急速に発展を見せた、非線形理論やカオス理論、あるいは複雑性の科学をはじめ、従来の単純化した決定論的な物理原理のみでは説明のつかない様々な物質の存在形態や組織化現象を問う研究分野の出現はそれらの初期的な芽生であり、21 世紀の科学技術を支える新たな基礎物理学として精力的に研究が進められて来ている。
 この観点から、ITER 計画は、「地上において恒久的なエネルギー源の獲得を実現する」という人間社会に対する直接的貢献とともに、その中に、新しい物質の存在形態と科学を秘めた21世紀における人類の最大の知的財産の一つと位置付けられ、そこで獲得されるであろう燃焼プラズマに対する科学的理解の進展は、自律系の物理や構造形成の物理を中心に、21 世紀への課題として残された、自然界における様々な物質の存在形態に対する理解とその学問的基礎を推進するものである。例えば、宇宙物理の分野においては、近年の天体観測技術の急速な発展に伴い、星形成や銀河形成、あるいは太陽等の恒星において展開する様々な現象において、磁場を伴ったプラズマが本質的役割を担っているとの認識が急速に広まりつつある。そこでは、ITER 計画の散逸の極めて微少な燃焼プラズマで得られるであろう、乱流現象やそのような乱流状態における磁力線のダイナミックに係わる物理や電磁流体力学に関する学術的知見は、宇宙をはじめとした様々な物質の存在形態や組織化現象を問う学術研究に重要かつ本質的な変革をもたらすことが予想される。さらに工学的側面からは、20 世紀には必ずしも成功を納めることが出来なかった自律系・複雑系メカニズムの技術・産業への展開を牽引する役割を担うことができると期待される。

参考文献

[4.1-2] 岸本泰明、本分科会、資料第14-2号
[4.1-1] 須藤 滋、本分科会、資料第13-2号