1.3 核融合発電炉と他のエネルギープラントとの比較
1.3.1 資源量
鉱山からの資源:
 資源量については、鉱量・品位・鉱質が十分な精度で確認されている量の中で、現在経済的な埋蔵量(Reserves)、経済限界すれすれの準埋蔵量(Marginal Reserves)、及び一部の経済限界に達しない経済限界下資源量(Subeconomic Resources)の和である埋蔵量ベース(Reserve Base)が資源量として一般に使われる。資源量は、あくまでも現在の技術、価格を基準としたものであって、社会情勢、経済情勢が変わればそれに伴って変化するものである。例えば、特定資源の可採年数が減ってくると新たな探鉱が行われ、その結果、何十年にもわたってほぼ似たような可採年数が維持されることがある。このような、社会情勢、経済情勢によって変わってしまう“資源量”とは別に、地球化学的手法で地殻中の存在度から、地殻において現在の資源技術で獲得できると考えられる鉱石量を算出する方法があり、“総鉱物資源量”と呼ばれる[1.3.1-1]。

 地殻の元素の平均組成(地殻存在度)と鉱石量(埋蔵量に現在までに生産された量を加えたもの)を調べ、両対数グラフに表示すると、多くの資源が限られた狭い範囲の中にあり、規則性のあることが知られている(図1.3.1-1)。このことは、地殻存在度と鉱石量の間には一定の関係があることを示唆している。これらの金属の中で、地殻存在度に対して最も多くの鉱石量が発見されているのは金で、[地殻存在度]×1013.6tの値となっている。これを仮に現在の資源技術の限界値とすると、この直線から金以外の資源の総鉱物資源量が推察できる。すなわち、直線から離れている資源の供給は、探鉱さえ怠らなければ、たとえ需要が増えてもしばらくは供給の心配はしなくてもよいことになり、限界値の近傍に存在する資源は、今後供給に問題が起こりそうな資源ということになる。

 この総鉱物資源量及び埋蔵量、主な産出国等を代表的な元素について表1.3.1-1に示す。

表1.3.1-1 代表的元素の総鉱物資源量, 埋蔵量ベース, 埋蔵量, 生産量, 可採年数, 生産地[1.3.1-1],[1.3.1-2]

海水中資源:
 一方、我が国は周囲を海で囲まれた島国であり、海水中には多くの資源が溶け込んでいる。また、それらは海流とともに運ばれてくる。図1.3.1-2に我が国の周りの海流の様子と、海水中に含まれる有用金属資源の量、黒潮が運ぶ資源量を示す。

図1.3.1-2日本沿岸の海流図と海水中有用金属資源量と黒潮が運ぶ資源量 [1.3.1-3]

図1.3.1-3 海水中の溶存金属濃度と市場価格から見た回収の経済性評価[1.3.1-4]

 マサチュセッツ工科大学のDriscollは、海水中の有用元素の濃度とその価格との関係を図式化し、経済的に採取可能な元素を提案している(図1.3.1-3)。核融合炉の燃料であるトリチウムを生成するリチウムは、経済的に有望な元素に分類されている。また近年、海水中の有用金属の回収技術の進歩は著しく、日本原子力研究所高崎研究所の放射線重合法を用いたアミドキシム捕集材による回収法(ウラン、バナジウム、コバルト、チタン)[1.3.1-3]や、工業技術院四国工業技術研究所のイオンふるい結晶法(リチウム)などが実用化に向けた進歩を見せている。

1.3.1.1 核融合炉に必要な資源量
 核融合炉に必要な資源をまとめるために、まず、代表的な核融合炉設計である定常トカマク型核融合炉SSTR (Steady State Tokamak Reactor) [1.3.1-5]を例として、その構成と主要材料、必要な資源を概観する。図1.3.1-4はSSTR炉の鳥瞰図と主要な設計パラメータである。核融合出力300万kW、電気出力約108万kWの核融合炉構想である。

図1.3.1-4 定常トカマク型核融合炉SSTR鳥瞰図とSSTR主要諸元

 表1.3.1-2にSSTR核融合炉の本体機器構成、機能、主要材料、重量を示す。この表からわかるように、SSTRでは材料としてステンレス鋼やフェライト鋼などの鉄鋼材料を大量に使用する。特殊材料としては、
 ・トリチウム増殖用のリチウム(〜 97トン)
 ・中性子増倍用のベリリウム (〜110トン)
 ・超伝導線用のニオブ (〜207トン)
等が必要である。これらに加えて、燃料としての重水素が必要である。ここで、中性子増倍用に用いられるベリリウム(Be)については、SSTRは原型炉としてトリチウム増倍率(TBR)1.2を目指した設計となっており、実用炉では1.05程度とすると、ベリリウムの使用量は半分程度となる。

表1.3.1-2 SSTR核融合炉の本体機器構成、機能、主要材料、重量

 一般的な核融合炉に必要な資源量については、1970年代に多くの調査がなされた。DT核融合炉(重水素(D)とトリチウム(T)の核融合反応を利用する炉)に要求される大部分の材料は十分な資源量が存在するが、ヘリウム、リチウム、モリブデン、ニオブ、ベリリウムおよび鉛については資源上の問題が指摘された。このうち、ヘリウムとモリブデンについては、日本原子力学会の調査 [1.3.1-6] で資源的には問題のないことが確認された。また、遮蔽を目的とした鉛についても代替材料があるので問題ではない。そこで、この報告では、上記特殊材料としてのリチウム、ニオブ、ベリリウム及び燃料としての重水素及びブランケット構造材料としての使用が考えられるバナジウムの資源量に絞って議論する。
 核融合エネルギーの供給可能期間の評価にあたっては、現在の全世界の消費電力(〜12.5兆kWh(1993))を核融合炉で供給すると仮定した場合にはSSTRクラスの核融合炉が約1500台必要となることを考慮した。

(1) 重水素 (D2) [1.3.1-7]
 重水素は海水中に約158ppm、河川の淡水に〜140ppm含まれており、資源的にはほぼ無尽蔵と考えてよい。淡水からの重水の製造法は、GS [GS: Girdler-Spevack] 法と呼ばれる同位体交換法などを用いる。具体的には、H2S(硫化水素)とH2O(水)の間で向流接触しながら水素を交換するもので、室温前後では重水素が水のHと置換される反応(H2O+HDS→HDO+ H2S)が促進され、高温(100℃以上)では重水素が硫化水素のHと置換される反応(HDO + H2S→H2O + HDS)が促進されることを利用し、硫化水素を仲介して重水を製造する。
 つまり、自発的に起こる平衡化学反応を利用しているため、反応自体ではほとんどエネルギーを消費しない。現在、重水炉用の重水を製造しているカナダのプラントだけでも800トン/年の重水素生産能力があり、これは100万kW級の核融合炉の年間消費量の11000倍である。

(2) リチウム (Li) [1.3.1-8〜10]
 DT核融合炉の燃料であるトリチウムは天然にはほとんど存在せず、図1.3.1-5に示すように核融合炉内に設置されたトリチウム増殖ブランケット内で発生するリチウムと中性子の核反応によって生成する。

図1.3.1-5ブランケットにおけるトリチウム生産の原理とLiとLiのトリチウム生成反応断面積 (天然のLiには、6Liと7Liがありその比率は7.4%と92.4%である。Liと中性子の反応には、6Li+n→3T+4He+4.8MeV(発熱反応)、7Li+n→3T+4He+n'-2.5 MeV(吸熱反応)がある。図に示すように6Li反応断面積は1/v特性をもち、7Liは閾値反応である。反応断面積の差から6Liの燃焼率の方が高く、例えばSSTRの場合、交換ブランケットの交換期間である3年経過後には6Liの50%以上が燃焼することになる。)

 核融合炉を30年間運転すると、その間に消費されるリチウム量は、交換ブランケットで23トン×10=230トン、固定ブランケットで74トン、合計304トンである。年平均消費量は10トンとなる。100万kWクラスの核融合発電所を1500基建設した場合のLiの年間消費量は1.5万トンであり、可採年数は、600年(埋蔵量ベース)〜5万年(総鉱物資源量)/1500万年(海水リチウム)となる。

海水リチウム回収技術の現状評価:
 図1.3.1-2や図1.3.1-3のDriscollの評価にもあるように、海水中のリチウム濃度は170ppbと極めて高く、経済的に採取可能な資源とみなされている。四国工業技術研究所は、マンガン酸化物系吸着材による海水からのリチウム採取に関する研究を進めており、イオンふるい結晶法によって、105cm3/gという高い濃縮係数を実現した。図1.3.1-6にその原理と吸着特性を示す。図に示すようにイオンふるい結晶法では、ナトリウム(Na)やカリウム(K)などの大きなイオンはマンガン酸化物系吸着材のアトムホールに入ることができず、リチウムだけが選択的に回収される。
 海水リチウムの回収のためには、このマンガン酸化物系吸着材を海水流中に設置し、炭酸リチウムとして回収する必要がある。この方法としては、発電所温水を利用する方法(年間採取量230トン)、採取船(年間採取量125トン)、波力発電透過水を利用する方法(年間採取量50トン)などが考えられている。その採取コストは、採取船の場合で、3700円/kg-Li(700円/kg-Li2CO3)と推定されている[1.3.1-9]。この値は市価(400円/kg-Li2CO3)の2倍弱である。

 なお、海水リチウムの回収法としては、海水ウランの回収のために開発されたポリエチレン/ポリプロピレン高分子材料に対して放射線グラフト重合法によって結合基を重合する方法[1.3.1-3]も考えられ、いずれにしても資源としての必要性が高まれば、十分経済的に回収可能と考えられる。

図1.3.1-6 工業技術院 四国工業技術研究所が開発したイオンふるい結晶法によるリチウムイオン抽出の原理と海水からの金属イオン吸着特性 [1.3.1-8]

(3) ベリリウム (Be)
 プラズマ中のDT核融合反応で生成した14MeV中性子(n)は核融合炉ブランケット内でリチウムと反応してトリチウム(T)を生成するが、全ての中性子がリチウムと反応するわけではない(構造材などと反応する)ので、プラズマに面する第一壁側に(n,2n)反応などにより中性子を増やす中性子増倍材を設置することが、トリチウム増倍率(TBR)を増やすために有効である。この中性子増倍材としては、ベリリウムや鉛(Pb)等がある。鉛は比較的資源探査が進んでおり埋蔵量ベースが1.2億トン(表1.3.1-1、総鉱物資源量の23%)と豊富であるので、資源的には問題がない。ここではベリリウムを用いる場合の資源問題を考える。表1.3.1-1にあるように、ベリリウムの産地は米国、ロシアなどであり、

ベリリウムの資源量(埋蔵量ベース):80万トン(1985年)
地殻存在度から評価した総鉱物資源量:1億トン(資源としての探鉱率は1%弱)
年間生産量            :350トン/年(1997年) (需要の少なさを示す)

 世界の全発電量を賄う核融合炉(1500基)には、16.5万トンのベリリウム(埋蔵量ベースの2割)が必要となる。使用済みベリリウムの再利用を仮定すると資源としての消費は核燃焼で決まる。SSTRでの燃焼率は1トン/FPYであるから年間1500トンが消費される。埋蔵量ベースで世界の電力生産を賄うと可採年数は430年となる。この年数からは核融合エネルギー供給は数百年で終わってしまうように見えるが、総鉱物資源量に対する資源としての探鉱率は1%弱に留まっていることから、需要が増えれば、資源探査が進みエネルギー供給可能年数は、飛躍的に増大すると考えられる。ちなみに、総鉱物資源量から評価した供給可能年数は7万年である。さらに、鉛を中性子増倍材として用いる場合は、埋蔵量ベースから評価しても実質的に資源的な制約はない。また、液体金属Liを用いる場合には、中性子増倍材そのものが不要となる。これらのことから、ベリリウムは核融合エネルギーの供給年数の決定資源とはならないと考えられる。

(4) ニオブ (Nb)
 核融合炉の超伝導コイルに用いる超伝導線材としては、現在Nb3SnやNb3Alが想定されており、ニオブの資源量が重要である。一方、ビスマス(Bi)系の高温超伝導線の開発に見られるようにニオブを用いない超伝導線の可能性も広がっている。ニオブの産地はブラジル、カナダなどであり、

   ニオブの資源量(埋蔵量ベース)  :420万トン
   地殻存在度から評価した総鉱物資源量:7億トン(資源としての探鉱率は1%以下)
   年間生産量            :1.6万トン/年(1996年)

 超伝導線材に用いたニオブの再利用を行わない場合、世界の全発電量を賄う核融合炉1500基には、31万トンのニオブ(埋蔵量ベースの7%)が必要となる(核融合炉1基の内蔵量207トン(SSTR))。1500基/30年=50基/年の割合で炉を新設すると、埋蔵量ベースで世界の電力生産を賄うと核融合エネルギーの供給可能年数は、400年となる。使用済み超伝導線からニオブを90%の割合で回収し、再利用をすることを考えると、埋蔵量ベースでも数千年に相当する資源が確保されていることになる。総鉱物資源量から評価すると、再利用を考えなくても〜7万年分の超伝導材が確保される。

(5) バナジウム (V)
 核融合炉ブランケットとしては、低放射化フェライト鋼以外に、バナジウム合金を構造材として用いた液体リチウム冷却ブランケット方式やSiC/SiC複合材料を構造材とする高温ヘリウム(He)冷却方式等があり、米国の原型炉設計であるARIES-RS炉ではバナジウム合金(V-4Cr-4Ti)を採用している。この方式は、中性子増倍材としてのベリリウムが不要であるという特徴を持っている。
 バナジウムは、地殻存在度から評価した総鉱物資源量は53.7億トンと極めて豊富に存在すると考えられるが、埋蔵量ベースは2700万トン(総鉱物資源量の0.5%)である。ブランケット構造材としてバナジウム合金量600トンを想定し、3年毎に200トンを交換するとする、世界の全発電量を賄う核融合炉1500基を30年間運転するには、90万トン+270万トン=360万トンが必要となる。これから、バナジウムの埋蔵量ベースから評価した核融合エネルギーの供給可能年数は225年となる。一方、総鉱物資源量から評価した供給可能年数は4万5千年となる。また、バナジウムは海水中にも27億トンと極めて豊富に含まれている。海水からの回収法としては、海水ウラン回収技術として日本原子力研究所において開発された放射線グラフト重合を用いたアミドキシム捕集材によって、ウランを上回る回収効率が実現されている[1.3.1-3]。

(6) 材料価格
 ここで挙げた、リチウム、ベリリウム、ニオブなどは年間生産量が350トン〜2.1万トンと比較的少なく、特にベリリウムなどは単価の高い材料である。しかしながら、図1.3.1-7に示すように、鉱物資源の価格は、生産量と強い逆相関を示す。このため、核融合などによる需要の増大は、資源探査と生産拡大をもたらし、価格低減につながり得ると考えられる。

図1.3.1-7 資源の生産量と価格の関係 [1.3.1-3]、 [1.3.1-4]

1.3.1.2 エネルギー資源量
化石燃料資源量:
 1995年の世界のエネルギー消費量は石油換算で約80億トンであり、石油40%、石炭27%、天然ガス23%と化石燃料が全体の90%に達している。
 世界エネルギー会議(WEC)や国際エネルギー機関 (IEA)などの国際機関で1996年度に発表された化石燃料の可採埋蔵量の調査結果では、石炭が231年、天然ガス63年、石油44年であり、この化石燃料を今までのペースで使い続けた場合、200年程度はエネルギー不足が起こらないことになる。この可採年数は、鉱物資源量のところで議論したように、あくまでも現在の技術、価格を基準としたものであって、社会情勢、経済情勢が変わればそれに伴って変化するものである。例えば、石油は1943年には可採年数が22年であったものが、1970年には35年に、1995年には42年になっている。天然ガスの可採年数は、1975年に46年だったのが、95年には62年に増えている。
 石油と天然ガスの資源量については、国際応用システム研究所(IIASA)とWECの共同による長期需給見通しがH.H.Rognerによってまとめられている[1.3.1-11]。
 資源量は、地質学的採掘難易度(Identified, Undiscovered)と経済的成立性(Economic, Sub economic, Not economic)の2軸を用いたMcKelvey Boxがよく用いられる(図1.3.1-8)。Rognerによると、過去のトレンドから21世紀の技術的・経済的進歩を仮定し、McKelvey Boxのハッチ部分 Resource Base(=Reserves+Resources)が21世紀に利用可能な資源量としている。各カテゴリーの内容は、表1.3.1-3に示すとおりである。

図1.3.1-8 資源量に関するMcKelvey Box

 非在来型の石油資源としては、オイルシェール(油母頁岩:石油様物質を得ることができるケロジェンを多く含む有機質岩)、タールサンド(天然ビチューメン:比較的深度の浅い砂層中に硫黄分に富む重質油が胚胎する鉱床)、重質油(ヘビーオイル)、深海油田が対象である。
 非在来型天然ガスとしては、デボン紀シェールガス、タールサンドガス、地下帯水層、コールベッドメタン(石炭層ガス)、メタンハイドレート、深層ガスが対象となっている。

表1.3.1-3 原油・天然ガスのカテゴリー区分まとめ

 Rognerによる石油・天然ガスの各カテゴリー毎の資源量を表1.3.1-4に示す。Rogner論文によると、非在来型資源も資源量の見積もりに考慮し、過去の実績トレンドと同程度の技術進歩があれば、21世紀中に技術的・経済的に利用可能なポテンシャルがカテゴリーVIまでであり、国際市場価格と比較して著しい価格上昇にならずに利用可能、と結論づけている。また、Rogner論文によると、1994年現在の在来・非在来型石油の消費量は合計33.7億トン、在来型天然ガスの消費量は18.7億トンであるから、21世紀中に技術的・経済的に利用可能なポテンシャルをもつ石油と天然ガスをこの消費量で使い続けるとその可採年数は、それぞれ、242年、452年に達し得ると評価され、確認埋蔵量に基づく可採年数(石油45年、天然ガス69年)と大幅に異なった値となる。

表1.3.1-4 Rognerによる石油・天然ガスのカテゴリー毎の資源量

 化石燃料については、次の1.3.2節で述べるようにむしろ地球環境に関連した制限が主要因となって、需給が制約されるとする見方が現時点では多くなっている。

原子力エネルギー資源:
 原子力エネルギーは、化石燃料の代替エネルギーとして導入が期待されてきた。原子力発電は、火力発電に比べて燃料消費量が少なく、100万キロワットの発電所を1年間稼動させると、30トンの炉内燃料のうち約1トンが燃えるにすぎない(石炭火力では240万トンが燃焼)。 
 原子力の資源ポテンシャルは確認埋蔵量で〜450万トン(現在の年需要量(1995年:6.14万トン)で割った可採年数は73年)、未発見の推定量を加えると〜1500万トン(同可採年数は250年)と見られている[1.3.1-3]。一方、海水中には1 m3あたり3.3mgのウラン(U)が溶存しており、海水中の溶存ウランは約46億トンと計算されている(100%を回収したとして、同可採年数は7.5万年)。海水ウランの経済的な回収技術 [1.3.1-5]が確立された場合には、実質的に無限のエネルギー源となる。
 有望な海水ウラン回収技術としては、放射線グラフト重合を用いたアミドキシム捕集材による回収法が日本原子力研究所・高崎研究所によって開発されている。グラフト重合を用いた方式の研究開発は昭和56年(1981年)から開始され、平成6年(1995年)から平成10年(1998年)にむつ関根浜沖の実海域で実施された実験では、イエローケーキ16グラム(ウラン10グラム)及び、酸化バナジウム約20グラムの捕集に成功している。この成果に基づいて、スケールアップした実海域試験が進行中であり、その結果が待たれている。  また、天然ウランの99.3%を占めるウラン238を有効に利用する技術としての高速増殖炉が実用化されると、ウラン資源は上記の100倍以上に増大する。このほかに、現在利用されていないが、トリウムも核燃料資源と見ることができる。

 このように、核分裂原子力エネルギーも海水ウランの採取が実用化されるか高速増殖炉が実用化されば、実質的には資源制約はないとする見方が現時点では多くなっている。

参考文献

[1.3.1-1] エネルギー・資源ハンドブック、エネルギー・資源学会編(1997年)
[1.3.1-2] 西山孝、「核融合関連の資源」、核融合会議開発戦略検討分科会、資料第11-4号
[1.3.1-3] 須郷高信、「海水中からのウラン捕集技術について」本分科会、資料第11-3号
[1.3.1-4] Driscoll, MIT Report, 1982
[1.3.1-5] Fusion Reactor System Laboratory, Concept Study of the Steady State Tokamak Reactor (SSTR), JAERI-M 91-081 (1991).
[1.3.1-6] 「核融合研究の進歩と動力炉開発への展望」(日本原子力学会、1976年8月)
[1.3.1-7] 日本原子力学会「トリチウム化学」研究専門委員会、「トリチウムの化学−基礎から応用まで−」(1982年3月)
[1.3.1-8] 大井健太、「海水リチウム資源の回収技術」、同上、資料第9-3:日本海水学会誌51巻第5号 (1997)285.
[1.3.1-9] 信川寿、日本海水学会誌、第51巻第5号(1997)289.
[1.3.1-10] 宮井良考、大井健太、他、マンガン酸化物系吸着剤による海水からのリチウム採取に関する研究、工業技術院四国工業技術研究所研究報告第28号(平成8年3月)
[1.3.1-11] H.H. Rogner "An assessment of world hydrocarbon resources", Annu. Rev. Energy Environ. 1997, 22, 217-62

1.3.2 CO2排出と大気保全性
1.3.2.1 地球温暖化問題
 世界エネルギー会議やIEAなどの国際機関で1996年度に発表された化石燃料の可採埋蔵量の調査結果では、石炭が231年、天然ガス63年、石油44年であり、この化石燃料を今までのペースで使い続けた場合、図1.3.2-1の電力中央研究所が行った評価のように、200年程度はエネルギー不足が起こらないことになる [1.3.2-1]。
 しかしながら、現在の世界のエネルギー消費量(石油換算で約80億トン)で考えて見ても、これらの化石燃料消費によって排出される汚染物質の排出量は、炭酸ガス220億トン、硫黄酸化物1.3億トン、窒素酸化物0.9億トンにもなる。その中で毎年220億トン(炭素換算で60億トン)も大気に放出されているCO2は、温室効果ガスとして地球温暖化の原因として問題になっている。
 その中で最もCO2排出率の高い石炭の使用を大幅に制限したとすると、21世紀中ごろには、エネルギー不足が発生し得ることになる(図1.3.2-1)。また、将来石油や天然ガスの確認埋蔵量が増大した場合でも、後出のように石油や天然ガスCO2排出原単位も、他のエネルギーシステムに比べて大きいことには変わりがなく、環境制約によって化石燃料の使用制限は起こり得る。

図1.3.2-1 全エネルギー需要の90%を化石燃料でまかなう場合の化石燃料の消費曲線例。世界人口は120億人で飽和すると仮定し、更に省エネルギーが進んで1年間で一人平均1.7トンの石油に相当する化石燃料エネルギー(現在の先進諸国の人々が使う平均の1/3)を使うと仮定して計算したもの(電力中央研究所が行った評価、[1.3.2-1])。及び、地球環境問題を考慮して石炭の使用を大幅に制限した場合(青線)のエネルギー供給の不足量の変化。

 地球環境問題は、ハワイのマウナロア山頂での大気中のCO2濃度の観測結果の発表(図1.3.2-2)以来、化石燃料の枯渇が発生する前に人類が対処すべき地球規模の問題としてクローズアップされ、この対処のため、国際連合の下で気候変動枠組み条約を締結するなどして国際的に取り組まれ始めてきた。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第2次評価報告書(1995年)[1.3.2-2]では、地球の平均地表気温が19世紀後半から現在までに0.3〜0.6℃上昇したと推定している。また、信頼性の高いデータが揃っている最近40年間に対して地球の平均地表温度が0.2〜0.3℃上昇したと推定している。大気中のCO2濃度の上昇による温室効果に加えて、火山活動及び太陽活動の影響を考慮すると、ここ100年間の温度変化を良く説明できる。IPCCはすでに温暖化が起こっていると結論づけているが、その主因は温室効果ガス特にCO2の排出であると判断している[1.3.2-3]。

図1.3.2-2 過去1000年間の氷床に残された記録の分析による大気中CO2濃度(D47、D57、シブルおよび南極点)とハワイのマウナロアで観測(1958年以降)された大気中CO2濃度(IPCC95)[1.3.2-2], [1.3.2-4]

 大気中CO2濃度は、過去に排出されたCO2の積分として決まり、大気の温度上昇をもたらす。さらに、海水面上昇は、大気・海洋・陸の結合過程によって温度上昇よりゆっくりした時間スケールで顕在化する(図1.3.2-3)。つまり、進行する変化が漸進的でありしかもほとんど不可逆的であるという性質をもっている。

図1.3.2-3 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)によるCO2排出量と大気中CO2濃度の将来予測、及び、真鍋地球フロンティア地球温暖化予測研究領域長による温暖化と海水面上昇の長期予測 [1.3.2-2],[1.3.2-5]

 図1.3.2-3に示す1850年以降の世界のCO2排出量と大気中濃度の実績と将来予測からわかるように、例えばCO2濃度の安定化レベルとして産業革命前の約2倍の550ppmvを目標とする場合には、21世紀末までにCO2排出量を80億トン(炭素換算値、CO2で293億トン)程度としその後は急速に減少させる必要がある。また、気温上昇を1℃に抑えるためにCO2大気濃度を450ppmvで安定させるには、21世紀には直ちにCO2排出量を減少させ21世紀末には現在の半分程度(30億トン(炭素換算)、110億トン(CO2))に削減する必要がある。現在、人類のエネルギー消費の90%は化石燃料によって供給されており、このままでは、大幅なエネルギー消費の削減が必要となる。図1.3.2-3の地球フロンティアにおけるシミュレーション結果で予想される海水面上昇として、1 mの上昇が発生したとすると、図1.3.2-4の環境白書に示されているように、東京都の臨海部の多くが海抜0 m以下となる。また、海水面上昇に伴う我が国の沿岸港湾対策費用は、12兆円と推計されている [1.3.2-6]。

図1.3.2-4 地球温暖化によって海水面が1 m上昇した場合の我が国における影響評価と海外での影響。東京都の臨海部で、海水面が1 m上昇した場合に海抜が0 m以下となる地域図 [1.3.2-6],[1.3.2-7]

1.3.2.2 CO2排出原単位 [1.3.2-8] , [1.3.2-9]
 このように、地球温暖化防止のためには温室効果ガスであるCO2の発生を抑制する必要がある。わが国のCO2排出量は、産業部門で全体の70%を占めておりそのうち電力部門でのCO2排出割合が全体の30%を占めている。発電プラントの温暖化影響は発電プラントの建設、運転、燃料消費、探鉱時のメタン漏れなどに伴うCO2排出量を考慮したCO2排出原単位で議論される。

 CO2排出原単位=寿命期間中のCO2排出量(設備建設+設備運転+発電用燃料+メタン漏れ)/寿命期間中の送電端発電電力量

 図1.3.2-5に電力中央研究所[1.3.2-8]と時松[1.3.2-9]による火力、軽水炉等及び核融合炉のCO2排出原単位の評価例を示す。石炭火力、石油火力、LNG火力は他の発電プラントに比べて大量のCO2を排出する。また、CO2回収LNGや石炭火力においても排出原単位は1/3程度にしか削減できないことから、依然としてCO2発生の主役となる。21世紀以降においては主に発展途上国の急速なエネルギー消費の増大によって現在の倍以上のエネルギー消費が起こり得ることを考えると、水力、原子力、核融合等のCO2排出原単位が小さい大量電力を安定供給できる発電システムを優先的に開発することが望まれる。

図1.3.2-5 水力、火力、太陽光発電、風力発電、軽水炉、核融合炉のCO2排出原単位(核融合炉評価は時松等[1.3.2-9]、その他は内山[1.3.2-8]による)

1.3.2.3 火力発電のCO2回収による温暖化防止策 [1.3.2-10]
 火力発電プラントからのCO2排出を削減することは、地球温暖化問題の解決にとって緊急の課題である。火力発電プラントのCO2の回収法としてはPSA法(ゼオライト等の吸着材にCO2を吸収させる)やアミン法(モノエタノールアミンという吸収溶液にCO2を吸収させる)等がある。

図1.3.2-6 100万kW石炭火力(左)と100万kW LNG火力(右)における環境対策無し、脱硝、各種CO2回収方式間の発電効率、発電単価の比較(1991年価格)[1.3.2-10]

 CO2回収法の評価は、電力中央研究所で詳しく行われた。図1.3.2-6に示すように石炭火力では、まず、脱硫、脱硝を行う必要があり、脱硫脱硝設備による資本費の増大などにより発電単価は10.7円/kWhとなる。CO2回収を行うと、図1.3.2-6からわかるように、方式によってはその発電単価は20円/kWhを超え、発電効率も25%程度に低下してしまう。
 石炭火力では純酸素PSA法がもっとも効率が良いが、液化して深海3000mに投棄した場合でも、17.5円/kWhに上昇すると評価されている。ここで、純酸素法は、空気中の酸素を分離しCO2と一緒にして石炭を燃やすことにより、燃焼ガスをほとんどCO2だけにするものである。LNG火力では脱硫、脱硝後の発電単価は9.7円/kWhであるが、CO2回収を行う場合、PSA法、アミン法が経済的には優れているが、CO2液化を行い深海3000mに投棄した発電単価は14.6円/kWhに上昇する [1.3.2-8]。米国におけるCO2回収コストの評価(1999年)でも、天然ガスプラントで1¢/kWh、石炭火力で2¢/kWhのCOEの上昇を招くとしている[1.3.2-11]。
 ここで、CO2の処分については、欧米では、天然ガス井戸に埋設する方式が可能な場合があるが、我が国では、国内にそのような敷地はなく、その処分は大きな課題である。回収したCO2の処理法としては、海洋貯留(3000m以上の深海ではCO2の比重は海水より大きくなる)が最も有力な方式である。貯留による海洋への影響や、海洋での長期的な挙動が問題である。上記の電中研のコスト評価には、海洋への環境影響などの2次的な対策費用は含まれていない。

CO2回収火力発電の課題をまとめると、
  ・発電単価が大きく上昇する。
  ・発電効率が大きく低下する。
  ・海中処分やサイト保存を行った時、将来的な大気中への再放出が起こることへの懸念
  ・CO2回収後も他の発電システムに比べてCO2発生原単位が大きい。
  ・エネルギー比がかなり低くなる。

 さらに、文献[1.3.2-10]ではわが国の石炭、LNG火力にCO2対策を施した場合の総費用についても分析している。全ての石炭、LNG火力発電所にCO2対策を行う場合の設備投資額は3.7兆円、年間対策費(設備運用費と電力損失量)は1.6兆円に達する。現在の電気事業の発電部門の所要収入が6兆円であることを考えると電力単価への影響なしに対策を実施することは容易ではなさそうである。CO2排出の抑制法としては、石炭火力からLNG火力への転換も考えられているが、天然ガスの資源量には限界があり、長期的エネルギー需要を満たすことは困難である。

1.3.2.4 原子力による温暖化防止策
 化石燃料の大量消費によるCO2排出は地球環境に対して確実に影響を及ぼし始めており、化石燃料からの脱却は21世紀における最大の課題の一つであろう。軽水炉、高速増殖炉などの原子力エネルギーは、CO2排出原単位も小さく、また、近年の建設コスト削減努力により高い経済性を獲得しつつある。例えば、東京電力の柏崎刈羽6号7号で導入されたA-BWRでは、平均建設単価〜27万円/kW程度を実現している。

 しかしながら、原子力発電は主にPAの観点から大都市近郊立地ができない状態が続いている。このため、立地の観点で不利な関東地区では200〜300km程度離れた遠隔立地となっている。電力の送電費用は、無視できるほどに小さくはない。例えば、青森から東京まで送電すると、発電所建設費程度の送電費用が必要と推定されている。

1.3.2.5 再生可能エネルギーによる温暖化防止策
 地球温暖化防止の観点からは、CO2排出が少ない再生可能エネルギー(太陽光発電、風力発電、バイオマス等)が注目を浴びている。しかしながら、太陽光発電や風力発電は、日照や風速の変化によって出力が変動し、必要な時に必要なだけ電力を供給できるというものではない。
 図1.3.2-7に示す電力中央研究所が行った評価では、太陽光発電は高い設備価値(1000万kWまでは30円/kWhの価値)をもつ電力ピーク負荷低減に貢献することが期待されるが、それ以上の導入はピーク低減に寄与しないとしている。さらに、太陽光発電は天候(晴れ、曇り)による発電量の変動がある。また、年間設備利用率が低く、12%として、150万kW原発1台(設備利用率80%)分の電力供給量にしか過ぎない。
図1.3.2-7  電力需要と晴天日の太陽光日射量の日負荷曲線と、500万kW〜2000万kWの太陽光発電設備導入によるピーク電力負荷の低減効果[1.3.2-12]

参考文献

[1.3.2-1] 電力中央研究所(依田直監修)、人類の危機トリレンマ(エネルギー濫費時代を超えて)、電力新報社(1998年)、P194
[1.3.2-2] Climate Change 1995: The Science of Climate Change, Contribution of Working Group I to the Second Assessment Report of IPCC, Cambridge Univ. Press, 1995.
[1.3.2-3] 佐藤治、「エネルギー資源論及び環境論から見た原子力の役割、第13回核燃料・夏期セミナー、平成10年7月
[1.3.2-4] 電力中央研究所(依田直監修)、どうなる地球環境(温暖化問題の未来)、電力新報社(1998年)、P38
[1.3.2-5] 真鍋淑郎、「大気海洋陸面結合モデルによる温暖化の予測」、地球フロンティア研究システム発足記念シンポジウム(平成9年)、http://www.frontier.esto.or.jp
[1.3.2-6] 平成9年版、環境白書、(地球温暖化防止のための新たな対応と責任)、P50
[1.3.2-7] 国立環境研究所、Databook of Sea-Level Rise, 1996.
[1.3.2-8] 内山洋司、電力中央研究所報告 Y94009 発電システムのライフサイクル分析(1995年)
[1.3.2-9] 時松宏治他、6th IAEA- TCM on Fusion power plant design and technology (1998)
[1.3.2-10] 本藤祐介、内山洋司、電力中央研究所報告, Y92009 火力発電プラントの環境対策コスト(1993年)
[1.3.2-11] EPRI Electricity Supply Roadmap, Jan. 1999.
[1.3.2-12] 内山洋司、現代エネルギー環境論、P78、電力新報社(1997年)

1.3.3 潜在的放射線リスク指数からみた安全性
1.3.3.1 潜在的放射線リスク指数(Radiological Toxic Hazard Potential)
 潜在的放射線リスク指数(Radiological Toxic Hazard Potential、もしくはBiological Hazard Potential(BHP))は、その放射性核種が人体に取り込まれたときの被ばくに伴う影響を表す量であり、炉内に滞在する放射性核種の量(Ci)を放射性核種の空気中最大許容濃度(MPC:Maximum Permissible Concentration) (Bq/m3-air)で割った値、つまり炉内に滞在する放射性核種をMPCまで薄めるのに必要な空気の容積(m3-air)として定義される[1.3.3-1]。これは、単に放射性核種の崩壊率(Bq)で示すよりは、人体への影響も考慮した量と言える。現在の放射線防護の用語で言えば、MPCの代わりに、誘導空気中濃度(DAC: Derived Air Concentration)を用いるべきであるが、基本的な考え方は同じである。
 核融合炉に関して、人体影響を考慮すべき放射性物質としてはトリチウムがある。トリチウムは、放射性物質の中では比較的扱いが容易な核種として取り扱われており、放出する放射線はベータ線で最大エネルギーが18.6keV、平均で5.7keV程度と弱く、紙1枚で遮蔽できる。このため、外部被ばくの恐れは少ない。体内に取り込まれた場合には、特定の臓器に選択的に取り込まれて滞留することはなく、水の形の場合で約10日、有機物の形となっても平均40日程度で半分になる割合で新陳代謝により体外へ排出される。
 一方、軽水炉内で発生する放射性物質には、ストロンチウム90、セシウム137、ヨウ素131などがあるが、万一の場合に短時間に外部に出る可能性があって主な影響を与えるのはヨウ素131である。この核種は甲状腺に蓄積されて長期間体内に残るため、同じ放射能でも人体への影響は大きくなる。
 このような生物学的影響の差を考慮して決められている空気中濃度限度を考慮した、潜在的放射線リスク指数(=放射能/空気中濃度限度)を比較すると、表1.3.3-1のようになる。

表1.3.3-1 核融合炉内に含まれる代表的揮発性放射性核種(トリチウム)と分裂炉内に含まれる代表的揮発性放射性核種(ヨウ素131)の潜在的放射線リスク指数(放射能量/空気中濃度限度)の比較 [1.3.3-2]

 百万kW級核融合炉内にあるトリチウムの放射能自体は軽水炉内ヨウ素131の放射能と大差ないが、空気中濃度限度がヨウ素131に比べて3桁以上高いため、放射線リスク指数としては軽水炉内ヨウ素131に比べて3桁低い。すなわち、核融合炉がもっている潜在的な放射線による人体への影響ポテンシャルは、軽水炉のそれの千分の1程度ということができる。
 このような核融合炉の低い潜在的放射線リスク指数と、前節「CO2排出と大気保全性」において述べた、低いCO2排出原単位を組み合わせて、核分裂炉発電や火力発電と比較したものを図1.3.3-1に示す。図からわかるように、核融合炉は21世紀におけるエネルギーシステムの2大課題である、CO2の大量生成による地球温暖化リスクと、放射線被ばくに関する潜在的なリスクを、同時に、かつ、大幅に低減するエネルギーシステムということができる。

図1.3.3-1 潜在的放射線ポテンシャルと、大気環境破壊ポテンシャルの観点から見た核融合炉開発の意義付け。潜在的放射線ポテンシャルとしては、潜在的放射線リスク指数を、大気・環境破壊ポテンシャルとしては、CO2排出原単位を用いた[1.3.3-3]。

1.3.3.2 軽水炉、核融合炉、石炭火力における潜在的放射線リスク指数の比較[1.3.3-4]
 前節では、分裂炉における代表的揮発性放射性核種であるヨウ素131 (131I)と核融合炉におけるトリチウムの潜在的放射線リスク指数を比較したが、本節では、系内に含まれる全ての放射性物質を対象とし、空気呼吸を通じて体内に摂取した場合の潜在的放射線リスク指数と経口摂取(食物摂取)を通じて水とともに体内に摂取した場合の潜在的放射線リスク指数を比較した。 
 核融合炉として日本原子力研究所で概念検討を行ったSSTRを取り上げ、軽水炉として100万kW PWRを対象とした。石炭火力発電所は、100万kW発電所を運転して生成する石炭灰(フライアッシュと固形物を合わせたもの)を評価対象とした。潜在的放射線リスク指数の評価は、それぞれ30年運転することによって生成する放射能について行ったものである。

(1) 核融合炉
 日本原子力研究所で概念設計を行った核融合原型炉SSTR(108万kW)を対象とした。この核融合炉では炉心構造材として低放射化鋼(F82H)を使用している。この炉構成と炉材料の性質を入力としてANISNコード[1.3.3-5]を用いて核融合炉における放射能核種とその生成量を計算した。その量をもとに潜在的放射線リスク指数を評価した。評価に当たりブランケットは2年運転で交換されるものとして、その他の構造物等は30年(設備利用率は100%と想定)運転されるものとした。また、トリチウムは燃料サイクルによりほとんど燃焼されるが、インベントリーとして4.5kgを考慮した。

(2) 軽水炉
 PWR(100万kW)を対象とし、この評価では燃料のみを考慮し、構造材は無視した。燃料は4.1% 二酸化ウラン(UO2)新燃料を装荷し、33,000 MWd/t(MWday/ton;ウラン1トン当りの燃焼度)の燃焼度まで運転されるとした。100万kW発電所を1年間運転すると22~30トンの使用済み燃料が発生するとの報告があるが、ここでは25トン発生するものとし30年間運転した時の放射能量を算出した。以上のデータに基づき、ORIGEN2 コード[1.3.3-6]を用いて核燃焼による核種と放射能量及び運転後の長期にわたる減衰と潜在的放射線リスク指数を計算した。

(3) 石炭発電所(100万kW)
 文献[1.3.3-7]によれば、100万kW石炭火力発電所を30年間運転することによって燃焼される石炭の量は、0.9億トンである。石炭に含まれる放射性核種と成分量を表1.3.3-2に示す。成分量は、文献[1.3.3-8]に示されている世界各地の石炭の放射性核種の放射能濃度から対数平均により求めた。また、石炭火力発電所が30年間運転されるとしてそれから求めた放射能、潜在的放射線リスク指数も表1.3.3-2に示す。石炭の燃焼によって生成する石炭灰は0.21億トンと評価されるので、各放射能濃度は燃焼によって4-5倍に濃縮されることになる。この放射性核種と成分をもとにORIGEN2コードを使用して石炭火力発電所の石炭灰の潜在的放射線リスク指数の時間変化を求めた。

表1.3.3-2 100万kW石炭火力発電所を30年間運転することによって燃焼される石炭に含まれる放射性核種、半減期、平均濃度、放射能、文献[1.3.3-9]による空気中濃度限度、及び、それらから求めた潜在的放射線リスク指数(濃度限度の基準としては、公衆に対する吸入摂取と経口摂取を念頭においた空気中及び水中の放射性物質の濃度限度を用いて評価した。)

図1.3.3-2 核融合炉、軽水炉、石炭火力発電所の吸気、経口摂取による潜在的放射線リスク指数の比較
(基準は、米国10 CFR Pt.20, App. B Table2 (Effluent Concentration)を使用したが、文献[1.3.3-9]とほぼ同じ)

 吸入時と食物摂取に関連した潜在的放射線リスク指数の比較を図1.3.3-2に示す。吸気に対する潜在的放射線リスク指数で見ると、核融合炉SSTRが軽水炉PWRより小さいがその差は、運転直後では2桁ぐらいの差であり、1年経過して3桁の差、それ以降は急激に差が大きくなり100年では約6桁の差となる。核融合炉では、100年以降では、潜在的放射線リスク指数の下がり方は小さい。軽水炉では20万年までは潜在的放射線リスク指数が減少し、それ以降は減少の仕方は極端に小さくなる。核融合炉と石炭火力発電所を比較すると運転直後で2桁ぐらい核融合炉が大きいが、その後、石炭火力発電所石炭灰の潜在的放射線リスク指数の変化は小さく核融合炉の潜在的放射線リスク指数が急速に落ちるので約20年で同程度となる。その後は核融合炉の潜在的放射線リスク指数が小さくなる。
 一方、経口摂取時の潜在的放射線リスク指数で見ると、運転直後から1年後までは1桁強核融合炉が軽水炉に比べて小さいが、その後、核融合炉の潜在的放射線リスク指数が急速に減衰するため、100年では、核融合炉が5桁以上小さい。100年以上では核融合炉の潜在的放射線リスク指数の減衰率は小さくなる。軽水炉では20万年までは、潜在的放射線リスク指数が減少し、それ以降は減衰の仕方は極端に小さくなりこの点は吸入による潜在的放射線リスク指数と同じ傾向である。核融合炉と石炭火力発電所を比較すると運転直後から1年までは、3桁核融合炉が大きいが、その後、核融合炉の潜在的放射線リスク指数が急速に減衰するため、20年で核融合炉と石炭火力発電所石炭灰の潜在的放射線リスク指数が同程度となり、それ以降は核融合炉が小さい。

 表1.3.3-3に核融合炉SSTRの運転停止後30日における潜在的放射線リスク指数の大きな核種を示す。上位から6番目までの核種は、鉄55(55Fe), 鉄59(59Fe), コバルト60(60Co), タンタル182(182Ta), マンガン54(54Mn), タングステン185(185W)である。これらの核種は低放射化フェライト鋼の不純物と合金元素から来ている。運転停止後1週間からこれらの核種が大きな割合いを占めているが、100年を過ぎるとこれらの核種の放射能は減衰し、ベリリウム10(10Be)が支配的になる。55Fe, 59Fe, 60Co, 182Ta, 54Mn, 185Wなどの核種は金属の合金成分等であるため、運転中の事故などによって大気中に飛散する可能性はトリチウムなどに比べると大幅に低い。但し、ブランケット交換や、廃炉に伴って発電所から搬出し、廃棄物処分を行う場合の冷却期間の目安としては、100年程度と言える。

表1.3.3-3 核融合炉SSTRの主要放射化核種の運転停止後30日における潜在的放射線リスク指数

 なお、1995年に欧州において刊行された核融合炉の環境安全性評価プロジェクトSEAFP (Safety and Environmental Assessment of Fusion Power)の報告書[1.3.3-10]において、運転期間中に累積する全ての放射性物質を、仮想的に呼吸及び食物摂取を通して人体に取り入れた場合の潜在的な線量をそれぞれ呼吸及び食物摂取による放射性毒性指数と定義している。2種類の核燃料の高速炉、軽水炉、石炭火力及び2通りの構造材(バナジウム合金と低放射化鋼)の核融合炉の呼吸経路と食物摂取経路による放射性毒性指数の比較を図1.3.3-3に示す。この場合に核分裂炉においては、使用済核燃料を放射性物質としており、石炭火力においては固体の燃えかす中のウラン、トリウム等によるものである。また、放射性廃棄物の再利用は考慮していない。この結果も上述の結論を裏付けている。

図1.3.3-3 吸気(左)と食物摂取(右)に伴う放射性物質毒性指数を高速炉(EFR A, EFR B)、軽水炉、石炭火力とバナジウム合金使用の核融合炉(Model 1)と低放射化鋼使用の核融合炉 (Model 2)の比較[1.3.4-9]

参考文献

[1.3.3-1] Easterly, C. E. et al., Health Physics Aspects of Fusion Power, ORNL-TM-5461 (1975)
[1.3.3-2] 関昌弘、「ITERのハザードポテンシャル」本分科会、資料第4-3
[1.3.3-3] 菊池満、「各種エネルギーシステムの評価と核融合エネルギー開発の意義」本分科会、資料第4-5
[1.3.3-4] 植田脩三「BHP(生物学的危険度)の計算結果について」本分科会、資料第16-6
[1.3.3-5] Westinghouse Astronuclear Laboratory, Revised WANL ANISN Program USER's Manual, WANL-TMI-1967.
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[1.3.3-7] 放射線医学総合研究所監訳、「放射線の線源と影響 原子放射線の影響に関する国連科学委員会の総会に対する1993年報告書 付属書付」、実業公報社(1995年10月)
[1.3.3-8] 放射線医学総合研究所監訳、「放射線とその人間への影響-1982年・国連科学委員会報告書・主文並びに付属書「被爆線量」編-」、実業公報社(1984年7月)
[1.3.3-9] 実用発電用原子炉の設置、運転等に関する規則の規定に基づく線量当量限度等を定める件(平成元年3月27日 通商産業省告示第131号)別表第2
[1.3.3-10] J. Raeder, I. Cook et al., Safety and Environmental Assessment of Fusion Power (SEAFP), EURFUBRU XII-217/95 (1995)

1.3.4 廃棄物と環境適合性
 前節で述べたように、核融合炉においては核融合反応自体からは放射性廃棄物がでないことから、分裂炉で発生するような高レベル廃棄物を生じないという特徴を持つ。放射性廃棄物としては中性子による放射化物を考慮すればよく、その潜在的放射線リスク指数は核分裂炉より大幅に低く、さらに材料選択により低減できる。また、20年程度で石炭火力の燃焼灰に濃縮されたトリウム232(232Th)等の放射性物質がもたらす潜在的放射線リスク指数以下となるという優れた特長を持つ。しかしながら、核融合炉で発生する放射性廃棄物量は必ずしも少なくない。このため、本節では核融合動力炉で発生する放射性廃棄物について、その種類と量の評価値を示すとともに、核分裂炉や、石炭火力の燃焼灰による被ばく線量との比較を試みる。

1.3.4.1 放射性廃棄物の分類
 原子力発電に関わる廃棄物には、再処理工場の運転に伴って発生する「高レベル放射性廃棄物」、それ以外の「低レベル放射性廃棄物」、および、「放射性物質として取り扱う必要のないもの」に分類される。低レベル放射性廃棄物には、原子炉施設から発生し浅地埋設が可能な上限値として原子力安全委員会によって評価され政令に示されている埋設放射能濃度上限値を超える「高βγ廃棄物」、濃度上限値以下の「低レベル廃棄物」、放射能濃度が極めて低い(基準値は未定)「極低レベル廃棄物」に分けられる。その他TRU廃棄物、ウラン廃棄物、RI・研究所等廃棄物も低レベル放射性廃棄物に分類されている。

表1.3.4-1 原子力施設の廃棄物の区分と国レベルでの検討状況[1.3.4-1]

 核分裂炉の放射性廃棄物の処分に関する検討は、表1.3.4-1に示すように、原子力委員会、原子力安全委員会での検討を経て関係法令の整備が進みつつあり、商用原子炉の廃止措置(東海原子力発電所)を契機として具体化が進んでいる[1.3.4-2]。関係法令が整備された政令濃度限度以下の低レベル廃棄物に関しては地下5mのコンクリートピットに浅地埋設できるようになっている(六ヶ所村、低レベル放射性廃棄物埋設センター)。一方、政令濃度上限値を超える高βγ廃棄物については、50〜100mの地下空洞型の処分施設等に埋設し数百年間適切な安全管理を行うことにより安全確保が可能と考えられている。さらに、高レベル放射性廃棄物は地下数百メートル(500m-1000m)の安定岩盤に処分することが考えられ総合エネルギー調査会原子力部会で中間報告がまとめられた[1.3.4-3]。

(1) 分裂炉と核融合炉の代表核種の浅地埋設放射能濃度上限値
 管理期間(300年)終了後の一つの線源からの年個人被ばく線量を、IAEA-TECDOC-401に示された被ばく経路に基づいて評価し、0.01mSv/年(ICRPの規制免除の考え方「10-6/年以下の死亡確率は、個人のリスクとして無視できる」[1.3.4-4] に相当する0.1mSv/年の1/10)以下となるように、代表的核種について濃度上限値を定めたものである。この浅地埋設放射能濃度上限値は、分裂炉から出てくる代表核種(炭素14(14C)、カルシウム41(41Ca)、コバルト60(60Co)、ニッケル63(63Ni)、ストロンチウム90(90Sr)、セシウム137(137Cs)、アルファ(α)核種は原子力安全委員会によって、核融合炉から出てくる代表核種(トリチウム(T=3H)、ベリリウム10(10Be),炭素14(14C)、アルミニウム26(26Al)、塩素36(36Cl)、コバルト60(60Co)、ニッケル59(59Ni) 、ニッケル63(63Ni)、ニオブ91(91Nb) 、ニオブ94(94Nb)、モリブデン93(93Mo)、レニウム186(186Re)、イリジウム192(192Ir), 白金193(193Pt))については、田原等[1.3.4-5]によって評価されている(図1.3.4-1)。

図1.3.4-1 分裂炉と核融合炉の代表核種における浅地埋設が可能となる核種別濃度上限値(14C, 41Ca,60Co,63Ni,90Sr,137Cs,α核種は政令値、その他は、田原等による評価値)

(2) 商業用原子力発電所施設の解体放射性廃棄物
 上記政令濃度上限値を基に、濃度上限を上回る高βγ廃棄物、濃度上限以下の低レベル廃棄物、極低レベル廃棄物、クリアランス以下に分類が行われている(図1.3.4-2)。

図1.3.4-2 商業用原子力発電施設(沸騰水型軽水炉、加圧水型軽水炉、ガス冷却炉)の解体廃棄物量(系統除染(DF=30)、解体後除染(DF=100)を行ったあとの数値、2次廃棄物は除く)、クリアランスレベル以下はIAEA-TECDOC-855[1.3.4-6] におけるクリアランスレベルの数値を基に試算した値[1.3.4-2](ここでDF(Decontamination Factor)は表面汚染に関する除染前後の濃度比)

 図に示すように高βγ廃棄物と濃度上限以下の低レベル廃棄物量はガス炉が最も多く、軽水炉ではかなり少なく抑えられている。

(3) 軽水炉BWR、PWR、核融合炉(SSTR)と石炭火力の廃棄物量比較
 軽水炉と核融合炉(SSTR)の廃棄物量を占有体積(m3)で比較したものを図1.3.4-3に示す。核融合炉は、高レベル放射性廃棄物が発生しないことが最大の特徴であるが、低レベル放射性廃棄物量は、核分裂炉に比べると数倍多くなる。今回評価を行ったSSTRでは現実的な材料である低放射化フェライト鋼を用いており、モリブデンの代わり合金元素として用いたタングステン(2wt%)の多段階核変換過程により、高βγ廃棄物量が比較的多いことが課題である。

図1.3.4-3 軽水炉、核融合炉の除染後の放射性廃棄物量(高レベル廃棄物量は、100万kW級原子炉が30年運転した場合の量)。沸騰水型軽水炉の極低レベル廃棄物量は解体後除染前の数値。核融合炉(SSTR)の数値は本体のみで、生体遮蔽コンクリート等の建家部分や周辺機器は含まない。:核融合炉の極低レベル廃棄物の評価には全放射能レベルが74Bq/gを用い(放射線障害防止法における放射性同位元素として定義される濃度の最低値)たがクリアランスレベル以下のものも含まれる[1.3.4-1],[1.3.4-7]。

 現在放射性物質としての管理対象外である石炭火力発電の燃焼灰では、天然の放射性物質が燃焼によって濃縮されるため、その放射線被ばくは無視できないという指摘もある。表1.3.3-2に示したように、石炭中のトリウム232(232Th)の平均濃度は18.4Bq/kgあり、燃焼によって、4-5倍に濃縮されるため、石炭灰中の放射能濃度は、80Bq/kg程度に達する。実際、国連科学委員会1988年報告[1.3.4-8]に記載されている散逸したフライアッシュ中のトリウム232(232Th)の平均濃度は70Bq/kgである。この値は、IAEA-TECDOC-855 [1.3.4-6]で評価されたクリアランスレベルの最低値20Bq/kg(Table I-6)を上回っている。

図1.3.4-4 石炭火力灰、核融合炉廃棄物、及び、核分裂炉廃棄物の物量比較。石炭灰の物量は、核融合炉、軽水炉に比べて桁違いに大きい。

 特に、毎年2.8億トンも生産される石炭灰は、セメントやコンクリートの製造、道路の安定化材、道路充填材、アスファルト混合材、肥料に用いられている。文献[1.3.4-8](国連科学委員会報告)のように、放射線学的には石炭灰を建材に用いることは最も留意すべきという指摘もある。また、フライアッシュを含むコンクリートを家屋の建設に使用することによってコンクリートの家屋、木造家屋のそれぞれについて年実効線量当量として、70μSv/年、30μSv/年の増分になると評価している。1400万トンの石炭灰の建材への使用による集団実効線量当量は約5万人Svと推定されている。

(4) 核分裂炉と核融合炉の放射性廃棄物処分費用の比較

 原子炉の廃止措置に伴う(高レベル放射性廃棄物を除く)放射性廃棄物の処分費用は、110万kW級のBWRで178億円、PWRで192億円と評価されている[1.3.4-1]。核融合炉の廃棄物処分に関する原子力学会の調査報告書[1.3.4-7]では、核分裂炉と核融合炉の廃棄物処分費用の比較を行っており、原子炉の廃止措置に伴う放射性廃棄物の処分費用は100万kW級核分裂炉で155.4億円としている。これに、高レベル放射性廃棄物処分費用を加えると1千億円強と試算している。核融合炉は、高レベル放射性廃棄物がないため、処分費用は360億円程度と見積もっている。

表1.3.4-2 核分裂炉と核融合炉の廃棄物処分費用の比較[1.3.4-4]。使用した処分単価は、低レベル廃棄物(120万円/m3)、高βγ廃棄物(240万円/m3)、高レベル放射性廃棄物(5億円/m3)[1.3.4-7]

(5) ITERの放射性廃棄物
 現在設計が進められているITERの放射性廃棄物に関しては、詳細は今後の設計に依存するが、除染・焼却等によって最終処分の対象から除外できる表面汚染支配の低レベル放射性廃棄物を除くと、管理上重要な放射化が支配的な廃棄物は本体部分で約3万9千トンと推定されている。また、この約3万9千トンの解体時に発生した放射化が支配的な廃棄物は、解体から約100年後においては、多くがクリアランスレベル(IAEA-TECDOC-855-Low Level)以下となり、管理すべき廃棄物としては約1万2千トンが残る。

1.3.4.2 核融合炉及び軽水炉放射性廃棄物処分時の長期リスク [1.3.4-9]
 図1.3.4-5(左)は、各種の構造材料を使用した核融合炉の放射性廃棄物を地下50mより深い地層に六ヶ所村の浅地埋設処分と同様に(放射性廃棄物をドラム缶に詰め、ドラム缶をコンクリートピットに並べ、空間をベントナイト等で埋め、コンクリートの蓋をして)埋設した場合に、放射性核種の人工バリヤの透過速度、自然バリヤの透過速度等を考慮して、放射性廃棄物に伴う環境中の個人被ばく線量を評価した結果を示すものである[1.3.4-5],[1.3.4-7]。地下50mより深く埋設することにより、埋設した放射性廃棄物を掘り起こしたり、放射性廃棄物処分施設の地中の空間の利用はないものと考え、地下水を通して放射性核種が生態圏に到達する経路のみを考慮している。その結果、核融合炉においては、百年以降は放射性廃棄物処分施設の管理期間終了後の一つの線源からの年個人線量が10μSv (個人のリスクとして無視できる10-6/年の死亡確率に相当する100μSvの1/10)より1桁以上低くなる。100年までの被ばくのリスクは、主に構造材に含まれるトリチウムによって生じており、構造材を埋設する以前にトリチウムを除染・回収する技術の確立が重要である。
 図1.3.4-5(右)は、核分裂炉から発生した高レベル廃棄物を、地下500m~1000mの安定岩盤中に、廃棄物パッケージ(高レベル廃棄物のガラス固化体をステンレスのキャニスターに封じこめ、さらにキャニスターの外側を10~30cm程度の厚さの軟鋼、チタン、銅などのオーバーパック材で包む)をさらにベントナイトなどの粘土鉱物の緩衝材で包んで構成される人工バリヤの中に処分した場合の、やはり地下水を通しての環境影響を示すものである[1.3.4-5],[1.3.4-7]。このようにしても、数万年から数十万年以降に上記の許容レベルの目安とした個人被ばく線量は10μSvと同程度となっている。この比較から、核融合炉においては、百年以降に放射性廃棄物処分施設からの年個人線量は10μSv(個人のリスクとして無視できる10-6/年の死亡確率に相当する100μSvの1/10)より低くなっているが、核分裂炉の高レベル廃棄物では数万年から数十万年以降に10μSvと同程度となっている。これより、核融合炉の場合には子孫に与える放射性廃棄物のリスクが軽水炉より小さいと言える。

図1.3.4-5 左図:核融合炉の高βγ廃棄物を50-100m程度の地層コンクリートピット処分した時の一般環境での個人被ばく線量。処分体積2万m3(SSTRで15基分、DREAMで2.2基分、DREAM*で77基分)。右図:核分裂炉の高レベル放射性廃棄物深地層(500-1000m)処分時の一般環境での個人被ばく線量。処分体積2240 m3 [1.3.4-5],[1.3.4-7]

参考文献

[1.3.4-1] 石榑顕吉、「アイソトープ・研究所等廃棄物及び実用発電炉解体廃棄物の処分について」、本検討分科会 資料第11-2号
[1.3.4-2] 油井宏平、「商業用原子力発電施設の廃止措置について」本分科会、資料第10-3号
[1.3.4-3] 総合エネルギー調査会原子力部会、「高レベル放射性廃棄物処分事業の制度化のあり方」中間報告(案)、平成11年3月23日
[1.3.4-4] "Radiation Protection Principles for the Disposal of Solid Radioactive Waste", ICRP Publication 46, Annals of the ICRP, 15(4) (1985)
[1.3.4-5] 田原 隆志、山野直樹、関 泰、青木 功、核融合動力炉における放射性廃棄物管理及び処分シナリオの検討、JAERI-Tech 97-054 (1997)
[1.3.4-6] IAEA, "Clearance levels for radionuclides in solid materials", IAEA-TECDOC-855.
[1.3.4-7] 日本原子力学会、「核融合動力炉から発生する放射性廃棄物の管理及び処分シナリオの検討」、平成11年2月
[1.3.4-8] 放射線医学総合研究所監訳、「放射線の線源と影響 原子放射線の影響に関する国連科学委員会の総会に対する1993年報告書 付属書付」、実業公報社(1995年10月)
[1.3.4-9] 関泰、「核融合炉と核分裂炉の環境・安全性の定量的比較の試み」本分科会、資料第4-4

1.3.5 プラント特性
 本節では、トカマク型核融合炉のプラント特性について、通常の電源として具備すべき特性(設備利用率、エネルギー比、所内率、出力安定性、熱効率、出力制御性など)、ならびに核融合炉特有な特性を評価する。

1.3.5.1 電源としての一般特性の比較
(1) エネルギー比
 エネルギー比は、「プラントの寿命期間(例30年)に生産するエネルギー」と、「プラントの建設に要するエネルギー、プラントの保守・運用に必要なエネルギー、燃料の採掘から搬入にいたる全ての過程で投入されたエネルギーの総和」を比較して得られる。ここで、発電システムでは生産エネルギーは電力(二次エネルギー)であり投入エネルギーは一次エネルギーと二次エネルギーの和で評価されるので、全て一次エネルギーに換算して評価している。
R = ηP/(C1+ηC2)

 ここで、Rはエネルギー比、ηは換算係数(2250Kcal/kWh)、Pは生産エネルギー、C1は投入一次エネルギー、C2は投入二次エネルギーである。

図1.3.5.1-1 各種エネルギーシステムのエネルギー比の現状評価と将来予測

 現状評価でエネルギー比が最も高いのは水力発電である。原子力はエネルギー投入が大きいガス拡散法を用いても24とかなり高い値となる(燃焼度30,000MWD)。家庭用太陽光発電や波力発電もLNG(液化天然ガス)以上のエネルギー比を持っている。また、原子力発電についてはウラン濃縮法に遠心分離法を用いた場合にはその運転エネルギーはガス拡散法の数10分の1以下と看做されており、電力中央研究所[1.3.5.1-1]の評価では R=69 に達するとしている。なお、レーザーウラン濃縮法(AVLIS)が実現しても、R値に関しては遠心分離法の場合と同程度であろうと考えられている。事業用太陽光発電についても、5→8に、家庭用太陽光発電は 9→19 に改善するとしている。核融合炉に関しては、米国等で評価されているが、[1.3.5.1-1]と同じ手法を用いた時松による評価[1.3.5.1-2]でも 14〜28 という高い値となっている。
(参考) R値の大小だけで電源の優劣は判断できないことには注意。例えば、LNGはR値が低いが、それにもかかわらず、十分低い発電単価と火力では最少のCO2排出源単位(第1.3.2節参照)を実現している。なお、LNGのR値が低い理由は、移送のためガスを液化する時に大量のエネルギーを消費するからである。

(2) 設備利用率
 発電システムの価値を考える時に、その設備利用率は重要な要素である。現在、安価な大量蓄電方式がないことから、生産した電力はすぐ消費しなければならない(消費に合わせて生産する)。この面で、例えば、太陽光、風力や波力等の自然エネルギー発電は大規模基幹電源としては使い易い発電システムではない。図1.3.5.1-2に各種発電システムの設備利用率を示す(負荷に応じて停めることがある火力などのシステムは利用可能率で表示している)。

図1.3.5.1-2 各種発電システムの設備利用率(火力は利用可能率、核融合は予想値)

 核融合炉の設備利用率の予測は実用炉がまったくない現状では難しいが、少なくとも軽水炉と同等に近い数字は最低限度必要であろう。それが可能かどうかの運用シナリオの予測を[1.3.5.1-4]で行っている。1983〜1995年度でみると、軽水炉の設備利用率は国内平均で70〜80%であった([1.3.5.1-3]、1998年度は85%に達した)。その間、全くトラブルがない場合に定期点検に要した日数をみると、60日間程度(定期点検は13ヶ月運転毎)であり、それだけで設備利用率を算出すれば87%に達する。それに対して、現実には様々な事情から設備利用率が若干減少し、上記の数字になっている。同様の関係を核融合に適用し、同程度の定期点検周期かつ同程度の停止期間でメンテナンスを終了できるシナリオが描ければ、核融合炉の実運用時にも、現在の軽水炉と同程度の設備利用率が達成できる可能性がある。ブランケット一体引抜きという先進的メンテナンス方式を採用したCREST炉[1.3.5.1-4]のメンテナンスシナリオによれば、一回のメンテナンスの最短期間は、全ブランケットの交換を仮定しても65日となった。これは前記の無トラブル時の軽水炉定期点検平均日数(約60日)に近いことから、現実の運用でも75%程度以上の設備利用率が可能であろうと予測している。また、第3.5.2節に記述するように、ITERで採用されているようなモジュラータイプのブランケットであっても、メンテナンス技術等の今後の改良により、28日程度で半数のモジュールを交換可能で、その前後の工程を含めて60-70日でメンテナンスを終了することが可能と予想される。したがって、モジュール方式を採用したとしても、メンテナンス時にその半数ずつを交換することで、やはり軽水炉と同等に近い稼働率を得られる見通しがある。

(3) 所内率
 発電システムを運転するのに発生した電力の多くを消費することも、効率的なエネルギー生産の観点から望ましくない。図1.3.5.1-3に各種電源の所内率を示す。海洋温度差、波力、潮流などの発電方式は現状では所内率が大きめである。核融合炉は、既存の技術体系の基に設計したSSTRの場合には16.3%程度の所内率となり、比較的高い値となる。A-SSTR(〜10%)程度に削減することが望ましい。

図1.3.5.1-3 各種発電システムの所内電力率(=循環電力/発電機端電力);核融合はSSTRの例

(4) 熱効率
 熱効率(熱電変換効率)が高くできれば、炉の小型化、発電単価の低減、燃料の節約、熱汚染の低減などが可能であり、どのような発電システムにとっても望ましい方向である。
 冷却材が炉心内で中性子の反射材や減速材を兼ねる核分裂炉と異なり、核融合炉では冷却材の選択が燃焼状態に直接の影響を及ぼさない。これは熱電気変換システムにおける核融合炉の特徴と言える。例えば、高温過熱蒸気の利用を例に考えると、万が一、蒸気が炉内で凝縮し水となった場合、核分裂炉では正の反応度が投入され危険であるが、核融合炉は反応度事故自体がないので熱設計さえ対応していればなんの問題もない。このため、核融合炉の冷却方式の選択自由度は広く、材料との共存性や、安全性、信頼性などの観点から目的に応じた最適な選択が可能である。表1.3.5.1-1に、いくつかの核融合炉概念設計における冷却方式と熱効率を示した。

表1.3.5.1-1 各種概念設計での冷却方式と熱効率

(5) 出力安定性・出力制御性
 トカマクなどの磁場閉じ込め方式においては、出力を一定に保つための制御が、粒子制御やプラズマ温度制御など間接的な方法によらざるを得ない可能性が高く、その観点から、火力や固有の自己制御性をもつ軽水炉等に比較すれば、磁場閉じ込め核融合炉の出力安定制御は難しいと思われる。軽水炉のような自己制御性が期待できるのが望ましく、ベーターリミット付近の弱い不安定性やシンクロトロン放射の温度依存性がその役割を果たすとの期待もある。それらの効果も含め、核融合炉の出力安定性は現状では未知と言わざるをえないが、ITERが実現すれば見通しは得られるだろう。
 出力制御性(出力可変運転・負荷追従)に関しても、核融合炉はパワーバランスと粒子バランスを同時に制御しなければならないから、出力安定制御以上に制御が難しいことが予想できる。なお、定常運転の炉は、常時電流駆動用パワーが入射されており、その制御により50%〜100%程度の出力制御は可能であることが計算機シュミレーションによって示されている(第3. 1.6節参照)。
 実用炉としてはディスラプションによる停止はもちろん望ましくないが、仮に完全には避けがたいとしても、その発生頻度を十分に低くする必要がある。落雷などによる外的要因での停止と同等かそれ以下に押さえられることが望まれる。

1.3.5.2 核融合炉特有のプラント特性
 核融合炉には、在来型の電源にはなかったいくつかの特有なプラント特性が存在する。核融合実用炉を考えるにあたっては、これらの点を十分認知しておく必要がある。重要なものとして以下には4点を挙げている。(1)は核融合炉の大きな利点、(2)は欠点と利点の双方の面を持つもの、(3)と(4)は弱点と思われる点である。

図1.3.5.2-1 核融合炉と核分裂炉の燃料供給ならびに燃料サイクルの比較
 この図は運転開始から廃炉前までの炉運用期間中の定常的燃料サイクルを示す。
 初期装荷燃料の搬入と廃炉処分時の廃棄物のルートは示していない。

(1) 所内で閉じた燃料サイクル
 核融合炉は、トリチウムの自己増殖機能とその回収・分離機能を自ら有し、燃料サイクルが所内で完全に閉じている。加えて、炉寿命期間中、使用済みブランケットを所内で保管できれば、核融合プラントは運転開始時点から廃止措置の開始時点まで、外部との放射性物質の出入りがない状態も実現しうるかもしれない。これは軽水炉やFBRとの比較では重要な特長である。
 炉内で燃料サイクルのループが閉じる核融合炉のプラント特性は、燃料サイクルが発電所の外まで拡がる核分裂炉に比べて安全保障の面で有利と考えられる。図1.3.5.2-1はこのような核融合炉と核分裂炉の燃料供給・サイクル上の差異を概念的に図示したものである。単純で所内で閉じる核融合炉の燃料サイクルは、安全性が高く、PAの面からも支持を得やすいであろう。

(2) 定期的なブランケットの交換
 核融合炉は、冷却配管など大型かつ複雑な構造を含むブランケットを、数年間隔で交換しなければならない可能性が高い。これに関しては、メリット・デメリットの両面が考えられる。一般にはデメリット(稼働率低下など)のみが論じられることが多いが、ブランケット交換により発生するメリットも見過ごせない。

交換に伴うデメリット:
 ブランケット交換を含めたメンテナンスシナリオはいくつか検討されており、第1.3.5.1節の(2)設備利用率の項で示した通り、設計次第では稼働率を大きく下げることはないと考えられている。しかしながら、使用済みブランケットが放射性廃棄物としては大きな量を占めることになる。 交換によるメリット:
 一方、このブランケット交換を積極的に利用すれば、核融合炉は非常にフレキシビリティーに富んだエネルギー供給システムになりうる。すなわち、ブランケット交換時にその基本設計を変更することが、炉心プラズマ設計の重大な変更なしに可能である。例えば、将来のエネルギー需要形態に合わせて電力供給用のブランケットを水素製造用や熱供給用に替えることや、技術進展に合わせた高効率発電方式に変えることなどが比較的容易に行えるであろう。
 現在、これに類する大掛かりな改造例は石炭火力のリパワリングに見られる。そこでは、もっとも寿命の短いボイラを交換するにあたり、それを天然ガスタービンの排熱ボイラに置換し、天然ガスタービンでの発電と合わせたコンバインド発電システムに転換することで、旧式の石炭火力発電システムが、その資産を最大限に生かしつつ、改造前より大出力でしかも環境負荷がより少ない天然ガスコンバインド発電システムに生まれ変わっている(図1.3.5.2-2)。このような時代の要請に合わせたシステム変更は、長期にわたって使用する大型システムでは大変重要である。この点で、冷却材が炉心特性を支配するためにその仕様変更が困難な核分裂炉と比較して核融合は非常に優位である。図1.3.5.2-3はそのようなフレキシビリティーの概念を示している。核融合炉は、最初は電力供給専用に設計されていても、時代の要請に応じてブランケットシステムを変更することがブランケット交換のルーチン内で可能であろう。
 また、補修を繰り返して古いシステムを長期間使うことに比べ、主要な炉内システムを数年毎に全交換するということは、炉の長期にわたる信頼性の確保にはメリットとなる可能性が高く、同時に上記のようなフレキシビリティーから陳腐化も避けやすいので、核融合炉は比較的長期間運用できる可能性も指摘できる。
 核融合炉そのものは大型集中エネルギー源という特徴がある。しかし、上記のように、核融合炉はブランケットの交換によって電力供給以外のニーズにも比較的速やかに対応できる特徴を持っていることから、将来、水素やメタノールを燃料とする燃料電池などの分散電源が広く普及した場合、その燃料を製造するエネルギーステーションとしての役割を果たすことができるであろう。

(3) 起動電力
 トカマクに限らず、核融合炉は起動に大きな入力を要する。磁場核融合であれば、プラズマ加熱系とポロイダルコイル系などの起動時に要するパワーの総和は、数10万kWに達するであろう。例えば、ITERのサイト条件の電源への要求は、プラズマ立上時の最大パルス電力として50万kWを要求している。ただし、将来の定常核融合炉ではプラズマ立上げをITERよりゆっくり行うことが許され、それによって起動時のポロイダル電源のピーク電力は大幅に減らすことができる。例えばSSTRの設計例では、立上げピーク電力が約20万kW(うち、加熱電流駆動系が12万kW)である。
 この起動電力は、別途確保した起動用発電プラントまたはエネルギー貯蔵機器を利用して供給するか、さもなくば電力ネットワークから受電することになる。前者はコスト的にはいくらかのペナルティーとなるし、ネットワークからの供給は炉の運用上一つの制約となる。しかし、緊急停止などと異なり、起動は計画的に行うものであるから、事前の計画にもとづき、ネット上での潮流変化などにも配慮しながら立上げを行えば、技術的に大きな問題を発生する電力量ではない。ただし、孤立した遠隔地などの小規模なネットワークでは、起動用を兼ねた発電システムと組合わせるなどの対策を考える必要もある。

(4) トリチウム燃料の特殊性
 核融合燃料のトリチウムは自然界にはなく、核融合炉内で製造しつつ、それを用いて炉を運用することになる。新設時には初装荷燃料を先行する他の核融合炉で増殖した分から供給しなければならないだろう。プルトニウムも自然界にはないが、軽水炉で大量に製造されており、したがって外部から買うことが可能な点でトリチウムとは大きく状況が異なっている。貯蔵に関しても、トリチウムの半減期が12.3年と短いため、貯蔵中のロスが大きい。これらの点から、トリチウムは大規模電源用としてこれまで経験したことがない特殊な燃料である。
燃料ストック確保:
 核融合炉が普及した時点では、他の核融合炉からの燃料供給が可能となるので問題はない。一方、初代の核融合炉は十分な量のトリチウムをストックしていなければ安心して核融合炉を運用できないであろう。十分なトリチウム増殖率(TBR)を確保するのはもちろん、何等かの方法で緊急時のトリチウム供給を保証する必要がある。核融合炉の安定運用には、トリチウムストック量として50日分程度が必要との見解も示されている[1.3.5.1-5]。 増設速度:
 一方、核融合炉の燃料は核融合炉自身で増殖することになるので、その倍増時間によって核融合炉の増設速度が制限される可能性がある。従ってどの程度の増設速度を確保可能かを考えておく必要がある。図1.3.5.2-4は、核分裂炉(Fission reactors)の歴史における増設速度を表している(太線)。重ねて示した4本の細線は核融合炉の場合で、トリチウム倍増時間(Doubling time)をパラメータとして、その増設可能速度を示している。燃料倍増時間が4年の時、核融合炉の増設速度は、核分裂炉が急激に伸びた20年間の歴史(図の10年から30年の平均で1500万kW/年)に匹敵するものになる。この計算は核融合炉の稼働率を100%としているため、同じ条件を例えば75%の稼働率で満たすには、3年で燃料が倍増する必要がある。

図1.3.5.2-4 核分裂炉増設の歴史(太線)と燃料倍増時間に対する核融合炉の増設速度の変化

 倍増時間は核融合炉に初期装荷するトリチウムの量によってもかわる。装荷量が少ない方が倍増時間を短縮できるが、初期装荷量は前記の安定運用のためのストック量との兼合いもある。そこで、
 ・最少でも50日分の燃料ストックを確保
 ・3年で燃料が倍増する
 ・炉内吸着等のために運転開始後一時的に減少する初期装荷ストックが1年で回復
との3条件を満たすには、どの程度のトリチウム増殖率が必要かが調べられている[1.3.5.1-5]。その計算モデルの概念を図1.3.5.2-5に、計算の結果を図1.3.5.2-6に示す。
 図1.3.5.2-6よりわかる通り、「50日分のトリチウムストック」と「燃料倍増時間が3年」という2条件がTBRの最小値を制限しており、その値は1.1である。これまでのブランケット設計の例から判断して、このTBR値は十分実現可能な範囲であり、核融合炉は少なくとも軽水炉の歴史と同等の増設速度(20年間平均で1500万kW/年程度)を実現可能と結論できる。

図1.3.5.2-5 トリチウム系計算モデルの概念図
各部での滞在時間、吸着インベントリ(予測)、それらの崩壊損なども考慮されている

 この解析では50日分の燃料ストックを各炉毎に確保するという前提で進められたが、複数炉を同地域に建設する場合や、所外に燃料ストックを確保できる場合には、各炉のトリチウムストックは減らせると考えられ、さらに高い増設速度の実現や、TBRへの要求値の低減が可能となるだろう。

図1.3.5.2-6 初期の核融合炉に必要なトリチウム増殖率TBR

参考文献

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[1.3.5.1-5]朝岡善幸、他、"Requirements of Tritium Breeding Ratio for Early Fusion Power Reactors", Fusion Technology, Vol.30(1996), p.853

1.3.6 経済性
 核融合炉の実用化を期待している21世紀後半のエネルギー事情や世界情勢を現時点で正しく予測することは不可能である。しかしながら、商用エネルギー源としての核融合炉が最低限度具備すべき条件ならばある程度の予測はできる。特に経済性に関しては、その時点での市場競争力が不可欠という観点から、他の電源との相対比較の上で許容されうるコストの幅が予測できよう。

1.3.6.1 核融合炉と競合するエネルギー源と発電単価
 核融合炉の経済性を論じるには、まず将来における核融合炉の競合相手を特定する必要がある。競合するエネルギー源は最低限以下の4条件を満たす必要があろう。
 1) 数百年にわたりエネルギーを供給できる
 2) 環境影響がないか確実に回避できる
 3) 電源として競合可能なコストで運用できる
 4) 基幹電源として十分な電力を安定して供給できる
前節で少し述べた電力以外の形態でのエネルギー供給は、ここでは考えない。
 まず資源の観点からは、現在知られている可採量で評価するならば石油は1)を満たさないであろう。鉱山から採掘可能な天然ウラン資源もプルトニウム利用を考えない限り1)を満たせないと考えられる。高速増殖炉(FBR)か、海水からのウラン回収技術の実用化が必要になる。

図1.3.6.1-1 各種電源のコスト比較。

太陽光・風力は文献[1.3.6.1-1]による1994年での予測を示したが、将来的にはさらに安くできるとする予測もある。また、小規模ながらCOEn<2.0を達成した風力も既に存在する。

 次に、コストを比較するために、図1.3.6.1-1では自然エネルギーを含めた発電原価と建設単価を比較した(電中研の解析[1.3.6.1-1]に基づく)。横軸が発電原価(COE)で、縦軸が建設単価(万円/kW)である。ここでは貨幣価値の変化を反映しないように、COEをCO2回収なしの石炭火力の現在のCOE値(約10円/kWh)で規格化し、相対値が比較できるようにしてある(COEnと表示)。化石燃料やウランのコストが将来極端に上昇するということがよくいわれるが、その可能性は考慮していない。燃料価格は需給関係だけでなく政治的要因や採掘技術の進歩に大きく左右され、加えて国内での燃料費は現地価格と為替相場との関係でも決まることから、化石燃料が将来必ず値上がりするという前提で核融合のコスト目標を定めるのはあまりに楽観的に過ぎると考えるからである。ウランのコストについても、それが海水から回収したウランのコスト(後述)を上回ることは考えにくいであろう。
 現行の原子力、火力、水力はすべて図の現行電源と示された範囲に入ってしまう。太陽光、風力については、現状と将来の技術進展によるコスト低減の予測の両方を示してある。ここで示した太陽光プラントは大規模事業用の場合であり、家庭用太陽光発電装置の場合は、建物の屋根が設置に利用できることなどからコストは事業用の半分程度になる。稼働率の高い地熱を除き、太陽光などの自然エネルギーは、設備が大型で稼働率が低いことから、将来的にも上記3)と4)の条件を満たすのは難しいと思われる。(このコストには、出力の不安定を相殺するためのエネルギー貯蔵設備に起因するコストは含めていない)。風力については、この図では[1.3.6.1-1]の94年での推定値を基にしているが、96年度において100kW程度の小規模プラントでCOEが17.9円kW/hという例も見られ、将来的には図に示したレンジよりさらに安くなる可能性がある。(売電価格10円/kwh以下の風力発電も存在するが、この場合は建設コストの1/3〜半額が政府補助金である。) 好条件の風力立地点は国内では限られ、総資源量の観点からも風力は主力電源にはならないであろう。コスト的には魅力ある地熱は既に発電試験プラントを運用中であるが、日本における設備量は全発電設備量の1%に満たない。今後も利用されると考えられるが、やはり立地可能な場所が限られることから、主力エネルギー源にはならないと考えられている。図1.3.6.1-1には核融合炉の目標領域も示したが、その根拠については後述する。
 上記のような資源量とコスト競合性の観点からの結論として、超長期的展望に立った時の核融合の競合相手としては、以下の2つが主力と思われる。
 1) 核分裂原子力(高速増殖炉:FBR、海水ウラン利用軽水炉:LWR-SW)
 2) CO2回収付天然ガスまたは石炭火力プラント
 化石燃料には限りがあるというものの、石炭は、数百年分の埋蔵量があることが知られている。また天然ガスについても、現在の確認可採埋蔵量が144兆m3、可採年数62年とされるが、この数字は年々の調査開発で増加しつつあり、加えて、メタンハイドレートならびにその下層のフリーガス(メタン)や石炭層中のコールベットメタンなどに代表される非在来型の天然ガスもコスト次第では利用できる可能性がある。これらの埋蔵量は十分な確認作業がなされていないが、少なくとも在来型天然ガスに匹敵する埋蔵量が期待されている。非在来型天然ガスの採掘コストは未知であるが、開発に当たって重大な障害があるようには思われず、天然ガス資源が今後数十年で直ちに不足するとは考えにくい。従って、核融合が21世紀中頃以後の実用化をめざすならば、天然ガスは十分にその競合相手になりうる存在である。
 図1.3.6.1-2に、現状技術から予想した将来におけるこれらの発電原価(COE)をまとめてある。FBRのコストは、2次冷却系削除・金属燃料使用という先進的設計を採用した高経済性概念炉ARES(電気出力100万kW、[1.3.6.1-2])の結果から予測している。海水ウランのコストは、現在の技術で予測すると、鉱山からの天然ウランの価格(非スポット)の5.7倍といわれるが、図1.3.6.1-2では、3倍から10倍までの間の場合の発電コストを示した[1.3.6.1-3, 1.3.6.1-4]。軽水炉(LWR)本体の建設価格については、現在の炉(COEn=0.9)を使った場合と、今後30%程度のCOE低減が予想されている大型のABWR炉を前提とした場合の両方を示す。但し、ABWRは電気出力が100万kW以上であり(1,2号機は135万kW)、FBRならびに後述の100万kWを基準にした核融合炉との比較としては適切でないことには注意されたい。この図1.3.6.1-2からすぐにわかることは、以下の2点であろう。

1) 核融合炉がコストだけで競合しようとするならば、COEn=0.5-0.7というような低コストを実現しなければならない可能性がある。
2) もし核融合炉のCOEn発電原価が1.5を大きく越えれば、核融合炉は電力供給用として魅力を失うであろう。(なぜならば、その場合、仮に核分裂原子力がなんらかの理由で利用できないときでさえ、CO2回収火力の方が核融合より安くなるからである。しかもCO2回収技術は、今後さらに改善されて効率が上昇するかもしれない。)

図1.3.6.1-2 核融合と競合する電源の予測発電原価(COE)

 これらの結果からの結論として、核融合炉の発電コストの目標は、規格化COEで1.5を十分に下回らなければ、数百年以内に実用化するのは難しそうだと言える。長期的には、0.7COEn前後の発電単価をめざす必要があるだろう。
 図より明らかなように、COEn<1.5程度では、軽水炉やFBRとの炉単体の直接的な発電原価での競合は難しい。しかし、核融合炉は安全性・環境適合性に関する優れた性質を持っており、立地条件の緩和、廃炉費用の低減が可能になる場合には、核分裂炉で必要となる送電費用や廃炉費用の軽減が可能となる。特に日本では主にPAの観点から軽水炉の大都市近郊立地(*)はできない状態が続いており、300km程度離れた遠隔立地となっている。電力の送電費用は、無視できるほどには小さくない。近郊立地の中小火力まですべてを含めた日本の10電力の平均で、平均発電原価の中の約1.17円/kWhのコストが送電にかかっている(1995年度有価証券報告書より)。原子力では、例えば1000万kW程度の電力を600km程度送電すると発電所建設単価に匹敵する送電費用がかかると推定されており、長距離送電設備により原子力発電の実質的発電原価は1.5倍以上に大きく増加している可能性がある。従って、COEn<1.5 に核融合炉が収まっておれば、状況次第によっては軽水炉やFBRとも総合的コストで競合できる可能性がある。
 CO2回収プラントにおける回収CO2の廃棄コストは、日本の場合は海洋投棄しか考えられないため、それを前提に投棄コストを算入している(1円/kWh程度)。ただし、海洋投棄は新たな環境問題をひき起こす可能性もあり、実現性が確実視できるものではないことには注意したい。

(*)一部の法的問題をクリアできれば技術的には不可能とは言えないが、日本では軽水炉の大都市近郊への設置申請が行われた実績はなく、従ってその安全性が審査されたこともない。

1.3.6.2 核融合炉の経済性見通し
 これまでに国内で概念設計とコスト解析を行ったトカマク核融合動力炉に関して、その建設費と発電原価の関係を表1.3.6.2-1に示す[1.3.6.2-1, 1.3.6.2-2, 1.3.6.2-3]。ITERと同等に近い物理基準で設計したAタイプ、比較的堅実な仮定のもとに設計した原型炉(SSTR)、非常に先進的な物理基準で設計された高経済性炉Cタイプの3通りが評価されている。いずれもネット電気出力は約100万kW(核融合熱出力は約300万kW)、熱効率は34.5%の場合である。

表1.3.6.2-1 トカマク動力炉(100万kW)のコスト率

 これらのコスト解析は、総建設費、運転維持費、燃料費、税などの積み上げをもとに計算されている。例えば技術習熟による大幅なコストダウンなどは含めておらず、比較的導入初期(5〜10台目程度)のコストと理解されたい。発電原価(COEn)の算出にあたっては、各年の運転維持費をどの程度見込むかで、ある程度の差がでるが、その上値として総資本費の4%、下値として同2%と考えている。これは現在の軽水炉の実績を加味して予想した値である。ブランケット交換を含めた定期交換費用と燃料費は別途算入している(年間あたりで総建設費の約4%)。これに対応するCOEnの幅を「下値〜上値」として表に示してある。核融合炉の発電原価の大部分は建設費(総資本費)と運転維持費に起因することから、規格化COE値「1.0」あたりの建設単価(建設費/電気出力)は概ね一定であり、表に示すように、電気出力100万kWの炉で、COEn下値には45〜46万円/kW程度が、COEn上値には36〜37万円/kW程度の建設単価が対応することがわかる。この関係を基準にすると、核融合炉の建設単価と発電原価の関係を予測することができる。図1.3.6.2-1は、縦軸が建設費、横軸は建設単価とそれに対応する発電原価である。図では、100万kWの炉の場合で、COEn=1.0に対応する建設単価を最小36万円/kW、最大46万円/kWとした。
 図中の直線は、下側が電気出力100万kWの場合、上は200万kWの場合を示す。上記A、Bの2例に加え、国内で行われたいくつかの概念設計で実現可能と予測されている目標領域も示してある。A-SSTRは電気出力170万kWで建設費は約5100億円[1.3.6.2-4]、CRESTは116万kWで建設費が約4900億円である。図中のCタイプ炉とCREST炉の差は、発電効率の改善(34.5%→41.0%)とそれに伴う電気出力の増大(100万kW→116万kW)の効果を示すと理解できる。図中には、軽水炉における建設単価と建設費の実例と予定も示した(この点と上段COEnの軸は正確には対応しない)。軽水炉は核分裂原子力に対する国民の信頼性さえ確保されれば、CO2を運転中に出さない電源としては安価なエネルギー源として期待される。核融合炉の目標領域としては、コスト競合性も考えつつ、総建設費や発電電力を適性化して開発を行う必要がある。目標として適切かつトカマクで実現の可能性があると予測できる範囲は図1.3.6.2-1中のハッチングで示した領域付近であろう。前述の図1.3.6.1-1中でも示した核融合炉目標領域は、この図1.3.6.2-1のハッチング領域に対応したものである。

図1.3.6.2-1 核融合炉の建設費、建設単価、発電原価(規格化値COEn)の開発目標

参考のため、A-SSTRとCRESTの総建設費の内訳を表1.3.6.2-2に示す。

表1.3.6.2-2 核融合実用炉A-SSTRとCRESTの総建設費内訳

 核融合炉本体ならびに付属機器が44%〜49%の大きな割合を占めていることがわかる。例えば、100年後における核融合炉の建設コストをA-SSTRやCRESTのコスト解析と同様の積み上げで正確に予測するのは困難であるが、本体・付属機器は超伝導コイル、高エネルギービーム装置などの最先端の機器が多くを占めることから、核融合炉導入後、十分に核融合技術が成熟すれば、設計の習熟、製造技術の改良、市場ニーズの増大による特殊材料コストの低減などにより総建設費は次第に下げることができると考えるのが自然であろう。

参考文献

[1.3.6.1-1] 内山洋司「発電システムのライフサイクル分析」(1995)、電力中央研究所報告、Y94009
[1.3.6.1-2] 吉田和生、他、「高経済性FBR「ARES」概念の構築」(1997)、電力中央研究所報告、T96015
[1.3.6.1-3] 須郷高信「海水中からのウラン補集技術について」、核融合会議開発戦略検討分科会、資料11-3
[1.3.6.1-4] 平岡徹「海水ウランによる原子力発電」、日本原子力学会誌、Vol.36(1994)、p.664
[1.3.6.2-1] 吉田智朗、他、「感度解析による核融合炉のコスト低減に関する考察」(1996)、電力中央研究所報告、T95069、および、核融合会議開発戦略検討分科会、資料5-2
[1.3.6.2-2] 岡野邦彦、他、「高経済性核融合動力炉CREST」(1999)、電力中央研究所報告、T98027。および、同、'Compact Reversed Shear Tokamak Reactor with Super-heated Steam Cycle', 第17回IAEA核融合エネルギー会議(1998)、横浜
[1.3.6.2-3] 関泰、菊池満、他、'The Steady State Tokamak Reactor'、第13回IAEA制御核融合とプラズマ物理関する国際会議(1990)、ワシントン
[1.3.6.2-4] 菊池満「核融合炉の経済性改善に関する一考察、改良型SSTR(A-SSTR)」(1997)、JAERI-Res 97-004

1.3.7 電力以外への核融合エネルギーの利用形態
 核融合炉は、低い潜在的放射線リスク指数を有することから、1)分裂炉に比べてより近郊立地の可能性をもつこと、2)炉心設計によらずブランケット及びその材料によって冷却媒質の温度を設定できること、3)大規模な高速中性子源であること、等の固有の特徴を有する。しかしながら、核融合炉開発は、順調に計画が進展した場合でも、実験炉ITERで20年以上、原型炉を含めると40年以上の長期の研究開発が必要である。この間、世界のエネルギー事情の変化や既存/新エネルギー技術の技術革新がありうることを考えると、核融合エネルギー利用の開発ターゲットは柔軟でなくてはならない(ムービングターゲット)。
 このためには、常により魅力的な電力生産システムとして先進的な核融合炉概念を追求するとともに、電力生産以外の多角的な核融合エネルギー・中性子利用についても検討を進めることが望ましい。核融合エネルギーは電力生産以外の利用形態として、主に熱源及び中性源としての利用が考えられる。核融合炉の潜在的放射線リスク指数が低く近郊立地の可能が高いことから、核融合エネルギーをこれらの分野に利用することを促進すべきである。これは、核融合の一つの長所と見ることができ、核融合炉をより一層魅力的なものにするものである。しかしながら、核融合エネルギーの電力生産以外の利用に関する研究は、初期的段階に留まっており、今後多様なブランケットの開発を推進する必要がある。

1.3.7.1熱源としての核融合炉の利用
 核融合炉のブランケットは、本質的に交換可能な構造物であることから、技術の進歩、需要の変化に伴い、熱源としての温度領域、熱源利用と発電利用など、プラント建設後でもブランケット交換によって用途を変更することが可能である。また、一つの核融合炉に複数の形式のブランケットを装備し、それぞれ異なった用途に同時に利用することもできる。これも核融合炉の大きな長所と見ることができる。

(1) 低温度(〜250℃)領域の熱利用
 主として、高温水の形態で地域暖房等の利用が考えられる。

(2) 中温度(〜600℃)領域の熱利用
 具体的にこの温度範囲で利用可能な工業分野は、石油精製、石油化学工業、重質油、石炭の液体燃料化、ガス化、紙パルプ、海水の淡水化、肥料合成などの化学工業が挙げられる。熱はカスケード利用が可能であり、発電を適当な比率で入れることもできる。発電の観点からも、熱利用はバッファとして機能するので有効である。このように多目的熱源とすることでより魅力的な核融合炉となる可能性がある。工業用の熱源として現在は化石燃料が用いられており、核熱利用はコスト的には必ずしも有利ではない。しかし、発電以外の分野でも温室効果ガスを削減し、化石燃料を節約するためには工業熱源への核熱利用が望ましく、また高率の炭素税の導入があった場合にはコスト的にも有利になる可能性がある。

(3) 高温度(>800℃)領域の熱利用
・ 水素燃料製造
 水を可能なかぎり高温にして電気分解し、水素燃料を製造する。1400℃で電気分解する場合、低温で電気分解する時に必要な電気エネルギーを30〜40%程度節約可能となる。直接還元製鉄、アンモニア、メタノール、メタン製造に利用可能。
・ 石炭等のガス化
 900〜1100℃の蒸気で石炭等の炭素成分と反応させ、石炭のガス化を行う。発生したガスはメタン製造用または石油の水添液化反応用の原料ガスとすることができる。ガス化効率は加熱ガスの温度に強く依存するため、高温が可能な核融合が有利となる。
・ 天然ガス等の水蒸気改質
天然ガス等を700〜900℃の水蒸気と反応させ水素製造を行う。アンモニア、メタノール、メタン等の製造や液体燃料合成に利用可能である。

 核融合は多目的熱源として利用することによって、地球環境問題により大きく貢献することができる。核融合は発電に際して二酸化炭素を発生しないクリーンエネルギー源であるが、前述のような熱利用によって、化石燃料の使用量を節減すると共に、化石燃料も加工して相対的な低炭素化を行うことが可能である。また、コスト的には厳しい可能性があるが、金属、窯業、セメントなど極めて高い温度が必要で化石燃料を使わざるを得ない工業分野について、二酸化炭素を回収して核融合熱源により燃料化することも技術的には可能である。さらに、淡水供給能力により、灌漑、砂漠緑化や植林によって二酸化炭素のシンクを創造する。このように、核融合は多目的エネルギー源として展開した場合には、地球環境の保護再生に多重の効果が期待できる。以上の核融合の多目的利用の例を図1.3.7-1にまとめる。

図1.3.7 -1 核融合エネルギーの多角的利用

1.3.7.2 アクチニドの消滅処理
 核融合炉は、同じ熱出力の核分裂炉に比べ、余剰中性子量が約1桁多いという特徴を有する。材料開発が進展し、高い中性子壁負荷が可能となれば、かなりの量の高速中性子束を得ることが可能である。また、核融合炉のブランケットの表面積及び体積が大きいことを考慮すると、中性子を照射が可能なブランケット内の容積が大きいと言える。これらの長所を活かして、核融合炉を用いた高レベル放射性廃棄物に含まれるマイナーアクチニドの消滅処理が可能である。
 核融合炉を用いたアクチニド消滅処理の検討結果の例を示す[1.3.7-1]。壁中性子負荷を10MW/m2と固定し、黒鉛を減速材として用いた熱中性子型ブランケット、純粋な核融合炉に対応する純粋核融合炉型 ブランケット、及び、中性子スペクトルを高速増殖炉のものに合わせた高速中性子型ブランケットを用いた3ケースの消滅処理を行った場合の中性子照射に伴うアクチニド総重量の減少を 図1.3.7-2に示す。表1.3.7-1は各方式でのTRU年間消滅可能量を比較したものである。熱中性子型は、消滅速度は速いが熱中性子の減衰が速く装荷量が大きく制限され、大量消滅には適さない。高速中性子型及び高速増殖炉では数十年程度の照射が必要であるが、多量の消滅処理が可能である。この例では、中性子壁負荷を10MW/m2とした検討例であるが、更に低い中性子負荷としても高速中性子型の核融合炉ブランケットでは十分な年間消滅量が期待できると考えられる。
 核融合炉を利用する消滅処理は、1)アクチニドの消滅率は比較的高く、完全消滅の可能性がある、2)他の方式に比べ、アクチニド装荷量が多い、3)エネルギー収支が良く、電力生産との併用が可能、4)未臨界系であり反応事故がない、等の利点を有する一方、ア)高中性子束に耐えうる第一壁材料開発が必要、イ)高度な群分離が必要、ウ)トリチウム増殖、除熱と整合するブランケット技術開発の検討が不十分、等の欠点が指摘されている。
 以上から、核融合炉はマイナーアクチニド消滅処理に対する潜在的な能力を有するものであると考えることができる。上記の欠点を考慮すると、核融合炉の消滅処理への利用は、高速炉による消滅処理と相補的なものと捉え、高速炉による消滅処理を進める一方で、第一壁材料開発や核融合炉工学技術の進展に応じ消滅処理用の最適なブランケットの開発を進める必要があると判断される。

表1.3.7-1 各方式におけるTRU年間消滅量の評価比較

1.3.7.3 放射性同位元素の生産
 核融合炉が超大型の高速中性子源であることを利用し核分裂炉では製造できないRIの大量生産が可能である。核融合炉のブランケットにRIの親核種を内蔵させ、余剰中性子をRI生産に利用する。中性子壁負荷が1〜4 MW/m2の核融合炉で比放射能10〜40Ci/gのコバルト60を年間数千万Ci程度、また、最適化されたブランケットでは200Ci/gのコバルト60を数百MCi生産できる可能性が指摘されている[1.3.7-1]。99Moも同様に大量生産が可能である。比較的廉価なレニウムから、希元素の一つであるオスミウムを核融合炉の余剰中性子を用いて大量生産できることも指摘されている。
 核融合炉で発生する14MeVの中性子は、核分裂中性子に比べ(n,p)、 (n, α)、(n, 2n)反応断面積が大きくこれを利用して、特殊なRIの生産が可能であり、核データの整備・検討、ブランケット設計等、効率的な生産技術の開発を進める必要がある。

1.3.7.4 多目的利用の展開
 以上のような多目的核融合炉は先進国のみならず発展途上国においてむしろ利用価値が高く魅力的であると期待される。核融合炉の低い潜在的放射線リスク指数は、カントリーリスクのある地域において意義があり、また核拡散抵抗性や使用済核燃料の輸送がないことも安全保障上重要である。核融合燃料サイクルはサイトで閉じることができるため、エネルギー源としての自立が可能であり、途上国のエネルギーセキュリティを高め、地域安定にも効果が期待できる。さらに、海水淡水化による飲料水確保や灌漑などは人口増加の著しい地域や乾燥地帯において殊に効果的である。こうした発展途上国への導入可能性は核融合の潜在的な需要を先進国の発電だけを目的とする場合よりも大きく増やすことになり、また単なる低コスト代替電源としてよりも、付加価値、利用価値、経済的社会的価値において核融合炉の魅力を高めるものである。特に食糧問題や途上国の経済発展への寄与も含めて、将来の人類の安定的繁栄のために有効なエネルギー源として核融合は位置付けることができる。
 核融合炉を電力生産システムとしてより魅力的なものにしていくために、実験炉、原型炉、実用炉という段階的な研究開発を進め、それぞれの段階でのミッションを着実に達成するとともに、その成果を次段階に効果的に反映させる必要がある。核融合エネルギーを多角的に利用するための研究開発は、上記の電力生産システムの開発計画に連動させる必要がある。多様な用途のブランケットの中には、実験炉段階での試験も想定できよう。また、RIの製造のように運転に融通性が要求される技術に対しては、原型炉段階で実用化も想定しなければならない。各種用途に応じたブランケットの開発、材料開発、自立燃料サイクルの開発を進めるとともに、個々の要素技術の進展を、効率的・効果的に核融合炉全体の研究計画に早期フィードバックする必要がある。多角的な利用の観点からも、核融合炉開発全体を段階的に進め、短い周期で開発した多角的な理・工学技術をそれぞれの段階において効果的に実証していく必要がある。

[1.3.7-1] 核融合反応の多角的利用を目指して。(社)日本原子力産業会議、昭和63年3月