3.7 市場競争力の獲得の課題
 既存及び将来の様々な電力源と比較して、核融合炉がより魅力ある電力源でなければ、市場競争力を獲得しえない。市場は、いわゆる市場原理(より安いものを求めて)で動いているが、昨今の地球温暖化問題などを背景に、環境問題なども大きな要因ではある。また原子炉における高レベル放射性廃棄物の処理処分問題などは、社会の受容性も大きく影響してくる。従って、市場競争力も、一概にコストのみが支配因子ではないが、しかし一方で、これらの環境問題も、例えばCO2排出上限値や放射性廃棄物処理処分基準などが一旦設定されれば、CO2回収プラントや放射性廃棄物処理処分施設のコスト増加も加味した電力コストとして市場原理に則って競争原理にさらされる。
 以上の点を鑑みて、ここでは核融合エネルギーの市場競争力を獲得するための課題として、核融合プラントの発電単価(COE値)低減を取り上げ、そのための開発課題について簡単にまとめた。

3.7.1発電単価に影響を及ぼす主な要因
 核融合プラントの発電単価に大きく影響すると考えられる要因として、
  ・核融合プラントの建設・運転コスト
  ・核融合プラントの稼働率
  ・核融合プラントの安全性(近郊立地,廃炉コストなど)
などが挙げられよう。核融合プラントの建設・運転コストや稼働率が直接的に発電単価に影響するのは言うまでもないことである。建設コストを下げるためには、核融合プラントの、いわゆる小型化が必須であり、その課題については、次の項にまとめた。核融合プラントの稼働率向上は、ブランケット交換の高効率化が重要であり、現在の技術延長として70―80%以上の稼働率が期待できる、と予想されている。
 一方、核融合プラントの安全性向上は、核融合炉の社会受容性を高めるという観点から非常に重要である。しかもこのことは、放射性廃棄物の処理処分コストの軽減をもたらすとともに、都市部近郊への核融合プラント設置を可能とし、送電コストの大幅な低減として発電単価に直接影響してくる。
 核融合炉は、核暴走が起こらないという、固有の安全性を有してはいるが、トリチウムや放射化物などの比較的多量の放射性物質をプラント内に有している。潜在的放射線リスク指数から見た安全性という観点では、運転中の核融合炉の潜在的放射線リスク指数は軽水炉の千分の一程度であると評価され、また廃炉での潜在的放射線リスク指数は、数十年後には石炭火力プラントからのフライアッシュ中の放射性核種による潜在的放射線リスク指数と同程度まで減衰する(本報告書1.3.3節参照)。また核融合炉の崩壊熱は、軽水炉のそれより小さく、緊急炉心冷却装置などの装備も不要である可能性が高い。
 このように、既存の核融合炉設計でも十分な安全性は確保されているといえるが、一方で、さらなる市場競争力を高めるためには、より安全性を高める努力(プラント内の放射性物質の低減、放射性物質封じ込め方策の強化、低い崩壊熱の材料開発、など)を図る必要がある。

3.7.2核融合炉の小型化への課題
 核融合炉の小型化に際して、まずはプラズマ閉じ込め時間の改善が必須である。図3.7.2-1に様々なトカマク型核融合炉設計において採用された閉じ込め改善ファクタ(Hファクタ)を示す。例えば自己点火条件達成を目指したITER-FDR設計(主半径8.14m)では、閉じ込め特性の悪いLモードプラズマに対して2.5倍程度の閉じ込め改善を期待している。ただしここで興味深い点は、ある程度の閉じ込め改善(Hファクタが2-3程度)が達成されれば、それ以上の閉じ込め改善は、装置の小型化に対して主要な因子になっていない、という事である。また3.1節で議論されているように、現在の実験でもこの程度の閉じ込め時間改善は達成されており、将来的にも実現可能であると言えよう。

図3.7.2-1 閉じ込め改善度(Hファクタ)

 核融合出力は

 と近似的に表せる。ここでR及びBtは装置の主半径及びトロイダル磁場強度であり、βtはプラズマ圧力と磁気圧の比(βt = P/(Bt2/2μ0))を表すベータ値である。従って、ある一定の核融合出力の条件下で装置を小型化するには、ベータ値の向上と磁場強度の増加が主要な因子となる。

図3.7.2-2 規格化ベータ値: βN

 ベータ値に対しては、物理的に上限が存在している。与えられた磁場強度下でプラズマ圧力を上昇させてゆくとプラズマは不安定になり、それ以上にプラズマ圧力を上げることは出来ない。これがベータ値の上限であり、「ベータ値限界」と呼ばれている。ベータ値限界に対する半経験的な理論式が、以下の式として Troyonにより提唱された。

ここで、Ip(MA)はプラズマ電流、a(m)はプラズマ小半径、Bt(T)はトロイダル磁場である。比例係数を「規格化ベータ値:βN」又は「トロヨン係数:g」と呼ぶ。ただしこれは、通常のトカマクに対する解析結果であり、アスペクト比が非常に小さい場合や、トカマク以外の閉じ込め配位に関しては、別途考察する必要がある。なお上述のベータ値限界は、理想MHD理論に基づくものであり、プラズマの有限抵抗の効果を入れると、さらにベータ値限界が低くなると予想されている。 様々な核融合炉設計において想定している規格化ベータ値を図3.7.2-2にプロットした。同図より明らかな様に、規格化ベータ値の向上は装置の小型化をもたらしているのが見て取れる。例えば装置主半径を6m以下に小型化するためには、規格化ベータ値としてβN > 4 が必要となる。3.1節でも議論されている様に、このような高い規格化ベータ値は抵抗性壁導体の導入などにより理論的には達成可能であることが示されてはいるが、実験的には今後の重要な開発課題であると言える。
 もう一つの装置小型化の要素としてトロイダル磁場強度の増大が挙げられる。ITER装置のトロイダル磁場コイルはNb3Sn超伝導線材を用いており、その最大経験磁界は12-13Tである。一方SSTRやARIES炉設計では、NbAl系超伝導材料の開発を期待することにより、16Tから20Tという強磁場コイルを想定している。超伝導コイル技術開発は、3.2節でも議論されているように、ITERの中心ソレノイドコイル用モデルコイルの製作・組立てがすでに完了しており、これから13Tのパルス運転試験に入る。また16T以上のコイル開発にも着手しようとしている。
なお当然のことではあるが、炉心プラズマ特性の大幅な改善による核融合炉心の極端な小型化は、第一壁での中性子負荷やダイバータ部の熱負荷の増大をもたらし、より一層の先進材料開発や高除熱技術開発が要求される。従って、核融合炉の小型化に際しては、炉心プラズマと炉工学技術の全体的な調和を図りながら進める必要がある。

3.7.3 工学技術革新による、より魅力的な核融合炉概念の追求
 現在の技術レベルの基に将来の核融合炉の発電単価を予測すると、必ずしも他の発電システムに比べ有利であるとは言えない。しかしながら、核融合炉の経済性は、構造材料をはじめとする核融合炉工学技術の進展に大きく依存するものである。先進的な技術を仮定し、プラント全体の合理化を進めた場合には、将来の核融合炉の発電コストが現在の軽水炉に競合できる可能性が指摘されている[3.7-1]。材料開発の進展は、核融合炉の放射性廃棄物の低減に寄与することも併せると、将来の核融合炉は経済性及び安全性の観点から、一層魅力あるものになる可能性がある。
 核融合動力炉をより魅力的にするために必要な技術の一つは核融合炉材料、特に、第一壁をはじめとする低放射化構造材料と考えられている。核融合炉に適合するバナジウム合金やSiC/SiC複合材等の低放射化構造材料の使用を想定すると、炉停止後の早期炉本体解体と大幅な放射性廃棄物の低減が期待できる。更に、SiC/SiC複合材のような高温に耐えうる材料開発が進展すれば、1000℃程度の高温ブランケットを採用することが可能となり、ガスタービンとの併用で熱変換効率の大幅な改善が期待できる。
 核融合炉の経済性を高めるためには、コンパクト化、高出力化が不可欠である。現在の炉心プラズマ性能から予測して、コンパクトで高出力の核融合炉を実現するためには、トロイダル磁場の高磁場化が必要である。また、プラント内の所用電力の低減化の観点から超伝導コイルの冷凍負荷を極力押さえなければならない。このような要求を満足するためには、 高磁場・高温超電導の開発が不可欠である。現在、20°K程度の温度で最大磁場が20 Tを越える高磁場・高温超伝導線材の開発されつつあり、この技術を進展させることにより、より経済的な核融合動力炉システムの構築が可能である。
 今後、炉心プラズマ技術の進展によっては、弱い磁場で高い閉込め性能を有し、高い核融合出力が可能となる燃焼プラズマ運転方式が開発される可能性がある。このため、炉心プラズマを一層高性能化するための研究を継続している必要がある。中性子発生が桁違いに少ないD3He反応をベースとする核融合炉も、安全性の観点から社会受容性の高い核融合炉概念の一つといえる。D3He核融合炉のプラズマ閉じ込め条件や、除熱条件はDT核融合炉より厳しいことを考慮して、引き続き 閉じ込め方式に関する基礎的な研究を進めることが重要である。

3.7.4 核融合炉の予想発電原価
 まず核融合炉が到達可能であろうと思われる発電原価を、出力規模を100万kW程度に限定したトカマクを基準にて考えてみる。大出力化は核融合炉にとって恐らく都合がよいが、現在電源が分散化する傾向にある電力市場が、将来数100万kWの電源を望むかどうか不明であり、少なくとも100万kW級でも競合できる条件を知っておくことが必要と考えられるからである。
図3.7.4-1は、トカマク型核融合炉の経済性解析をベースに描かれた予想発電原価とプラズマ物理の仮定との関係を示している[3.7-2, 3.7-3]。但し、熱出力規模は300万kW程度と考えている。各棒グラフの白で示した範囲は、軽水炉用蒸気タービンと同等の熱効率(ηth= 34-35%程度)で発電した時の発電原価と、将来のヘリウム、液体金属、あるいは超臨界蒸気などによる高効率発電(ηth=45%程度)を前提とした時の幅を表わす。高効率化は電気出力増大にともなってCOEnの低減を可能にするのはいうまでもない。トロヨン係数βn上限の改善やトロイダルコイルの経験最大磁場(コイル上での最大値)Bmaxの強化は、プラズマ圧力を増加することから出力密度が増し、小型化によるコスト低減に非常に効果的である。その関係を図の下の枠に示している。
 発電原価低減には、熱効率改善、磁場強化、プラズマ制御の高度化(トロヨン係数βnの改善)の3つの重要な軸がある。トロヨン係数βnの条件は磁場の強化によって緩和することも可能で、例えば13Tの磁場を16Tにできれば、20%程度低いβnで同じ圧力(同じ出力密度)を得られる。単機出力規模の増大や技術熟成による建設単価の低減が可能なら、発電原価をこの図よりさらに下げることができるだろう。
 トカマク型核融合炉の発電原価はプラズマに対する物理仮定を先進的(アドバンスト)にするほど、安くできる。もっともコスト低減に効く物理仮定を代表する数値として、ここではプラズマ圧力上限の指数であるトロヨン係数βnを採用している。ITERはトロヨン係数が3以下(設計基準値は~2)で設計されており、それとほぼ同等の基準で動力炉を設計した場合が図左端である。この左端の領域では前節で述べた核融合の発電コスト目標(COEn<1.5)の達成は難しい。左から2番目の場合ではトロヨン係数が50%程度改善されることを仮定している。トロヨン係数の条件は、磁場の強化によって緩和することも可能で、例えば13テスラの磁場を16テスラにできれば、βnは20%程度下げることができる。このことも考慮して、トカマクで核融合の発電コスト目標(COEn<1.5)をクリアするには、例えば、βn~4程度とすれば最大磁場強度を16~20テスラまで強化することが必要になるし、先進的モード(左から3番目:具体的にはβnを5程度の領域にまで拡張)が実現するなら、磁場は13T程度で実現可能となる。もちろん、βnと磁場の両パラメータがその中間であるような領域でもよい。いずれの場合も熱効率の改善は必須であろう。
 トロヨン係数の理論上の上限値は、十分な面積を持った導体シェルをプラズマ表面近くに設定すれば5.0~5.5程度まで、導体シェルを設置できなければ3.5~4.0程度までが可能と予測されているが、特に定常運転における導体シェルの効果は今後の実験で確かめる必要がある。また、導体シェルはブランケット内部に設置することになると思われるので、もし必要ならブランケット設計やメンテナンスシナリオにも大きな影響を及ぼすことになるかもしれない。導体シェルをブランケット内部に設置した概念設計としては、ARIES-RS(βn=5.0)[3.7-4]とCREST(βn=5.5)[3.7-5]の例がある。磁場強化については、16テスラ程度まではすでに実現の目処がある。例えばSSTR [3.7-6]が16.5Tの磁場を採用した設計例である。20Tの可能性については、既に線材レベルでは実現しているので、大型コイルとして将来の開発ターゲットとすることは可能な範囲である。20Tの最大磁場を仮定した設計例としては A-SSTR [3.7-1] がある。

図3.7.4-1 100万kW級核融合炉の予測発電コスト

 図3.7.4-1の左から4番めより右側は、トカマクでは実現できない理想化したケースで、発電コストの極限を見るために示してある。その極限は、コイルをすべて削除し、ベータ値(プラズマ圧力と磁場圧力との比)無限大の「点状炉心プラズマ」を仮定した図の右端である。この場合、炉の大きさは壁の中性子負荷(*)のみできまり、規格化COEは、熱効率35%の場合でおよそ0.75程度となっているのがわかる。ただし、この値は100万kWの出力と35%前後の熱効率を仮定した場合であり、絶対に越えられない限界ではない。例えば、高発電効率の実現、稼働率(75%を仮定)の改善、100万kWを越える大出力炉、といった今後の開発や、技術熟成による建設費の低減などでさらに改善できる可能性は存在する。

(*):図右端の場合に限り「20MW/㎡」とかなり高めの数字を仮定した。右端以外では壁負荷で炉サイズが決まっておらず、先進的設計の例で平均壁負荷は5MW/㎡程度

 以上は磁場閉じ込めのトカマク型の場合であるが、慣性核融合炉も同様にある程度の予測ができる。図3.7.4-1右端の発電原価(COEn~0.75)は、慣性核融合炉のドライバーを除いたコストによるものと理解できる。燃料費やメンテナンス費などのコスト構成はトカマクと大きく異ならないとすれば、目標をCOEn<1.5に置くとすると、100万kW級慣性核融合炉のドライバーにかけられる費用は、COEnで0.75に対応する額以下となる。第1.3.6節で記述した建設コストとCOEnの関係から、ドライバーの建設費は2700億円を下回る必要があるともいえる。熱効率をあげることで、このドライバーのコスト上限は若干緩和できるが、いずれにしても、その金額は現在米国で建設中のレーザー核融合点火装置(National Ignition Facility:NIF)の総建設費と比べて大きくは違わない。従って、このコスト上限(2700億円)は実現不可能な数値ではないにしても、簡単に達成できるとも言えない。慣性核融合の中でもとりわけレーザー核融合にとって、今後のレーザーシステムのコストダウンは非常に重要である。あるいは、言葉を変えれば、必要なレーザー出力が小さくできれば、レーザー核融合の経済性は大きく改善されるとも言えるだろう。また、電気出力の大規模化によるCOEの低減はもちろん期待できる。

参考文献

[3.7-1]菊池満「核融合炉の経済性改善に関する一考察、改良型SSTR(A-SSTR)」(1997)、JAERI-Res 97-004
[3.7-2]J.D. Galambos,et.al., Nuclear Fusion, Vol.35(1995), p.551
[3.7-3]岡野邦彦、吉田智朗、プラズマ核融合学会誌、Vol.72(1996), p.365
[3.7-4]F. Najimabadi and the ARIES team, 'Overview of ARIES-RS Tokamak Fusion Power Plant', ND-03, in Proc. of the 4th Int. Symp. Fusion Nuclear Tech.. (ISFNT-4), April 1997, Tokyo.
[3.7-5]岡野邦彦、朝岡善幸、吉田智朗、他、'Compact Reversed Shear Tokamak Reactor with Super-heated Steam Cycle', 第17回 IAEA 核融合エネルギー会議、(1998)、横浜, IAEA-CN-69/FTP/11, Nuclear Fusion vol.40(2000)635.
[3.7-6]関泰、菊池満、他、'The Steady State Tokamak Reactor'、第13回IAEA制御核融合とプラズマ物理関する国際会議(1990)、ワシントン